第二十五話
presented by 琴鳴様
スクリーンのなかで三基のMAGIを示すブロックが、半ばまでを侵食していた赤 を押し返したグリーンに染まる。
発令所が歓声に沸いた。
オペレーター席に座るリツコたちの邪魔にならないように、と中段後方に陣取っていたシンジとユウトもほっと息をついた。
遠くに感じていた神剣――「恐怖を司る天使」こと第十一使徒イロウルの気配が徐々に小さくなっていくのを感じる。
「ふぅ……俺達が手ぇ出せないからどうなるかとも思ったけど……」
「まぁ、リツコさんとマヤさんに任せておけば問題ないですよ」
『前史』では事前情報無しでこれをやったんですよ? とシンジは微笑んだ。
「別に疑ってたわけじゃないさ」
苦笑しつつ、ユウトもそれに答える。
二人は何気なく明るい雰囲気に満ちた発令所内を見回し、
「ん?」
「あの人は……」
一人だけ笑顔を浮かべていない人物を発見した。
葛城ミサトである。
「アイツか……」
呆れたようにユウトがため息をつく。
これまでの行動を鑑みれば、今現在彼女がどのような感情を抱いているのか予測するのは容易だ。
要するに、
「自分で倒せないってのがそんなに気に喰わないのか……」
「それだけでここまで来てる人ですからね」
自分の指揮で使徒を倒すことができないのが嫌なのだ。
二人は内心で、暴れるようなら取り押さえよう、などと思っていた。
その視界の中でミサトが自身の苛立ちを示すように乱暴に頭をかきむしる。
「「!!!」」
同時に二人は声に出さぬままはじかれたように振り向いた。
その方向にあるのは、実験棟。使徒に侵食された模擬体が設置してある場所だ。
先ほどまでは徐々に弱まっていた神剣の気配が急激に膨れ上がったのだ。
そして、
DOoooOOooOOOnN!!
振動と轟音と警報が発令所を襲う。
先ほどまでの雰囲気は一気に吹き飛び、発令所は蜂の巣をつついたような大騒ぎに陥る。
「シンジ、行け!」
「はい!」
ユウトの言葉に頷きながらシンジは走り出す。
状況は不透明。このままイロウルがその力を取り戻すのかどうかも正確にはわからない。だが、常に最悪を想定して動くのが戦場の鉄則だ。
ここにはシンジの剣たるエヴァ初号機はない。このままイロウルが復活するとして、それに対するのにエヴァが必要かはまだわからないが、エヴァの許にパイロットがいるに越したことはない。アスカとレイはそれぞれの愛機の許にいるはずだが、この不測の事態にシンジと言う戦力があった方が良いのは言うまでもない。
「パ、パターン青健在! 奴はまだ生きています!!」
悲鳴じみた青葉の報告にスクリーンに振り向くと、その中で模擬体が再び光学模様に覆われている。
(しかし、何でいきなり力を取り戻した……!?)
スクリーンの中の輝く模擬体を睨みながらユウトは考える。
「目標の光学パターンに変化!」
だが、それを邪魔するようなマヤの報告が入る。
ユウトは頭を振って思考をシフトする。今は原因よりも目の前の脅威に対処する方が先だ。
いつの間にか落としていたらしい視線をスクリーンに戻せば、マヤの言葉通り、そこに映る模擬体を覆う光学模様が変化していた。
電子回路のようだったパターンが、葉脈や血管のような生物的な模様に変化している。
色も黄色から赤へと変わり、鼓動するように一定の間隔で明滅している。
そして、発令所が何度目かの驚愕に包まれた。
「またずいぶんと印象が変わったもんだな」
呆れたようにユウトが呟く。
本来胴体と右手だけしかなかったはずの模擬体。その左肩に光学模様の血管を伝って赤い光が流れ込み、盛り上がって左手を形成する。
赤い左手と黒い右手、そろった両手で模擬体――否、いまや完全に第十一使徒イロウルとなったそれは、自身の腰部が埋め込まれている壁面を叩く。
GOooN! GoOoooN!! GoOOOnN!!!
