※メルティブラッドを知らない方への補足説明を先に行わせて頂きます。タタリとマジカルアンバー琥珀について知っている方は、本文まで飛ばして下さって結構です。
 タタリというのは死徒27祖第13位に位置する死徒で、別名を『ワラキアの夜』。特徴は人々の不安に沿った形で現れる事で、その為に姿は一定ではなく、噂話等に影響されます。なにより実体を持たない『現象』である為、志貴の『直死の魔眼』ですら死を見いだせない、最凶の死徒でした。
 そんなタタリではありますが、結局、真祖アルクエイドの助力もあって、討伐はされました。ですがその残滓は残り、何の因果か琥珀に取り憑きます。結果として、琥珀はマジカルアンバー琥珀を名乗り、遠野家地下王国、マジカル魔境サイコガーデン、メカ翡翠、まききゅー]等、様々な迷惑を引き起こします(参考資料:月姫読本)。
 そんな琥珀が第3新東京市でも同じように迷惑を引き起こしたらどうなるか?という設定で番外編は書かれています。



遠野物語

番外編

T

presented by 紫雲様




それは、ある晴れた日の放課後の事だった―
 授業が終わった放課後、6人の少年少女達は学校の帰りに寄り道をしていた。
 言いだしっぺは勝気な少女である。
 『この前、露店で良いアクセサリーショップを見つけたのよ!掘り出し物を探しに行くわよ!』
 この提案にいつもは『寄り道など断固厳禁!』と言い張る少女も、意中の少年の気を惹くアクセサリーがあるかも?という親友(悪魔と読んでください)の囁きには抵抗する事すらできず、呆気なく陥落した。
 もう一人の無口な少女も、その囁きを何となく聞くうちに、やはり意中の少年に、いつもと違う自分を見てほしい、という誘惑にかられ、着いていく事にした。この辺り、同居先の保護者を務める、割烹着の悪魔の教育が如実に成果を現し始めている。
 一方の、少年達である。カメラ小僧な少年は、アクセサリーを見繕う美少女の姿は絵になると判断し、即座についていく事にしたのだが、残る2人が問題であった。
 ジャージ少年は、基本的に食い気と遊びに価値を置いている。残念ながら、彼に想いを寄せる幼馴染がイヤリングやネックレスをした所で、自らそれに気づく確率は限りなく低いし、何より自分で少女にアクセサリーを選んであげようという発想も無かった。その為買い物には付き合わず、そそくさと帰ろうとしていた。
 最後の包帯少年の場合は、もともと相手に美しさを求めるという概念が欠損している。いくら相手が着飾っても『奇麗だね』ぐらいは言うかもしれないが、自分から相手に奇麗になってほしい、とは考えていない。彼の場合、外見よりも精神、心が重要だからである。ある意味素晴らしい価値観ではあるのだが、少女達にしてみれば喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら、と複雑極まりない心境である。
 結局、心に期する物を持っていた3人の少女達は、すぐに帰宅しようとしていたジャージと包帯の2人の首根っこをひっ捕まえると、有無を言わさず強制連行したのであった。
 
第3新東京市商店街―
 6人は商店街の一角に常設されている歩行者天国へと来ていた。ここは許可さえ取れば誰でも露店や出し物ができるので、将来のミュージシャンやアーティストを目指す若者達が、常に軒を並べている。
 その一角に店を出していた、アクセサリーショップの前で少女達は足を止めた。その場にしゃがみ込み、商品を手にとって検分に入る。
 「ヒカリ、これなんてどうかな?シルバーネックレスだけど、この小さいけど、赤い輝きが良いと思うんだけど」
 「そうねえ・・・あれ?これ、綾波さんにあわないかな?このイヤリング。水色の輝きが奇麗ねえ。ピアスじゃないから、穴開ける必要もないし」
 「・・・鏡、ある?着けてみたいの」
 ワイワイガヤガヤと楽しそうに長期戦に入る少女達。一方、後ろにいる少年―特に、その内の2人は、退屈そうにしていた。
 「トウジ、何か飲まないか?」
 「そうやな、自販機で何か買おうか」
 炭酸ジュースを買ったところで、シンジが急に後ろを振り向いた。
 「なんや?どうした?」
 「ごめん、ちょっと静かにして」
 耳に全神経を集中し、聞こえてくる音に耳を澄ます。
 「向こうで喧嘩が起きてるみたいだ。片方は女の子らしい」
 「2人とも、どうしたの?」
 商品から顔を上げたアスカが、不思議そうに問いかける。
 「女の子が喧嘩に巻き込まれてるらしい。ちょっと止めてくる」
 それだけ言い残すと、シンジが騒ぎの方へ駆け出していく。その後を『遠野一人に任せておけるかい!』と腕まくりしながらトウジが続く。さらにその後を、2人の鞄を手にしたケンスケが追いかけた。
 「・・・あのねえ、喧嘩はお祭りじゃないのよ?」
 「でも、困っている人を助けられる、って言うのは良い事だと思うよ?」
 「そりゃあ、まあねえ」
 親友のフォローに、しかめっ面で応えるアスカ。胸の前で組んでいた両腕を解くと、鞄を手に取り駆け出した。
 「ちょっと、アスカ!」
 その後をヒカリとレイが追いかけた。

