因果応報、その果てには

2005年の布石

presented by えっくん様


 2005年(ミハイル:23歳、クリス:15歳、シンジ:4歳)

 深夜のバルト海に、150mクラスの船がライトを点けて、悠然と漂っていた。

 周囲は暗くて船の輪郭は良く見えないが、舷側はそう高くは無い。ブリッジも低く、全体的に凹凸に欠けている印象を受ける。

 その船に小型のクルーザーが接近した。

 交信を行って確認を済ますと小型のクルーザーは船に接舷し、一人の男がクルーザーから船に移動した。

 男の名はナルセス・ロックフォード。ロックフォード財団の総帥であり、北欧連合を立ち上げた影の功労者でもある。

 ナルセスが船に移動した後、小型のクルーザーは主の帰りを待つ事無く、母港に帰っていった。


 ナルセスが船に移る時、船上で待っている者が居た。

 髪は銀色で腰まで届く長髪だ。目の色は灰色。二十代前半ぐらいに見える、幻想的な雰囲気の美女である。

 その美女はナルセスが甲板に移ると声をかけた。


「ナルセス様、御苦労様です。オルテガ様が御待ちです」

「シルフィードか、御苦労だな。義母からの呼び出しで、船とは珍しい。何用だ?」


 シルフィードは人間では無い。身体は普通(かなりの美女だが)の人間に見えても、実は魔術師たるオルテガの使い魔である。

 通常、使い魔が人間の形を取る事は少ない。普通は小動物とかの、機動性や隠密性を重視した形態を取る。

 だが、オルテガの魔術師としての才能は【未来見】に特化している事もあり、使い魔に攻撃性や情報収集能力は求めていなかった。

 故に、オルテガのサポート役が求められ、使い魔としては珍しい人間形態を取っている。

 ナルセスはオルテガの義理の息子である。

 既にナルセスの妻(オルテガの娘)は他界しているが、ナルセスはオルテガとの連絡を欠かしていない。

 ここ一年は会っていなかったが、その前までは年に数回の頻度で会っている。

 もちろん、使い魔のシルフィードとナルセスは何回も会っている。見知った間柄だった。


「オルテガ様は最後のお弟子様を選びました。その紹介をしたいと申しておりました」

「何だと! 最後の弟子だと!?」


 ナルセスは一般人ではあるが、オルテガが魔術師であると知っている。今亡き妻はオルテガの娘だ。

 妻は魔術師の素質が無かったとかで、魔術師は継いでいない。魔術師は妻の兄が継いだと聞いている。

 もっとも、その義兄も家族もろともセカンドインパクト時に、死亡している。

 ゆえに、ナルセスの知る限り、魔術師と呼べる人間は義母一人のみだった。

 義母が亡くなれば魔術師が、この世から消え失せる。その義母が弟子を取ったという事は魔術師が途絶えないという事だ。

 セカンドインパクトを予言した、義母の魔術師としての能力を信じて疑わないナルセスにとって朗報だ。

 何せ、義母が予言したサードインパクトまで、まだ十年あるが準備体制が整っていない。

 そのナルセスにとって、活動の指針を与えてくれる予言は非常に有難い。

 焦る気を抑え、シルフィードの後に続いてナルセスも船内に入っていった。

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 ナルセスは船内を歩く内に、違和感に捉われた。船内の様子が普通の船とは違うように感じられる為だ。

 やたらと頑丈な装甲。それに舷側の窓が無い。かなり密閉性を重視した造りだと感じる。

 ナルセスはあまり船に詳しく無いが、それでも普通の船では無いだろうと推測出来た。


「この船は普通の船じゃ無いな。誰の持ち物だ?」

「オルテガ様の最後のお弟子様の所有物です」

「何っ! 最後の弟子である人が、この船を所有しているのか? いったい、どんな人なんだ?」

「申し訳ありません。オルテガ様からは、紹介する前には一切教えるなと言われております」

「………なるほど。あの義母らしく、私を驚かそうと言うのか? だが、そう聞かされたからには、早々驚かんぞ」


 オルテガは九十を超えている。(正確な年齢を聞こうとしたら、女性の年齢を聞くのはマナー違反だと怒られた記憶がある)

 普通に考えるなら、九十を超えれば落ち着いた老婆だろうと思われるが、オルテガはそう甘く無い。

 齢九十を超えても茶目っ気は失わず、人を驚かす趣味を持っている。

 何度驚かされた事か……ナルセスの脳裏に、自分の結婚式の時に度肝を抜かれてから今日までに数え切れない程脅かされ、

 吃驚させられた事が思い出された。もっとも、悪気が無いのは分かっていたので、苦情を言うだけしか出来なかったが。


 シルフィードが立ち止まり、ドアに手をかけた事でナルセスは回想を止めた。

 ドアを開けたシルフィードに続いて、ナルセスも部屋に入った。部屋には四人の人間が待ち構えていた。

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 オルテガの両目は物を見る力は失われていた。あるショックの為にである。

 身体も足腰が弱り、その時から車椅子を使う事になった。

 これから来る娘婿は、自分がこんな身体になった事は知らない。

 悪趣味だろうが、これが最後の脅かしかと思うと、頬が微かに緩んだ。


 魔術師としての力の大部分を最後の弟子に渡した。既に、自分には魔術師としての力は殆ど残っていない。

 今まで娘婿に色々とアドバイスをして来たが、もう出来る事は無い。だが、後悔はしていない。

 自分の予知能力を補って有り余る能力を持つ三人をナルセスに託せば、自分の仕事は終わる。

 かつてセカンドインパクトを予知してから、今までは老骨に鞭打って動いて来た。もう自分は十分だろう。

 これからは、ここに居る三人が主役だ。だが、結末を迎えるのは十年後。結末を見届けるまでは死ねないという思いがある。


 カチャ

 ドアを開けて、シルフィードが最初に部屋に入ってきた。

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 ナルセスが部屋に入ると、四人の人間が待っていた。だが、義母の姿を確認した時、驚きの声が自然と出てしまった。