発令所まで響く轟音をとどろかせ、イロウルはあっさりとその戒めを破ると、自身の体を壁から引き抜いた。
「おい! アイツを外に出せないのか!? このままだと本部の施設内で戦うことになるぞ!」
ざわめく発令所内に一際大きくユウトの声が響く。
その言葉を理解した瞬間、発令所の面々の顔が青ざめる。
「非常システムのB-8を起動! 緊急排水でアレを外に出すのよ!」
「り、了解!」
リツコの叫ぶ命令にマヤが反射的に応じる。
ごうん、と言う腹に響くような低い音と共に、スクリーンの画面が揺れる。
模擬体は実験用の純水に満たされた空間に設置してあり、その純水が排出され始めたのだ。
実験棟はジオフロント内の地底湖の底に沈むように造られている。
非常システムB-8とは、実験棟の用水が何らかの理由で汚染されてしまった場合に使用するもので、純水だの洗浄用水だの汚水だのと区別せずに、実験棟内に存在する一切の水を排出する機構である。
常に実験と言うものは失敗の危険をはらんでおり、それに抗するため非常システムが実験棟には幾十も備えてある。
中には、「こんなの本当に必要なのか?」と首を傾げたくなるシステムもいくつかあり、B-8もその一つであった。
だが、この状況において、リツコは実験棟を設計した人物に心の底から感謝した。
数秒の後にはその勢いは洪水もかくや、と言うほどになる。
流れ出した水はイロウル=模擬体の巨体をも連れて、上――地底湖へ向けて上っていった。
「「ふぅ……」」
ユウトとリツコのため息が重なった。
二人は顔を見合わせて苦笑を一つ。そして次の瞬間には真剣な表情へと顔を引き締める。
ひとまずの脅威は去ったが、本部のごく近くに使徒がいることに変わりはない。
次はイロウルが動き出す前に、シンジ達をエヴァに乗せて呼び戻さないといけない。
ユウトがそのことをリツコに意見しようとした時、その声が響いた。
「何が『これは技術部が解決すべき問題』よ! しっかり失敗してんじゃない! やっぱり使徒を相手にするのは頭でっかちには荷が重かったみたいね!」
多分にあざけりを含んだその声。
「こっから先は作戦部の仕事よ! 私の華麗な指揮を黙ってみてなさい!!」
傲然とリツコをにらみつけるミサト。
発令所全体にしらけた雰囲気が漂う。
ここに居た誰もが、リツコたちの手際が完璧だったことを知っている。確かに「使徒殲滅」には失敗しているものの「技術部の解決すべき問題」 つまり、「MAGIのハッキング元を排除すること」には成功しているのだ。
「……そうね。あなたはあなたの職分を果たすといいわ、葛城三佐」
己のやるべきことはやったのだ、そこに何も恥じることはない。リツコは、こんなふうにしか反応できないミサトにむしろ哀れみすら感じながらそう言った。
「もっとも、期待はしていないけど」
ぽつりとこぼした最後の言葉はマヤの耳にだけに届いた。
そして、それは発令所の全員に――冬月とゲンドウを含めた――共通する思いだった。
「言われなくてもそうするわよ!」
その呟きが聞こえなかったミサトはそれだけを言うと、視線をスクリーンに向ける。
スクリーンの中には地底湖から二本になった腕で這い上がろうとするイロウルが映っていた。
そんな様子のミサトをため息をつきながら、ユウトは見た。
先ほどとは違ってぎらぎらとした歓喜をその瞳に浮かべている。
それを見ながらユウトは先ほどの「何故イロウルが力を取り戻したのか」と言う疑問と共に、ふと頭にあることが思い浮かび、
(まさかな)
頭を振ってそれを振り払った。
(使徒が葛城ミサトの 怒りに反応した なんて、あるわけない)
この場でその事実 に気付いたものはいなかった。
人の心を読む能力を持つ神剣もあるが、あいにくとユウトの剣である『聖賢』にその力はない。故に、ユウトは知らなかった。
ミサトが使徒が 自分の指揮で 倒せる形 になること を望んだことに。
もしユウトが彼女が考えたことを知っていたなら、彼は気付いたはずだった。
“その事実”――使徒がミサト の意志に 従った ということに。
発令所を飛び出したシンジは、地上への道をひた走った。
長い長いエスカレーターを一足跳びに駆け抜けて、ゲートが開く時間ももどかしげに道路へと走りだす。
使徒の発見の報が入った時点で特務三佐となった日向の命令により避難命令が出されていたため、街には人気は皆無だ。
これ幸いとシンジはハイロゥを展開、薄紫色に輝く光の翅を広げて中空へと飛び立つ。
三機のエヴァが並んでいるのはシンジから見て左手。
風を切って旋回しながらシンジはそちらへと方向を変える。背中の翅からオーラフォトンを放出し、一気に加速。
一瞬でトップスピードに乗り、数秒で三機のエヴァの直上へと到着する。
見下ろせば左右に立つ零号機、弐号機の上に、それぞれレイとアセリア、アスカとユーフォリアがいるのが見える。
それを見下ろしながら、三機の真ん中にいる初号機の上にシンジが降り立つと同時、
「シンジ!」
右手にある弐号機から声がかかる。
「アスカ! レイもエントリーして!」
「分かった!」
「……!」
二人とてイロウルの気配が突如力を取り戻したことは感じていたのだろう。シンジの言葉に問いを返すこともなくすぐさま了承の意を返す。
初号機がエントリープラグをイジェクトするのに続き、零号機と弐号機もプラグを露出させる。
「アセリアさんとユーフィはユウトさんのところへ!」
(ん……!)