 「ぐふ」
 恐らく20代と思われる強面の男が、自分の腹を両手で押さえながら道路に崩れ落ちた。その顔は激痛と苦しみに、醜く歪んでいる。
 男をそこまで追い込んだのは、セーラー服を着た少女である。恐らく高校生なのだが、第3新東京市の高校の制服とは違っていた。
 「このナンパ野郎どもが!鏡を見てから出直してこい!」
 威勢の良い啖呵に、周囲から歓声が上がる。少女に対峙しているのは7人。全て20から30代の男性であった。
 「このアマ!」
 一人が殴りかかるが、拳が届くよりも早く、少女の掌手が男の顎を下から上へと撃ち抜いた。男がもんどりうって背後へ倒れる。
 「こ、この野郎!」
 倒れた男が、懐から光物―ナイフを取り出すと、周囲から悲鳴が上がる。野次馬の何人かは逃げ出し、あるいは警察に連絡をいれていた。
 だがナイフを向けられた少女は、全く動じていない。半身に構えると、油断なく周囲に視線を向け、男以外に同時に攻撃を仕掛けてくる仲間がいないか、油断なく監視の目を光らせていた。
 「もう許さねえ、死ね!」
 突撃する男。同時に、ガゴン!という常識を外れた打撃音が響いた。男は頭部に打撃を受け、一発で地面に倒れこむ。男の全身に黒色の液体が降り注ぎ、最後にひしゃげたコーラの缶が落ちてきた。
 「へえ、ジュースでも鉄甲作用って流用できるんだ」
 感心したように呟いたのはシンジである。彼は口を開けていなかったコーラを、ヴァチカンの暗部独自の戦闘技術で投じたのであった。その結果が、破裂したコーラの缶と、とんでもない打撃音だったのである。
 「おい、お前も俺達に喧嘩売る気か!」
 「そうだね。遺書を書く時間ぐらいはあげてもいいよ?」
 両目に包帯を巻いた中学生に、ここまで言われて黙っていては、彼らのプライドはズタボロである。当然の如く、男達はシンジに襲いかかろうとしたのだが、その機先を制した声があった。
 「まさか、シンジ!?」
 「その声、都古さん!?何で、こんなとこにいるんだよ!」
 男達を無視して、テクテクと歩き出すシンジ。もはや自分達が相手にされていないと知った男達は、怒り心頭である。
 「無視してんじゃねえ、小僧!」
 大ぶりのパンチがシンジを真横から襲うが、シンジはそちらを全く見ずに、右の掌でいとも容易く受け止める。そのまま男を巻きこむように投げると、直後にベキッという鈍い音が路上に響いた。
 男の口から洩れる絶叫。その肘関節が、あらぬ方向に折れ曲がっていた。
 「まさかシンジに会えるとは思わなかったわ。あとでマンションへ向かうつもりではいたんだけどね」
 「・・・都古さん、一つだけ確認していい?ひょっとして、三咲町で喧嘩売ってくれる人がいなくなったから、こちらへ出張したなんてことはないよね?」
 「シンジ、あとで顔を貸しなさい。あなたには、一度、徹底した教育が必要ね」
 路上で転げまわる男の鳩尾に、膝を落とす都古。一瞬にして気を失った男は、呼吸困難に陥りながらも、ギリギリ生きているようであった。
 「あと6人か。さっさと片付けようか」
 躊躇いなく追い討ちをかけた都古と、やはり躊躇いなく肘を折ったシンジの姿に、男達が慌てて懐から武器を取り出す。周囲の野次馬は静まり返って、固唾を呑んで見守っていた。
 ジリジリと近寄る男達。それなりに場慣れはしているらしく、半円状に包囲しながら2人に近寄ろうとする。
 「いくよ、シンジ」
 「りょーかい」
 同時に飛び出すシンジと都古。標的は同じ、真正面にいたリーダー格と思しき、サングラスの男であった。彼は、まさか周囲を無視して突撃してくるとは思っておらず、完全に不意を食らっていた。
 慌ててナイフを構えたが、2人が同時に来てしまい、どちらに向ければ良いのか即座に判断できなかった。その決定的な隙を、2人は利用した。
 男の正面で、二手に分かれる2人。そのまま通り過ぎるかと思ったが、同時に男の口から絶叫が上がった。
 通り抜けようとする際、シンジは男の左肘を擦れ違いざまにへし折り、さらに左の靴底で男の左膝を真横から踏みぬいていた。もう片方の都古も、似たような事を行っていたのである。
 一瞬で両肘と両膝を砕かれた男は、もはや恥も外聞もなく悲鳴を上げていた。
 半包囲状態という絶対的なまでに有利な立場であったにもかかわらず、あっと言う間にリーダーを落とされた男達は混乱に陥った。全員が奇声を上げながら、2人の背後からナイフで襲いかかろうとする。
 だが2人は全く慌てる気配がなかった。振り向くと同時に、見事な体裁きで、襲いかかってきた男同士を衝突させたのである。
 誤ってナイフで仲間を刺す男達。慌てて引き抜こうとするが、それを黙って見ているほど、お人好しな2人ではない。
 即座に躊躇いなく、追い討ちをかける。その5分後には、男達はすでに呻き声すら上げられないほどに、痛めつけられて気を失っていた。
 「都古さん、やりすぎだよ?」
 「それはあんたでしょうが!私はあなたみたいに、折れた間接へ打撃を狙うような非道な事はしてないわ!」
 「僕は都古さんみたいに、股間を5回も6回も蹴り飛ばした挙句に、会陰へトドメの一撃をいれるような事はしてないよ」
 (※良い子の皆様は真似しないで下さい。会陰は人体最大の急所の一つです。入ったら悶死します)
 周囲の野次馬にしてみれば、どっちもどっちである。
 「・・・遠野、お前強いんやなあ・・・」
 「トウジか、もう終わっちゃったよ?」
 「・・・下手に混じったら足手まといになりそうやったからな。止めといたわ」
 確かにシンジと都古の実力を考えれば、妥当な判断である。
 「それにしても、喧嘩したら喉渇いたよ。都古さんは?」
 「同感ね。幸い、財布はここにあるから、迷惑料として貰っていきましょうか」
 男達の財布から、均等に数枚ずつ抜き取っていく都古とシンジ。はっきり言って手慣れている。
 その光景に、追いかけてきた少女達も唖然とするしかない。
 「ねえ、ファミレスでも行こうか。予算なら都合ついたから安心して」
 「それは強盗でしょうが!」
 アスカの怒声に、全ての人間が、同時に頷いていた。

