ヴァンパイアロンド

第九話

presented by 綾様


夏。永遠の夏国日本。真紅のコートを翻し、漸く神々と悪魔の戦いが始まるのだと巨大な二足歩行型の幻想種を見て口の端を吊り上げた。
この十数年、様々なことを経験した。様々な世界へ旅立ち、その場で修行することは幾度繰り返しただろう。知らなかったこと知っていたこと。様々な技を習得し、応用した。様々な技術をフィードバックさせた。
予定通りのセカンドインパクト。それに伴う紅月グループの成長。誘発された第三次世界大戦。役に立たない米国。EU諸国主導の国際連邦の立ち上げ。鎮火し始める戦火。拡大する富の格差。人類補完委員会の設立。それが表向きの動き。
セカンドインパクトで裏社会は大恐慌をきたした。アルティメットワン、朱い月の復活。それに伴う死徒の分裂。O.R.Tの活発化、及び真祖陣営への参加。アルクェイドとアルトルージュの抹殺の動き。捕らわれるアルトルージュ。朱い月との戦闘。覚醒と勝利。そして真祖の世代交代。
落ちる戦闘機に目を細める。攻撃を防ぐことへ壁を使うことは無く、その強靭な肉体のみで人類が人類である証拠、破壊兵器のその低い効果を確認する。
教会は動き出す闇の生物を駆逐するどころかその勢いに飲み込まれ、人々の嘆きが生み出した闇の生物と埋葬機関が幾度も激突した。
魔術協会はセカンドインパクト時に開いた真理の扉を解析することで忙しく、封印指定に認定された人数が鰻上りになり、封印指定の意味を変えた。
火花を散らし落下した戦闘機を見て、爆風に真紅のコートが翻る。人の世で過ごす為、フェイクとして選んだ鋭角形のサングラス越しに青い自動車が映った。
「ごめーん。お待たせ」
右ドアが開き、同じようなサングラスをかけた女性が微かに笑った。
「ええ、待ちましたよ」
何年もね。口の端をひき吊り上げる少年にされど女性は何も気が付かなかった。

「ええ心配ご無用。彼は最優先で保護してるわよ。カートレイン用意しておいて。そう直通の奴」
勿論私が言い出したことですもの…。いつか聞いたそれをもう一度聞きながら状況を確認する。
NN爆弾。核の代わりと言えばその規模が分かるだろうそれを一つ、地雷と言う形で使用された。当然転げまわった車体だが、防げないわけではない。だがどれだけ混乱しているといっても魔術の秘匿性が変わったわけでもなく、当然防ぐことは出来なかった。
コンクリートがむき出しの穴に入り、目の前の鋼鉄の口が青い自動車を飲み込んだ。
「特務機関ネルフ。国連主体の秘密組織」
がたりと車体を飲み込んだ列車が走り出す振動を感じながら呟いた。
「そう、シンジ君のお父さんがいるところ。お父さんについて何か聞いてる?」
それにシンジは沈黙することで答えた。
「苦手…なの? それなら私と同じね」
しんみりとした笑い声が車内に響く。
「何故今更呼ばれたのか…。葛木さん、何をする為か知っていませんか?」
サングラス越しの視線に今度はミサトが沈黙した。
「言えないのか、言う権限がないのか…。そのどちらにしろ今現在で黙っていると言うことはろくな事が無い。違いますか葛木さん?」
暗闇から抜け、穴倉なの中だというのに明るく照らされるジオ・フロントが、世界の摂理を曲げた、悪しき者達の存在を暗に肯定しているようにミサトには感じられた。

大型モニターが三台、立体映像がたのモニターが中央に一つ。階段式に並んだコンソールの頂点で二人の人物がそれを見ていた。
「自己修復中か」
白髪が髪全体に行き届いた初老の男性がモニターを見つめる。瞬間、それの目が光りモニターにサウンドが走った。
「機能増幅まで可能なのか」
「おまけに知恵も付いたようだ」
丸いサングラスをかけあごひげを生やした男性が白い手袋をはめた手を組み呟くように言い放った。
「再度侵攻も時間の問題だな。国連軍もお手上げだ。どうする碇」
問題ない。碇と呼ばれた男性は立ち上がり何の事はないと告げる。
「初号機を起動させる」
だがパイロットがいないぞ。そう告げる初老の男性に碇と呼ばれた男性は皮肉気に笑った。
「もう一人の予備が届く」
我々には時間がないのだ。そう呟く男性の目にはモニターに映る一人の少年の姿が照らされていた。
「しかし万が一動かなかったとしたら…。碇、彼女は万全ではない」
「分かっている。多くは望まん。今は起動さえすればいい」
動かせるなどとは思っていない。そう告げた男性の口には、されど期待に満ち溢れた笑みが形作られていた。

