※時間軸的には、シンジのサルベージ後からアラエル戦までの間です。



遠野物語

番外編

V

presented by 紫雲様




NERV本部ケージ―
 「2人とも本気なの?」
 愛機を前に、プラグスーツ姿で佇む少女達を前に、シンジは問いかけていた。
 「当然でしょ!この前みたいな無様な姿を晒したくないのよ!」
 「アスカの言う通り・・・私達は負ける訳にはいかないのよ」
 普段から強気なアスカはともかくとして、物静かなレイがいつになく自分の意見を無理やり押し通そうと、強情を張っていた。
 その姿に、シンジは額を押さえながら大きなため息をつく。
 「・・・そう、頑張ってね・・・」
 ケージから立ち去る少年を見送りつつ、少女達は決意も新たに愛機へ搭乗した。
 「レイ、覚悟はいいわね」
 「ええ。この手に勝利を掴むまで、私達に油断は許されないのよ」
 LCLにその身を沈め、緊張を体中に張り巡らす。
 万が一、事前工作が行われていた時の事を想定し、マヤに頼んでエヴァの緊急点検も実施済みである。
 少女達は、その時が来るのを待っていた。

 「あら、随分早かったわね」
 「しょうがないよ、こっちの言うこと、全く聞くつもりないんだから」
 パイロット控え室に戻ってきたシンジは、ポットから急須へお湯を注ぐと、慣れた手つきで湯呑にお茶を注ぎ始めた。
 それを受け取ったもう一人の人物―有間都古は緑茶の香りを楽しみながら、壁にかけられた時計に視線を向ける。
 「シンジの準備はいいのかしら?」
 「問題ないよ。それに、今回はNERVにも全面協力してもらってるからね。本部内部には保安部と作戦部を配置、ジオフロントには無数の罠を設置。その上で市街地には戦自の1個師団を配置して貰っているんだよ?」
 「貴重な時間稼ぎの為にね」
 からかうような口調の都古の言葉に、図星を指されたシンジが黙り込む。
 「・・・僕は、どうして都古さんがそこまで楽しがっているのか、それが気になるんだけど」
 「ま、ちょうどいいお小遣い稼ぎだからね」
 グイッとお茶を飲み込むと、都古は勢いよく立ちあがった。
 「さあ、やるわよ!」
 「・・・そうだね」
 対照的な姉弟コンビの耳に、大音量の警報が飛び込んできた。

NERV本部発令所―
 「状況は!」
 「現在、第3新東京市市外地にブラッドパターンMを確認!戦自の地上先遣部隊との予測交戦地点まで、約5分と推測されます!」
 「戦自から通信!モニター切り替えます!」
 青葉の操作に従い、正面モニターが切り替わる。そこに映ったのは、胸に重そうな勲章をいくつも着けた、初老の老人である。
 「お初にお目にかかります。私はNERV作戦部部長、日向マコト一尉であります!」
 『私は戦略自衛隊所属、佐久間准将だ。君達から要請は受けている。なんでも、自慢のお人形では太刀打ちできないモノが出現したと聞いたが?』
 多少の嫌味がスパイスされた挨拶に、日向が顔色一つ変えずに対応する。
 「エヴァは対使徒用決戦兵器です。もともと人間サイズを相手にできるようには設計されておりません」
 『ふん、まあいい。私自ら鍛え上げた一個師団の前には敵などおらんよ』
 ガッハッハッと豪快に笑った後、ブツンッと切れる映像。明らかに、戦自側からの一方的な通信中断である。
 「おい、マコト」
 「大丈夫だよ、シゲル。これぐらいで怒るほど、僕は馬鹿じゃない。それより戦自が貴重な時間を作って下さるんだ。今の内に準備と情報収集に専念してくれ」
 「了解、あのおっさん、高血圧持ちみたいな顔してたからな。血管が切れなきゃいいけどな」
 正面モニターに戦自の戦力を示す⇒が浮かぶ。いくつか浮かんだ⇒の内、一つだけがMという表示に向かって移動を開始した。

