第八話
来ないゴジラ
presented by 蜜柑ブタ様
風間は、普段の不機嫌そうな顔を余計に不機嫌にしてぶす〜っとしていた。
「なあ、風間。いい加減、機嫌治してくれないか?」
「うるさい、黙れ。」
あれから尾崎が退院してからというもの、風間はこんな調子だ。
轟天号がエヴァ四号機を輸送し終えてから、間もなく退院した尾崎が帰還したばかりの風間に顔を合わせにきたのだが、風間は何も言わず寮に帰ってしまった。
それから顔を合わせるたびに機嫌が悪い〜っというオーラ全開で、なのに不機嫌な理由を喋ろうとしないため尾崎も他の仲間も困っていた。
悪く言えばお節介な尾崎は、風間が機嫌が悪い理由を聞こうと早足で歩く彼を追いかけてる。
「せめて理由を教えてくれよ。」
「言わない。」
「風間…。」
このやり取りはもう何度もやっている。しかし頑なに風間は理由を話そうとしない。
だが風間が機嫌が悪くなったタイミングが尾崎が退院して、帰還した風間に顔を合わせに来た時だったことから尾崎絡みのことで機嫌が悪くなっているのは間違いないのだが…。
「あいつには、少しばかり素直さが身に付くよう、尾崎の爪の垢煎じて飲ませてぇな。」
っと、M機関のミュータント部隊の訓練と指揮をする士官である熊坂は不器用で素直じゃない風間についてこう独り言を言っていたとか。
食事の時間を告げるアナウンスと音楽が流れたので、交代でM機関の食堂に行く時もぶす〜っとしてる風間を追いかける尾崎の姿があった。
尾崎は入院し、風間の方は尾崎の代わりとして仕事をするためにM機関の本部から離れていたため、二人とも食堂に来たのは久しぶりだった。
そこで二人は思わぬ人物と出会う。
「シンジ君じゃないか!」
給食着を身につけて食堂の調理場で働く大人達に交じって働いているシンジの姿を見つけて、尾崎は調理場の方に身を乗り出した。
「どうしてここに?」
「あ、尾崎さん…。あの…、その、えっと……。」
シンジは手を止めてモジモジと手を動かして俯く。
「尾崎君、それは私が説明するよ。」
シンジに変わって説明をすると出てきたのは、食堂で一番長く働いているおばちゃんだ。尾崎達がM機関に来た時からずっとお世話になっている一番の顔見知りである。親がいない仲間の中には、彼女を母親や祖母のように慕っている者もいるぐらいだ。
「この子はね、タダでここ(地球防衛軍)に保護されてるのが悪い気がするから、何でもいいから働かせてくれないかってお医者さんを通じて頼んだよ。それで、今人手が足りてないここ(食堂)でパートに入ってもらったわけ。」
「そうだったんですか…。でもシンジ君、体の方はもう大丈夫なのかい? 無理しちゃダメだよ。」
「もう大丈夫です。お、尾崎さんのおかげで…。」
精神崩壊状態からの回復と、目覚めてから錯乱した時に優しく宥めてもらったことを思い出したのか、シンジは、微かに頬を染めて尾崎に頭を下げた。
シンジは、はっきり言ってどちらかと言うと女顔な方であるため、14歳と若いのもあり、頬を染めて身を小さくするその仕草が女の子と錯覚しそうな可愛らしさがある。尾崎が恋人持ちだと知ってる大勢の人間がいるこの場所じゃなかったら確実に尾崎との間に何かあるという誤解が生まれて広まっていただろう。
残念というかなんというか…、尾崎もシンジもどっちもそういうことに鈍いため全然そんなことに気づいてはいない。
一方、風間は、シンジの治療の時に少しだけ死体みたいな状態だったシンジに精神感応を試みたっきりシンジを見ていなかったので、すっかり元気になったシンジをじーっと見ていた。
シンジが顔を上げた時、尾崎の隣にいる不機嫌な顔をした風間が目に入った途端、少し固まり、数秒置いて顔色を悪くして慌てておばちゃんの後ろに隠れてしまった。
そのシンジの反応に風間は片眉を吊り上げた。よく被災地の子供に避けられがちな風間は、子供に好かれにくいと自負していたが、シンジにそんな反応される心当たりがなかったので驚いた。
「…風間君、何かしたのかい?」
「何も…。」