暗いところを昇降機で上がりその手を見つめる。
「で、初号機はどうなの」
「B型装備のまま現在冷却中」
置いていかれる会話。
「それほんとに動くの?まだ一度も動いたことないんでしょ」
その事に以前は気が付かなかったことを気が付いた。
「起動確立は0.0000000001パーセント。ゼロではなくてよ」
頭上で交わされる言葉は全て予め知っておかなければならない情報だ。それが下位職員でない以上は。つまり…。その事に暗い笑いが漏れる。
「数字の上ではね。ま、どの道動きませんでした、ではすまされないのだけれど」
始めから逃れられないように仕立て上げていたのだと。
ボートに乗り、それが姿を現す。
ほう、と笑みが浮かぶのを抑えきれない。それは鎧だ。一つの角も、鋭利さをかもし出す角も。口でさえそうだ。上下交互に凸凹に、明らかに歯と分かるそれすら鎧の一部なのだ。水面から僅かに見える鎖骨のライン。それも肌に似せた拘束具。そして鎧でもある。
「人の作りだした究極の汎用人型決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。建造は極秘裏に行われた」
我々人類の最後の希望よ。金色に髪を染めたリツコと呼ばれた女性が言う最後の希望。その言葉にどれほどの重みがあるというのだろう。たった一機で小国ならば傾いてしまうほどの建造費。維持するだけでも国家予算並みの金額が動くそれは、果たして希望足りえるのか? その希望から見捨てられ、餓えに苦しみ紛争が勃発した事も、全て人類の希望だったのだろうか? それならば人類など滅びてしまえばいいのだとシンジは目を細めた。
「それで、これと僕。一体何の関係が?」
「お前が乗るのだ」
声、具体的にはスピーカーの方向を特定し見上げるそこ、ガラスの奥にその人物はいた。
「碇ゲンドウ。僕を捨てた父親が一体何のようだ」
のうのう来てやったのだから話してみろ。理性が本能を制御する。それでも感情を殺しきれずに真祖の身に宿った膨大な魔力が大気を振るわせ、屋内のはずのこの場に風を吹かせた。
「出撃」
「出撃!? 零号機は凍結中でしょ! まさか初号機を使うつもりなの」
その言葉に弾かれたようにミサトは声を上げた。
「他に道はないわ」
「レイはまだ動かせないでしょ。パイロットがいないわ」
一瞬だけシンジを見るミサトは、兵器があっても扱う兵士がいない事を指摘した。
「さっき届いたわ。碇シンジ君。あなたが乗るのよ」
ほう、とその言葉に歪な笑みを浮かべる。
「でも、綾波レイでさえエヴァとシンクロするのに七ヶ月もかかったのでしょ? 今着たばかりのこの子にはとても無理よ。いくらなんでも無謀だわ」
「座っていればいいわ。それ以上は望みません。今は使徒と撃退が最優勢事項よ。そのためにはエヴァとシンクロ可能と思われる人物を乗せるしか方法はないわ。分かっているはずよ葛木一尉」
「そうね…」
苦しそうに言葉を吐くミサトにシンジは笑う。
「先ほどから聞いていれば」
ふふ、と笑うこの緊張感に溢れた場所に不釣合いな雰囲気がシンジから発散された。
「あなた方本気、いや正気ですか? こういったもの、銃なんて目じゃない兵器としか使うことの出来ないそれを、訓練を受けた正規の軍人ではなく、たかが十四歳の何の訓練も受けていないお子様にゆだねる? とても現実とは思えない、特撮かアニメにしか出てこないような強大な敵、それに立ち向かう秘密兵器。ここまではまあ良しとしましょう。見てしまった以上事実存在すると言うことなのですから。だけどただ平凡な生活を送っていた少年に見たことも聞いたこともない兵器に乗って戦場に行けというのは、あまりに非常識すぎはしませんか?」
「それは」
「説明を受けろ」
リツコが何かを言おうとしたのを遮り、碇ゲンドウと呼ばれた顎鬚を生やした男性が簡潔に言い放った。
