第九話
レイとシンジと防衛軍の大人達
presented by 蜜柑ブタ様
使徒イスラフェルと地球防衛軍の初戦闘は終わった…。
ヨーロッパ諸国は、ゴジラの進撃でかつて怪獣が世界中で暴れ回っていた頃の恐怖が蘇り、すでに様々な情報源から全世界に広まっていたゴジラが使徒とネルフの兵器エヴァンゲリオンを狙っているということが真実であることが分かり、ネルフに対する抗議デモが起こった。これによりネルフは、ますます肩身が狭くなるのであった。
そしてこの件で、すべてのエヴァンゲリオンを第三新東京に移す作業を早めるのだが、もっと早くエヴァンゲリオンを移送していればヨーロッパ諸国がゴジラの襲撃を受けなくてすんだはずだという世論の非難は地球防衛軍に向けられ、地球防衛軍は、メディアを通じて被害を受けた都市の遺族に謝罪し、すぐに保障と復興のために動いた。
残りのエヴァンゲリオン参号機が第三新東京に輸送され、第三新東京にすべてのエヴァンゲリオンが集まった。
ついに第三新東京が、本当の意味でゴジラを迎え撃つための場所になったのだ。
ゴジラとの戦いの歴史で、ここまでゴジラの来る位置を狭めうまく誘導できたことがあっただろうか?
このことは、あらゆる情報媒体から全世界に報じられ、ゴジラと人類の戦いの決着と人類の存続がこの地ですべて決まるかもしれないと、全世界の人々が注目した。
***
地球防衛軍が有する最強の対ゴジラ兵器である機龍フィアがイスラフェルを倒したことに一番驚いたのは、ネルフよりも、恐らくはゼーレの方であった。
よく分かんない薄暗い空間に複数のモノリスとバイザーをつけた老人がいる。
『地球防衛軍どもが作ったオモチャがあの使徒を倒してしまった…。』
『こんなことはシナリオには書かれてない。』
『あの兵器は、G細胞と完璧に融合した人間を素体にして作られていると聞いている。だから、ゴジラと同じようにATフィールドを簡単に破り、いとも容易く…。』
『おのれ…、どこまでも邪魔をするか、ゴジラめ…! 自らが手を下さずとも同じ細胞を持つ者なら殺せると踏んでエヴァ量産機を破壊するためにヨーロッパ諸国に上陸したのか!』
『おかげで我々の配下である僕どもが多く失われてしまった…。修正は容易ではないぞ。』
『四号機は、失われるようシナリオに組んでいたが…、まあこれは別にいい。しかし、我々の手足として動いていた者達が多くいたヨーロッパの主要都市まで破壊していきおった。暴れるだけしか能のない畜生め…!』
モノリス達に涙を流す機能があったなら、滝のような涙を流していただろう。
彼らの隠れ蓑だった国連が地球防衛軍としてゼーレから離れ、地球防衛軍がゼーレを切り離すきっかけとなったそもそもの原因であるゴジラに、ゼーレは人知れずボロボロにされていた。
ゼーレが目指す人類補完計画を遂行するために用意したネルフもエヴァンゲリオンも地球防衛軍に抑え込まれ、しかもエヴァンゲリオンをゴジラが狙っているため下手に表に出したらゴジラを呼ぶだけだ。
サードインパクトには、第一使徒アダムの生命の実と、第二使徒リリスの知恵の実、そしてロンギヌスの槍と儀式の依代としてリリスが必要なわけだが……、ゴジラが使徒を殺しまくって依代の候補であるエヴァもぶっ壊すために動いているので、儀式なんてやってたら絶対その最中にゴジラが来て邪魔される図しか思い浮かばない。
MAGIでいくら算出してもゴジラが邪魔しにくる確率は、100パーセントとしか出ない。1以下でも外れる確率はないのかといくら頑張っても、答えは変わらない。
人類の歴史を裏から操ってきた秘密結社のゼーレも、ゴジラという最強最悪のイレギュラーを前に手も足も出ない有様である。
