第十七話
その名は、恐怖(IREUL)
presented by 蜜柑ブタ様
「そんな! なんてこと!?」
マギを通じて送られて来た地球防衛軍からの緊急の知らせだった。
宇宙区間に現れた超巨大使徒は、ゴジラに殲滅され、その後間もなくゴジラと轟天号の戦いが勃発し、ゴジラが海へ消えたという映像や情報を見て楽しんでいた時に来た驚愕の知らせだった。
現状での最強の対怪獣兵器・4式機龍コードフィア型が、使徒に操られ、第三新東京を目指して動いているということ。
そのため最悪の事態に備えるようにという通達だ。
中継を繋ぐと、使徒に侵された機龍フィアが、まっすぐに街中さえ横切って進んでいく姿があった。
使徒イスラフェルを難なく倒した戦歴もあり、幾度もゴジラと戦ってきた勇士と言える最強の味方が敵になってしまった。
「ゴジラを恐れる使徒が、ゴジラの類縁のようなG細胞完全適応者から作られたモノ(機龍フィア)を強奪するなんて…、毒(ゴジラ)は、毒(G細胞完全適応者)をもって制せというのを使徒は学んだということかしら? 大胆な行動に打って出たものだわ。」
機龍フィアに取りついて操っている使徒について、リツコなりに驚嘆、感想を呟いた。
間もなく、地球防衛軍側から連絡が入る。
使徒に乗っ取られた機龍フィアは、まっすぐに第三新東京を目指しているので、エヴァンゲリオンによる迎撃をしろとのことだ。
破壊するつもりでも構わないから止めろと。
それを聞いたリツコも、ミサトも、そしてゲンドウですら驚いた。
機龍フィアは、地球防衛軍側の最強の対ゴジラ兵器だからだ。その兵器を破壊してもいいというお達しをもらってしまたからだ。
地球防衛軍が不手際でそう言ったのでは無いだろう。実際、中継で見ると、街中を横切っていく機龍フィアを破壊する勢いで攻撃はしているのだから。
しかし、悲しいかな!
地球防衛軍側の技術の粋を集めに集めた対ゴジラ用兵器!
そんなもんは、作った側でも簡単に壊せるわけが無かった……。
***
ゴジラよりも重たい、鋼の塊の歩行は、それだけで破壊を生む。
地響きが起こり、地面が陥没し、木が倒れ、コンクリートが砕け散り、踏み出した一歩の下にある物はなんであれペシャンコになる。
ゆっくりと、だが確実に歩を進める機龍フィア。
前進を続ける機龍フィアの周囲を、軍用ヘリとしらさぎなどの戦闘機が飛行し、機龍フィアの状況を司令部と他の部隊に実況し続けていた。
『機龍フィアは現在…、第三新東京へ向けて進行中!」
「やはり第三新東京か…。」
「おい、使徒を示す解析結果は間違いないんだろうな!?」
「機龍フィアの進路上には群馬の都心のど真ん中であります!」
「群馬は第三新東京の住民達をのほとんどが移住しているエリアだぞ! この進路を維持し続ければ都内をまっすぐ突っ切ることになる! なんとかして止めるべきだ!」
「待て! 使徒の全貌も分かっていないのにそれは危険だ!」
「乗っているG細胞完全適応者はどうしたんだ!?」
「ともかく進路上の住民に即刻避難勧告を!」
「コチラの攻撃がまったく通用していない! 波川司令!」
予想だにしていない非常事態に司令部はパニックになっていた。
現状での最強の対ゴジラ兵器に使徒がついている。使徒イスラフェルをあっさり殺してみせた機龍フィアが易々と使徒に操られているのだ。最強の手札を正体不明の敵に奪われてしまったのだ。
波川は、映像に映る機龍フィアを睨むように見つめていた。
「波川司令!」
「……ツムグからの反応は?」
波川がようやく口を開いた。
「いいえ。通信回線が閉じられています。それどこかG細胞完全適応者の体内にある発信機からの電波も妨害されているようです。」
波川の秘書が送られて来た解析結果を報告した。
「つまり生死は不明ですか…。」
「ですが…。」
「なにか?」
「一方通行の回線からですが、DNAコンピュータからたどたどしい信号のようなデータが送信されているようです。」
「……研究部門と技術部門に、至急、DNAコンピュータの伝達回路と機龍フィアの設計図と最近までの機体の整備状況の記録を調べ、現在の機龍フィアの状態との照合を急ぎ行うよう指示を。」
「司令! 攻撃の許可を!」
「…許可します。使徒に取りつかれている機龍フィアの足止めを! そして群馬の全住民に避難指示と迎撃部隊の配置を急ぎなさい!」
「了解!」