某ファミレス店内―
 夕飯まであと2時間ほどである為、彼らは席に着くとドリンクバーと数点のお菓子を注文していた。
 「それにしても、アスカって思ったより頭が固いんだね。迷惑料ぐらい問題ないと思うんだけど」
 「思いっきり問題あるわよ!あれじゃあ強盗でしょうが!」
 「あれは迷惑料だよ。言い換えれば正当な労働に対する報酬、ファイトマネーだよ」
 「そうね、あれがあるから、お小遣い稼げるわけだし」
 頭を抱える一同。レイだけは意味が分からず、キョトンとしている。
 「それはそうと、都古さん、みんなを紹介するよ」
 シンジが簡単に紹介していく。簡単な紹介が終わった所で、注文していたお菓子が届いた。
 「私は有間都古、高校一年生なのよ。確か、そちらの惣流さんとは、三咲町で会った事があるわね」
 「覚えてたんですか?」
 「この前、シンジから近況報告の手紙がきて、思い出したのよ。あなたの写真と一緒に手紙が入ってたわ。内容は『路上で僕を押し倒し、僕のファーストキスを奪った女の子を見つけました』って」
 ブッと吹き出す一同。アスカの顔がみるみる朱に染まっていく。
 「どうして!アンタは!ロクでもない事しか!書かないのよ!」
 「いや、だって事実だし」
 「だったら、レイはどうなのよ!」
 「・・・」
 沈黙ののち、ポンと手を打つシンジ。
 「次の近況報告に書くよ。レイと初めて、アスカとは二度目のキスしましたって」
 「書くなーーーー!」
 胸元掴んでグイグイ締めるアスカ。その隣に座っているレイは、ポッと頬を赤らめている。
 「さすがシンジ君ね。お兄ちゃんの弟だけの事はあるわ」
 「確か・・・奥さん5人いる人でしたっけ?」
 ユニゾン訓練の際に聞いた話を思い出したケンスケが、確認を取る。
 「秋葉さんが正妻で、琥珀さん、翡翠さん、シエルさん、朱鷺恵さんが愛人ね。写真あるけど、見てみる?」
 「おお、是非!」
 差し出された写真に、興味を示す一同。身を乗り出して確認する。
 「・・・こう言っては何ですけど、決して凄い美形って訳じゃないですよねえ」
 ヒカリの言葉に、全員が頷く。
 「お兄ちゃんは、中身が凄いのよ。精神力がとんでもなく強いのよね。4年ぐらい前までは、長くは生きられない、そう言われていたのにね」
 「病気ですか?」
 「まあ、似たようなものね。今も完治した訳じゃないけど、それでもマシにはなっていると思うわ」
 アイスティーを静かに飲む都古。その上品な雰囲気からは、先ほどの暴れまわった気配は微塵も感じられない。
 「シンジ君も頑張りなさいよ?手始めに、そちらの2人かな?」
 「またそうやって波風立てないでよ」
 苦笑するシンジ。
 そこへレイがチョンチョンと都古の手をつついた。
 「何、どうかしたの?」
 「ここ・・・これって遠野君ですか?」
 レイが差したのは、先ほどの写真である。志貴の足下に、隠れるようにしがみつく子供が写っていた。
 「よく分かったわね、これ、遠野家に引き取られて、半年ぐらい経った頃の写真なの」
 「うわあ・・・」
 呻くシンジを余所に、再び写真に興味が集まる。シンジと思しき子供は、明らかに志貴の陰に隠れようとしている。
 「あの頃は、シンジ君恥ずかしがり屋だったもんねえ」
 「そういう問題じゃないでしょう?こっちは嫌われたくない、ってビクビクしてたんですから」
 「そりゃそうだよねえ・・・」
 自分が知らないシンジの過去を知っている都古に、アスカとレイは心に痛みを感じていた。

