※サンダルフォン戦終了後です。

 「気のせいかな、誰かに見られていた気がしたんだけど」
 「誰?私に何か用?」
 紅と蒼の少女が、そんな不信感を抱いた日から、数日経った日の事である。

第3新東京市、シンジ宅―
 「何なのよ、このでっかい車は」
 学校から帰ってきた飛鳥は、マンションの入り口に横づけされた、黒塗りの車に怪訝な視線を送っていた。
 傍にはサングラスに黒スーツの男が2人。両手を後ろに回して、周囲を警戒している。
 (何こいつら、新手の嫌がらせかしら)
 「何やってるの、飛鳥?」
 「レイ、あれ見て、あれ」
 飛鳥が指差した先にある光景に、レイは首を傾げた。
 「お客さん?」
 「黒服は客じゃないと思うけどね。まあ多分シンジに用があるんだとは思うけどね」
 容貌は中の上、性格は人畜無害、家事全般が得意な同居人の顔を思い浮かべる飛鳥。どう見ても一般市民なのだが、使徒であり、死徒であり、その上巨大財閥の後継者だというのだから、世の中分からない物である。
 「ま、いいわ。とりあえず帰りましょ」
 ロビーに入っていく少女二人を、黒服は無視していた。

 「「ただいまー、シンジ(君)」」
 「おかえりー、麦茶あるから、着替えたらおいでよ」
 「「はーい」」
 動きやすい私服に着替えた2人は、リビングへ入った。
 「おお、可愛らしいお嬢さんだな、少々お邪魔させてもらってるよ」
 リビングのソファー。そこにシンジの隣(飛鳥とレイの指定席)に座る、老人の姿があった。向かいにはスミレが座っており、会話を楽しんでいたらしい。
 シンジの隣が空いてないため、渋々空いている席に座る2人。レイはともかく飛鳥が我慢したのは、流石に年寄り相手に暴れたくはなかったからである。
 「2人とも、紹介しておくよ。この人は碇源一郎、っていうんだ」
 「ふーん・・・碇?」
 「僕の本当の祖父、つまりお爺ちゃんだよ」
 「「お爺ちゃん!?」」
 甲高い叫びが、居間に響いた。



堕天使の帰還

番外編

T
じいじ、襲来

presented by 紫雲様




 「ところで、お爺ちゃん。今日はどうしたの?確か、仕事が忙しいんじゃ」
 「なに、今日はお前に渡す物があってな」
 会話に下手に加わることもできず、その上想いを寄せる少年の祖父の前とあって、2人の少女は緊張で身を固くしている。シンジは両親を毛嫌いしており、遺伝子提供者といって憚らない。そんなシンジが『お爺ちゃん』と呼ぶのだから、間違いなく仲は良好である。
 「これじゃよ、開けて見てくれ」
 風呂敷を解くシンジ。その中から現れたのは、薄いファイルのような物である。ただしプラスチックではなく、手製と分かる和綴じであった。
 中を開くと、そこにはシンジと同年代と思しき少女の写真が貼られている。
 「お爺ちゃん、これは?」
 「うむ。いわゆる見合い写真じゃ」
 「「ダメー!!」」
 飛鳥とレイが叫び声を上げる。飛鳥は見合い写真を取り上げ、レイはシンジに縋りつくようにして拒絶の意思を示す。その光景に、スミレがお腹を押さえて笑い転げる。
 「ほっほっほ、安心しなさい。儂としても無理に勧めるつもりはないんじゃ。だが即座に断る訳にもいかんのでな・・・」
 「お付き合い、ってやつか。大変だね、お爺ちゃんも」
 「話が早くて助かるわ。つまりお前には、その娘と一度会って貰い、適当な理由をつけて断ってもらえばいいんじゃ。幸い、お前にはもう嫁候補はいるようじゃしな」
 お茶を啜りながら、さり気無く爆弾を投下する源一郎。
 「お、お爺様、お茶のおかわり等いかがでしょうか?」
 「お茶菓子・・・持ってきます・・・」
 急に対応が変わる2人。スミレはドツボにハマったのか、もはや息も絶え絶えである。
 「はあ、とりあえず分かったよ。で、場所と時間は?」
 「場所は駅前にあるホテルのロビーで待ち合わせ、時間は来週の日曜日じゃ」
 
