Rel. 1.0(HTML) : 9/9/2005
A.S.G. (Project-N)
原案 : 斎藤 和哉
文章 : 茂州 一宇


 俺、“碇シンジ” 十六歳、高校一年。

 ……青春してるのかな?

 

 

:
:
:

 

 

『うふふふ……』

 日本では珍しい、赤みの掛った金髪で碧眼 (へきがん) の少女“惣流アスカ”は怪しい笑みを浮べながら、とある部屋の前に立っていた。この引戸の向うには愛しい幼なじみの少年がいる。

 

 少年の両親は二人とも生物学者。とある企業の研究室で出逢って結ばれたという話だ。特殊な技能を持っている為、世界中から研究の協力要請が後を絶たないと言う。

 彼が幼い頃は母親 ── ユイ ── がずっと日本に残り、出来る限り彼と共に暮していたのだが、彼が中学二年の冬からは海外での研究生活に戻っている。結果的に、シンジの両親は一年の殆どを海外の研究所などで過しており、時々電話で会話する程度。直接会うのは年に数度で日数を合計しても二週間程度。事実上彼は一人暮しなのだ。

 

 リニア快速で一時間掛らない二つ隣の市に母方の祖父母が住んでおり、両親の特許による収入やら、給与やらで金銭的にも余裕が有り、取り敢ず最低限の家事と、簡単な料理はこなせるので、少年が生活する上で特に困る事は無いのだが、人の親としては困った両親であると断言しても問題無さそうだ。

 

 

 そして彼女 ── アスカ ── はこのマンションの一室の合鍵を持ち、玄関の指静脈認証装置へパターン登録済だった。

 

 

『シーンジっ。学校行こぅ!』

 

 

 元気にそう言放ち、思いっきり引戸を開けたのだが、部屋のカーテンは引かれたままで薄暗い。思春期の男の子の部屋としては綺麗に片付いており、窓の側に設置されたベッドには、黒い髪が少しと男の子にしては色白な素足が覗いているタオルケットが掛った塊が一つ…。少年はまだ寝ているようだ。

 

 

『もうっ。まだ時間は有るけど、そろそろ起きないと間に合わないわよっ!』

 

 

 そう言って少年のベッドに近付いた所で何か違和感を覚えた。

 

──── シンジってこんなに大きかったかしら?

 

 一昨年まで自分と大差無かった背丈。それが、去年から少年の背は急激に伸び、自分を見下ろす 175cm になってしまっている。彼の父親の背丈を考えるとまだ伸びるのだろう。だが、シンジはスリムな体型の筈……。

 

『……??』

 

 「変ね」と思いながらアスカはそっとシンジを覆っているタオルケットをはぎ取って行った。

 

 そこには……。

 

『な? なぁっ?! ど、どうしてあんたが……』

 

 そこには、彼女が恋敵として認識している銀髪の色白な少女、“綾波レイ”の姿が在ったのだ。しかも、シンジがレイを抱きかかえるように眠っており、丁度シンジの胸の辺りに収っているレイの寝顔はとても幸せそうだ。それ以上に危険 (デンジャラス) なのは二人の着衣で、レイは下着姿、シンジはパジャマのズボンははいているが上半身裸と言う、非常に刺激的と言うか、とんでもない情景である。

 

『い、嫌ぁぁぁぁっ?!』

 

 さすがにその声にシンジとレイは目を覚す。そして、そこにアスカがいる事を認識すると、「ああ、何だ」と言わんばかりの反応で、ゆっくりと起上がった。

 

『朝から騒々しいね、アスカ』

 シンジは、大きく腕を上に伸してあくびをすると、まだ少し眠そうな目でアスカを一瞥した。一方レイは、寝起きで少し迫力には欠けるものの鋭い目付きでアスカを睨んでいた。

『凄い声ね、アスカ……。御主人様に、何をするつもりだったの、貴方は?』

 

 そう、レイはシンジの事を“御主人様”と呼んでいる。端から見ると、相当いかがわしい関係に見えるだろうが、彼と彼女の繋がりは“今の所”精神的なものだけで、接吻(キス)くらいは交しているが、肉体的には二人とも純潔なままである。