「轟天号の出撃は!?」
「アホか! 修理がまだ終わっていないぞ!」
「そーでしたー!」
サハクィエルの時のゴジラとの戦いでエンジンやらその他武装や機体自体が大きなダメージを残してしまった轟天号は、出撃できる状態じゃなかった。そんな下手な漫才みたいなやり取りを聞いた波川は、疲れたため息を吐いた。
宇宙空間に現れた超巨大な使徒サハクィエルにロシアの基地が破壊され、他の国の基地もやられる危機に対する緊張感がサハクィエルの死で解かれて間もなく機龍フィアが新たに現れた使徒に乗っ取られるという非常事態になり、ただでさえ多忙な波川の疲労はピークだった。
多くの人間達が住み、第三新東京から移された人間達も多く住まわされている群馬の都内に向け前進を続ける機龍フィアに、戦闘機からの爆撃が行われた。
特殊超合金のボディは、怪獣用のミサイルでも傷がつかず、歩みを止めることすらできない。ゴジラの放射熱線を拡散し無効化する装甲はレーザー系の兵器も無効化した。
歩みが遅いため、進路の先に陸軍が待ち構え、メーサータンクやその他砲撃隊が集中砲火を浴びせるが、これも意味をなさない。
最強最悪の怪獣王(セカンドインパクト後で何故か強化されたバージョン)との戦うために作られた兵器が、こんな形で自分達に牙を剥くなんて、誰が想像した?
使徒を第三新東京に行かせるわけにはいかないし、機龍フィアを使徒に奪われたままにするなんてもって他。
機龍フィアを奪還するにしても、破壊するにしても、どちらを選ぼうにも機龍フィアに取りついている使徒の生態がまったく分からないのでは打つ手がないと言える。
一番いいのは操縦席にいるはずの椎堂ツムグから何か情報がもたらされるか、あるいはせめてDNAコンピュータから使徒に関する情報が少しでも送受信できればよいのだが今はそのどちらもできない状態だ。
機龍フィアを操っている使徒の退治の仕方が見つからず焦りが募る研究室に、更なる絶望を知らせる放送が響き渡った。
『G(ゴジラ)が、日本海側から上陸! まっすぐ…、機龍フィアにいる方へ進行を始めました!』
使徒の出現、それすなわちゴジラ出現という流れ(一部例外あり)を、この騒ぎでうっかり忘れてしまっていたのである。
このうっかりについてフォローをすると、轟天号との戦いで大怪我をしたゴジラが海に逃げたという報告があり、怪我を癒すためにゴジラがすぐには動かないだろうと考えたからである。
しかしそういう期待は裏切られるものである。特にゴジラ関連では…。
「うまくいけばゴジラに機龍フィアについている使徒を剥がさせることもできるのでは!?」
「その前に群馬が焦土と化しそうですが…?」
「人口の密集に反応してゴジラが復興した都市を破壊して回るかもしれないんだぞ! なんとかして第三新東京に誘導させられないか!?」
「無理を言うな! 時間がない!」
「ゴジラは使徒を優先するなら、このまま機龍フィアを第三新東京に行かせ、ゴジラを誘導させれば…。」
「待て! ゴジラの様子がおかしいぞ!」
映像に映るゴジラは、使徒がついている機龍フィアを目指して地上を突き進むが、喉が焼き爛れ、抉れており痛々しい傷口が露わになっていた。その喉の傷のせいか、ゴジラの表情は痛みを堪えているようにしかめっ面であり、歩き方もどこか辛そうに見える。
「あれは…、轟天号の攻撃で受けた傷ですよね?」
「傷が治っていないのに、それでも使徒を殺すことを優先するのか…。」
「ですけど、あの喉の傷じゃ…熱線が吐けないなんじゃ…。あっ。」
熱線が使えない、つまり、物理攻撃という流れが頭に浮かんだ。
「き、機龍フィアが…、ば、ば、バラ、バ、バラバラにされたらどうしますか…?」
「……。」
「遠い目をして逃避するな!!」
「ゴジラが完全回復するのが先か、機龍フィアの奪還が先か…、祈るしかないな。ハハハ…。」
「だから現実逃避しないでください!」
***
一方。
科学研究部と技術部の方は小数点以下であろうとも勝利の可能性を探すために動いていた。
「DNAコンピュータの方は使徒にやられていないのは間違いないんだな?」
「何度も言っているでしょう。DNAコンピュータから発信されている信号はDNAコンピュータ自体が無事な状態でないと発信できない特殊なものなんですよ。信号が何度も発信されてきているということは、DNAコンピュータは使徒に支配されていないということなんですよ。」
