ヴァンパイアロンド

第八話

presented by 綾様


「C・C。これ何か解る」
食後のお茶を飲みながら提示されたのは、アンプルの様な小瓶に入った液体。ラベルされていない事から正規の物でない事がわかる。
「薬、の様には見えないな。劇薬、毒薬の類でもない。麻薬か」
何でもない様にお茶をひとすすり。その様子に笑みを浮かべた。
「正解。リフレインって聞いた事ない? 幸せだった過去を見せる依存性の高い非合法ドラッグ」
小瓶をつつき、怪訝な顔をしているC・Cに向き直った。
「それがどうかしたのか? お前の目的とは関係ないだろう」
「直接的にはね」
一つ頷き、ばつが悪そうに頬を掻いた。
「最近、テロリスト狩りが全国規模で展開されてる。中華連邦を野放しにして」
「それがどうした。テロリストはあくまでも偽装、本筋は違うだろう?」
クロヴィス殺害から始まった後続限定の殺戮劇はブリタニア本土を震え上がらせると同時に、日本のテロ組織の活発化を意味した。
正体のわからない敵。ただ一つ明確な目的は皇族の死。それは声明を出していないが故にテロリストの成果となった。C・Cは少なくともそう理解している。
「それがね、困った動きがあるんだ」
ほう、とC・Cの目が細まった。
「シンジに困ったと言わせるのだから、相当な物なのだろうな」
シンジは真祖である。ギアスやコードを越える遙か高みの超越種。それが困ったと言うのだから、一体どれほどの事態なのかと興味を持ったのだ。
「機密情報局。ブリタニアの闇の部分が動き出した」
思わず目を瞬く。それがそうしたのかと。
「皇帝直属の裏方機関。名義上のトップは皇帝直属の十二人、通称ナイトオブラウンズと呼ばれている騎士のトップ、ナイトオブワン。だけどその実体は、ギアス教団が狂気の末生み出した、ギアスと呼ばれる人間ではあり得ない特殊能力を付加された隊員のみで構成された人を闇から闇へ葬る特殊部隊。それが今此処に紛れ込んでる」
「だからなんだと言うんだ。お前にとってそんなもの蚊にさされるよりも尚脅威は低いだろう?」
実際問題その通りだ。だがシンジの意図は別にある。
「僕にとってはね。でもC・Cは違うだろ」
「私か」
思わず自分をさし笑った。
「C・Cにギアスは聞かないっていうのは解ってる。だけど数で来られたら? C・Cが強いのは知ってる。でもそれは人のレヴェルでだ。僕みたいに異常なほどじゃない」
それを聞き尚笑った。馬鹿にも程があると。
「だが、それがどうした。お前の目的には関係ないだろう?」
そう、自身は化け物。遙か昔から一人で生きてきた。だから捕らわれようが構わない。少し前に戻るだけなのだからと。だが、シンジはそれを真っ向から否定した。
「ねぇC・C。僕はずっと一人だった」
唐突に過去を喋りだすシンジに目を見開く。今まで何を聞こうとも黙秘していたシンジが、昔の事を語っていると。
「母は死に、父に捨てられた。預けられた家では空気の様な存在。いやもっと酷かったかな、何せわざわざ庭にプレハブを建ててくれたんだから」
だが、それだけならばこの世界何処にでもある悲劇だ。だからC・Cは、その先があるのだろうと視線を注ぐ。
「十四才、中学二年生の時に、父から手が来た。来い。そのたった一言だったけど、僕は父の元へ行ったんだ。捨てられて、けれど何処かで期待してたんだろうね。もしかしたらやり直せるかも知れないって。そんな事があるはずがないのに」
自嘲する姿に、言葉に込められたそれ以上のものがあるのだろうと察する。
「結局は道具として使われただけだった。決戦兵器エヴァンゲリオン。この世界のナイトメアのような巨大人造人間にのせられて、怪物と戦う事を強要された。ご丁寧に退路を断ってまで。チルドレンと呼ばれた僕たちは、戦いの中で壊れていったよ。最も酷かったのは最終決戦だった。戦局が酷いと言う事じゃないんだ。それまで怪物相手だった戦争を、同じ人類とさせられたんだから。そして世界は終わった。生物は元より、草木までもなくなって、死の星とかした。そこにいるのは碇シンジただ一人。何年も何年もずっと一人。世界を元に戻すまでずっと」
