矢絣妄想娘 ~信嗣の章~

Rel. 1.0(HTML) : 9/27/2008
A.S.G. (Project-N)
原案 : 斎藤 和哉
文章 : 茂州 一宇



 
【注 1】この話は人物の視点が変化する事を前提に書いてあります。この話では普通の普通の会話なのに、実は信嗣 (しんじ) の与り知らぬ所で、とんでもない電波が飛交っているというのがテーマなのですが…。
【注 2】原作との関連性は非常に薄い文章です。“原作ベースの話が読みたいんだ!” と言う方は、今すぐ読むのをおやめになる事を強くお勧めします。
【注 3】舞台設定の説明をろくにしていないので、その辺りを補強しないと駄目なのですが、今回は時間が無いので…。取り敢ず、大正浪漫っぽい雰囲気のまま、戦争もセカンドインパクトもないままに、近代化を突進んだ世界と思って下さい。基本的に、一般人の服装は和服です。

 
 二〇一五年年夏、長岡京。そこには、奇妙な都市が形成されていた。
 街の中心地に高くそびえ立つ Nerv の塔。そして、その周りには各種民間研究機関が点在する。ここは、先端科学を追究する街なのだ。
 
 そんな街の外れ。落着いた住宅地に、少しイカレタ洋館が建っていた。だが、内装は至る所が和洋折衷。かなり奇妙な建造物である。繁茂する樹木に覆い尽された広めの庭、それを囲む煉瓦造の塀。正門に掲げられた表札には “碇” と記されていた。
 
 碇家の朝は静かに明ける。何故なら、この家に住む住人は、一人を除いて大抵仕事場に備付けられた寝室にて外泊しているためである。よって、残りの一人、信嗣 (しんじ) という名の一人息子が目を覚すまでは、喧噪とは縁遠いのだ。
 朝の七時少し前。広い洋室の隅に畳を敷き、周りを屏風で囲っている場所で少年は目覚める。ベッドは好みに合わないらしい。先ずは顔を洗い、通学用の着物に袖を通し袴を穿き身だしなみを整える。大体毎日同じようなスケジュールだ。
 通う大学は京都市内に在るため、そんなに悠長にしている暇はない。急いで焼いたトースト二枚とグレープフルーツジュースだけの朝食。それを取り終ると、鞄を手に取り、開花の無駄に広いエントランスへと向うのだった。
 
