Rel. 1.0(HTML) : 10/17/2006
A.S.G. (Project-N)
原案 : 斎藤 和哉
文章 : 茂州 一宇


 紅く境界の曖昧な世界で私達は何も身に着けない姿で向合っていた。

 

『私は、君とは共には歩めない…』

 

『どうして…? 好きな人がいるの?』

 

『そうではない…。私は、この身でありながら君を愛してしまった』

 

『なら、何故? 何故? 貴方がいなくなったら、私、人形に戻ってしまう!』

 

『そんな事は無い。君の余計な因子は、この混沌 (カオス) に取込まれ消え去る』

 

『駄目! い、行かないでぇっ!!』

 

『済まない……。もう、この混沌 (カオス) の時も終る。私は、行かなければならない…』

 

『どうして? 私に、人間でいていいって言ってくれたのは貴方よ!』

 

『…………』

 

『ひどいわ! 私の心を弄んだ末に捨てて行くと言うの?!』

 

『……済まない。だが、私はもう、去らなければならない。深入りすべきではなかったのだ。それが私の犯した最大の罪かも知れない』

 

『連れて行って……、×××君!』

 

『さようなら、私の愛しい人。もう二度と会えないだろう……。そして、再生された世界で幸せに……』

 

 去って行く彼の後ろ姿が光に融けて行く。

 

 

 それが私が彼を見た最後の刻 (とき) になってしまった。

 

 

 

あの人のいない地球(セカイ)で

 

 

 

『レイ…?』

『……あ、お母さん』

 

 私は、碇 レイ。十五歳。

 

 来年、来年首都になる事が決っている、第三新東京市に住む、私立ネルフ学園高等部に通う、ごく一般的な高校一年生。

 普通と違う所は、私がアルビノという体質で、少し身体が弱い事。基本的に劣性遺伝で発症するもの。私はその中でも最も症状が重い部類の、メラニン色素を作れないチロシナーゼ活性陰性と言う型。それ故に、純粋な日本人なのに、髪は銀髪、肌は抜ける様に白く、色素が欠乏しているが故に血の色が透けて見える赤い眼。

 この外見の事で、随分と嫌な想いをしてきた記憶がある…。人は、自分達と大幅に異なるものを恐れるから。しかもここは、日本という基本的に黄色人種の島国だから…。

 

『うなされてたみたいだけど?』

『え…。私、うなされてた?』

『えぇ。何か辛そうな顔をしてたわよ?』

『あ……、あぁ……。だ、大丈夫だから』

『そう? アスカちゃんが、リビングで待っているわよ?』

 

 惣流 アスカ。

 私を支えてくれた数少ない親友。日本人二十五%・ゲルマン系五十%・アングロサクソン系二十五%と言う、クウォーターの少女。母親の主国籍を選択したので主国籍は日本だけど、生れたのが米国で、米国は父親の主国籍でもあるので副国籍も持っているそうだ。日本に来る前にはドイツにいたそうだけど、物心ついてから日本から出た事は一度も無いと言っていた。

 私ほど奇異な姿ではないにしろ、日本という国では異端視される、碧眼と赤みを帯びた金髪と言う容姿を持った美少女。

 悔しいけれど、彼女は美しく、頭脳も明晰。私では全く歯が立たない。

 少し口は悪いけれど、とても優しく、私には勿体ないほどの友人。そして、強い人。

 私と同じで、外見で苛められる事もあったのに、ずっと私を守ってくれた幼なじみ。もう築二十年が近いこのマンションにずっと一緒に住む、隣同士。

 私が小学生の時、苛めが原因で登校拒否になった時に、私が登校出来る様になるまで、辛抱強く毎朝私を迎えに来てくれた人。そして、二度と登校拒否なんかにならない様にと、毎日迎えに来てくれる人。私にとって掛替えの無い親友。

 

『やだ、もうこんな時間なの? は、早く着替えなくちゃ』

 

