新世紀エヴァンゲリオン 〜Storm of Sophistry〜

プロローグ2

presented by 地球中心!様


 御厨裕也(旧姓根本)は元々軍人であった。
 幼少の頃より空手を習い始め、学生の頃は『過去未来共に並ぶもの無し』と賞されるほど、類まれなる素質の持ち主だった。
 高校を卒業し、更なる強さと相手を求めた裕也は単身渡米し、そのまま米国軍隊に入隊した。
 ここなら、合理的に完成された最新式の格闘術が学べるし、己が技を奮うに値する本物達が集まる。そう思ったのだ。
 ここで裕也は更なる技術の習得に没頭した。それ程多くも無いが信頼に足る仲間にも出会えた。己を慕ってくれる部下もいる。
 そんな彼が軍人としての頭角を現すのにそれ程時間はかからなかった。彼は異例のスピードで少佐にまで駆け上がった。
 祝福する同僚達、彼の人気は新兵を中心にうなぎ登りだった。

 そんな彼に、唐突に転機が訪れる。
 急遽、中国軍への出向が言い渡されたのだ。
 裕也を慕う数多くの兵士達は、大反対した。
 確かに中国への出向は重要な任務だ。20世紀末に入ってから急激な経済成長を遂げた中国は、色々と無視できない存在になりつつある。
 そこで、今後のためにも優秀な人材を派遣するのは分かる。分かるが・・・
――これは体の良い左遷ではないか!
 恐らくは裕也の台頭ぶりを快く思わない上層部の誰かの指図だろう。
 結局、裕也の出向が取り消されることは無かった・・・

 ちなみに当の裕也は、中国行きをあっさりと了承した。
 上の考えてることなど大方想像がついていたし、自分はそれ程出世欲があるとも思っていない。
 それに、中国四千年の歴史なら、また何か得るものが在るかもしれない。
 合理的・科学的要素の強い軍隊格闘技に限界を感じていた裕也にとって、この出向は渡りに船とも言えたのだ。
 こうして裕也は中国へと飛び立った。

 中国の生活に直ぐに慣れてしまった裕也は、早速中国軍の訓練に参加していた。
 本来、裕也は客員なので、訓練に参加する義務も必要も無いのだが、体を訛らせたくないし、何より中国軍の実技訓練は拳法だ。これに乗らない手は無かった。
 裕也は瞬く間に中国拳法の虜となった。一つの型、一つの演舞を取って見ても無駄が一切無いのだ。そして、流れるような動き・・・
 アメリカで得た軍隊格闘技も合理性、無駄が無いという意味では同等のものが在るかもしれない。
 だが結局それは、あらゆる格闘技の良いとこ取りをし、科学的に簡潔に纏め上げたツギハギのものだ。
(これが歴史の差、練りこみの深さが違うということなのかもな・・・やはりここへ来て正解だった。)
 裕也は心浮き立つ自分を自覚していた。

 その日から裕也は、拳法の習得に明け暮れた。
 体術のみならず、食事法、漢方、経絡・・・ありとあらゆる技をモノにしていった。
 時を忘れるほどにのめり込んだ。
 そんなある日、裕也に誘いの声がかかった。
「裕也、今度の休日なんだが・・・ちょっと付き合ってくれんか?」
 上官富養だった。
 別に裕也の上官と言う意味では無い。姓が上官なのだ。階級は大尉、格闘教習の教官を勤めている・・・また、裕也の拳法の師でもあった。
 目立って体格が良いわけではないが、成人男子平均よりは背は高い方だろう。がっしりした体格で、軍服が良く似合っている。
 眉が太く、目鼻立ちが大ぶりな、実に男らしい顔立ちだ。
 また、見かけ豪胆に見える割に、色々と気配りの利く男でもあった。配属当初は、裕也もよく気にかけて貰ったものである。
「別にいいが・・・何処へ行くんだ?」
 富養は休日はいつも一人で出かけていた。何処へ行ってるのかは誰も知らない。本人も教えてくれないのだ。
 それが、今度の休日に裕也に付き合えと言っている・・・疑問に思うのは当然だった。
「ああ、実は老師が・・・つまりは俺の師匠なんだがな、お前に会いたいと言っておられるのだ。」
「老師? お前師匠が居たのか?」
「いや、そりゃいるだろう? 普通。」
 まあ、確かにその通りだ。
「しかし、俺に何の用なんだ?」
「さあなあ・・・」
 富養にも分からないらしい。惚けてるだけかもしれないが。
「ふむ・・・」
 富養の師。かなり興味をそそられる相手だ。
 未だ現役かは分からないが、話を聞く価値は在るかもしれない。富養の強さの要因の端でも垣間見ることが出来れば・・・
 なにしろ裕也は実技訓練で、未だ富養に勝ったことが無いのだ。
 その事を裕也は屈辱とは思わない。むしろ己の上が居てくれたことを素直に喜べる。が、何時までも下に甘んじる気も無い。
 裕也は富養の申し出を受けることにした。



