東の空に茜雲が見える。夜明けが近い。機内で起きているのは、1人だけのようだ。日本到着は、現地時間で午前9時の予定だから、順調な飛行なのだろう。輸送機では機長の挨拶があるわけでもない。まあ、あるとすれば緊急時くらいだろうが、それは願い下げだ。護衛の戦闘機は交代で給油している。おや、起きたのかな?



ストレーガ Scarlet Strega

第一回 The Arrival

presented by ぶるー・べる様




(1)


 巨大なエヴァ輸送機も人員の乗れるキャビン部分は小さい。今回は乗員以外に旅客がいるのでなおさら不自由な状態になっている。
「おっ、アスカ。寝られなかったのか?」
護衛をかねた…… いや、添乗員を兼ねた護衛の加持リョウジは少し驚いて訊ねた。
「あら、リョウジ。緊急事態に備えてるのよ。」
可愛らしい黄色のワンピースの上に、寒かったのかフライトジャケットを羽織った美少女が微笑みながら日本語で返事をした。
「おいおい、こんな空中で何が起こるって言うんだい?」
「もちろん、使徒襲来よ。 まあエヴァを狙う怪しからぬ国があるかもしれない。」
「徹夜か?」
「EUのレーダー網と衛星の眼がしっかりしている間に寝たわ。」
「さすが天才少女! 抜かりなしか……」
「そんな言い方しないで、自分だってこんな時間に起きてきたじゃない。」
「ま あ ね。」
「朝食、食べるでしょう? 座ってて。」
「俺がやろうか?」
「いいから、リョウジは座ってて!」
「はいはい、承知いたしました。そうそう日本じゃ俺をリョウジと呼ぶのは止めたほうがいいぞ。アスカが変な目で見られる。」
アスカは、バスケットからサンドイッチを出しながらも話を聞いていた。
「ふぅーん。『加持さん』かなあ?」
「そんなところだな。」
「じゃあ、ミサトも『葛城さん』か……」
「まあそうだ。葛城本人は気にしないけどな。」
「スープと珈琲でいい? ミルクかオレンジジュースは?」
「わるいなぁ〜。コーヒーだけでもいいけど……」
「朝からビールはだめよ、日本じゃね。」
「ごもっとも。」

 日本について無邪気な質問をしてくるアスカに返事をしながら、加持は不幸な少女の過去を思い出していた。もっとも母親の自殺、実父の再婚などまあ、セカンドインパクト後の世界では取り立てて言うほどのものではない。それにしても素直に真直ぐだけでなく、とてつもなく優秀な少女に育ったのは驚きだ。最近2年の大学院での研究成果をまとめた論文で理学・医学のドクターは間違いないらしい。赤木リツコとの対面も楽しみだ。しかし頭脳の方は天賦の才としても、軍事や格闘技術での成果は全て努力の賜物だ。俺も葛城もどれだけつき合わされたか知れない。本質的に怠け者の葛城には良い薬になった。

「それで『葛城さん』が一尉で作戦部長なんですか?」
「そうだ。」
「やぁっだぁー。『葛城さん』ならエヴァに右向け右とか、前へ進めとか言いそう。」
「んー、ありえるな。」
「……でっしょうー。」
「それよりアスカ。第三使徒を倒したサードチルドレンをどう思う? シンクロ率は最初から50%以上だそうだ。」
「べつにぃー…… 。可哀想としか言えないわ。訓練も無く、初めて乗って怪我したんでしょう?」
「まあな。」
「ネルフ本部の準備不足としか言いようが無い。それより、今までどうして私をドイツに置いておいたかよ、気になるのは。」
「と言うと?」
「参号機も近々日本に向かうらしいから、ネルフの予想じゃ使徒は日本を目指すのよね? では、なぜパイロットが予備も含め倒れるまで私を呼ばなかったのか? あるいは、呼べなかったか? もう使徒がドイツに来る可能性は無いの?」
「うーん、どうしてだ?」
「あら、私の聞くの? 『加持さん』?」
やれやれ、限りなく真実に近づいている。エヴァパイロットじゃなければ、抹殺されるぞ。
「さて、俺には分からん。」
「まあ、これ以上は野暮ね。他のパイロットに会うのを楽しみにしているって、伝えておいてね。」
「誰に?」
「『加持さん』の上司の方々によ。」
「OK」
どこまで、お見通しなんだろう。アスカは手際よく朝食の後片付けをすると珈琲を淹れなおし、パイロット達に運んでいった。スタッフとアスカの陽気な笑い声が聞こえてくる。何とか無事に日本に着けそうだ。世はすべて、こともなし。神は此処に……。