 再び路上へ戻った一行は、特に目的地を定める事もなく、ブラブラと歩いていた。先頭をシンジと都古が仲良く喋りながら歩き、次にアスカとレイがムスッとした表情で続く。そして最後尾をトウジとヒカリとケンスケが歩いていた。
 「・・・大変ね、あの2人も」
 「・・・そうだな。遠野に悪気が無い分、余計にタチが悪い」
 「何、言うとんのや?」
 ヒカリとケンスケがこれ見よがしに溜息をつく。シンジが都古に、ある種の感情を持っている事に、この2人はすぐに気がついたのだが、生憎トウジだけは、その手の観察力に欠けていたのである。
 「あれ?電話だ、ちょっと待って」
 立ち止って電話に出るシンジ。ディスプレイにはNERVと表示が出ていた。
 「もしもし?遠野ですけど」
 『シンジ君!赤木よ、悪いけどすぐに本部へ来て頂戴!』
 「本部ですか!?一体、何が起こったんですか?」
 シンジの発言に、アスカとレイの表情に緊張が走る。
 『良いから来て!すぐにエヴァに搭乗して!』
 「エ、エヴァですか!?使徒でも来たんですか!?」
 『良いから・・・ザーーーー』
 途切れる電話。最早、何の反応もない。
 「本部へ来てくれだってさ、一体、何があったんだろう?」
 「エヴァに乗れって、尋常じゃないわよね?」
 「・・・とりあえず、移動を」
 駆け出そうとする3人を、都古が止めた。
 「私も行くわ」
 「都古さん!?あそこは部外者は立ち入り厳禁」
 「秋葉さんからの頼みなのよ。今日、何日か憶えてる?」
 全く関係のない話題に、アスカが苛立ちを募らせる。だがシンジは瞬く間に顔を蒼白に変じさせた。
 「・・・13日・・・金曜日・・・」
 「間違いなく、本部で暴れているのはアレよ。生身で対抗できるのは、私とシンジ君ぐらいしかいないわね。それとも三咲町からお兄ちゃんでも引っ張ってくる?」
 「・・・お願いします、力を貸してください」
 急に態度を変えたシンジに、アスカが『アンタ本気!?』と声をかける。
 「みんな、悪いけど急用ができたから、ここで失礼するね」
 「あ、ああ。NERVの仕事なんやろ、頑張りや」
 「さ、行くわよ」
 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
 都古とシンジが駆け出し、その後ろをアスカとレイが追いかける。
 「一体、何があったんだろうな?」
 ケンスケの疑問に答えられる者は、その場にはいなかった。