 そして10分後―
 
 「戦自から通信!正面モニターに映します!」
 青葉の操作に従い、画面が切り替わる。そこに映ったのは、先ほどまで映っていた佐久間准将ではなかった。
 『緊急連絡、申し訳ありません!私は戦略自衛隊所属、木島曹長であります!』
 「・・・佐久間准将はどうしたんだ?他の上級幹部は?」
 『誠に申し訳ありません!佐久間准将を始め、全ての上級幹部、ならびに尉官以上の全士官は対象の侵攻を止めること叶わず、戦場に散りました!』
 「・・・そうか。多分、彼らは死んでないから、君も避難した方がいい。そこからなら北西300メートル地点に第4シェルターがあるはずだから、そこで体を休めてほしい」
 『ありがとうございます!それでは、失礼させていただきます!』
 敬礼の後、通信を切る木島。責任者である佐久間准将と違い、丁寧な対応である。
 「日向君、シェルター解放しておくわよ」
 「良い奴だったな、もし越権行為を理由に首になったら、NERVでスカウトしてやれないかな?保安部に入れて、チルドレンの護衛とかさせれば、良い仕事してくれそうだぜ?」
 「そうだな、あとで副司令に相談してみよう」
 ⇒が全て消え、市街中心部に向けて移動を開始したMの字を見ながら、日向はどう迎撃

第3新東京市、市街地―
 「さすがね、この私がライバルと認めただけの事はあるわ」
 「ふふ、ありがとうございます。でも、そちらこそ余裕がおありのようで」
 戦自の精鋭を一蹴した2人は、朝焼けをバックに我が物顔に片道3車線の道路を闊歩していた。その姿を出勤途中のサラリーマンや、朝練に向かう学生、飼い犬を散歩させている一般市民が遠巻きに眺めている。
 「それで、今回の目的は」
 「もちろんNERV本部の占拠ですよ。私は黒幕の座を手に入れたい。あなたは無限の研究資金を手に入れたい。私達は共闘が可能なんです!」
 「そうね。その通りだわ!」
 かつて2度にわたってNERV本部を陥落寸前―というか施設壊滅にまで追い込んだ割烹着の悪魔ことマジカルアンバー琥珀と、NERVが世界に誇るマッドサイエンティスト赤木リツコの共同戦線という異常事態が、今、NERV本部を襲おうとしていた。
 
NERV本部発令所―
 「対象は本部まで時間距離にして10分の地点にまで到達しています!」
 「エヴァ2機をジオフロントに射出!ジオフロントで迎撃戦を展開する!本部戦力はMAGI の誘導に従い、迎撃戦の準備に入らせろ!武装は携行用対地迎撃ミサイルまで許可する!兵装ビルは対地迎撃ミサイルをメインに使用だ!」
 「了解!エヴァ零号機と弐号機を射出します!」
 モニターにリフトへ移動する2体の巨人が映し出される。
 「シンジ君には隙を見て2人を捕縛するように連絡!」
 「了解!」
矢継ぎ早に下されていく指示。間近に迫ったその時を目前にして、職員達の視線がモニターに集中する。
「目標・・・きます!」
マヤの悲鳴じみた報告。同時に耳を劈くような轟音と、激しい揺れが立て続けに本部を襲った。
よほど大きな衝撃だったのか、正面モニターは砂嵐の状態である。
「状況報告!」
「は、はい!・・・ウソでしょ!?」
MAGIの情報を目にしたマヤが、驚愕で言葉を失っていた。
「伊吹二尉!状況を報告!」
日向の怒声に、正気に戻るマヤ。慌てて『正確に』状況を報告した。
「ジオフロントの天井部分―第3新東京市の該当する地上部分全てが、落下しています!ジオフロントに埋設したN2地雷、全てが誘爆!トラップは全滅です!」
「エヴァは大丈夫か!」
「エヴァは零号機・弐号機ともに健在です!」
砂嵐が収まる正面モニター。そこには、雄々しく立ち上がる2体の巨人が映っている。
「緊急報告!対象、パターンMの反応あり!」
「場所は!」
「エヴァの正面、500メートル地点です!」