(2)


 何とか時間に間に合った葛城ミサト一尉の見守る中、赤いエヴァンゲリオン弐号機は輸送機から降下し見事な着地をきめた。へー、さすがねえ、アスカ。ドイツ支部でアスカの操縦ぶりを見たことはあるが、こうしてみると鮮やかだわ。ここは、エヴァ輸送機の簡易飛行場もかねたエヴァの緊急出撃場だ。エヴァを切り離し身軽になった輸送機も着陸態勢に入った。弐号機はアンビリカブルケーブルを接続すると本部から指示を受けたのだろう至近のエヴァ回収ポイントに向かっていく。あらアスカ、エヴァに乗って本部行くのかな? まさかね。アスカがプラグスーツで初対面の本部スタッフと顔合わせをするとは思えないもの。もう少しこのロビーで待とう。それにアスカの荷物も運んであげないといけない。

 しばらく待つと案の定、ネルフの制服に着替えたアスカがやってきた。
「アスカ、元気そうじゃない!」
「お久しぶりです、葛城さん。よろしくお願いします。」
「ちょ、ちょっとなに言ってんの。ミサトで良いわよ。」
「日本じゃ、目上の人を名前で呼び捨てにしないって……」
「誰がそんなこと言ったのよ!」
「後ろの人。」
「えっ!」
「ヨッ、葛城。相変わらずだな。」
「げ。加持ぃー。あんたこんなところで何してんのよ。」
「アスカのお供で、ドイツから出張だよ。」
「ぐぐ、うかつだったわ。十分予想できたのに……」
「ご挨拶だなぁー」
「アスカ行くわよ。こんな奴、放っておいて。」
「か、葛城さん。荷物2人で運ぶの?」
「キィー、ミサトって呼びなさい。それに荷物はフェデックスしたんじゃないの?」
「じゃあ、ミサトさんで手を打って? とりあえずの着替えなんかは持参よ。お願いしたようにワゴンで来てくれたんでしょう。」
「ええ、まあ。」
「まあ、ポーターもいない空港なんだから諦めろ、葛城。」
「ちぃっ。わぁったわよ。ついてきなさい。」

 加持が自分の発言を後悔したのは、大汗をかいて大型スーツケースすべてを積み終り、涼しい車内で談笑するアスカとミサトを見た時だ。
「お嬢様、すべてつみ終わりましただ。」
「ごくろうさま、爺。大儀であった。」
「ご苦労、か爺。あははは。」
「やれやれ。」

 何はともあれ、涼しい車内で一息ついた加持は生き返ったようだ。
「大丈夫、加持さん? はい、加持さんの荷物。」
「サンキュー、アスカ。助かった。」
「あんた、荷物それだけ?」
ミサトは、小ぶりのジュラルミンケースを不審気に見ている。
「これか? 中身は知らないが、任務の1つだ。支部から本部へのお届けものさ。」
「へーぇ、アスカの護衛だけで来たんじゃないんだ。」
「俺のような有能な人材を遊ばせておく…… って、聞いてないのか!」
アスカとミサトの話題は、第三新東京市の甘いものの店に移っていた。
「加持ぃ、後ろでごちゃごちゃと、うるさいわね。運転のじゃまよ。」
「へいへい、おっしゃるとおりですだ。ところでアスカ、聞いてなかったけど住まいは?」
「うん。私はネルフ内を希望したんだけど両親が地下にずっといるのを心配してね、本部に問い合わせて地上にも部屋を借りてくれたの。」
「ああ、アスカ。保安上の問題で私と同じアパートよ。ご両親、欧風に改装してくれたみたいよ。」
「ええ、狭すぎるって騒いでましたから、日本では恵まれた広さだと言ったんですけどね。それで、また荷物が増えちゃったわけ。」
「どうして…… 。俺、変な事言ったか?」
女性陣からのきつい視線にリョウジはどぎまぎしてしまう。
「あんたねえ、レディが2軒家を持てば衣装も他も倍になるの。」
「ゴミもか?」
「なんですってぇー!」