(わかったよ!)
続いて神剣の共鳴を利用してアセリアとユーフォリアの母娘に意志を伝える。
それに答えてアセリアは光の翼 を広げる。
ユーフォリアは顕現した『悠久』にまたがり、放出させたオーラフォトンで浮かび上がる。
『ユーフィってあんなことできたんだ!』
『……すごい』
通信を通したアスカとレイの驚嘆に、
「今は後! ジオフロントに戻るんだ!」
『『り、了解!』』
シンジが喝を飛ばす。
初号機を起動させたシンジは、プラグ内からの操作でいち早くリフトを起動させジオフロントへと向かう。
『ま、待ってよ!』
『アスカ、私たちも』
弐号機・零号機も起動を完了させて初号機を追った。
シンジたちがジオフロントにエヴァを降ろすのとほぼ同時に発令所から通信が入る。
『みんな! 目標は地底湖を上がってくる! もうすぐ上がってくるはずだ!』
「日向さん!」
日向から現状を伝えるものだ。
『シンジ君、グッドニュースを出す。使ってくれ。あと、アスカちゃんにも新兵器があるらしい』
「新兵器? ……ってアレか!」
『できてたの!? やった!』
アスカの嬉しそうな声に、
『超特急でやったわ。でも手は抜いてないわよ』
『自信作です!』
技術部の二人が答える。
言葉の通り、すぐにエヴァ三機の脇のハッチから武器がせり出してくる。
初号機の隣からは紫色の直刀――初号機専用近接戦闘兵装グッドニュース。
そして弐号機の隣から現れたのは、
『WOW!』
アスカの感嘆。
弐号機の装甲と同じ色をした、50mほどはあろうかと言う長大な刃。柄の両脇に刃のある両翼刃 。その姿は巨大な『矜持』そのものだ。
『弐号機専用近接戦闘用兵装、その名も“プライド”!』
マヤの嬉しそうな声に応えるように、弐号機はプライドを掴むとニ三度確かめるように振り、最後に踊るように回転させてポーズを決める。
『いいわ! 大きさも重心も完璧! さっすがリツコ!』
アスカの声にも喜色が混じる。
初号機のグッドニュースと同じく、プライドもまた「エヴァ用の『矜持』」として設計されている。
ユウトやアセリアとの特訓でアスカが使う武器は言うまでも無く『矜持』である。結局、アスカの一番使い慣れた(あるいは慣れることになる)武器は『矜持』と言うことになる。ならばグッドニュースと同じく、エヴァサイズの『矜持』を造ってしまえ、と言うことで、リツコはアスカが『矜持』と契約してすぐにそのデータを取り、プライドの製作に取り掛かっていたのだった。
『無駄話はそこまでよ! さっさと迎撃位置に付きなさい!』
と、アスカ達にミサトの怒声がかかった。
『新兵器だか何だか知らないけど、さっさと私の命令を聞きなさい! 使徒は私の指揮でないと倒せないの! 分かってるの!?』
苛立ちに満ちた声の中に、隠しきれない喜びがあるのがシンジには分かった。
自分の指揮で敵を倒す、と言う状況が実現されたことが嬉しくてたまらない。
彼女の頭は自分の欲望を満たすことしかなく、それが世界を危機に晒す、と言う意識すらない。NERV本部やその職員、ひいては自分が命の危機にあると言うこともわかっているのかどうか。
(どこまでも自分勝手な……)
呆れたため息を漏らしつつ、
「了解」
そこに含まれる意味はともかく、上辺の言葉だけは正しいのでとりあえず頷いてみせる。
三機が地底湖を取り囲むように移動するとほぼ同時に、
「おいでなさったようだね」
湖の中心で水柱が上がる。