「同情、でもしているつもりか」
訝しげに問う声に首を振る。そうではないと。
「僕は、C・Cの送ってきた過去を知らない。知ってもそれが君を知るという事に繋がっていない。だけど君はまだ人であれる」
「私はもう、人じゃない。ただの化け物だ」
激昂する事はなかった。達観。それが感情の正体。自分を支えるための、暗示。だがそれも、シンジは否定した。
「確かに昔は化け物だったんだろうね。でも今は違うと断言できる。人とは違う。生まれや、形、そして銃弾を受けても尚生きている様な者であっても人なんだ。意志を持ち、他人と交流できて、嬉しさや、悲しさ、怒りをおぼえる。人と違う事なんか一つもない。ただ少しだけ他人と違うだけで」
「知った振りを」
「昔、居たんだ。生まれが人とは違う事で苦しんでいた子が。その時僕は受け入れられなかった。でも今なら解る。その子も人なんだって。C・Cは少し前までそう言った感情を忘れていたよね? いやわざと無視していたといった方が正しいかな。だけど今はそれを表に出せる様になった。今日の買い物だって、普通の女の子と何ら変わりは無かったよ。C・Cが自分を化け物だというなら僕は何度でも否定する」
C・Cは手のひらを握りしめた。そんな事はまやかしだと。本心では化け物だと思っているのだと。だからいってしまった。お前みたいな化け物にいわれたくはないと。
「そう、だね。僕みたいな奴がいっても説得力はないよね」
そうしてすぐに後悔する。苦笑するシンジの姿が余りにも痛々しくて。誰でも人から化け物だといわれたら心が傷つくのは当たり前だと、今更ながらに昔の事を思いだして。
「でも忘れないで。C・Cは誰がなんと言おうと人だ。こんな僕みたいな手遅れな本物の化け物とは、違うんだから」
そう言って微笑む姿に、何も言えなかった。
「それで話を戻すけど」
それに耐えられなくなったのか、アンプルを手に持つシンジ。
「奴らは居場所がわからなくてこれをばらまいているみたいなんだ。おおかた僕をイレヴンにとっての救世主とか考えてるんだろうね」
バカバカしいと、鼻で笑う。
「だけどこれはチャンスだ。奴らを一網打尽にできるチャンス」
「それほどまでに危険なのか? お前にとってそいつらは」
シンジの機転にあえて乗る事にしたC・Cが疑問の声を出す。何せナイトメアを素手で破壊できる男なのだからその疑問も尤もな物だっただろう。
「そうだね危険だ。今の生活を脅かされる程度には」
どういう事だと首を傾げる。それにそっと笑って、シンジは告げた。
「今の生活は、結構気に入ってるんだ」
その言葉は目を瞬くC・Cの心に自然に染み込み、何とも言えない心地良さを生み出した。だが、
「そうか、勝手にしろ」
だが出てくるのは素っ気ない拒絶の言葉。それは残念だと肩をすくめる姿は、少しだけ内面を知ったが故にとても寂しげな物に見えて、少しだけ、心が冷えてしまった。

それは何の異常もないごくごく日常の、非日常だった。いつもの様に取引先のマフィアと落ち合う。そんなごくごくありふれた作戦。銃弾が飛んでくるわけでも、こちらが銃を取り出すわけでもない、命の危険がほぼゼロに等しい。そんなごくごくありふれた作戦。
だからだろうか、それを目にした瞬間硬直してしまったのは。
「こんばんはお嬢さん」
真紅のコートを風になびかせ、それは笑った。ハッ、と我に返り訓練通り拳銃を取り出した瞬間だった。
「アジトに」
視界が埋まっていく。複眼をのぞき込んだかの様に、いくつも浮かぶ、金色の瞳。まるでウィルスの用に思考を占拠し、あっという間に何も考えられなくなった。
「連れて行ってくれますね?」
イエス、ユア、マジェスティ。発した声が何処か遠く感じた。

「この化け物ッ」
銃を撃ちながら罵声を浴びせる。同僚がいつもよりも早い帰還を果たしたのはついさっきの事だった。その胸から鮮血を飛び散らせると同時に腕をはやして。