「お義母さん、その姿はどうされたのですか!? まさか目が? それと車椅子とはどうしたんですか?」

「くっくっくっ。お前さんを驚かす事が出来たな。ああ、これは悪戯じゃ無い。

 ちょっとした事があって、ワシは視力を失った。足腰もやられ、今じゃシルフィードに介護される生活だ」

「何があったんですか? 知らせてくれれば駆けつけたのに!」

「まあ、そう焦るな。状況も説明する。だが、その前に三人を紹介しよう。

 お前さんから見て、左の青年がミハイル。真ん中の少女がクリス。クリスが抱いている子供がシンだ」


 ナルセスは見慣れぬ三人に目を向けた。

 ミハイルと紹介された青年は、二十代前半ぐらいだろうか。ブラウンの髪色で、精悍な顔つきをしている。

 クリスと紹介された少女は、十代半ばぐらいか。金髪碧眼でかなりの美少女だ。将来が楽しみだ。

 シンと紹介された子供、否、幼児は三〜四歳ぐらいか。黒髪で、黒目……いや左目は紫色だ。

 東洋人の幼児をあまり見た事の無かったナルセスは、シンと呼ばれた幼児の年齢が判断出来なかった。

 ナルセスが自分達に視線を移した事に気づいた三人は、そこで初めて口を開いた。


「ミハイルです」 「クリスです」 「シンです」

「私はナルセス・ロックフォードだ。そうか、ミハイル君が最後の弟子なのか。

 若いのに、こんな船を持っているとは凄いな。御家族は何をやっているのかね?」

「……い、いえ、私はオルテガ様の弟子ではありません」

「では、クリス君「いえ、私でもありません」……じゃあ、そのシン君が最後の弟子で、この船の持ち主だと言うのか?」


 ナルセスは驚愕した。まさかこんな幼児が、この船の持ち主だとは想像さえしていなかった。


「くっくっくっ。やはり早とちりしたな。まあ、座りなさい。最初から説明する」

「……分かりました。お願いします」


 ナルセスは四人の対面にある椅子に腰を下ろした。義母にからかわれた事で、少し憮然とした表情だ。

 何時の間に用意したのか、シルフィードがコーヒーの入ったカップをナルセスの前に置いた。


「さて、順番に説明しようか。お前さんと最後に会ったのは一年前ぐらいだったな。その後で、ワシはシンを保護した。

 そしてシンを保護してから予知をしたのだが、予想外の事が発生した」

「何があったんですか?」

「それまではサードインパクトが起こる予知しか見れなかった。紆余曲折があるにせよ、結末は同じだった。

 だが、シンを保護した後の予知の結末の種類は多過ぎた。サードインパクトが発生する未来もあれば、発生しない未来もあった。

 その種類の多さに耐え切れず、ワシの目は潰れ、こんな身体になってしまった」

「何で、このシンという子供を保護してからの未来が変わったのですか?」


 ナルセスは義母の予知能力を微塵も疑っていなかった。何よりセカンドインパクトの事を、発生前に教えてくれたのだ。

 そしてサードインパクトが起こる事も聞いている。そして、その破滅を回避する為に、現在は四苦八苦している。

 だが、シンという子供が何故サードインパクトの発生に影響するのか、その理由が分からなかった。


「目が潰れる前に見た予知映像では、この子が生贄となってサードインパクトが起きていた。

 別の子供が生贄となった場面もあったが、頻度でいうとシンが生贄になった場合が一番多い。

 つまり、この子はサードインパクトでの生贄候補のNo.1だという事だ」

「こんな子供が生贄なんですか!?」

「十年後にだがな。だから日本に行って、この子を保護した。運良く、一人のところに出会ったので、連れて来れた」


 シンと呼ばれた幼児を保護した時、全治二ヶ月の重傷であり片目が潰れていた事は、オルテガは言わなかった。

 それより保護してから約一年が経過している。その一年の間に起こった事を伝える事が重要なのだ。


「この子が生贄になる可能性は非常に高い。ワシが保護しても、しなくても同じだ。

 ならば、この子を今から教育してサードインパクトを阻止出来るまでに育てあげようと考えた。

 そう考えて引き取った後の予知では、未来分岐の数が圧倒的に増えた。分かるか?

 この子を引き取る事で、サードインパクトが発生しない未来分岐が、有り得るようになったのだ。

 だから後継者に選び、ワシの残っていた魔術師の力を譲り渡した。もっとも、ワシと適性が違っていたから未来見は出来ん。

 物理と精神干渉系の魔術の方に適性がある。そんな訳で今のワシには、ほとんど力は残っていない。

 数年経てば、少しは回復するだろうが、今は全然駄目だ。だから、この三人をお前さんに頼みたい」

「……分かりました。お義母さんの依頼は了解しました。私が責任を持って預かります。ですが、残り二人はどんな関係ですか?」

「待って下さい。オルテガ様、少々疲れ気味では? 後は私達が説明しますから、お休みになられてはどうですか?」


 クリスと呼ばれた少女が、オルテガの容態を気遣った。

 車椅子の世話になるようになってからは、オルテガの体力は低下している。

 長時間の会話も、今のオルテガにはかなりの負担になる。

 ここまで話しを通してくれれば、後は自分達だけで話は出来ると判断していた。


「確かに、今のワシは無理が効かん。悪いが席を外させて貰おう。シン、後は頼んだぞ」

「分かりました。後は任せて下さい。シルフィード、宜しくね」

「分かりました。では、失礼させて頂きます」


 そう言って、シルフィードはオルテガの車椅子を押して、静かに部屋を出て行った。

 部屋には、ナルセス、ミハイル、クリス、シンの四人が残された。

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 オルテガが部屋を出て行った後、シンと呼ばれた幼児が口を開いた。