最悪なことに第三使徒サキエルが現れた時に復活してきたゴジラは、自分が封印されていた南極の消滅を乗り越えたせいか、封印される前よりも強くなっている。ゴジラのパワーアップは、セカンドインパクトの原因になったアダムをバラバラにした時に発生したエネルギーを吸収したからじゃないかとゼーレの僕として働いている科学者は答えている。
ゴジラには、相手から受けたエネルギーを吸収して自分の力に変換する能力があるので、この説は大体合っていると思われる。
人類補完計画のためにやったことが最強最悪のイレギュラーを強化させて、人類補完計画を台無しにすることになるとは、誰も考えていなかった。
そもそもセカンドインパクトのあの大破壊から生き延びたゴジラが異常過ぎるのだが…。
『例えサードインパクトを起こしたとしても、あの怪獣は殺せそうにない気がしてきたのだが…。』
『貴様! 弱気になるな! 怪獣とはいえ所詮は生物なのだぞ! 神に勝てるわけがなかろうが!』
『ゴジラは、破壊神と言われているのだが…。』
『それはただのあだ名だ! 奴が本当に神というわけではない!』
『議長…、いかがしましょうか…。議長?』
「……」
モノリスの一人が中央にいるキールに話しかけたのだが、キールが片手で額を、もう片方の手で腹を押さえて俯いたまま、動かない。今気付いたが、キールが座っている席に色んな種類の胃薬と頭痛薬があった…。
『ああ…、議長。お気持ちはお察しします……。』
『やはりゴジラをなんとかせねば人類補完計画どころではない。しかし我々にはゴジラに対抗できる力がない。』
『地球防衛軍どもがゴジラを駆逐するのを待つしかないと言うのか? それではあまりにも時間が足りぬ!』
『そうだ! 我々に残された時間は少ない! 待ってなどいられるのだ!』
ゼーレは、……結構追い詰められていた。
実は、ゴジラは、見えないところでコソコソしているゼーレの老人達も殺してやろうとしているのだが、それを知るのは、ゴジラの気持ちが分かる椎堂ツムグだけである……。
***
ゼーレが見えないところで追い詰められて苦しんでいるのを知っている椎堂ツムグは、基地内にある研究機関の自分の自室(彼専用の檻とも言える)のベットの上で寝っ転がったままケラケラ笑っていた。
「プッ…、くっ、ハハハハハ…、あのおじいちゃん達ってばホント諦め悪いっていうか、しぶとい油汚れよりしぶといっていうか。人類のためとかいう無理心中やる前にやれることやれって感じ。そんなだから地球防衛軍に切り捨てられて、なーんにも上手くいかないのにさ。あー、おっかしー。」
そんなに質が良いというわけじゃない簡素なベットの上で枕を抱えてゴロゴロ転がりながら笑っている様は、異質以外の何者でもない。
しかし笑い転げていたツムグは、急にピタッと止まり、表情を無にした。
「……そっか…、“あの子”のことすっかり忘れてたな。」
枕を放って、むくりと起き上がり宙を見上げる。
「あっちは、あっちで。こっちはこっちで面倒なことやっちゃって…。可哀想に。しっかし…、今は他の使徒とエヴァがあるからともかく、ゴジラさんが見逃すはずないし…。あの子が生きるには…。おぉ?」
太ももの上に頬杖をついてぶつぶつ呟いていたツムグは、ふと別のことに気が付いて目を丸くした。
「あ、アハ…、そっか。そうだよな。人間のことは、人間で解決した方がいいって言ったの俺なのに、忘れてた。ゴードン大佐に怒られちゃうよ。アハハハ。」
そしてまた笑い出す。
「あいつは、何を笑い転げてるんですか?」
「さあ? G細胞完全適応者の考えていることなんて、40年以上たってるがいまだに分かってないから、さっぱりだ。」
ツムグは、G細胞完全適応者なので監視されている。しかしこの監視はあんまり意味がないのだが、一応形式上はやっておかえなばならないことである。
監視カメラを見ている研究者達が、ツムグの…、いつもの奇行にそんな会話をしていた。
ツムグは、G細胞のおかげか特殊能力を持つミュータント以上に普通じゃ分からないことを見て聞こえているので、他人から見たらただの奇行にしか見えない行動や言動が多い。ツムグの細胞の研究の関係で付き合いが長い研究者達は、すっかり慣れていて、いつものことと思ってしまっている始末である。
ちなみに、ツムグは、外見年齢二十代くらい。
G細胞完全適応者として発見された当時に、その年齢だったと換算すると……、すでに60は軽く越えているのだが(実は冬月より年上かもしれない)、外見はまったく変わっていなかった。
***
シンジは、食堂でパートとして働くことになってからもう何日も経った。
覚えが早く手際がいいシンジは、初めての仕事とはいえすぐに仕事を覚え、大人達の中で頑張って仕事をしている。
その頑張りが認められ、職場の人達と打ち解けるのにそう時間はかからなかった。
「ふう…。今日もいっぱいがんばった…。」
明日の仕込みも後片付けも終えて、地球防衛軍から貸してもらった寮の一室に帰ろうとしていた。
いまだ風間に対してちょっと苦手意識が働いて避けがちだが、そのことで怒られることはなく、尾崎から風間は避けられていることについては気にしてないと聞かされていた。だが勝手な理由で関係ない相手を避けてしまうのはシンジの気持ちが許さない。なんとかできないものかと自分なりに考えているが、そう簡単に直るものじゃない。
シンジは、そのことで溜息を吐きながら歩いていると、ふと足を止めた。
進もうとした先の分かれ道を、見た覚えがある青い髪の毛の少女がゆっくりとした足取りで歩いて行くのを見たのだ。
あまりにゆっくりと、しかも俯いて歩いている姿に、一瞬幽霊かと思ってしまいそうになるほどだった。
「あの子は、あの時の…、どうしてここに? どこへ行こうとしてるんだ?」
シンジは、あの少女が初号機に乗せられる直前に初号機のドッグに運び込まれてきた大怪我を負っていた少女だというのを思い出した。
すっかり怪我は治っているようであるが、どうも様子がおかしい。
シンジは、嫌な予感がして咄嗟に彼女の後を追いかけていた。
***
一方そのころ。
人気のない基地の建物間で、尾崎、音無、風間の三人がいた。
「話って、なんだ?」
風間が自分がここに呼ばれた理由である内密な話について聞いた。
「風間…、信じられない話だと思うが、俺はシンジ君に精神をダイブさせた時にとんでもないことを知ってしまったんだ。」
「とんでもないこと?」
「世界が…、滅亡するかもしれないんだ。それも人の手で。」
尾崎が真剣な顔で、そして拳を握りしめて語る姿に風間は眉間に皺を寄せた。
「ゴジラや使徒が暴れてるんだ、世界が危険な状況だっていうのは分かっている。だが、人の手で滅亡っていうのはどういうことだ?」
尾崎がこういうことで嘘を吐く奴じゃないことは、風間はよく分かっている。
「誰がどうやってそれをやろうとしているのか、まだ分かってないんだ。だけど……。あれは、事実だと思うんだ。」
「おまえは、あの子供の中で何を見た?」
「風間、エヴァンゲリオンのことをどう思ってる?」
「ただの使い物にならない無いオモチャだろ? この間の使徒の戦いでも醜態さらしてたな。それがどうした?」
「エヴァンゲリオンは、使徒だ。」
「なに?」
「私も最初は信じられなかったわ。」
黙っていた音無が話に入ってきた。
「けど、調べてみて分かったの。ツムグの力借りて、ネルフのMAGIにハッキングしてね。」
そう言って音無は、ポケットから携帯端末を取り出し、その内容を風間に見せた。
