機動戦士ガンダムSEED 〜呪縛の鎖〜

第一章 枷を持つ者

presented by 流浪人様


 ナチュラルとコーディネイターの種族間の争いが終わり20年の歳月が流れた。人々は平和な生活を歩み始めていた。



 砂漠を一台のバギーが駆け抜ける。

「おい、兄ちゃん。そろそろタッシルに着くぜ」

 運転している恰幅の良い男性が後部座席に向かって声をかける。後部座席には日除けのマントを羽織った雪のように白い髪の少年が眠っていた。少年は静かに蒼の双眸を開いた。

 ムクリと体を起こし、前方に見える街を見つめる。

「兄ちゃん、旅人かい?」

「………まぁ」

 男性の質問に少年は簡単に答える。風圧で揺れる髪を押さえつけ、ジッと一点を見つめる少年の容姿は女性に見えなくもない。

 砂漠の真ん中で、タッシルまで乗せて行ってくれと頼まれた時は女性が一人旅しているのかと思ったぐらいだ。

「けど何でまたタッシルに?」

「………理由は特に無い」

「は〜……アテの無い旅ってヤツかい?」

「そんなもの……」

 ――強いて言うなら……人探しか……――

 こんな子供がね〜、と男性は驚きつつも感心した。

 少年は額に手を当て、空を見上げた。何処までも広がる青空には太陽がサンサンと輝いていた。




 タッシルに着いた少年はオープンカフェで食事を取っていた。目の前には、この地方名物のドネル・ケバブとチリソース、ヨーグルトソースがある。

 ジ〜ッと少年は見つめる。

 ――………どう違うんだ?――

 初めてなので少年はどうすれば良いのか分からなかった。

「すいませ〜ん」

「ん?」

「相席良いですか〜?」

 ふと相席を求められ少年は顔を上げた。相席を求めて来たのは同い年ぐらいの少女だった。金髪に深緑の瞳。ボーイッシュで髪をうなじ辺りで切り揃えている。

 周りを見ると、いつの間にやら他の席は満席だった。どうやらチリソースか、ヨーグルトソースを考えてる間に、満員になったようだ。

「どうぞ」

 まぁ断る理由も無いので席を促す少年。少女は「ゴメンなさい〜」と言って向かいの席に座った。少女のトレイには同じようにケバブが乗っていた。

「あ、チリソース貰えます?」

「ああ……」

 少女はチリソースをかけると美味しそうにかぶり付いた。ふと少女は、少年が見ている事に気付き、首を傾げた。

「ほぇ? どうかしました?」

「いや………そのソースは美味いのか?」

「美味しいですよ〜。私、母がチリソース派なので私も同じなんですよ〜。あ! ひょっとしてケバブ初めてですか?」

 コクッと少年は頷いた。

「では、やはりチリソースがお勧めです!!」

 ビシィッとチリソースを差し出す少女。少年はソースを見つめつつ、ソッと手を出す。

 ジャラ……。

「!!?」

 その時、少年の手首から鎖が垂れ下がったのを見て目を見開いた。

「な、何ですソレ!?」

 少年はチリソースをかけながら驚く女性を見て眉を顰めた。そして、ソレが自分の手首にあるものだと分かり、「ああ…」と自分の両腕を上げる。

 少年の両手首には鉄の腕輪が嵌められ、途中で千切れた鎖が垂れ下がっていた。それは、まるで囚人達が付ける手枷であった。

「な、何で、そんなのしてるんです!?」

「何って………鍵が無いから外れない」

 サラッと答える少年に、少女は表情を引き攣らせた。

「…………犯罪者さん?」

「違う……!!?」

 突然、少年はガタッと席を立った。少女は何事かと思い、目をパチクリさせた。

「ど、どうしました?」

「……………水」

「は?」

「…………辛い」

「ああ、そういう事ですか」

 口を押さえる少年を見て苦笑しつつ、少女は水を渡した。少年はゴクッと水を飲み干すと、息を吐いた。

「大丈夫ですか?」

「……ああ」

「で? 何で手枷なんてしてるんです?」

「昔、捕えられてたからな」

「は?」

 何だか再びサラッと、とんでもない事を言われた気がして少女は唖然となる。少年はチリソースをヨーグルトソースで中和して再び食べ直している。

 ――………ふむ、ミックスはいけるか……――

 キュドォォォォォォォンッ!!!!!

