新世紀エヴァンゲリオン 〜Storm of Sophistry〜

プロローグ1

presented by 地球中心!様


 ここのところ雨続きの所為だろうか・・・人々が少し肌寒く感じ始めたその日・・・
 警察署内とある部屋にて少年は、取調べを受けていた・・・

「まず始めに・・・君の名前を確認させて貰います。君の名前と・・・年齢・・・教えてもらえるかな?」
 少年の前に座す壮年の男性は、穏やかに問いかける。
 少年は俯いたまま、目の前に置かれたコーヒーの湯気を見詰めている・・・いや、眺めているだけだろうか? その目からはおよそ生気を感じられない。
「・・・碇・・・シンジ・・・です・・・11・・・才」
 ポツポツと・・・ようやく聞き取れるくらいの擦れるような声で、途切れがちに答えが返ってくる。
 俗に言う『この世の終わりのような声』だ。奈落の底から染み出てくるような錯覚を覚えさせる。
「・・・はい、ではこれより碇シンジ君にいくつか質問をするので、正直に答えるように。いいですね?」
 染み出した負の雰囲気を振り払うように、気の良いおにいさん口調で話し掛ける。
 少しでも少年の緊張を解こうという、彼の気遣いかもしれないが、効果の程はあまり見受けられない・・・少年はコーヒーの湯気を眺めたままだ。
「先ほど、阿国神社の前で刺殺された・・・御厨祐樹君・・・本当に君が・・・その・・・殺したというのかい?」
 諭すように話し掛ける、男の声が聞こえているのかどうか・・・シンジは俯いたまま・・・

「・・・はい・・・」

――あの時、祐樹君と出会わなければ・・・死なせずに済んだのだろうか――
 どうしようもない悲しみと後悔の中・・・シンジは、彼との出会いを思い返していた・・・



――5日前――

「ここ、いい?」
 えっ? と、シンジが振り向いた前には、自分と同じ年頃の少年・・・こちらをしっかと見据える眼差し、引き締まった口元、『利発そう』を絵に描いたような少年は、年にしては随分穏やかな笑みを口元に浮かべながら、こちらの顔を覗き込んでいる。
「え? あ、ああ、うん、ど、どうぞ・・・」
 シンジは慌てて返事を返す。恥ずかしさがこみ上げたか、語尾が尻窄みだ。
「ありがとっ」
 満面の笑みを振りまきつつ、シンジの隣に腰を下ろす。
 第二新東京市へ向かう電車内、客は全くいない。少年2人が向かい合わせに座っている景色は一見には友達どうしに見えるかもしれない。
 母の墓前から逃げ出してきたシンジとしては一人静かに過ごしたい気分であったのだが、その少年の笑顔には断りがたいものが有った。
・・・まあ、シンジの性格上、誰が来ても断れないだろうが・・・
「えっと・・・碇シンジ・・・君だよね?」
「えっ?」
 唐突に話し掛けられた。思わず固まってしまう。
「あれ? 違った?」
「いや・・・う、うん。そうだけど・・・」
 肯定しつつも目を逸らす。けして誉められた行為ではないが、シンジとはそう言う少年だ。
「ああ、良かった。実はこないだ、こっちに転校したばっかりでさ、碇の噂聞いてて一度話をしたいって思ってたんだ。
 あ、ごめん。自己紹介してなかったね。俺、御厨祐樹っていうだ。よろしく。」
「・・・あ、よろしく。」
 適当に相槌打ちながらシンジは怯えたように様子を伺っている。
 第二東京に住み始めて7年、これまで、そしてこれからも自分の噂で好意的なものなど一切ありえないことを、シンジは十分に把握していた。
――妻殺しの息子――
 心無い他人から押し付けられたレッテル。
 別にシンジ本人の不手際でも何でも無いことなはずなのだが、そんな親を持つ子供と遊ばせたく無いということなのだろうか?
 大人達は子供へと注意を促し、その事実を知った子供達は・・・イジメに走った。
『おまえは人殺しの子供なのだから』
 常識的にはありえない口実も、彼らにおいては正当な理由。教師の事なかれ主義が20世紀末よりも悪化していたことも原因の一因かもしれない。