「なんというか・・・凄い所に来たなあ・・・」
 眼下に広がる山峰を感慨深げに眺めながら、裕也は一人ごちた。
 その足元には垂直に切立った崖、雲に隠れて下が見えない。
 仙人が住むとまで伝えられてきた霊峰とは聞いていたが、よもやここまでとは・・・つい数時間前のことなのに、まるで遠い昔のことように思えてしまう。
 日の光すら届かぬ樹海を進み、泉の底から延びる洞穴を泳ぎ渡り、オーバーハングな崖を素手でよじ登ってここまでやって来た・・・
 はっきり言って普通の人間には来れない。プロの探検家でも無理だ。
 自分だからここまで来れた、ここまでの道のりを振り返った裕也は自惚れでなくそう思う。
 裕也にしては珍しく達成感を感じていた。帰る時のことを考えて、少しげんなりともしていたが。
「おーい、こっちだこっち。」
 少し黄昏ていた裕也の後ろから声がかかる。わざわざ説明するまでも無く、富養だ。
 振り返る裕也の前に手を振る富養・・・と、白髪長髭を蓄えた小柄な老人。
(・・・この爺さんが?)
 正直強そうには見えない。全く見えない。それが既に現役を退いた、老人だとしてもだ。
 祐樹としては、何か騙された気分だ。小さく溜息をついてみたりする。
「わしを見てガッカリしたかの?」
――!――
 図星を指されて思わず動揺してしまった。
 目の前の老人を見やる。ハッタリなのか、観察眼が鋭いのか・・・老人は変わらず穏やかな笑みを浮かべるばかりだ。どうにも判別がつかない。
「いや、下らぬことを聞いてしもうたの。気にせんでくれ。さて−わざわざこんな辺鄙な所まで足を運ばせてすまんかったの。わかっとるとは思うが、わしが上官富養の師、南方勝石じゃ。」
 一息に言いきって一礼する。
「初めまして、根本裕也と申します。」
 勝石に習い、裕也も礼を決める。が、
(こんなクソ面倒くさい所までのお招き、まことにありがとうございます。)
 心の中ではこんなことを考えていたりする。勿論口に出すことはなかったが。
 これが南方勝石と、後に鎮戦神狼とあだ名される根本(後に御厨)裕也の、最初の出会いであった。



――パチパチッ――
 囲炉裏で炎が揺れている。
 山頂付近ゆえ結構な寒さだっただけに、こういった暖は何にも変え難い至福だ。
 型通りの挨拶の後、立ち話もなんだ――ということで、裕也は勝石の邸宅に招かれていた。
 まあ、土壁に藁葺の小屋であるが・・・霊峰の山頂近くという立地条件を考えれば、十分凄いことかもしれない。
 裕也は振舞われたお茶を啜っている。ちなみに黒茶だ。
「さて、わざわざご足労願った、その理由なのじゃが・・・」
 そう、ここまで呼びつけた目的だ。裕也とて、別に茶に呼ばれるために山登りしたわけではない。
「お主、わしの弟子にならんか?」
「・・・は?」
 さっきの事といい、本当にこの爺さんはこちらの虚を突いてくれる。
(俺を弟子に?)
 裕也も流石に唖然とする。
 武術の講義か、己の武勇伝か・・・果ては老人らしく、第二次世界大戦のお話でもされたらどうしようかとも思っていたが・・・
 よもやここまで直接的な話になるとは思いもよらなかった。
 じっと勝石を見据える。後ろに控える富養共々動じた様子は見られない。どうやら富養も知っていて黙っていたようだ。
「ふむ、流石に急過ぎたかの?」
 全くその通りだ。富養も学んだであろう武術には、多分に心惹かれるものが有るが・・・
「そうじゃな、説明くらいはせないかんの・・・少し突拍子も無い話になるが・・・これは真面目な話じゃて。」
――そのつもりで聞いてくれ――
 勝石に念を押された。先程までのにこやかな表情は、也を潜めている。
 裕也はゆっくりうなずいた。
「実はのぅ・・・」