『お早う…』
 扉を開けると、そこには幼なじみの少女、綾波 伶 が待っていた。今日は、薄青紫の矢絣にしたらしい。落着いた感じが艶やかな漆黒の髪と肌の白さに良く似合っている。だが、彼女の髪と目の色は偽りである事を知っていると、素直に褒めるべきか悩むのも確かだ。
『お早う伶さん。毎朝大変では無いかい?』
『ううん。学部、違うから、朝じゃないと確実に会えないもの…』
『それもそうだ…。それで、明日華はどうしたんだい? 来てるんだろう?』
『うん、あそこ…』
 伶さんの指さす方を見ると、門の辺りに、茶色くたなびく髪の毛をポニーテイルに結い上げ、薄紅に白抜きの花柄の入った衣が見える。いかにも彼女らしい派手な装いだが、相応に似合っているのは白人の血を半分程引いているためだろうか。
 二人とも律儀なものだと思うが、隣町の伶さんと違って、明日華の家は隣。詰りは、わざわざ私の事を待っていると言う事になる。
『ふむ、相変らず素直ではない様だね』
『ええ。小学校の頃からだわ』
 伶さんと顔を合せ苦笑していると、門の方から、少々荒げた声が響いてくる。
『何やってんのよ! 電車の時間があるでしょ! 早くしなさいよ!』
 そう返ってくるだろうと予想出来た反応なので、聞流して、扉に施錠する。『行こうか』と軽く声を掛けると、伶さんは小さく頷き、私達は並んで門へと向った。
『明日華、自分の考えを持つ事は素晴しい事だとは思うが、それを押しつける事、…無理強いは良くないね』
『ふん! 何言ってるのよ、じゃあ、伶みたいに、従順な方がいいって言うの?!』
『少し飛躍している気がするが、個人的には、伶さんの様に控えめな子が好みではあるが…』
 そこで一息。
『だがね、伶さんは結構、意地っ張りな面もあるのだよ? それは、自分の考えを曲げないから起きる事だと思うのだがね』
 明日華は呆れた様な顔をするが、伶さんは真っ赤になり顔を手で覆い隠しながら呟いた。
『やだ、碇君…、恥ずかしい…』
『ぬぅ…』
 明日華は何か気に触ったらしく、複雑な表情をしていたが…。
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 下らない事を話しながらも私達は駅へ向い電車に乗込む。この時間は通勤通学の重なる時間帯が故に非常に混むのだが仕方が無い。嫌ならば、ずっと早い時間に乗るくらいしか回避策はないのだから。
 痴漢に遭うといけないから女性専用車両に乗る事を進めるのだが、二人は頑として聞入れてくれない。明日華はともかく伶さんは対処できないのが分っているので、私が盾になるのだが、その間ずっと妙に潤んだ目で私を見詰め、袂や襟を掴んでくるのに困惑させられる。一体彼女は何を考えているのだろうかと。
『そうだ…』
『何…?』
 突然放った私の言葉に伶さんは少し首を傾げながら聞返してくる。
『今日、冬月先生に会う予定はあるかい?』
『えぇ、あるわ』
 “そうか…” と呟きながら、言葉を続ける。
『ならば、訊いておいてくれないか。うちの母が次はいつ帰ってくるかを』
『ちょっと、信嗣、小父様の事は?』
『それは、どうでもいい…』
『あんたねぇ…、それは酷いんじゃない?』
 明日華が食いついてくるが、父の事を持出されても困ってしまう。あの人に何かを求める事は、まさに“のれんに腕押し”・“糠に釘”だからである。
『とは言っても、合う約束をことごとく破るものの言葉は信用がならないと思うのだが…。そもそも、父は Nerv 勤務なのだよ? 同じ街にいながら戻ってこないという奇行を続けている様な人間でもある事を忘れてはいけない』
 そう、これは重要な事なのだ。自宅から、父の職場までの距離は、直線距離にすると、僅かに一里半程しかないのだ。
『た、確かに、そう言う気も…しなくは……』
『そもそも、息子からの電話にもメールにも、一切反応しない両親というのもいかがなものかと…』
 少し疲れた様に溜息をつく。これは偽らざる気持である。
『そうなの?』
『あぁ。携帯電話は常に持歩いている筈だが、一向に反応してくれない。向うからの一方的な連絡ならば時々あるが…』
『そう…』
 電子メールが当り前になってもう随分と経つが、これ程までに反応のない人達も珍しいのだ。しかもそれが実の両親なのだ。
『そうだ。しかし、霧島さんの様に、執拗にメールを送ってくるのにも平行してしまうのだが…』
『って、あんた、まだ律儀に反応してる訳?!』
 明日華が呆れ、そして攻める様に言葉を紡ぐ。霧島さんとは、中高時分の同級生で、何度か同じクラスになった事のある女性だ。現在は、専門学校に通っている筈である。
『まさか。半ば無視しているのだが、付きまとい行為に至られても嫌だからね。執拗さが増してきた頃に、当り障りにない返信をするのだよ』
『駄目じゃない…』
 明日華が呆れた様に溜息をつく。彼女の事は、ここにいる三人が皆良く知っているので、話の結論自体は早い。そもそも、そう言う人なのである。
『しかし、何度かはっきりと口頭で止めて欲しいと頼んでこの始末だからね…』
『…あんたも苦労してるのね…』
『何故こうなってしまったのか、今となっては見当も付かないのだがね…』
 明日華が溜息をついていると言う事は、彼女には心当りがあると言う事だろうか。こう言う機微には疎いと良く言われるのだが、何かまずい事をしてしまっていたのだろうか。だとしたら、私にも問題が有った訳で…。悩ましい事だ。
 妙な方に話が流れて行ってしまっていたのを止めたのは伶さんの質問だった。
『あ…、ご免なさい。少し話を戻すのだけど、前から、不思議に思ってたの』
『何がだい?』
『家にも帰らないのに、何故あんなに大きな邸宅を構えているの?』
 邸宅か。確かに大きいのは事実だが…。
『ふむ…? それは考えた事がなかった。あの家は私の生れる前に建てたものだからね。そう言えば、別に中が荷物で埋っている訳でも無し…』
『あんたんちって、お爺様は京都の外れの大邸宅に住んでるんでしょ?』
『あぁ、違いない』
『だったら、あれ、お爺様が建てたとか?』
『それは違うな。確かに、父は入婿だが、あの邸宅は、父の財で建てた事は知っている』
 そう、父は婿養子である。だが、祖父と共に暮した事はないと聞いている。父方の祖父母は既に鬼籍に入っている事は知っているが、父がどう言う経緯で多額の財を得ていたのかについては良く知らない。気難しい祖父が許した所を見ると、特に疚しいものではないみたいだが…。