「E計画。十年以上前からエヴァンゲリオンの開発は行われていた。けれどこの開発段階で何人もの人間が死亡しているの。その中には、シンジ君のお母さんがいるの。」
「…それで?」
「それだけじゃないわ、死亡とはいかなくても、実験の事故で精神を病んでしまった人もいて、その人は自殺しているわ。その人は…、セカンドチルドレンのアスカ=ラングレーのお母さんなのよ。」
「あのオモチャのパイロットの身内ばかりが死んでいるってことか?」
「あと気がかりなことがあるわ。第三新東京市立第壱中学校は、ネルフの監視下にあった。それも2−Aクラスには、片親か、両親が死亡しているか、病院でずっと入院している子供ばかりで構成されていたの。いくらセカンドインパクトの被災があったとはいえ、都合よくそういう経緯のある子供ばかりが集められているのは不自然だと思ったから、調べてみたわ、そしたらこの子達の親は、この子達が物心ついた時に何かしら事故や病気になってた。だけど、搬送先の病院がネルフの管理していた病院で、死亡するとまでいかない処置さえすれば助かる状態でも間もなく意識不明になったり、死亡届けが出ているの。今は地球防衛軍の管理下に置かれたネルフの監視下にあった病院の記録も調べてみたわ。ほとんどデータは消されてたけど、地球防衛軍の技術にかかれば復元は可能だった。そしたら……、死んでいなかったの。子供達の親は、死んでないのに死亡したことにされて、遺体も返されていなかった。表面上は葬儀とお墓に遺体を埋めることはしているけれど、この記録が確かならお墓の中には遺体はないはずなのよ。」
「墓を暴いてみたのか?」
「…さすがに無断でお墓を暴くなんてできなかったわ。このことは、正式に諜報部と監査部が調査しているわ。」
「その行方不明になった親達とエヴァンゲリオンと何が関係がある?」
「初号機と弐号機。この二体には、シンジ君のお母さんと、アスカちゃんのお母さんが関わってる。初号機の実験でシンジ君のお母さんが死亡して…、そして弐号機の実験でアスカちゃんのお母さんが精神崩壊に陥っているの。初号機に乗ったばかりのシンジ君は、なんの訓練もしていないのに初号機との高いシンクロ率を出し、そしてアスカちゃんも。エヴァンゲリオンのパイロットは、片親か親のいない14歳の少年少女だけなんておかしすぎるわ。エヴァンゲリオンを起動できる確率は、たったの0.000000001%! それなのに今まで普通の中学生だったシンジ君が長く訓練をしていたアスカちゃんに並ぶ高いシンクロ率を叩き出すなんてあまりにも出来過ぎてるわ。」
「ああ、確かにおかしいな。だが、そのこととエヴァンゲリオンが使徒だっていう証拠はあるのか?」
「セカンドインパクトで南極が消滅し、南極があった海が赤く染まっているのは知ってるな?」
尾崎が言った。
「ああ…。隕石が落ちたとかだったか?」
「それは嘘なんだ…。」
「なに?」
「セカンドインパクトは、仕組まれたことだったんだ。いや…、正確にはあることをやっていて、それが失敗してあんなことになってしまったんだ。」
「南極で何が起こったのかも、精神にダイブした時に知ったのか?」
「ああ…、セカンドインパクトは、南極にいた第一使徒アダムをバラバラにした時のエネルギーで起こった人的災害だ。あの赤い海は、南極の生物が液体になった跡らしい。」
「生物が液体に? それに第一使徒? 使徒は、第三新東京に来たあれ(サキエル)が初めてじゃなかったのか?」
「ああ、使徒は、遥か大昔に月と共に来たらしい。普通なら月は一つしか来ないはずが、地球には二つの月が来た。その中にアダム、そして第二使徒リリスがいた。リリスから地球のすべての生命が生まれ、アダムからは、使徒が生まれたらしい。人類は、18番目の使徒リリンだそうだ。」