日曜日、駅前のホテル―
 学生服でも私服でもなく、灰色のスーツとYシャツ姿のシンジがロビーに立っていた。時間までまだ10分あるが、姉達から徹底的に礼儀を叩きこまれているシンジにしてみれば、相手を待たせることなど論外である。
 「えっと、シンくん?」
 振り向くシンジ。そこには見合い写真の少女が、こちらは和服姿で立っていた。
 「え?」
 「あ、ご、ごめんなさい!私、山岸マユミと申します!」
 艶のある黒髪を腰まで伸ばし、眼鏡をかけた大人しそうな美少女である。容貌は可愛らしく、若草色の和服姿のマユミに、シンジは見とれていた。
 「と、とりあえずこちらへどうぞ」

 「むう、シンジの奴・・・」
 喫茶店へ姿を消す2人を、飛鳥は少し離れたところから監視していた。双眼鏡は標準装備、監視体制はバッチリである。
 「飛鳥、追いかけましょう」
隣にいたレイがスッと立ち上がる。二人とも、目立たない事を念頭にしてコーディネイトしたのだが、それでも全身から放たれる雰囲気といい、双眼鏡で人をジッと見ている点といい、とにかく目立つ。
カランカランと音を立てて開くドア。
シンジを監視でき、なおかつ気づかれないポジションを見つけると、飛鳥はレイを引っ張って、すぐに監視体制へ戻った。
「あの、お客様、ご注文は・・・」
「うるさい」
「だまって」

・・・最悪の客である。

「へえ、山岸さんの家は、お爺ちゃんと付き合いがあったんだ」
「はい。実は家がお隣なんですよ。特にお爺ちゃん達は仲が良くて、小学校からずっと同じクラスだったそうです」
「そうだったのか。それでお爺ちゃん、断りづらかったのか」
運ばれてきたアイスティーを飲みながら会話に花を咲かせる2人。何気に良い雰囲気ではある。
どちらも中学生だが、片方は大人しそうな顔立ちで上品な和服姿。もう片方は全世界でも知らぬ者などいない、超VIPであるため、非常に目立っていた。当然、周囲の会話もゴシップに近い会話へと変化していく。
「なんか、ここ居づらいね。移動しない?」
「そ、そうですね」
会計を済ませ、外へ出る2人。その後を、飛鳥とレイがこっそりと、周囲の視線を気にせずに尾行していた。

公園―
 「ここ、よく学校帰りに寄る所なんだ」
 「キレイな公園ですね」
 木陰のベンチに座りながら、会話を再開する2人。そんな2人を監視する少女達は、少し離れた繁みの陰に隠れている。
 「おーい!センセやないか!」
 聞こえてきた声はトウジである。その手にはビニール袋が握られており、隣にはヒカリが険しい顔でシンジを見ていた。
 「なんや、センセ。恋人か?」
 「ブリュンスタッド君、そういう人だったんだ」
 「ち、違うって!山岸さん、この二人は鈴原トウジに洞木ヒカリっていうんだ」
 慌てるシンジ。彼にしてみれば恋人たり得るのは明日香一人(周囲は、飛鳥とレイが恋人だと見ているが)である。
 「えっと、山岸と申します。鈴原さんと洞木さんはシンジ君の御学友ですか?」
 「・・・委員長、ゴガクユーってなんやねん」
 「クラスメートって意味よ」
 頭を抑えるヒカリ。
 「ところで、あなたはブリュンスタッド君とは、どういう関係なんですか?」
 「実は、お見合いの最中でして・・・」
 頬を染めて俯くマユミ。慌てるシンジ。買い物袋を落とすトウジ。爆発までカウントダウンを始めるヒカリ。
 「ご、ごめん、失礼するね!またね!」
 マユミの手を取り駆け出すシンジ。その背中に叩きつけるかのように、ヒカリの絶叫が響いていた。