その中から現れたのは、模擬体を喰らった第十一使徒イロウル。
『気持ち悪ぅ……』
アスカのその言葉の通り、その姿は10人中9人は嫌悪感を示すだろう。
首の無い上半身のみの体。黒い体に紅い輝きを放つ血管とも葉脈ともつかないものが張り付き、脈動している。
その紅い光のみで構成された左腕はかろうじて人のそれを模しているらしいことは分かるものの、大きく肥大し、表面はざらざらとした鱗のような質感に変じている。指はそれぞれの先から鋭い針のような爪が伸び、五本それぞれが関節を無視して動き回るさまはまるで触手だ。
足は無いにもかかわらず、湖の上で静止していたイロウルは、探るようにその左手を動かしていたが、やがて標的を定めたのか、滑るように動き出した。
その標的は、
「『レイ!」』
『……!』
零号機だ。
すぐさまレイは地の上を滑るような低い跳躍で零号機を後退させる。それは敵を誘う動き。
イロウルはそれに気付いた様子も無く、左手を振りかぶりながらスピードを増しつつ青い巨人を追う。
振りかぶった左腕を振り下ろすが、
『リジェクション!』
零号機の展開するA.T.フィールドが密度を増してそれを防ぐ。
『アスカ、シンジ君、今!』
「了解!」
『任せなさい!』
攻撃を終えた直後、次の攻撃に移る前の一瞬の硬直時間を狙い、レイが後退すると同時に左右に展開していた弐号機と初号機が、それぞれの装甲と同じ色の刃を振りかざしてイロウルに迫る。
「はっ!」
『せい!』
シンジが狙うのは左肩。恐らくはイロウルの一番の武器であろう、その巨大な左腕を根元から断たんと手にした刃で切りつける。
一方のアスカは細かい狙いなど付けずに、直接敵の胴体を狙う。アスカの持つ両翼刃――プライドは力で押し切る武器だ。黒い巨体の二歩手前でステップを踏み、体ごと回転しながら手にした刃を叩きつける。
ギイィイイイイン!!
二つの刃に切りつけられたイロウルは、生物的なその外見とは裏腹に、金属同士が打ち合うような音を立てた。
それぞれの刃が狙った部分を半ばまで断ち割っている。
だが、
『きゃあ!?』
「レイ!?」
それにかまうことも無く、イロウルは左手を戦慄かせる。触手のような指先が、零号機のA.T.フィールド を突き破った。
蛇のような動きで正確に顔を狙う五本の指。
『くっ』
零号機はそのうちの二本を右手で、二本を左手でつかみとり、残る一本は首を傾けてかわす。
『ああああ!!』
だが、触手の動きは止まる事無く、伸び上がって自らを掴んだ腕にその先端の爪をつきたて、かわした1本はそのまま向きを変えて肩口に突き刺さる。
『「『『レイ!!』」』』
レイの苦痛の叫びにリツコとマヤ、シンジとアスカの叫びが重なる。
『レイを!』
「離せよ!」
感情の高ぶりに任せ、シンジとアスカの二人は周囲のマナをオーラフォトンに変換、刃に纏わせてシンジは指先を、アスカは先ほどシンジが半ばまでを断ち切った腕の根元を狙う。
「ふっ!」
初号機は居合いのような動作でグッドニュースを振りぬく。紅い触手はわずかに抵抗したものの五本まとめて切り裂かれた。
弐号機は手首を返す動きと同時に先ほどとは逆に体を回転させ、下から跳ね上げる機動でプライドをイロウルの左脇に下から叩きつける。
『でぇええ……りゃあ!』
シンジが切り裂いた部分とわずかにずれ、切り落とすことが適わないと分かるや否や無理矢理刃を回転させて、イロウルの左手を千切り飛ばす。
ーーーーーー!?