ジオフロント―
 「派手にやってくれるわねえ、あの2人。レイ、調子はどう?」
 「大丈夫、問題ないわ」
 「オーケー、頼りにしてるわよ」
 弐号機がプログナイフを構え、零号機がパレットライフルを構える。その視線の先には、もうもうと立ち込める土埃と、その前に立つ金髪の美女の姿があった。
 「リツコ!ここでアンタを倒させてもらうわ!」
 「フフ、面白い事を言ってくれるわね。でもいいわ。私も研究の成果を見せてあげたいのだから、喜んで相手をさせてもらうわよ?」
 スッと右手を上げるリツコ。その手に握られていたスイッチのような物を、ポチっと押す。
 「・・・な、何!リツコ、アンタ何したのよ!」
 「こんな事もあろうかと、弐号機のエントリープラグに仕掛けておいた、私オリジナルの薬物を流しただけよ・・・琥珀さんにも手伝ってはもらったけどね」
 「そんな!マヤが点検した筈よ!」
 「弟子が師匠に勝てる訳ないでしょう」
 フウッと紫煙を吐き出すリツコ。
 「か、体が・・・」
 「エヴァを壊されてはたまらないから、強制射出させてもらうわよ」
 弐号機のエントリープラグが強制排出される、続いて、プラグの中から転げ出てくるアスカ。
 「リツコ・・・アンタ・・・」
 「安心しなさい。別に命に害はないわ。ただ・・・」
 リツコの言葉に不安を感じたアスカを、更なる熱さが襲う。
 「琥珀原案、赤木リツコ謹製まききゅーX改。効果は単純。言葉遣いが少し変わって、存在概念その物に影響を与えるのが特徴なの。プラグスーツもアスカと言う一存在に含まれるから、影響を受けるって訳。具体的にはプラグスーツの外見が変わって、アスカが大きくなるだけなんだけどね」
 「大きくって、どれぐらいよ・・・」
 「エヴァサイズ」
 「フザケルニャアアアアア!このマッド!」
 一瞬にしてエヴァと同サイズにまで巨大化するアスカ。
 「完璧ね」
 アスカが自らの誇りとして身につけているインターフェイスは、いつの間にか猫耳の形に変化。プラグスーツも三毛猫をイメージしたと思われるデザインへと変化している。
 「開発コード:ジャイアント・にゃんこ・アスカ(以下、Gアスカと省略)。両手両足には肉球完備。触り心地まで、完全に再現。我ながら良い仕事をしたわね」
「は、早く戻しニャさいよ!」
「これの事かしら?」
ポケットからアンプルを取り出すリツコ。それを慌てて奪おうとするが、リツコの手のひらからアンプルは零れおち―
「あら、危ない危ない。もう少しで割れちゃう所だったわ。このアンプル、これだけしか作れなかったのよね」
「・・・この・・・」
「そうね。取引と行きましょうか」
悪魔のような笑みを浮かべるリツコ。その視線は零号機へと向けられている。
「まさか・・・」
「正解。賢い子って好きよ。さあ、Gアスカ、元に戻りたければ零号機を倒しなさい」
「リツコ!アンタ!」
わざとらしくアンプルを弄ぶリツコ。その態度に、さすがのGアスカも悔しげに歯ぎしりする。そのままクルッと振り向いた。正面に零号機を捉える。
「・・・アスカ、本気?」
ジリッと零号機が後ずさる。
「ほら、Gアスカ。早くしなさいよ。まあ大きいままでも良いのなら、何もしなくていいけどね・・・でもまあ、少しぐらい後押ししてあげましょうか」
その言葉に首を傾げるGアスカとレイ。だがリツコが取り出した一冊のノートを目にした瞬間、Gアスカの顔が真紅に染まった。
「リツコ!殺すニャア!」
「えーと、適当に開いて、と・・・○月×日、昼寝をしていたシンジを発見。周りに誰もいなかったので」
「それ以上、読むニャアアアアアア!」
全力で突撃するGアスカ。それをリツコがヒラリとよける。
勢い余ったGアスカは、地上から落下してきた兵装ビルに頭から突っ込む。3つほど兵装ビルが倒壊し、モウモウと土埃が湧き上がる。その中から、怒り狂ったGアスカが立ち上げる。
「さあ、アスカ。零号機を倒すのよ。さもなくば、あなたの日記が全世界中に知られると思いなさい」
「レイ・・・アタシの為に死んでニャ!」
 「アスカ!?」
 零号機にGアスカが飛びかかる。2体の巨人は互いに組み合ったまま、ゴロゴロと転がった。凄まじいまでの地揺れと轟音が、ジオフロントを支配した。