「説明、説明ですか。拳銃でさえしかるべき持ち方と、構え方を説明されてすぐに的に当てられると言うわけではないんですよ? そこらへん分かってますか、お・と・う・さ・ん」
説明だけでできるのなら誰でもオリンピックに出れる。誰でも体育は得意だろう。実にくだらないとシンジははき捨てた。
「乗るなら早くしろ。でなければ帰れ」
それにもかかわらず言い放ったゲンドウは、賞賛に値するのかもしれない。普通の子供なら、強制と言う学校でもやらされるそれと同じ脅し文句でなれているが故に従ってしまうだろう。だがシンジはそれを聞いたとたん踵を返した。
「シ、シンジ君!?」
それに恐慌したのはミサトだった。使徒撃退。それこそが何より重大なのだからそれはネルフ職員ならば当然の台詞だっただろう。
「なんでしょう?」
「シンジ君。何故此処にきたの。逃げちゃダメよ、お父さんから、何より自分から」
冬月、レイを起こせ。その言葉を真祖の聴力で聞きながら首をかしげる。
「一体何が逃げることになるのでしょうか? 此処にきたのは当然呼ばれたからです。父から逃げるというのは、まあ状況が状況ですし認めてもかまいません。ですが自分から逃げるというのはどういったことかご説明願いますか?」
「そうやって表面だけで人付き合いして相手をバカにするのは面白いでしょうね。でも今あなたがやらなかったら、他の誰がやると言うの」
できるという義務から逃げないで。その言葉は容易くシンジを落胆させる。
「義務。義務と言うからには当然権利が発生しているはずですよ?」
ブリッチの端からベッドと点滴がキャスターの音を鳴らしながら運ばれてきた。ベッドに横たわる少女の包帯姿を見てすぐに目をそらす。
「ならばその権利、今此処で使ってもいいはずです。さあ、僕がこの場で実行できる権利とやらを聞かせてもらいましょうか」
無いのなら当然帰らせてもらいますが。揚げ足取り。人によってはそう判断するだろうそれは、この場で言わなければ正しいことであった。
権利を声高に主張する者は、それに伴う義務を理解していないと相場は決まっている。その逆、義務を何ら望んだわけでないというにもかかわらず要求されると言う事態は大変珍しいと思ったが、だからと言って結果までも珍しいわけでないのはミサトの顔を見れば容易くわかった。
「さあ、どうするんです?」
ミサトの顔が険しくなり、かみ締めた歯が不愉快な音を鳴らして反響する。瞬間、地がゆれた。
「キャッ」
その振動で床に投げ出された少女が痛みに小さく呻く。我慢して我慢して、それでも役に立ちたいと言う心はきっと綺麗なのだろうと、シンジは思った。それは愛を知らぬ幼子が、叱られないようにいい子でいようと世界を自分を騙すその方法と同じだったから、自分も経験したそれだったからこそシンジには分かってしまった。
ゆっくりと一歩、アンビリカルブリッジと呼ばれるそこを歩きだす。
「シンジ君?」
その行動にミサトは呆け、次の瞬間乗ってくれるのかと喜色を浮かべた。
「あ…ぅ…はぁ、ひっ」
息をするのも辛いのだろう、胸が上下するたびに悲鳴というには小さな、されど現状を把握するには十分すぎる声を上げる少女。プラグスーツと呼ばれる体にフィットしたそれを着た両腕は露出しており、包帯とギブスで固められていた。
「綾波」
抱き上げたかった。抱きしめてもう大丈夫だと、安心して、と伝えたかった。だがそれは出来ない。抱き上げれば傷口は開き、余計痛みを苦痛を与えるだけだと分かったから。
「もういい。もういいんだ」
だから顔を泣きそうに歪め、漆黒のパンツからそれを取り出した。
「ゆっくりお休み」
「あっ…」
痛みは一瞬。額につけたサファイアから魔力が流れる。小さく誰にも聞こえないようにキーをとなえると少女の体が光に包まれた。
「さあ、権利の行使は終わった。後は義務が待っている」
一つ目を瞑りサングラスを取った。
「乗ってあげましょう。今回限定で」

