譲れない夢・・・
ずっと抱いていた夢・・・
それが叶うかもしれないと言われたなら・・・
貴方はどうしますか?
これはシンジ達が中学三年生のときの物語
やっぱ凪さんで章
presented by 睦月様
第三新東京市、第一中学保健室
「なんだって?俺に文化祭に参加しろ?」
自分の仕事場である保健室で凪はまずキョトンとしてから今言われた事を聞き返した。
「ええ、そういうことです。」
答えて頷いたのはシンジだ。
凪の対面でパイプ椅子に座っている。
去年、最終的には世界を大混乱させることにまでなった使徒との戦いが終わり、肩の荷が下りたシンジは一生徒として学生生活を送っていた。
いまだ世界は混乱しているがこれはシンジがどうにかできる問題ではないのに加えて、世界の敵や統和機構の事もあるので手伝うことが出来ないために、シンジは大人たちの仕事と割り切ってノータッチだ。
「去年は使徒が来てどたばたしてたから結局うやむやになっちゃったじゃないですか、そのぶん今年の文化祭では教師も参加して盛り上げようっていることらしいんですけど・・・」
「その話なら俺も聞いた。しかしあれはクラス担任が参加するって事になっていたはずだろう?何でお前のクラスの出し物に俺が参加しなければならないんだ?」
「それが・・・ぼくのクラスの担任はあの利根川先生で・・・」
「利根川先生だとなにか問題があるのか?」
「はい、担任教師が参加するって言うことはぼく達が文化祭の出し物を決めた後に聞かされたんですよ。その内容が利根川先生だとちょっと問題が・・・もう参加申請書を提出してしまって文化祭の時間割に組み込まれていたんで変更も出来なかったんです。」
「それで俺か?何でお前が交渉に来る?」
「凪さんがぼくの知り合いだからです。何で凪さんかって言うと出し物で凪さんにぜひやってもらいたいことがあるんです。」
「俺に?」
シンジの言葉に凪が首をかしげる。
自分にぜひやらせたいこととはなんだろうか?
シンジの様子もどこか言いにくそうな感じをしている。
何かありそうな気がする・・・特に文化祭はよい思い出が無い・・・自分がちょうどシンジ達と同じ中学生のときに・・・もはや過去のことだが・・・
(でもな・・・)
凪としてもおどおどしながらお願いしてくる(そんなに言いにくいことだろうか?)シンジを断るのは気が引ける。
去年の文化祭は使徒のせいで結局中止になったのだ。
しかもシンジ達は3年生、これが中学最後の文化祭になる。
ここは黙って頷くのが大人というものではないだろうか?
「まあいいか、何をやるのか知らないが文化祭の協力ならしてやるぞ?」
「え?良いんですか?」
「良いも何もお前からお願いしに来たんだろう?」
「それはそうですが・・・」
明らかに安心した息をはくシンジに凪は笑って頷いた。
「それで?お前たちは一体何をするんだ?」
「はい、演劇です。」
「・・・なんだと?」
ギシリ!!・・・と、世界がきしんだ。
少なくともシンジにはそう感じられた。
音の発生源は目の前の凪だ。
「・・・演劇か?」
「は、はい」
何か自分はおかしなことを言っただろうかと考えるが思い当たることは無い。
しかし目の前の凪の様子が尋常じゃないのも事実
一体何事だろうか?