「!!?」

 その時、突然、ビルが一個爆発した。少女はハッとなって爆発した方を向く。すると、そこから数体のストライクダガーが出て来た。

 現在、全てのMS(モビルスーツ)は厳しい規制が施され、軍の中でも左官クラスしか使用できないのだが、時折、闇ルートから欠陥品として処分された筈のモノが流出している場合がある。

 ――あ…昼ご飯……――

 少年は少しズレた事を考えて、飛んでいったケバブを見つめる。

 人々は悲鳴を上げながら、避難していく。

「ちょ、ちょっと貴方! 私達も早く逃げないと!」

「…………」

「アレって絶対に軍じゃありませんよっ! …………まさか!?」

 少女は何かに気付き、目を見開く。そして、ギュッと胸の前で拳を握った。

「急いで此処から逃げてください」

「??」

「私、ちょっと急用が出来ましたので」

「この状況で?」

「はい」

 にべも無く答える少女に、少年は半眼で見つめる。が、その時、2人を影が覆った。2人の真上にはストライクダガーがビームライフルを持って構えていた。

 ――マズイ……!――

 少女は長く居過ぎたと後悔するが、既に遅し。ストライクダガーの銃口が自分達に向けられた。

「掴まってろ」

「ふぇ?」

 死を覚悟した少女だったが、いきなり少年が自分を引っ張り寄せて後ろへ跳んだ。ビームは2人がいた位置に撃たれ、爆発を引き起こす。

「わきゃあ!」

 2人は爆風で吹き飛ばされるが、少年が上手く着地して少女を降ろした。その際、少年のマントが飛んでいって、下に着ていた黒いカッターシャツが露になった。

「じゃ、とっとと急用とやらを終わらせて逃げるんだな」

「へ? ちょ、ちょっと何処行くんですか!?」

 いきなりストライクダガーが暴れてる方に向かって歩き出す少年を慌てて引き止める。少年はチラッと振り返るとポケットに手を突っ込んだまま肩を竦めた。

「さぁ……」

「さぁって……そっちは危ないですよ!」

「かもな」

 何の恐怖心も見せぬ少年に少女は舌打ちすると、急に腕を掴んだ。

「…………もう!」

 すると少女は少年を引っ張って駆け出す。

「此処まで来たんですから少し付き合って下さい!」

「一体、何処へ行くんだ?」

「お母様の所です!」




 モルゲンレーテ社……20年前の戦争において、大きく関わった現在、地球経済の中心国であるオーブの国営企業である。『トイレットペーパーから兵器まで』のキャッチフレーズの如く、モルゲンレーテはオーブの顔でもあるのだ。

 少年と少女は、そのモルゲンレーテー社タッシル支部の工場を駆けていた。工場内は慌しく、突然のストライクダガー強襲の為、戦車体などが出動し始めていた。

 だが、研究者達ばかりなのでとても戦えるとは思えない。

「しかし良く顔パスで入れたな……」

「えぇ……まぁ……」

 何故かチェックに厳しいモルゲンレーテ社なのに、何故かスンナリと入れた。見張りの職員から早く避難するよう言われたが無視し、ある方へと目指している。

 そして、ある扉の前にやって来た。そして、少女の姿を見て扉の前に立っていた職員が驚いた。

「!? キ、キリュウ様!? 何でこちらに!?」

「お母様がおられるのでしょう? 面会に来たので通してください」

「いけません! 許可の無い者は通さないとお母上の指示です! 至急、避難してください!」

「この状況で避難しないという事は……やっぱり此処にあるんですね?」

 少女は半眼で職員を睨み付けると、職員はウッと顔を青褪めさせて退く。少年はそんな会話を聞きながら色々と考えていた。どうやら彼女の母親はモルゲンレーテでも上のポジションにいるようで、この扉の向こうで何かをしているらしい。

 そして、目の前にいる職員の名札を見ると、タッシル支部の者ではなくオーブ本社のモノである事から、彼女の母親というのもオーブ本社の者であると推測できる。そして、この少女――キリュウというらしいが――は母親が何をしているか知らされてないようだが、予想がついていて毛嫌いしているようだ。

「知りません! 私は何も……」

「グダグダ言ってないで通しなさい!」

「うわ!」

 ドンと強引に職員を突き飛ばし、ポケットからIDカードを抜き取って扉を開けた。

「あぁ! ちょっとキリュウ様! すいません! キリュウ様を止めて下さい!」

「は?」

 ボーっと少女の入って行く姿を見ていた少年は職員に縋られて眉を顰めた。

「早くしないと大変な事に……」

「お母様!! コレはどういう事です!?」

「キリュウ! 何でお前が此処にいるんだ!?」

 突如、奥の方から怒声が響いた。職員は「あ〜、始まった〜」と、頭を抱える。少年は何だろうと思い、扉を潜った。

 扉の向こうは格納庫になっており、弾薬などが積んであった。少年は歩み進めると、あるMSが目に入った。黒と銀のボディに、背中には三対六枚の翼がある。明らかに普通のMSと違うと一目で分かる。

