第十話
マグマの中の卵
presented by 蜜柑ブタ様
使徒というのは形もヘントコだが、怪獣と違って何の前触れもなく出てくるから準備が大変だと、地球防衛軍の誰かが疲れたように言った。
「資料映像をお見せします。」
地球防衛軍の会議室には、基地の司令部他前線で部下達を率いて戦う階級の高い軍人達も集まる。
その中には、ゴードンもいた。ちょうど独房での謹慎が終わり、今回の会議に参加しているわけだ。
恐らく現場側で、もっとも強く、もっとも頼りにされている男。
損害を考えず成果を出すため上層部に疎んじられていても、それ以上に頼りにもされているのは事実だ。彼にはそれだけの力と実績があり、なおかつ彼に信頼を寄せる部下達がダントツで多い。さらに一番下の兵士からの叩き上げであることもあり、キャリアでのし上がった同じ階級の人間達からは目の敵にされている。
ゴードンが自分に向けられる眼を無視して堂々とした態度で椅子に座っていると、やがてモニターに映像が映された。
それは、火山調査の機関から提供された映像で、そこに映っていたのは。
膜で覆われた使徒と思われる巨大な生物だった。
透き通って見えるその姿は、かなり成体に近いもので、これは卵というより蛹といった方が合っているかもしれない。
映像を見て会議場がざわざわと騒がしくなった。
ゴードンは、映像を睨みつけ、どっしりと椅子に座りなおした。
「これは、浅間山のマグマの内部の映像です。浅間山で火山の観測を行っていた研究所からの映像です。ご覧のとおり、これは、生物……、いえ、使徒です。」
「我々地球防衛軍の研究所の解析でも、パターン青と表示されました。使徒で間違いありません。」
白衣を着た研究所の責任者が資料を片手にそう説明した。
「使徒の幼体ということですか?」
「そういうことになります。いつからこの使徒が浅間山のマグマの中に潜伏していたのかは分かりませんが、まだ孵化すらしていません。」
「問題なのは、この使徒が見つかった深度が1780メートルなのです。この映像を撮影のためにマグマ用の潜水機器が深度の限界を超えて失われる損害が出ました。海とは違います。灼熱のマグマなのです。地球が生きていることの証明というべきこの赤くドロドロに溶けたマグマ中に、この使徒が! 潜んでいるのです!」
白衣を着た研究所の責任者の男が大げさな身振り手振りで説明しながら机を拳で叩いた。
「ゴジラは、まだこの使徒の存在に気付いていないと思われますが…、時間の問題でしょうな。もし、仮にゴジラが浅間山に向かい、この使徒を殺そうとした場合、どうなるか、みなさん! 想像できるでしょうか!」
大げさな身振り手振りで顔を焦りと恐怖による混乱から興奮し、顔を真っ赤にした研究所の責任者が司令達や、現場の責任者の軍人達に問うた。
「ゴジラなら、…火山ごと使徒を駆逐すんじゃねぇのか?」
静かになってた中、ゴードンが言った。
「その通りだ!」
研究所の責任者は、答えを出したゴードンを指さして叫んだ。
「35年前のゴジラなら、できたかできないかであろうが、今のゴジラならそれぐらい簡単なことだ! 通常の熱線でも威力が上がっているのに、赤い熱線…、いやそれ以上の威力のある熱線で火山を吹き飛ばし噴出するマグマから放り出された使徒を奴は殺すだろう! だが火山をひとつ破壊され、マグマを大きく刺激されたらどうなるか! この国は…、日本は火山国だ! 四つのプレートの上にできた火山災害と地震災害の多い土地なのです! 活動している火山の数…、休火山…、そのすべてが影響された時にもたらされる災害は、セカンドインパクトに比べれば微々たるものかもしれないが、日本、そして隣国のアジア諸国に影響を与えてしまうのだ! 皆さん! ゴジラに、この使徒を殺させてはいけない!」
「落ち着いてください。あなたの言いたいことは十分伝わりました。」
波川に宥められ、助手に水を渡された研究所の責任者は席について息を整えはじめた。
「先ほどの科学・技術部からの説明の通り、これまで我々地球防衛軍は、使徒をゴジラに殲滅させてからゴジラと戦うという流れを基準に戦ってきましたが、今回は絶対にそれはできません。」
「波川司令! この使徒を先に殲滅することは可能なのですか!?」