 私は、急いで着替える。寝坊気味な私にとって、今の日本は、少しだけ都合が良かった。大質量の隕石が落ちたセカンドインパクトで常夏の国になってしまったから、強い日差しには困るけれど、一年中夏故に、季節に応じた服装を考える必要が無い。特に、こんな慌ただしい朝に、衣替えなんかがあったら、私は対応出来ないと思うから…。

 

:
:
:

 

 リビングに入ると、アスカはソファに腰掛けて、お茶を飲んでいた。

 

『ご、ご免なさい、アスカ。毎朝来て貰ってるのに』

『気にしなくてもいいわよ。それに、ほら、今日は、十分余裕が有るじゃない』

 アスカの指さす時計は、七時四十七分を示していた。

 

『お父さん、お早う』

『うむ…』

『もう、あなた。珍しく、レイが早く起きてきたんですから、朝の挨拶くらいしたらどうです?』

 お父さんは、いつもの様に、新聞を読んでいる。結構厳い顔をしているけど、とても恥ずかしがり屋。でも、実の娘に挨拶された程度で顔を赤らめるのはどうかと思うわ。そう言う時の顔は、何となく違和感を感じるバランスの悪い状態になっちゃうから、それを隠してくれるのはいいけれど…。

 それに、娘の私が言うのもなんだけど、お母さんは、お父さんの何処に惹かれたのかなと良く思うの。価値観なんて人それぞれだし、傍目に釣合の取れてない夫婦って、そんなに珍しくないから、詮索するだけ無駄なのね、きっと。

 

 私は、お母さんの用意してくれた、朝食を急いで摂ると、歯を磨いて洗顔をしてから家を出た。

 

:
:
:

 

『久しぶりね、歩いて登校するの』

『いつもは、レイがぎりぎりまで寝てるものね』

 アスカは茶化す様に軽く言うけれど、その通りだから少しばつが悪い。今日はたまたま早く起きる事が出来ただけなのだから。でも、何だったのかしら、あの夢。

 

『うん…。でも、変な夢見ちゃって…』

夢?

 アスカが、心配そうな顔をしている。もしかしたら、私が昔の嫌な事を夢に見たと思ったのかも知れない。幸い、そうじゃないけれど…。

『そう、…。誰かが、私を残して去って行くの。夢の中の私は、その人を大切な人と認識してるのだけど…。誰なんだろ、あの人?』

『ふーん。鈍感で、お子様なレイにしては、進んだ夢ねぇ……』

 アスカがほっとした様な口調で返してくる。もしかして、からかう積りなのかしら?

『悪かったわね、お子様で! そう言うアスカはどうなのよ!』

『そうねぇ…。興味が無い訳じゃないけど、何て言うか、下心丸出しで近付いてくる奴らばっかりじゃない? 容姿や教養は人並でいいから、そう言う下心の薄い男がいいわねぇ……。でも、いないのよねぇ、そんな都合のいい奴って…』

 アスカは、少し遠くを見ながら溜息をつく。この歳で、高望みすらしていない、その現実的な答えに私は苦笑する。でも、そんなに高くないハードルを越えられる人が近付いてこないと言うのも不幸な話ね。

 

 そんな話をしながら校門をくぐろうとしたら、少し先の自動車専用の進入口に猛スピードで滑り込んでくる青い車が見えた。先生はもう少し早く来ていないといけないのじゃなかったかしら?

 

『葛木先生ね…』

 アスカが呆れた様な口調で呟く。

『何か、助手席で、加持先生が目を回してた様な……』

 私が、首をかしげながら呟くと、アスカが少し怪訝な顔をしている。

 

『どうしたの? 変な事言った?』

『そうじゃなくて……、レイ?』

『何よ?』

 私は、不思議そうに聞返すと、アスカは軽く溜息をついた。

『加持先生と葛木先生が付合ってるって、結構有名な話なのよ?』

『えーっ? 知らなかった!!』

『まったく。どっちかだけ鋭いってのも困るけれど、レイの場合、自分の事だけじゃなくて、人の事にも鈍感なのね…』

 アスカは、呆れた様に溜息をついていた。私って、本当に鈍感なのね…。

 

:
:
:

 

 私達が教室に入ると、親しい友達が挨拶してくれた。いつもは、ぎりぎりで駆込んでるので、こう言うのも久しぶり。前は……、あれ? 思い出せない。これは、とても恥ずかしい事なんじゃないかしら?