「………ガンダムタイプか」

 20年前の戦争での最大の功績者であるキラ・ヤマトが扱っていたMSタイプの同型であり、現在、これらはガンダム――General Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuverの頭文字を取っている――と呼ばれている。ストライクダガーは、ガンダムタイプを元にした亜流である。だが、コレは普通のMSよりも遥かに高性能である為、ストライクダガー等の亜流以外のものは破棄された。

 だが今、少年の目の前にあるのは間違いなくガンダムタイプである。

「こんなものを造る必要があるんですか!?」

「子供が口を挟むな! コレは大人の問題だ!」

「そう言って、いつも誤魔化す!! 親子間で隠し事はしないと約束したのは嘘だったんですか!?」

「う……そ、それは……」

 少女の母親である女性は呻いた。女性は少女と同じ金髪だが、瞳は髪と同じく金色である。年齢的に30代半ばのようだ。

「と、とにかくお前は早く避難しろ!」

「ちゃんと説明してください!」

「ちょ、ちょっとカガリ様もキリュウ様も落ち着いて下さい!」

 大声で喧嘩を繰り広げる親子を取り巻きの職員の1人が宥めた。

 ――カガリ?――

 その名に何処か聞き覚えのある少年は眉を顰めた。女性も見慣れない彼に気付き、歩み寄って来た。

「誰だ、お前? 此処は立ち入り禁止……」

「ちょ、ちょっと待って下さい、お母様!!」

 女性が訝しげな顔で詰め寄ると少女が間に割って入った。

「この人は私の命の恩人です!」

「は?」

「……別にそんなんじゃない。単に死にそうな所を助けただけだ」

 それを命の恩人と言うのでは? 否定する少年に職員達がツッコミを入れた。

「そ、そうか、そうか! すまないな。娘の命の恩人だったとは……」

 女性は慌てて少年の手を取った。

「私はカガリ・ユラ・アスハだ」

「アスハ? ………オーブの代表か」

 その名を聞いて少年は思い出した。オーブの代表者で20年前の戦争の最大の功績者キラ・ヤマトと並び称されるアスラン・ザラを夫に持つ女性だ。ちなみに公私混同を避ける為に夫婦別姓を名乗ってるそうだ。

「……と、いう事はお前が噂の『オーブのお転婆姫』か?」

「ム!! 失敬ですね! 私はキリュウ・リラ・アスハっていう立派な名前があります!
 ……けど、その名前を知ってるという事はオーブ出身の方ですか?」

「さぁな」

 ポケットに手を突っ込んだまま肩を竦める少年に、キリュウはムッと眉間に皺を寄せた。

 ガゴォンッ!!

 その時、工場の天井が突き破られてストライクダガーが覗き込んで来た。

「ちっ! 此処まで来たか……!」

 カガリは表情を歪め、ストライクダガーを睨み付ける。

 ガゴンッ!!

「あ、危ない!!」

 天井が壊れた衝撃で、鉄柱が落ちて来た。職員達やカガリ、キリュウは逃げようとするが少年は呆然と落ちて来る鉄柱を見つめていた。

「避けてぇ!」

「くっ!」

 キリュウが叫ぶが、鉄柱は地面にした。皆、少年が押し潰されて思ったが煙が晴れるとカガリが少年を押し倒して庇っていた。

「…………」

「いった〜……大丈夫か?」

「………大丈夫……」

 そう言うが少年の額からは血が流れている。カガリはハンカチで拭こうとしたが、

「!!」

 少年は大きく目を見開いて彼女の手を跳ね除けた。カガリは唖然となるが、少年は額を手で押さえた。

「……掠り傷……問題ない……」

 そう言うと少年はガンダムを取り出そうとするストライクダガーを見上げる。

「アレが狙いか………」

 額の血を服で拭いて、ガンダムに向かって少年は駆け出した。

「お、おい!?」

「チリソース……辛かったけど悪く無かった……だから借りは返す」

「は?」

 訳が分からず、カガリは首を傾げた。

 ストライクダガーは少年が迫って来ることに気付き、マシンガンを向けて来た。少年は目を細めると指の間に玉を取り出す。

 それを投げると爆発し、煙が巻き起こった。どうやら煙玉のようだ。煙玉でストライクダガーが戸惑っている間に少年はガンダムの胸部にあるコックピットに辿り着いて入って行った。