NERV本部内部―
 本部内に迎撃戦力として配備されていた作戦部と保安部の両職員は、重火器を手にして侵入者迎撃の実行中であった。
 携行型対地迎撃ミサイル、マシンガン、バズーカ、ハンドガン、実に何でもありの状況だが、圧倒的なまでに侵入者側に分がある。
 ミサイルや弾丸の雨嵐を、全て紙一重でかわしながら懐へと飛び込む琥珀。その手にした仕込み箒の居合による一閃は、一撃で2桁に及ぶ犠牲者を次々に生み出していく。
 「ふっふっふ、安心して下さい。いずれは私の下僕となる皆さんですからね、ちゃんと手加減して峰打ちにしていますから♪」
 ・・・特殊装甲板を斬り裂くほどの仕込み刀で、なおかつ居合でどうやって峰打ちにしているのかは謎である。
 僅か5分ほどの時間で、迎撃戦力を完全に壊滅させた琥珀。その場を後にしようとしたが、彼女は咄嗟に飛びのいた。それに刹那の差で遅れて、無骨なデザインの黒鍵がザクザクッと音を立てて大地に突き刺さる。
 「思ったよりも遅かったですね、シンジ君。都古様もいらしていたんですね」
 「琥珀さん、あなたの相手は私よ」
 遠距離戦―というか空飛ぶ箒からの絨毯爆撃をされては不利と判断した都古が、即座に懐へ飛び込む。
 胸部を狙って放たれた掌手を、クロスガードで防ぐ琥珀。そこへ左足でローキックの追撃を仕掛ける都古。その鋭い一撃を飛び上がってかわす琥珀だったが、それを読んでいた都古が本命のハイキックを放つ。
 かろうじて左腕一本で凌ぐ琥珀だったが、間断なく攻め立てる都古の攻撃の前に、いつもの軽口を叩く余裕もない。
 「行きなさい!シンジ!琥珀さんは私が相手をするわ!」
 「わかった!」
 そう言うと、シンジは少女達が戦っているであろうジオフロント目指して駆け出した。

ジオフロント―
 「レイ!アタシの幸せとプライドの為に死んでニャアアアアア!」
 「アスカ!?」
 Gアスカが得意技の踵落としを零号機目がけて放つ。それを零号機がATフィールドで食い止める。
 「チッ!さすがにATフィールドは破れニャいわね・・・」
 自らの尊厳を守る為、レイを手に掛ける事すら厭わないGアスカの攻撃に、内心では冷や汗をかいていたレイが、珍しく軽口を叩く。
 「無様ね」
 「うるさいニャ!」
 激昂するGアスカ。そもそも原因はリツコなのに、怒りの矛先はレイに向いている。
 「ちょっと、リツコ!アンタ、武器とかはニャいわけ!?」
 「武器が欲しいのなら、弐号機のプログナイフを使えば良いでしょう?・・・まあ、出力を上げる事なら可能なんだけど」
 「それでいいニャ!出力を上げて、さっさと終わらせてやるニャ!」
 「そう。それじゃあ・・・ゴホン。△月●日。お風呂に入ろうとしたら、脱衣所にシンジのシャツが脱いであったので」
 「リツコ!」
 「だから、出力を上げてほしいんでしょう?これ以上、辱めを受けたくなければ、火事場の馬鹿力でもなんでも発揮してちょうだい。早くしないと・・・MAGIで流すわよ?」
 目の前に降臨していた金髪の悪魔を前に、顔を全身を真紅に染めるGアスカ。
 クルッと振り向くと同時に、零号機目がけて突撃を開始する。
 「負けてらんニャいのよおお!この、アタシはあああああ!」
 己の尊厳をかけて、Gアスカが零号機のATフィールドを破るべく、弐号機のプログナイフを振り下ろす。
 「アスカ!あなた、遠野君のシャツをどうしたのよ!」
 「それ以上、口を開くニャアアアア!」
 「アスカ、早くしないと、あなたの秘密、全て暴露されちゃうわよ?」
 「止めるニャアアアア!」
 両目に涙すら浮かべながら、必死の形相で襲い掛かってくるGアスカの気迫に、本気で恐怖を感じたレイが無言で後ずさる。
 「エ、ATフィールド・・・全開!サハクイエル、力を貸して!」
 S2機関を稼働させ、全エネルギーの全てをATフィールドに注ぎ込む。肉眼でもはっきりと目視できるほど強固なATフィールドが出現した。
 「レイ!アンタ正々堂々と戦いニャさい!こっちはATフィールドニャんて使えニャいんだから!」
 「・・・全ての力を使って戦うことこそ、実力を認めた相手に対する正々堂々とした戦いなの・・・」
 「この卑怯者おおおお!」
 両手を使い、プログナイフを逆手に持ったGアスカが、ガッツンガッツン音を立てて、オレンジの壁に刃を突き立てる。
 「・・・□月◇日。シンジとお茶を飲んでいたら、インターホンが鳴ったので、シンジが席を離れた隙に」
 「イヤアアアアアア!嫌われたくニャいのおおおおおお!」
 号泣しながら、全力でナイフを振り下ろす少女の姿を、レイは零号機の中からジッと見つめていた。
 (・・・この気持ち・・・何?・・・そう、私はアスカに同情しているのね)
 完全にリツコの玩具と化した同僚の姿に、レイは憐れみすら感じていた。