 

『お早う、レイさん! 今日は、余裕じゃない!』

 いつも明るく元気な 霧島 マナ さん。

『レイさん、お早う御座います。これ、レイさんがこの前読みたいって言っていた本です』

 しとやかで柔らかい物腰がとてもはまっている 山岸 マユミ さん。

『あら、アスカ、レイさん。お早う。今日も、嫌なくらいにいい天気ね。レイさん、日焼止きちんと塗った?』

 細かい所にも良く気の付く 洞木 ヒカリ さん。どうして彼女が、ずぼらを絵に描いた様な鈴原君に想いを寄せているのか、私には分らないわ。彼、シスコンの疑いも有るし…。

 

 私が少し失礼な事を考えていると、廊下をどたどたと走ってくる音が聞えた。

『はぁ、はぁ…。お…? 綾波に惣流…? お早うさん! 今日は、んなに、やばいんか……?』

『失礼ねぇ…、鈴原。それじゃ、いつも私達が遅刻寸前みたいじゃない』

 もう慣れた様に、アスカが鈴原君の着衣を軽く眺めた後、ヒカリさんの方を見て、軽く溜息をつく。アスカって、色々と気を遣ってるのね。私には真似出来ないわ。

 彼は、ズボンのベルトの余りをそのままにして、シャツの下の方のボタンは留っておらず、裾も出しっぱなし。きっと、これから結ぶのだろう、ネクタイに至っては手に握られている。中学時代の様に、校則違反の黒ジャージを着てくるよりはましだけれど…。

『す、すまん。…あぁ、霧島、山岸、それに委員長も、お早うさん!』

 少しは気が回る様になったのか、一通り挨拶はする様になった様だ。ヒカリさんが軽く頬を染めている。

 でも、羞恥心は薄い様ね。繊細さに欠けるからかしら? この歳になると幼なじみでも、気軽に女子に挨拶する男子って少ないもの。

 良く考えれば、私達って、小学校の頃からずっと同じクラスなのよね。いくら小都市で成立ちの都合上、子供が少ないとは言え、クラスが一つって訳じゃないから、凄い確率なのかしら? それとも意図的な割振り?

 

『でも、今日は、本当に早かったわね。ほら、まだショートホームルームまで十分 (じっぷん) も有るわよ?』

 ヒカリさんが少し不思議そうに問い掛けてくる。

『あ、私が、珍しく早く起きる事が出来たの…』

 いつもがいつもだから、少し恥ずかしくて、俯き加減にそう言ったら、アスカがとんでもない事を言出してしまったの。

『それがね、レイったら、夢の中で、誰かに振られたんですって。誰かと付合った訳でもないのにね』

『や、やだ。アスカ、言わないでっ!』

 妙に愉しそうなアスカの口を私が両手で塞ごうとしていたら、マナさんとマユミさんの表情が少し曇っている事に気付いた。

 

『えっ? どうしたの?』

 私は、何か変な事を言ってしまったのかと思ったのだが、どうも二人とも妙な顔をしている。

 

『あの、実は私も、似た様な夢を…』

『そ、その、私も…。レイさん、その人どんな人だった?』

 どうやら、マナさんとマユミさんも、私が見たのと似た様な夢を見たらしかった。

 

『え…? あの、それが、分らないの…。妙に、硬い口調で話す人だった様な気がするけれど…』

『そうですか…。同じ、見たいですね……』

『レイさんも、マユミもなの? もしかしたら、「再生された世界」とか言ってなかった?』

 マナさんが、確認する様に訊いてくる。私はその通りだったが故に、もう首を縦に振るしか無かった。気付けば、マユミさんも不安そうに首を縦に振っている。

 

 そんな…? 何故…?