 裕也にはとても信じられない話だった。
 選ばれし者のみに口伝された、知られざる人類の歴史。
――南極の中心に眠る、神の御使い――
――竜の島に沈む、魂の揺り篭――
 これらは、古の神による告げにより、けして触れてはならぬ禁忌とされてきた。全てを飲みこむ力を納めた地であると・・・
 古代の人々はその告げに従い、竜の地に番人を、南極にも番人・・・は流石に置けないので、世界各地に監視者を置くに留めた。西暦に入った直後の出来事である。
 この当時、世界各地例に漏れず、神の名を借る者の発言力は絶大なものがあった。災厄繁栄、全て神の思し召しと捉えられてきた時代である。
 故に神の御告げを請けたまわいし番人・監視者も例に漏れず己が一族は栄えに栄えた。
 だが、欲に流され易いのは人の常、時が経てば人は言葉の重みを忘れる・・・それが神の言葉であっても。
 何時しか番人・監視者の名と役割は時代の中に埋もれ、忘れ去られてしまった・・・それでも今まで、特に問題にはならなかった。

 ところが近年、不穏な動きが出てきた。
 動きといっても、特に目立った動きが在ったわけではない。
――ただ・・・
『最近視線を感じる』
 ここ、霊峰の様子を伺われているというのだ。



「う〜〜〜む・・・」
 裕也は唸った。あまりにも荒唐無稽な話しだ。古の神と言われたところで、とても信じられるものではない。
 そう、話しだけならは嘘っぱちと決めつけても良かったのだが・・・
(人語話す大狼を紹介されちゃなあ・・・)
 目の前には、見上げるほどデカイ狼・・・にソックリな獣がいる。本当に、洒落にならん位デカイ・・・先ほど招かれた小屋など、前足だけで潰せそうだ。
 流石に裕也も、冷や汗を隠せない。それは万物の領域を越えた存在に触れてしまった故か・・・固まる祐樹を他所に、勝石はフレンドリィに挨拶なぞをかましている。実にシュールな絵だ。
=良く来た、人の子よ。我のことは・・・地守とでも呼ぶが良い。我が初めて言葉を交わした人の子が、そう呼んでおったよ・・・=
 大狼から自己紹介なぞされてしまった。ご丁寧にお辞儀までされて、裕也は少し後ずさった・・・食われると思ったらしい。
「別に食われたりはせんよ・・・さて、もう気付いとるかも知れぬが、このお方こそ、先程の昔話に出てきた神じゃ。」
=人が勝手にそう呼んだだけで、我は別に神などでは無いがな・・・=
 正確には、この星、地球の意志に近い存在らしい。
 まあそれでも、これだけの存在となれば、もはや神と言っても差し支え無いだろう。
=二千年前・・・かつての人類に忠告を促したのだが・・・世代が代われば思考も変わってくる。記録には残っても記憶には残らぬ・・・=
 地守は少し寂しげに、そう語る――だから、こうしてまた姿を見せたのだ――と・・・