 レイはアスカを更に睨みつけるとシンジの着替を手伝い始めた。アスカは、二人の関係がここ迄進んでいた事に驚きを隠せなかったが、衝撃 (ショック) の方が強すぎて固まった様に何も言えなかった。昨日迄は、レイがリビングやダイニングでお茶をすすっている事はあっても、シンジの部屋にいた事は無かったのだから…。

 更に、シンジとレイは、はとこで幼なじみと言う事もあり、ただの幼なじみであるアスカには何の優位性も無い。よって、この状況はアスカは己が徹底的劣勢に立たされている事を認識するには十分すぎるものだった。

 それどころか、就学前の幼い頃、レイはシンジにシンプルな銀の指輪 (!!) を貰っているのだ。しかも左手の薬指にシンジがはめてくれたと言う。そんな頃に、玩具でなく本物の指輪を贈る事自体“かなり異常”だが、現実なのだからどうしようも無い。

 当時の写真には確かにレイの左手薬指で光るシンプルな銀の指輪が写っているし、アスカもいつからかレイが指輪をしていた事を覚えていた。シンジも肯定し、未だにこう言う関係が続いている所を見ると、全てが本当なのだろう。そして、今のレイの左手薬指には当時の物とは異なるが、表面のデザインが美しい銀の指輪がはめられていた。そして、それの贈主はシンジである。

 

(どうして……。どうしてよ……。何故、私には指輪をくれないの? シンジ?)

 未だにこんな事を考えているアスカは、純情(鈍感)なのかも知れないが、幸せの青い鳥を逃す時限爆弾を抱え込んでいるようなものであろう (ぉぃ)。彼女が有する容姿を考えれば、他の男に目を向ければ良いものを…。母、キョウコにも、いい加減に諦めるよう言われていると言うのに…。

 

 アスカが引きつる様な表情で凍り付いていると、いつの間にか背後に誰かの気配が近付いてきた。

 

『あら? アスカさん、今日“”いらしたんですか?』

 殆ど足音を立てずに台所から現れ、毒の有る台詞を吐いたのは、長いストレートの黒髪が良く似合う眼鏡少女だった。彼女も、アスカから言わせれば恋敵の一人で、名前を“山岸マユミ”と言う。きちんと着こなした制服の上に、薄い桃色のエプロンを付けているのが良く似合っている。一見、真面目そうに見えるが、唇には薄く桃色のリップクリームが引かれており、彼女の可憐さを引立てていた。

 

『シンジさん、レイさん、朝食の支度が出来ましたわ』

 そう言うと、彼女はアスカを無視したように愛しい少年の方を向くと柔らかい笑みを浮べた。そう、彼女が朝食を作っていたからシンジとレイは安心して眠っていたのだ。本当は、彼女 ── マユミ ── に起して貰うのを楽しみにしていたのだが、やかましい幼なじみに邪魔をされてしまった訳だ。

 

『有難う、マユミ。毎朝悪いね』

『いえ、これも、花嫁修業の一環ですから……』

 そう言う彼女の左手薬指にも、レイとは違うデザインの銀色の指輪が光っていた。勿論、贈主はシンジである。彼女も物心が付くか付かないかの頃からの幼なじみの一人。要は、シンジやレイとは幼い頃からの付合いがあり、不本意ながら (ぉぃ) アスカとも長い付合いがあると言う事である。そして、ごく一部のシンジと“特に”親しい者達しか、二人が交した約束等の詳しい理由を知らないのだが、シンジから最初の指輪を、小学五年の頃に貰っている。当然だが、アスカはその理由を知ろうとしても知る事が出来なかった。

 

 ただ、アスカも、時々マユミが口にする「妾」と言う言葉に不穏なものを感じてはいるのだが……。

 

『あれ? マヤは?