 

:
:
:

 

 それでも、不安な日々も日常に紛れれば、薄れて行く。それが、一般的な人の営み。

 あれから、そう言う夢は見ていない。

 でも、あの夢は何だったのだろうとふと思う時がある。何か懐かしい様で、とても淋しく悲しい夢。

 

『ふぅ…』

『レイ? もしかして、またあの夢の事考えてるの?』

 プールサイドで溜息をつく私の顔を心配そうに覗き込む碧い瞳。

『うん…。でも、大丈夫。あれ一度きりだったの。きっと印象が強過ぎた……だけなのよ……』

 

 こうして彼女達の日常は何事も無く過ぎて行く。そして、いずれ、それも遠い想い出になる日が来るのだろう。それが印象深い夢でも、時が解決してくれるだろうから。

 

:
:
:

 

『これで良かったのかい?』

 何処かの木の下で、太い幹にもたれ掛った灰色がかった銀髪の青年が、黒髪の青年に問い掛けていた。

『良かったのだよ。それを言うのなら、君は、これで良かったのか? 彼女は本来、君と共に存る人だったのだよ?』

 黒髪の青年は、淋しそうな目付きで問返す。

『そうだね。君ともっと自然に接していられた頃にはもう戻れないけれど…。でも、もう戻れないと思っていたここに僕は戻って来た…。だから、それはそれで良いよ』

 ひどく年老いた老人の様な目付きで、銀髪の青年が答える。

『あぁ…。全ては私の我儘から始った事だったのだからね…。君達を追出したのも、箱庭というエゴに閉じこめておく事に後ろめたさを覚えたからに過ぎなかった…。君達が戻ろうと思えば、いつでも戻れる処なのだよ、ここは。大層な場所でもなければ、素晴しい場所でもない…。私以外の者にとっては、ここは牢獄の様な場所ではないだろうか?』

 うなだれる様に、そして、悔む様な口調で、黒髪の青年が言葉を紡いだ。

 

『後は……』

『彼女達に永久 (とわ) の祝福があらん事を……』

 

 美しい自然の中に目立つ大木に寄り掛り、純白のローブを身に纏った二人の青年は、遠くを見ながら、淋しそうに祈っている…。

 

【 終 劇 】


【筆者達より哀を込めて】

 

 和哉です。本当は、五月頃に何か投稿するつもりでした。しかし、半分くらい書いた所で、後の展開をどうするかで悩んで、書きかけで放置… (書上がったら、投稿できると思います)

 これはいけないと、他のプロットを立ち上げるも上手く行かず……を繰返し、結局、こんな訳の分らないものが出来上ってみれば、もう八ヶ月も経ってるのですね…。しかも短い…。

 今回は、原案の更に原案になった話の一部は、W-ZERO3[es] で作成されています。と言うか、出先の空いた時間に、“あーでもない、こーでもない”と打った文章の一部を貼込んでいただけなんですけどね。出先で、文章を打つのには丁度いいハードだと思います。ノート PC みたいにかさばらないし…。ただ、電話としての使い勝手にはかなり疑問符の付く物ですし、有料コンテンツは殆ど使えませんから、携帯電話との併用をお勧めしますが…。W-ZERO3[es] が機能満載なので、携帯電話の方は低価格機で十分かも。最近は、低価格機でも、FeliCa 付いてたりしますしね。

 

 これって、本当に原作を知らないと何が何だか分らない代物になっちゃってるなぁ…。

 あぁ、後、これは日本だから許される物語だろうなぁ…とも。最後の方、国によっては、目茶苦茶危険な気がする…。


 茂州です。二次創作の校正作業も、久しぶりです。それにしても、少年・少女は一通りのキャラが出て来ているのに、存在すら示唆されていない 相田 ケンスケ 君って悲惨ですね。

 


■ 御意見御感想は基本的にメールにてお願い致します。メールフォームはサークルサイト (http://c-asg.com/)に有ります。


Evangelion : Copyright © GAINAX/Project EVA, TV TOKYO, NAS

Second Impression : Copyright © SEGA

2006 Project-N, A.S.G., SAITOH Kazuya, Moz Kazuw


作者(Project-N (A.S.G.)様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで