ストレーガ Scarlet Strega

第十二回 An Excursion

presented by ぶるー・べる様


(1)

 シンジは修学旅行の買い物に付き合うようレイに頼まれたとき別に驚きはしなかった。レイとアスカは仲は良いが、どういうわけかショッピングに二人で行くことはない。アスカは加持と買い物に行くことが多い。シンジが理由を聞くとアスカは 『 あなたがレイと行けば良いでしょう 』 と言うのでありがたく運び役になっている。そういえば加持はアスカからもっと荷物の載る車にしろと言われたとぼやいていた。シンジはレイの買い物が一人で持てる範囲なのを喜ぶべきらしい。それにしてもアスカはどれほど買うのやら。

 レイは時間ちょうどに待ち合わせ場所に現れた。
「碇君?」
「今来た所だよ」
「少し待って」
「うん。ひょっとしてアスカと加持さんも一緒なの?」
「ちがう」
シンジが聞きなおす前に答えが登場した。
「レイさん、シンジ君。今日はよろしくお願いします」
「ええ」
ミチコさん?
シンジのもの問いたげな視線にレイはミチコの死角から軽くかぶりを振った。
「助かります。買い物はネットでとあきらめていたんです」
「私の買い物の相談に乗ってほしい」
「もちろんです!」
シンジにはその理由が推測できた。きっとミチコはいじめを恐れて町に買い物にあまり出ないのだ。それにしてもアスカはどうしたのだろう。
「碇君、行くわ」
「あ、うん」

 シンジのその日の予定は大きく狂ってしまった。レイは今までさほど買い物に時間をかけなかった。もちろんシンジよりは長いが、先日洞木ヒカリの買い物に付き合った鈴原によれば『 綾波のなんて女の買い物のうちに入らんちゅうのや 』 だそうである。ところがミチコは久しぶりの買い物と言いながら恐ろしいほど女性であった。しかも博覧強記ぶりを発揮してレイに説明を始めると長い。それがレイには楽しいらしく、シンジは鈴原のぼやきを身をもって体験することになった。
 一度だけB組の生徒とすれ違っただけで午前中は無事すぎた。不満たらたらだったシンジも同級生とすれ違う時身を硬くしていたミチコを見ると何も言えなくなった。シンジ自身もそれほどではないが似た経験があるので辛さは分かる。

「碇君、食事にする?」
「うん。一緒に食べようよ、東さん」
「良いのですか?」
「ええ」
「もちろん」
「ありがとうございます」

(2)

 アスカの指揮のもとリョウジは大型スーツケース3個を最近買い換えた中古のドイツ製ステーションワゴンに積んだ。
「ふぅー、常夏の国じゃ肉体労働はきついね」
「さあ、出発!」
「休憩は?」
「なし!」
「とほほ」
 リョウジはスーツケースを送るため手近のコンビニに向かった。
「なあ、アスカ。集配サービスのある宅配じゃだめなのか?」
「あら、それじゃ加持さんに会えないわ」
「いや、俺も会いたいがもっとお手柔らかにさあ」
「冗談よ。一人暮らしの女性はそういうのは使わないものなの」
「へぇー」
「レディはね」
「しかし少々の変態くらい、アスカならぼこぼこに」
「なんですって!」
「いてて。最近つれないぞ、アスカ」
「ミサトに吊り上げられた獲物に用は無いのよ」
「おいおい」
「ほら、コンビニ」
「ああ」

 そのまま二人はいつものコースで昼食を済ませる予定でいる。
「アスカ、ミサトが沖縄へは拙いよなあ?」
「あれは単なる仮説だけど止めた方が無難ね。それに私たちと一緒には無理でしょう? 緊急時の帰還に備えて本部にいてほしいわ」
「指揮官がだな」
「責任取ってくれる人がね」
「何か微妙に意味が違うな」
「おなじよ。それに仮説が当たっていて沖縄へ移動しようとしたら……」
「ん?」
「ゼーレが動くかも」
「ああ。そりゃ困る」 ミサト暗殺命令が婚約者に下ったりしたら悲惨だ。 「しかし、どうしたものかなあ。本人は行く気でいるぞ?」
「止めれないの?」
「俺にか?」
「ああ、もう! 近場に行きなさいよ。日本はスパ(温泉など)が多いんでしょう? どこか高級なホテルならミサトも納得するわよ。リツコさんに加持さんの財布の紐緩めてくれるよう言っとくから」
「助かるな」
「場所は二人で考えてね」
「そりゃもう」
「それでリツコさんとは?」
「まあまあだな」
「大丈夫なの?」
「ああ。吹っ切れたらしい。しかしアスカ、良く分かったな」
「なにが」
アスカが知らないならリツコと司令のことは言うまいとリョウジは思っていた。
「なにがって、知らないのか?」
「大人のことは想像でしか分からない。加持さんは調べがついてるんでしょう?」
「まあな」
「大人の理由は知らないけど、リツコさんが司令サイドについていたのには何か理由があるのは確かと思った。前にも言ったけど、碇司令の行動にはセカンドインパクトの前日以降疑問が多い。特にユイさんがこの世から消えてからは怪しさがますます増大した」
「確かに。まあそうじゃなきゃ俺なんかがこんな好位置につけなかったんだがな」
「でも赤木ナオコ博士が亡くなった後は、あとにリツコさんが入っただけで碇司令には変化がなさそうだったわ」
「ああ、そうだった。確かにそうだ」
「そして加持さんの持ってきたアダムちゃん」
「なるほど赤木が既に知っていたら俺たちには実害はなく、知らなければ司令の裏切りを示してくれるというわけだったんだな」
「リツコさんが知っていれば、秘密をばらしたかどで加持さんは打ち首獄門ね」
獄門なんてテレビで覚えたのだろうか、アスカに似合わぬ言葉がリョウジには少しおかしかった。
「おいおい、そんなにやばかったのか?」
「あら私を信じないの?」
「しかしだな」
「リツコさんが知っていれば既に司令を裏切ってるわ」
「どういうことだ」
「いま胚はどこにある?」
「さあ、ターミナルドグマかな」
「リツコさんが無断で入れないのは碇司令の部屋くらいよ」
「じゃあ、そこか?」
「まだ固めたままなのかしら」
「いや、それなら急ぐ必要はなかったはずだ」
「リツコさんは碇司令がアダムを使って初号機と一つになると言う様な表現をしたわ」
「そうだったな」
「今の初号機は元祖初号機と碇ユイが溶け合ったもの。それと一つになる気なら、碇ゲンドウはエヴァの原料にもなりうるアダムの胚と溶け合う気だと思うな」
「げげぇ」
「まあ、仮説の一つだけど、充分ありえるでしょう?」
「たくさんの人と金がゼーレのために動いている。その裏をかいて碇司令は一発逆転を狙うわけか」


 昼食後リョウジと市内に戻ったアスカが携帯を確認するとレイからのメッセージが入っていた。アスカは三人が買い物をしている旧市街のショッピングモールに車をまわしてもらうことにした。
「加持さん悪いけど」
「へいへい、お荷物はおまかせを。どこへ届ければ良いかな?」
「どうしよう。みんな早く受け取りたいだろうし」
「コンフォート17の駐車場に止めておこう。予備のキーを渡しておくから」
「うん。たすかる。あ、いた。加持さん」
「見えてるよ」
普段は子ども扱いを嫌がるアスカの素直で嬉しそうな表情を見たリョウジは何かほっとした。

(3)

 加持の車に荷物を全部積み込んだシンジは後部ハッチを閉めて振り向いた。
「え〜っと」
「がんばれよ。シンジ君」
「え?」
「買い物さ」
「午前中にたくさん買いましたよ」
「それはオードブルさ」
「ええ!」
「アスカ抜きじゃなあ。ほらお呼びだぞ」
「碇君」「シンジ」「シンジ君」
「あぁ、いま行く」
「加持さんは?」
「おれはもっと大物狙いさ」
ミサトさんですか?
ああ、しかも財布も俺のだ
お察しします
男は辛いよ。ほら、シンジ君もレイちゃんは優しいけどさ」
「シンジ!?」
「はいはい」
「返事は一度。加持さん、私は?」
「はい」「アスカ様もお優しいです」
「よろしい」
聞こえてきたミチコの笑い声にシンジは何かほっとした。同級生とすれ違ったあとずっとミチコの表情は硬かった。
 ところが午後の買い物が始まるとシンジが緊張する羽目になってしまった。午前中もレイとミチコと一緒で目立ってはいたがレイと二人でいるときと余り差は無かった。ミチコは可愛いが目立つ方ではないのだ。ところがここに機嫌の良いアスカが加わると話は変る。ミチコまで輝いていて周りの視線は痛いほどだ。村雨二尉は非番以外総動員にしているに違いない。
 午後は大きなものを買っていないのでシンジも身軽なままだ。レイとミチコは水着売り場に入って行きシンジは足を止めた。
「シンジ?」
「なにアスカ? 水着売り場行かないの?」
「それより、レイに何か買ってあげた?」
「え? 今日は旅行用の買い物だよ」
「……」
「だめなのね?」
「正解」
「こんなとき何を買えば良いかわからない」
「旅行で禁止されない程度のデザインの身につけるものかな」
「なるほど」
「いまのうちに買ってきなさいよ」
「うん。アスカは良いの?」
「わたし?」
「ミチコさんにさ」
「用意はしてある。現地で渡すわ」
「分かった。行ってくる」
「2時間くらいはいいわよ」
「ええ?」
「最低そのくらいはかかるものなの」
「ひぇー」

(4)

 アスカたちが修学旅行に出発した日の朝からリツコはマヤと最近のシンクロ実験のデータの分析を始めたが思わぬ障害に出くわした。ミサトだ。
「アスカたち、行っちゃったわよ。それにしても良く許可したわね、リツコ」
「このご時世に、いい気なものと言いたいの?」
「まあね」
「でもクラスメートは行くわけでしょう?」
「エヴァのパイロットと言う立場があるでしょう」
「使徒が現れてからはレイたちを学校に行かせずネルフ内で教育を受けさせる方法も選択できたでしょう? あなたは学校への通学を選んだ」
「そうよ! 可能ならなるべく普通に……」
「わかった? 彼らの心身の管理をする私としては修学旅行も可能なら行かせてあげるべきだと思うわ。まあ緊急事態もありえるからスクーバだけは交代でしてもらうけどね」
「まあ考え方の相違か」
「パイロットはしっかりしてるようでも中学生なんだから」
「アスカのこと?」
「ええ。あなたが思っているより、ずっと繊細だと思うな」
「どうだか」
うしろで伸びをしたりあくびをかみ殺しているマヤに気づきリツコは切り出した。
「さて、ちょっと仕事がしたいんだけど」
「私に遠慮なくどうぞ」
「……」
「じゃあ先輩」
「やりましょうか」
「ちょっと、リツコ。このコーヒーメーカーおかしいんじゃない?」
「やれやれ」

 リツコとマヤのいらいらはリョウジが助けに現れるまで続いた。
「なんだ、ここだったのか」
「なによ」
「こりゃ、ご挨拶だな。作戦部長殿」
「いいじゃない。アスカが旅行中こっちはネルフに泊り込みで時間あるんだから、ちょっとくらい息抜きしていても」
「まあ、そう言うなって。日向君が探しているぞ。3−4日徹夜でも終らないぐらい仕事もあるそうだ」
「ぐぇ」

 足取り重くミサトが部屋から去ったあと、部屋の重苦しい空気は消えた。
「加持さんありがとうございます」
「滅相もない。でも初めてマヤちゃんに誉められた気がするな」
「服を買ってくれた時も誉めましたよ。また買ってくれますか?」
「言うねえ。まあマヤちゃんのためなら何度でも」
「加持君、止めておいたほうが良いんじゃない?」
「どうして?」
「あなたミサトと婚約したんでしょう?」
「デートもだめなのかなあ」
「ミサトに見つかったならさっきくらいじゃすまないわ」
「か加持さん、提案撤回します」
「いやはや、葛城は恐れられてるらしいな。ところでエヴァの戦闘の分析してみたんだけど」
「お願いしてたやつね」
「ああ。これがデータだ」
「ありがとう。そうそう仮想敵とのシミュレーションも見ておいてもらおうかな」
「いいぞ。暇はあるから」
「じゃあこれに入れてあるから」
「OK」

 リョウジがデータメディアを持って楽しそうに引き上げた後マヤは疑問を口に出した。
「先輩。エヴァの戦闘分析って?」
「エヴァは兵器として扱われている。だから作戦部も軍出身者や戦自で訓練を受けたものが多いの」
「はい」
「でも実際使徒との戦いが始まって見るとエヴァの戦闘って格闘技に近い印象を」
「異種格闘技ですね」
「ま、まあ、そんな感じかなぁ。もちろん作戦部の部員も個人戦闘の訓練も受けたでしょうけど、正確にはSASのような特殊部隊の戦闘が近いわね。加持君はああ見えても特殊部隊での訓練経験があるの」
「へぇ〜」
「うちの保安諜報部に直接聞くのは作戦部の手前もあるから、ちょっと見てもらったのよ」
「なるほど、さすが先輩!」

 リツコとマヤが仲良く仕事を終えたときMAGIが一つの情報を抽出してリツコに示した。
「先輩、どうしたんですか?」
「浅間山の地震観測所のデータに反応したようね」
「使徒ですか? 葛城さんに連絡を?」
「使徒と決まったわけじゃない。それにこれは作戦部の出番じゃないし、ミサトは本部にいなければね。科学調査部と私たちで調査する。マヤ! 温泉の……、じゃない。出張の用意を」
「はい、先輩」

(5)

 戦自も共用している那覇空港に民間機より少し早く着いたのでシンジとレイは空港ビルでクラスメートを待つことにした。話し合った末アスカとミチコは同じホテルを使うものの初日は別行動をとることにした。アスカが別行動なのは寂しいけれどシンジもいまさらミチコをB組に放り込む気にはならない。班行動になるダイビングと最終日クラスメートが飛び立った後ぎりぎりまで四人で過ごす約束を楽しみにするしかない。
 シンジとレイには常時4名の護衛がつくが事件に備えて学校が契約した警備会社と同じ服装( 実際には全て村雨の配下に替わっている ) なのでさほど目立たない。
 ロビーに第壱中学の生徒があふれると急に空港は賑やかになった。シンジとレイは担任に挨拶して班の集合に応じる。
「碇君、綾波さん」
「碇、ここや」
「あれ? 惣流さんは」
班長のヒカリ、鈴原、それに以前盗撮でアスカに挙げられた相田の三人とシンジたちパイロット三人の六人で一つの班だ。消去法でアスカとのペアを夢見ていた相田はキョロキョロと探している。
「アスカは今日は別」
「え〜!」
「相田君。シンジ君たちは同時に参加できない場合があるって聞いてたでしょう」
「そりゃそうだけどさ。ダイビングだけかと思ってたよ」
「ダイビングは僕たちともぐる時間はずらすけど同じ船に乗るって言ってたよ」
「本当ですか!」
「写真はいらないって言ってた」
「えぇ! そんなあ」
「相田君、女生徒の写真を無断で取らないように先生も言ってたでしょう?」
「でも先生のいない自由行動時間だしさ」
「メモリは私が管理します」
「そんな」
「委員長の言う通りにせいや」
 誰も聞いていなかった担任の注意が終わりシンジたちはバスでホテルに移動した。那覇から少し離れたプライベートビーチを持つホテルだ。セカンドインパクトのはるか以前に珊瑚は死んでいるが海岸の美しさに変りはない。バスからホテルとビーチが見えると大歓声があがった。シンジもレイもクラスメートと共に二人で参加できたことを改めて幸せに思った。

 昼食後はホテルの敷地内で全くの自由行動でクラスメートはほとんどが海岸に出て行った。紫外線に気をつけるようにアスカにうるさく注意を受けていたシンジとレイは正午過ぎの強い日差しを避けるためプールサイドの木陰でしばらく過ごすことにした。鈴原達とは夕方から合流する予定でいる。
 頼まれた飲み物を持ってシンジがプールサイドのビーチチェアの所に戻るとレイが一心にメールのやり取りをしている。
「アスカ?」
「ええ」
「なんだって?」
「明日の手配は終ったから那覇市内でミチコさんとしばらく遊んでから帰るって」
「手配? 明日は現地で班ごとにダイビングボート1艘とスタッフ3名がつく予定でしょう?」
第三新東京市は予算が潤沢でシンジたちの旅行はかなりの豪華仕様になっている。
「ええ。でも緊急事態の場合もあるし護衛の人のこともあるから、私たちの班は別扱いだったらしいわ」
「ふーん。まあアスカと村雨さんがいれば心配ないだろうけどね」
「そうね。そろそろビーチに行きたい」
シンジもころあいと考えていたので同意した。
「うん」
「オイル塗って」
「ええ!」

(6)

 浅間山地震観測所のデータを検討したリツコは冬月に回線をつないだ。
『で、どうかね? 赤木博士』
「未確認物体の詳細は不明です。いまのデータでは怪しいとしかわかりません。それに現在の深度では観測機が圧力に耐えられませんし、エヴァの出番もありませんわ」
『ふむぅ。次に打つ手は?』
「MAGIの計算では明後日遅くには上昇する流れに乗り深度1000mに到達します。それに合わせて観測の用意をしています」
『うん。任せる』
「葛城一尉の本部待機を維持してください」
『伝えておく』

「先輩……、ということは?」
「明後日まで宿を取った温泉で……」
「せ ん ぱ い 
「な、なによ、マヤ」



To be continued...


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