さすがにひるんだ様子のイロウルを、
「はっ!」
すかさず初号機が蹴り飛ばす。
吹っ飛ばされたイロウルは、それでも地面に叩きつけられることはなく中空に静止し、ゆっくりと三機に向き直った。
「第二ラウンド、か?」
呟くシンジ。
零号機も、突き刺さっていた触手を払い落として彼女をかばうように立っていた初号機、弐号機に続いて構えを取る。
にらみ合う両者。数秒の沈黙。
シンジたちが、武器をなくしているイロウルにたたみ掛けようとそれぞれの武器を構えなおした瞬間、イロウルの体で脈動する紅い光が、一際強い輝きを放つ。
「!?」
『なによ!』
『……』
油断無く敵を見つめる三人の前で、千切り飛ばされた左手や指先が一つの塊となってイロウルへと飛ぶ。
「ダメージは無しってことか」
感情を感じさせないシンジの声。
スピーカーから発令所で喚く女の声が聞こえるが、耳を傾けても集中を削ぐだけなので意識からカットする。
胴体の中心で飛んできた塊を受けたイロウルは、数秒で攻撃を受ける前と同じ姿を取り戻していた。
切り飛ばされたはずの左手はもちろん、胴体の半分までに達していた傷も紅い光に覆われて修復されている。
「イスラフェルとは別の意味で不死身ってわけか」
シンジは即座にその仕組みを悟った。
かつてシンジとアスカが相手にした第七使徒イスラフェル。彼(ら?)は二体に分裂し、それぞれがそれぞれを相互補完するという形での驚異的な復元能力を有していた。
それに対してイロウルはナノサイズの使徒の集合体だ。全体として一つの統合された生物である同時に、その細胞(と言って良いのかは不明だが)の一つ一つが使徒なのだ。
斬ろうが潰そうが、瞬時に細胞一つ一つが配列を組みなおし正常な状態を取り戻す。当然自己複製能力――通常の生物で言うところの細胞分裂を行うこともできるであろう。もっと言えばそのスピードは通常の生物とは比にならないことは容易に想像できる。
つまり、
『一度にすべての細胞を壊しつくさないと、何度でも蘇るってことだな』
スピーカーから聞こえたユウトの声が、シンジの言葉をそうまとめる。
「どうしましょうか?」
再び襲い掛かってきた触手をかわしながらシンジはそうユウトに問いかける。
イロウルは本体は動かずに、左手の触手の攻撃に集中するつもりらしい。
『うわっ! 増えた!?』
アスカの驚愕の通り、先ほどまでは五本の指が触手になっていたのだが、今では左手の肘ほどまでが裂けて触手となり、その数も倍の十本になっている。
どうやら紅い光――使徒の細胞のみで構成された部分はスライムのようにどのような形にも変化できるらしい。
同時に柔軟性を持ちながらも、鋼鉄よりも硬く鋭くなることができるのは、先ほど零号機が受けた攻撃からも分かる。
それぞれの触手は互いにまったく別の動きを見せながら三機のエヴァを攻撃する。
そんな動きをすれば普通であれば絡まってしまうのであろうが、イロウルの触手は互いに触れても瞬時に融合と分離を繰り返すことによって全く互いの動きを阻害しない。
時に十本すべてで一体のエヴァに攻撃を仕掛けるかと思えば、瞬時に分散して三機を追い回す。
縦横無尽に迫り来る紅い蛇のような触手を時にかわし、シンジ達は時にA.T.フィールドではじき、時に手にした刃で斬り飛ばす。
『……レイが足止めしてシンジが奴を切る。切った部分をアスカが燃やす。これでどうだ?』
少しだけ悩んだようだったが、ユウトは作戦案を告げる。
それは恐らくこの場でもっとも確実でもっとも単純な手段。実際シンジが考えた作戦もそれと同じだった。
レイが魔法で敵の動きを縛り、シンジが体の各部分を分断、アスカの炎の魔法でそれぞれの部分を焼き尽くす。
「いいんですか?」
シンジはNERVに力を見せることへのかすかな迷いを見せるが、
『この状況をどうにかする方が先決だろ?』
苦笑を含んだユウトの問いに頷いた。
『……がんばれ』
『三人ともしっかりね』
いつの間に発令所に入っていたのか、アセリアとユーフォリアからの激励。
「了解。二人ともいいね?」
『もちろん!』
『ええ』
『まかせたぞ』
「『『はい!」』』
信頼をこめたユウトの声に三人はユニゾンで応える。
同時に通信が途切れ、ユウトの声の後ろで喚いていたうるさいBGMも消える。