NERV本部発令所―
 正面モニターに映る光景に、大人達は成す術もなかった。
 エヴァと同サイズまで巨大化され、号泣しながら零号機と取っ組み合いを続けるGアスカ。
 もう一つは本部内の通路を木っ端微塵に砕け散らせながら、一進一退の接近戦を続ける琥珀と都古。
 彼らに残された切り札は、人類最大最強戦力であるエヴァ初号機をもって介入する事だけだが、肝心のパイロットはリツコを止める為に単身、戦場へ向かって移動中。稼働させたくても、稼働させられないのである。
 「こうなってしまっては、シンジ君がどれだけ早く赤木博士を捕縛できるかどうか、そこにかかっている。シンジ君の戦場への到達予測時刻は?」
 「MAGIによれば、あと20分です」
 「長すぎるな。館内マップを出してくれ」
 ピッと音を立てて、本部内の地図が現れる。
 「よし、緊急避難通路の5番と78番を解放。シンジ君を誘導してくれ。そうすれば10分は早くできる」
 「了解しました」
 日向の指示通りに行動を始めるマヤ。そこへ青葉が叫び声を上げる。
 「マコト!連中がターミナルドグマに向かっているぞ!」
 「何だと!?」
 青葉の操作に従い、正面モニターが切り替わる。そこにはターミナルドグマへ一直線に続く通路―というかメインシャフトを自由落下しながら接近戦を繰り広げる二人の姿があった。
 琥珀が箒にまたがり空中戦を展開している。対する都古はといえば、三角飛びを応用する事で、壁面を蹴りつけながら琥珀と戦いつつ、ターミナルドグマに近づいていた。
 「このままだと、あと5分でターミナルドグマに辿り着くぞ!」
 「・・・初めてターミナルドグマ侵入者が、使徒ではなくて、あの2人なのか・・・喜んでいいのやら悲しんでいいのやら、僕には分らないよ」
 「安心しろ、俺もだ」
 皮肉に満ちたサムズアップで応えた親友の言葉に、日向は諦めにも似た境地でモニターを眺めていた。かつての上司のように、ビールでも飲んで現実逃避したいなあ、と考えながら。

メインシャフト―
 「やりますね、都古様!ですが、遊びはそろそろ終わりです!」
 都古の飛び蹴りをかわした琥珀が、都古の背後から攻撃を仕掛ける。それを避けるために琥珀がいない方向へ三角飛びを行ったのは、戦術上、仕方がない事であった。
 だが琥珀の狙いはそこにあった。
 即座に戦線を離脱。最大戦速でターミナルドグマを目指す琥珀。都古も慌ててあとを追いかけようとするが、自在に空中を飛行できる琥珀と、三角飛びで落下を調整しながら追いかける都古とでは、速度にあまりにも差がありすぎる。
 瞬く間に都古の視界から消え去った琥珀は、目的地―ターミナルドグマへの侵入を果たしていた。
 「ここがNERV最大の秘密の場所・・・楽しみですねえ・・・」
 出入りを遮る特殊装甲板でできた扉を、仕込み箒の一閃で琥珀が切り開く。
 「見つけましたよ・・・これが第2使徒、リリス・・・」
 琥珀の眼前には、ロンギヌスの槍に貫かれ、顔には紫の仮面を着け、磔にされた巨人の姿があった。
 「確かここに・・・ありました!これを注射すれば、全て解決です!」
 琥珀は懐から注射器―中身は青色の蛍光色で、断続的に光を放っていた―を取り出すと、躊躇いもなく、巨人にその中身を注入した。