「おい、わけが分かんなくなってきたぞ…。つまり? 使徒は神話に出てくるアダムとイヴで? 使徒って化け物は実は俺達と同類どころか親戚だってことか?」
「だいたい、そういうことね…。」
音無がそう言って頷いた。
「マジかよ…。気色悪いな。」
「ええ、もっと気色悪いことにゴジラに殺されて残った使徒の残骸(燃えカス)を解析した使徒のDNAは、99.89%は、人間と同じなのよ。これだけ一致した遺伝子を持つのに、あの巨体でしょ? エヴァンゲリオンを作ることだって可能だと思わない?」
「……できそうだな。」
「それとエヴァンゲリオンの操縦席に満たされるあの液体…、LCLって言うんだけど、あれは、簡単に言うと生物が生きたまま溶けてできたスープよ。」
「うぇ…。だから血生臭かったのか。」
サキエルが現れたあの日に、初号機からシンジを救出するときにエントリープラグから溢れ出た液体がやたら血の匂いがした理由が分かって風間は心底嫌そうな顔をした。
「生物が溶けたスープを使う理由ってなに? 石油の原料は、古代のシダ植物の化石だけれど、生きた生物が液体になったものを使うなんて、不自然だわ。機龍フィアだって機体の素体っとDNAコンピュータに椎堂ツムグの骨髄幹細胞を使っているけど、これはゴジラと同等の戦闘能力を再現するために部分的に組む込んだだけ。丸ごとってわけじゃない。だから定義上は生物兵器じゃなく、機械兵器ってことで登録されてるわ。エヴァンゲリオンは、人造人間って肩書がある通り、ロボットじゃない。ロボットならロボットって表記すればいいのに、どうしてわざわざ人造人間ってことを強調するのかしら? ネルフが自分達の技術を誇示したかったのもあるかもしれないけれど、パイロット条件といい、こんなに兵器として欠陥だらけのモノに時間とお金をかける理由が、もし水面下で起こっている使徒を巡る恐ろしい計画かなにかが関わっていて、人類滅亡を防ぐとされる兵器だったエヴァンゲリオンも実はその計画の一部に過ぎなかったら? シンジ君のお母さんやアスカちゃんのお母さんの事故もその計画が進められるために必要だったことだったら? 2−Aクラスに集められた肉親の不幸を抱えた子供達のことも、そして普通の中学生のシンジ君をいきなり初号機に乗せたことも説明がつくのよ。」
「子供達の親は、エヴァンゲリオンの材料…?」
風間が今までの話を聞いて出した答えに、音無は顔を悲しみで歪めた。
「真実はまだ明らかになってないけれど、生きた生命を液体に変える現象を人為的にできるのなら……。そして使徒と人間のDNAがほとんど変わらないこと…。使徒から作られたエヴァンゲリオンに、生きた人間を組み込むことは、十分可能なはずよ。」
「っ、胸糞悪い話だな。」
風間は、舌打ちと共にそう吐き捨てた。
「サードインパクトだ。」
尾崎が口を開いた。
「ネルフは、初め、使徒を殲滅しなければ世界が滅亡するというサードインパクトを防げないと言っていた。だが、エヴァンゲリオンがジンルイホカンケイカクという計画のために作られ、セカンドインパクトが起こされて、そして音無博士が説明したようにエヴァンゲリオンが使徒と同じなら…、ネルフは、サードインパクトを防ぐんじゃなく、むしろサードインパクトを起こそうとしているんじゃないかと思うんだ。」
「そのサードインパクトが、じんるいほかん…とかいう計画ってことか? セカンドインパクトにしろ、ネルフにしろ、エヴァンゲリオンも全部、サードインパクトという滅亡をやるために仕組まれてたってことか?」
「俺がシンジ君の心の中で知ったことを、総合すると、そういうことになると思う…。」
「世界を滅ぼすんなら、もっと他に方法があるだろ? なんでそんな回りくどいことをするんだ? それも知ってんだろ? 尾崎。」