繁華街―
 全力で走りまわる内に、何故か買い物でよく来る繁華街へシンジの足は向いていた。この辺り、主夫としての業が伺える。
 「山岸さん、大丈夫?」
 「ご、ごめんなさい。少し、休ませて・・・」
 「じゃあ、あそこで休もうか」
 近くにあったハンバーガーショップへ入る。適当に注文を済ませ、飲み物を取っているうちに緊張が解れたのか、マユミが良く笑い顔を見せるようになる。
 マユミの笑顔は、ホッとさせる笑顔であった。太陽に例えられる明日香の笑顔とは、また違った意味で好感が持てるのである。
 「おや、シンジ君じゃないか」
 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには加持とミサトが座っていた。さらに対面にはリツコとウィリスが座っている。席へ座った時には全く気付かなかったのだが、ちょうど隣の位置に彼らは座っていた。
 ちなみに彼らは、4人揃って仲良く徹夜の勤務明けである。
 「おやおや、これはお邪魔だったかな?」
 「シンジ君が飛鳥やレイ以外の女の子と一緒なんて、珍しいわね」
 「二人に隠れて浮気なんて、度胸あるわね」
 (・・・何で、こうも知り合いが・・・)
 頭を抱えるシンジ。マユミはと言えば、事情を理解できずにキョトンとしている。
 「お嬢さん、俺は加持。こっちは葛城ってんだ。向こうにいるのは赤木とウィリスさんだ。シンジ君とは知り合いなんだよ」
 「初めまして、加持さん、葛城さん、赤木さん、ウィリスさん。私、山岸マユミと申します。シンジ君のお嫁さんになる」
 「うわーーーーーー!移動するよ!いいよね!」
 店を飛び出るシンジ。マユミは相変わらずキョトンとしたまま引っ張られていく。
 茫然とする4人だったが、シンジの後をつける紅と蒼の少女を見つけると、ニヤリと笑った。

市立第1中学校―
 日曜日の中学校なら、さすがに知り合いはいないだろう。
 そう考えたシンジは学校へと足を向けた。マユミもシンジが通う学校に興味を惹かれたのか、否定する事もなく後ろについていく。
 「ごめんね、走らせてばかりで」
 「いえ、いいですよ。私の事はお気になさらず」
 「少し休もうか、中庭に行けば木陰があるから」
 日曜日の学校は人が少なく、中庭は無人である。ただ風に吹かれて擦れ合う木の葉の音だけが聞こえる。
 「なんか、疲れたなあ」
 「そうですね、少しだけ、お昼寝しちゃいましょうか?」
 並んでゴロンと横になる2人。草の香りが鼻孔をくすぐる。
 ちなみにマユミの座る所に、ちゃんとハンカチを敷く辺り、シンジに対する姉の教育がしっかり行き届いている事が分かる。
 「疲れたけど、楽しいですね」
 「うん、こっちも楽しかったよ。異様にドタバタしちゃったけど」
 シンジの言い分に、クスクスと笑うマユミ。
 「シンジ君、もし良かったら、また会っていただけませんか?」
 マユミは顔を真っ赤にしていた。元来、大人しい女の子なのだから、自分から言い出すこと自体、勇気を振り絞ったことはすぐに分かる。
 「・・・気持ちは嬉しいんだけど、ゴメン。それは無理なんだ。本当の事を言うと、僕はお見合いには反対だったんだ」
 「どうしてなのか、理由を聞いてもいいですか?」
 「僕には好きな子がいる。4年前からずっと想い続けている女の子がいるんだ。君と付き合うという事は、僕にとってその子を裏切るのと同じ意味になる。だからダメなんだ」
 シンジの視線は、空を流れる雲を捉えたまま、全く動かない。
 「その子とはお付き合いされてるんですか?」
 「いや、付き合ってないよ。それどころか、僕には告白するチャンスさえないんだ。彼女はこの世界にいないから・・・もう、二度と逢えないんだ・・・」
 寂しそうな声色のシンジをジッと見つめるマユミ。
 「・・・待っても良いですか?」
 「は?」
 「だから待っても良いですか?シンジ君の気持ちが変わる日を待っても良いですか?私は今まで待っていたんです、あと数年待つぐらい、何でもありません」
 「ひょっとして、僕達、どっかで会ったことあるの?」
 全く記憶にないシンジ。
 「やっぱり忘れていたんですね。昔、一緒に遊んだことがあるんですよ。シンジ君がお母さんと一緒に京都へ帰ってきた時に、遊んだことがあるんです。思い出せませんか?シンジ君は私の事をマユちゃんって呼んでました。私はシンくん、と呼んでました」
浮かび上がる幼い日の記憶―それは前の世界での記憶だったが、とてもクリアーに思いだせた。脳裏に浮かんだのは、目の前にいる少女の面影を強く持つ女の子―
 「私、ずっと心配していたんです。急に会えなくなって、お爺さんに尋ねても教えて貰えなくて・・・」
 「マユちゃん・・・」
 2人の視線が微妙に絡み合う。良い雰囲気になった、そんな時だった。
 パキン。
 何かが折れる音。
 「・・・ちょっと待っててね」
 立ち上がるシンジ。
 「そこに隠れている覗き魔さん、出てきてください」
 『アッハッハ』
 出てきたのは飛鳥・レイ・トウジ・ヒカリ・ミサト・加持・リツコ・ウィリスと見事に全員揃っていた。
 「覗きが御趣味とは、随分と趣味がよろしいですね?」
 「うう・・・で、でもシンジがいけないんだからね!私がいるのにお見合いなんて!」
 「飛鳥違う。シンジ君の恋人は私よ」
 「違います!私です!」
 突然勃発する3つ巴の戦い。もはや覗きなど、関係なくなった。
 「・・・これって良い事なのかなあ・・・」