ジオフロント―
 そこには地獄があった。誰もが目を覆うほどの惨状が出現していたからである。
 もはや勝機どころか、正気すら失ったのでは?と思われるほどに、狂気に満ちたGアスカの顔を見れば、誰もが地獄だと頷くだろう。
 そこへ、足もとから激しい揺れが近付いてきた。
 やがて二つに裂かれるジオフロントの大地。そこから現れたのは、やはりエヴァサイズの巨人であった。だが、その姿は―
 「・・・メイド?」
 「そうです!これこそ私の最終兵器!第2使徒リリスを玩具にして作り上げた、御町内制圧型愉快兵器ゴッド・メカ翡翠ちゃん(以下、Gメカ翡翠と省略)です!S2機関も、ATフィールドも完備してますよ!」
 Gメカ翡翠の肩に立って高らかに笑っているのは琥珀である。
 「さあ、赤木博士!今こそ最終作戦を発動させるのです!」
 「いつでもいけるわ!」
 「分りました!では・・・SEELE議長キール・ローレンツに命じます!今すぐNERVの全権限を私に与えなさい!加えて、赤木博士を副司令に命じるのです!」

SEELE―
 「・・・なんなのだ、これは・・・今日は4月1日ではないぞ?」
 議長席でボヤいているのはキール議長その人である。
 「然様。ですが・・・」
 「うむ。我らを脅迫するなど、万死に値する。だが・・・」
 「いかに我らといえども、経済力を奪われてしまっては・・・クソ、どうしてこんなことになってしまったのだ!碇の奴は、何をしている!」
 彼らにも詳細は不明なのだが、今のSEELE参加メンバーは、全くの無一文の状態であった。朝起きたら、急にお金が消えていたのである。銀行の預金残高や有価証券、不動産等に至るまで、あらゆる金銭が消えていたのだ。
 「第2使徒リリス、セカンドチルドレンを玩具にされ、良いように翻弄されるとは、NERVも地に墜ちたものだ」
 「碇も失踪したまま。この際、更迭すべきでは?」
 「そうだな。現時刻を持って碇ゲンドウをNERV司令の任から外す。当面は冬月に職務を代行させるのだ」
 「・・・確かあの女が着ている割烹着とはジャパニーズ・メイドの仕事着だと聞いている。そのような下々の者に手玉に取られるような小物は必要ない」
 全くだとばかりに頷く老人達。ストレス解消の矛先を、碇失脚に向けて心を落ち着かせる。
 その間も、彼らの前に置かれたディスプレイでは、琥珀が高笑いしながら暴れている。
 「・・・だが、あの割烹着は悪くない。このオリエンタルな雰囲気が、メイドに見慣れた私には、とても新鮮に映る・・・」
 「さすが、議長。実は私も同じ事を考えておりました」
 「君もか。よし、この件が終わったら、我が家のメイドの制服を、割烹着で統一させてみるか」
 意外にマニアックな老人達であった。

ジオフロント―
 やっとの思いでジオフロントに辿り着いたシンジが見た光景は、彼を絶句させるだけのものであった。
 エヴァと同サイズのGメカ翡翠。その肩には琥珀が乗っている。
 肉眼で目視できるほど、強固なATフィールドを展開している零号機。
 その零号機目がけて、顔中を涙と鼻水でグチャグチャにしながらプログナイフを振り下ろしているGアスカ。
 さらに後ろで紫煙をくゆらしているリツコ。
 とりあえずは元凶の1人であるリツコを確保するべく、行動を起こすシンジ。リツコが背後に気配を感じて振り向こうとした時には手遅れだった。
 首筋に手刀を受けて、一撃で気絶するリツコ。
 その光景に、Gアスカとレイが、やっと解放されたとばかりに歓声を上げる。
 「な、何なんだ」
 その時、彼はリツコの足元に落ちていた一冊のノートに気がついた。何気なく拾い上げごく自然な動作で中身に目を通し始めた彼の姿は、周囲の光景に完全に溶け込んで、僅かな違和感すらも感じさせなかった。
 読み進めるうちに、ゆっくりと顔を赤らめていくシンジ。
 遅まきながら、それに気づいたGアスカが、シンジを指さした。
 「・・・そ、それ・・・」
 「え、えっと・・・」
 沈黙が世界を支配する。
 最初、シンジはこのノートは悪戯だと思っていた―というより、悪戯だと信じたがっていた。
 だがシンジの魔眼は、それを徹底的にかつ迅速に、容赦など一片の欠片もなく真実を暴いていく。
 「こ、これ、返すね・・・僕は何も見てないから、うん、僕は拾っただけだから。アスカが僕が寝ている間に抱きついたりとか、僕のシャツを」
 「イ・・・イヤアアアアアア!」
 暴走するアスカ。彼女が願ったのは、全て消えてしまえ、という乙女としてはあまりにも普通の願いだった。
 そして破壊神が出現した。