後ろにシンジが引っ付いたおばちゃんが、風間に向って目を細めて聞くと、風間は首を横に振った。
尾崎は、顎に手を当てて、風間の横顔を見て少し考えた。
そしてシンジの反応の理由に気付き、手を叩いた。
「風間、ちょっと来い。」
尾崎は、風間の肩を掴んで調理場の方から離れた。
そして顔を近づけて、ヒソヒソと話した。
風間の機嫌悪そうな顔が、シンジの父親であるゲンドウの印象と重なってしまったんじゃないかということを。そしてシンジがゲンドウに何をされたのかを話した。
「シンジ君には悪気はないんだ。怒らないでやってくれ。」
「おまえは、俺がそんなことで怒ると思ってやがるのか?」
「あ、いや…別にそんなつもりじゃ…。」
「……悪かったな。」
「えっ?」
「おまえが子供一人を助けるのに死にかけたのを、まだ気にしてたってことだ。」
「風間…。」
風間は、退院してきた尾崎と会ってからずっと不機嫌だった理由を話すと、照れ隠しで尾崎から素早く離れて料理を受け取る窓口に向かってズカズカと歩いて行った。
尾崎は、風間の様子を見て、苦笑した。そして機嫌が悪い原因が分かってホッとした。結局自分に原因があったということだ。もっと言ってしまえば単純に心配されていただけだったということだ。
風間は定食を受け取ると、わざわざ調理場からできる限り見えない位置の席に座って、しかも角度的に顔が見えないようにしていた。
やっぱり風間は不器用なだけで、根は尾崎に負けない優しい奴なのだと尾崎は風間のことを再認識した。風間がわざわざそうしたのは、シンジのトラウマを刺激しないように気遣ったからだ。
回復してからそう経ってないのでシンジがあんな反応をしてしまったのはやむおえなかったのだろうが、時間が経てば直るはずだ。シンジだってそのことは分かっているはずなので、風間にあんな態度を取ってしまったことを後悔しているだろう。
あとで風間のことについてフォローしようと、尾崎は心の中で決めて、自分も料理を受け取って席についた。
食堂の出入口で、こっそりと椎堂ツムグが覗いて、クスクス笑っていた。彼は、風間と尾崎が席について食事を始めて一分ぐらいでその場から立ち去った。
シンジがM機関の食堂で働くことになって何日も経った頃、第三新東京に新たな使徒が出現する。
新たな使徒、第七使徒イスラフェルの出現と戦いは、今までとは違う形で行われることになる。ある意味で、第五使徒ラミエルとは違う意味で地球防衛軍に冷や汗をかかせることとなる。
***
第三新東京に新たな使徒が出現した。
二本足だが、頭部はなく、弓のように湾曲した腕と一体化した肩、顔らしき部分は大極図のような形をしていて二色、下腹部あたりにコアと思われる部分があるが、すごく特徴的なというか、独創的な外見が最近続いていたのもあり、すごくびっくりするような見た目ではなかった。(十分、変なのだが、ラミエルとかもっと変なのが続いたから)
湖からゆっくりと第三新東京に向って歩いていくが、今のところサキエルのように顔からビームを撃ってくるような攻撃はない。
第三新東京に配備された地球防衛軍の部隊は、神経を尖らせながら、時を待った。
そう、ゴジラがいつものように来て使徒を殺すのを待っていたのだ。
ゴジラは、必ず使徒を殺しにくる。
だからそれはもうゴジラの習性として認知されていた。
しかしそれは、ただの思い込みであったというのを間もなく思い知らされることとなる。
「使徒が間もなく第三新東京エリアに入ります!」
「ゴジラは、まだ現れません!」
「どういうことだ?」
使徒の出現とほぼ同時に東京湾に現れるはずのゴジラがまったくその姿を見せないのだ。もちろん東京湾だけじゃなく、それ以外の海域も探知しているが、ゴジラはいない。
このままでは、使徒が第三新東京を襲い、地下にあるネルフ本部を攻撃するのも時間の問題と判断した司令部は、前線の防衛軍に指示を出した。
『前線部隊に告ぐ! 作戦変更! これよりエヴァンゲリオンによる迎撃作戦に入る!』
『ネルフ本部より、エヴァンゲリオン弐号機、及び四号機出撃!』
『波川司令!』
『前線を下がらせなさい。ネルフのお手並み拝見と行きましょう。』
現れぬゴジラ。そして使徒と戦うのは、共同戦線の約束でエヴァンゲリオンだということで、地球防衛軍側が下がり、リフトオフされた二機のエヴァンゲリオンが荒廃した第三新東京に立った。
地球防衛軍は、ゴジラの探知を継続しつつ戦いを見守った。
『あたしの足引っ張んじゃないわよ、メガネ!!』
『わ、分かってるよ…。』
弐号機に乗るアスカからやる気に満ちた声とは対照的に、これが初陣であるケンスケは弱い声で答えたのだった。
ところでケンスケのほっぺたにはグーパンの後が残っている。これは、プラグスーツという体型丸わかりのエヴァンゲリオン用のパイロットスーツを着たアスカについ鼻の下を伸ばしてしまい、キレたアスカに殴られたのだ。軍人として訓練したアスカと普通の中学生(オタク)だったケンスケとじゃ力が違いすぎる。一発でケンスケは鼻血を吹いて倒れ、気絶したものの、無理矢理起こされ怪我の度合いについては問題なしということで出撃させられたのである。
イスラフェルは、のっしのしとゆっくりした歩みで近づいてくる。眼球らしき部位がないため、エヴァンゲリオンを見ているかどうかは分からない。
『相田君は、パレットガン一斉掃射! アスカは、ソニックグレイブで攻撃!』
『私を狙うんじゃないわよ!』
『分かってるって! 言われなくても…。』
『攻撃開始!』
『わああああああ!』
ケンスケは、もうなるようになれとばかりにパレットガンを撃った。弾丸はイスラフェルに当たるが、煙が上がるばかりでイスラフェルの歩みは止まらない。
『馬鹿! 煙で見えない!』
『関係ないわ! はあっ!』
アスカがかけ声と共に弐号機で飛び上がり、薙刀型のブレードで煙の中から姿を現わしたイスラフェルを一刀両断した。
すると、イスラフェルが二体になった。色違いの。
『うそ!? キャアアアアア!』
『アスカ! 相田君、援護を!』
『えっ、あっ…えっ?』
二体になったイスラフェルに襲いかかられる弐号機からアスカの悲鳴が上がる。しかしケンスケは、突然のことに対応できなかった。
元は1体。それ故に息ぴったりの動きをするイスラフェルに翻弄され、ボロボロになっていく弐号機。そして海へと放り投げられ、上半身が沈み、足だけ出た状態で倒されてしまった。弐号機を倒し終えたイスラフェルが二体が四号機を見た。
『ひっ!』
短い悲鳴を上げたケンスケは、四号機が手にしていたパレットガンを落とした。イスラフェルが二体が迫ってくる。
次の瞬間、イスラフェルが二体の目と思われる顔の穴から光線が放たれ、四号機の足下に着弾して四号機がはね飛ばされた。
『相田君!! ここで逃げたらダメよ! 男の子でしょ!?』
『み、ミサトさん…。はい!!』
ミサトからの激励を受け、ケンスケは恐怖をかなぐり捨てて立ち向かおうとした。
しかし、今回のこの戦いが初陣であるケンスケ。一体でありながら、二体の特性を持つイスラフェルにたったひとりで勝てるはずもなく……。
弐号機と違い、近くの山へと上半身を埋められ、犬●家状態にさせられたのだった。
「これ…、笑っていいのか?」
なんともシュールな敗北の様に、指揮官のひとりがそんなことを呟いたのだった。
しかし状況は笑い事では無い。
エヴァンゲリオンが二体とも倒された。これは、ネルフの敗北であり、第三新東京の下にあるネルフ本部へ行かせることになってしまうのだ。それは即ち、サードインパクトの発生に繋がる。
すぐに下がっていた前線の部隊が前に出ようとすると。
『俺がやるよ。』
待機していた機龍フィアに乗っているツムグがそう言い、前線部隊より早く前に出た。
するとイスラフェルが二体がピタッと止まり、ジッと機龍フィアを見た。
『ん? なになに? 俺に興味があるの? …違うか。そっか、ゴジラさんと似た匂いがするから頭が混乱してる?』
『共同戦線の規約違反だ! メカゴジラを下がらせろ! N2爆雷を使う!』
『馬鹿か! ゴジラの復活したご時世に純粋水爆など使えるか!? アホなのか!?』
『使えば我々の前線部隊も無事では済まない! 椎堂ツムグ! 速攻で勝負をつけろ!』
『りょーかーい。さあ、使徒ちゃん。遊ぼうか?』
ツムグがニヤッと笑って機龍フィアの手で手招きすると、イスラフェルが二体が同時に目から光線を放ってきた。それをゴジラの熱線をも吸収・飛散させる装甲で防ぎ、ブレードを両腕に展開してイスラフェルが二体に斬りかかった。
イスラフェルが二体が息の合った動きで飛び退くが、エヴァンゲリオンより大きいのにエヴァンゲリオンより速い機龍フィアの動きに対応できず、切り刻まれた。
しかし、すぐに修復して復活した。
『ふーーーん? 面白いね。』
するとイスラフェルが機龍フィアの前と後ろに回り込み、飛びかかってきた。
そして鋭い爪を機龍フィアの関節の隙間に突き刺してきた。
だが、突き刺した瞬間、ビクッとイスラフェルが震え上がり、機龍フィアから二体とも転がり落ちた。
その爪の先端は焼けるように溶けていた。
二体のイスラフェルが怯んでいると、機龍フィアの鋭い爪のある手が二体のコアを同時に掴んだ。
イスラフェルは、ジタバタと暴れて逃げようとする。
『やっぱりココ(コア)がいいんだ?』
クックッと悪い笑みを浮かべたツムグが、イスラフェルが二体からコアをつかみ出した。
残されたイスラフェルの体がドロドロとなりながら、機龍フィアに絡みついてくる。まるでコアを返せと言わんばかりに。
『…ごめんね?』
ツムグがそう謝罪すると、機龍フィアが二つのコアを握りつぶした。
コアが失われたイスラフェルの体は、そのままドロドロに溶けていき、地面に落ちて広がった。
『…パターン青、消滅。』
ネルフ側の作戦本部に空しく感じるほど静まりかえった中に、オペレーターの声が響く。
ハッと我に返ったミサトが、オペレーター達にすぐに確認をした。本当に使徒が殲滅されてしまったのかと。
しかしいくら聞いても、いくら調べても結果は機龍フィアによって使徒イスラフェルが倒されたということだけだった。
ミサトは、それをイヤでも認識せざる終えず、唇を噛んだ。
「……不思議ねぇ。」
「なにがよ!?」
戦いを中継で見ていたリツコの呟きに、ミサトが噛みついた。
「だってそうでしょう? 使徒にはATフィールドがあるわ。けど、機龍フィアは、まったくATフィールドを無視して攻撃してる。ゴジラ並みに簡単に突破してるわね。」
「なんですって! 地球防衛軍にはもうそれだけの技術が!?」
「うーん、っというよりは、あの機龍フィアの特性かもしれないわね。」
「なによ?」
「あら? 知らないの? 機龍フィアの素体には、G細胞…つまり、ゴジラの細胞を遺伝子レベルで取り込んだ唯一の人間と認証されている、『椎堂ツムグ』という人物の骨髄細胞が使われてるらしいわよ? やはり、ゴジラと同じ力を持っているのかもしれないわね。」
「んな……。そんな兵器を…。」
「それってこっちが言えた事じゃないわよ。人造人間なんて肩書きがある生体兵器を運用してるんだから。ま、その兵器もついさっき負けちゃったわね。」
「くっ…。」
「ところで、ゴジラは本当にどうしたのかしら? 来ないなんておかしいわね。」
「ネルフ、ドイツ支部より緊急伝令! ゴジラがエヴァンゲリオン試作機を破壊し、そのままドイツやヨーロッパ諸国で暴れています!!」
『そっちかーーーい!!』
ネルフと地球防衛軍の叫びが重なった瞬間だった。
『ゴジラさんって、たまに気まぐれだからね。』
ツムグは、ひとりだけ納得している様子で、コックピット内で腕組みして、ウンウンと頷きながらそんなことを言っていた。
その後、機龍フィアをしらさぎで輸送し、ヨーロッパ諸国で暴れ回っているゴジラを止めて海に追い返し、ネルフは、ゴジラを呼び寄せるエヴァンゲリオンを作っていたことがどこかかバレてますます肩身が狭くなるのだった。
To be continued...
(2020.08.29 初版)
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