 何となくいつもと違う雰囲気を感じ取りシンジがマユミに尋ねる。いつもならば、もう少しにぎやかな筈だからだ。

 マヤと言うのは、シンジ達より一つ年上の少女で、理数科に所属している珍しい女子で、フルネームは“伊吹マヤ”。シンジとは小学校の頃から交流が有ったらしいが、アスカがそれを知ったのは最近の事。何と彼女の左手薬指にも二年前にシンジが贈った銀の指輪が光っていたりする。

 

──── 非常に背徳的である

 

 学校では、シンジとシンジが指輪を贈った少女達の異常思考について行ける者は皆無に近く、これらの件に関しては「既にどうでもいい」または「勝手にしてくれ」と言う認識で一致していたりする。そして、彼らが通っている私立高校の少女達は、いずれグレードアップするであろう彼女達の左手薬指で光る指輪を見て、色んな感情のこもった溜息を付くのだった。それが、日本ではかなり問題の有る事だと分っていても。

 

『マヤさんですか? 今日は、大事な小テストが有るから来られないと……』

『そっか。それは仕方ないねぇ……』

 残念そうに言葉を紡ぎながら、制服のグレーのスラックスのホックを留めファスナーを引上げると、シンジは携帯電話にメールが入っていないか確認している。数件入っていた様だが、返信を急ぐ物は少なかった様で、定型に近い文章を二通ほど返信すると折りたたみ、スラックスのポケットへとねじ込んだ後、青いネクタイのずれを直している。

 それが終ると、シンジは軽くレイの頬に接吻 (キス) をすると、アスカを無視するようにダイニングキッチンの方へと向って行った。残されたレイは顔を赤くしながら、制服に着替えている。更に、キッチンの辺りでマユミの肩に手を置き、そっと前髪を掻上げ、おでこに接吻 (キス) するシンジの姿を見て、アスカは敗北感に襲われていた。

 

 要はマンションの碇家の部屋の合鍵を持ち、生体認証パターンを登録されている少女は、“四人”なのである。アスカは気付いてないようだが、他の三人が持つ合鍵には、シンジの手作りキーホルダーが付けられていたりするのだが……。

 

──── 気付いていないのは幸か不幸か……

 

:
:
:

 

 一人の少年と三人の少女が舗装道を歩いて、登校している。朝とは言え、六月……、夏の日差し。アスファルトは徐々に熱を持ち始めている。

 

 余裕は有ると言えば有ると言った感じの時刻。後二十分以内に校門をくぐれば遅刻せずに済む。現在のやや早足なペースなら、十五分と言った所だから、何か問題が起らない限り、十分間に合うだろう。

 

『御主人様、今日も暑くなりそうですね』

 レイが、雲の殆ど無い蒼い空を見て隣を歩く少年に話し掛ける。

『そうだね……。日差しが強いから、レイは気を付けなきゃ駄目だよ。ほら、新しい日焼止め。ペーストタイプだけど良く伸びて塗りやすいって聞いたよ』

 そう言うと、シンジは鞄を開くと中からファンシーな柄の紙袋を取り出してレイに渡した。

『それ、母さんがこの前新しく作って送って来たサンプルなんだ。今迄よりも効果が強くなってるってさ。副作用の方は心配ないけど、効果の方のテストが不十分だから、取り敢ず使ってみて感想を聞かせて欲しいって言ってたよ』

『まぁ、お義母様が?』

 ナチュラルに、「お義母様」と言っている辺り、ユイとレイの関係がどんなものであるか、とても良く分る。更に言えば、シンジの母ユイは生物学者であり、こう言った薬物関連は“一応”専門外であるのに、わざわざ作っていると言う事だ。勿論アスカにはそれが非常に面白くない。

 

 面白くないとは言え、現実と言うものは非常である。望む通りの人生を送っている者など皆無なのだから…。望む通りに生きていると思っている人間は、何処かでそう思い込んでいるだけで、現実にはそうはなっていない。

 

 そして、既に、アスカが入り込む余地は殆ど無いと言う、目を向けなければならない現実が、すぐ側に存在しているのである。それを頑なに拒んでいるのは彼女一人だけ。それはきっと程度の差こそあれ不幸への片道切符である。十年後の彼女がどうなっているか……。無責任な第三者 (野次馬) から見れば面白い事になっている可能性は非常に高いが、それがどんな結末なのか知る者は、当然だがまだいない……。

 

 

『レイさんは、この時期大変ですね』

 三歩下がって夫の影を踏まず……と言った感じの位置を歩くマユミが、心配そうにレイへ語り掛ける。

『もう慣れたわ。でも、油断すると火傷になっちゃうの』

『そうそう。小学生の頃、良く塗り忘れて、真っ赤になってたっけな……』

 昔を懐かしむ様にシンジが語るが、それはレイにとっては見られたくない姿を見られてしまった、恥ずかしい記憶なのだ。

『もう、御主人様の、意・地・悪』

 そう言うと、レイはさっきまで手を繋いでいたシンジの腕を少し引張りながら、人差指で彼の腕に渦巻 (?) を描いている。

『まぁ。そんなになると後が大変ですね。レイさん、学校でシンジさんに塗っていただいたらどうです?』

 さらりと爆弾を落す辺り、マユミ本人には自覚が無いのだが、中々良い性格をしている。そして、シンジがマユミを気に入っている理由の一つだったりする辺りに色々と問題が有りそうだが…。

 

『あ、マユミさん。それは良い考えね』

『あぁ、そっか、それもいいな。二限目が体育だから、一限目の休み時間に塗ってあげるよ。じゃぁ、時間も時間だし少し急ごうか』

 にこやかにレイに答えた後、マユミにも微笑みを贈るのを忘れない。美少年と迄は行かないまでも、穏やかで優しそうな顔 (マスク) で、終始こんな感じに寄添う少女達に優しく、女性にもそこそこ人気が有り、上の中の成績なのだから、世の中の不条理を呪う者は少なくないかも知れない。

 もっとも、彼は腕力はともかく、運動能力だけは人並を少し下回っていたりするのだが、側に寄添う少女達がそんな事を気にする筈も無い。主観というものは概して恐ろしいものである。

 

『えぇ』

『はい』

 少女二人は嬉しそうに返事を返しているが、その後ろで、色んな意味で敗北感を味わい、胸を痛めている少女が一人いたりする (爆)

 

 朝から甘〜〜い雰囲気を撒散らしながらの登校風景。

 それは地元ではそれなりに有名な情景になっており、うんざりした顔の者や、穏やかに見守る者もいる。反応の幅は広いが、否定的な反応が少ないのが特徴だろうか。

 

 今日も、取立てて変りの無い (?) 、平穏な一日 (??) が始ろうとしていた。

 

 

 

Die Drei Silbernen Ringe.

 

 

 

『ねぇ〜、ムサシぃ〜』

 三限目の休み時間。窓際の席で、“霧島マナ”は幼なじみで、今は恋人でもある“昴ムサシ”に甘えるようにすり寄っていた。これも既にこの高校では良く見られる情景で、殆ど誰も気にしない。

 

『マナぁ、夏なのにお前暑くないのか? それに俺、さっきの体育で随分汗かいたから、汗臭いぞ』

『ん? そんなの気にしないよ〜。うふぅ……。ムサシの匂いがするぅ〜

 そう言いながら、マナは子犬のようにムサシの厚い胸板に頬をすり寄せる。

 

 ある意味“病んだ”情景かも知れない……。

 

 しかし、これでまだ“まし”なのだからこの高校は異常だ (爆)。三十路に載っかった独身女性の、葛城先生 (英語) や、赤木先生 (化学) がやさぐれた雰囲気を撒散らし、軽く荒れ気味なのも頷ける。

 特に、彼らの担任である葛城先生に至っては、時々“加持の馬鹿 (ぶゎくぁ) 〜〜〜!!”と屋上や体育館裏で夕日に向って叫んでるのを目撃されているが、加持という男が何者かを知っている者は生徒にはいない。

 

『それにしても、アスカさんって、良く諦めないわよねぇ……』

 呆れたような口調で話し掛けてきたマナの言葉に、ムサシは“唐突に何を?”という顔をした。

『あぁっ? 何の事だ?』

 マナはムサシの顔を両手でしっかりと挟み込むと、無理矢理ある方向へ向け確認させる。ムサシは、マナの突然の行為に、顔を少し赤くした。

 

『ほら、あれよ、あれ

 視線の先の、いつもの情景にムサシは軽い頭痛を覚えぼやいた。

『あぁ、碇の奴か……。節操無しもあそこまで徹底してると、どうでも良くなってくるから不思議だな』

 レイ、マユミの二人と談笑するシンジを睨みつけているアスカという、“勝手にしろ”と言いたくなるような構図だ。しかも、シンジを中心に、食傷気味なんて世界は遙か昔に突破してしまった甘い雰囲気が漂っている。

 ただ、ムサシの言葉には一つ誤りが有る。シンジは節操無しと言う訳でなく、今の所ではあるが、三人の少女以外とは一切交際していない。単に、男女一対一の付合いでないのに、男女双方が納得していると言う辺りに問題が有るのだ (爆)