NERV本部―
 「総員第3種対人戦闘配備!繰り返す!これは訓練などではない!総員第3種対人戦闘配備!」
 NERV本部全てに響く警告の声。至る所に設置された赤いランプは煌々と輝き、其の灯りに照らし出されながら、防弾チョッキを着込んだ保安部職員がマシンガンや拳銃を構えながら通路を疾走する。
 戦闘とは無縁の非戦闘員である職員達は、ファイルや書類を手にしたまま右往左往。第3種対人戦闘配備がテロリスト等の侵入に対する備えである事を考えれば、彼らはあまりにも愚かすぎる行動を取っている。
 事実、疾走する保安部の邪魔になり、乱暴に突き飛ばされる者達もいるほどだ。幾らなんでも危機意識が低すぎるとしか言えない。
 保安部職員を見送る職員達は、呆然と見送る事しかできなかった。保安部職員の絶叫と、爆発音にやっと危険を感じて、避難を始めるまで。

発令所―
 「大変です!現在侵入者は地下第1層を通過!第2層へ移動した模様です!」
 「硬化ベークライト第2層と第3層を結ぶエリアに注入してくれ!」
 「了解!」
 日向の指揮の下、防衛戦を展開するオペレーター達。そんな中、青葉の悲鳴が響いた。
 「侵入者の数を確認、数は・・・1名!?」
 どよめく本部。すでに撃退された保安部や警備部の職員の数は、50名を超えているのだから。
 「侵入者の映像出ます!」
 マヤの報告に、発令所の視線が集まる。
 正面モニターに映った侵入者の姿。
 それは黒いマントを頭からすっぽり被り、割烹着を身に纏っていた。その顔はマントに隠されて確認する事は出来ないが、何故か両眼だけが常にキュピーンと光っている。そして非常に特徴的な事に、何故か跨った箒で空中を自在に飛行していた。さらに爆発する火炎瓶のような物体を雨霰と降り注いでいる。
 あまりにも想像外の光景に、一同、発する言葉もない。
 その間にもモニターからは『うふふふふ・・・』という女性と思しき笑い声と、悲痛なまでの絶叫が伝えられてくる。
 「・・・な、何なのよ、あれは・・・」
 度肝を抜かれたリツコの問いに、答えられる者はいなかった。

