こぽこぽ……。
 泡が、堅く目を瞑った全裸の少年――否、男の子の口から漏れて行く。
 その泡は、上へ上へと上って行き……水面へと顔を出し、そこで止まる。
 男の子が浸かっているのは、オレンジ色の液体に満たされた円柱。
 その円柱の前には、一人の女性が立っていた。
 円柱の前に立っている女性は笑みを浮かべながら、男の子を眺める。
 手元にあるコンピュータから指示を与えると、円柱がライトアップされた。
 その女性が手を円柱に当て、男の子の名前をつぶやく。

「シンジ……」

 それが男の子の名前。
 この女性に運命を捻じ曲げられた被害者。
 そして同時に、この女性の運命を捻じ曲げる加害者。

「そろそろ、起きましょう?」

 女性がつぶやくと、男の子の目が開く。
 また、こぽこぽと……口から泡が漏れて行く。
 液体の中だからか、声を聞き取ることは出来ない。
 だが、男の子はたしかにこう言った。

「ユイ、さん」

 と。
 女性、ユイはそう言ったと確信すると共に円柱から液体を排出する。
 こうして、科学者ユイの息子は生まれた。



Dead or Alive

presented by るしざわあまる様




 その日から三年後の2010年。
 暦の上では春、4月の初旬。
 男の子は三年前とまったく変わらぬ姿で、朝ご飯を食べていた。
 自分の体が変だということに気づいたのは、いつだろうか。
 まったく成長しようとしない体。
 傷を一瞬で再生する体。

 死ねない体。

 そう気づいたのは、いつだろうか。
 今では自分は人ではないと諦め、家でと共に暮らしている。
 そしてこの男の子、シンジに父は居ない。
 それは本当の意味で存在しない。
 遺伝子提供者すら居ないのだ。

 処女懐妊。

 本来ありえるはずの無い事態。
 でも、このであればありえないとは言い切れない。
 何せ、シンジの……ユイは。
 マッドサイエンティストだからだ。

 今日の朝ご飯は、焼き魚を中心にした和食。
 食べ終わったら自分の部屋に戻り、鍵を掛け、パソコンに向かう。
 鍵は本来部屋についていなかった。
 しかし、シンジはつけた。
 理由は単純にして明快。

 が怖いのだ。

 少しでも気を抜けば、抱きついてくるし。
 も、成長をしているようには見えない。
 シンジは優秀だ。
 だから、答えを導き出すのにさして時間はかからなかった。

 も、自分と同じ。

 そういうことなのだろう。
 不老にして不死の体。
 どんなに傷ついても復活する体。
 毒も効かない体。
 そして、は僕を造った。
 産んだわけではないのだろう。

 造ったのだ。

 それは記憶を、三年前までしかもっていない事や。
 の年齢を知らないことなどが、原因だ。
 おそらくは、三年前。
 と思い込むように刷り込み、作り出されたモノ。

 それが、シンジ……己だ。

 そのことを、十分理解していた。
 同時に、とても辛かった。

 友達は作れない。
 シンジを置いて、死んでゆくから。
 シンジをバケモノと呼び、傷つけるから。
 学校は行けない。
 シンジは人目につき過ぎる。
 自分を自分でバケモノと言うのは耐えられても、言われるのは耐えられない。
 それが自分であることを理解しているから。

 そして。


 死ぬ事も出来ない。


 肉体的な死は訪れない。
 永久に。
 では、シンジにとっての自由とは何だ?

 ……それは、死。

 死は全てを満たしてくれる。
 死後の世界があるならば、そこで友達を作れるだろう。
 もしも学校があるならば、そこで学校に行けるだろう。
 そして、何より。

 普通に居られる。

 それが全てに勝る自由。
 たとえ今のように、お金や、時間がいくらあったとしても。
 決して満たされることの無い心。
 冷え切った、閉じきった、固まりきった、凍りついた心。

 最後に笑ったのは、いつだろう。
 もう、笑顔を忘れてしまった。

 何度、死のうとしただろう。
 もう、数え切れないほどに。
 傷は一切残らず。
 痛みだけが襲う。
 それだけ。
 死ぬことは無かった。

 永久の束縛か。
 これは、の永久なる束縛なのか。
 永久ほど、永遠ほど悲しいものは無い。
 悔しいものは無い。
 死があればこそ。
 命の終わりがあるからこそ。
 自分が存在するという意義をもてると言うのに――。