 

『まあね。でも、意外な事に、みんな純潔守ってるんだって』

 少しだけ驚いたような口調だが、それは口実らしい。ムサシの腕をぎゅっと強く抱きしめ、自らの胸の谷間へと押しつけている。良く有る事 (!) とは言え、ムサシは唐突な彼女の行動に動揺しながら、少しどもりつつ答える。

『そ、そう言えば、な、な、何か聞いた事有るな。それに、碇が無理強いしてる訳じゃないしなぁ……』

『そうそう。みんな納得してんだから、あれも有りかなって。で、アスカさんがね……』

 アスカの事を言いながらも、マナの視線はムサシの顔に向けられていて、軽く潤んでいるように見える。

『あ、諦めりゃいいのにな……。全く碇の眼中に無いってのに、気付いてないのか、現実から目を逸らしてるのか……』

 まだ潤んだような見上げる視線にムサシは溜息を付きながら、マナの耳元で何かを囁く。そして、カーテンを引寄せ、そっと自分達の顔を隠すと、浅黒く男っぽい顔を照れで真っ赤にしつつも、目を閉じて待っているマナの可憐な唇に己の唇を重ねた。

 

 これも、この教室では良く在る情景である (爆)

 

 そんな二人の会話と行動を、マナとムサシのもう一人の幼なじみ“浅利ケイタ”はすぐ側の席で、うんざりしたような表情を浮べつつ、机に突っ伏すようにだらけた姿勢 (ポーズ) を取り、顎を机に接地させ、少し顔を上げた状態で見聞きしていた。

『はぁ……。ムサシだってある意味大差無いよ……。マナと甘々な雰囲気撒散らしてるじゃないか……。僕の事は、完全に無視してんだよなぁ……』

 ケイタは窓の外の雲一つ無い澄んだ空を見上げながらぽつりと呟いた。

『僕も、彼女……欲しいな』

 そして、自分の、見栄えがせず地味な顔と、弱気な性格を独り呪うのだった。その行為がいい加減、陰気だと言う事に気付きもせずに。

 

:
:
:

 

 教室の後ろの方では、またもう一つのカップルの一人が何となく騒々しいシンジ達のいる辺り ── 教室の前の方 ── を見ていた。

『なぁ、ヒカリ』

『トウジ、どうしたの? ……って、またネクタイ緩めちゃって……。だらしないわよ』

 何かの問題を解いていた少女 ──“洞木ヒカリ”── は、少年 ──“鈴原トウジ”── に声を掛けられればそうするのが当り前のように、即座に顔を上げるとノートを閉じた。

 しっかりと彼の身だしなみに目を光らせている辺りが彼女らしいと言えるのだが…。

 それでも、去年まで制服もろくに着ず、黒ジャージで通していた事を考えると、曲りなりにも制服を着ていると言うのは、かなり改善されているとも言える。

『ええや無いかぁ……。それよりもなぁ、ほらあれ。相変らずやけど、何かな……』

 トウジの視線の先を見てヒカリも軽く頷く。それは毎日のように繰返される情景。今日はマヤ先輩がいないから、まだ辺りに撒散らしている微妙な雰囲気が少ないとも言える。

『そうね……。アスカも、いい加減諦めればいいのにね……』

 アスカの幼なじみとしても友人としても、すぐに諦めるように言いたい所だが、長い付合いで聞入れてくれそうに無い事は分り切っている為、既に諦めてしまっている。そして、アスカが早くいい人に出逢えるよう、切に願うのだった。恐らく無駄だろうとは思いながらも…。

『でな、ヒカリ。今日、おとんが夜勤なんや。ワイがメシ作るさかい、来ぃへんか?』

 どうやらアスカの話題を振ったのは、話の口実だったようで、遠回しなお誘いだ。トウジは当然家族と共に暮しており、彼の妹や祖父がいるので、いちゃつくのは難しいが、ヒカリにとってはデートとはまた違った嬉しい事の一つである。

 

──── 妹の方は、兄がヒカリに愛想を尽かされない様に、色々と気を配っていたりするのだが (ぉぃ)

 