足元から溢れる液体。それが一体何なのか。それを知っていてもシンジはさしたる嫌悪を持つことはなかった。
その匂いはまさしく血液のそれであり、鉄のそれだった。
「それはLCLと言って…」
スピーカーから響くリツコの声に、久方ぶりなのだから問題があってはならないとある程度注意する。何十年と立っているからには液体を肺に入れるなど馬鹿げた行為がすんなり出来るはずも無く、咳き込みながらも気泡とともに肺に入った。
「日本語を基準に…」
一つ一つ進められていく起動シークエンス。そこに訓練の成果が見え、思わず笑ってしまった。
「双方回線開きます。シンクロ率…」
息を呑むオペレーターのそれが聞こえ、シンジはリツコの声を待った。
「これは…一体何の冗談なのかしら。シンジ君」
「なんでしょうか赤木様」
恭しく大仰にまるで道化師のように腕を曲げ微笑んだ。
「まじめにやってるのかしら。ふざけているのなら今すぐ戦場に放り出してあげるわ」
「中々に過激な発言ですね。尤もそれが出来るのならとうに投入されているはずですから…問題が起きましたね?」
リツコはそれに答えない。だがシンジは知っていた。シンクロ率が高くない事を。寧ろ起動指数を大きく下回っていることを。何故なら母という存在を拒絶しているからだ。
エヴァの中に宿った母、碇ユイ。何をどう間違えたのか、子供に未来を残したいと言う言葉は偽りだったのだとでも言うのだろうか、その女性は人の生きた証を残したいとエヴァの中にとどまり続け、母なる地球を飛び出していった。エヴァと言う名の箱舟に乗って。
そんな人間の子供であることを否定したかった。一時期は母を求めたがそんな心はもう欠片も残っていない。だからこそ今も包むかのように接触を図ってくる精神と言う名の魔力を徹底否定している。当然そのつながりが深ければ深いほど高く表示されるシンクロ率は、当たり前のように未だ嘗て無いほどに低いはずであり、起動など出来ない。
「どうしました。座っていればいいのでしょう? そういいきったはずでしたね赤木博士様? それとも、この欠陥兵器は使えないのでしょうか。まあそれもそうでしょうね。起動確立0、00000001パーセントだと言うじゃありませんか。寧ろ起動するほうこそどうかしていますよねぇ? それに望みを託すしか方法が無かったというのは、真実職務怠慢だとは思いませんか?」
人類の最後の砦が呆れてものも言えない。止めを刺したシンジの嗤いは発令所についていた誰をも納得させ、ゲイジでの一件を知っているものにすれば、上層部の行動は真実喜劇以外の何物でもない。
「黙りなさい。あなたはもう権利を使ったわ。だったら今度は私たちに従うという義務を果たしなさい」
いいですね。使徒を倒さん限り未来は無い。そんなやり取りがスピーカーから小さな、人間ならば聞き逃してしまうほどの音量で話された。
そんなミサトを哀れに思うが、何時からネルフに従うことが義務になったのだろうかと首をかしげる。瞬間襲ったGは、されど真祖の体には何の影響も与えない。全周囲モニターに映るそれは確かに第三使徒と呼ばれた幻想種。
それに対しシンジはわずかばかり笑うとキーを呟いた。
目の前にいる幻想種とは異なるが、それと同系統の幻想種から作られたのがエヴァである。幻想種である以上通常の人間とは一線を画し、マジックサーキット、つまり魔術回路の本数も尋常ではない。だが魂の無い出来損ないのゴーレムでしかないエヴァは魔術回路を有効活用できていなかった。そこにシンジが自らの魔力を流し込み制御したと言う訳である。
それを通して拘束が完全に外れたことを知った。ゆっくりと傾く視界に、一歩踏み出すことで転倒を避けると、その場に座った。
「シ、シンジ君!?」
突然の行動にスピーカーの向こう側が騒がしくなる。一つ笑って何故座ったのかを明かした。
簡単である。だれも戦えなどと言っていないのだ。ただエヴァに乗れというだけで。更には座っていればいいという戦場に送るとは到底思えない言葉。成っていないどころか軍事組織として到底容認できることではない。だからこそシンジは問うた。対価は何を用意してくれるのかと。
何かを成すには同等の何かが必要になる。それが世界の真実だ。それが金であったり誠意であったり、条件によって様々なものを要求されそれにこたえ、行動が成される。
「金をやろう」
幾ら望みだ。そう発言するゲンドウに首を振った。そんなものはいらないと。たった一つ。たった一つだけ真実を答えてもらえればそれで良いと。
「碇ユイがこの中に居るのか」
それは知っている真実。だがここでは知るはずのない事柄。それに対しどう答えるかでその扱いが変わる。そしてゲンドウは、
「知らんな。ユイは既にいない」
色の入ったサングラスで本心を隠すゲンドウに、されどその言葉だけで十分誠意という汚物は頂いた。後はその返礼をするだけだと、シンジはエヴァを立ち上がらせた。