 ――MSに乗るのは……二度目か。確か……――

 コックピット内に入ると少年は真っ先にOSを調整する為、コンソールを叩き始める。

 ――コーディネイター用のOSか……なら――

 コンソールを叩くスピードを更に速め、最後のキーを押すとガンダムの赤い双眸が光り出した。

「馬鹿な!? あのOSを……」

 カガリは起動したガンダムを見て目を見開いた。

「ちょっとお母様! どういう事です!?」

「あの【ギルティガンダム】のOSを調整できるのはコーディネイターでも特に優秀な……アスランぐらいの奴じゃないと無理だ。あんな子供に……一体、何者だ……?」

 起動したガンダム――ギルティガンダム――はストライクダガーの首を掴むと、そのまま上空へと飛んで行った。

「敵は……殲滅せよ……」

 少年は呟くと赤い瞳を獣のように細くした。そして、腰のビームサーベルを抜いて一刀両断した。

「な!?」

 カガリや職員達は信じられなかった。まだ調整もままならないギルティガンダムを乗りこなし、ストライクダガーを倒したのが娘と同じ歳ぐらいの少年なのだから。

「自分を殺す事の出来ない敵は………殺せ」

 少年は前髪で目を隠すと、口許に笑みを浮かべた。するとギルティガンダムの翼から小型の特殊武装が飛び散った。

「ドラグーンシステムまで………本気で何者だ……?」

 かつて自分の弟を苦しめた凶悪な武装まで使いこなされ、カガリの頭は混乱しかけた。ドラグーンシステムは街内にいるストライクダガーへと向かって行き、ビームを放って破壊した。

 街中を暴れ回っていたストライクダガー達は、一機のガンダムと少年によって僅か数分で殲滅されたのだった。

「ぐ……!」

 全ての敵を殲滅した少年は突如、頭痛が走り頭を押さえた。顔には冷や汗が垂れ始め、息を荒くした。

「やっぱり……MSは……嫌だな……」

 ジャラッと目の前に垂れ下がる鎖を見て、ゆっくりと目を閉じた。




 カガリとキリュウは地上に降りたギルティガンダムからラダーを使って降りて来る少年に向かって行った。

 少年が降りたと同時にモルゲンレーテの職員達が彼に向かって銃を向けた。

「!! 何を!?」

 キリュウが職員達を止めようとするが、その彼女をカガリが引き止める。

「お母様!」

「落ち着け、キリュウ。彼に危害を加えるつもりは無い……それより」

 ――あの目……――

 カガリは、先程、鉄柱から少年を助けた時を思い出していた。彼は今、銃を向けられているにも関わらず冷たい目をしている。鉄柱が目の前に落ちて来た時も同じ目をしていた。

 それは死なないと思っているのではなく、死を受け入れてる目だった。カガリは、あの戦いぶりと瞳に少年の心の中に底知れぬ恐怖を感じた。

「悪いけど機密を知ったんだ。オーブへ同行して貰うぞ」

「…………好きにしろ」

 少年の返答を聞き、カガリは拘束するよう職員に言うと彼等の中の1人が手錠を持ってやって来た。が、少年の袖を捲って出て来た手枷痕を見てピタッと、手錠をかける手を止めた。

「あ、あのコレは……?」

「ああ……」

 少年は職員の言いたい事が分かると、手錠を取り上げて千切れた鎖で繋げた。

「これで問題ないだろう」

 しっかりと繋がれた腕を見せると皆は唖然となった。そんな中、キリュウはハッとなるとカガリに申し出た。

「お母様! オーブに着くまで、この人のお世話は私に任せてください!」

「はぁ?」

「ふっふっふ……キリュウ・リラ・アスハの名にかけて、貴方の正体を吐かせてみます!」

 ビシッと少年を指差し、キリュウは挑戦的な笑みを浮かべる。

「別に正体もクソも無いが……」

 少年は面倒そうに呟くと、空を見上げた。

「………リューク……」

「ふぇ?」

「リューク・シュレッド………それが俺の名前だ」

 戦後20年……人々は平和に暮らしている。青空は何処までも続いている。






To be continued...


(ながちゃん@管理人のコメント)

流浪人様より「機動戦士ガンダムSEED 〜呪縛の鎖〜」の第一章を頂きました。
SEEDのアフター物ですね。
リュークなる少年は一体何者でしょうか?
てっきり○ラの息子かな〜と思ったのですが、違いましたね(汗)。
それに、何か曰く付きの過去があるようですし・・・。
テレビではDESTINYも始まることだし、この点からもこの作品に注目したいですね。
続きが楽しみです。
次作を心待ちにしましょう♪
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