リツコかマヤあたりが気を利かせてくれたのだろう。
それからはわずかに数十秒の出来事だった。
「僕から行く!」
言葉と同時にシンジがイロウルの目の前に躍り出る。
弐号機と零号機はそれを邪魔しないように距離をとった。
一斉に襲いくる十本の触手を、
「マナよ、オーラフォトンへと変われ! オーラフォトンスラッシュ!」
すぐに修復することが可能なためか、イロウルの体構成自体はそれほど頑丈ではない。
鋼鉄より硬いといっても、オーラフォトンを纏わせた刃に敵うほどではない。
精霊光を纏った刃の一撃はただそれだけで触手全てを斬り飛ばした。
そのまま走り出した初号機は目標手前で跳躍、いまだ触手全てを修復できないイロウルの頭上で一回転し、
「せえぇえい!!」
渾身の踵落としを決める。
直上からではなく、わずかに背中よりの部分を踵で蹴り飛ばし、その勢いのままさらに一回転して使徒を挟んでアスカ達の反対側に着地する。
もしイロウルに首があったならば、音を立ててつぶれていたであろうと予想させるほどの勢いだった。
宙に浮いていたイロウルの体は轟音と共に地面に叩きつけられる。
初号機の着地と同時に、
『ブルーバインド!』
レイの結句が響く。
零号機が掌をかざす。それに反応するかのように、地面に倒れたイロウルの周囲の空気が急速に冷却されている。
神剣使いたるアスカとシンジには、イロウルの周囲にあるマナが瞬時に“青”属性を持つものに変化していくのが知覚できた。
わずかに数瞬、イロウルの半身が凍りつき、地面に釘付けにされる。
そこまで来てようやくイロウルは左腕の修復を完了させる。とは言え、驚異的な修復スピードに変わりはなく、数秒しかかかってはいないのだが。それでももはや完璧に連携する三人に対するには遅かった。
「はぁっ!」
着地してすぐに反転していた初号機が再びグッドニュースで左腕を触手の分かれている肘の部分から切り飛ばし、
「アスカ!」
『我が意を持って、穿て焔の魔弾! 灰燼と帰せ!』
すでにアスカも詠唱に入り、弐号機の手の間には紅く燃える炎のマナがある。
『エクスプロードブラスト!』
そう結ぶと、手の中にあるマナの光を頭上へと掲げる。するとその光は弐号機の手を離れてイロウルの上空へと舞い上がり、
ZOoOOOOON!!!
紅く燃える爆弾のような火球を堕とす。
狙い違わず、切り飛ばした左手に命中した火球は瞬時にその炎の触手を自分と同じ色をした敵の左手に伸ばす。
燃える。燃える。燃える。
その熱さが苦痛なのか、炎に包まれた左腕はのたうつように跳ね回るが、炎の勢いは弱まる気配すらない。
「まだまだ行くよ!」
『分かってるわ!』
そんな様子はもはや気にする様子も見せず、シンジは続いて右腕を斬り飛ばし、
『ブラスト!』
アスカの声に反応して、未だに頭上に輝く炎の光から新たな火球が降り注ぐ。
「はっ!」
『ブラスト!』
「せいっ!」
『はぁっ!』
「ふっ!」
『堕ちろ!』
シンジが斬り飛ばし、アスカが燃やす、それを何回か繰り返し、最後に、
『終わりよ!!』
凍り付いていた胴体に向けて無数の火球が撃ち込まれた。
瞬く間に氷は蒸発し、残ったイロウルの体を炎が包む。
その炎はイロウルの最後のひとかけらを燃やし尽くすまで消えることは無かった。
「ぱ、パターン青、消滅」
呆然とした青葉の声が発令所に響いた。
ユウトの言葉にシンジが頷いてからは、まさに一方的な展開だった。
今までも使徒戦においては起こっていた不可思議な現象――エヴァの腕や武器の発光現象や、その光を使った攻撃。
それらも十分驚愕に値するものだったが、今回はさらにその上を行った。
まるで魔法のような――実際に魔法なのだが――冷気や炎が使徒を襲うと言う現象。さらに、それは明らかにパイロットの制御下において行われていた。
「な、何よあれ!?」
ヒステリックな声で叫ぶミサト。彼女は自分の命令を聞かなかった子供達への苛立ちをそのままリツコに転嫁した。
「エヴァってあんなことできたの!? 私は聞いてないわよ!?」
って言うか、あのガキは知ってたの!? と、ユウトたちを指差す。
確かに先ほどのやり取りを見れば、ユウトたちはエヴァが(実際にはシンジたちが、なのだが)あの現象を起こすことができることを知っていた、と取ることはできた。