 快楽に、興味は無い。
 もう、飽きてしまった。
 この世の全てに。
 終わらない世界に。
 終わりたいのに。
 終われない世界に。

 よ。
 なぜ自分をこのように作り出したのか。

 シンジは幾度と無く、自らの心のうちで叫び続けた。

 殺して欲しい。

 幾度と無く、願っていた。


 ある日、それは訪れた。
 人々は逃げ惑う。
 逃げて、逃げて、逃げて、逃げて。
 ただ、逃げ惑うだけ。

 使徒と呼んだのは、だれだろうか。

 圧倒的な存在感。
 圧倒的な迫力。
 圧倒的な威圧感。
 あるいは、殺してくれるかもしれない。
 シンジは心の中で、期待する。

 人々が逃げる方向とは反対側に。
 その中心部に。
 男の子は、走った。
 走って、走って、走って、走って。
 たどり着いたのは、ビルの屋上。

 ここからは、三回飛び降りた。

 ものすごく痛くて、痛くて。
 でも死ねなくて。
 一分もすれば、全て治っていて。
 ……辛かった。

 そんな場所に、また来ている。

 飛び降りるためではない。
 ちょうど、今直線状にそれは居た。

 使徒。
 後にサキエルと呼ばれるもの。
 かりそめの永久を持つもの。

 使徒はシンジに気づいたのか。
 あるいは、偶然なのか。
 ……いや、偶然なのだろう。

 真っ暗で、何も見えない瞳の奥から。
 シンジの望むそれを放った。


 シンジは一瞬にして、蒸発し。
 ようやくの呪縛から、逃れることが出来た。





 死と言う名前の、ハッピーエンド。
 これも一つの幸せの意味。
 シンジは死して、幸せを得る。

 だが、世界は――単純ではない。
 生きたい。
 そう考えた者も居た。




 女の子――否、少女は病院の一室で眠っている。
 自らの命はもう少ない。
 そんな事を理解しつつ、とても悲しかった。

「なんで……あたしが」

 全てはのせいなのか。
 不老不死を求めた
 その実験台として生み出された少女。
 8歳にして、16歳の体をもつ少女。

 それは、禁忌を犯したからか。
 不老不死と言う、人が侵してはならない領域を。

 全ては、であるキョウコが始まり。
 不老不死を求め、一つの遺伝子に目をつける。
 ……だが、科学者にとってもっとも恐ろしいもの。
 つまり……前例が無いという事。
 始めから自らの体で試す気など無い。
 万が一にでも失敗したとき、死んでしまうからだ。
 かといって、人をさらう事は許されない。

 ならば、自分で産めば良い。

 そう考え、、キョウコはアスカを産み落とす。
 生まれたばかりのアスカに施したこと。
 それは、遺伝子のナノマシンを用いた改変。

 結果は、失敗。
 散々たる物だった。

 老化を止める。
 それが目的だったはずだ。
 しかし、実際に起きたことは……逆。
 老化を早めてしまった。

 外見年齢は二倍の速さで駆け上り。
 内面年齢は二乗の速さで駆け上る。
 それが結果だった。

 それでもアスカが8歳まで生きたのは、技術の進歩故か。
 だが、長くてもあと1年。
 それ以降は、もう……無理だろう。

 を襲ったのは、罪悪感。

 自らの娘を殺してしまう。
 そんな状態。
 しかも死ぬまで、猶予がある。
 なおさら悪い。

 幾度と無く殺そうとした。

 しかし、出来ない。
 であるから。
 人として、出来なかった。

 後悔している。

 もう遅いことは分かっている。
 だが、は後悔していた。

 不老不死なんて、無意味な。
 馬鹿らしいことを、考えていた、と。


 ある日、それは訪れた。
 本物の不老不死。
 しかしどうじに楔となるもの。
 永久の縛りとなるもの。

 は聞いた。

「永遠に、生きたい?」

 と。
 娘は答えた。

「うん」

 と。
 弱弱しく、だが確実に。
 そしては決意する。

 行ったのはナノマシンによる遺伝子改変。
 それは自らにも行った。
 そして改変後。


 と娘は、永久の命を手に入れた。





 地球がなくなっても、彼女たちは生き続けた。
 宇宙という、人類の新天地で。
 は言う。

「死ぬことは出来ない。でも……アスカちゃんと、一緒なら」



Fin...


(あとがき)

 突発的に書いてしまったものです。
 PMBとはなんら関係ありません。
 若い死を強制された女の子、アスカと。
 永遠の命を強制された男の子、シンジのそれぞれの選択。
 あなたは、どちらを望みますか?
 私は、まだ死んだほうが良いような気がしますが。
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