『もう、トウジったら……。勿論行くわよ。でも、今日もカレー?』

 今日の夕食の支度を姉 (コダマ) と妹 (ノゾミ) のどちらに押しつけるか (!) と言う事が、“一瞬だけ”彼女の頭をよぎったらしいが、そんな事は取り敢ず後回しで良い様だ (ぉぃ)

『あぁ、すまんなぁ……。ワイ、他の料理はまだ上手く出来へんのや』

 頬を赤らめながら、トウジの頬をつんつんとつついているヒカリの姿と、つつかれてくすぐったそうにしながらも、幸せそうな表情をしているトウジを後ろから見ている、シンジ達ともトウジ達とも幼なじみの少年が、何となく重苦しい雰囲気を漂わせつつ、周りに聞えないような小声でぶつぶつと呟いていた。

 

『ぁー、平和だねぇ……。……………………。ぅぅぅ……。シンジとトウジの裏切り者ぉ……』

 

 それは、彼女いない歴もうすぐ十六年の“相田ケンスケ”だった。この位の歳だと、彼女いない歴が年齢と一致しているのは、多数派であるのだが、何しろこの教室には端から見ていても胸焼けを起しそうに甘ったるい雰囲気を撒散らしているカップルが三組 (?) もいるのだから、虚しい気分を抱いても不思議ではないだろう。

 

 シンジ達ともトウジ達とも幼なじみで、ムサシ達とも友達だと言うだけで、“かなり”不幸な星の元に生れていると“断言”出来そうな気もするが…。

 

 ……それは、ケイタにも当てはまるかも知れない。

 

:
:
:

 

 こんな、ある意味問題児とも言えるような生徒ばかりが集められているのは、事前に調査したのかと聞きたい程だった。

 特に担任の“葛木ミサト”は本気で、このクラス割りに嫌気を覚えていた。「呑んでないと、やってらん無いわよ!」とは彼女の弁である。

 もっとも、彼女は元々大酒飲みで、酒量が増えただけなのだが…。

 そして、増えた酒代で、エンゲル指数急上昇。公立高校よりも高い給与を貰える私立高校の教師をしていると言うのに、今月も月末には淋しい通帳の残高を見て涙し、自分を放置したまま今何処にいるか分らない元恋人の“加持リョウジ”へと呪詛を飛ばすのだろう。

 

 ちなみに、もう一人の三十路独身女性教師“赤木リツコ”は最近、生徒にめぼしい者がいないか“まめにチェック”すると言う、聖職者としては非常にまずい事をしているらしい。噂では媚薬を常時携帯しているとか…… (ぉぃぉぃ)

 とは言え、髪を金髪に染めてしまっている上に極度の猫好きである“変り者”と言う辺りや、元々迫力が有り少し怖い先生として有名な為か、誘惑しようにも男子生徒に怖がられて、よっぽどの物好きが現れない限り作戦は失敗に終りそうだ。

 

──── 彼女らに何らかの幸が有らん事を (爆)

 

:
:
:

 

 実際の所は、この学校が私立と言う事から推測出来るかも知れないが、理事長がとある人物であると言うのが主原因で、クラス割りに手を加えた結果こうなっていると言うのが有る。そうしないと、被害が他のクラスにまで及ぶ可能性が有るからなのだが、恐らくそれは“二番目”の理由だろう。

──── 公立の学校へ通っていた中学時代には、彼らが別々のクラスになる事も多く、数々の問題を起し、教師達が頭痛と胃痛の種に困らなかったと言う

 

 ちなみに、この問題児達の殆どは成績が悪くなく、それなりに余裕の有る家庭なので、公立高校よりも偏差値の高いこの私立高校へ進学したのは納得出来る事だが、成績の良くない、“鈴原トウジ”や“昴ムサシ”がこの学校に通っているのは少し違和感が有るだろう。この辺りは、理事長が手を回して、スポーツ推薦枠で入学させているのである。どうでも良い事かも知れないが、トウジはサッカー部、ムサシは陸上部に所属している。

 

 そんな訳で、少なくとも、あの三組 (?) のカップルと、その関係者はこの高校にいる限り、同じクラスになる事が決っているのだ。翌年以降の担任教師が誰になるかは未定だが、変らなかったとしたら、葛木ミサト (英語科教師) は血の涙を流すかも知れない (爆)

 

:
:
:

 