「残念ですが、使徒のいる深度が深すぎます。それに使徒にはATフィールドというエネルギーシールドがあり、並の武器では殺傷するのは困難。この使徒は、蛹の状態で、いつ羽化するか分からないですが、羽化すればどういう動きをするか、まだ不明です。ただ使徒はほぼ必ず第三新東京を目指します。恐らくこの使徒も第三新東京を目指すでしょう。」
ほぼ、というのは、使徒ガギエルが第三新東京とは関係ない場所に出現したからだ。
「波川司令、過去ゴジラは、海底のマントルを通過して休火山の富士山から出現し、富士山を噴火させた前歴があります。活火山の浅間山に同じ方法でマグマ内部の使徒を殲滅する可能性があるのでは?」
挙手した男がモスラとバトラの一件でゴジラが富士山から出てきて噴火させたことを交えて意見を述べた。
「その可能性もシュミレート済みです。防衛軍が保有するスーパーコンピュータ、並びに機龍フィアのDNAコンピュータから算出した確率では、ゴジラは、浅間山へ正面から来る可能性がもっとも高いと出ています。」
「正面からの正攻法か…。」
「まあ、ゴジラらしいと言えばらしいが…。」
過去のゴジラの行動や防衛軍と怪獣との戦いで、ゴジラが真っ向勝負を好み、小細工を好まない傾向があることは証明されている。35年ぶりに復活してから使徒を殲滅するにあたっても、不意打ちのような小細工はしていない。例外としてガキエルは、自らがエサとなって轟天号を巻き込もうとしたので逃げるような形でゴジラに追跡されていたが、結局ゴードンの策で海底火山で炙られて黒焦げになるほどの痛手を負わされて耐えきれず退散し、追いかけてきたゴジラにあえなく殲滅されてしまった…。
現時点でゴジラを探すのに特化した最高精度を誇る椎堂ツムグの遺伝子から作られたDNAコンピュータの出した答えは、ゴジラが離れた場所にある海底のマントルを通らず陸上から浅間山へ来る可能性がもっとも高いということ。
先ほどあった科学部門の説明もあったが、セカンドインパクトを経て異様に強化されたゴジラなら、浅間山ぐらい熱線で消し飛ばせるだろう。山を破壊せずとも火口から熱線を叩きこめば熱線の爆発力で火山の深部を膨張させて大噴火させ、使徒を外に放り出すことだってできる。
「ネルフはこの件については?」
「彼らは、エヴァンゲリオンによるマグマ潜航をしてこの卵の使徒の捕獲をと提唱していますが……、そんな悠長なことをしている間にゴジラが来るのがオチでしょう。浅間山ごと潜航したエヴァンゲリオンが吹っ飛ばされます。」
「この間の使徒の死体を渡さなかったことで、彼らはかなり苛立っているようですがね。」
「我々とすれば生きたサンプルが手に入れば万々歳ですが、危険は犯したくありませんし…。」
「つまりこういうことか?」
ゴードンが口を挟んだ。
「使徒が羽化するまで、ゴジラから浅間山を守る。そして羽化した使徒がマグマから飛び出してきたら、エヴァンゲリオンか…、ゴジラか、機龍フィアで殲滅させる。そう言いたいんだろ?」
「…ええ。その通りです。」
ゴードンの言葉に波川は深く頷いた。
二人の言葉で会議場がまたざわざわと五月蠅くなった。
今回の戦いは、倒すべき使徒をあえて守るのだ。ある意味で怪獣より厄介で気味の悪い存在である使徒を、使徒が潜んでいる浅間山をゴジラに破壊された余波で日本全土の火山に影響を与えないための作戦だ。
この使徒を殺させない。いや最終的には倒すのだが倒せる状態になるまでとはいえ守ってやらなければならないのだから皆の心情は複雑だ。
「今回の戦場は、灼熱のマグマが煮えたぎる活火山です。ミュータント部隊は危険なので後衛支援に回ってもらいましょう。また使徒が孵化した時の影響も考えて火災や火砕流などの災害に備えてもらいます。万が一に備えて、日本全土の火山の近隣に住む住民に勧告し、各地の災害対策組織にいつでも対応できるよう備えます。機龍フィアは、しらさぎで輸送後、浅間山で待機。遠距離からのゴジラの熱線を防ぐため、各方向から改良を重ねた量産型のスーパーX2のファイヤーミラーで防御。ゴジラの接近、及び熱線発射のタイミングは、機龍フィアのDNAコンピュータの信号と椎堂ツムグが教えてくれます。」
「波川司令。G細胞完全適応者をこのままゴジラと戦わせ続けるおつもりなのですか?」