「・・・・・・」
 シンジは様子をうかがっていた。少なくとも今までのクラスメイトとは違う・・・と思うが、何のために自分に話し掛けてきたのかわからない。
「あのさあ・・・気ぃ悪くしたらごめんな。碇ってなんか・・・孤立してるだろ? なんでかなあ? って思ってさ。」
 シンジは答えない・・・いや、答えたくは無かった。目の前の少年を伺い見るが、微笑を絶やすことなく此方を見詰めるばかり・・・気弱な少年に無視という選択肢は無かった。
「・・・僕の父さんが母さんを殺したってみんな言ってるから・・・だから・・・」
 小声で呟くように語り出す。
「え?・・・え、ちょっと待って。それ君の所為でも何でもないじゃん!」
 祐樹には信じられなかった。確かにイジメは往々にして有りうる。
 父の教えもあり、こういった事から見て見ぬ振りの出来ない彼は、たびたびイジメ問題に首を突っ込んできたが、ここまで言い掛かり的なイジメの理由も初めてなら、そのイジメの規模もチョット有り得ない。転校して3日しか経ってないので完全には把握してないが、彼へのイジメは学校全体に及んでいる気がした。
 シンジは辛そうに俯いたままだ。理不尽なのは百も承知といったところか・・・
 祐樹は決意を固めた。どうせ、見なかったことなどに出来はしない。そんな性分ではない。
「なあ、俺と友達にならない?」
 さらりと言ってのけた。
――イジメの被害者にはまず自分が理解者になること。全ては相手の心を開いてから――
 数少ないながらも、祐樹の過去の経験則が、それを是と説いていた。
「え、そんな、いいよ、僕なんか。」
 慌てて断るシンジ。イキナリな申し出に面食らったのも有るが、彼にまで被害が及ぶのを恐れたというのが大半の理由だ。
 7年間、人の顔色を気にし続けたシンジは、彼が紛れも無く良い人なのだということを見抜いていた。
 そして、この申し出を受けた未来も彼には予想がついている。巻き込みたくは無かった。
「ゴメン、嫌だった?」
 窓の景色に視線を移す。夕焼けが野原を赤く染めていた。
「そういうわけじゃないよ・・・嬉しいよ・・・でも・・・」
「でも?」
「君も・・・イジメられるかもしれない」
 恐らくそうであろう、祐樹自身も他件で経験済みだ。
「ああ、大丈夫。俺強いから。親父昔軍隊で結構強かったみたいでさ。俺も格闘技教えてもらってるんだ。全然へっちゃらだよ。前に10人くらいに囲まれたときも、どってこと無かったし。」
 言って、楽しそうに笑う。少し誇らしげなのは、自身の武勇伝か父親への誇りか・・・それが元で転校になったことは言わない方が良いだろう。
「でも・・・」
 やはり煮え切らないシンジであった。

 結局、押し切られる形で承諾したシンジは、祐樹と携帯のアドレスを交換して帰路についた。
「学校では他人の振りしてて、誰にも秘密にしてて・・・か。」
 そう呟いて祐樹も帰路につく。
 イマイチ煮え切らなさが残るが、最後まで自分のことを心配してくれた。ということなのだろう。
 電話線のみの繋がり・・・シンジと祐樹の奇妙な友情がここから始まった。



 電車での出会いから5日が過ぎた・・・



 シンジと祐樹の関係は良好だった。
 この二人の関係は学校の誰も知らない。学校内ではお互い知らん振りを決め込んでいる。
 二人のことを唯一知ってるのは祐樹の父だけだ。祐樹が喋ったわけではない。ただ、あの時父が駅まで迎えに来てたのだ。
 それを聞いたシンジは、祐樹の父が何か文句を言ってくるのではないかと、内心ビクついていたのだが、祐樹の言う通り理解ある大人だったらしく、特に何も言ってこない。
 今夜も二人は長電話へとしゃれこんでいた。
 これまで友人が持てなかった鬱憤を晴らすかのように、電話口で喋り捲るシンジ。祐樹は主に聞き役だ。
 引っ込み思案な人間ほど、気心の知れた者の前では良く話すというのは本当らしい。
「じゃあね、おやすみ〜」
「ああ、おやすみシンジ。今度遊びに来いよな。」



 祐樹は携帯を胸ポケットにしまい込んで先を急ぐ。父の着替えを勤務先へ届けるためだ。
 昼頃は小雨だったが今はもうどしゃぶり雨だ。
(とっとと先を急ごう。)
 駆け出そうとした矢先だった。

「御厨祐樹・・・だな?」

 電柱の影から現れたのは、黒服サングラスのいかにも怪しい風体の男だった。



「祐樹君? 祐樹君!?」
 シンジは混乱していた。携帯からもれ聞こえる祐樹と耳慣れぬ男の話し声は、かなりの緊迫感を醸し出している。
 そう、祐樹の携帯は未だ通話が切れていなかったのだ。
 本人は切ったつもりでいたのだろうがボタンの押しが弱かったのか・・・期せずして、シンジは本来知り得ぬであろう事を知ることとなった。



「なに? あんた誰?」
「だまれ」
――ズムッ――
 嘲る様に呟くと、何時の間にか男の手に握られていたナイフは、滑る様に祐樹の胸に突き立てられた。
「が、ぐぁぁぁぁっ!」
 苦しげに呻く祐樹。既にナイフを引き抜かれた胸元からはおびただしい量の血が、祐樹の上着を染めていく・・・
「悪いな、恨むなら碇シンジを恨むんだな。あんなガキとつるむからこういう事になる。」
 男の口調は実に楽しげだ。楽な仕事過ぎての慢心ゆえかもしれない。死に行くものとはいえ、己の情報を晒すなど以ての外なはずなのだ。
「じゃあな」
 男は引き抜いたナイフを喉元に打ち込み、その場を後にした・・・赤い絨毯に倒れ付す少年を残して・・・



 シンジは走った! わき目も振らずどしゃぶりの中を走りつづけた。
(祐樹君!)
 携帯は既に切れていた。もう、何も聞こえてこない。
 だが、切れる間際の祐樹の断末魔は、こびり付いた様にシンジの耳を離れなかった。
(祐樹君!)
 何処に居るかなどシンジに分かるはずも無い。それでも走るほか無かった・・・警察に通報することすら、考え付かないほど混乱していた。

「祐樹君ーーー!」

 偶然か、執念か・・・シンジは祐樹の元へとたどり着いた。名を呼びながら駆け寄るも、祐樹が動くはずも無かった。
 空ろな目、苦悶の表情、掻き抱くように両手で押さえた左胸・・・

(寝てる?)

(違う)

(・人形?)

(・違う)

(・・イタズラ?)

(・・違う)

(・・・死んでる・・・?)

(・・・・・・)

 激しいどしゃ降りの中、シンジは縋るように祐樹をしっかと抱きかかえていた・・・怒号のような雨音もシンジの耳には届かない。シンジ自身の絶叫もまた、己自身には届いてはいなかった・・・



 この後、シンジ自身の絶叫を聞いた近くの住民が通報したのだろう、シンジは警察に保護された。
 第一発見者として事情を聞くはずだったのだが、当のシンジは恐慌状態だ、目線が合ってない。
(祐樹君が死んだ)
(祐樹君が殺された)
(祐樹君が殺された)
(祐樹君が殺された)
(何故?)(何故?)(何故?)
(・・・・・・)

――恨むなら碇シンジを恨むんだな。あんなガキとつるむからこういう事になる――

(・・・そうなの?)
(そっか・・・)
 友人が出来たとて僅か5日の事、人の性格がそう簡単に変わるものではない。
 シンジの内罰性は、己への罰を求める・・・故に

「僕が殺したんです・・・」

 こうなるのは当然といえば当然のことなのかもしれなかった。



「君が殺したっていってもねえ・・・」
 取り調べを受け持つ男性は困惑の表情を隠せない。あれからシンジへの簡単な身体検査を済ませ、祐樹の検死等も行っている。
 セカンドインパクト後、子供による通り魔的な殺人は皆無とは言えなくなった・・・が、目の前の少年はどうにもそのイメージに合わない。
 戸惑うのも当然と言えた。

――カチャッ――
 唐突に後ろのドアが開いた。何事かと伺う取調べ官に向かって――
「ちょっといいか?」
 声をかけたのは50代に達しているであろう、少しばかり額の広がった初老の警官であった。
「あ、警視監殿っ!」
 慌てて立ち上がりつつ敬礼。先ほどまでの困惑した表情は微塵も感じられない。見上げたものだ。
「すまんが・・・ちょっと席を外してもらえるかな?」
「え? あ、はい・・・失礼します。」
 多少の疑問も有ったが、警視監が外せというなら外すだけだ。取調べ官は出口でもう一度敬礼をして部屋を出ていった・・・それを見届けてから初老の男性−警視監−は声をかける。シンジにではない。ドアの外にだ。
「じゃ、この場は任せるが・・・分かってるだろうが、いくら友人の頼みとはいえ、本来こんなことは承諾できるものではない・・・冷静にな。」
「わかっている・・・だが息子の仇を取る為にも、この子とは是非とも話しておきたいのだ・・・すまんが面倒かける。」
 そう言いつつ警視監の後ろから入室してきた男の瞳には、生すら感じない凍てつくような絶望と、全てを燃やし尽くすかのごとく怒りの炎が渦巻いていた。



「碇シンジ君・・・だね? 初めまして、御厨裕也です」
――ピクリ
(ミクリヤ?)
 シンジは、ずっと俯いていた顔を上げた。目の前に鎮座するは初老の男性。
 中肉中背・・・いや、少し痩せ方だろうか? 一見ほっそりとしているのだが、真正面から受け止めるその姿は何故か二回りほど大きくなって見える。
 それは、人の本能に近い部分が、そう見せているためもしれない・・・
「君のことは息子から聞いている。こんな形でご対面なのが残念だ・・・」
(・・・やっぱり)
 シンジも半ば確信していたことだが、ここまでくれば疑い様も無いだろう、祐樹の父親だ。
(仇・・・か。そうだよね、僕のせいで祐樹君が死んじゃったんだから・・・いいよ・・・わかってる)
 シンジは静かに断罪の言葉を待った。その顔には僅かながら安堵の色も見える。
――コトッ
 そんなシンジの前に置かれたのは、なかなか洒落たデザインの携帯電話。これといった機能も無いが、とにかく頑丈で、防水加工も完備された・・・シンジ自身の携帯だった。
「これは、君のだよね?」
「・・・はい」
 シンジには訳がわからなかった。確かにこれは自分の携帯だが、これが何だと言うのだろう? 祐樹の事では無いのか? まさかこの人も自分の父と同じく、息子のことなどどうでも良いとでも言うのだろうか?
 裕也は、その答えに納得したらしく更に言葉を重ねる。
「君と息子とのおしゃべりが終わった直後に、何者かによって息子は・・・刺された・・・」
 裕也の目に浮かぶは父親としての悲哀と怒り・・・どうやら祐樹君は大事な息子だったようだ・・・シンジはなんとなく、ホッとした。
 この時未だ、シンジは会話の不自然さに気付いていない。裕也は更に言葉を続ける。
「その後殺人犯はこう言った・・・『恨むなら碇シンジを恨むんだな。あんなガキとつるむからこういう事になる。』」
 そう、まさにその通りだ。裕也の言葉に間違いは見当たらない。
『そうだ、僕と友達になった所為で・・・』
 シンジは唇をかみ締めてワナワナと震えている。後悔の念で溢れんばかりだ。
 そんなシンジの肩にポンッと手が置かれる。対面の裕也は諭すようにゆっくりと語りかける。
「なんとなく・・・なんとなくだが、君が罪を被った理由も分かる。だが、自分を責めることでは無いんだ。そうだろう? 友達になることが悪かろうはずが無い。君にだってちゃんとわかってるはずだ。君は何も悪くない・・・悪くないんだ・・・」
 そう言ってシンジの顔を覗き込む。諭すように語り掛ける仕草も祐樹にソックリだ。シンジが一番好きな、全て受け入れてくれるかのような、あの表情・・・
――トクッ
 自ら押さえつけていたシンジの心が、ゆっくりと動き出す。
――トクンッ
 シンジの肩の震えは止まらない。もう・・・止められない。
――ドックンッ
 祐樹はシンジの頭をそっと抱きしめた。
「ーはっ、うぁ、あああぁぁぁぁぁぁっ!」
 泣いた。心の底からシンジは泣きじゃくった。
 友人を殺された悔しさ、友人を亡くした悲しさ、そしてそれを受け止めてくれる嬉しさに翻弄されるシンジの激情はしばらく収まりそうも無かった。