 車から降りるぼろくずのような加持を見た本部の保安部員は、外部でのチルドレン警護の過酷さを思って涙したそうだ。


 本部に着いた3人はミサトの案内ではなく、案内図を一目見たアスカに導かれ司令の部屋を目指している。
「何か言いたそうね、加持。」
よほど懲りたのかリョウジは無言だ。
「まあ、良いわ。私も着任したばかりだから不案内なのよね。ところであなた達の階級はどうなってるの?」
「おいおい、連絡が着てるはずだぞ。」
「ちょっと忘れたのよ。」
「俺は軍人じゃないけど、一尉待遇だ。給料は二佐位かな。」
「なによそれ?」
「ドイツでの給与は高いのよ。ミサトさんもドイツでの訓練中、結構よかったでしょう。」
「そういえばそうね。」
「私は…… ここじゃないかな、司令の部屋。」
「そうだわ。
葛城一尉です。セカンドチルドレンと護衛の加持氏をお連れしました。」
部屋には着席した碇司令と横に立つ冬月副司令がいる。
「ご苦労様、葛城君。すぐ済むから待っていてくれたまえ。」
「はい! 副司令。」
「君がセカンドチルドレンかね。」
「はい、惣流アスカ二佐、エヴァンゲリオン大隊隊長として赴任いたしました。」
「ふむ。ドイツ支部の要望で隊長職に任命したのだが、大丈夫かね。重荷になるなら階級はともかく、職責からは解いて、名目だけの隊長にして上げられるが。」
「いえ、お任せください。責務を果たす所存であります。」
「しかし、まだ若いし、実戦経験もないのでは……」
「使徒戦の経験が、どなたにあるのでしょうか? 失礼ながら、エヴァンゲリオンの実戦と申せば本部の予備のパイロットの一戦のみです。残念ながら、作戦や技術で勝ったとは言えないでしょう。」
「冬月、もういい。惣流二佐、次の使徒戦を見て決める。」
「満足していただけると存じます。」
「では、葛城一尉。二佐の案内を頼む。我々は加持君と話があるのでな。」
「はい!」

 退出した2人が部屋の前から離れるのをモニターで確認した碇司令は視線を上げた。リョウジはケースを机に載せ開けた。
「人類補完計画の要ですね」
「そうだ最初の人間アダムだよ」


(3)


 司令室を出たアスカはミサトにネルフ内を案内と言うより、行き当たりばったりに各部門の責任者を紹介してもらい挨拶していく。皆アスカの階級に驚く。最後に唯一真直ぐ案内できるミサトの避難場、技術部に向かいながら、ミサトは初めて疑問を口にした。
「ねえ、アスカ。どうしてそんなに出世したわけ?」
「別に私が頼んだわけじゃない。ゲヒルン時代の10年前からエヴァパイロットだったのよ、私。年齢を考えなければ、学歴職務内容から大尉待遇は遅い出世だわ。それにドイツ支部長は野心家なの。ゆくゆくは自分が本部の中枢に食い込みたいんでしょうね。今回の弐号機の派遣で恩を売るだけで満足せず、エヴァが勝てば支部の名誉になるからと、強引に私を責任者にしたのでしょう。今回死んでもないのに二階級上がったわ。」
「副司令も言ってたけど……」
「私はやるつもり。どちらにしてもドイツに無断で、職を下りるわけにはいかない。次、私がどじを踏んだら嫌でもあの司令が外すわよ。」
「……」

 第3使徒戦以来ずっと機嫌の悪い親友、技術部の赤木リツコが、アスカをニコニコと迎えたのにミサトは驚いた。ミサトがもう何度も見た第3使徒戦の記録をアスカは質問したりデータを見ながら熱心に見ている。退屈になったミサトはリツコにことわると部屋を出て作戦部に行くことにした。作戦部では日向二尉がたくさんの書類に悪戦苦闘していた。あちゃぁー、リツコのところにいた方が良かったかな。しかたない、手伝うか。(本来ミサトの仕事なのだが。)