どちらかと言えば、自分が知らなかったというよりも、ユウトがそれを知っていたことのほうが不愉快らしい。
それをうるさそうに手で制して、リツコは静かな声で言う。
「できたのか、と言うか、できるのでしょうね」
先ほどのを見る限りは、とリツコは続ける。
あんたが作ったんでしょ!? 責任持ちなさいよ! と『前史』においてはもっと後の使徒を相手にした時のような台詞で罵倒するミサトだが、それを右の耳から左の耳へと通しつつリツコは頭の中を高速で回転させる。
これでシンジたちの力の一端が、少なくとも神剣魔法についてはNERVの知るところとなった。ゲンドウたちもアレは何なのか聞いてくることだろう。永遠神剣のことをごまかしつつ、何とか納得させる嘘をでっち上げないといけないだろう。
ま、いいわ、とリツコは思う。
使徒戦はこれからも続く。その中でいつまでも力を隠し続けることはできないし、こうして見せた以上次からは隠す必要もなくなる。
シンジたちがその力を十分に発揮できるのならば、それはそのまま彼らの勝率が上がるということでもあるのだ。
「データは取っているわ。結果が出次第あなたにも伝える。それでいいでしょう?」
未だに喚き続けるミサトをその一言で黙らせ、
「かまいませんね?」
自分達の上段に陣取るゲンドウと冬月にも振り返ってそう問う。
「……問題ない」
「……なるべく早く頼むよ」
ゲンドウたちにしてみれば、九つの戦いを経て未だに眠ったまま(と思っている)の初号機の魂 を目覚めさせるため、シンジが強くなるのは非常に困る事態だ。
“約束の刻”――つまり、最後の使徒が現れる前までにそれがなされれば何とかなる、と考えていたのだが、ここへ来て更なる戦力を得るなどと言う事態が起こるとは。
まさしくシナリオには無い事態だ。
「六分儀……このままで本当に大丈夫なのか? この修正、容易とは思えんぞ?」
「…………」
呟くように耳元でささやく冬月の言葉を聞きながら、ゲンドウは考えていた。己の妻に会うために、息子を苦しめる方法を。
(やれやれ、何考えてるんだか……)
ユウトは上段に座るゲンドウの様子を見る。
(直接シンジ達や俺達に手を出してくるかもな……)
別にそれはかまわない。シンジもレイもアスカも、神剣の力を持つ者は、すでに人の身を超えた存在だ。
NERVの保安部だの諜報部だのが束になってかかって来ようが相手にもならないだろう。
問題はそれ以外の関係者――例えばシンジや自分たちのクラスメートやカオリに手を出してきた場合だ。
(アキラさんに話しておくか)
とりあえず黒服隊のリーダーを勤める青年の顔を思い出しつつユウトは、
(アキラさんに任せよう)
と思った。
確かに自分は戦士だが護衛という戦いは常に“待ち”の姿勢だ。自分とてそれをこなせないわけではないが、アキラはそのプロなのだ。自分があれこれ口を挟むよりも彼に任せたほうが効率がいいだろう。
よし、とそこで思考を切り替え、
「帰るか」
と、アセリアたちに声をかける。
「うん!」
「ん」
頷く二人に笑顔を見せると、ユウトはリツコとマヤに振り返り、
「二人も仕事終わったら来てくださいよ。今日の功労者はシンジ達はもちろんだけど、二人もそうなんだから」
二人の好きなものを用意しておきますよ、とユウトは言った。
「マヤ、急いで事後処理を終わらせるわよ」
「はい!」
ユウトの言葉に気合を入れなおす二人。
そんなコンビの姿を微笑ましげに見てからユウトたち三人は発令所を後にした。
To be continued...
(2008.07.26 初版)
(あとがき)
今回はそれなりに早くお届けできました。次もこのペースでお届けできるかは微妙ですが。
さてどうだったでしょうイロウル戦。情報戦と物理戦との二段構えの戦いでした。何か久しぶりに戦闘シーン書いたもんですから感覚を掴みなおすのが大変でした。
感想お待ちしております。
さて今回アスカがとどめに使ったサポートスキル「エクスプロードブラスト」はフィニーア・アレキルトリギスさんから頂いたものです。今回はいじったりせずに完全に送られてきたまま使っています。
えー、今後もスキル募集はしますので、アイディアのある方は送ってくれると嬉しかったり。
今回はこれにて。それでは。
作者(琴鳴様)へのご意見、ご感想は、または
まで