 「NERVの防御能力、ホントに紙ですねえ」
 黒マントに割烹着姿の空飛ぶ女性は、もはや遮るものなどいない通路を我が物顔に飛行していた。目的地は地下20階層にある本部発令所。だが―
 「あらあら、こんな物で私を遮るつもりですかあ?」
 正体不明の不審人物の前に現れたのは、下層への通路を塞ぐ物体―硬化ベークライトであった。
 一度固まってしまえば、そう簡単には砕けない物体。その硬度はエヴァの行動すら阻害するほどである。
 「ふっふっふ。こんな玩具如きで、私の歩みを止める事など不可能です!参ります!」
 一瞬にしてマントを脱ぎ棄てる。代わりにその手に握られていたのは―竹箒。
 「いざ!琥珀流抜刀術奥義!」
 竹箒に仕込まれた刃が一閃。刃は硬化ベークライトを両断―ではなく、下の階層との境界となっている特殊装甲板を円形に切断。見事に下層への入り口を作り上げていた。
 「さあ!行くわよ!極悪非道の秘密結社NERV!そっくりそのまま、私が戴きます!」
 彼女は躊躇いなく闇の中へと、その身を躍らせた。

 「・・・ちょっと・・・説明ぐらいしなさいよ・・・」
 弐号機のエントリープラグ内部で、アスカは心底呆れたように同僚であるシンジへ連絡を入れていた。同じく零号機に搭乗しているレイも、無言で説明を求めている。
 「・・・何と申してよいのやら・・・あれは三咲町の都市伝説なんだよ」
 「ここは第3新東京市でしょうが!なんで、琥珀さんが暴れているのよ!」
 エヴァには乗らず、シンジは琥珀の元へ直行していた。その横を都古が並走する。
 ちなみにエヴァの中にいるアスカと、ケージから離れた場所にいるシンジが会話できる理由は、アスカが弐号機からMAGIを経由してシンジの携帯電話へ繋げ、お互いの音声を届けあっているからである。
 「実は琥珀お姉ちゃんには、昔から持病があるんだよ」
 「何、破壊衝動とでも言うの?」
 「13日の金曜日になると、世界征服を行いたくなるという病気だよ」
 押し黙るアスカ。
 「多分、NERVに触発されたんじゃないかな?自分より悪っぽい組織は許せない、みたいな感じで」
 「アンタの姉さんは、そんな事で世界に喧嘩売るのか!」
 「そういう常識的判断をするだけの理性が残っていれば問題は無かったんだけどね・・・」
 もはやアスカには、反論する気力も残っていない。
 「とりあえず、僕と都古さんで取り押さえるよ」
 「ああ、もう勝手にしなさいよ・・・」