体格からしても内勤が主な重役が席を立って波川に厳しい口調で言った。
G細胞と完全融合した唯一の存在である椎堂ツムグは、発見された時、そしてこの40年間もの長い研究機関の研究でゴジラの精神に流され最悪の人類の敵に回る可能性を秘めていることがずっと語られていた。
今のところ椎堂ツムグは、人間の味方として行動してはいるが、その言動にはゴジラを尊敬し崇拝するような部分が見られ、他のことなどどうでもいいようなことを喋るため、あらゆる場面でゴジラと接触させることを反対する声が上がっていた。彼の細胞を素体にした機龍フィアの実質正規パイロットな状態になったことも反対する動きがあり、機龍フィアの改良と新たな兵器の開発のためのデータを取るためとはいえ、機龍フィア越しとはいえ、ほぼ直接ゴジラと接触しなければならないのだ。
最悪の可能性がある以上、反対意見が寄せられるのは致し方ない。
「反対の意見のある方々のお気持ちは分かっているつもりです。ですが、現状機龍フィアの力を100パーセント以上引き出せるのは、椎堂ツムグだけなのです。」
「いつになればG細胞完全適応者以外でも機龍フィアを扱えるようなるのですか?」
「一代目のゴジラの骨髄幹細胞を使った3式機龍と違い、機龍フィアは、G細胞と人間の細胞が融合している椎堂ツムグの細胞を使っています。なので暴走する確率、安定性も3式とは比べ物にならないほど素晴らしい結果を出しています。しかし、第四使徒襲来の際のゴジラとの戦いで一度機能停止に陥りました。その原因は、第三使徒襲来のときにゴジラを退けた際に破損した兵器系統の伝達回路の修理ができていない状態で、一つ以上リミッターを解除したことによるDNAコンピュータから信号が逆流し椎堂ツムグの脳を侵して一時的にバーサーカーに変えてしまい、過度の運動とゴジラの赤い熱線をまともに受けたダメージで強制シャットダウンしたのです。簡単いいますと、DNAコンピュータの戦闘プログラムの想定外のバグでした。」
「機龍フィアは、DNAコンピュータの安定性が売りだったのではないのですか!?」
「…こればかりは、実戦にならなければ分からなかったとしか答えられません。機龍フィアの強制シャットダウンを教訓に、大幅な見直しがされ、一つ以上のリミッターを外しても暴走の恐れはもうありません。」
「保証はあるのか!?」
「そうだそうだ!」
反対派の者達の野次が飛ぶ。
「ピーチクパーチク…、うるせえな。現場を知らねえ奴らがゴチャゴチャ言ってんじゃねぇぜ。」
頬杖ついたゴードンが嫌味を込めてそう言った。
それによって反対派達の視線が一気にゴードンに集まった。
「口を慎め、ゴードン!」
「また軍法会議にかけられたいのか貴様!」
「我々は、危険性を考慮して…。」
「だったらてめえらが、機龍フィアに乗れよ。ツムグの奴ほどじゃないが操縦の仕方を知らなくてもDNAコンピュータと接続すりゃ他の奴でも動かせるんだぞ? ツムグを乗せたくないって言うなら、自分が乗れ。で、ゴジラとやりあえ。」
文句を言っていた者達、つまり椎堂ツムグに機龍フィアに乗せて戦わせることに反対する反対派は、ゴードンの言葉に、顔を青ざめさせて急に口を閉ざした。
それを見てゴードンは、呆れたと大げさにでかいため息を吐いて見せた。
「現場に出もしない、口だけは達者な腰抜けが偉そうに文句ばっか並べて情けねぇ。今の機龍フィアじゃ、ツムグ以外じゃゴジラとまともに戦えない。これが現実だ。ツムグの奴がそれを一番分かってんだからな。」
ゴードンは、ニヤニヤ笑う。反対派の者達は顔を怒りで赤くして震えていた。
「波川。とりあえずおまえのその作戦で行くが…、保険はかけさせてもらうぜ。」
「ええ。ゴードン大佐に任せるわ。もしもの時は…、存分にやりなさい。」
「フフ…、その言葉。忘れるなよ?」
ゴードンは、愉快そうに笑い、席を立って会議室から出て行った。
「あの…、保険…とは?」
ゴードンが去ったことで静まった会議場に恐る恐る重役の一人が質問した。
「それは極秘です。」
ゴードンとの間に交わされたことを極秘とし、波川は、不敵に笑った。
こうして、使徒サンダルフォンが羽化するまでの浅間山の防衛と、羽化した後のことについての作戦会議は終わった。
***
「ふっっっざけんなってのよ!」