 どうにか書類整理のめども立ち、話題はアスカのことになる。
「葛城さん、アスカちゃん素直そうな良い子ですね。」
「え? まあね。でも一筋縄ではいかないわよ。履歴見たでしょう?」
「ええ、天才ですかね。」
「そうね、私もあの娘のこと好きなんだけど、何か底知れないところがあるわね。そこが天才の天才たるところなのかな。」
「それにしても、二佐だと戦闘時困りませんか?」
「あの娘はエヴァ部隊所属だから、作戦や指示はこちらからね。でも、作戦部では私が一尉で最上位でやりにくいのは確かね。」
「それでは……」
「うん。でもドイツ支部が強引にしたことらしいから、うちの髯が何とかするわよ。天才といっても、まだ子供だしね。」
その時ドアが開いて、悪戯っぽい声が……。
「素直な天才小娘、アスカちゃん参上!」
「あら! どこから聞いてたの?」
「いや、そんな意味じゃないんだよ、アスカちゃん。」
「知らないわ、適当にカマかけたんだけど。」
「まあ! ところでリツコとの話は終わったの?」
「うん。後でミサトさんに話があるってさ。」
「了解、アスカの予定は?」
「他の2人のパイロットに会いたいな。あとは、ミサトさんが帰るまでネルフ内の宿舎の片づけするつもりよ。帰りにアパートまで乗せてって。」
「オーケー。2人ともまだ入院してるから、すぐに行けるわ。日向君後お願いね。」
「はい。葛城さん。」


(4)


 ミサトはアスカと話しながら、ゆっくりと病院施設に歩いている。さすがのミサトも連日の病院通いで迷わない
「ミサトさん。2人の怪我は酷いんですか?」
「リツコに聞かなかったの? レイ、ファーストチルドレンはもう直ぐ退院できるけど、まだ初号機の起動に成功していない。それに今の怪我は零号機が暴走した時のもの、零号機再起動実験の準備にあと3週間かかるそうよ。シンジ君、サードチルドレンは先日の使徒戦で重傷でね。あと3週間は戦闘不能と言われてるの。特に右目と左前腕、外傷はないけどシンクロのせいでね。暴走直前に異常に高いシンクロ率だったの。もちろん、面会はできるわ。」
「参号機は?」
「もっと先、8月か9月到着予定。」
「3週間は私と弐号機だけなんですね。」
外部への連絡通路に入った。病院方向へ向かうとコンビニ規模の売店もある。
「そうね。さあ、ここから先では極秘事項は話さないようにね。」
「了解。少し待ってください、お見舞い買って行きます。2人とも経口摂取できるんですか?」
「2人とも今は普通食だわ。」
アスカは御見舞いの花や食べ物を選びながら話を続けている。
「ねえ、ミサトさん、日本じゃ同年齢の友達はどう呼ぶの?」
「難しいわねえ、普通は男の子には『君』、女の子には『さん』を付けるけど最近は日本でも親しければ呼び捨てのようね。」
「ふーん。…… さて、これくらいでいいかな。」
二人は店を出て医療区画に入った。
「たくさん買ったわね。」
「碇君は、まだまだ入院でしょう。本も買ったのよ。」
「へー、優しいのね。ひょっとしてアタックするの?」
「写真でしか知らないのに? まさか。」
「あら、張り合いのない答えねえ。どっちから行く?」
「近いほうから。」
「じゃあ、ここ。シンジ君からね。
シンジ君、ミサトおねえさんよぉーん。元気してたぁ〜?」
返事も待たずに跳びこんでいくミサトにあきれながら、アスカも部屋に入って挨拶をする。
「初めまして!」
線の細い少し自信無げな少年が良いほうの手で椅子をを示してから訊ねた。
「あ、ミサトさん。こ、こちらは?」
「よくぞ聞いてくれました! この制服姿も麗しい美少女はセカンドチルドレンの……」
「惣流アスカです。よろしくお願いします。」
「あ、碇シンジです。サードチルドレンらしいけど、まだちゃんと引き受けたわけでは……」
「そうなんですか、ミサトさん?」
「にゃははぁ、そのさあ、酷い怪我で頼み難くってさ。」
「だいいち、僕なんか役に立つとは思えない。」
「そんなことはない!」アスカの大きな声にシンジは少し驚いたようだ。「引き受けてくれるなら、私が負けた時エントリープラグをもって逃げてくれるだけでも良い。生き残ったら、二度目には必ず私が敵を倒すから。後ろに居てくれるだけでも良い。どんなに心強いか……。ああ、ごめんなさい、強制するわけじゃないんだよ。訓練受けてない人には、辛いことだからね。」
「君は訓練受けてるの?」
「アスカとよんで。10年前から受けてるわ。」
「アスカさん、すごいね。」
「すごいのは君よ。君が使徒を初めて倒したパイロットであることに間違いはない。以後乗らなくてもね。それと私に『さん』はいらない。目上じゃないのよ。」
「聞いてるでしょう? アスカはドイツ育ちなのよ。」
「うん、アスカ。パイロットのことは考えてみる。僕もシンジって呼んでくれたら嬉しいな。」
「OK、シンジ。乗ってくれたらさっきも言ったように私としては嬉しいけど、危険で報われない仕事なの。よく考えてね。」
「分かった。」
「お見舞い、おいておくね。フルーツでもむこうか?」
「いまいらない。ちょっと言われたこと考えたいから。」
難物と思っていたシンジのパイロット就任が一気に現実化して、ミサトは内心大喜びだ。さすが美少女の威力ね。まだシンちゃんには、ミサト様の大人の魅力は早すぎたのよ、きっと。アスカがシンジに明日も見舞いに来る約束をしているのを聞きながら、シンジに大人の魅力を教える作戦を立案中のミサトであった。