敵襲だという事はそれだけで解った。そもそも今回の任務はクロヴィス殺害以降、皇族を殺害された時間帯に映る紅いコート、死神を狩る事が目的だったのだから。
ギアス。それは神に最も近い能力だと思っていた。教団に拾われ、育てられ。暗殺者として工作員として教育を受けた。その結果与えられた超常の能力。だが、それが、ギアス如きではどうにもならない、真の化け物を知った。
「あり得ないだろッ。何で、あんな」
同僚がこぼす罵声に同意しながら、マガジンを交換した。スライドさせ弾を送る。
「それでも罠にかかってくれたんだ。やるしかないだろ!」
叫び返し効かないと解っていながら引き金を引く。三回引かれたハンドガンから爆薬を多く入れたマグナム弾に近い威力のそれが、
「くそッ」
対象の目の前に現れたオレンジに近い紅い壁にぶつかり火花を散らした。
「これなら!」
そう言って同僚が取り出したのは、対戦車用のロケットランチャー。飛び出すそれに、今度こそ当たり前の結果を生んでくれることを居もしない神に祈った。
「あ、ああぁあ」
それを見た瞬間口から意味のない音が漏れ出る。紅い壁はない。ただその代わり、
「それで終わりかな?」
血が飛び散った。肉片も同様に。だが、だが目の前のそれは何だ!
あり得ない、そう通常ではあり得ないそれを見て銃を乱射した。逃避という名のそれはしかし、現実をより体感させるだけに終わる。
「な、何で死なないんだよ」
コートと同じ赤に染まったその人物は、白い肋骨を、蠢く内蔵を空気に触れさせ、そして再生して行っていた。
コードではない。コードと手神に近いだけの人の範囲で収まっている。だが目の前のそれは一体なんだというのだろうか。
「あぁぁっぁぁあああ」
弾が尽きた事を撃鉄が落ちるたびになる金属音が知らせていたが、そんな事など頭になかった。ただ倒さなければならい。それだけが思考を占めていた。
「そう。それが普通の反応だよ」
気が付けば目標を見失っていた。そして背後から囁かれる言葉。
「死なせるのはもったいない。僕の人形になってくれるかな?」
問いかけではなく強行。断定したそれにされど振り向く事はできず、涙に頬を濡らしながら首筋に痛みが走ると同時に意識が暗転した。

ブリタニア皇帝、死す。
その情報は瞬く間に世界を駆けめぐった。この世界での絶対権力者。最も神に近かった男の死は唐突すぎ、次期皇帝の座を争いあう僅かに残った皇族の争いが激化する。
「これがお前の望みか…」
一週間。一週間だけ留守にする。そう言い残し出て行った同居人兼家政婦の男を思い出す。
機密情報局を討ちに行った事は想像できていたが、此処まで性急に事を進めるとは。そうC・Cは苦笑した。
嘗ての盟友の死。されど全く心が痛まないのは何故なのか。決まっている。そう呟き窓の外を見た。
澄み渡ったそれは一人の王者の死を何とも思っていない様で、むしろ清々したと言わんばかりに晴れ渡っていた。盟友は死した。全ては自分のためだったが、その理想は気高かった様に感じる。だがそれ故常人には理解できず、それを感じるからこそ自らがと皆心に秘め、結果独りよがりな世界を構成してしまう。
ずっと引きずっていたそれ。捕らえられ実験動物として扱われていた頃には、精神体となり他人に乗り移ったマリアンヌとも会話をしていた。
だが、知ってしまった。その計画の果てに何があるのかを、マリアンヌがシャルルが計画を優先してしまったが故に訪れるだろう一つの暗い歴史を。その終焉を。
「バカな奴だよ、お前は…」
シンジが出かけるその晩に聞かされた此処とは異なった世界の歴史。人の身で人で無くなった一人の少年の歴史を。
シンジはバカだったのだと過去の自分を蔑んだ。臆病で、人と接する事が恐くて、そして誰より卑怯だった少年を蔑んだ。暗い笑いが今でも脳裏にこびりついている。
全ての知識を知った人ではない人になった少年は、それを計画した者達の思考も感情も理解していた。争いのない平等な世界を。誰もが当たり前の様に笑い、人生を謳歌する事のできる失われた楽園を。だが、その結果は何だった?