 そして、一般教室の在る主校舎の教室を、特別教室が纏められた副校舎の空き教室から望遠鏡で覗く者がいた。

 この高校の校長“冬月コウゾウ”である。

 

『ふむ……、碇の息子は相変わらずか……。これはユイ君も望んでいる事だから問題は無いだろう。しかし、昴君と霧島君は、一階だと外からは丸見えだと言う事には気付いとらんのかね…?』

 

 実はこれ、問題がクラス内で完結するよう、理事長から直々に命令され、時々監視しているのである。

『しかし、彼の性格は誰に似たのかね? 碇の奴はユイ君一筋と言うか……あれは、恐妻家と言うのだな。ユイ君でも無さそうだし……。うーむ、謎だな……』

 

 そうこうしていると、四限目の始りを告げるチャイムが校内に鳴り響く。

『今日も特に変り無しと……』

 そう呟くと冬月校長は望遠鏡を片付け、収納棚に鍵を掛けると、本来の職務をこなす為に校長室へと戻って行った。

 

:
:
:

 

──── 昼休み

 

 シンジ達は、校庭の木陰にピクニックシートを広げ、マユミ特性の重箱に詰められた四人分の弁当を広げていた。そこには、午前中の小テストの為、今日はやっとシンジ達と合流出来た“伊吹マヤ”の姿も在った。

 当然だが、アスカはこの輪に加わる事が出来ないので、近くで一人淋しく母が作った弁当を広げている。

 余談だが、トウジとヒカリは屋上で、ムサシとマナは中庭で仲良く寄添って弁当を広げていたりする。

 

 シンジの右側はレイの指定席 (ぉぃ)。今日、初めてシンジと逢えたマヤは、シンジの左側を占拠している。それをを見て特に不満もなさげに、マユミはシンジの正面に座って、コップへ麦茶を注いでいた。そう、この位置関係は、暗黙の了解の元成立しているのだ。

 

『マヤ、小テストの方、どうだった?』

 シンジが問い掛けると、少し自信なさげな表情でマヤは答える。

『うーん。多分平均点はパス出来てると思うんだけど……。私、国語は余り得意じゃないのよ』

 マヤの少し曇った様な表情に、少し困った様な顔をしながらも、シンジは彼女の頭をなでる。マヤは一つとは言え年上なのに、まるで子供扱いされているような、この行為が“とても”好きだったりする。

『そっか……。確か古典が特に苦手なんだっけ? まぁ、マヤの成績なら、国語の成績くらい他の教科でカバー出来るよ』

『でもね……、二次試験で国語が無い分、センターテストの国語の点数を出来るだけ稼がないとね……』

 マヤのいつも通りの、少し気弱な言葉に苦笑しながら、シンジはありきたりな言葉を返していた。

『あれは、全部選択肢だけだから、コツを掴めば、少しは楽に……』

『そうなんだけどね……』

 マヤはそう言うと、シンジに少し体重を預けると、重箱の卵焼にお箸を伸していた。

 

『マヤさんは、理数に強くて羨ましいわ』

 唐突に、レイがぽつりと呟く。その言葉には少しだが淋しそうな感情が載せられていた。

『レイちゃん? ……あ、シンジ君は理学部志望だから、法学部志望のレイちゃんとじゃ、校舎が遠いか……』

 シンジ達が目指しているのは、隣の市にある国立大学。旧帝大ではないので、極端に難しいと言う事は無いのだが、独立採算制に移行してからは、学力重視に移行した大学が多く、私立ほど気楽な入学試験ではないのだ。

『それは私も同じですわ……。私は、教育学部志望ですから……』

 マユミも少し淋しそうにそう呟く。大学のキャンパスは一般的にそれなりに広い。故に、それぞれの学部は離れた所に在り、共にいられる時間がどうしても減ってしまうのだ。もっとも、高校迄と違って、色々と自由な分、ある意味今迄よりも親密な時間も過せるのだが…。

 

 

 そして、それを聞きながら、「うー、意地でも理学部に合格してやる……」と息巻いている少女が一人 (爆)。ただ、彼女の成績では、工学部はともかく、理学部は少し辛そうな気がするのだが……。それに、シンジが目指している学科は、“生物科学科”なので、それなりに偏った教科の成績を伸す必要が有ったりする。