「……人類を…、進化させるため、らしい…。赤い液体に変えて1つにして、そこから進化した人類が生まれるように……。」
「セカンドインパクトで死んだ20億人は無視か!?」
「誰かが…、いや、複数人なんだ。老人達と言っていた。どこの奴らがそんなことをするために15年前の大災害を起こして、地球上のすべて生命を滅ぼそうとしているのか、分からないんだ。あいつは、俺に言ったんだ。」
尾崎は、俯いて少し間を置いた。
「みんな俺と同じ“特別”になるって…。俺は、そんなこと望んでいない! 例え、この世界でたった一人だとして、みんなを殺すなんて許せない!」
「尾崎君…。」
尾崎が激しく首を横に振って怒りで喚く姿に、音無が心配して言った。
「おまえらしいな…。」
風間は肩をすくめた。
「俺だってそんなことはご免だぜ。何が悲しくてドロドロの液体にならなきゃならないんだ。…それで? どうするんだ?」
「風間?」
「どうやってそのふざけた計画を止める気なんだ? まさか何も考えてないとか言うんじゃないだろうな?」
「風間、信じてくれるのか?」
「おまえがこういうことで嘘を吐かないってことぐらい、嫌ってほど知ってるぜ。信じるも信じないもクソもあるか。」
風間はそう言い、フンッと鼻を鳴らしてそっぷを向いた。
「ありがとう…! 風間。」
尾崎は、泣き笑いしそうな顔で風間にお礼を言った。
「別におまえのためじゃ……。んっ?」
「どうした風間?」
風間がふと宙を見上げて訝しんだことに尾崎は疑問をぶつけた。
風間は、答えず、少しの間そのままの状態だったが、突然二人に背を向けて走り出した。
二人の声を無視して全速力で走り建物の隙間から出た風間は、1つ隣にある建物の上を見上げた。
「くそっ! なにやってやがるんだ!」
風間の目に映ったのは、建物の屋上から落下しそうになっている青い髪の少女の手を掴んで、今にも自分ごと落ちそうになっているシンジの姿だった。
風間は、器用に建造物の凹凸を足場にして飛び、少女と少年のもとへ急いだ。
***
青い髪の少女こと、綾波レイは今まで感じたことのない感情に困惑していた。
彼女の赤い目に映るのは、必死に歯を食いしばり彼女の手を握って落ちないように踏ん張る同じ年ぐらいの少年。
レイも軽い方だが、少年の方も同じぐらい軽いのでズルズルと少女の重みは重力に引っ張られて少年ごと高所から固い地面へ落とそうとしている。
「離して。あなたまで落ちてしまう。」
「ダメだ!」
レイは、感情のない顔と単調な口調で少年に自分の手を離すよう言うが速攻で拒否される。
レイは、ますます困惑する。
なぜ、この少年は高所から飛び降りた自分を助けたのか。このままでは二人もろとも死ぬと分かっているのに、どうして離そうとしないのか。どうして知らない間柄なのにこんなに必死になってくれるのか。
エヴァンゲリオンに乗れなくなり、ネルフから引き離されたレイは、自分の唯一の身のよりどころであった場所も他人と自分を繋ぐ絆を失ったと思い、刷り込まれた消えたいという感情に引きずられるまま病室を脱走して投身自殺を図ろうとしたのだ。
喪失感のあまり後ろから追いかけてきていたシンジの存在に気付くことなく、レイは、屋上に来て身を投げた時に駆けつけてきたシンジに手を掴まれて、やっとシンジの存在に気付いた。
「お願い。私は消えなくちゃいけないの。あなたまで巻き込めない。」
「だからって死ぬなんておかしいよ! くぅう!」
「でも…、私は……。ダメ、お願いだから、この手を離して…。」
少年の半身が高所から出始めた時、レイは知らず知らずのうちに自分の顔が悲しみで歪んでいたのに気づかなかった。