「落ち着いたかい?」
 頭を抱きしめたまま、裕也は尋ねた。
「はい、すいませんでした。」
 幾分落ち着きを取り戻したシンジは、謝罪しつつ裕也の胸元から離れる。目を真っ赤に腫らしながらも、その表情は幾分晴れやかだ。
「いや、いいんだ。それで、すまないが犯人についてもう少し話をさせてもらえるかな?」
「あ・・・はい。」
 頷いてシンジは、ハタッと気付く。
(あれ? 何でこの人犯人の事知ってるんだ?)
 今更とも言えるが、それだけシンジに余裕が無かったということだ。冷静になりさえすれば、シンジはその年にしてはかなり聡い。疑問はみるみる膨らんでいく。
(犯行現場に居た?)
(いや、そんな訳ない。祐樹君は父への着替えを届けに行っていたはず。そもそも現場に居たのなら自分が駆けつけるまで放置されたままのはずが無い。)
 この人が犯人なはず無いし・・・一つ目の推論を否定した。
(盗聴機を仕込んでいた?)
 有り得なくは無かった。事実過保護な親元ではたびたび行われ、ワイドショー等で問題に取り上げられることも有った。が、それも今では考えにくい。
 あまりに横行する盗聴が社会問題になり、大規模な取締りが行われたのだ。シンジは詳しく知らないが、法改正もされたはずだ。今や全く無いとは言わないが、重い処罰と天秤にかけてまで子供を管理しようとする親は激減している。そしてなにより、
(裕也さんは、僕が事実を知っている者として話を進めていた。)
 盗聴していたとしても、シンジの事まで分かろうはずも無い。シンジの方にまで盗聴機を仕掛けていたのなら話は別だが・・・
(幾らなんでもそれはないよなあ・・・)
 2つ目の線も消えた。
(となると・・・)
 机に目線を落とす。
 シンジの目の前には、自分の携帯が置かれている・・・
(僕の携帯って録音機能とか無いしなあ・・・)
 本当に会話するだけの単純なものだ。今の時代としてはこれの方が珍しいのではなかろうか。
 わざわざ目の前に差し出された携帯だが、これが関与しているとは思えなかった。
 思いつく限りの可能性を吟味してみたが、どれも現実性が薄い。
 シンジは思い切って目の前の当人に尋ねてみることにした。人に話し掛けるのは最も苦手とするところだが、そうも言ってられない。
「あの・・・なんで犯人の事、そんな詳しく知ってるんですか?」
 聞かれた裕也は少し困った顔をしている。
「そうだね、どう説明すれば良いか・・・まず、ことの事実を知ったのは君の携帯だ。」
「えっ?」
 シンジは当惑した。まさか本当に盗聴機が仕掛けられていたと言うのだろうか?
 裕也は携帯を手に取り――
「これ、調べさせてもらったんだけど、中にレコーダーが仕掛けられているんだ・・・知ってたかい?」
 フルフルと首を左右に振る。少しうろたえ気味だ。
「盗聴に関する取締りが厳しくなったのは知ってるかな?」
――コクコク
 今度は上下に首を振る・・・結構可愛らしい仕草だ。
「うん、まあテレビでも頻繁にやってた話題だしね・・・でだ、その為に今は盗聴傍受システムが普及していてね、従来横行していた電波送信タイプの盗聴は、ほぼ使えなくなった。」
 その通りだ。そこまではシンジも知っている。
「でだ、一つ取り締まればまた別の手口が出現するというのが世の常でね。今までのタイプに変わって最近開発されたのが、このレコーダータイプだ。まだ世間には出回ってないがね。」
 そう言って、シンジの携帯をパカッと開ける。折り畳みを開いたという意味では無い。外れるはずの無い外装パッケージを取り外したのだ。解体とも言う。中には訳の分からない基盤や電子部品が組み込まれているのが見える。
 裕也はその部品の一つを指差し、
「これ、これがそう・・・」
 等と言っているが、とうのシンジに分かるはずも無い。
「まあ、早い話が君の会話が全て録音されていて、それは充電器に取り付けて初めてデーターを引き出せるというものなんだ。」
 なるほど確かにその方法なら、盗聴傍受システムには引っかからない。
 リアルタイムの会話は拾えない。充電器からしか直接データーが拾えない等の不便さは有るが、今までの様に親が子に使うのなら、役割としては十分だろう。
――つまり・・・
「これを仕掛けた人が祐樹君を殺した・・・と?」
 犯人はシンジ・祐樹が友人同士であることを知っていた。
 シンジは誰にも話していない。
 祐樹も話してないだろう。バレれば学校内で必ず一悶着あるはずだ。
 裕也には、祐樹がキチンと言い含めておいたと聞いている。それに、わざわざ子供の交友関係を話して回ったりもしないだろう・・・
 となれば、おのずと導かれる結論であった。
 そして、最も怪しいのは・・・シンジが世話になっている叔父夫婦ということになるのだろうか? 充電器からデーターを引き出すとなると、身近な人間ということになるのだが・・・
「殺した・・・かどうかは分からんが・・・関係は有る・・・と俺はみている。ただ・・・」
 裕也は少し言い淀む。が、気を取り直して話しを続けた。
「この携帯に仕組まれたレコーダー・・・な。後から仕組まれたものじゃ無いんだ。最初から仕組んだ状態で組み立てられている。盗聴を前提とした上で特注されたとしか思えん。世間一般的な個人じゃ、こんなもの作れやしないんだ・・・よっぽどデカいコネでも無いと・・・」
 シンジは裕也の呟きに聞き入りながら、叔父夫婦が荷担している可能性を打ち消していた。
――最初から盗聴を考慮された上で組み立てられた携帯――
――大きな力、コネを持つ人物――
 この時点で最早該当者は一人しか有り得なかった。
 去年、この携帯を送ってきた人物。あの時は思いもかけぬ突然の贈り物に随分と喜んだものだったが・・・もう間違い無いだろう。