「使徒に乗っ取られたうえで使徒がこちらを欺くために発信している可能性だってあるだろう。だから確認しているんじゃないか。」
「まったく! 頭しか使わない科学部は頭が固くて困るね! 機龍フィアのDNAコンピュータが共同開発じゃなかったら関わり合いたくなんてないよ!」
「G細胞完全適応者の細胞の研究データを提供してやったのになんて言い草だ! これだから古臭い頑固職人共の集まりは…。」
「…っ、無駄な喧嘩をしている場合じゃないのが分からないの!?」
科学部と技術部の微妙に仲違いをしているところが今になって浮上し両者が互いを罵っていると、音無が机を叩いて怒鳴った。
「こうしている間にも民間人や前線の部隊が危険に晒されているのに、無意味な言い合いなんてする暇なんてないわ! そんなことする暇と力があったらあの使徒をなんとかする方法を探すために使えばいいのよ! それもできないお荷物なんていらない! とっとと出て行って!」
「お、音無博士…、お、落ち着いて…。」
「あんたもオロオロしてないでこっちの計算式解いて!」
「は、はい!」
「それ終わったら、次はこれ! そこ! このデータの解析をやって!」
「あの…自分…、上司なんですが…。」
「はぁ? だから?」
「ヒィッ! やります! やらせていただきます!」
科学部が音無の怒りによってある意味で纏まりだした。
それをポカンっとして見ていた技術部の者達は、さっきまでつまらない意地を張ってやるべきことを怠ってしまった己を恥じ、遅れを取らないように動き始めた。
「……うん、うん…、うん、なるほど、確かにDNAコンピュータは、無事みたいね。」
技術部と力を合わせて解析を行った結果、機龍フィアの頭脳であるDNAコンピュータは、使徒に侵されていないことがはっきりした。
「使徒がボディを支配しておいて、頭(DNAコンピュータ)をそっちのけっていうのは、おかしいですな?」
「それに機龍フィアの動きがぎこちなすぎ。これは、全ての制御系統をDNAコンピュータから奪い支配下においたのではなく、部品を無理やり動かして他の箇所を動かしているというほうが正しいような気が。」
「二体に分裂する使徒と戦いの際に、使徒が機龍フィアの肩の関節の隙間に爪を突き刺そうとして、まるで火傷でもしたかのように慌てて爪を引っ込めていた動きがありましたが…、関係があるのでは?」
「機龍フィアの関節には、G細胞完全適応者の細胞が浸食しています。これは二番目にきたイカみたいな使徒(※シャムシエル)襲来の時のゴジラとの戦いで故障した時にその故障箇所を補うように骨組み内部にあるG細胞完全適応者の遺伝子が動いたのではないかという報告書があります。」
機龍フィアの素体とは、この場合、機龍フィアの体を支える背骨を中心とした骨のことを指す。
3式機龍が1代目のゴジラの骨を使ったので、後継機にあたる機龍フィアはゴジラの骨に似せた形に作り上げたG細胞完全適応者の椎堂ツムグの骨髄から採取した遺伝子細胞で、設計図上での機龍フィアの素体として記載されている物の正体だ。
骨型の素体の中の遺伝子細胞は生きて活動しており、DNAコンピュータからの刺激を受けて細胞が怪獣級(この場合ゴジラ)の細胞エネルギーを生産し、背骨以外の骨がそのエネルギー増幅・変換し機体全体に隅々に行き渡らせ、機動力と武装の威力、そして防御力に活かすのである。人間の細胞に依存したG細胞の亜種みたいな、本物のG細胞とは異なる遺伝子細胞ではあるが、遺伝子細胞の活動から生産されるエネルギー量は人間など足下にも及ばない本物の怪獣並(この場合ゴジラ)だったため、3式機龍の後継機の素材にG細胞完全適応者・椎堂ツムグの細胞を使おうということになったのである。
なお、使徒シャムシエル襲来の時にゴジラとの戦いの最中に強制シャットウダウンするほど壊れてしまった後、負荷がかかった関節に素体の遺伝子細胞が浸食して自己修復・自己進化と取れる現象を起こしたのは、完全に想定外のことであった。これについてやはり遺体ではなく生きているツムグを使ったのは間違いだったのではという意見も飛び交ったが、関節にツムグの細胞が沁みていたため、度々やっているゴジラとのプロレスでも壊れなくなったし、使徒イスラフェルが機龍フィアの肩関節を壊そうとしたのを防げたので、壊されにくくなったという点では、一応は結果オーライということになっている。
「使徒にとってG細胞は毒?」
「初めに第三新東京に現れた使徒も、ゴジラを酷く恐れて逃げようとしていました。」
「しかし、G細胞完全適応者と本物のG細胞は大きく異なるはず…。」
「使徒が恐れる要素が何なのかは今は置いて置いて、今は機龍フィアを使徒から奪還することが先決! 使徒がG細胞を恐れていることが間違いないのなら、この使徒がDNAコンピュータを支配しようとしない理由も頷ける。DNAコンピュータには、G細胞との融合個体・椎堂ツムグの遺伝子が使われているのだから。」
「動きがぎこちないのは、骨格及び関節などの主要部分のツムグの細胞を避けて、細胞の浸食がされていない部品を使って無理やり機龍フィアの機体を動かさせているからということ…。」
「それなら……、ツムグの細胞を活性化させれば使徒は機龍フィアの中にいられなくなるんじゃないのかしら?」
「どうやって?」
「最初の細胞の浸食が起こった時のように、刺激するればいいのよ。素体…、一番細胞が詰まっている背骨を!」
科学部と技術部が考案した機龍フィアのとりついた使徒を取り除く作戦。
機龍フィアの素体(背骨=脊椎)を攻撃して内部に詰まっている椎堂ツムグの細胞を活性化させて、使徒が機龍フィアの中にいられなくさせてしまうというものだ。
速やかに裏付けとなるデータと共に司令部に伝えられた。
彼らが機龍フィアに取りつく使徒と、その使徒を狙って大怪我を負っていながら上陸してきたゴジラに対応するために動いている最中も、ずっと機龍フィアのDNAコンピュータからは弱々しさが感じ取れる信号が送信され続けていた。
その信号の履歴と信号の内容などを分析した音無は。
「…3式に自我意識が芽生えた時のデータに、似てる…?」
過去の記録に残っている3式機龍に自我意識が芽生えた時の数値のデータの資料を、音無は見たことがあり、それに近いような気がしていた。
気になった音無は、科学者の仲間に使徒の経過観察などを任せ、機龍フィアのDNAコンピュータから送信される信号の数値を調べることにした。
***
さらに一方その頃。
『……やられた。ってか、参ったなぁ…。』
ツムグは、機龍フィアの操縦室の中で他人事のように目の前にあるモノを眺めながらそう呟いた。
ツムグが見ているのは、繭のような形状だが下手な鉱物より圧倒的に固い物質で操縦席ごと覆われてピクリとも身動きが取れなくなっている自分自身だ。
操縦室全体に硬質化した繭のような物質の線が張り巡らされ外部からの通信を遮断している。
ツムグは、精神の一部を硬質化した繭の外へ出して状況を確認し、何が起こったのかを理解して最初の言葉を吐いたのである。
精神の一部を外へ出したことで、自分の本体を覆って拘束している繭のような物体が使徒が作り出したものであること、精神の一部を外へ出さなければそれを認識することすらできない完璧な封印を仕掛けられていたことを理解した。
そしてミュータント(ちなみに尾崎以上)の超能力などもほとんど使えない状態だ。どうやらヘルメットのDNAコンピュータと脳との接続部分から直接脳機能を強制的に睡眠状態になるように働きかけられているらしい。
完璧と言えるほどの不意打ちだったため、長らく防衛軍やその他諸々を困らせてきた自由奔放の源だった力を抑えられてしまい、高い身体能力も脳機能の強制睡眠で発揮できない。
脳がまだ完全に睡眠状態に入っていないので、意識があるうちに精神の一部を外へ出して状況の確認を行ったのである。だが徐々に残っている意識も睡眠後の世界に引きずり込まれようとしている。もし眠ってしまったら夢さえ見ない深い深い眠りに落されるだろう。
『操縦席がこれじゃ…、機龍フィアちゃんの方もやられてるってことだよな。ってかむしろ、機龍フィアの中に入り込んでなきゃこんなことできないし…。』
使徒がどうやって機龍フィアに取りついたのか、その過程をツムグは、思い浮かべた。
他の使徒に触る機会は、三度あった。
一回目は、イスラフェル。こいつ(こいつら?)は、機龍フィアでコアをつぶして殲滅した。
二回目は、死んだマトリエルを基地に運ぶのを手伝った(吐血状態から復帰後)。
三回目は、ゴジラに焼き尽くされて空に粉塵となって舞ったサハクィエルの一部が風に乗って…。
『…まさか……。』
サハクィエルの部分で、ハッとツムグは気付いた。
使徒がどうやって機龍フィアに取りつき、今自分を抑え込むまでに至ったかを。
ツムグは、自分の推理が正しいかどうか確かめるため残っている脳機能をフル回転させて、遠くを見る力を使い、機龍フィアの両手を見た。
幽霊のようにだらりと垂れさせられた両掌には、機龍フィアの両掌の大きさに対して大きすぎず小さすぎもしない丸みのある塊のような物が張り付いている。死角になっていて地球防衛軍側はこの物体の確認が取れていないと見た。
更によくよく見ると機龍フィアの表面に走る青白い光がその部分から出たり入ったりしているように見える。
『あの双子(?)使徒のコアの粉塵と、超でっかい使徒の灰を触媒にして機龍フィアの中に瞬時に現れた…ってところか。ゴジラさんより弱いけど変な方向に規格外だな、使徒って! うっ…。やばっ…。』
ツムグが頭を抱えていると、ふいに強い睡魔が襲ってきて膝をついた。
精神の一部を外に出した今のツムグの状態を維持できなくなったのだ。
『アハ…ハハハ……。眠りにはちょっと弱いってのが…、こんな…とこ…ろ…で……、仇に……な…っ…た……。』
ゴジラは、ひとしきり暴れた時や、地球防衛軍や怪獣との対決などで怪我をした時は、住処に戻り深く眠る習性がある。その眠るという部分というか…貪欲というかそういうものがG細胞の変異の細胞を持つツムグにもある程度受け継がれてしまっていた。なので大きなダメージを受けた時は寝て過ごすことが多いし、眠ることが嫌いじゃない、むしろ好きなぐらいであった。それが今仇になり、使徒からもたらされる強制的な眠りに逆らえなくなってしまったのだ。
ざまあないっという表情を浮かべたツムグの精神の一部は、宙を仰ぐように首を動かして、やがて消えた。
機龍フィアの操縦室の機器が、ツムグの変化に反応して、まるでツムグに呼びかけるように機械音を鳴らし、光を点滅させた。
---------ォ-キ、テ-------ォ------キ------テ------
弱々しく、小さいその音…。よーく耳を澄ませれば声のように聞こえるその音が空しく響いた。
***
使徒に取りつかれた機龍フィアを迎え撃つための布陣を引いた地球防衛軍。
尾崎は、特殊な貫通弾が詰まったロケット砲を担いで、周りに控える仲間で隊の部下であるミュータント兵士と共に、その時が来るまで待機していた。
音無がいる科学部と機龍フィアの開発・改造をしている技術部から伝えられた使徒への対抗策が司令部を通じて前線部隊に伝えられた。
機龍フィアの超合金のボディの下にある素体(ゴジラの骨格の形にコネて固めたツムグの遺伝細胞の塊)に大きな刺激を与えてすでに関節などに浸食しているツムグの細胞を活性化させて機龍フィアの機体を無理やり動かしている使徒を追い出す…、または機体の内部で死滅させるのである。
そのために白兵戦や戦車などの移動兵器扱うことを主とするミュータント部隊に支給されたのが、目標に当たると爆薬の詰まったドリルが目標を貫いてその内部で爆発するという特殊な貫通弾であった。これは、土砂崩れや倒壊した建物の復興の役立っていた製品でもあり、その威力はこれを使ったことがったり使われた現場を見たことがある者は皆太鼓判を押す代物だ。
ただ、機龍フィアの超合金に穴を空けられるかといったらそんなことはない。むしろドリルが粉々になって表面で爆発するだけで終わる。あくまでも今回の目的は、機龍フィアの素体の内部に詰まっているツムグの遺伝細胞の活動を活発化させることなのだから、内部に影響が少しでもある武器が必要だったのだ。なので攻撃目標は自然と背骨部分になる。ここが一番素体に近いといえるから。
機龍フィアの歩行による地響きが徐々に大きくなっていく。待機している尾崎も仲間達も、他の場所に配置されている部隊にも緊張が走る。
気候の都合で霞がかっていた景色の中から、ぬぅっと不気味な様子で青白い光の筋を全身にまとった機龍フィアが現れた。
『作戦開始!』
マイクから熊坂の号令がかかり、待機していたすべての部隊が動き出した。
「尾崎少尉! 頼みますよ!」
「ああ! 分かってる!」
歩行を続ける機龍フィアが起こす地響きに臆することなく、機龍フィアを目指して走る尾崎の部隊。
別の方向では風間も部隊を率いて頑張っている頃だ。
尾崎は作戦が伝えられた時、現時点で尾崎にしかできんだろうということで特別な指示が下された。
機龍フィアは、基本的にDNAコンピュータと操縦者によって内部から機体をコントロールするのが基本であるが、万が一のため外部から手動で操作が効くように保険がついている。まあこれについては他の軍事兵器だけじゃなく、一般の物にも備え付けられていることであるのだが。
機龍フィアは、七つのリミッターを組み込まれており、これを解除するとすべての機能が高まる設計になっている。要するにこのリミッターは、素体の中にあるツムグの細胞の活動を抑え込んで、いざ外すと反動で活動が活発化するのを利用したピンなのだそうだ。
通常は操縦者(椎堂ツムグ)の判断で解除、または蓋をし直す物なのだが、何らかの理由で内部からの制御でリミッターが解除できなかったり、逆に蓋のしなおしができなかった場合に備えての緊急時用として外部に取り付けたリミッター制御装置があることを技術部が科学部に教えたのである。
なにせもしもの時、つまり緊急時…、それでいてまだ一度も作動させたことがないため正常に作動するかはぶっつけ本番なのだとか…。ちなみに取り付け自体は機龍フィアの開発時に行っていた。だが未知数のG細胞完全適応者の遺伝子細胞を使っているため制御装置がきくかどうか分からず機龍フィアに何かしらの変化が起こったり修理や改良のたびに新しく作り直された物を取り換えていたので結果としてぶっつけ本番になってしまったのである。
この外部に取り付けられたリミッター制御装置を使えば、攻撃目標の素体…、この場合背骨部分に無駄弾を使わずともツムグの遺伝子細胞を一気に活性化させられるはずらしいのだが、問題なのは、その取り付けられている場所である。
「なんで首の後ろの付け根なんでしょうかね!? もっと低いところにつけろって話ですよ、まったく!」
「試行錯誤してるんだ、仕方ないだろ…。」
……首の後ろの付け根(背骨の左方向)にあるというのである。
100メートルの一番上ではないが、それでも高すぎる位置にある。しかも不安定。それでいて動いている。あとその制御装置の設計図によると手動で捻る代物らしい。
そこまで登るのなら尾崎じゃなくても、風間や高いところに登るのが得意なミュータント兵士でもできることであるのだが、なにせまだその性質や形状などが不明な使徒が取りついてる機龍フィアに登るとなると使徒から攻撃を受ける可能性が非常に高く危険すぎた。そこでカイザーである尾崎に白羽の矢が立ったのである。尾崎の素質はまだまだ底が見えないため本人の心の在り方のせいか力が抑えられ気味なところがあり、感情の高ぶりやヤバい時の咄嗟のことで普段以上の力が発揮される場面がこれまでに多々あった。だから使徒(敵)の懐に飛び込むにあたりサイキックによるバリアを張って身を守りつつ、かつその状態を維持しつつ外部に取り付けられた制御装置を作動させるために機龍フィアの巨体を登らなければならない。そうなると風間や他のミュータント兵士では無理なのである。
作戦を伝えられた時、風間は自分もと志願しようとしたものの、尾崎と風間の両名が失われる事態になった時にリスクを説かれ、それでも引こうとしなかった風間を熊坂が殴るという事件が発生したものの、熊坂に叱られ、やるべきことを説かれた風間は、殴られたことで口の端から血を垂らしながら悔しさに拳を握りしめながら感情を押さえた。
走り続け、やがて機龍フィアとの距離が目と鼻の先になった時、尾崎達は止まり、そして仲間達が陣形を組んだ。
尾崎を、機龍フィアのボディに飛ばすために。
「頼んだぞ、みんな!」
尾崎が部下であり仲間であるミュータント兵士達の顔を見渡して言うと、彼らは力強く頷いた。
ミュータント兵士達の超能力が集まり、尾崎の体を機龍フィアへ飛ばすバネを作り出していく。
地響きと舞い上がる砂塵に妨害されつつもついに完成された跳躍のための超能力のバネが完成し、尾崎が助走をつけてそこへ向かって走った。そして地を蹴り飛んで、その見えないバネを踏みしめた時、尾崎の体が僅かな残像を残して消えた。
尾崎が消えた後、バネを作るのに尽力したミュータント兵士達は、膝を地に着いたり、その場に腰を落とすほどの疲労感に襲われた。
「たの…み……ます…、少尉…。」
膝をつくだけじゃ足りず手もついたミュータント兵士が、機龍フィアへ飛んでいった尾崎に向かって祈った。
何人ものミュータント兵士の超能力を束ねた強い力で瞬時に機龍フィアのボディすれすれのところへ瞬間移動した尾崎は、フックを飛ばして機龍フィアの体の凹凸に引っかけ、機龍フィアのボディの上、腰のあたりに足をついた。
次の瞬間、機龍フィアの体に走っていた青白い光が生き物のように反応した。それを尾崎はすぐに察知し、全身にバリアを張ると、機龍フィアのボディの表面からネバネバとした形状の青白い光が尾崎を襲おうとしてバリアに弾かれた。
「っ、くっ!」
フックについたワイヤーを握る手に違和感を感じてそちらを見た時、引っかけたフックを伝って青白い光を放つネバネバがワイヤーを溶かしながら尾崎の手に向かってきていた。
尾崎は素早くワイヤーから手を離し、ほぼ垂直に機龍フィアの体に立った。
弾かれても襲って来る使徒と思われる青白い光のネバネバが波のように動いて尾崎に迫りくる。尾崎は、機龍フィアの首の付け根を目指してほぼ垂直で、しかも凹凸がある機龍フィアのボディの上を走った登った。
***
「M-1班からです。尾崎少尉を機龍フィアに飛ばすのに成功したと。」
前線司令部のオペレーターがヘッドフォンに片手を当てながら司令官に伝えた。
「M-2班から、機龍フィアの背骨への攻撃を開始の合図ありました。」
「機龍フィアの動きはどうだ?」
「変化は今のところありません。使徒を識別する反応も相変わらずです。」
「やっぱ物理的に素体(骨格)の殻を破るのは難しいか…。まあ、簡単に壊れるようじゃゴジラとプロレスなんざできるわけないしなぁ。」
熊坂がそう呟いて大きく息を吐いた。
「それならどうやって機龍フィアの関節に細胞が浸食するんだ? その殻ってのはメチャクチャ固いんだろ?」
「聞いた話じゃDNAコンピュータからの危険視号に反応したツムグの馬鹿の遺伝子細胞が、普通の生物みたいに傷ついた体を治そうとする動きをしたかららしい。殻が固いっつっても簡単には骨が折れないようにするための固さであって、素体自体は柔らかいって話だ。人間サイズのツムグの細胞を培養しまくってよぉ…、それをなんかあれやこれしてゴジラの骨の形にコねて固めて…、3式のゴジラの骨を使っていた部分の代わりにするってなぁ……。科学者の連中はどうしてもゴジラでゴジラをぶっ倒そうって腹みたいだな…。」
「下手すると機龍フィアが第四のゴジラになる可能性が高そうだな…。」
「今回の作戦がもし成功したなら、機龍フィアの内部を浸食する生体の部分が増える。……そんな結末が来ないことを祈るしかないな。」
機龍フィアを奪還するにしてもしないにしても、機龍フィアに待つ未来は決して良いものではなかった。
決して良い未来が待っていないという意味では、機龍フィアの素材の提供者であるツムグと同じである。
機龍フィアは、DNAコンピュータもツムグの遺伝子から作られているので、そう言う意味では一卵性の双子のような、同一遺伝子のクローンのような非常に近しい関係だ。
もしも機龍フィアが人の制御を完全に離れ、機械と生体を融合したG細胞の怪獣……第四のゴジラになってしまった場合、同一の遺伝子細胞のツムグは確実に引きずられて最悪の人類の敵に成り果てるだろう。浅間山の一件で、量産された不完全なDNAコンピュータを乗せたスーパーX2の量産機がゴジラ撃墜された時のツムグへの影響力の大きさが分かり、ゴジラそのものに引きずられるより、自分と同じ存在に引きずられやすいとうことは間違いない。強いて言うなら、ゴジラとDNAコンピュータとでは、従弟と一卵性双生児ぐらいの違いなんだから近い方に引っ張られるのは当たり前と言える。
「ゴジラが間もなく、作戦エリアに来ます!」
「深手を負ったゴジラと、メカゴジラに寄生してる使徒か……。どうなる? この戦い…。」
「尾崎…、頼んだぞ。」
ゴジラの接近が間近に迫り、あとは勝敗がどのように決するか待つしかないと熊坂達は覚悟した。
***
第三新東京を目指して全身を続ける、使徒に乗っ取られた機龍フィアの背中の真ん中あたりで、尾崎は、機龍フィアの背筋の凹凸を掴んで宙ぶらりんになっていた。
「くっ…! あと少しなのに…!」
首筋の下を目指してほぼ垂直な機龍フィアの上へを走っていたが、ネバネバした形状で襲って来る使徒の妨害が激しく、使徒から身を守るために張っているバリアを保つために余計に体力が消耗されてしまい、このままではまずいと方向転化した時、使徒からの攻撃がこない部分があることに気付き、慌ててそこの部分に移動したのだが…。
「背筋は使徒がついてないのか? 初めから背筋を登って行けばよかった…!」
今更悔やんでも仕方ない。登っている途中、風間や他の部隊から攻撃が背筋に向かって行われていたので背筋を避けて動いていたからだ。
ゴジラも迫ってきているし、とにかく時間がないので消耗した体力の回復を待たずに外部に設置されたリミッター制御装置を目指すしかない。
尾崎は意を決してバリアを張り直し、再び機龍フィアの表面を登り始めた。
安全圏から出たことで再び使徒からの攻撃が始まったが、それを乗り越え、やがて目標の首筋の後ろに到達し、作戦を知らされた時に見たデータに記載されていた外部に取り付けられたリミッター制御装置を探して周りを見回した。
「! あった!」
背筋の後ろのやや横辺りに禁止マークが描かれた不自然な装甲の板があり、尾崎はそこへ向かって足を踏み出そうとして…。
「っ、なんだっ!?」
ズボリッと足が沈んだ。
装甲に見せかけた使徒の塊に足を取られ、その隙をついて、周囲から花弁のように浮き上がった青白いネバネバが、尾崎を取り囲み、尾崎を飲み込んだ。
「ーーー!!」
飲み込まれまいと足掻くも不定形な使徒の中で溺れるように尾崎は包み込まれ、機龍フィアの首筋付近に人ひとり分ぐらいの繭のようなものが出来上がった。
***
使徒に乗っ取られた機龍フィアは、ついに第三新東京に着いた。
そこで待ち構えていたのは、弐号機と四号機。
弐号機がカウンターソードという新装備を、四号機は、ガトリング砲を二丁。
『で…? アレ、ぶっ壊して構わないのね?』
『ええ…。壊す勢いで構わないから止めろってお達しよ。』
『んん?』
『どうしたのよ、メガネ?』
『なんか…、メカゴジラが止まった。』
荒れ果てた第三新東京をある程度進んだところで、使徒に侵された機龍フィアが立ち止まった。
シーンっと静まりかえった中。
『機龍フィア内部に高エネルギー反応!』
『地球防衛軍からの伝令! 使徒により、機龍フィアの動力炉が暴走を開始! このままでは、爆破するとのこと!!』
『なんですって!?』
『ああ〜…、なるほどなるほど。』
『リツコ!? なにひとりで納得してるわけ!?』
『いやあね。使徒がわざわざ使いにくい機龍フィアを乗っ取るなんて真似をしたのか気になってたのよ。ようするに、爆弾代わりに使おうって腹だったってことよ。』
『爆弾代わり!?』
『コレを見て。』
リツコがパソコンのモニターに、MAGIが出した爆発予測データをミサトに見せた。
『何コレ…、なんで縦に爆発してるの?』
『機龍フィアの動力炉の形だとこう爆発する可能性が高いってことよ。まあ、横側の範囲からしても第三新東京を木っ端微塵にはできるわね。N2兵器と違って頑丈さじゃ、世界最強だろうし、使徒からしたらこれ以上は無い殻代わりにもなるし……。あとは、のんびりと動力炉が爆発するまで待ってればいいだけなのよ。」
なーんてことないとばかりに言うリツコの様子に、ミサトはワナワナと震えた。
『り、リツコ、あんた…、この最悪の状況でよくもそんな…。』
『ええ、そうね。最悪だから吹っ切れたのよ。悪いけど、MAGIの出した答えだと、機龍フィアの爆発を止めるなんてできないわ。そもそも機龍フィアを壊すことさえ無理よ。』
『っ! やってみないと分からないじゃない! アスカ、相田君! 攻撃開始よ! なんとしてでも機龍フィアを爆破させないで!』
『分かってるわよ! いくわよ、メガネ!』
『ほ、本当に壊しちゃって良いのかよぉ…?』
『ぶっ壊さないと世界が終わるのよ! 文句言わないで!』
『分かってるよぉ…。』
エヴァンゲリオン、2機による、攻撃が開始されようとしていた。
***
真実を知る者達はともかくとして、地球防衛軍に知らされているのは、使徒がネルフの深部に到達すれば、サードインパクトが発生するという話である。
狂言じみたその話が真実であるように第三新東京を目指す使徒。
その可能性が確定しかけていると言っても過言ではない状況が出来上がったことに、世界の終わりを予感した多くの者達が、恐怖した。
イロウル。その名の意味は、“恐怖”である。
To be continued...
(2020.09.05 初版)
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