「・・・・・・演目はなんだ?」
「ロミオとジュリエットです。」
おそらく小学生低学年以上であれば誰でも名前くらいは知っているであろうシェイクスピア不朽の名作だ。
主人公のロミオとヒロインのジュリエットが親同士の仲が悪い為に引き裂かれそうになり、死を持って結ばれるという悲劇である。
「ロミオ、貴方はどうしてロミオなの?」という台詞はあまりにも有名だ。
「妥当といえば妥当だが・・・演劇っていうのは結構難しいものなんだぞ?反対意見とか出なかったのか?」
「はあ、それが・・・ほかに案も無くて、誰かが洒落で言ったことがそのまま通ったって言うか・・・」
「つまり他に何も意見が出なかったんで採用されたと?」
「はい」
はっきり言ってチャレンジャーもいいところだと思う。
演劇部の人間がいればいいのだが、残念ながらこの学校に演劇部は無い。
つまり100%素人しかいない状態でロミオとジュリエットをやることになる。
これが小学生や幼稚園生ならまだよかった。
観客も子供のやることとお遊戯の延長くらいに考えてくれるだろう。
しかしシンジ達はもう中学三年生だ。
それ相応に恥というものを知っている。
演劇というものは素で照れくさいものだが緊張で上がったりしてどじを踏むとその恥ずかしさはすさまじい。
現にそのことを理解しているクラスメイト達はすでに二の足を踏んでいる。
それならば最初から議題に出すなといいたいところだが勢いというものは怖いもので誰かが反対するだろう、あるいは他に案が出るだろうと皆が考えていたら・・・いつの間にか演劇で決まってしまっていたのだ。
そのまま反対の声が上がらないまま(他に何か無いか考えている間に)文化祭の実行委員会に発表内容に演劇と書いたプリントを提出してしまった。
すべては後の祭りである。
「それで?」
凪のプレッシャーのレベルが跳ね上がった。
心臓の弱い人間ならこれだけで軽くあの世に旅立てるだろう。
それを前にして逃げないシンジはさすがだ。
彼が交渉役になったのは大正解だったらしい。
「俺の配役はなんだろうか?」
シンジはヤバイと思った。
ここがターニングポイントだということが強制的に理解できる・・・というか理解させられた。
それほどに凪の放つどろどろとした負の気配は圧倒的だ。
そんな凪を前にしてシンジは覚悟を決めた。
いつでも逃げ出せるように全身の筋肉を軽く緊張させる。
「ヒロインのジュリエットです。」
「そうか・・・」
その瞬間、鉛のように重かった空気が霧散する。
シンジもびっくりなほどあっさりと・・・
そんなシンジを無視して凪は保健室の窓の前に立った。
外をじっと見ながら凪は無言・・・シンジもどうしたらいいのか分からず困惑している。
しかしこのままではいけない。
シンジがここに来たのは凪にジュリエット役を引き受けてもらう為だ。
何かこのまま話を進めるとやばい気がしないでもないが少なくとも凪から了解か拒否を聞くまでは帰れない。
「え~っと・・・凪さん?嫌なら断ってもらっても「ああ、ロミオ・・・貴方はどうしてロミオなの?」・・・はい?」
自分の言葉を遮った凪の言葉にシンジが唖然としてフリーズする。
今・・・凪はなんと言った?
「凪さん?」
「クックク・・・シンジ、俺に任せておけ!」
「あ~っと、なぜそんなにやる気なんでせう?しかも悪魔笑いですよそれ?」
「知りたいか?」
理由など知っているわけが無い。
とりあえず聞かない事には話も進まない。
「俺は中学生のとき、三年連続で文化祭の出し物が演劇だった。」
「え?」
「一年のときが白雪姫、二年のときが眠れる森の美女、三年のときが美女と野獣だ!」
まあ、そこまでおかしいことではないなとシンジは内心で思う。
高校と違って中学校レベルでは出店などの出し物は無いのが普通で(学校側が営利になるものを好まなかったりするので)シンジ達の文化祭でもそういったものは無い。
となるとやはり演劇のようにステージ上で発表するものか教室などを使った展示物になるだろう。
三年間連続で出し物が演劇になるというのは珍しいがありえないことでもない。
どうやら凪の不機嫌や上機嫌になる理由はそのあたりにあるようだが考えられることは・・・
「失敗でもしたんですか?」
「ん?いや、大成功だったぞ、三年間、俺のクラスは文化祭の人気投票でトップだったからな」
「はい?」
わけが分からなくなった。
三年間トップというのは誇っていいことだと思うが凪はそうじゃないらしい。
むしろ不機嫌そうにしている。
「なにかあったんですか?」
「・・・俺はな、三回とも同じ役で出た。」
「同じ役?ってことはヒロインのお姫様とか?」
「・・・・・・三回とも王子役だ。三年のときはライオンのマスクがゴム製でくさかったのをよく覚えている。」
「あ~え~」
かける言葉が見つからない。
「・・・お姫様役をやりたかったんですか?」
「それ以前の問題だ。毎回キスシーンになると女同士でキスの真似事をする羽目になったんだぞ?・・・・・・共学の学校で男女混合クラスだったのに三回とも俺が王子役って言うのはあれか?俺が女だって言うことに対する挑戦か!?」
三回とも男役、しかも・・・全部がキスシーンありの作品ばかり。
確かに凪は男とか女とか言うことをあまり気にしないがそれでも思うところはあるのだろう。
新しい凪の一面の発見だ。
「って言うかよく引き受けましたね、三回も」
「俺の知らないところで決められていてな、代役もいなかったんで引き受けざるをえなかったんだ。」
「さいですか・・・それで参加してもらえるんですか?」
「もちろんだ!!」
・・・ああ、凪の背中に決意の二文字が見える。
完璧に背中で語っちゃっている。
(これってひょっとして地雷の上でタップダンスを踊っちゃったか?)