戦闘は一方的だった。そうリツコは見て取った。
始めこそ攻撃が効果を挙げていた初号機だったが、使徒のATフィールドが戦況を変えた。
絶対の盾、ATフィールド。負けたのも無理は無い。リツコはキーを叩きながら状況を思い出す。
何とかしろと喚くミサトは、ただただ醜態をさらしただけで、作戦部長という地位にいるにもかかわらず一切の命令を出していなかった。いや、それはただしくはないだろう。やれけりを入れろだとか、よけろだとか、ボクシングの仕合を見ている観客の野次のような言葉ばかりを飛ばしていた。
そしてついに追い詰められた初号機は頭部を破損。それでも何故か無事だったシンジは頭部と言う体に命令を出す器官を潰されたが故に、一切の戦闘行為が不可能だった。
アイズオンリー。そう書かれた文書を見つめ、シュレッダーにかける。
初陣故のミスとしか言いようのないことであったが、使徒は初号機が地上に出た射出口が開いたままだと言うことを発見し、そこから進入を開始した。
今現在生きているのだから、使徒と地下のそれとが接触しサードインパクトが起こったのではないと判断できるだろうが、それは少しばかり異なった。
サードインパクトが起きなかったのは真実だ。でなければ自分は此処にいないと書類の山を見て肩を叩く。
結局セントラルドグマまで下りた使徒は、それを発見してしまった。そして踵を返したのだ。当然何故そうなったかと言う噂は広がったが、真実は明かされない。そうなるはずだった。ドイツが襲撃されるまでは。
アダムがドイツにあった。そこの事を知りはしなかったが、襲撃と言う報だけでアダムがそこにあるということは分かってしまった。ある程度事情を知っているものならばだれでも想像出来る事だからだ。
「よくやってくれたわねアスカ」
その言葉はいたわる言葉ではない。仕事時間の延長が決まったからだ。ドイツ支部が製作したエヴァンゲリオン弐号機は使徒撃退後海上輸送だった予定を変更し、空輸されることに決まった。四肢を失った状態で。
簡潔に言えば弐号機は敗退した。それもパイロットの心に多大な傷跡を残して。それも当然だと言えば当然だ。ドイツで製作された弐号機はパイロットともに数々の優秀な成績をたたき出し、エヴァにおける研究技術に貢献してきた。だがその肝心要のATフィールドはやはり張ることが出来なかったのだ。敗退は当然の結果だった。
そしてネルフがアダムの存在を公開した理由。それが加持リョウジの存在である。
旗色が悪いことから、お偉い方が逃げるのは当然のことであると言えるが、加持はそうではない。だからこそ何故一介の保安諜報部員が逃げるように此処、第三新東京にジェット機すら使ってやってきたのかという敵前逃亡の理由を求めた。その背景には地下のそれと接触すればサードインパクトが起こると伝えられていた情報が嘘偽りだったことから上層部への不満が爆発したと言うのがある。
ドイツ陥落まで五日。それは移動時間とほぼ同じである。ゆえに急がなくては成らなかった。碇シンジ。その少年との交渉と、エヴァ初号機の修理。そして、
「ATフィールドか」
上層部の思惑から外れたこの事態。どうやって収めるのかと言う疑問と、不可能でないかと言う不安。
碇シンジの生活は法廷にて虐待だと訴えれば勝てる程に劣悪で、脆弱な心を宿す為の処置に他ならなかったにしても失敗に終わった今ではその事柄がとてつもなく重要な要素にはや代わりした。
劣悪な環境。それは学校生活にても同じことだった。だからこそ守るべき友人はおろか親しいものすらいない。養父、養母ともに愛情を注がれておらず、実の父もそれは同じ。守りたいと思うようなものが皆無なこの状況で、人質や情、シンジ自身の身の危険を匂わせても反応しないだろう事は容易に想像できる。また金銭で取引できない以上必ず煮え湯を飲まされることになる。
契約自体は自分を除いた上層部が何とかするだろう。理にかなっている事を言ってはいるものの所詮は子供のわがままだ。好むあめを与えればどうとでもできる。
だが、壊れたエヴァの修理費をふんだくるのはそう簡単には行かないだろう。国連が行ったNN地雷が唯一傷を負わせた攻撃であり、エヴァの優位説は崩れ去ったのだから。本部あるいはドイツ支部に存在する草からATフィールド突破不能という情報は既に行き渡っているだろう。何が何でもATフィールドを実用化させなければならないのだ。
そうしてリツコは疾走する。ネルフの優位性。崩れたその結果こそシンジが望んだのだということに気が付かないまま。信用の盲失。それこそがシンジの狙いだったということは、きっとだれも気が付かないだろう。



To be continued...
(2009.10.24 初版)


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