 「ふう、これが最後の墓参りになるんだろうか・・・」
 己の罪を悟り、贖罪を求めた老人―冬月は、かつての教え子の墓参りを行う為に、今日は有給を取っていたのである。
 「やはり、子供達の未来を切り開く為には、あの方の力が必要か・・・シエル二尉を通じて、早めにコンタクトを取らねばならんな」
 贖罪を行えば、自分が命を落とすであろうことは、彼も理解していた。だが彼は、それを恐れようとは思わなかった。
 かつて難民を救うために免許もないまま医師として働き、SEELEを敵に回すことすら厭わなかった高潔な精神が、その両眼を光輝かせていた。
 「明日から忙しくなるな。今日はゆっくりと・・・」
 彼の目の前には、理解しがたい光景が映し出されていた。
 第3新東京市があったはずの場所に、巨大な穴が出現していたからである。
 慌てて穴の淵に駆け寄る冬月。そこから、ジオフロントが見えていた。
 最初に気がついたのは3体の巨人。一つはエヴァ零号機。理由は不明だが、何故かジオフロントの片隅で頭を抱えて小さく縮こまり、ガタガタと震えている。
 一つはメイド姿のエヴァサイズの巨人。彼も信じたくはないが、見た目の質感と色からして、材料となったのは地下にいた巨人だろうと彼には分ってしまった。それが四肢と頭部を引き千切られ、更には胴体を木っ端微塵に粉砕された挙句に、南極から運んできたロンギヌスの槍で頭部を磔にされていた。そんな非常識な光景ではあるが、彼の明晰な頭脳は目の前の光景を現実だと認識させていた。
 最後はうつ伏せになりながら、号泣しているセカンドチルドレン。その言葉使いからして、多少幼児退行している雰囲気が感じられた。理由は分らないが、何故かエヴァサイズである。その顔の辺りに立って、必死で慰めているらしい、教え子の忘れ形見の姿が見えた。
 ポケットから携帯電話を取り出す冬月。慣れた手つきで電話をかける。
 『・・・冬月副司令!』
 「日向君か、一体、何があったんだね?」
 『・・・秘守回線でも話せません。まずは発令所までお越し願えないでしょうか?』
 「分かった、すぐ向う」
 携帯電話をポケットにしまうと、冬月は額を押さえながら発令所へと向かった。



Fin...?
(2010.11.06 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読みくださり、ありがとうございます。
 今回はメルティ・ブラッドネタを大量に取り込んでみました。結果はこんな大惨事wもはや説明の必要などありません。言い訳の必要はあるかもしれませんが。
 ぶっちゃけ、番外編はこれで最後なので、徹底的に遊ぶつもりではいたんですけどね。楽しんでいただければ幸いです。
 話は変わって、次回です。
 次回はSEELE戦前編。冬月によって追い込まれたSEELEが、情報戦を仕掛けてきます。それに対抗すべく、NERVも動き出しますが、後手に回った分、不利な戦いを強いられていきます。
 冬月の暴露により、一部の暴徒化した民衆に襲撃を受ける子供達。
 NERVにとっても都合の悪い『レイの素性』という情報を暴露され、それに対抗したくても対抗できないNERV首脳部。
 更には全世界に暴露される、シンジの虐待という過去の真実。
 四面楚歌になりつつあるNERV。それを救うべく、表舞台に立ちあがる真紅の鬼女。
 最終話まで、残り2話。もうしばらくの間、お付き合いください。
 それでは、また次回もよろしくお願いいたします。



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