シンジが引き気味で見る凪は燃えていた。
比喩ではなく実際に・・・どうやら感情が炎の形で表に漏れ出してきているらしい。
あの燃える炎が凪の心だろう。
「やってやる!見ていろよ。復讐するは我にありだ!!」
「っていうかそれって復讐なんすか?」
「シンジ!?」
「ういっす?」
目の前の凪から距離をとりたいシンジは生返事を返しながら逃走経路をシュミレーションした。
真っ赤に燃ぉ~えたぁ~太陽だぁ~からぁ~な感じの凪は近くにいるだけで危険なのだ。
オードソックスに扉、窓、場合によっては壁を【Right hand of disappearance】(消滅の右手)でぶち抜くのもアリだな・・・後は天井を消滅させて上の階に逃れるのは最終手段として考えておこう。
「相手役のロミオは誰だ?お前か?」
「いえ、去年どたばたしていたから今年は静かに過ごす事にしましたからね、ぼくは小道具係に立候補しました。でもロミオ役は凪さんの知っている奴ですよ。」
「俺の知っている奴?」
凪は少し考えると数人の候補者の顔が浮かんだ。
シンジが言う凪の知っている人物といえば・・・
「ムサシか?」
「いえ、ムサシは大道具のほうに入っていますよ。力があるんで」
「じゃあ浅利か?」
「ケイタは衣装係に、結構縫い物とか得意だったんですよ。知ってました?」
「それなら・・・大穴で鈴原か?あいつが王子様役というのはイメージじゃないが・・・」
「ぼくもそう思います。だからトウジはムサシと一緒に大道具係です。」
シンジの言葉に凪がうなった。
「じゃあ誰なんだ?」
「だから・・・」
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以下、相田ケンスケの日記より抜粋
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いよっしゃ!!
やっと俺の時代が来たぜ!!!
今日決められた文化祭に出す劇【ロミオとジュリエット】で俺がロミオに選ばれたんだ!
ロミオとジュリエット・・・それはラブストーリー
ロミオとジュリエット・・・二人は恋人(バーチャルだけどな・・・)マックスハート!!
文化祭が終わるまでの仮面恋人!!!
彼女いない暦■■(ボールペンで塗りつぶしてある為に解読不能)年!!!!
不遇の歴史はここに終わったー!!!
不満があるとすれば俺の売り出している写真売り上げベスト5の女子(アスカ、レイ、マナ、マユミ、カヲル)がいないことか・・・なんでもネルフ関係の仕事があって文化祭当日まで帰ってこれないらしい。
5人のうち誰かと恋人になれると思っていたのに(あくまでバーチャルだけどな・・・)
しかしそのおかげで霧間先生がジュリエット役になってくれた。
なぜかクラスのほかの女子が立候補しなかったからだが、皆GJ!激しくGJ!!
シンジが先生に了承をもらってきたものすさまじくGJ!!!
これで俺と霧間先生は恋人同士(しつこいようだがバーチャルだけどな・・・)!!
ああ、明日から始まる練習が楽しみだ。
早く回れ世界よ!!
