永遠の福音

第二十一話

presented by 琴鳴様


戦略自衛隊の航空管制室は喧騒に包まれていた。


『対地レーダーに正体不明の反応。予想上陸地点は旧熱海方面』

「どうせ狙いは第三だろう?」

「一応、警戒シフトにしておけ。決まりだからな」


などというやり取りがあったのは一時間ほど前。

『使徒、依然侵攻中!』

先ほどとは比べ物にならないほど緊張感に満ちた報告。

いつもならば、何らかの連絡や行動をとるNERVが、今日に限って何の反応も示さない。

不審に思って連絡を取ろうとしても、回線がつながらない。

何かあったのは明らかだった。

「くそ! 統幕会議め、こんな時だけ現場に頼りおって!」

がちゃん、と音を立てて手にした受話器を叩きつけるようにおろした右に座った幹部の一人が言う。

「政府は何と言っている?」

中央に座った一人がそう問えば、

「第二東京の連中か? 逃げ支度だそうだ」

吐き捨てるように左の幹部が答えた。

「ともかく、NERVにこのことを知らせなければ……」

「しかし、どうやって……」

悩む左右の幹部に対し、

「直接行くしかあるまい」

中央に座った幹部は重々しくそう言った。







「どうしたんだ、一体……?」

突然消えた信号を見つつ、日向は疑問を口に出した。

「とりあえず、本部に急ごう。何かあったのかもしれないし」

と、彼が走り出そうとした瞬間だった。

ぶうん、と低く聞こえるプロペラ機の駆動音。

そして、


『こちらは第三管区航空自衛隊です。現在、正体不明の物体が本所に対し移動中です。住民の皆様は速やかに……』


これを聞いた日向の顔から血の気が引いた。

「やばい……!」

呟くと同時に走り出した。

戦時がわざわざ直接やって来ている……もしかしてNERV本部も停電中!? テロか……あるいはこれも使徒の攻撃か!?

様々な推測が日向の頭の中をよぎる。

そんな日向の前に


『えー、こういった非常時にも動じない、高橋、高橋覗をよろしくお願いします』


通りかかる一台の選挙カー。

「ラッキー!」

神様ありがとう、と日向は心の中で呟いた。







「タラップを登ることになるなんてね……シンジ君の言葉を疑うわけじゃなかったけど……」

「本当に本部が停電するなんて、にわかには信じられませんからね……」

技術部師弟コンビは呟きながら発令所のタラップを上る。

停電が起こったのは、彼女たちが実験を終えて零号機をケイジに戻した直後だった。

シンジから話を聞いていた彼女たちは、その足ですぐに発令所へと向かった。

彼女たちがたどり着いた時には、すでに停電から10分以上が経っていた。この明らかに異常な事態に、発令所は混乱していた。

「ダメです! 予備回線もつながりません!」

「馬鹿な! 生き残っている回線は!?」

「全体の1.2% 2567番からの9回線だけです!」

マイクやスピーカーも使えない中、オペレーターと肉声でやり取りをする。

「生き残っている回線をすべてMAGIとセントラルドグマの維持にまわせ!!」

「そんな……全館の生命維持に支障が出ます!」

冬月の指示に青葉が答えるが、

「かまわん! 最優先だ!」

「しかし!」

「これは命令だ! 復唱したまえ!!」

「……了解。生き残った回線をすべてMAGIとセントラルドグマの維持に回します」

憮然と答える青葉にタラップを上りきったリツコは声をかけた。

「状況はどうなの?」

「正・副・予備の三系統の電源がすべて落ちています。通常考えられる事態じゃありません」

「つまり……ブレーカーは……」

「“落ちた”のではなく“落とされた・・・”という訳ね……」

日向の答えに技術部二人はそう言って目を合わせる。

(まさしく、シンジ君のいっていたとおりです……)

(という事は来るわね……九番目が)