「うわっ!」
ドカッと壁を蹴ったアスカに、ケンスケが怯んだ。
「ど、どうしたんだよ? 惣流? そんな怒って…。」
「うるさい!」
「ひぃ!」
再びアスカは、壁を蹴った。
アスカが怒っている理由。それは、前回の醜態もあるが、今回の使徒サンダルフォンの羽化までの待機命令にあった。
ケンスケは、まだ詳しくは知らないが、何年もエヴァンゲリオンのパイロットになるべく訓練を続けてきたアスカには今回の使徒のことと、ネルフの考えが地球防衛軍から却下されたことなどが伝えられている。
前回の使徒との戦いでネルフの名誉挽回もかねて奮戦するつもりだったが、あっさりと敗退してしまったこと、そして使徒を地球防衛軍(機龍フィア)が倒してしまったことは後になって聞いた。使徒イスラフェルからの攻撃で気絶してしまったアスカは、あのゴジラに似た怪獣型ロボットに使徒の首級を奪われたことで、ゲンドウから叱られたのも怒りの原因になっている。
「あんたもあんたよ! メガネ!」
「な、なんだよぉ? 僕が何かしたわけ?」
「あんたがもっときっちり戦ってればあんな醜態さらして終わらずに済んだっての! 前回の責任はあんたにもあるわ! それ分かってるわけ!?」
「僕はまだチルドレンになって日が浅いんだぞ? そんな上手く立ち回れな…。」
「あんたさぁ…、駄々こねて訓練拒否ってるらしいわね?」
「ギクッ! なんでそれを…。」
「あんたねぇ! エヴァのチルドレンになるってことは、軍人として徴兵されたってことよ!? まさかゲームみたいに選択、ポチっ、ハイ、ステータス上昇! …なんて軽々しく考えてたんじゃないでしょうねぇ?」
「う…うぅぅ…。」
「ばっかじゃないの! これは現実よ! ゲームやアニメじゃないんだから痛みも苦しみもあるわ! 苦しみを伴わない訓練なんてないのよ! シンクロ率もギリギリだってのに……。」
「ぼ、僕だって…、好き好んでチルドレンになったわけじゃ…!」
「ミサトから聞いてるわよ。あんた更生施設の檻から出して貰えるって聞いただけで、すぐに承諾したらしいわね?」
「な…っ!」
「ホント、馬鹿! こんな使えない奴が同じチルドレンだなんて思いたくないわ!」
「そこまで言うことないだろ! 僕だって更生施設行きにならなきゃちゃんと考えて判を押したさ!」
「特別更生施設行きになるほどの悪やっておいて、よくもそんなこと言えるわね? どーせ檻の中の節制された空間に早々に根を上げたんでしょうが。そんな根性無しで、ちゃんと考えるですって? 現実と非現実の区別もできないあんたはきっと考え無しにホイホイ判を押したでしょうよ。」
「悪って言ったって…、ただ避難民からちょっと出ただけ…。」
「盗撮、盗聴、軍事機密の漏洩……。あたしが聞いたのはそういう罪よ。」
「あ、あれは、小遣いと将来のジャーナリストになるための知る権利って奴で…。」
「気持ち悪い。」
「はあ!?」
「あんたの盗撮被害者があたしと同い年とか年が近い子だって聞いたときの感想よ。ホント、少しで良いから役に立ってから死んで欲しいって思ったわ。」
「そ、そんな…ただ写真に撮っただけで…。」
「じゃあ、今からあんたの盗撮写真を世間にばらまいてやるわ。」
「やめろよ! そんなこと! 人権侵が…、あっ。」
ケンスケは、言いかけてハッとした。それを見たアスカは、心底呆れたとばかりにため息を吐いた。
「そういうことよ。分かったかしら? ところで、聞くところによると、あんたに盗撮されて写真を売られたせいで、心身症を患っちゃった子もいるらしいわよ? ジャーナリストって、罪もない女の子を傷つける仕事だったかしら?」
「う…。」
「そういうことだから、ちょっとでもいいから役に立ってから、死んでよね?」
アスカから侮蔑の視線と笑みを向けられ、ブルブルと震えるケンスケは、アスカが憂さ晴らししてスッキリして去って行ってもその場に残っていたのだった。
そうしてネルフ側、特にエヴァンゲリオンのパイロットのチルドレン達は、最悪なコンディションで使徒サンダルフォン防衛作戦に挑むこととなる。
To be continued...
(2020.08.29 初版)
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