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・・・・・・だめだ。
俺の時代は三日も持たなかった・・・一日で終わってしまった。
霧間先生が教室に来た時点で何もかもが終わっちまった。
るんるん気分で先生を見た瞬間、先生の背後に世紀末覇王が見えた。
彼は無言で語る。
『うぬが我が相手か!?』
Yes, it is me. ・・・非常に残念ながら・・・今の霧間先生を邪魔したら指先一つでダウンさせられる。
たぶん「あべし」とか叫びながら絶対人には見せないような部分を皆にさらけ出しながら・・・神は死んだ。
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ケンスケです。
練習がきつかとです。
ケンスケです。
霧間先生・・・その手に持っている『ガラス○仮面』を参考にせんでほしかとです。
そんなびっくりしたときに白目になるような人達の真似は出来んとです。
ケンスケです。
「木の演技をしろ」って自分はロミオの役じゃなかったとですか?
そんなイタコさんみたいに何か取り憑いた様な演技は無理とです。
ケンスケです。
アニメ版のビデオまでレンタルしてくるなんてどんだけー!!
でも原作は完結しとらんとです!!残念!!!
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霧間先生の練習の厳しさに拍車がかかってきた。
しかし誰一人として脱落者がいない・・・なんでだ?
もちろん俺は付いていっている。
主役の俺は他の皆より厳しい練習をしているけれど弱音なんてはかないぜ!
決して霧間先生のやる気が殺る気になるのが怖いから逃げ出せないわけじゃない!!
でもだ・・・誰かがやめるって言い出せば今から代役を作ることも出来ないし、そうなれば文化祭の演技は中止になるかもしれない。
だったらこんな厳しい練習は意味がなくなるわけだし、続けても意味はないよね?
俺としてはこの演技力を皆に披露できないのは残念だけど、うん、仕方がないどうしようもない。
だからだれか「もうやめるって言わないかな~?」と思いながら周りを見渡して気がついた。
自分と同じような目で皆が俺を見ている。
なに?・・・その期待の篭った目は?
・・・・・・ひょっとして皆俺がやめるのを待っている?
あの霧間先生に最初にやめるっていう奴は相当の覚悟と勇気がいるだろう・・・それを俺にやれと?
今でさえこんなぼろぼろの俺がそんなことしたら死んでしまうわ!!
だ~れ~か~た~す~け~て~
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練習の休憩時間、ぼろぼろになった俺はわいわいと楽しそうに作業しているシンジ、ムサシ、ケイタ、トウジを見た。
お前らなんでそんなにまぶしいの?
そりゃあ霧間先生は道具係にタッチしていないけどお前らまぶしすぎるよ・・・
特にトウジは委員長からの差し入れまでもらってやがる・・・その幸せに目がくらむぜ・・・
頼むからかわってくれって土下座込みで泣きついたらあいつら・・・
「ケンスケ・・・それは出来んのや・・・」
「人間は心に痛みを感じている。・・・しかし他人を知らなければ、裏切られることも、お互いに傷つくこともない。」
「ヒトは寂しさを永久になくすことはできないさ、ヒトは一人だからね・・・」
「心が痛がりだから、生きるのもつらいと感じる。」
そう言って4人ともいっせいに視線をそらしやがった。
何が言いたいのかカケラも理解できないがこれだけは言える。
お前ら友達じゃねえ!たたっ切ってやる!!
小道具の剣で切りかかったら背後から・・・
「遊んでるんじゃない!」
・・・の言葉と共に踵落としが脳天に降ってきた。
霧間先生、役者は顔が命ですだ。
でも頭の中身も大事だと思うですだ。
文句をいうことも出来ずに俺は床とキスしてそのまま沈んでいった。
今もまだ頭が痛い・・・ただこれだけは言わせてくれ・・・
シンジ、ムサシ、ケイタ、トウジ・・・お前ら絶交だ!!
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もはや希望はない。
残された道は文化祭本番だ。
それさえ過ぎてしまえばこの地獄から開放される。
この際思い出作りなんて甘っちょろい事は言ってられない。
やらなきゃ殺られる。
開き直りといいたければ言え!
演技しなければ生き残れない・・・ってどこのサバイバルやねん!?
いつから演劇はそんな命がけの娯楽に路線変更したんだ!?
しかし俺はあきらめない。
あきらめたらそこで試合終了ですよね、安○先生!!
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ふふふ・・・やったぜ、やっとここまで来たぜ
いよいよ明日は文化祭本番!!