マヤとリツコはそのまま頷きあう。

「マヤ、ここは任せるわ」

「はい!」

「青葉君、動ける人員をできるだけ多くケイジに集められる?」

「は? できると思いますが……?」

言外に理由を聞いてくる。

「エヴァの出撃準備をするのよ」

「何故ですか?」

と不思議そうな青葉にリツコは答える。

「何もなければそれでいいけれど、この状況で使徒が来たら……?」

その可能性は決して否定できるものではない。

この状態でもし使徒が来たら、なすすべもなくサードインパクト、という事態もありえるのだ。

そのリツコの言葉を聞いて、青葉の顔が青ざめる。

「り、了解! すぐに集められるだけの人員を集めます!」

とは言え、電気で動く物は何も使えない現状。

「施設内を走って回って、手の空いている人間に片っ端から声をかけるんだ!」

「「「了解!」」」

下段で作業中のオペレーターたちに声をかけ、自らも率先して動き出す。

オペレーターたちもリツコの声が聞こえていたのか、この場に必要な人間を残して数人が走り出す。

「マヤ、MAGIは任せるわ。私もケイジで指揮を執るから」

「はい。がんばってください、先輩」

そして、すべての指示を出し終わった後で、

「……かまいませんね?」

最上段に佇む二人の男に声をかけた。

彼女の指揮に口を挟むことができなかった二人。

「……問題ない」

髭面の男はそう口にすることしかできなかった。







『当管区内における特別非常事態宣言発令に伴い、緊急車両が通ります……って、あの?』

先ほどまで候補者の名前を連呼していたウグイス嬢の戸惑ったような声がスピーカーを通して響く。

「行き止まりですよ!?」

「いいから突っ込め! 非常時だ!」

青い顔をして叫ぶウグイス嬢に、日向も負けず劣らずの青い顔で叫んだ。

彼は先ほど見たのだ。

細長い、蜘蛛を思わせる四本の足がビルの間から伸びているのを。

(間違いない……使徒だ!!)