 もっとも、クリスに抱かれたままなので、幼児は話し辛い様子だ。

 だが、自分の膝から降りようとする幼児を、クリスはしっかりと抱きしめて離さなかった。


「改めて自己紹介させて頂きます。ボクが魔術師を継いだシンです。出身地は日本です。

 一応、日本での名前はありますが、シンと呼んで下さい。

 ミハイル兄さんとクリス姉さんとは、血は繋がっていませんが家族です。ボク等三人で協力して、事に当たろうと思ってます」

「幼いのに、しっかりしているな。それも魔術師を継いだ所為なのか?」

「ロックフォードさん。確かにシンは見た目は幼児ですが、知識は成人以上です。あまり気を使う必要はありません」

「ちょっと兄さん。シンはまだ幼児なのよ。そんな言い方は無いでしょう!」

「兄さんと姉さんもちょっと待って。まずは状況の説明が先でしょう」

「確かに」 「そうね」


 幼児の言葉に二人は肯いた。ナルセスから見ていると、幼児が二人の上に立っているような気がする。

 感心したナルセスは、シンという幼児の年齢が気になったので聞いてみた。


「本当にしっかりしているな。何歳なんだ?」

「ボクは四歳です。ですが師匠から説明があったように、サードインパクトを防ぐ為に行動するつもりです。

 あなたがロックフォード財団の総帥であり、北欧連合を立ち上げた影の功労者である事も知っています。

 そこで、今後の対応を考える為に、現状の財団と北欧連合の状況を教えて下さい」


 ナルセスにふと悪戯心が湧いた。そして、威圧を込めてシンという幼児を見つめた。

 ナルセスから発せられた威圧感がシンに向った。慣れたナルセスの部下でさえ、気後れする程の威力はある。

 普通の幼児なら泣き出すはずだ。だが、シンはナルセスの威圧を込めた視線を平然と受け止めた。

 自分の威圧にも平然としている幼児だと! ナルセスは信じられないものを見たような表情を浮かべ、そして説明を始めた。


「……義母からセカンドインパクトが起こる事を聞いていたので、物資の買占めや災害の対策の準備が少しは出来た。

 だから災害復旧は、他の国から比較しても早い方だったろう。だからこそ、北欧連合も立ち上げられた。

 だが、地軸の変動で気候が変わった事もあり、国や財団の運営が軌道に乗っていない。

 原油の輸入が途絶えたので石炭で発電所を動かしているが、エネルギー不足は恒常化している。これでは工場は満足に動かない。

 そして、地軸変動があったので、各地の気候が激変している。

 我が国は寒冷気候から温帯気候に変わったので、まだ良い方だが、作物とかは慣れていない事もあって収穫率が低下している。

 この状況では、食料の輸出が出来る余力がある国は無いからな。輸入は出来ない。

 財団の在庫してある食料を供出して、不足分を補っているが限界に近い。

 餓死者は出ていないが生活は苦しく、状況を好転させる切っ掛けが見つからない。正直言って、手詰まりの状況だ。

 サードインパクトを防ぐなどと大きい事を言っているが、今は生き抜くので精一杯だ」


 ナルセスは自嘲が混じった表情で、状況を説明した。

 もっとも、今の説明の内容がミハイルならともかく、クリスやシンに理解出来るのかという疑問もあったが。


「なるほど。まずは地盤を固めなければ、何も出来ないでしょう。

 ロックフォード財団と北欧連合を急成長させて、ゼーレに対抗出来るレベルにしないと、目的は達成出来ないでしょう」

「そんな事は分かっている。努力しているのだ。だが、阻害する要因が多過ぎて、対処出来ないのだ!」

「ある程度の事前準備があったとはいえ、ここまで餓死者を出さずにこれたのは、あなたの手腕でしょう。

 手遅れにはなっていません。ここで、エネルギー、食料、原材料、復旧支援物資を一気に投入すれば、状況は激変しませんか?」

「確かにそうだが、そんな物は何処を探しても無い! 世界中が似通った状況だ。どの国も余剰物資は無い!」


 ミハイルの言葉にナルセスが激しく反応した。ミハイルの言った事は理想論だ。

 何処にも無い物資を当てにした計画など無意味だ。自分の努力が貶されたように、ナルセスには感じられた。


 そのナルセスを宥めようと、クリスが柔らかな声で二人の会話に介入した。


「お静かに。兄は無い物を言っているのではありませんわ。全て準備が出来ています。今から御案内しますけど、宜しいですか?」

「準備が出来ているだと!? どこに案内するつもりだ?」

「海底地下工場にですよ。言い忘れましたが、この船は潜水艦の機能も持っています。

 既に、海中を航行して海底ドックに入港しています。これから地下の施設を案内します」


 幼児に似合わぬシンの凛とした声が、ナルセスの耳に入ってきた。

 今のナルセスには、三人の言葉を無条件では信じられない。だが、義母から託された三人である。

 微かな期待を心に宿し、ナルセスは椅子から立ち上がった。

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 さすがに幼児とはいえ、それなりに重い。部屋から出る時、クリスは渋々だがシンを自分の膝から下ろした。

 ミハイルが先導し、ナルセス、シン、クリスが後に続いてゆっくりと歩き出した。


 最初にナルセスを襲った驚きは、今まで乗っていた船を降りた時だ。

 確かに、シンが言ったように船は潜水艦になっていた。

 船に乗った時は深夜の海上だったので良く見えなかったが、今は海底ドックの照明に照らされ、輪郭がはっきり分かる。

 だが、驚きはそれだけに止まらなかった。海底ドックの巨大さに驚き、そして係留されている五隻の潜水艦の大きさにも驚いた。

 思わずナルセスはミハイルに問い質した。


「あの巨大な潜水艦五隻は、一体何だ? あんな巨大な潜水艦など、どの国も持っていないはずだ」

「ああ。あれは潜水輸送艦です。一隻で一度に約十万tの物資を輸送出来ます。

 地下工場から運び出すのに輸送手段が必要なので、取り合えずは五隻を準備しました。

 造船所もありますので追加は可能ですが、物資輸送だけなら五隻でピストン輸送をすれば、十分でしょう」


 ミハイルの説明を聞き、ナルセスは動揺していた。

 確かに不足物資の準備が出来ていると聞いていたが、ここまで周到に準備されているとは想像さえしていなかった。

 だが、ナルセスの驚きは、これだけに止まらなかった。

 海底ドックを抜けたところにあるエレベータを使って、下層に下りた。


 そしてエレベータのドアが開いた時に、ナルセスの視界に入ってきたのは、広大な農園だった。

 農園の見える範囲内の全てに、収穫間近と思われる小麦が実っていた。


「この地下農園は、種まきから収穫まで全て自動ロボットが行います。品種改良した種を使っていますので、収穫は年に四回です。

 地下農園は全てで五層あります。半年前から稼動開始していますので、それなりの量の食料は備蓄出来ています。

 現在、北欧連合の食料不足問題を解決する程度の量は、即時に供給が可能です」


 シンの言葉を理解したナルセスは、信じられないと言うかのように首を振りながら質問した。


「これは、本当に地下農園なのか? 君の魔術で私に幻覚を見せているのでは無いだろうな!?」

「あなたに幻覚を見せて、何の意味がありますか? これは現実です。信じて下さい」


 シンの顔に微かな笑みが浮かんだ。確かにいきなり連れて来られて、この設備を見せられれば驚いて当然だと思う。

 だが、驚いて貰う本命は、まだまだ控えている。この程度で狼狽されては困るのだ。


「どうやって海底の地下にこれだけの設備を造れたのだ? そんな余剰労力や資材が、あったとは思えない。

 膨大な資金も必要だろう」

「地下設備は全て作業ロボットが造りました。人間は一切作業はしていません。もっともロボットも数の制限がありますけどね」

「作業ロボットだと? そんな物を実用化していたと言うのか?」

「その件については、後で詳しく説明します。次のフロアに行っていいですか?」

「ちょっと待ってくれ。地下に何で光源がある? 動力源は何を使っている?」

「ここには、1000万キロワットクラスのレーザー核融合炉が三基設置されています。

 通常は二基が稼動して、一基は予備用です。その二基の核融合炉が、この地下農園、地下工場の全エネルギーを賄っています」

「核融合炉だと!? 作業ロボットだけで無く、核融合炉も実用化していたというのか?」

「ええ。試作品レベルでは無く、完全な実用品レベルですよ。他の地下工場を全部案内してから、説明します」


 再度エレベータに乗り込み、別のフロアに移動した。次に案内されたのは、設備製造工場だった。

 作業ロボットが素早く動き、組み立てとか溶接作業を行っている。

 そして最終工程で製造されているのは、土木用の重機だった。

 土木用の重機は、復旧作業の必需品である。まさにナルセスが欲しがっていたものだ。


「このフロアは設備系の組み立て工場です。フロア面積の制限もあり大量生産には向きませんが、プログラムを変更する事で、

 製造する設備の変更が可能です。現在は土木用重機を製造しています。在庫は300台程度にはなっています。

 もっとも復旧効率を考えるなら、そこの作業ロボットを投入した方が効率が良いのは分かっていますが、我々の技術レベルを

 公表する訳にはいきません。ですから、態々手間のかかる重機を製造しています。

 復旧作業が軌道に乗れば、この工場では航空機とかの生産をする予定です」


 次に案内されたのは部品工場だ。ここには、先程の組み立て工場のような自動ロボットは無い。

 無いが、複雑な自動コンベアに色々な部品が載って搬送されているのが目に入る。


「ここは三フロアある部品工場の一つです。さらに下層にある原材料工場から原材料を供給し、様々な部品を製造します。

 ICチップ等の電子部品から、センサとかの部品を製造しています。

 先程の工場と同じく大量生産向きでは無く、少量多品種向けの工場です」


 次に案内されたのは原材料工場だ。何台もの溶鉱炉が立ち並んでいる様子が目に入る。


「原材料工場は五フロアありますが、このフロアは鉄鋼関係の生産工場です。地下鉱脈から原材料を採掘しています。

 別のフロアでは、海水に含まれる希少金属や重水素の抽出工場もあります。

 無機物関係でしたら、この工場で供給出来ないのは極めて限定されます。基本的には外部からの資材調達の必要はありません」


 次に案内されたのは核融合炉発電設備だ。広大なエリアの中に、三基の巨大な建設物が見えた。

 あれが核融合炉なのかと、ナルセスは目を凝らした。


「通常は二基が稼動して一基は予備用です。総計2000万キロワットの出力が、この地下工場の稼動を支えています。

 実働する核融合炉は世界中を探しても、ここにしかありません。この発電設備は、この地下工場の心臓部分です。

 先程の原材料工場であった海水の電気分解も、この電力が無ければ出来なかったでしょう」


 次に案内されたのは、廃物処理施設だ。


「農業プラントや工場プラントでの廃棄物を再利用出来る形にしています。紙の原材料のパルプも作っています。

 排水も浄化して再利用しています。この廃物処理施設により、完全循環型の工場になっています」

「………今まで見た内容は、まさに信じられないものだ。だが、廃棄物処理に、ここまで力を入れる必要があるのか?