霧間先生も「皆よくがんばった!明日の本番は悔いの無いように演技をしよう!!」って練習の最後に言ってたしな!!
勝利はこの手に!!
気分が良かったのでシンジ達道具係のほうを見てから帰ることにした。
どうやら今日は学校に泊り込んで準備をするらしい。
俺はそんな連中を見ながら余裕の帰宅
ご苦労だな~って言おうとしたら・・・女子も一緒になって作業するんだってさ・・・学校に泊り込んで・・・
しまったあ!!!!!!!
男子と女子がおんなじ屋根の下にいるなんて修学旅行以外じゃこんなイベントのときだけじゃないか!!
これは俺も泊り込まなければ!!
そう、皆とやる最後の文化祭の思い出作りに!!
けっして「いつもは見れないような疲れて寝ちゃった女子のかわいい寝顔のシャッターチャーンス!!売れる・・・売れるぞ!!」とか思っていないぞ!!
用意したカメラは最後の文化祭の思い出作りのためなんだ!!
いざみんなの輪の中に・・・
「相田、主役が体調が悪かったりしたらしゃれにならんだろう?さっさと帰れ」
・・・霧間先生に駄目だしされた。
しかも霧間先生も監督役として泊り込むんだってさ、忍び込むことも出来やしねえ・・・神様、俺のこと嫌いですか?
そして俺は家で一人この日記を書いている。
今日は親父も泊りだってさ、別に枕は濡れてなんかいないやい!!
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「へえ、明日の文化祭でロミオとジュリエットね」
「そうなのよリツコ~」
リツコの執務室で10年来の親友であるミサトとリツコはシンジ達の文化祭について話していた。
二人の両手にはリツコ特製ブレンドのコーヒ-の入ったカップを持っていてリラックスした空気が漂っている。
「でもさ、ロミオとジュリエットって定番って言やあ~定番だけど」
「?・・・どうかしたの?」
「あれってさ、前から思っていたんだけど、何つーかそんなに好きなら駆け落ちでもしろって言いたくなるのよね、あの歯がゆい感じが個人的には納得いかないかな~」
「そういう作品なんですもの、シェイクスピアに喧嘩でも売るつもり?」
クスリと笑いながらもリツコはミサトの言いたいことも分かると思った。
【ロミオとジュリエット】は悲劇だ。
仲の悪い二つの家に引き裂かれる恋人達というシチュエーションが基本なので駆け落ちなどすれば話がそこで終わってしまうだろう。
まあ、あれほどこじれた家同士の問題など、それこそ現実問題で後先考えないという但し書き付で考えればミサトのいう駆け落ちが一番手っ取り早い。
そこまでこじれた状況というのも理解しにくいがなんと言っても今の時代では絶滅危惧種並みに希少な貴族という人種が闊歩していた時代が背景なのだからそういうこともあるかもしれないと思ってみる。
物語の解釈など千差万別だ。
「シンちゃんたちは出てないけど、あの子達の最後の文化祭だからね」
「そうね、特に去年はいろいろ迷惑をかけちゃったし・・・」
二人の脳裏に”いろいろ”の部分がリフレインされる。
大人としてはあそこまで子供たちに迷惑をかけてしまった一年は思い出すだけで赤面物だ。
今この世界が存続していられるのはそうした子供達のがんばりによるものだと思っている。
ミサトとリツコはそろって苦笑した。
「リツコも明日非番でしょう?一緒にどう?」
「いいわね、学校の文化祭に行くのも・・・」
ミサトもリツコも学校の文化祭などには縁がない。
彼女達がシンジと同じ年の時にはセカンドインパクトがあったのだ。
あの混乱した世界の中では文化祭など行う余裕などなかった。
特にミサトはセカンドインパクトの中心にいて、さらにその後数年は失語症に陥っていた経緯がある。
二人そろって文化祭の初デビューということになるのだ。
「そういえば知ってる?」
「何?」
「ヒロインのジュリエットは凪さんがやるんだって」