それを知り、自然、計画を振り返った。計画のために何をした? 此処日本に来たのはその捨てられた皇子を見てみたかったからだ。その皇子は気位が高く、頭の回転は至上の光を放ち、人を魅了するオーラを放っていた。誰よりも気高く見えるその姿。だが、境遇を知っている物にとってはそれが素顔を隠すための仮面である事が解ってしまう。
だが、皇子と少年決定的な違いがあった。守る者がいるか居ないか。たったそれだけ。だがその違いは皇子の心を強固な鎧で武装させ、たった一人の守るべき存在を慈しんだ。どれだけ泥を被ろうとその存在だけには何の事はないと頼れる存在であろうとした。強制であっても強くあれた。
少年にはそれがなかった。母が死に、父に捨てられ、守られる事もなく劣悪な環境に身を置き一人孤独と友になり育っていった。それが計画に、世界を救う計画に必要だったと言うだけでそれを強いられた。
少年は一人きりになり死ぬ寸前まで追いつめられた。だから考えてしまうのだ。計画が発動していたならば、皇子はどうなったのだろうかと。恨みが無くなるはずはない。それまでの行為が許される事はない。あり得ない。それが解ったからマリアンヌとの会話を切断した。
少年、シンジが未だ傷を癒し切れていない事を知っている。クロヴィス殺害以降添い寝をしてきた。その間寝言で父を呼ぶ声を上げた事があった。冷や汗を掻き絶叫と共に飛び起きた事も。そのたびに抱きしめ、一人ではないと涙を拭いた。そのたびに自らの罪を自覚した。同じ事を計画し、その犠牲になった皇子に心の中で謝罪した。
会えたのは偶然だろう。少年の師が此処を修行の地としなければ人生は永遠に交差する事はなかったはずだ。
立てかけられた旅行鞄を見つめる。中に入れたのは皆ここに来てからの物。胸に手をやりそれを握る。
少年には多くの物を貰った。それは元からあった物だと少年は言うだろう。だが人でない自分を、人に戻してくれたのは紛れもなく少年の心なのだ。
「行くか」
旅行鞄を引き、外に出る。この部屋とももうお別れかと思うと何とも言えない苦しさがわき上がった。
もう、あの声を聞く事はない。少年の目的は達成された。僅か数年の間だったが、この地に着任した総督を殺し付くし、今では皇族は来る事がない。残ったのは命ばかり惜しむ臆病者と、権力を欲する愚者。それをまとめていた皇帝シャルルは今は亡く、ドングリの背比べだというにもかかわらず国を割りブリタニア全土を戦場と化し大戦の真っ只中だ。既に滅びたと言っても過言ではない。現在もエリアは次々と独立し、以前の国へと戻って行っている。
世界が違う。その事は聞いていた。だから帰るのだろうと容易く予想が付いた。
そうして出てきたわけだが、その理由に苦笑してしまう。帰っていく所を見たくなかった。ただそれだけ。
人を超越しているとは行っても世界を渡る術など持ってはいない。永遠の別れになる事は簡単に解った。それは光が一つ失われる事だった。
何時からだろうか、一緒に食事を取り、些細な事で言い争い、気遣われ、気遣い、同じベッドで寝る。何よりも帰ったときのたった一言、お帰りという言葉が暖かすぎた。偽りのC・Cという記号の如き名を呼ばれるたびに子守歌の様に心が静まった。
その少年が永遠に現れなくなる。それらの一切が永遠に行われなくなる。
「耐えられるわけがないじゃないか」
さんさんと降り注ぐ太陽の光を避ける様に顔を伏せ、ターミナルを目指す。
耐えられない。耐えられるはずがない。けれど少しずつ、確実に忍び寄る別れの足音。だから必死で考えた。考えて、考えて、そして出てきたのは希望的観測に過ぎなかったが、それに縋るしかなかった。耐えられないのならばこちらから別れを切り出せばいいと。別れる挨拶をしなければまた会えるかも知れない、探してくれるかも知れない。