――碇ゲンドウ――

 実の父が友人の殺害に絡んでいるというのか・・・シンジは暗澹たる思いだった。



「なるほど、君の父親か・・・」
 シンジの言に頷きつつ、しばし物思いにふける。
 碇ゲンドウ・・・裕也にも聞き覚えのある名前だ。
(確か・・・国連所属だったな・・・)
 これ以上はシンジに聞いても得られる情報は無いだろう。
 ここからは独自に調べる他に無さそうだった。
 裕也はシンジに礼を述べ、今日はゆっくり休むように言い含めて部屋を後にした。

 シンジはしばらく署内の保護を受ける事になる。
 本来なら、シンジは容疑者とはいえ、すでに自供し取調べにも協力的だ。少年の精神状態を考慮するなら、一度自宅へ帰し、翌日迎えをよこすのが普通である。
 ただ、呆れた事に、シンジの預かり先が事件との無関係を主張をしたのだ。
 つまり、私達が知ったことではないから、そっちで勝手にやってくれと言うのだ。
 これには、担当官も相当呆れたようだが、こんな状態では無理やり帰しても逆に少年の心理状態が悪化すると判断したようだ。
 シンジには、仮眠室の一室を借り与えることで、場を収めた。

 裕也は一人思案に没頭している。
(碇シンジ・・・彼に何がある?)
 もし、これら一連の事件がゲンドウの指図によるものだとするなら、何か理由が、企みがある。裕也は過去の経験等から、そう感じていた。
 怨恨の線も無いとは言えないが、かなり薄いだろう。
 何故なら、シンジが祐樹の死の真相を知ったのは、全くの偶然だ。もし、シンジを追い詰めるのが目的なら、本人の目の前で殺すのが最も効果的である。
 やはりこれは――
(シンジ君に親しいものが出来るのが拙い・・・ということなのか?)
 いろいろ推論は浮かぶが、現時点で考えてもこれ以上の発展は無いだろう。裕也はこれ以上考えに没頭するのを止めた。

 裕也はそのまま警察署を出た。
 外は未だどしゃ降りだったが裕也は迷わず外へと歩き出し・・・警察署を振り返る。
 祐樹の検死は、未だ続いている・・・
 後ろ髪引かれる思いだったが、今ここに留まっていてもどうしようもないことは分かりきっていた。裕也はそのまま門を潜ると、夜の闇に消えた。

 シンジは立ち去る裕也の姿を、窓越しにジッっと見詰めていた。
 振り向く裕也に少し驚きはしたが、すぐに自分を見ているのでは無いことに気付く。
(祐樹君・・・)
 祐樹の死は、ほんの数時間前だ。あの惨たらしい遺体の姿もシンジの脳裏に焼き付いている。
 あの時の胸の中を駆け巡るような悲哀の嵐は、すでになりを潜めている・・・今は、大切なモノを永遠に失った空虚さ、悲しみが心の奥底にまで染み渡っている状態だ。
 正に、地が雨を蓄えるが如く。
 奥底まで染み込んだ悲哀の雨水はそう易々と乾くことは無い。
(裕也・・・さんも、僕と同じ気持ちなのかな?)
 見やるシンジの目先には、もう既に人影は無かった。

 雨は、未だやみそうに無い・・・



To be continued...

(2004.11.22 初版)
(2004.12.11 改訂一版)
(2004.12.25 改訂二版)


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