このままでは、二人とも死んでしまう。それではダメだと思うけれど、どうしたらいいかレイには思いつかなかった。それほどレイは混乱していた。
「ううう、うわぁあああ!」
「!」
そしてついに少年がレイを掴んだまま屋上から落ちた。
重力に従い落ちていく二人、それでも少年はレイの手を離そうとはしなかった。
落ちていく最中、酷く時間が長く感じられた。
その間、レイは、ようやくどうすれ少年を巻き込まずに自分だけが死ねるか思いついた。
そして意識を集中しようとした時だった。
「うおおおおおおおおおお!!」
斜め下の方から男の雄叫び。
そちらを見た時、黒いジャンプスーツを身につけた青年が垂直の壁を凄いスピードで横走りしてきて、そして少年と少女の体を抱きかかえた。
そして青年の腕につけられたワイヤー発射装置からワイヤーの先端が発射され、建物の凹凸に引っかかるとそのまま止まるのではなく、落下速度を少しずつ抑えながら三人を地面に降ろしていった。
やがて三人が地面に降りると、別の青年と女性が駆けつけてきた。
「シンジ君!」
「風間少尉!」
風間がレイとシンジを降ろす。レイは、座り込み、シンジは尻餅をついて荒い呼吸を繰り返していた。
「ムチャしやがって…! 分かってるのか!」
「ひう…。」
「風間、あまり怒鳴るな。シンジ君、大丈夫かい? そっちの子は…。」
汗を乱暴に腕で拭う風間に怒鳴られ身をすくめるシンジの肩を優しく掴みながら尾崎がシンジの身を心配し、もう一人の少女、レイの方を見た。
「あなたは、確かファーストチルドレンの…、綾波レイ。どうしてあんなことを?」
「私には…、もう絆がない。だから消えなくちゃいけないと思った。」
音無の怒りが含まれた口調に臆することなく、レイは、単調な口調で答えた。
「きずながない?」
「私にとってエヴァに乗ることは、みんなとの絆だった。でも、もう、エヴァに乗れないなら、私がこの世界にいる理由なんてない。だから死のうと思った。けれど…、彼が、私を止めた。」
レイは、シンジを見た。
その目は、非難する感情はなく、むしろ不思議な物を見るような目をしてた。
「いくら私が離してって言っても離さなかった。二人とも落ちて死ぬところだったのに、どうして?」
「分からない…、咄嗟だったから…。」
「咄嗟? それだけで死にそうになったの?」
「……えっと…。」
「…コラっ。」
理由を聞かれてうまく言葉が出ないシンジに、レイが更に疑問を投げかける。
見かねた風間がレイの頭を軽く叩いた。
尾崎と音無は、びっくりし、レイも驚いて軽く目を見開いて頭を摩った。
「こいつ(シンジ)の振り絞った勇気を蔑ろにする気か? こいつがおまえが落ちないように踏ん張ってなかったら、俺がお前達を助けられなかったんだぞ?」
「私は、助けてもらいたかったわけじゃない。私はここにいる理由がないのに…、消えなくちゃいけないのに…。私はあなた達と何の関係もないのに、どうして?」
「確かに俺はおまえのことなんて何一つ知らないな。けどな、死なれたら目覚めが悪いだよ。例え他人でもな。」
「そうだよ。君は自分が死んでも誰も気にしないって思ってるだろうけど、世の中には例えどんな悪人でも放っておけない人がいるんだ。」
「この尾崎は、その典型だ。」
「とにかく、君がこの世からいなくなってもいいなんて思ってても、君がいなくなった時、何も思わないでいられる人はいないってことさ。少なくとも俺はイヤだよ。だから、もう簡単に死のうとしないで。」
「………ねえ。あなたも、私がいなくなったら、イヤ?」
レイは、尾崎の言葉に少し俯いてから、シンジを見て聞いた。
シンジは、少し考えて。頷いた。
「そう……。そうなの。でも、そしたら私はどうしたらいいの? 私は、エヴァ以外に何もない。」
「何もないなんてことはないさ。」