 レイの部屋に向かう途中、ミサトは少し迷ったがアスカに話しかけた。
「ねえ、アスカ。レイはシンジ君のようにはいかないわよ。」
「美少女作戦が通じないってこと?」
「まあ、それもあるけどさ。ちょっち変わってるんだ、レイは。経歴とか知ってる?」
「ほどんど抹消されていて、不明だったわ。」
「まあ、そうなんだけどさ。」
「ミサトさん、綾波さんはパイロット止めたがってるんですか?」
「それはない。全力投球してくれると思う。」
「それで十分です。行きましょう。」
「う、うん。ここよ。
レイ? ミサトだけど入っていいかな?」
いきなり跳びこむと思っていたアスカは、ミサトの背中にぶつかった。
「痛」
『どうぞ、葛城一尉。』
「何してるの、アスカ。入るわよ。」
「なにって…… あ、うん。」

「何の用でしょう、葛城一尉。」
いきなりご挨拶ね。まあ、これがレイのレイたる所以か……。ミサトは一瞬たじろいだが、明るい調子で続ける。
「あはは、お見舞いよぉ〜。調子はどう?」
「問題ありません。今週中には退院できると聞いています。」
そっけない返事に、ミサトの元気も完全放電しそうだ。まったくもう、だからレイは苦手なのよねえ、アスカの手前恥ずかしいじゃない。
「良かったじゃない。」
レイの視線はアスカに向いている。ミサトは気を取り直して言葉を続けた。
「こちらは、惣流アスカよ。アスカ、彼女が綾波レイ、ファーストチルドレン。」
アスカは軍人の見本のような敬礼をした。さすがのレイも少し眼を見張っている。
「本日ネルフドイツ支部より本部エヴァンゲリオン大隊隊長に着任した、惣流アスカ二佐です。」
「綾波レイ、三尉待遇です。」
レイの意表をつくのは難しいわね。ミサトは変なところに感心している。
「とは言うものの、まあ作戦中は別にして、普段はアスカって呼んでね。私もレイって呼んでいいかな? 仲良くしようね。」
「命令ならそうするわ。」
あっちゃ〜〜、アスカが爆発しないかしら?
「作戦中はお互い命を預けるんだから、信頼を築くきっかけの命令と思ってもらって良いわ。」
「わかったわ、アスカ。」
「よろしくね、レイ。」
およよ。これはびっくり、こんなアプローチもあるのか。
「ミサトさん?」
「へ? なに?」
「私はレイと話があるから残るわ。リツコさんが呼んでたって話覚えてる?」
「ああ、そうだった。行ってくる。」
「まったねー。」
「 ……」