「え?霧間さんが?」
意外な人物の名前にリツコが軽く驚く。
普段の凪を見ているとジュリエットよりロミオのほうがはまり役のような気がするが・・・同時刻、凪が悪寒を感じたかどうかは定かではない。
「なんか今年の文化祭は先生も参加OKらしいのよ、んでもってシンちゃんのクラスは凪さんを担ぎ出したってわけ」
「そうなの?」
「凪さん本人がすごく張り切ってるらしいわよ。なんかそのままキスシーンも素でこなしそうなほど・・・」
「「なんですと!?」」
「「っつ!!」」
いきなり背後からの声にミサトとリツコが猫のように跳ねた。
振り返った先にいたのは健太郎と青葉・・・イヤーンな感じのポーズで固まっている。
「凪が文化祭でキスをする!?」
「え?健太郎君?」
「凪さんが唇を奪われる!?」
「ちょっと待ちなさい青葉君!?」
「「させん!!」」
言ったと同時に二人は走り出した。
ものすごいスピードで走り去る二人はすぐに見えなくなった。
「あ・・・え?」
「よりにもよって聞かれちゃいけない二人に聞かれちゃったわねミサト?」
「はえ?」
「どうするの?あのぶんだと文化祭で何かするつもりよ?」
「そ、それって・・・」
不安の表情を浮かべたミサトに対してリツコが肩をすくめた。
もはやどうしようもない。
「シンジ君だけならともかく今回は凪さんもやる気なんでしょう?」
「そ、そうだけど・・・」
「それを邪魔したらどうなるかしらね?」
リツコの言葉にミサトの血の気が引いた。
【ロミオとジュリエット】に対する凪の入れ込みようはただ事じゃないらしい。
Q、それなのに無用の混乱を招きそうなあの二人が乗り込んでいって万が一にも劇が中止になったとすれば凪の怒りは一体どこに向くだろうか?
A、たとえば凪がジュリエット役をやるともらしたミサトとか・・・
「ちょっと待ちなさーいい!!」
健太郎と青葉を追いかけてミサトが執務室を飛び出していく。
それを見送ったリツコは軽い溜息をついた。
あの二人にだいぶ先行を許してしまったのでミサトが追い付くのは難しいだろう・・・案の定ミサトは二人どころか一人も確保することが出来なかった。
そして決戦は文化祭当日に持ち越されることとなる。
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文化祭当日
抜けるような晴天の下、校長の所有スキル・・・長い話の後に文化祭は開始された。
生徒達の保護者は普段は授業参観のときでもない限り入ることのない子供たちの学校に足を踏み入れ、この日のために用意した展示物などを見て回る。
なんとものどかな光景だ。
もし去年の文化祭のときに使徒が来襲しなかったら同じ光景が去年も見れていたと思うとなんだか損した気になるのは気のせいだろうか?
そしていよいよシンジ達の発表物、【ロミオとジュリエット】の劇の時間が近づいてきた。
体育館のステージ横では凪が他の出演者を集めている。
ジュリエット役なので華美なドレスを着ているがその発散する雰囲気はとてもじゃないが貴族の娘といえるものじゃなかった。
むしろ極妻のようだがそんな突込みを入れる命知らずはここにはいない。
「いよいよ本番が来たわけだが、皆よくがんばった!!」
凪の言葉に全員が頷く。
中には自分は本当によくやったとすでに涙を潤ませているものさえいた。
一体どんな練習をみんなにかしたのやら・・・
「だが練習でよくやっても本番で失敗したら何もならない!気を抜かずに行こう!!」
あんなハードな練習を重ねてきたのに本番でこけるなど冗談ではない。
これが終われば凪の演劇指導から開放されるという希望とこれだけのことをしたのだからそれ相応の見返りがほしいというのが全員の偽らざる思いだ。
「じゃあいくぞ!!」
「「「「「「おう!!」」」」」」
まさに体育会系ののりだ。
本当にこの連中は今から演劇をするんだろうか?