 垂れ流しの方が効率が良いだろうに」

「確かに、ある程度の廃棄処理が困難な物は、海中投棄すれば簡単です。効率を考えれば、そちらの方が良いのは確かです。

 ですが、将来は宇宙への進出も考えていますからね。完全循環型の工場プラントの試験運用も兼ねています」

「宇宙への進出だと!?」

「現状打破だけで無く、その先の筋道もある程度は見越して手を打っています。

 まあ、今まで見て頂いた設備が、この地下工場の全部では無いですが十分でしょう。

 少し休んでから、これからの話しをしたいのですが、どうですか?」


 シンの言葉にナルセスは絶句した。

 現在の苦しい状況を解決する事に止まらず、その先の展開を見越した準備までしている事に驚きを禁じえなかったのだ。

 ナルセスは、シンの言葉に頷く事しか出来なかった。

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 ナルセス達は10人程度が寛げる休憩室に移動した。説明に時間が掛かった事もあり、四人とも疲れていた。

 休憩室に置いてある設備を使って、クリスが四人分の飲み物を用意した。紙コップだが、香ばしいコーヒーの匂いが漂ってくる。

 コーヒー党のナルセスは、匂いに釣られ、出されたコーヒーに口をつけた。


「うまい!! これはモカか。豆は最高級品じゃなか。良く手に入ったな」

「いえ。それは農場プラントで栽培された豆を使っています。まあ、苗木は外部から持ち込みましたけどね」

「コーヒー豆まで栽培しているのか!?」

「農場プラントでは、基本的には小麦、大麦、ジャガイモなどの食料品を作っています。

 ですが、嗜好品関係も少しですが作っていますよ。もっとも苗木などが入手出来た品種に限られますけどね」


 ナルセスは再度コーヒーを口に入れた。口の中に広がる、酸味が効いた苦味に気持ちが和んだ。

 セカンドインパクト以降は市中に出回らなくなり、在庫が切れた最近では味わえなかった高級品の味を堪能する。

 少し落ち着いたナルセスは、もっとも初歩的な質問を口にした。

 嘘など許さんと言わんばかりに、眼光には力が篭り、視線はシンを捕らえている。


「この地下工場は驚く事ばかりだ。確かにこの工場があれば、復旧作業も軌道に乗るだろう。

 サードインパクトを防ぐ為に、北欧連合や我が財団の準備も整える事が出来るだろう。

 だが、これだけの工場をどうやって造れたのかね? 君達三人の後ろには、誰が控えているのかね?

 その控えている人、いや組織はサードインパクトの事を知っているのかね?」

「ボク達三人の後ろに控えている人や組織はありません。この工場の建設は一年前にボクが指示したものです」

「嘘を言うな! 後ろ盾も無く、ただ指示しただけで工場が出来るはずも無い。しかも核融合炉や自動ロボットだと?

 まだどの国も実用化されていない技術を何故持っている? 正直に答えたまえ!」

「ご冷静に。シンは嘘を言っている訳ではありません。確かに一年前にシンが指示して、この工場は建設されたのです。

 どの国も実用化されていない技術を使って、この工場は建設されました。

 この時代ではオーバーテクノロジーと呼ばれる技術です。世界中を探しても、誰も所有していない技術です」


 興奮で顔が赤くなったナルセスを、クリスが穏やかに宥めにかかる。

 だが、クリスの言葉にもナルセスは興奮を収める事は無かった。


「オーバーテクノロジーだと、どういう事だ? 焦らすのは、止めてくれ!」

「失礼しました。どうも師匠の悪影響を受けまして、人が驚くのを面白く感じてしまうようになってしまいました」

「まったく、そんな悪趣味な事は似なくて良いと思うがな!」

「謝りますから、機嫌を直して下さい」

「分かった」


 ナルセスはカップに残ったコーヒーを一気に飲み干し、気分を落ち着ける。


「今から約五万年前、一隻の巨大宇宙船が、この地球に不時着しました」


 シンの予想外の言葉に、ナルセスは目を大きく見開いた。

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「五万年前でも地球上には人類は居ました。かなり原始的な生活を営んでいたそうです。

 そして不時着した宇宙船に乗っていた人達は、我々と似通った身体をしていました。

 不時着して宇宙船の修理が絶望的と判断した彼等は、原住民である我々人類の祖先と交配し血筋を残しました。

 つまり我々の祖先です。そしてその祖先の残した宇宙船は、現在でも一部は動いています」


 シンはナルセスに全ては語らなかった。確かに師匠の義理の息子でサードインパクトの事を知り、これから共闘する間柄である。

 だが、全てを教える事は自分達三人を忌避する事に繋がりかねないという危惧もある。

 よってナルセスが納得する最小限度の事しか教えるつもりは無かった。

 ナルセスはシンの思惑に気づく事は無い。それよりシンの説明に驚愕していた。


「五万年前から稼動している宇宙船だと!? そんなものが存在すると言うのか!?」

「存在しています。動力とコンピュータは今でも動いています。詳細な説明は省きますが、あちらからボクに接触してきました。

 ボクがサードインパクトの生贄になる事を知り、かつての乗員の末裔たる現人類の絶滅を看過しえないと言って、ボクに協力する

 事を伝えて来ました。思念波による連絡です。当然、最初は信じられませんでした。そう言うと、何が欲しいと聞いてきたので、

 自分の船が欲しいと言いました。一週間後には、さっき乗った船がボクの目の前に現れました。

 それで、あちらを信じてみる事にしました。次に要求したのは、この工場です。

 御願いしてから半年後には、出来上がったと連絡が入りました。それからはボク達三人は、ここに拠点を移して行動しています。

 そろそろ在庫も貯まりましたから、時期かと思い師匠に橋渡しを御願いした訳です」


 シンはここでも説明を省いた。いや、嘘をついた。シンだけではあるが、その宇宙船の中に入った事がある。

 それはそうだろう。かつての乗員の魂をシンは有している。その宇宙船の所有権を持っていると言い換えても良い。

 事実、船のマザーコンピュータはシンを己のマスターとして認知していた。

 そして宇宙船の中にある小規模生産工場で自動ロボットを製造し、この地下工場の建設に当たらせたのだ。


 だが、正直に言うと絶対にナルセスは宇宙船を見たいと言い出すだろう。無理難題を言う可能性もある。

 宇宙船のマザーコンピュータはシンだけを認めているのだ。ナルセスとの余計な軋轢を避ける為、作り上げた話しを伝えている。

 もっとも、最重要内容であるオーバーテクノロジーをシン達三人が使えるという事は正直に話している。


「そ、そんな事が有り得ると言うのか? そんな事を信じろと言うのか?」

「では、1000万キロワット出力の実用核融合炉三基を含めたこの地下工場設備を、たった半年で誰が造れるというのですか?