そんなバカバカしい事を本気で考え、実行した。物心付いたときから奴隷だった自分には愛しさという感情は解らない。当然兄弟も居ない。居たとしても知らない。両親はいるのだろうが誰なのか、何処にいるのかを知らず育った。奴隷なのだからと最低限の事しかされなかった。だから慈愛という物を知らない。愛されたいと願ったのはそれを体験したかったからだ。一度でも良い、誰かに優しくして欲しかった。
騙された形ではあったが、それは叶えられた。確かに嬉しかった。だが何時もそれがギアス故だという考えがまとわりついていた。何もない自分を慈しんでくれる者がいるのだろうかと。
長い時を生きてきた。その中で漸く見つけたたった一人の存在。それがいかに大事かなど諭されるまでもなく解っていた。だから、心を騙して希望というまやかしに縋ったのだ。
ターミナルの階段を上り、電光掲示板に表示された列車の到着時刻を確認する。風に髪がすくわれたなびいた。
少年が向けてくる感情が何なのか、そして少年に対する感情がいったいどういった種類の愛なのか。そんな事までは解らなかった。
兄弟愛? 親心? それとも異性への愛情だろうか。そのどれもがあって居る様に思えて、そして違う様にも思った。結局のところ解らないのだ。与えられず育ったが故に判断できない。
アナウンスがなり、しばらくすると地響きをならし列車が到着した。最前列に並び、扉が開くのをただぼんやりと待った。ゆっくり開くドアと共に、その金を認め目が開かれる。
「C・C探したよ」
硬直している間にその少年は左手を取り、瞬間世界が入れ替わった。
喉が動き無意識に息をのんだ。
「V・V…」
発した声はあまりに小さく、うめく様にも聞こえ、その瞳にうっすらと笑うV・Vが映った。

「さあ、儀式の始まりだ」
笑いながらC・Cの首を絞めるその手はまだ小さい。
瞬間浮かび上がる左右対称の紋章。何もない、そして全てがあるその空間。夕日か朝日か、日が地平線と重なり、世界を紅く染めるその場所でC・Cは抗えない事を知っていた。
「シャルルは居ない。けれど」
V・Vの戯れ言に耳をかす気にもなれない。C・Cと名前が付いているのは何も無作為に選んだわけでも略称でもない。正しくC・Cなのだ。Cはカップの持ち手を表している。それは聖杯。様々な伝承のある聖杯を意味するカップ。
ではVは? V・Vは天に弓引く物を意味している。VとVが完全に重なり合う寸前のマーク。それは弦を引いた弓の形。
過去にはまだ存在したという神話のマーク、その力を宿した個体名。だがそれは淘汰され消滅していった。長く生きたC・Cも計画の段階になり漸く知ったほど昔の伝承。
「V・V」
何を言いたいのか、どうしたいのか。既にC・Cには解らなくなっていた。儀式は聖杯たるC・Cとそれを起動する者がいて初めて成す事ができる。だがそれは道具を象徴した者達では無理なのだ。
V・Vはあくまでも敵を倒す聖なる弓。聖杯の効果を広める道具にはなっても持ち主にはなれない。
だが解ってしまった。それを知っていてもそうするしかV・Vに残された道はないのだと。全てを失って、強行するしかないのだと。
紋章の光が増し、V・Vのそれと共鳴を始めた事を感じ取った。世界のありとあらゆる情報が一瞬で脳裏に映し出される。
意識レヴェルが格段に下がり、偶然それを見つけた。誰もいないマンションに帰ってきたその少年。それを見て頬に涙が伝った。もうあう事もできないと思っていた少年。
「シンジ」
そっと零れる優しさに満ちた言葉。C・Cは情報の中の少年がこちらを向いたかの様に感じられた。だがそれ以上見る事はできなかった。V・Vが首の締め付けを激しくしたからだ。