『…謎の家ね』
『そうだな。私は、そう言うものだと思って暮してきたから気にならなかったが…』
『私は気になってたわよ。だって、あんたんちに比べたら、うちなんて…』
『卑下する事ではないと思うが…。そもそも、一軒家を所有しているという時点で、明日華の父上は立派な方だと思うが…』
『そ、それはそうだけど…』
 そんな下らない話をしながら電車を乗継ぎ着いた駅の先に在るのは京都大学。私達の学舎 (まなびや) である。
『それでは、また明日にでも会おう』
『あんたねぇ…、もう、今日は合わない事が前提?』
『とは言ってもな、この広い敷地で、違う学部の者が気軽に顔を合せるのは難しいと思うが…?』
 そう、京都大学の敷地は冗談抜きに、とんでもなく広いのである。
『碇君、私、今日は午後は休講なの。図書館で本を読んでるから来てくれる?』
『あぁ、そうなのか? 今日は実験のある日故、かなり遅くなると思うのだが…』
『構わないわ…』
 それぞれの行く先が完全に異なっているため、間もなくばらばらになる。そして、面倒でも覚えなければならない事が山積みの講義が始るのである。
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 一つ目の講義が終った後、次の講義に向っていると、声を掛けられた。異様に浮いた洋装と香水の香りは特定の人物を指し示していた。顔を見るまでもない。紛う事なく渚先輩だ。
『先輩、何か用でしょうか?』
『大した様ではないのだがね、今度の週末、うちでホームパーティーを開く事になってね』
 何時もの事だが、話が唐突だ。何を考えているのか良く分らない所が神秘的だという女性もいる様だが、私にとっては、自らに変人を惹き付ける能力があるのではないかと危惧を覚える切っ掛けとなった人だ。
『はぁ…。要は、それに参加して欲しいと…?』
『その通りだよ、真志君』
『週末と言っても、金曜ですか、土曜ですか?』
『土曜の昼から夜に掛けてだね』
 話を進めて行くと、かなりぶっ飛んだ事をやろうとしているのが分るが、これに違和感を覚えなくなる様な人でもあるのだ。恐ろしい…。
『土曜ですか…。そうですね、開いていると思いますが、どの様な方が参加するのですか?』
『父母の友人と僕の友人が集る、ささやかな宴だよ』
 即座に突っ込みたくなる内容である。それは、軽く十人以上集ると言う事なのではないだろうか。
『渚先輩の言う、ささやかは、一般人から見ると豪勢だと思いますが…』
『気にする必要はないさ。薫 (かをり) も、君の来訪を希望しているよ』
 蚊を離散は、渚先輩の三つ下の妹さんだ。中学時分からの後輩でもある
『薫さんも…か…。少々胸が痛みますね…』
『その事は言わない約束だろう? 薫も知っている事だからね』
『無駄な先延ばしは、傷をより深くしている気もしますが…』
 私のその言葉を聞くと、渚先輩は目を伏せて軽く頭を振る。そして、曖昧な笑みを浮べたまま去って行った。
『待っているからね』
 先延ばしにしている私も酷い人間だと思うが、それを容認している渚先輩も同罪の様な気がしてしまう。最後に傷つくのは、薫さんだと言うのに。
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 実験も終り、伶さんが待つ図書館へと向う。もう辺りは薄暗い。
『伶さんも物好きだ…』
 私が図書館に入り、辺りを見回すと、隅の方で静かにハードカバーの小説を読む彼女の姿と、その隣で女性向流行雑誌を読みふける明日華の姿が見えた。明日華も面倒見が良いと言うか、これまた物好きと評すべきか…。
 私が静かに近付くと、声を掛ける前に伶さんが本を置き、こちらを見て微笑んだ。何時もの事だが、ある意味奇妙な事である。何かを感じ取る力でも有ると言うのだろうか。
 そして本を本棚に戻し、図書館を出た頃には、もう七時を越えてしまっていた。
『待っただろう?』
『ううん…』
 伶さんが正直に答えるとは考えづらい。
『明日華、実際にはどのくらい待っていたんだい?』
『私が二時間だから…、伶は五時間以上ね』
 そう言えば、午後は休講だと言っていた事を思い出す。ならば、六時間以上かも知れない。だが、彼女はそれを苦と思っていないだろうとも思う。複雑な話だ。
『それで、冬月先生に訊いてくれただろうか?』
『ええ。多分、明後日と言っていたわ』
『そうか。なら、明日の晩には何か作り置きしておかねばならないな』
 返ってくるのならば、何か作っておいた方が良いだろう。家事が出来ない人ではないが、得意でもない筈だから。
『わ、私、行ってもいい?』
『作る量が増えるだけだから、特に困りはしないが…』
 明日華に許諾を出す側で、伶さんが、すねる様な口調で呟く。
『ずるい…』
 何時もならば彼女も来ると言うのだがどうしたのだろうか?
『あ、伶さん。遠慮せずに来ていいんだよ?』
『その日、母様とお出かけの約束があるの…』
 なるほど、それでは仕方が無いだろうが…。何か穴埋めを考えておかねばなるまい。
『そうか…。それは残念だ…。ならば、これから何処かに食事に行こう』
『碇君の手作りがいいのに…』
『この時間からでは、難しいからね…。今度の機会にしてくれないか?』
『うん…』
 こうして、何気ない一日が終って行く。一応は付合っている中だと言うのに、この微妙な距離。伶さんはこの様な距離のままで納得できるのだろうか。
 “私がずるく、臆病なのだな…” そう思う。その反面、この距離が心地良いと感じる事もあるのも事実だ。だからこそ自分でも “ずるい” と感じるのだろう。
 
 この距離を埋めるには私がしなければならない決断は幾つもある事が分っている。そして、それを為さなければならない日がそう遠くない未来に待っている事も。
 
 私は、このずる日々を続けられる幸せを感じながらも、誤魔化し切れぬ罪悪感に後ろめたさを感じるのだった。
 
【取り敢ず 了】 

【著者より哀を込めて】
 
 一年ぶりの投稿がこんな代物に…。言訳すら出来ない様な酷い内容に自己嫌悪…。

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