急いで本部に知らせなければ、とあせる。

もしNERV本部まで停電していたら(そして、その可能性は非常に高いと思っている)、最悪エヴァを出す暇もなく世界が滅ぶ可能性すらあるのだ。

「りょぉうかぁあい!!」

一人スピードに酔っているのか、ハンドルを握る青年だけが少しばかりイってしまった顔で元気に答える。

『もういやああぁああ!!』

ウグイス嬢の叫びが誰もいない市街地に木霊した。







シンジたちは1kmほどの道のりを、わずか一分少々で走りきった。

マナの残滓と風を引き連れてNERV本部ゲートの前に姿を現した三人。

「さて、早く行きましょ!」

「アスカ。嬉しいのはわかるけど、油断したらダメだ」

もうすぐ母に会えるとあって、少々浮かれているアスカに、シンジは釘をさす。

アスカは一瞬反論しようとしたが、思いとどまって一つ深呼吸。

「ごめん。シンジの言うとおりだったと思う。今はそっちは忘れるわ」

「気を引き締めてくれればいいよ。その想いはきっとアスカの力になる」

シンジはにこりと微笑んだ。

「そ、それじゃあ早いトコ行くわよ。行き先はケイジでいいのよね?」

笑顔を向けられて赤面するアスカ。

「ええ、こっちから入れるわ」

それを微笑ましげに見つつも、若干の嫉妬に頬を膨らませながらレイが先行する。


「ずるい」

「わ、私じゃないでしょ!? シンジに言いなさいよ!」


小声で言い合いながら歩を進める。

途中の手動ドアのハンドルも、

「まぁ、これぐらいはね」

大の大人が必死に回さなければならないそれを、シンジは片手でくるくると回す。

まだ修理が進んでいないのか、瓦礫にふさがれた通路も、

「ほい」

「えい」

アスカとレイの軽い掛け声と共に軽々と力ずくで突破されていく。

そして、しばらく通路を進み、

「ここよ」

「よし」

最後のドアを無理矢理、しかし、軽々と素手でこじ開けると三人はケイジにたどり着いた。


「よ! 思ったより早かったじゃないか」

「え? ユウトさん? いつの間に……」

その三人にいち早く気がついて声をかけてきたのはユウト。その向こうからはユーフォリアとリツコが駆けてくる。

「遅いよ、三人とも」

「ユーフィまで……」

しきりと不思議そうな三人。

それもそうだ。自分たちはこの施設でその人生のほとんどをすごしたレイが道案内をしたのだ。

それよりも早くつくことなど考えられない。

「ああ、この二人ね」

そんな三人の様子に苦笑し、リツコもやや呆れたように口にした。

「エヴァの射出口をこじ開けて、そこから落ちてきたそうよ」

見てはいないけど、と言いつつ疲れた様子のリツコ。

彼らはその方法で誰よりも早くケイジにたどり着き、リツコが来るのを待ってエヴァの発進準備を手伝ったのだった。

「ま、着地は華麗に決めてやったけどな!」

「ね!」

パンッ! とハイタッチを決める父娘。

“降りてきた”ではなく“落ちてきた”

あの距離を落下して無事!? しかも着地はばっちり!? どこまで物理法則を無視すればいいのよ、などとリツコが口の中で呟いているのが聞こえる。

シンジはそんな二人を生暖かい目で眺め、レイはリツコを心配そうに見つめ、アスカは、その手があったか、と悔しがった。

「で、準備はできてるんでしょ?」

「ええ、すぐにでも発進できるわ」

そんなふざけた雰囲気もつかの間、シンジのその一言でリツコを含めた五人の表情が戦に臨む戦士のそれとなる。

「じゃ、いきます」

「ああ、行って来い」

頷きあうと、三人は駆け出し、三人はそれを見送る。

「シンジ君! 頼まれてたもの、できたわ! もっていきなさい!」

リツコの言葉を背中で受けたシンジは、半分だけ振り替えてって頷いた。

「誰も見てないんだ。派手にやっちまえ」

そのユウトの呟きを聞いたユーフィはくす、と笑った。







第三新東京市の地下に、網の目のように張り巡らされた通路。

エヴァの射出経路や非常用の通路など、大小さまざまなその通路のうち、エヴァが通れるだけの広さを持つものはそう多くない。

そんな通路の一つを、拘束具を無理矢理排除して起動したエヴァ三機は匍匐前進で進んでいた。

先頭は初号機。三機とも肩に予備バッテリーを装備しており、その起動時間は内部電源を含めて20分少々といったところか。

『前史』では街の中心に向かって進み、縦穴に出たところで第九使徒の溶解液を食らうことになった。そこで、今回は郊外の方向へと進んでいる。

しかし、

『かっこわるぅ〜い……こないだからアタシこんなんばっか……』

初号機の後ろを行く弐号機のアスカがぼやく。

まぁ、あまり見栄えの良いものでないことも確かだった。

「ぼやかないぼやかない。今回は好きにやっていいんだから」

限度はあるけどね、とシンジ。

今現在、停電によって本部の機能は麻痺し、その支援を受けることができない代わりに監視の目も死んでいる。

この状況ならば、多少神剣の力を使ったところでばれることはない。

「っと、そろそろ縦穴に出るね」

シンジの言うとおり、前方には通路の終端とそこからつながった縦穴が見える。

「それじゃ、行くよ?」

『またしてもかっこわるぅ〜いぃ』

縦穴を両手と両足を突っ張って登っていくエヴァ三機。これまた確かに見栄えのいいものではない。

何とかその苦行を終え、地上へと這い出た三機は、ビルの影に隠れるように都市部の中心のほうを窺う。

『……いる』

ぽそり、とレイの呟き。

その言葉の通り、中心部にはビルの谷間から大きく伸びた四本の足が見える。

『蜘蛛?』

アスカの言葉の通り、その長い節足は蜘蛛を思わせる。「雨を司る天使」こと、第九使徒マトリエルだ。

「そうだね。蜘蛛に似てた。『前史』では溶解液を垂らして本部に行こうとしてたけど、多分、水平に発射することもできるだろうから気をつけてね」

シンジが『前史』での能力を説明し、その場で軽く作戦会議。

そして、初号機が先行して囮となり、ついで弐号機が攻撃を加える。零号機はそれを後方から援護することになった。

「よし、いいね?」

シンジの問いかけに、

「OK!」

アスカは元気よく答え、

「……」

レイは無言で頷く。

三人は互いに目を合わせ、

「3……」

『2……』

『1……』

『「『Gehen!!』」』

図らずも重なったドイツ語の号令。シンジは『前史』での記憶から、レイはここのところずっとアスカと行動を共にしていたことから予測していたのだろう。

思わず頬を緩めながらシンジは初号機でビルの陰から飛び出した。

続いてアスカの弐号機が初号機を追うように飛び出す。

『何よ〜』

だが、行動を予測されたことが少しだけ不満らしい。

『……ふふ』

最後にレイが悪戯が成功したような顔を見せつつ、零号機を少しだけ下がらせて全体が見渡せる位置を取った。

三人の視線の先には敵――第九使徒マトリエルの姿。

『ったく、使徒ってどうしてあんなに気持ち悪いのかしら……』

アスカが呟く。

マトリエルは黒い半球状の胴体から四方に長い節足を伸ばした姿をしており、足の少ない蜘蛛のようにも見える。

そもそもアスカは――アスカに限らず女性の多くだろうが――蜘蛛が苦手だ。さらに、胴体には人の目を思わせる模様がいくつも描かれており、それがアスカの不快感をさそう。

うへぇ、と嫌そうな顔をしつつも、弐号機は手にしたソニックグレイブをしっかりと構えなおし、初号機のあとを追う。

先行する初号機は腰に装備していた剣を引き抜く。

初号機の装甲と同じく、紫色の刃を持つそれは、リツコの言った“頼まれていたもの” シンジがリツコに依頼して造ってもらった“エヴァ用の『福音』”こと、初号機専用近接戦闘装備。その名も「グッドニュース」である。

初号機は右手に剣を構えたまま走るスピードを維持し、足をかいくぐって胴体に迫る。

そしてスピードを緩める事無く、胴体の脇をすり抜けながら手にした剣で切り付ける。

剣道で言うところの「抜き胴」に近い動きだ。

そのまま走り抜けようとする初号機。

マトリエルは切り付けられても動じる様子も見せず、わずかに胴体をずらして初号機の方にいくつかある目の模様を向けると、


ジュッ!


オレンジ色の液体を飛ばす。

「やっぱりできたのか!」

走りつつも後方を警戒していたシンジは即座に反転。

「オーラフォトンバリア!」

前面に光り輝くオーラフォトンの楯を展開して液体を防ぐ。

バリアにあたったその液体は、初号機に届く事無く地面へと落ち、シュウシュウと煙を上げながらアスファルトを溶かしていく。

『前史』でも見た溶解液だ。シンジの予想通り、これがこの使徒の攻撃手段。これを下に垂らすことでジオフロントへの道を作り、水平に飛ばすことで武器にするのだ。

『隙あり! ってね』

初号機へと溶解液を飛ばした次の瞬間を狙って弐号機が攻撃を仕掛ける。

が、

『きゃ!』

マトリエルは初号機の方とは反対側の模様から弐号機に向けて溶解液を発射する。

とっさにアスカはソニックグレイブを機体の前に構えて楯にしつつ、後方に跳んでやり過ごす。

だが、溶解液の直撃を浴びたソニックグレイブはあっという間にぐずぐずに融けてしまう。

『くっ!』

弐号機に迫る溶解液。

『アイスブリット!』

それを防いだのはレイの放った氷弾だった。

これはレイが一番最初に覚えた神剣魔法であり、現在もっとも得意とする技でもある。

単純に氷の塊を飛ばす魔法なのだが、それだけに溜めも少なく、このようにとっさに攻撃を防ぐのに使うことも良くある。

もっとも、敵の攻撃を正確に読むことのできるレイならではの使い方でもあった。

『大丈夫? アスカ』

『大丈夫よ。ありがと、レイ』

レイに答えつつ、アスカもそのまま後方へ跳躍して距離をとり、零号機の隣りに立つ。

『あらら……』

手にした薙刀は柄の半ばから先を失っている。

アスカはそれを脇に捨てた。

「うーん……目の模様すべてから溶解液は発射できるようだね」

マトリエルをはさんでアスカたちの反対側に立つシンジがそう言う。

マトリエルの目の模様は胴体の周りに四箇所、どこを基準にしていいか悩むところだが前後左右に配置されている。

つまり、マトリエル自身はちょっと胴体を動かすだけで全周囲に溶解液を発射できるということだ。

そして、シンジの記憶によれば、ここからは見えないものの下部にもその「目」はあり、今も溶解液を垂らして本部への道を作っているのだ。

「なるほどね。A.T.フィールドを中和するまで近付けば溶解液の餌食って訳だ。僕らを倒すんじゃなく、近づけないことで目的を達するつもりなんだ」

マトリエルは決して弱いわけではなかったのだ、とシンジは思った。

『前史』で簡単に倒せたのは今までの使徒戦と違い“相手が不得意とするフィールド”で戦ったことによるのだろう。

常に、下に溶解液を垂らすマトリエルは、体の下面にはA.T.フィールドを張ることができないのだ。

『前史』では停電によって予想外の――使徒を下から攻撃するという――事態になったが、こうして地上で戦っているシンジたちは、現に攻めあぐねている。

もし、『前史』でも地上で戦っていたら溶解液をかぶることを覚悟して近接戦闘を仕掛けなければならなかっただろう。

だが、それはあくまでシンジたちが神剣の力を使えない場合。

今の彼らには力があった。


「レイ、あいつの『目』のうちの一個……そうだな、二人のほうを向いてる奴でいい、つぶせる?」

シンジは、自分の役目は終わり、とばかりにグッドニュースを腰につけられた保持用のベルトに戻す。

『……できると思う』

その様子を訝しげに見ながらレイは答える。

「よし、じゃあレイが『目』をつぶしたら、アスカは接敵して攻撃。そのままでもいいけど、できればジャンプして上からがいいかな」

上には攻撃できないみたいだしね、とシンジ。その言葉通り、マトリエルの上面には「目」はない。まぁ、上方向に溶解液を飛ばした場合、かなりの確率で自分も被害にあうので当然といえば当然か。

『で、あんたは?』

シンジの言葉に頷きつつ、尋ねたアスカだが、

「僕は見てるだけ」

『は?』

返された答えにポカンとする。

『何言ってんのよ!?』

『…………』

それも一瞬、その言葉の意味に気付いて猛然と抗議するアスカ。レイも無言だが、戸惑ったような顔でシンジを見る

「二人で倒せる相手だよ。訓練の成果を見せて欲しい」

対するシンジは気にした様子もなく笑顔。それでも、その瞳には二人に対する信頼が見える。

だから、

『わかったわ! 見てなさいよ?』

『うん……見てて』

二人もその信頼にこたえるべく頷いた。


「…………」

目を閉じ、レイは意識を集中していく。それに応じるように周囲のマナがレイの支配下に置かれていく。

自分が広がっていくような感覚を感じながら、レイは詠唱を続ける。

「集え、青きマナ。其は汝を縛り戒める」

拡大した感覚が、発動しようとする魔法の目標――マトリエルの周囲で収束する。

そこで目を開き、

「アスカ!」

横に立つ親友へと声をかける。

『了解!』

応じる声と同時、赤い風が横を吹きぬける。

それを確認したレイは、魔法を完成させた。

「ブルーバインド!」

敵の周囲のマナが急速に冷気を帯びた青いマナとエーテルへと変わっていく。

それは、見事にマトリエルの「目」の一つを凍りつかせた。

本来は敵を凍りつかせて動きを止める魔法。今回は動きをとめることはできていないが“「目」をつぶす”という目的は果たしていた。


『アスカ!』

「了解!」

横からかかった声に応じてアスカを乗せた弐号機は走りだす。

持ってきた武器は失っているので、肩のラックからプログナイフを取り出して装備。

「!」

そのまま走りながらマナを集中させておく。

目の前の敵は、こちらに射出口である「目」を向けようとするが、

『ブルーバインド!』

それがなされるよりも早くレイの魔法が完成する。

アスカの視界の中、こちらを向いていた「目」が見事に凍り付いていた。これでは射出口の役目を果たすことはできないだろう。

「さすが」

自分も負けていられない。

敵への距離が100メートル――人間の感覚で言えば3メートルほどだろうか――を切った所で弐号機は大きく跳躍。

空中で一回転を決めてマトリエルの背中へと降り立つ。


ドオオォオォン!!


衝撃をやわらげようなどという意識は欠片もなく、むしろ少しでもダメージを受けろとばかりに衝撃を与える。

「コアの場所は分かるわね!?」

(む……そこの下だ)

瞬時に『矜持』と意思をかわし、彼の意識が示した場所に、

「はぁああ!」

気勢一喝。構えたプログナイフを突き刺す。

そして、

「アサルトブラスト!」

刃に集中していたマナを解放し、火砲として放った。

ゼロ距離から放たれたその砲撃は、狙い違わずコアを貫通。

「『矜持』 頼むわ」

(心得た。神剣アダムの欠片を回収する)