「ねえシンジ?」
「ん?」
その光景を離れたところで見ていたシンジにアスカが声をかけた。
他にもレイ、マユミ、マナ、カヲルがいる。
少女達は世界の敵や統和機構などの相手をしなければならないシンジとは違い、何の縛りもないのでネルフに協力してプロパガンダみたいなことをしている。
世界中を飛び回ってアイドル顔負けの生活を送っていて学生との両立は大変そうだがそれなりの成果は上がっているらしい。
去年からいろいろと忙しい彼女達なので、今ではこの面子がそろうのは結構難しいのだが中学校最後の文化祭ということで無理やりに予定を作って帰国していた。
「これからあるのは演劇なのよね?【ロミオとジュリエット】の?」
「そうだよ。」
「あの異様な盛り上がりは何?」
「・・・凪さんの暴走としか言えないよ。」
なんとなくそれで理解できてしまうのが怖い。
程なく開演のブザーが鳴って【ロミオとジュリエット】が始まる。
さすがに皆あの地獄の特訓を潜り抜けただけあって期待以上の演技力だ。
本職の演劇部と比べても遜色がない。
観客もレベルの高さに興味しんしんだ。
行ける!!
ミサトではないが誰もがそう思った。
このままいけばかなりの反響を期待できるだろう。
まさに努力の成果だ。
しかし・・・天の声(作者)がそんな努力、根性、勝利の少年誌三大原則みたいな結末など望むはずもなく。・・・劇の中盤でそれは起きた。
ステージ上では大道具担当の皆が心血を注いで作ったセット。
机をつんだ土台にベニヤ板で城の絵を貼り付けたセットがドンとステージ中央に用意され、その上にいるのはジュリエット・凪、それを見上げるのがロミオ・ケンスケとくれば誰でも知っているであろう「ああロミオ、あなたは何でロミオなの?」のあのシーンだ。
ここが劇の肝ということで皆が注目する。
「ああロミオ、どうしてあなたはロミオなの?私を想うなら、あなたのお父さまをすてて、お名前を名乗らないでくださいな。もしそうなさらないなら、私への愛を誓って欲しいですわ。そうすれば、私はキャピュレット家の人でなくなりましょう。」
凪が情感たっぷりに台詞をつむぐ。
かなり長い台詞だがまったくよどみないあたり凪もかなり練習したのだろう。
それにケンスケが答えようとしたが・・・
「ああ、「ああもしあなたが私をやさしく見守っていてくれるなら、彼らの敵意など関係ありません。彼らの憎しみによってこの命が終わる方が、あなたの愛なしに命長らえるよりもずっといいのです。」・・・え?」
ケンスケの台詞にかぶせるようにして誰かが先に台詞を言ってしまった。
観客の視線が集まるのは体育館の後方・・・そこにはもう一人のロミオがいた。
「ジュリエット、だまされてはいけない!私が本物のロミオだ!!」
そういって観客の中心を堂々と歩いてくるのは健太郎・・・凪の顔が引きつったが健太郎は気づかない様子でステージに上がる。
そして凪に手を差し出すと・・・
「さあ・・・」
「・・・・・・」
凪は無言で行動した。
セットの上から飛び降りたのだ。
しかも突き刺さるようなそのつま先が・・・
「ほぐ!!」
見事健太郎の顔にヒットした。
けられた健太郎はそのまま昏倒してしまう。
凪はさらに無言で健太郎の足を掴むとハンマー投げのように振り回し始めた。
それを見た全員が思うことは一つ・・・ジュリエットがジャイアントスイングをしている。
回転が上がり、意識のない健太郎の姿が残像でぶれてきたあたりで凪が手を離す。
・・・っと来ればその結果は言わずもがなだろう。
人間手裏剣と化した健太郎が”横に”回転しながら舞台袖に飛んでいくのを全員が見送った。
ガッシャン!!
「うわ、健太郎さんが飛んできたぞ!?」
「泡吹いているけどやばいんじゃないかこれ!?」
「メディーック(保健委員)!!メディーック(保健委員)!!」
舞台袖がかなりにぎやかになった。
どうやらシンジ達のいるところに突っ込んだようだ。
あそこにはレイ達もいるので死ぬことはあるまい。
しかし・・・これだけでは終わらなかった。
「はは、やはりロミオは俺のようだな!!」
見れば体育館のバスケットボールのゴールの上に誰かが立っている。
これまたロミオだ。
あのロンゲを見れば正体が誰か言うまでもないだろう。
「ジュリエット!今そこに行く!!」
青葉は飛んだ。
天井からぶら下がっている縄をその手に持っている。
これでターザンのごとく一気にステージに乗り込むつもりだろう。
そして待ち受ける凪はというと・・・
「・・・・・・」
無言で右の袖をまくった。
立ち位置を青葉の正面に移動する。
「凪さん!受け止めてくれるんですね!?俺の思いと共に届け情熱!!」
好き勝手なことをほざきながら飛んでくる青葉には満面の笑みが、迎え撃つ凪には殺す笑みが浮かんでいる。
両者が衝突すればどうなるかというと・・・
「きゅぼ!!」
なにやら危険領域を突破したような声が青葉ののどから漏れる。
のどにがっちりと食い込んでいるのは凪の右腕・・・ぞくにウエスタンラリアートと呼ばれる技だ。
それをまともに食らった青葉は・・・
「のおおおお!!」
”縦に”回転しながら舞台袖に消えていく。
ズドン!!