後日談―
 結局、お見合いは破談となった。
 だがマユミはその後も暇さえあればシンジの所へ顔を出している。
 マユミ曰く。
 「どうせなら口説き落として恋愛結婚します!ライバルには絶対に負けません!」
 引っ込み思案な娘の突然の変貌に、マユミの両親はとても驚いたそうである。また娘の幼馴染がエヴァのパイロットであり、ヴァン=フェム財団の跡取りである事を知り、さらに驚いたそうだが、それはまた別の話。
 「あと2年、待ってください。高校はそちらへ進みますから!」
 飛鳥・レイ・マユミの三つ巴の戦いは、まだまだ続きそうである。

番外編:じいじ、襲来。これにて終了。

おまけ:4行SS、ヤンデレアスカちゃん(第1次相互互換試験編)
 レイ:碇君の匂いがする
 シンジ:綾波の匂いがする
 アスカ:シンジの匂いがする
 シンジ:アスカ、僕の制服返してよ。プラグスーツじゃ帰れないってば・・・



Fin...
(2010.03.13 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は趣向を変えて番外編に挑戦してみました。今回のヒロインは山岸マユミ。ユイがまだ生きていた頃(シンジが3歳の頃)に、帰省した京都で遊んだ事がある、という設定にしてみました。
 マユミがこの後本編に登場するかどうかは、現在未定です(笑)。ここら辺は読んでくださった方の反応次第と言う事で。でもエンディングまで登場しないかも・・・まだまだ実力不足です(笑)
 さいごのおまけは、何となく書いてみました。絵があれば4コマという感じでしょうか?ただダラダラ書くのも詰まらないので@4行という構成Aアスカのヤンデレネタ、という縛りを2つ加えてみました。
 こちらも反応次第では、番外編2以降で書く予定です。

 番外編2についてですが、ネタは出来上がってます。アップするのはゼルエル戦の後の予定です。今度は欧州留守番組こと死徒27祖の揃い踏み(笑)奴らが第3新東京市に乗り込んできます。さて、どうなることやら・・・

 それでは、また次回の番外編2もよろしくお願いします。



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