『矜持』の意思が答えた次の瞬間、プログナイフの刺さった部分から金色の光が弐号機へと消え、ついで胴体から足のほうへ向けてマトリエルの体が金色の光に包まれていく。

「よっ……と」

その光が虚空に散ると同時に、アスカは危なげなく弐号機を着地させた。

「どんなもんよ、シンジ!?」

『二人とも、お見事!』

アスカのその問いかけに、シンジはウインドウの中で拍手をしながら答える。

『うれしい……』

シンジの言葉に、レイもそう言って頬を染めた。








「ママ……ママ……」

マトリエルを倒したシンジたちは、そのままエヴァ三機を郊外の丘まで移動させ、そこで弐号機からキョウコのサルベージを行った。

若干の緊張を見せたアスカだったが、無事に母キョウコをサルベージして見せた。

裸のままのキョウコを外に出すわけにもいかず、ハーフイジェクトしたプラグの中でアスカは母の体を抱きしめていた。

と、こんこん、と外からプラグを叩く音がする。

アスカがハッチを開けると、そこにいたのはウイングハイロゥを広げたアセリアだ。

「アセリアさん」

「ん……見つかる前に、家に連れて行く」

そう言って手にしていたバスローブを渡す。

アスカは、まだLCLに濡れているキョウコの体をそれで包むと、

「ママをお願い」

とアセリアに頭を下げる。

「ん。任せろ」

短く答えると、アセリアはキョウコの体を抱き上げて飛び去った。

それを見送ったアスカは、

「よいしょ!」

プラグから身を乗り出し、そのままジャンプ。

「ほ、や、と!」

そのまま弐号機の体を伝って地面へと降り立つ。

そこにはすでにシンジとレイが待っていた。

「さて、僕らも行こうか」

そう言うシンジに、アスカはえ? と疑問の声を上げる。

「ここにいたほうがいいんじゃないの?」

確かに、使徒を倒した後はエヴァの周囲で回収を待つほうが自然だ。

だが、

「お母さんのそばに居たいでしょ?」

というシンジの言葉に、

「……うん」

アスカは素直に頷いた。

よし、とそれに笑顔で答えたシンジは、レイとアスカの二人を抱き寄せる。

「え?」

「なに?」

「ごめんね、疲れてるだろうし、少し我慢して」

頬を染める二人に気付いた様子もなく、シンジはそう言うと、腰に納刀したままの『福音』を顕現させると、力をこめる。

「何する気なの?」

尋ねるアスカに、シンジは少しだけ微笑むと、

「実は僕にも出せるんだ……ハイロゥ」

二人がその言葉の意味を理解するよりも早く、シンジの背中に光の羽が開いた。

少しだけ紫のかかった白。アセリアのような鳥を思わせる羽ではなく、昆虫――トンボのような二対の細長い翅。

しかし、それは『前史』で暴走した初号機やアダムが広げた禍々しいそれではなく、自然な美しさを感じさせる。

繊細な面立ちのシンジが広げていると、まるで等身大の妖精のような印象を与える。

「わ」

「きれい……」

見とれるように呟いた二人に苦笑しつつ、

「しっかりつかまっててね」

そう言うと、シンジは地面を蹴った。

そのまま体はふわりと浮き上がり、空へと飛び立つ。

「わ……わぁ……!」

「すごい……!」

しっかりとシンジに抱きついて、二人は生身で空を飛ぶ感覚を堪能する。

「アセリアさんができるなら、僕にもできるんじゃないかって思ったんだよ」

そんな二人の様子を見ながら、シンジは説明する。

アセリアたちスピリット(正確には『元』がつくのだが)は神剣を使う時にハイロゥと呼ばれる光の器官を発現させる。

ならば同じ神剣から生まれた存在であるリリンもハイロゥと似たようなモノを出せるのではないか、とシンジは考えたのだ。

そして、試行錯誤の結果、シンジはこのトンボの翅のようなハイロゥを手に入れたのである。

「まぁ、目立つからあんまり使えないんだけどね」

今回は停電してたから、と苦笑する。

そんな説明をしているうちに、眼下には高嶺邸が見えてくる。

庭に降り立ち、シンジが二人を解放すると、アスカは一目散に玄関へと走り出す。

だが、家に入る直前で振り返ると、

「シンジ! 私もハイロゥそれ練習するからね! どんなふうに練習したか、後できっちり説明しなさい!!」

と叫ぶと、ママ! と言いながら家の中へと入って行った。

残された二人も、そんなアスカの様子に顔を見合わせてふふ、と笑いあうと、後を追って家に入って行った。





選挙カーで勢い込んで発令所へと向かった日向は、そこに残っていたマヤからすでにエヴァが発進したことを聞いて脱力しつつも、とりあえず一安心した。

子供たちをサポートできないのは大人として悔しく思うが、日向にはシンジたちなら間違いなく使徒を倒せると信じることができたからだ。

その後、電気が戻る共に、シンジたちから連絡を受け、エヴァの回収を行う日向だった。

一方リツコはシンジたちから連絡があると、必要な指示だけを出して、急いで高嶺邸へ戻ってサルベージされたキョウコの診察を行った。

結果はユイの時と同じく、若干の衰弱はあるものの特に大きな問題は無く、アスカとの再会を喜び合った。


さて、今回全く姿を見せなかった某作戦部長と某特殊監察部員は、停電からの復帰後、閉鎖されていたエレベーターの中から発見されたらしい。

発見時、エレベーターの床がとある液体で濡れていた、という話もあるのだが、真実は定かではない。










To be continued...

(2008.03.30 初版)


(あとがき)

少々時間が空きましたが、20話・21話をお届けです。

ホントは先週にも投稿するつもりだったんですが、先週はちょっとロタウイルス感染症とか言われてしまって寝込んでおりました。

さて、今回はマトリエル戦。停電と言うことで少しばかりファンタジーな戦いをさせてみましたがいかがだったでしょう? 楽しんでいただければ良いですが。

日向はちょっぴり空回り。しかし、リツコと共に下位職員の人望はどんどん集まってるような気もします。

反対にミサトやゲンドウ・冬月はどんどん支持を失っているような……

さて、次回はサハクィエル戦です。お楽しみに。

今回はこれにて。それでは。

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