 

:
:
:

 

 そんなこんなで、放課後。トウジとヒカリはサッカー部の部活へ、ムサシとマナは陸上部の部活へと向って行った。ヒカリはマネージャだが、マナは通常部員として所属している。

 かなりどうでもいい事かも知れないが、トウジはカレーの仕込を昨日の晩に済ませているので、今日は仕上げだけをすれば良く、部活に出ても特に不都合は無いのだ。

 更にどうでもいい事かも知れないが、ケイタは物理科学部、ケンスケは写真部に所属している。どちらも、男子比率が圧倒的で女っ気の無い部である。

 

──── 彼女が欲しくても、そう言う部にいりゃ、関係発展以前の問題である (苦笑)

 

 

 で、碇シンジを中心とする一行はと言うと、部活には所属していない。いわゆる帰宅部である。

 そして、下校時に、そのままスーパーへ向う辺りが思いっきり普通ではない。制服のままで、三人の少女に囲まれた少年が買物籠を持っていると言う情景は、間違っても周りの風景には馴染んでいない。

 その頃、その輪に加われないアスカは、独り淋しく帰路をとぼとぼと歩いているのだった。

 

 

 この後、少女達三人により、碇家のキッチンにて夕食の支度が行われ、食事を済ませ、九時頃迄共に過して帰宅して行くと言うのが少女達の平日の平均的な日課である。こんな事を許している彼女達の両親にも問題が有るような気はするが……。もっとも、レイとマユミは幼なじみなので、自宅はすぐ近くで、マヤも、そう遠い所に住んでいる訳ではない。特にレイの家は近く、隣のマンションの一室である。

 ちなみに、今朝レイがシンジと共に寝ていたのは、レイの両親が用事で家を空けたので、独りで留守番させるよりは安全と、碇家に行かせていたからだったりする。普通に考えれば、別の意味で危険そうなのだが、殆ど許嫁状態だから、特に心配していない可能性が高そうだ (苦笑)

 

 三人少女達の楽しみは、帰りに玄関で、シンジにお休みの接吻 (キス) をして貰う事。そして、次の日も平日ならば似たような一日が繰返されるのである。

 

 三人の少女の薬指で鈍い光を放つ三つの銀の指輪。

 

 この後、彼らの人生にどんな事が起きるかは分らない。だが、シンジを中心とした四人が、世間からはかなり問題の有る関係を続けて行きそうな事だけは確定していそうだ…。

 

 

 

【 終 劇 】  


【著者より哀を込めて】

 和哉です。連載 (Die Endwelt...) の方は、重苦しくて、間をつなぐネタを考えてると、気が重くなってくるので (?)、こんな物が…。中途半端にぶっ壊れた話ですね (少し歪んだ形の学園エヴァです)。最後の方が妙にあっさりしているのは、中盤までで力尽きたから (^^;; (ぉぃ)

 ただ、これ、適当に書散らかした上に、きちんと粗筋を考えないで物語を前から構成していったため、纏めるときに一苦労 (^^;; 。やはりちゃんとした粗筋を決めてから書かないと後で苦労しますね (^^;; 。辻褄合せとか (^^;; 。

 多分続かないと思いますが、“こーゆー話を書いて欲しい”というメールがある程度集ったときは、続きを書くかも知れません。元々、気晴し用なので、確約は出来ませんが…。

 次は、“Die Endwelt... §03”でお会いしましょう。


 初めまして、茂州です。今回は、斎藤からの要望で、普段と少しだけ文体や表現を変えて欲しいと言われたので、書き慣れている文体と少しだけずらしています。

 元々の内容が薄い上に、わざと“くどく”しているらしく、助詞の選択や、表現の繰返しが少なくなるように調整するのが大変でした。二回程細部表現の書直しをしたのは、初めてではないかと…。Project-N (A.S.G.) では、最終作業以外を全て秀丸エディタで行っているので、比較的こう言った編集は楽に行えるのですが、ワープロなんかで書いてると大変だろうなぁ……と。動作の軽い、“一太郎 Lite2”辺りでも、そんなに軽い訳じゃないですから。


■ 御意見御感想は基本的にメールにてお願い致します。メールフォームはサークルサイト (http://c-asg.com/)に有ります。


作者(Project-N (A.S.G.)様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで