ゴジラ対エヴァンゲリオン(仮) リメイク      

第十八話

エヴァンゲリオンvs機龍フィア(イロウル)

presented by 蜜柑ブタ様


 尾崎が使徒に飲み込まれた時、基地にいた音無は、ハッとして席から立ち上がった。
「音無博士?」
「……おざき…くん?」
「えっ?」
 胸を押さえ、焦燥した表情を浮かべる音無の姿に、科学部の仲間達は訝しんだ。

 その時、音無のパソコンに何かが通知された音が鳴った。
 その音で我に返った音無は、パソコンを操作した。
 そして手を止めた。

「………ナノサイズの…群体…、使徒……、名…は、…IREUL(イロウル)?」
「音無博士、それは?」
「機龍フィアのDNAコンピュータからの信号をまとめて、翻訳したものです…。DNAコンピュータが、使徒の解析を送ってくれた。使徒の正体がやっと分かった! イロウル! ナノマシンサイズの群体の使徒! この解析が正しければ、環境適応能力が武器でG細胞に必死で適応しようと自己進化を続けているから機龍フィアを動かすことができたんだわ! だとしたら…、素体の中のツムグの遺伝子細胞を活性化せても使徒を倒せるかどうか…。」
「そのデータを至急こちらにも回してくれ! 諦めるわけにはいかん!」
「尾崎君…。」
「しっかりするんだ! 君がそんな状態でどうする! 尾崎少尉のためにも気をしっかり強くもて!」
「っ! はい!」
 尾崎のことで悪い予感が脳裏を過った衝撃から放心しかける音無を、上司の科学者が肩を掴んで言い聞かせて正気に戻させた。
 機龍フィアのDNAコンピュータから送られて来た使徒イロウルに関するデータが科学部と技術部に行き渡り、今までの使徒とはまったく異なる形質を持つこの使徒を倒すための方法を探した。





***





 機龍フィアを乗っ取っている使徒の正体が明らかになったことは、前線部隊にも伝えられ、衝撃を走らせた。
「微生物の使徒の集まりだとぉぉぉ!?」
 届いた報せとその内容に前線司令官がたまらず叫んだ。
「だ、だとしら…、機龍フィアに直接登って行った尾崎少尉は…。」
 副司令官が恐る恐る、M機関の士官を務めている熊坂の方を見た。
 熊坂は、使徒イロウルに乗っ取られている機龍フィアを睨みつけて、固く拳を握っていた。
「熊坂…。」
 熊坂とは旧知の仲の前線司令官は、熊坂の心中を思い、彼の背中を見た。


 そうこうしていると、エヴァンゲリオンによる攻撃が始まった。

『ミサトさん! 全然効果ありませんよー!!』
 ガトリング砲を二丁抱えて撃ちまくっているケンスケであるが、ガンギンゴンギンっと鈍い音が鳴るばかりで機龍フィアの装甲に傷ひとつ付かない。
『でやあああああああああああ!!』
 アスカがカウンターソードで斬りかかる。だが刃が接触した瞬間、ガキーンッと鋭い音が鳴りカウンターソードが3分の1折れた。
『っ、ウソでしょ!? 分子レベルで切り裂く刃でも切れない装甲って…!? なにで出来てんのよ!?』
『アスカ! 怯んでる場合じゃない! 首よ! 首の関節を狙うのよ!」
『ちぃっ!』
 アスカは、歯を食いしばり、折れたカウンターソードを突き出して機龍フィアの首と顎の間の関節に折れた部位を突き刺した。そして柄のトリガーを引き、カウンターソードの弾丸を発射した。しかし……、弾丸が砕けて煙が出ただけでやはり機龍フィアには傷ができない。
『腹ぁ!』
 ならばと弱そうな部位を狙う。腹部の絶対零度砲のある部位を狙ったが、ガキンッ!と空しい音が鳴り、更に手足の関節、高く飛び上がって頭部を狙ったがだんだんとカウンターソードの長さが短くなるばかりでやはり傷ひとつ付かない。
『あああああ!! イライラするーーーー!!』
 アスカがエントリープラグの中で頭をかきむしった。
 すると。


 ーーーーーAUTO PILOT PROGRAM BOOT


『えっ?』
『アスカぁ! 避けて!』
『なに、あっ?』
 次の瞬間、ゴウッと横から来た銀と赤の太い尻尾を見てアスカは、一瞬呆けた瞬間、弐号機の横っ面に機龍フィアの尻尾攻撃が当たっていた。
『ガッ…!?』
 シンクロでダメージが伝わり、首の骨がグキビキッとなる感じがした。
 弐号機は、吹っ飛ぶが、吹っ飛んでいく直後その右足を機龍フィアが掴み、ジロッと四号機を見た。
『ひっ…!』
 ガトリング砲を撃ちつくして立ち往生していた四号機に乗るケンスケが自分に矛先が向けられて焦った。
 機龍フィアは、弐号機の足を掴んだまま、引きずりながら突撃してきた。
『ひ、いぃいい…、うわあああああああああああああああああ!!』
『相田君!?』
 ケンスケは、あろうことかガトリング砲を落とし、敵前逃亡を図った。
 すると、ブンッと背後から弐号機が投げつけられ、逃亡する四号機の背中にクリーンヒット。
『ぐぎゃっ!?』
 背骨がやられる音がしたような気がしながらケンスケは、白目を剥いた。
『ぐ……、この馬鹿メガネ…! 逃げようとしたわね!? あとで覚えてなさいよ!? ちょっと聞いてるの!?』
 しかしケンスケからの返事は無い。四号機内部を映したモニターを見ると、ケンスケは、白目を剥いて気絶していた。
『ほんと…! 使えないんだから!!』
 アスカは、そう怒鳴りながら立ち上がった。その瞬間、機龍フィアの蹴りが下からきて、基本猫背のエヴァンゲリオンである弐号機の胸当たりに当たり、吹っ飛んだ。
『あああ!!』
 ドンッ、ゴロゴロっと、荒れ地の上に転がった弐号機は、立ち上がろうと手を踏ん張ると、そこにあっという間に近づいた機龍フィアが弐号機の頭部を踏みつけた。
『いっ…ぎっ!』
 弐号機の頭に機龍フィアの重量がかかる。機龍フィアの足の下でもがくが、まったくびくともしない。あと少しで踏み潰されようとしたとき。

「ゴジラが機龍フィアに接近!」

 喉に重傷を負ったゴジラは、目を血走らせ、歯をむき出して使徒に操られている機龍フィアの背後から掴みかかっていた。
 そして、機龍フィアがそちらに気を取られた瞬間、弐号機から足がどかされた。だがアスカは、痛みと、リツコの判断によるシンクロの遮断により弐号機を操作できなくなっていた。





***





 使徒が機龍フィアを乗っ取って、ネルフの真上で機龍フィアを爆発させようとしているというのを聞いて、ゼーレは、ゼーレでパニックになっていた。
『あの忌々しい黒い怪獣を模した木偶が逆に利用し、防衛軍のくそ共を追い詰めるや良し! だがネルフの特殊装甲の上で爆発して、爆発に乗じてネルフ本部に使徒に行かせるのは、いかん! いかんぞぉ!』
『どうするのだ! こんな事態は想定外だぞ!』
『何かいい方法があるなら誰か言ってみろ、こらっ!』
『このままでは我々の計画が…、ただでさえ修正が埒が明かないというのに…!』
『まだ6体の使徒が現れてもいないのに、ネルフ本部あるエヴァシリーズまでもを失ったら…。』
『ネルフ本部が自爆すればリリスも失われてしまうぞ!』
「…我々の想定以上に使徒が強化されてしまっておるようだな。」
 ギャアギャア騒いでるモノリス達と、中央で肘をついて表面上は冷静に分析しているキールだった。

 どうやら機龍フィアに使徒イロウルが取りついて、ネルフの上部にある特殊装甲を破壊して本部の地下へ行こうとしているのは、彼らのシナリオを越えたことだった。そのせいで彼らの計画に必要なエヴァシリーズもリリスも全部消し飛びそうになっていて、ゼーレは、秘密結社としての威厳はどこへやらでパニックになってしまったのだった。

 ところで、機龍フィアがここで失われてしまったら、ゴジラと互角にやりあえる人間側の最強の武器がなくなり、ゴジラ側が有利になってしまうという危険が待ち構えていたのだが…、ゼーレは、それを考える余裕がなかった。
 しかし腐っても人類の文明の陰で暗躍していた秘密結社。そのことに気付いて頭を抱えることになるのだが、それは別の話である。





***





 無機物やら有機物が焼けた、不快な悪臭がした。
 その匂いを嗅いで、ツムグは、目を覚ました。
「あれ、……ここは?」
 そこは崩壊した街中だった。
 目をこすり、それから周りを見回すと、倒壊した建物の瓦礫の隙間や、下敷きになったその下や、グシャグシャにへしゃげた車の中など、とにかく色んな所に人間の死体があった。
 原形が残っている死体は、はっきり言って少ない。この大規模な破壊で原形がある死体が残るという方が難しいだろう。
 ツムグは、死体に特に関心を持たず、あてもなく破壊された街中を歩いた。
 とぼとぼ歩いていると、ふと立ち止まる。
 目の前には、巨大な生物の足跡。
「…ゴジラさん?」
 ゴジラの足跡だった。その足跡の中心には、ペッちゃんこになった…辛うじて人間?って判別ができる形で地面の染みになっている死体があった。
「なんでまた? 使徒ちゃんは何がしたいんだか…。」
 自分を無理やり眠らせた相手のことはしっかり覚えている。脳に手出しされたとはいえ、精神がグチャにならないのは、G細胞のせいだろうか?
「ま〜、とりあえず何とかして起きないと…。っ?」
 頭をボリボリとかいて、再び歩き出そうとしたツムグは、巨大な地響きを感じた。
「ゴジラさん? あっ。」
 思わずゴジラを探して宙を見上げた時、大きな瓦礫がこちらに向かって飛んできた。
 咄嗟に避けると、足元にじわりと赤い血の小さな川が流れて来た。
「場面が変わった? なんだなんだ?」
 飛んできた瓦礫とその下から流れて来た血を見ているうちに、微妙に場面が変わったことに気付いて周りを見回した。
 ふいに足に何かの看板が当たって転がった。
 ツムグがそれを反射的に見た時、ツムグは、ピタッと止まって、それからスゥっと目を細めた。
「悪夢を再現して…、俺の精神(こころ)を壊そうってか?」
 『椎堂(しどう)』と辛うじて読める壊れた看板の一部。
 足元を汚している血が示すことは、つまりそういうことだろう。
「あいにくとさぁ…、俺、全然覚えてないんだわ。俺が今の俺になるまでの事。だからどーでもいいんだ。マ・ジ・で。」
 ツムグは、そう吐き捨てると、乾いていない血を下から流している瓦礫の塊を殴って砕いた。
 その瞬間、粉々になった瓦礫の下から青白い鋭い爪を持つ無数の手のような物がツムグに向かって伸びて来た。
 爪がツムグの体に突き刺さろうとしたが、ツムグの体の表面に触れた瞬間、爪の先から青白い手はガラスが砕けるように微塵になった。
 キラキラ光る青白い粒は、宙を舞い、渦を作りながらツムグを見おろすように動いた。
「チャレンジ精神は認めるよ? 俺を無理やり眠らせたり、機龍フィアちゃんの全部とは言わずとも、ほぼ全身を乗っ取ったのもさぁ。俺が覚えていない過去を悪夢にして俺に見せるってアイディアもG細胞に直接触れない使徒ちゃんの攻撃手段としてはいいと思うよ。でもさぁ…。」
 青白い光の粒は、数を増し、やがてツムグにとって崇拝する相手の姿を象っていった。
 ツムグは、それを気に入らないという目で見つめる。
「その“もてなし”は、すっげーーーーーーーーーーイヤ!」
 青白い光で出来たゴジラの形を指さし、ツムグが絶叫した。
 使徒が模した青白い光のゴジラがゴジラをマネした雄叫びを上げ、足を上げてツムグを踏んだ。
「下手なマネなんかするなーーーー!」
 一目で偽物だって分かるが、ツムグにとって崇拝する相手を敵が模しているのは心底気に入らなかった。
 ツムグは、踏まれた瞬間、地面に空いた漆黒の闇の中に落下しながらそう叫んだ。
 ツムグが穴の中に消えると、ゴジラを象っていた青白い光は散り散りになり、ツムグを追撃するべく穴の中に入って行った。

 その様子を離れた場所から見ている存在があった。
 パッと見、影のようにも見える辛うじて人型のそれは地に膝をつき、どうすればよいのか途方に暮れていた。

 -----------ツムグ…、----…--- ツ ム グ -----

 どこか儚さを感じさせる女の子のような声が、響いた。





***





 ゴボリッと。
 尾崎は、口から泡を吐いた。
 光のない、青黒い奇妙な液体の中に閉じ込められた尾崎は、上も下も分からないままもがいた。
 機龍フィアを支配し、操っている使徒に捕まり飲み込まれた。
 脱出をしようと手足を動かすも触れるのは、液体のような感触だけでそれ以外がない。
「(…息が……。)」
 液体の中なので酸素が得られるはずがない。
 息を大きく吸う暇もないまま、捕まって飲み込まれたためどんどん苦しくなっていく。
 しかし諦めるわけにはいかないと、最後の最後まで足掻こうと尾崎は動いた。

 その時、尾崎の目の前で強い光が発生した。

 閉じた瞼の上からでも感じたその光に反応して目を開けると、自分がいまいるはずがない場所で尾崎は倒れていた。
「こ、ここは?」
 起き上がり、周りを見回す。
 倒壊した建物や車や家電、それ以外にも様々な物が転がっている。
 座り込んでいる地面の感触も本物のようだ。
 リアルだが、おかしい点がいくつかあった。周りに音がない。そして空気の動きない。匂いもない。つまり時が止まったように尾崎以外のすべてがおかしかったのだ。
 とりあえず状況を整理しようと尾崎が思考しようとした時、強烈な血生臭い匂いと共に手に液体が触れる感触があった。
 驚いてそちらを見ると、大きな瓦礫の下からドロドロと赤黒い液体が流れ出ていた。
 瓦礫の下に生き物がいる。だが…、流れ出てくる血の量といい匂いといい、被災地の救助と捜索経験がある尾崎は、瓦礫の下には死体があると認識せざるおえなかった。
 リアルな夢とはいえ、放っておくのは忍びないと感じた尾崎は立ち上がり、せめて瓦礫に潰されている状態から解放しようと思い、立ち上がって瓦礫に近づいた。
 するとなぜかは分からないが、見えない力に吸い寄せられるように瓦礫の傍に落ちている衣類の切れ端のようなものや、文字盤の破片や、オモチャだったと思われるが原形がほとんど失われた物に目が行っていった。
 丁度いいぐらいにそれぞれ一文字ずつぐらい字が残っていた。
 それらの文字を組み合わせると、つ、ム、ぐ、となる。
 尾崎は、あれ?っと思った。どこかで聞いたことがある話の内容と、今の状況が似ているというよく分からない確信みたいまものが脳裏に浮かんだからだ。
 更に追い打ちをかけるように、ちょっとだけ離れたところに、『椎堂』と書かれた看板の一部みたいなものが落ちていた。形からするに『椎堂』は中間か後半部分の文字だったっぽい。
「なんでだ?」
 なぜ自分が他人の過去の映像の幻の中にいるのか、そもそもこれが本当に“彼”……、椎堂ツムグの過去が再現された光景なのかどうかすら謎だ。
 ツムグの名前の語源が、発見された場所に落ちていた物から適当につなぎ合わせてつけた仮の名前であることは聞いていた。名前の語源になった物の詳細は知らないが、ゴジラと怪獣の戦いが繰り広げられ破壊され尽くした現場にあった物だから形を保っている物はほとんどなかったはずだ。だから自分が目にしている文字が残っている壊れた物類が後のツムグの名前になった可能性が高い。
 だとすると…。
「この下に、いるのは、…ツムグ? ツムグなのか?」
 瓦礫の下から流れ出ている血は、乾く気配がない。それどころか、瓦礫の下の隙間からブクブクと血が泡立ち始めている。
 破壊し尽くされた街の中で、誰にも知られることなく密かに胎動し、そしてG細胞完全適応者『椎堂ツムグ』と呼ばれることになる、あの神出鬼没のトラブルメーカーで、とりあえずは味方なんだがゴジラを崇拝しているところがあり、よく分かんない変な奴で、機龍フィアの材料にしてその操縦者となる者が生まれてくる。
 ブクブクと泡立っていた血が、勢いを増してボコボコと激しく泡立ち始めた。人間の大人よりも大きい瓦礫がグラグラと動き始めていた。
 その激しい変化に、尾崎は思わず後退りした。
 被災地の救助と捜索で、酷い死体は幾らでも見たし、その死体を回収することもした。あの時は吐き気とかそういうものなんかより、死体になってしまった者達が哀れで、救うことができなかったというショックの方が大きかった。
 今目の前で生まれてこようとしている、奇妙な知人(?)の様は、それまで尾崎が感じたことがない強烈な吐き気と悪寒を湧きあがらせた。
 そして、まるでそのタイミングを見計らったかのように、尾崎の体に、背中から衝撃が走った。
 衝撃で思わず退けぞったため、ゆっくりと目線を後ろにやると、青白く光る捻じれた槍のようなものが背中に突き刺さっていた。
 激痛と共に喉をせり上がってきた鉄の味を堪えながら、尾崎は咄嗟に、これは夢だ、幻だと己に言い聞かせた。
 超能力の活用の訓練と同時にそれに対する耐性を養う訓練と、人体などの神秘についての勉強などで“病は気から”という言葉通り思い込みで肉体に外傷や毒や病にならなくても死亡すると教わり、一歩間違えば死に直行レベルの精神系の超能力の攻撃を受けて耐えたり退ける術を体で覚えさせられた(※能力の有無に個人差があるのでレベルの上限は人によっては違う)。
 今いる場所が現実ではないと分かっているからこそ、ここで死んだとしたら現実の自分も死ぬと理解していたからこその対応だった。
 これは夢だ現実じゃない!っと繰り返し強く念じ続けていると…。

 ど派手なガラスが砕けるような音がして、尾崎がビクンッと反応してそちらを見た。

 それと同時に背中に刺さっていた槍みたいなものも光の粒なって飛散し、尾崎の周りを漂いだした。
 尾崎の視線の先には、中空に空いた穴から落ちてくる、椎堂ツムグがいた。
 ツムグは、尾崎を見つけてギョッとした。
『尾崎ちゃんんん!? なんでここにぃぃぃい!?』
 尾崎を指さしながら落ちていくツムグは、地面に接触した途端、地面が粉々に砕けて空いた暗闇の穴に吸い込まれるように落ちて消えてしまった。
 尾崎は、ポカーンっとツムグが消えた場所を見つめていた。
 なぜかは不明だが、尾崎がさっきまで刺されていた箇所も元通りに戻っていた。
「えっ、ツムグ? 一体、何が?」
 何が何だかさっぱり分からんと尾崎は膝をついた。
 そこにきて尾崎は、やっと自分の周りにある青白い光の粒に気付いた。
「なんなんだこれは!? まさか、使徒か!?」
 自分に纏わりついていた光を体を振って払い落しながら、尾崎は光の粒の包囲から脱出した。
 竜巻のように渦を作っていた使徒は、その外へ逃げ出した尾崎を見おろすように動く。
 尾崎は、身構えながら自分が今置かれている状況を確認した。
 機龍フィアの首の後ろ辺りある、外付けリミッター解除装置を使おうとかなり近くまで接近できたまではよかったが、機龍フィアの装甲に擬態していた使徒に捕まって丸呑みにされてしまった。
 丸呑みにされた後、窒息しそうになったが、使徒はなにを考えたのか夢の世界から攻撃をしかけ、夢の世界で殺そうとしてきた。
 しかもなぜかツムグの過去っぽい映像。たぶん機龍フィアの操縦室に閉じ込められているツムグから得た情報を基にこの夢を作ったのだろう。
 機龍フィアの表面に走る青白い光の筋と同色なので、目の前にいる光の粒々が使徒であることは間違いない。
 今まで固形の形で出現してきた使徒だったが、この使徒は粒の一つ一つが使徒だというのを見抜いた。
 つまりこれまでの使徒と違い、弱点のコアを潰せばそれで終わりじゃない。粒を残さずすべて消さないと倒せないということだ。

 しかし…、尾崎は、むしろこの状況はチャンスだと考えた。

 精神を直接攻撃は、対処法が分からなければそのままドツボにはまってお終いだ。
 だが尾崎はその訓練をしているし、ミュータントでも特殊であったことから実験ついでにミュータントの能力がどこまで通用するのか、どんな応用ができるのかという個別訓練を行ったことがあった。
 その実験&訓練とは、コンピュータなどの人工知能のプログラムに超能力で干渉し、超能力でプログラムを操るというものだ。
 パスワードやセキュリティを強引に破り、自分が必要としているデータだけを引っ張り出して入手、脳を記憶媒体としてデータを運ぶ。
 生体や無機物から情報を読み取りその情報を記憶できる超能力から、普通の人間より脳の記憶容量が大きいと判断されたことから始まった実験だったが結果は予想を遥かに上回るものだった。
 ちなみに実践に使うかどうかはまだ検討中である。取り換えが利かない脳細胞に負担がかかるからだ。
 それは置いといて、精神攻撃と電子プログラムに関わるその実験の検体として参加していた尾崎である。今この状況は恐らくであるが現実世界よりも圧倒的にこの使徒に対して有利な状況かもしれないのだ。
 いくら無数の微生物の集まりからなる使徒とはいえ、それを統一している意思は一つであるはずだ。
 ましてや今、ツムグの過去を再現したリアルな夢の世界を作り出し、そこから攻撃を仕掛ける大掛かりなことをやってきたのだから、微生物の集まりの使徒の意思に直接手を下すことが可能だ。仮に現実世界で何らかの保険をかけてあって大部分を失っても生き残れるようにしていてもだ。

 つまり、夢を通じて殺すことができる。

 尾崎は、ぐっと身構え、使徒をまっすぐ見据えた。
 使徒の意思は渦を巻いていたが、渦を巻く方向を変え、密集度を高めドリルのように鋭い形の渦を作るとその先端を尾崎に向けた。
 次の瞬間、目に見えないと例えれるような速度でドリルのようなそれが尾崎に突っ込んでいった。
 尾崎は、まったく無駄のない動きで跳躍し、難なく回避すると、右手を振りかぶって橙色の精神エネルギーを纏わせて使徒の意思に向かってその拳を叩きこんだ。
 ガラスが砕けるような大きな音と、橙色の光が花火のように広がった。
 少し間をおいて耳に刺すように大音量の甲高い悲鳴が木霊した。
 尾崎は着地し、使徒の意思を見た。使徒の意思は、尾崎の攻撃に混乱しているのか、その粒々のほとんどが動きに法則性を失っている。量もさっきまでの半分ぐらいしかない。
 やがて混乱が治まってきたのか何とか統一性を取り戻した青白い光の粒が尾崎のいる方向とは逆方向へ動き出した。
 逃げようとしているらしい。
 しかし、尾崎は、根は優しいが、自分以外の大切な人達を守るという使命感の強い青年だ。ましてや相手が世界の滅亡に関わる使徒で、しかも現在進行形で機龍フィアを乗っ取って操り大きな危機を招いているのだ。逃がすわけにはいかない。
「負けるわけにはいかないんだ!」
 尾崎が気合と共にそう叫ぶと、尾崎の身体から橙色のオーラが放たれ、周囲に広がり、使徒の意思の行く手を遮った。
 逃げ道を塞がれ、甲高い鳴き声のような音を出した使徒の意思は、恐る恐るという様子で背後にいる尾崎を見るような動きをした。
「…お前達、使徒は、アダムのところに行きたいだけなんだから、俺達と敵対するつもりなんて本当はないのかもしれない……。けれど、俺達は、戦いを止めることはできない。お前達がアダムのところへ行ったら世界が終わってしまうというのが本当なら止めなきゃいけない。ゴジラもいるし、俺達は、負けられないんだ! 生き残るために!」
 尾崎は、右手の拳により一層強い橙色の光を纏わせ、使徒の意思に向かって拳を振った。
 放たれる強大な精神エネルギーによる攻撃。
 微生物のひとつひとつが使徒であるため倒すのが困難な現実じゃなく、それを統一するひとつの意思がいる夢の世界での直接の攻撃に、使徒イロウルは、更に大きな悲鳴を上げた。


 捨て身で機龍フィアを乗っ取った使徒イロウロの大誤算は、尾崎をただのミュータント兵士と侮り、夢の世界に引きずり込んで身も心も壊して喰おうとしたことであろう。


 ナノサイズの微生物の集まりであるイロウルの大本たる意思の方が大ダメージを受けたせいか、精巧に作られていた夢の世界が崩壊を始めた。
 ひび割れた空に赤と金色が混じった電気のような光がスパークし、ゴジラに似た、けれど機械から発せられる雄叫びみたいな声が響き渡った。


 現実世界では、機龍フィアが顎の関節を引きちぎるほど大きく口を開けて電子音交じりの雄叫びを上げていた。
 機龍フィアの両腕を引きちぎろうと踏ん張っていたゴジラは咄嗟に止まるし、地球防衛軍側もいきなりのことに固まらざるおえなかった。





***





 暗黒空間にできたヒビから這い出てきたツムグは、ゲホゲホとむせた。
「で、溺死とか…。昔さんざんやられたことだし。結局、細胞が適応して無酸素状態でも平気になっちゃったけど。ま、いいや。それにしても尾崎ちゃんとあんなところで会うなんて…、使徒ちゃんも何考えてんだか…。」
 咽た時に出た唾を口元を手で拭うと、後ろに振り返った。
 青白い光の粒が宙を舞っている。だが初めに遭遇したものよりも明らかに量が少なく、動きにも元気がないように見える。
「尾崎ちゃんの一撃は効いた? 痛いでしょ〜?」
 ツムグは、腰に手を当て、にや〜っと笑って使徒を見上げた。
 使徒はそのの言葉を聞いて悔しいのか、それともわけが分からないと混乱しているのか、どちらとも取れる動きを見せる
「アホだな〜。っていうか、なんで尾崎ちゃんを喰おうとしたわけ?」
 それを見てツムグは、呆れた笑みを浮かべながらそう言うが使徒から返事はない。
 使徒は、もう放っておいていいと考えたツムグは、顎に手を当て、ここから脱出することを考えた。
 しかし使徒から受けた封じが思っていた以上に作用しており、ドつぼにはまっていて、肉体の方に帰ることが難しいことに気付いた。
 自力で脱出となると脳の活動を止めている部分。ヘルメットに繋がっている管とコードに浸食している使徒の変異(脳の活動を止めるための物なので使徒とは別物化している)を取り除くか、あるいは、死にそうになるほどダメージを受けて死から再生するときの一時的な細胞のエネルギーの増加で活動を止めている部位も活性化させるか。
 思いついて、ツムグは、肩を落とした。
「どっちも第三者がいなきゃできないじゃん! うわ〜、まさかこんなドつぼにはまるなんて俺、どんだけ油断してたの!? 誰かに助けてもらいたくても俺の身体、機龍フィアちゃんのコックピットの中だし!? ……もう過去は戻らない。どーしようか…。ホントにどーしよう、十五年ぶりにヤバいって状況だよ!」
 両手を両頬にあてて顔を青くして叫ぶツムグ。普段の彼を知っている者達のほとんどが見たことがない慌てぶりである。
 ツムグが焦っていると。

 -------ムグ------…

「ん?」

 -----------バカ----…

「えっ? 馬鹿って…、何事? っていうかこの声誰!? 子供? 女の子?」

 -----! バカバカバカバカ!!

「連呼された!」

 ツムグの……、バカーーーー!

 そう叫ぶ声が響き渡ったと同時に、ツムグの足の下の方から銀色と赤の巨大な物体の頭部が浮上してきた。

「あーー! ごめんねーーーー!」

 浮上してきた機龍フィアの頭に吹っ飛ばされて、ツムグは、暗黒空間の彼方へ飛んでいった。
 ツムグがいなくなったあと、暗黒から頭を出した機龍フィアが、くるりと後ろにいる使徒の方を見た。
 そしてガバッと口を開けた。残し少ない使徒の粒はすべて機龍フィアの口の陰に覆われた。
 さっき尾崎にやられた痛みにのたうっていた使徒は、機龍フィアの口に気付いた時には、機龍フィアの口が閉じられる直前だった。
 口が閉まる、直前で気付いたことと、使徒自体が粒々だったので、折角残っていた量の4分の3を失いながら残り4分の1が命からがらという状態でこの空間から逃げていった。
 ガジガジと使徒を噛み砕く動きをしていた機龍フィアは、やがて怒りが収まらないという風に苛立った電子音混じりの雄叫びをあげた。





***





 電子音混じりの機龍フィアの雄叫びに皆が驚いていた。
「な…、何が?」
「動力炉の温度上昇が止まりました!」
「温度が低下しています! 安全値まであと5分!」
「とりあえず危機は脱したらしいな。」
 機龍フィアからは温度上昇による湯気がもうもうと出ている。
「いやいや、別の危機が起こっていますよ?」
「本部からの伝達! 機龍フィアのDNAコンピュータの活性率が300を突破!」
「なんだそりゃ!?」
「機龍フィアの背中側、首付近に高いP・K(超能力)反応有り! 信号を確認! 尾崎少尉です!」
「生きていたか!」

 機龍フィアの変化により、使徒イロウルに飲み込まれていた尾崎が解放された。
 繭のような球体が破れ、そこから飛び出した尾崎は、機龍フィアの首筋を横走りしリミッター解除装置に近づいた。
 そこからは目にも留まらぬ速さとはこのことという速さで尾崎はハッチを壊すように開け、中にある回転型のスイッチを掴みグリングリンと右に左に、事前に頭に記録させられたマニュアルに従い回転させる。
 最後にグリッと押し込んだ時、リミッター解除装置が四角い枠ごと爆発した。その衝撃で尾崎の身体は、宙に投げ出され、機龍フィアの首筋から落下した。
 尾崎は身を捻り、ゴジラに掴みかかられている機龍フィアにぶつからないように、そして潰されないよう着地点に気を付けて落ちていった。
 リミッター解除装置があった場所から蒸気が漏れ、やがて鈍い灰色の背骨が朱色っぽい明るい赤い色に染まりだした。
 その色は機龍フィアの全身に広がっていた青白い血管のような色を塗りつぶすように広がっていき、鼓膜を刺すような甲高い悲鳴が木霊した。
 イロウルの断末魔だ。青白い血管のように広がっていたイロウルは、端から火が灯り、ジワジワと燃えていってしまった。
 静かに燃え尽き、使徒イロウルは死んだ。



To be continued...
(2020.09.05 初版)


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