(5)


 今日はアスカに驚かされてばかりだ。ミサトはドイツにいるときからアスカをよく知っているつもりだったし、今のアスカが別人になったわけではない。でも明らかに訓練時代と今では雰囲気が違う、意識の変化なのだろう。でも実戦でそれが役に立つのだろうか、しょせん子供といった感じの扱いをしていた副司令と司令が正しいようにミサトには思えた。まあ、次の使徒戦の最初はお手並み拝見と言うわけね。大人でバックアップ体制を整えておかないと人類滅亡もありえるわ。さて、リツコの話は何だろう。

 リツコの部屋に入るとミサトは勝手知った様子でマグに珈琲をそそぐ。
「何のよう?」
リツコは、ディスプレイから視線も上げずに返事をした。
「あなたに関係したところをプリントアウトしておいたわ。見ておきなさい。紙がいやならドイツからのデータにあるから自分の端末で見られるわ。」
2cmほどの厚さのファイルに少し眼を向けたが、ミサトは手に取ろうともしない。
「何のことよ。」
「そこに書いてあるわ。」
「ちょっと話してよ。」
「……」
「ねえ。」
「私も忙しいの、自分で読みなさい。」
「ちょっとだけでいいからさぁ。」
諦めたリツコがキーボードから手を離しタバコに火をつけるのを見てミサトは心の中でガッツポーズをとった。
「そうね、ミサトは今回のアスカの来日の経過は知ってるの?」
「経過って、本部のチルドレンとエヴァが使えなくなったから、司令たちがアスカ派遣を依頼したんでしょう?」
「こちらから低姿勢でお願いする形になったので、ドイツ支部長の意向でアスカの隊長就任とかのおまけがついたんだけど良い点もあったの。弐号機用の部品や開発された武器、武器のデータ、それになんといっても弐号機用の予算まで本部に来たのは大きい。アスカの希望した弐号機スタッフの派遣は司令たちに拒否されたけどね。」
「スタッフ?」
「整備班と支援軍ね。そうそう、アスカからエヴァ大隊の支援軍編成の許可願いが作戦部に出てるはずよ。ちゃんと検討しておきなさい。」
「ふぇー。」
「プリントのほとんどは武器の説明とエヴァを中心とした作戦の提案になってる。ちゃんと作戦部で検討しておくべきね。あなた達、良い提案ができないと、アスカが自前の作戦科を作っちゃうわ。」
「まあ読んでおくけど、大げさじゃない? アスカが天才なのは認めるにしても、まだATFの展開もできてないし、私たちの指示もなく戦えるとは思えないわ。」
リツコは新しいタバコに火をつけ、こめかみを押さえている。
「だからね、レポートを読みなさい。日向君にも後で送ることにするわ。ATFは私たちも扱えてないのよ。前回は暴走してたから、シンジ君が再現できるかどうかわからない。アスカはデータ見て、すぐにでも使えるって言ってた。」
「うっそー! どうしてよ?」
「あなただってアニメみたいに『ATフィールド』って叫べば出るとは思わないでしょう。けど前回のデータを見たアスカは、どんなものかわかれば可能だといってたわ。」
「リツコ、バカにしてるの!」
「そんな暇無いわ。あなたが私の仕事のじゃまをしてるのよ。」
「うぐ」
「零号機の再起動実験、初号機の修理、弐号機の実戦配備、アスカ提案の武器の検討、他にも実験が目白押しなの。」
「わかったわよ。今日中に読めばいいんでしょう。」
「まあね。ところでチルドレンの御対面はどうだった?」
今までとは打って変わったように生き生きとしたミサトの報告は身振り物まね入りでリツコは大笑いだ。
「あはは、私も見たかったわ。へー、アスカやるわねぇ。」

 その時2人に気付かれることなく部屋に入ったリョウジが暢気そうに話しかけた。
「楽しそうだな、俺も入れてくれよ。学生時代のようには、いかないかな?」
「あら加持君。」
「あんた何してるの、早くドイツへ帰りなさいよ。」
「つれないなー、葛城。でも残念、本部出向が正式に決まったので、帰れないんだ。まあ、よろしくな。」
「なんですってー、最悪!」



To be continued...


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