「そうよ。何もないって思うなら、見つければいいのよ。ねっ?」
「見つける?」
「こいつ(シンジ)は、見つけられたぞ。」
風間がシンジを指さして言った。
「あなたは、見つけたの?」
「えっと……、ここにタダでいさせてもらうのは悪いかなって思って……、食堂のお手伝いをさせてもらってるよ。」
「そう…なの?」
「そうだ。ならいっそのこと君もシンジ君と一緒に働いてみたらどうだい?」
「えっ!?」
尾崎の提案にシンジが驚いてバッと尾崎を見た。
「尾崎…、簡単に言うな。」
「そうね。それがいいかもしれないわね。合ってないなら合ってないで他のことを考えればいいわ。」
音無は携帯を出すと、テキパキと人事に電話を入れてレイのことを話した。
あまりにあっさりな流れに風間は、ガクッと頭を垂れた。
「それでいいのか!?」
「いいじゃない。今どこもかしこも人手不足なんだから、猫の手も借りたいのよ。」
「私は、必要なの?」
「ええ、地球防衛軍が再結成されたのいいけど、まだまだ人が足りてないのよ。手伝ってくれる?」
「…私なんかでよければ。」
「そんなネガティブな言い方しちゃだめよ。あ、まず言わなきゃいけないことがあるわよ。」
「えっ?」
「あなたのために勇気を出したシンジ君と、あなたとシンジ君を助けるために頑張ってくれた風間少尉にお礼を言うことよ。」
音無は、レイの肩に手を置いて、二人の方を指さした。
音無の笑顔と風間とシンジを交互に見て、レイは、すくっと立ち上がり。
「…ありがとう。」
っと少し恥ずかしそうに言い、お辞儀をして顔を上げると微笑んだ。
それを見て風間は、なんだ笑えるのかと感情が薄いので人形のようだったレイを見直し、シンジは、ボンッと顔を赤くした。
「シンジ君、大丈夫かい?」
「…おまえは、少しはこういうことを理解できる脳力(のうりょく)を付けろ!」
「な、なんで怒ってるんだ、風間?」
シンジの反応の意味が分かってない尾崎に、風間が青筋を立てて低い声で怒鳴った。尾崎は風間がなぜ怒っているか分からず混乱しただけだった。
そんないつもの二人の様子に音無はクスクスと微笑ましく笑い。レイは、よく分かんないのか首を傾げていた。
シンジは、まだ座り込んだままだが風間と尾崎のやり取りを見ていて、風間への印象が変わっていた。風間にレイと一緒に助けられたというのもあるが、風間への苦手意識は緩和され、普通に接することができるようなるのだが、まだこの時は知らない。
そして後日、レイは、シンジが働ている食堂で給食着を身につけてシンジや食堂の大人達に挨拶をすることになった。
「綾波レイです。今日からここで働くことになりました、よろしくお願いします。」
「…うそぉ……。」
「ほらシンジ君、今日からあの子の先輩なんだから仕事教えたりフォローしてあげたりしなよ? もちろんわたしらも助けてあげるけど、やっぱり年が近いんだしさ。」
「えええええっ!?」
「よろしく、碇君。」
「うう…、よ、よろしく…。」
同い年の女の子、それも超絶美少女が同じ現場で一緒に働くことになってシンジは、年相応に緊張してガチガチになるのであった。
「あー、よかったよかった。とりあえず、あの子のことは、これで当分大丈夫だな。あとは…、ああ、コレ、コジラさんが来たら日本中の火山がやばいかも。どーしよ。」
レイが地球防衛軍で落ち着いたのを確認したツムグは、自室のベットの上で転がりながら今度は別のことで頭を悩ませていた。
それから数週間後。
浅間山火山に、使徒の蛹が発見される。
To be continued...
(2020.08.29 初版)
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