『13日の金曜日になると、世界征服を行いたくなるという病気だよ』
シンジの言葉を聞いた瞬間、発令所には沈黙が降り立っていた。
特務機関NERVは、客観的に見ても、優秀な人間の集まりである。その彼等にしてみても、『13日の金曜日になると、世界征服を行いたくなるという病気』等という物は初耳であった。
だがそんな正体不明の病気持ちが、特殊装甲板を仕込み竹箒の一閃で切り裂き、発令所目がけて侵攻しているという事実だけは、夢でも何でもない現実である。
どことなく現実逃避の空気が漂い始めた発令所。そこへ天井の一部が落下し、轟音を轟かせる。続いて降ってきたのは、割烹着に竹箒というスタイルの美女―琥珀。
「ここが発令所ですね!」
驚くべき事に、彼女は地下2階層から発令所のある20階層までを、文字通り垂直降下してきたのである。障害物を切り裂きながら。
「さあ!悪の首領である碇ゲンドウを出しなさい!奴を私のクグツとし、過労死するまでこき使ってさしあげます!そして私こそが、真の黒幕になるんです!」
「・・・碇司令はいないわよ。あなたの弟にダルマにされてね・・・」
ボソッと呟くリツコ。
「でましたね・・・マッド赤木!
「失礼な事言わないで頂戴!ばれる様なヘマはしてないわよ!」
(・・・してるんだ・・・)
職員達は懸命にも、感想を口に出したりはしなかった。誰でも我が身は可愛いのだ。
「マッド赤木、別に謙遜する必要はありません。あなたの名前は三千世界全てに知れ渡っているのですから!
「そんな汚名はいらないわよ!そもそも私はマッドじゃない!研究熱心なだけよ!」 
(・・・そっか、そんなに有名人だったんだ・・・)
リツコの反論には一切耳を貸さず、納得する職員達。
「まあ、良いでしょう。実力行使は、私も好むところですから!」
再度、瞬時に衣装をチェンジする琥珀。
「開眼♥チャイナ琥珀!」
 現れたのは青いチャイナドレスをまとった琥珀。そのスリットの切れ込み具合に、思わずガッツポーズを取る日向と青葉。
 「やらせない!」
 そこへ追いついたシンジが、用意していた黒鍵を投擲。琥珀は間一髪飛び退り、事なきを得る。
 「追いつかれましたか・・・流石はシンジ君ですね・・・シエルさんの直弟子なだけはあります」
 「そうだ!シエルお姉ちゃんはどうしたんだ!」
 「シエルさんでしたら、睡眠薬入りのカレーで眠っていただきました。象を瞬時に眠らせるだけの青○カリを混入してみました。ぐっすりとお休みいただけましたよ?」(※良い子の皆様は真似しないで下さい。死にます)
 「・・・シエルお姉ちゃん・・・」
 額を押さえるシンジ。その隙に、琥珀が高々と叫ぶ。
 「甘いですよ、シンジ君!来なさい!NERVの予算と資材を勝手に使い、作り上げた我が最高傑作!」
 決して聞き逃す事の出来ない事を叫ぶ琥珀。すると、何故か発令所の床が真っ二つに裂け、そこからメイド服姿の翡翠そっくりなロボットが出現した。
 「「「「「赤木博士!発令所に改造なんてしないで下さい!迷惑です!」」」」」
 「私じゃないでしょうが!」
 「さあ、シンジ君!あなたの相手は、このメカ翡翠ちゃんMk−13(以下、メカ翡翠と省略)が相手をしてくれます!」
 同時に、メカ翡翠の両目がキランッと光る。次の瞬間―
 「レーザー、撃チマス」
 キュゴッ!
 メカ翡翠が目から放ったレーザーは、発令所の床から始まり、壁、天井といとも容易く切り裂いていく。まるで熱したナイフでバターを切り裂くかのように。
 そのオーバーテクノロジーに、リツコですら唖然としていた。
 「どうですか!?都市潜伏・制圧を目的とした愉快型メイド兵器!可憐なシルエットにクールなAI!男心をくすぐるドリル型ロケットパンチ!しかあも!今回の主動力であるマジカルハートは、今までとは物が違います!」
 「な、何を使ったんだよ!」
 アスカさんの乙女心!そう、好きな相手に対して素直になれないジレンマを利用しているのです!」
 ブッと吹き出すNERV職員達。
 『な、何なのよ!それは!』
 「アスカさん!この私には分かっています!あなたは秋葉様とそっくりなんですよ!志貴さんに対して素直になれず、毎回実力行使に踏み切る秋葉様と!その胸に抱えたドロドロしたその想い、この私が成就、もとい!徹底的に遊び尽して差し上げます!」
 『人聞きの悪い事言うなあああああ!』
 発令所の正面モニターに映るアスカは、すでに羞恥心で顔面どころか全身がプラグスーツと同じ色に変色している。 
 「仕方ない!都古さん、琥珀お姉ちゃんをお願い!僕はメカ翡翠を何とかする!」
 即座に黒鍵を投影し、メカ翡翠に投擲するシンジ。次の瞬間―
 キンッ!
 メカ翡翠の前に出現したオレンジの壁が、黒鍵を完全に食い止めていた。
 「ATフィールド!?」
 「ふっふっふ、マジカルアンバー琥珀に不可能などありません!私は世界でも最も優れた頭脳の持ち主なんですよ!」
 ヒクッと頬を引き攣らせるリツコ。
 その間にも、都古は琥珀に接近戦を仕掛ける。だがチャイナ琥珀は互角以上の力量を持って、都古を迎撃した。
 「メカ翡翠ちゃん!N2搭載ドリル型ロケットパンチを使いなさい!」
 「イエス、マスター」
 「「「「「ちょっと、待て!」」」」」
 あまりにも物騒すぎる命令に、発令所にいた職員全てが絶叫する。だがメカ翡翠の両腕は、すでに青白い炎を放ちながら撃ちだされていた。