「おわ、今度は青葉さんが突っ込んできたぞ!!」
「やばい!!白目むいている!!」
「メディーック(保健委員)!!もう一丁追加!!!」
「俺はラーメン屋の出前じゃない!!!」
舞台袖はさらににぎやかになった。
しかしステージ上と観客席は反対に針の落ちた音でも大きく聞こえそうなほど静まり返っている。
さもあらん、人間が横と縦に回転しながら吹っ飛んでいくのを見て何かを言える胆力を一般人に求めるのは酷だろう。
今、何かしゃべったらやばくねえ?
それがこの場にいる全員の総意だったとしても責めることは出来まい。
「・・・・・・」
凪は体育館内を一瞥すると無言でセットの上に戻る。
そして大きく息を吸うと・・・
「どうしてあなたはロミオなの?私を想うなら、あなたのお父さまをすてて、お名前を名乗らないでくださいな。もしそうなさらないなら、私への愛を誓って欲しいですわ。そうすれば、私はキャピュレット家の人でなくなりましょう。」
それを聞いた全員が戦慄した。
この期に及んでこの女傑は劇を続けるつもりだ。
鬼だ。
ステージの上に演劇の鬼がいる。
台詞を言い終わった凪は下で呆然としているケンスケを見た。
瞳だけで語る・・・早く次の台詞をよこせ・・・
これはケンスケだけでなくそれを見ていた全員が同じように読み取った。
しかし、読み取ったのが全員だろうと凪のプレッシャーはケンスケ一人に向けられている。
「ああ、彼らの刀20本よりも、あなたの瞳の方が私には恐ろしいのです。・・・・」
もはや条件反射に近い感じでケンスケが台詞を言った。
ちょっと目じりに涙がにじんでいたかもしれない。
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「たはーやっちゃった・・・」
観客席でミサトが手のひらを額に当ててうなっていた。
あの二人が何かするだろうとは思っていたがこれほど直接的なことをするとは・・・
「無様ね・・・」
隣のリツコの言葉は誰に向けられたものだろうか?
やれやれという感じに頭を振っている。
「ところでリツコ?」
「なにかしら?」
「あれ、なんだと思う?」
ミサトが指差した場所にいるのは二人の良く知るサングラスをかけた中年の髭男と妙に姿勢のいいロマンスグレーの髪の老人だ。
周囲の観客と比べてもひときわ存在感のある二人だ。
「斬新だな」
「なに?」
「前半は話の筋どおりに進めておいていきなり・・・見事だ。目が離せんな・・・」
「本当にそういう風に見えたのならまずそのサングラスを叩き割って新しいものを買って来い。」
「・・・冗談ですよ冬月先生」
「お前の冗談は笑えん・・・」
どうやら見間違えじゃなかったようだ。
二人とも文字通り死ぬほど忙しいはずなのだがなぜこんな場所にいるのだろうか?
答えは分からない・・・分からないが・・・
「見なかったことにしましょう。」
「ええ、そうね・・・」
ミサトとリツコは多分それが一番いい方法だと思って記憶から今見たものと聞いたものを消去することにした。
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凪達の劇はこの年の文化祭最優秀賞をとることになる。
一体どこが審査員の心の琴線に触れたのか理解しがたいが凪はご機嫌だった。
「見たか、俺はヒロイン役でも十分やれる!!」
・・・それはちょっと違うだろう?
Fin...
(2007.12.08 初版)
(2007.12.15 改訂一版)
(2008.03.01 改訂二版)
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