まるで拷問の様だと、意識の隅で思う。情報の濁流が絶え間なく襲い、脳は酸素不足を告げ肺が悲鳴を上げる。だから、
「C・C!!」
その声と共に首の圧迫感と、情報の濁流から解放された。咳き込みながら誰かという事を、聞くまでもない事を目を開け、そして呼んだ。
「…シンジ」
目に見えるまであふれ出した漆黒のオーラにも似た魔力。
ああ、とC・Cは息を吐いた。
「ゲートオープン」
物憂げなそれは、唖然と座り込んだV・Vを視界に入れる事すらせず、ただ何かを成そうとしているシンジへと向けられた。
「何を」
する、と続けられる声に、指を一つ鳴らす事で答えたシンジはその結果をしていたのだろう。
音が響いた瞬間、V・Vは恐る恐る自身の足を見た。
「あ、あっぁぁぁっぁぁぁ」
崩れていく。光の粒子となり、V・Vを構成する全てが崩れていった。青を冠する破壊の魔法使い直伝のそれは、物質に止まらず不死という神秘を、より大きな物質消滅という神秘で上塗りし、覆した。
「原初に抱かれて眠れ」

黄昏を映したそこで、長い時間が流れた様に感じられた。
「シンジ」
その声に体が震える。自然手を握った力は強くなり爪が肌に食い込んだ。
全てが終わりC・Cの元へ戻った。ギアス教団の存在がきな臭かったが、何処をどうてこ入れしようがブリタニアの内戦は収まらない。だからあえて無視した。急ぐ足はマンションへ向かい、苦笑した。C・Cを大切に思っている自分を自覚したからだ。
だから、誰もいなかった部屋に背筋が凍った。荷造りが終わっている事を知ったときは、昔に戻ったかの様に膝を突いた。また捨てられたのだと、そう感じた。それでも楽しかった日々があったのは事実で、恨む事などできはしなかった。嘘のない、偽りのない陰謀と殺戮の蔓延したそれでも優しかった空間。
どれくらいそうしていたのか、C・Cに送ったペンダントの宝石が空間を飛び越え非常事態を伝えてきた。それとほぼ時を同じくして誰かの視線。迷うことなく宝石が発する空間へと跳んだ。そこで見た物は首を絞められぐったりとしたC・Cの姿だった。
何もかもを忘れ、首を絞めていた子供を殴った。真祖の全力のそれを受けた子供はされど何事もなかったかの様に起きあがり、睥睨した。
それにC・Cと同じなのだと解ったが、それでも許せなかった。首を絞める行為がC・Cが望んだ事だったとしても、傷つける者が許せなかった。師であるゼルレッチの忠告も忘れ、世界への干渉一歩手前の物質消滅魔術を使い魂ごとその存在を滅ぼした。
だが冷静になると共に、C・Cの視線が恐くなった。捨てられたというのに未練がましく追ってきた。それも理由も聞かず一人を滅ぼして。
「お前は、私に酷い事をした」
心が悲鳴を上がる。それに耐え断罪の言葉を聞いた。
「私を研究所から助け、あろう事か普通の生活を送らせた」
力が抜け、座り込んでいたC・Cは起きあがるとシンジの背後に立った。
「どんな思いで私が過ごしてきたか。シンジ」
瞬間、白く細い両腕が胴に回された。
「私を死徒にしてくれ」
「何を言って」
意味がわからなかったシンジは、振り向くとその胸にC・Cが飛び込んだ。
「死徒って、意味はわかって」
「以前お前が言ったのだろう? 死徒にならないかと。お前と同じにはなれないが、それに近づける」
いくらか小さなシンジを抱きしめC・Cは囁いた。
「お前を…愛してる」
目を見開くシンジに、C・Cは楽しげに笑って口付けた。
これが愛情以外の何だというのだと助けられ漸く解った異性への愛情の吐息を感じながら。



To be continued...
(2009.05.16 初版)
(2009.10.17 改訂一版)


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