 「ふう、今日も疲れたなあ。定例とはいえ、上の住人の相手をするのも疲れる」
 自分で自分の肩を叩きながら、ジオフロントへ戻ってきた冬月。その彼は、いつもと同じルートで本部へ戻り―
 「・・・何があった?」
 冬月の眼前には、文字通り瓦礫の山と化した、元・NERV本部が存在していた。その瓦礫を押しのけながら、弐号機と零号機が這いだしてくる。
 「一体、何があったのだね!」
 『・・・さあ、アタシ達にもサッパリで・・・運良く、エヴァに乗っていただけですから・・・』
 もはや事実を説明する気にもなれないアスカ。
 『・・・遠野家は鬼門・・・』
 ボソッと呟くレイ。
 そんな少女2人に対して、冬月はかけるべき声を持ち得なかった。

 翌日、NERV本部は、まるで昨日の事件等、起きていなかったかのように、元通りの姿を取り戻していた。
 その摩訶不思議な出来事に、本部勤務の職員達はカウンセラーに列を作る事となる。
 幸い、死者は出なかったため、彼らは『集団幻覚』という説明をギリギリ受け入れる事で自身の心の均衡を保つことに成功。いつも通りの日常へと戻っていく事になる。
 だが、彼らは知らない。
 マジカルアンバー琥珀を名乗った女性の影から、一滴の闇が静かに離れ、ある科学者の影の中へと溶け込んだ事に・・・
 ・・・ちゃらららら、ちゃらららら、ちゃららららんらん、ちゃらららら・・・
 (BGM:世にも奇妙な物語)

その日の夕刻―
 今日も機嫌の良い琥珀は、心をこめて夕食を作っている。
 その背中を3人の中学生と、1人の女子高生が、レオをあやしながらジッと見つめていた。
 「・・・昨日のあれは、何だったのよ・・・」
 「・・・遠野家の風物詩?・・・」
 「・・・あんな風物詩はいらないよ・・・」
 床に突っ伏す中学生トリオ。
 「それに、何で本部は直ってる訳?」
 「兄さん曰く。『そういう物なんだ、真夏の夜の夢っていうのは』」
 「アンタ、シェイクスピアに喧嘩売ってんの?」
 答える気にもなれないシンジ。その横では都古がお茶を啜っていた。
 「さてと、そろそろ私も帰ろうかな」
 「もう帰るの?」
 顔を上げるシンジ。その態度に、アスカとレイがムッとした表情を浮かべる。
 「うーん・・・すぐに戻って来そうな気もするけどね・・・知ってる?今年って、何故か13日の金曜日が、例年に比べて多いのよ」
 ピシッと固まる中学生達。
 「まあ、元気出すことね・・それからシンジ?」
 『何?』とばかりにシンジが顔を上げる。その唇に、都古が悪戯めいた表情を浮かべながら、人差し指を押しつけた。
 「これは御褒美、頑張りなさいよ!」
 そう言い残すと、都古は席を立った。やがてバタンというドアの閉まる音が聞こえてくる。
 「・・・何が御褒美だったんだろうねえ?・・・何で、殺気を向ける訳?」
 紅と蒼の少女から、純度100%の殺気を向けられ、本気で命の危機を覚えるシンジ。
 彼は知らない。
 都古が押しつけた人差し指は、押し付ける前に、彼女が自身の唇に触れていた事を。

遠野物語番外編2へ続く?



Fin...?
(2010.08.21 初版)


(あとがき)

 紫雲です。番外編もお読み下さり、ありがとうございます。
 久しぶりに突撃チャイナガール都古の登場です。彼女は秋葉から琥珀の暴走を止めるアルバイトを受けて第3新東京市に来たという設定です。今回は顔見せ程度でしたが、次回からはもっと派手に動かします。
 それから勘の良い方は気付いたでしょうが、今回は参考資料として桐嶋たける先生のメルティブラッドを使っております。琥珀のメカ翡翠の紹介の台詞は、まんま流用してます。個人的に桐嶋たける先生の作品は好きでして・・・どうしても使いたかったんです、ごめんなさい。
 それと13日の金曜日についてですが、多い時には年に3回発生する年があります。ちなみに2015年は3回発生する年ですw残念ながら2・3・11月なので、そのまま当てはめるのは不可能でしたが・・・ちょっと残念でした。
 次回の番外編第2話ですが、タタリに侵食されたマッド・リツコと、マジカルアンバー琥珀が、第3新東京市を舞台として全面戦争を始めます。アップはレリエル戦の後の予定です。
 それでは、また次回、番外編第2話もよろしくお願い致します。



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