 現時点では、どんな国や組織でも不可能です。ましてや海底にですよ。現在の人類の技術力では、絶対に不可能です。

 この地下工場に関しても、出来上がったばかりなのは確かです。この半年は三人でこの工場の把握を行っていました。

 信じられないのは確かに分かりますが、現実に工場はあるのです。これを天佑と思い、有効活用すべきだと思います」

「これ以上の要求は出来るのか? この地下工場と同規模のものを複数は造れないのか?」

「この地下工場が出来上がった時、あちらから連絡が入りました。この工場の管理権をボクに渡す事と、しばらくは休むから

 連絡がつかないと言われました。追加の要求は無理だと思います」

「そ、そうか、残念だ」

「おや、この工場では御不満ですか?」

「い、いや、そういう意味では無い。この工場だけでも随分と助かる。それは確かだ。

 だが、人間とは不思議なもので、まだ要求して構わないかと思えば、要求してみたくなるではないか?」

「欲望に限りは無いという事ですね。ですが、ボクに与えられたのは、この工場のみ。

 であれば、うまく活用する事を考えるべきでは? 欲張っても限が無いですよ」

「確かにそうだな」


 ナルセスの顔に希望の色が浮かび上がってきた。

 この地下工場をうまく使えば復旧作業も軌道に乗り、力を蓄える事も出来るだろう。

 サードインパクトを防ぐ為の準備をする事も可能になるだろう。

 ゼーレは確かに巨大な存在だが、一筋の光明が見えたような気がした。


「では、この工場は君が管理して、ミハイル君とクリス君は君のバックアップを行っているのか?」

「工場の生産内容を変更したりする程度の管理ですけどね。この地下工場は自己修復機能を備えています。

 管理者が事細かく指示管理する必要はありませんし、ボクが理解出来ない機能も数多くあります。あくまで使う立場ですから。

 そして兄さんと姉さんは、ボクのフォローをして貰っています」

「分かった。さっそく段取りを検討したい。こちらにある在庫の一覧表があったら欲しいのだが」

「在庫の一覧表は、既に出来ています。それと受け入れ体制も整える必要があります。そちらの財団の主要メンバーと打ち合わせを

 希望します。ただ、人数は抑えて下さい。この地下工場の事は最重要機密扱いにして、絶対に外部に洩れないようにして下さい」

「そうだな。息子と腹心の部下三名ぐらいが最低限だろう。これから忙しくなるが、やっと希望が見えてきたぞ!」


 ナルセスの頭の中では、これから為すべき事の項目が次々とリストアップされたが、一人で考えるにはあまりにも多過ぎた。

 顔を顰めるが、それでも笑みは絶やしていない。

 それはそうだろう。多大な苦労が予想されているとはいえ、サードインパクトを防ぐ為の体制が整備出来るかもしれないのだ。


「さっそく、私を家に戻してくれ。財団の主要メンバーに君達を紹介したい」

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 ナルセスの息子と腹心三人は、ナルセスの義母のオルテガが魔術師であり、セカンドインパクトが予言されていた事は

 知らされていた。いかにナルセスが財団総帥であっても、一人でセカンドインパクトへの準備など出来はしない。

 ナルセスから四人に説明し、四人は内心では疑いながらも総帥の命令という事で渋々だが、物資の買占めや大災害の復興準備を

 極秘裏に行っていた。そしてオルテガの予言通りに、セカンドインパクトが発生した。

 完全に予言を信じていなかったので四人の行動は消極的であり、準備出来た物資では絶対量が不足していた。

 だが、まったく準備していなかった事を考えれば、雲泥の差がある。

 故に、セカンドインパクトを予想していた一部の国(ゼーレ支配下の国)を除けば、北欧連合の復興作業は世界平均から見て、

 飛び抜けて進んでいた。

 ナルセスの息子と腹心三人は、オルテガの予言を完全に信じなかった事を悔やんだが、後の祭りだ。

 だが、ナルセスは四人を責めなかった。元々、無理を言っているという自覚はあったのだ。

 普通の人間に、いきなり世界規模の災害の予言を信じろなど、無理だと思っている。

 それに、絶対量では不足しているが、準備していた物資で復旧作業は進んでいる。他の国から比較すれば、上等な方だろう。

 こんな経緯から、ナルセスの息子と腹心三人の心には、オルテガに対しての絶対的な信頼が出来ていた。


 ナルセスが地下工場を見せられた翌日の夜、ミハイル、クリス、シンの三人はナルセスの屋敷の書斎に居た。

 そして、シン達の前には、ナルセス本人、ナルセスの息子のハンス、そして腹心の三人が座っていた。

 簡単な各自の自己紹介の後で、ハンスが話しを進めた。


「君達三人の話しは、父から聞いた。海底地下工場の件も含めてだ。物資の在庫リストも見せてもらった。

 食料、医薬品、建設資材、土木用重機等か。まさに今、我々が必要としているものだ。

 君達の手助けがあれば、国の復興作業は劇的に進むだろう。そして、オーバーテクノロジーを使えるのであれば、

 我が国や財団が、世界の一流クラスになるのも夢では無い。ゼーレに対抗出来る体制を整えられるかもしれない。

 そして祖母から託された君達三人を、ロックフォード財団は歓迎する。我々に出来る事があれば、何でも言って欲しい」

「ありがとうございます。当面は、北欧連合の復旧に全力を注ぐべきでしょう。

 渡したリストにある物資は、すぐにでも供出可能ですが、ゼーレに地下工場の存在を知られる訳にはいきません。

 まずは人目につかずに、輸送潜水艦から荷揚げ出来る場所を確保して下さい。

 それと、在庫リスト以外に必要な物資があれば、そのリストを下さい。

 食料は無条件に生産を継続しますが、重機とかは数が足りれば、他の機材に生産を切り替えますから」


 ハンスの言葉にシンが応じた。まだ幼児であるが、最終権限はシンが握っている。

 ミハイルとクリスは口を挿む事無く、聞き役に回った。

 もっとも、ミハイルとクリスはシンと念話が出来るので、アドバイスを行い、要所では介入するつもりである。

 ロックフォード財団は三人に好意を示している。オルテガの口ぞえもあったので、友好的な協力体制が築けると思っている。


「分かった。輸送潜水艦のデータは貰ってあるから、荷揚げ場所を早急に準備させる。

 それと、海外展開も考えているから、重機の生産は継続して欲しい。少なくても、在庫リストの五倍は欲しい。可能かな?」

「荷揚げ場所に関しては、人工衛星の監視も届かない場所を検討して下さい。準備に時間がかかるのであれば、雲がかかった

 夜にでも荷揚げを行いますか。それと重機の件は了解しました。生産を続行します。

 ああ、重機を転売しては駄目とか、固い事は言いません。財団が有利になるようでしたら、海外への売却もして下さい」

「助かる。それと君達三人は、その海底地下工場に居るのかね。小まめに連絡を取りたいから、連絡手段を準備して欲しいのだが」

「当面は、ボク達三人は海底の地下工場に居ます。まだ把握出来ていない事もありますしね。連絡手段については準備します。

 それはそうと、復旧作業に平行して進めて頂きたい事があります」

「何かね?」

「第一は発電所の建設です。1000万キロワット出力の核融合炉の基本部分は、4基分の準備が出来ています。

 燃料の重水素も、こちらで用意します。用地取得を政府と交渉して進めて下さい。どの地域を優先させるかは、お任せします。

 電力不足の状況でしょうから、政府も否だとは言わないと思います。それでも不足分に関しては、重機の生産が終わってから

 取掛かります。何せ、地下工場の生産能力には限りがありますから」

「分かった。さっそく、用地を政府と交渉しよう。将来を見据えて、予備地も準備しておくとしよう」

「そうして下さい。セカンドインパクト以前の三倍以上の電力は考えた方が良いでしょう。

 それと、財団管理の農場プラントと生産工場の復旧を急いで下さい。地下工場の生産能力は、そう多くはありませんが、

 現状でこれだけの食料と復興機材を準備出来るとなると、ゼーレに怪しまれる可能性があります。

 出来るだけ早く、財団の食料生産能力を上げて、工場を稼動させられれば、怪しまれる可能性は少なくなります。

 その為の機材は最優先で手配しますから」

「うむ。こちらとしても、財団が有利になるからな。そちらも手配させよう」


 ハンスとしても北欧連合の復旧を優先して考える事に異議は無い。だが、企業人としてロックフォード財団を蔑ろには出来ない。

 その二つが両立出来るなら、ハンスにとって行動を躊躇う理由は何処にも無い。

 シンにしてみれば、ゼーレに対抗出来る勢力を用意したかった。

 師匠の婿であるナルセス率いるロックフォード財団を成長させる事はメリットになる。

 サードインパクトを阻止するという目的さえ間違わなければ、協力するに相応しい相手だと思っている。


「まずは国内の復旧を最優先させ、人心の安定を図って下さい。衣食住の確保が最優先です。

 そして、国内が落ち着いたら海外への展開ですね。北欧連合一カ国でゼーレに対抗するには無理があります。

 有力な同盟国が必要でしょう。今、困っている国に援助すれば、協力国は増えるはずです。

 まあ、政府の同意が必要でしょうから、折衝は御願いします」

「そこまで考えているのか? 年齢の割りに……いや失礼。さすがは祖母が託した人とだと、感心する。

 それと復興がある程度進んでからでも良いのだが、オーバーテクノロジーはどこまで教えて貰えるのかな。

 その内容次第によっては、情勢はかなり変化するだろう。この場で無くても構わないが、後でも教えて欲しい」

「地下工場を管理しているコンピュータ、まあ生体コンピュータですが、確認してあります。

 全部の技術を教える事は出来ないとの回答でした。

 外宇宙を自由に移動出来る技術を持っている訳ですから、現在の人類の技術レベルからは隔絶しています。

 一撃で地球を破壊出来る兵器も生産は可能との事ですが、そんな技術は出せないと言われました。

 生体コンピュータの判断で、現在の我々の持つ技術の少し先、二〜三十年後ぐらいまでと判断される技術なら

 教えられるとの回答でした。それでもボク一人の手には抱え切れません。

 ミハイル兄さんを兵器関連、クリス姉さんをコンピュータ関連のサブマスターとして登録しました。

 ボクがメインマスターでエネルギー関係を管理します。三人が協力して、彼らの持つ技術を少しずつ展開させていく予定です」


<シン。サブマスターなんて、嘘を言って良いのか? 後で面倒だぞ>

<………でも兄さん。兄さんとあたしが、シンから魂を分け与えて貰って、知識の一部を持っているなんて、言えないじゃない。

 シンの言った事も方便よ>

<そういう事にしておいて。ボクは魔術師を継いで、マスターユグドラシルから接触があったという事で、ボクの立場は納得して

 くれるけど、兄さんと姉さんの立場の重要性をはっきりさせるには、何らかの理由が必要なんだ。我慢して>

<そうだな。分かった>

<ありがとう、兄さん>


「………そのサブマスターは追加は可能なのか?」

「地下工場の生体コンピュータからは、サブマスターは二人までと言われています。

 追加は無理です。それとも、ボク達三人では不安ですか?」

「い、いや。そんな事は無い。君達三人は若過ぎるかなと思っただけだ。祖母が託してくれた君達だ。信用している」

「ハンス、それぐらいにしておけ。彼らの協力が得られるだけでも、ありがたいと思わねばな。

 さて、取り合えずは、こんなところだろう。先を考えなくては駄目だが、目先を疎かにしては失敗する。

 今は行動の時だ。まずは復興作業に専念するとしよう。それと平行して手配する事がある。

 政府との交渉は、ワシがする。各自は割り当てられた分野の事を頼むぞ」


 そう言ってナルセスは話しを締め括り、立ち上がった。そう、今は行動が優先される時なのだ。

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 ナルセスが地下工場を見せられてから約半年後、北欧連合の状態はかなり改善されていた。

 土木用重機が大量に追加配置された事により、復興作業は一気に進んだ。

 都市の再整備計画が実施され、北欧連合の主要都市は以前の活気を取り戻しつつある。

 不足気味だった食料も豊富に出回り、人心も安定している。

 ロックフォード財団が持っている保存食料を緊急放出した事もあるが、財団が農場プラントの拡張を表明し、

 変化した気候に対応した品種の栽培が出来るようになったと発表した。それにより、来年以降の安定収穫が期待出来る。

 今だけで無く、来年以降も食料不足に心配する事は無くなった事は、市民に安心感を抱かせる。


 そして何より電力の安定供給の意味は大きい。

 まだ不足しているのは確かだが、半年前は夜間の電力供給がされず、市民は暗闇での生活を強いられた。

 ところが、今では夜間でも電力は供給されて、暗闇に脅える事は無い。犯罪発生率も劇的に低下した。

 そしてロックフォード財団からは、引き続いて発電所の増設工事予定が発表されている。

 市民の間からは、海外からの石油の輸入も無いのに発電所を増設するのかという疑問の声もあったが、

 少数意見に過ぎなかった。市民が求めているのは安全と安定だ。

 そして、各地の工場も稼動を再開し、生活必需品等の生産量も回復してきている。

 市民にしてみれば、まだ復旧が遅々として進んでいない国もある事を考えると、速やかな復興を進めた政府と

 ロックフォード財団に感謝すべきだろうという意見が多数を占めるようになっていった。


 海外に目を向けてみよう。

 ゼーレの支配下の国々は、セカンドインパクトの発生地からは相当離れていたが、相応の被害を被った。

 予め復興用の資材を準備していたが、復興作業は予定よりは遅れていた。

 何故か? セカンドインパクトの被害が、予想されていた被害を上回ったからである。

 だから、セカンドインパクト以前に想定した復興プログラムは、資材不足から完全には機能しなかった。

 それでも被害を予想して準備していた国の復興は、まったく準備していなかった国から比べれば、遥かに進んでいる。

 雲泥の差がある。

 そして、南米、東南アジア、オーストラリア、インド、中東、アフリカの各国は準備をしていなかった国に分類され、

 復興はほとんど進んでいなかった。

 特にオーストラリア、南米、南アフリカなどは、セカンドインパクトの震源地に近かったので壊滅的被害だった。

 当初のゼーレの計画では、支配下の国の復興が済み次第、それらの被害の大きい国に援助の手を差し伸べ、

 支配下に組み入れる予定だった。(人は不要だが、資源は欲しい為)

 だが、セカンドインパクトの被害が予想以上に大きかった為に、被害が大きい国々への支援は遅れてしまった。

 その間隙を北欧連合は突いた。狙った訳では無い。単に余剰物資があっただけだ。

 しかも絶対量は、そう多くは無い。従って、ポイントを絞った援助になった。

 そしてポイントを絞られたのが、中東の国々だった。

 理由は色々とある。第一の理由は多くの産油国がある地域だという事だ。

 ゼーレ支配下の国は、セカンドインパクト以降は秘匿してあった水素エネルギーを公開し、一般普及させた。

 発電所や車の多くは、水素エネルギーを使用したものに切り替わっていった。

 だが、それだけで石油の需要が無くなる訳では無い。

 衣料品の原料にも石油は使われる。水素エネルギー体系に切り替わったとしても、直ぐに石油の需要が無くなる訳では無い。

 それに、水素エネルギーを使用出来るのは、それらを導入出来る余裕がある人間や企業に限られる。

 買い替え費用が用立て出来ない場合は、古いガソリンエンジンや火力発電所を使用するしか無い。

 事実、ゼーレ支配下の国も、中東の市民に対しての援助は行わなかったが、油田設備の復旧だけは援助を行っていた。


 それらの理由から、ゼーレも復興支援の優先候補に中東地域をあてていた。そこに、北欧連合が割り込んだ。

 支援する物資は、中東全域をカバーするには程遠い。そこで、中東各国の王家を重点的に支援した。

 見返りには、当然石油は含まれる。だが、北欧連合には、もう一つも目論見があった。

 中東で生活が出来なくなった難民の引き取りである。

 元々、北欧連合は人口が少ないので、これからは労働力不足が見込まれている。

 その不足する労働力に、中東の難民を当てようという考えである。勿論、中東の難民全員を引き受ける事など出来はしない。

 年間数万人のレベルだ。だが、中東の各政府(王家)にしてみれば、国で餓死させるよりは、北欧連合に引き取って貰った方が

 遥かに良い。中東の各政府の合意を得た北欧連合は、援助と難民引取りを実行に移した。

 こうして、北欧連合と中東の各国との関係は緊密さを増して行った。

 そしてこれが、中東の各国をまとめた2007年の中東連合の成立に繋がっていくのであった。

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 ナルセスの書斎

 北欧連合の復興の目処がたって、これからの方針を再検討する必要が出てきた。

 ナルセスの素案はあるが、まだ確定していない。相談相手として息子のハンスを呼んで、話しを始めた。


「復興は大分進んだな。この調子では、あと一年ぐらいで以前のレベルに戻るだろう。やっとここまで来たか」

「そうですね。ですが、それで満足は出来ません。最終的には、ゼーレに対抗出来る組織にしなければなりません。

 もっとも相手が巨大過ぎて、巨象に立ち向かう蟻の気分です。ですが、やらなければならないでしょう」

「正直、ゼーレがどこまで広がっているかさえ分かっていないんだぞ。相手の概要さえ分からないとはな。

 まあ、北欧連合だけで、現在の常任理事国全部を相手にするぐらいが目標だろう。先は長いな」

「でも、光明は見えてますよね。あの子達の協力があれば、可能でしょう。予言された期日までは約八年の猶予があります」

「そうだな。それで相談なのだが、義母からシンを教育するように頼まれてな。どうしようか思案しているところだ」

「教育ですか? 彼ら三人は地下工場のコンピュータから、科学技術関係の教育を受けていると言ってましたよね。

 今更、我々の教育は不要でしょう?」

「いや、そっち方面じゃ無い。シンはサードインパクトの生贄候補だと聞いているだろう。

 そしてゼーレの配下の組織が造った兵器のパイロットになるらしい。だから、格闘技術を含んだ軍事方面の教育を頼まれてな」

「そっちの方面ですか……財団でプロを雇って教育して貰いますか?」

「それも考えたのだがな。だが、ある時期からはあの三人には対外的に出て貰う必要がある。

 地下工場のコンピュータから出して貰う先端技術を、誰が開発したかを問われる時期が必ずやってくる。

 その時には、彼らの開発した技術という事で押し通すしか無い。社員の技術者を代理に立てて、ボロが出ては困るからな。

 ミハイルとクリスには身寄りは居ない。シンの父親は日本に居るそうだが、親から捨てられたらしい。

 世間に公表する時に身元不詳では困るし、これからの事もある。彼ら三人をロックフォード家の養子に迎える事を考えている」

「あの三人をロックフォード家に入れると言うのですか?」

「不服か? 年が離れた弟や妹が出来るのは嫌か?」

「いえ、そんな事はありません。今まで結構話していますが、三人とも性格は良い事は分かっていますからね。

 それに、これからも彼ら三人に協力して貰わねばなりません。ロックフォード家に入れるのは、良い考えだと思います。

 いっその事、ヒルダの婿にシンを考えますか? そうなれば、ロックフォード家は安泰ですよ」

「おいおい、まだ零歳児のヒルダの婿の話しか? 早すぎるだろう」

「強制する気はありませんよ。本人同士が望めばの話しです。ですが、誘導するぐらいは、許容範囲でしょう。

 何よりシンは優良株ですからね。ヒルダの為にキープ出来れば良いと思ってますよ」

「親バカだな。まあ、シンの性格はワシも認めている。年も四歳違いぐらいなら、普通だろうしな。

 だが、ヒルダの婿候補なら、もっと厳しい試練を与えないとな」

「それこそ、爺バカじゃ無いですか。話しを戻しますが、彼ら三人を迎える事に異議はありません。

 この屋敷に彼らが居るようになれば、これからの計画は進めやすくなります。でもシンの軍事教育はどうします?」

「軍に頼むつもりだ。身元不詳では軍も渋るだろうが、ロックフォード家の養子で優れた科学者だと説明すれば、

 軍もシンを丁重に扱うだろう。時期を見て、政府と軍にサードインパクトの事を説明しなければならない。

 その時の為に、シンと軍のつながりを作っておけば楽になるだろう。もっとも、軍に頼むのはもうちょっと成長してからだ。

 それまでは、ロックフォード家が専属の家庭教師を雇ってシンを教育するつもりだ」

「………良い考えだと思います。では、父さんから説明しますか?」

「ああ。明日には屋敷に来る予定だろう。その時にワシから三人に説明する。晩餐の後ぐらいが良いだろう。

 良い料理を準備しておくように伝えてくれ」

「分かりました。厨房にはそう伝えておきます。明日が楽しみですね」

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 オルテガの家

 暖炉の中で薪が燃えている。その放射熱は車椅子に座っているオルテガに届いている。

 オルテガにとっては馴染みのある心地よい環境だ。オルテガの側には使い魔のシルフィードが立ち、少し離れたソファには、

 ミハイル、クリス、シンの三人が座ってコーヒーを飲んでいた。


「ナルセスから、ロックフォード家の養子にならないかと言われたそうだな」

「ええ。いきなりでしたから、正直言って戸惑いました。でも、後ろ盾という意味では助かる事も事実です。

 兄さんも姉さんも身寄りがいませんからね。ボクとしても日本の親に親権を振り翳されても困りますから。

 それに、北欧連合の政府や軍との関係を強化していく事を考えると、ロックフォード家の養子という立場はいいですね。

 だけど、しがらみという意味からは、鎖を付けられる事になる可能性はあります」

「……まったく、シンが此処に来たばかりの時は、年相応で可愛げがあったのに、今のおまえは老人並みだぞ。

 子供はもうちょっと、素直になるもんだ。そう深く考えるんじゃ無い。

 ナルセスはワシの娘婿だ。ハンスはワシの孫だ。ワシの後継者たるお前を邪険には扱わんよ。心配する事は無い」

「人生経験の知識は千人分はあるんですよ。考えが年寄りっぽくなっても仕方無いでしょう。今のボクには、荷が重過ぎます」

「当然じゃ。千人分の魂の力と知識を持っている人間なぞ、何処にも居るはずも無い。だが、立派な力なんだぞ。

 今は無理でも、使いこなすように努力しないと駄目じゃ。それと魔術もな。

 使い方は分かっているだろうが、身体に馴染ませるぐらいに練習をしないと身につかん。何事も訓練じゃぞ。

 それとお前の身体はまだ子供だ。いかに精神が大人びていようと、身体は違うんじゃぞ。

 事実、お前は夜更かしなんかできんじゃろ。クリスから、お前が仕事をしていたが机で寝ていたと聞いておる。

 まだ、お前の身体では無理はきかん。お前には保護者が必要なのだ」

「……はい」


 現在のシンは、幼児の身体に千人分の知識と魂を抱えた、かなりアンバランスな状態だった。

 いかに知識があろうと、幼児の身体では制限が多過ぎる。シンの補助は必要だった。


「シン。オルテガ様の言う通りだ。数年経てば、シンもある程度は身体が出来てくるだろうが、今はまだ駄目だ。保護者が必要だ。

 そして、私やクリスではまだ保護者には成れない。その点、ロックフォード財団なら理想的な保護者となり得る。

 良い選択肢だと思うがな」

「そうね。あたしもミハイル兄さんに賛成だわ」

「……うん。分かった。じゃあ、了解の返事をしておくよ」

「それはそうと、シンは祖先千人分の魂と知識を持っている事は、ナルセスには伝えてないんじゃな。ミハイルとクリスの事も?」

「ええ。ボクが魔術師というだけでも、ナルセスさん達にとっては重たい事でしょう。

 まして師匠と違って、ボクは物理と精神干渉系の魔術が使えるんですよ。ナルセスさん達に使うつもりはありませんが、

 用心されると思ってます。その上で、先祖の魂と知識千人分を持っているなんて言えません」

「それが良いかもしれんな。あのナルセスでさえ、ワシが魔術師だと認めるのに時間がかかったからの。

 そして、認めてからしばらくはワシを気味悪がっていたしな。だが、根は悪いやつじゃないぞ。それは分かって欲しい」

「分かっています。それに師匠の娘さんの家族ですからね」


 オルテガが頬を少し緩めた。目は見えないが、シンの心遣いが感じ取れたのだ。

 自分の娘婿たるナルセス、そして孫たるハンスは、オルテガにとって大事な家族だ。だが、シンも大事な弟子である。

 両者が協力しあって、サードインパクトを防いで欲しいと希望する。だが、人間の性(サガ)も知っている。

 気を引き締めて、オルテガはシンに最後の忠告をしておこうと考えた。


「済まんな。それとシン。これは最後の教えじゃ。心して聞くのじゃぞ」

「最後だなんて……」

「良いから黙って聞け。お前が魔術師の力に慣れれば、それこそ小さな山程度は吹き飛ばせる事が出来るようになる。

 そして、これから協力者にサードインパクトの事を告げる時、魔術師である事を隠す訳にはいかんだろう。

 何故分かったかを説明出来んからな。だが、お前が魔術師である事を一般人に告げる時、全力の力は見せるでないぞ。

 あくまで便利程度の力しか見せるな。そして無限に使える訳では無く、万能では無い事を相手に理解させろ。

 さもなくば、事が終わればお前が排斥の対象になるじゃろう」

「はい。分かりました」

「それと、シンだけで無く、ミハイルとクリスにも該当する事だが、お前達三人が先祖の魂と知識を有している事は隠し通せ。

 ナルセスにもだ。正直言って、魂の力でどこまで出来るか分からんが、シンに限って言えば魔術師の力も軽く上回るじゃろ。

 そんな力を持っていると知られれば、大いなる災いがお前達に降りかかるだろう」

「「「はい」」」

「ワシは今日から隠居する。屋敷の結界を動かして通常空間とは分離させるから、屋敷に侵入者が来る事も無かろう。

 それにシルフィードが居るからな。大抵の事は大丈夫じゃ。

 お前達三人には、結界は通れるようにしておくが、あまり頻繁に来るんじゃないぞ。ワシの平穏な生活が乱されるからな。

 悩んだりした時は遠慮無く来い。その時は相談ぐらいには乗ってやろう。

 お前達三人は為すべき事がある。この老体の心配などせずに、自分の為すべき事を優先させろ」


「はい。短い間でしたが、ありがとうございました」

「ミハイル。お前は三人の中の最年長だ。まとめ役をしっかりやってくれ」

「はい。分かりました」


「オルテガ様。これまでありがとうございました。頻繁に来るなとの事でしたが、年に数回程度はご機嫌伺いに来たいと

 思っています。宜しいでしょうか?」

「クリス。お前の気持ちは嬉しい。そのくらいなら構わんじゃろ。土産話しを楽しみにしているぞ」

「はい。ありがとうございます」


「師匠。今までありがとうございました。姉さんほど頻繁には来れないでしょうが、ボクもたまには来ますよ」

「シン。お前が一番忙しくなるのじゃぞ。そんな暇は無いと考えろ。まあ、気持ちだけは受け取っておく」

「はい。分かりました」

「八年後の結末を見届けるまでは、ワシは死ぬつもりは無い。老い先短いワシの事を考えるより、自分達の事を考えろ。

 そして世界を頼む。サードインパクトを防いでくれ。お前達なら、サードインパクトが発生しない世界に出来ると思っている」

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 2006年:某所

『最近の北欧連合は、やたらと元気が良いな』

『ああ、我らの配下の国より復興が進んでいるらしい。セカンドインパクトが起きる事を知らなかった奴らが、準備をしていた

 我らより復興が早いなど、ありえん事だ。何かあるはずだ』

『中東地域の支援も、我らより多い。おかげで、中東各国の目は、我らより北欧連合を向いている。

 原油の輸入は確保してあるが、中東各国の王家と北欧連合の外交官は頻繁に接触しているという。何かあるな』

『2005年に大量の食料備蓄を放出したが、備蓄があれば、その前に出していたはずだ。

 発電所もおかしい。原油輸入量を考えれば、あれだけの発電量は石炭を入れても無理だ。何か隠しているな』

『既に諜報員を潜入させておる。数週間以内には、報告が来るだろう』

『ひょっとしたら、美味しい餌かもしれんな。報告が楽しみだ』

『そうだな』

 12個のモノリスは微かに発光していたが、唐突に光は消えた。残ったのは、光も音も無い暗闇だけだった。






Fin...
(2009.10.10 初版)
(2011.02.26 改訂一版)
(2012.07.08 改訂二版)


(あとがき)

 2005年の外伝を書いてみました。これを書いたのは20話の時点です。

 まあ、基本構想は最初からありましたけど。ですが、設定の公開という観点から、投稿時期を調整しました。



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