=また忘れ去られては適わないからな・・・勝石には聖地の話と・・・力と技を伝授した。下々の民など、一薙ぎで平伏させるほどの・・・な=
――我と関わりし者の証だ――
 そう言って、前足をヒョコンと上げる・・・人間で言うところの人差し指を立てる仕草・・・なのだろうか? 結構おちゃめだ。
「じゃが大きすぎる力というものは、人々に恐れと疎外を呼び起こさせてしまうでな、あまり派手に動くわけにも行かぬ・・・最悪の事態を想定して、資質のあるものに同士になって貰う・・・それくらいしか出来ぬのじゃ。」
 勝石が捕捉してくれる。結構良いコンビだ。
 なるほど・・・確かに今の世では、神の御告げなど、カルト宗教位でしか聞かれない。はっきり言って胡散臭い例えだ。
 今更南極は危ないから近寄るな。等と言った所で、只の戯言と片付けられるのが落ちであろう。
 とならば、人々に訴えるのは力。人外的な、正に神の力が必要になる。
 裕也は少し思案した。
 正直、聖地がどうのと言われても、裕也にはあまりピンと来ない。竜の地・・・恐らく日本は勿論、南極とて科学的に調べ上げられている。
 そこに、全てを飲みこむ力が内包されている・・・と言われても、とても信じきれるものではない。
 だが、目の前には明らかに異質な存在−地守−だ。嘘と早々に決めつけるのも短慮と言うものだ。
――結果
「分かりました。俺も弟子入りさせてもらいます。」
 裕也は様子見することにした。



「流派は無し・・・強いて言うなら森羅万象術・・・か。イマイチ、35点だ。」
 一人辛口評価を下すは裕也だ。
 あの後、簡単な打ち合わせをし、富養と共に山を降りた。これ以上長居すると、翌日の勤務に間に合わないからだ。
 とりあえず、今後の指導は今まで通り富養が受け持つ。勿論、指導の内容は今までと全く異なるものとなるが・・・
 ちなみに帰り際、地守&勝石コンビに流派名を聞いてみたのだが、特にそう言うものは決めていなかったらしい。
 特に地守の場合は自分の名前にも頓着してないようだし、どうでもいい、ということなのだろう。
 勝石がとって付けたような名称は、裕也によって赤点ギリギリの評価を下されたようだ。まあ、本人にとっても、どうでもいいことであろうが・・・
 そのうちに語呂の良い名前でも付けよう・・・密かに決意を固めて寝返りを打つ。
 窓の外に星空が広がっている。明日は晴れそうだ。
――我らの技は『流れ』にある。己が身体の血流の流れ、気の流れ、力の流れを完璧に己の意識下に置くに始まり、風雲の流れ、地脈の流れ、流水の自在へと昇華する。自然との一体、それこそが全ての基本であると同時に極意でもある。――
 帰り際に聞かされた、富養の一句だ。
 固体・液体・気体いずれにも例外無く、全ての存在は『流れ』の塊なのだと言う。
 流れを促進させれば活発へ、抑制すれば衰退へ、留めてしまえば壊滅へと誘う。
 それらを操作し、導く。
「言うのは簡単だわな・・・」
 富養に明日からの修行メニューの大まかな内容は既に聞き出している。
 先ずは、最も己に慣れ親しんだ『流れ』の塊・・・自らの身体を用いての鍛錬を行うのだと言う。
 己の体を完全に意識化に置き、自在にコントロールする・・・一見当たり前のことのように思えるが、これは大変なことである。
 簡単な例を出せば、筋肉の操作だ。確かに人は、己の意識において、歩く、跳ぶ、投げるといった、一連の動作を行うことが出来る。
 それは、生まれし時より生きる術として必要とし、長年の訓練(物心つく前ゆえに、そんな意識は無いだろうが)によって筋肉の発達・伝達を促してきたからに他ならない。
 逆にいえば、生活上必要としない動作を司る筋肉を動かすには、大変な労力と時間を必要とするのである。
 例えるなら、ボディビルダーの様に胸の筋肉を上下に動かしたり、足の指を大きく広げたり、某モノマネタレントの様にオデコと首の後ろの筋肉を交互に動かし、頭部皮膚を前後に揺らす・・・
 これらの動作を、自然に成し得るものは少ないだろう。意識下に置かれない筋肉は、かくも怠慢だ。
 裕也自身、自らの意思で動かせない部位も20%以上あるのではなかろうか・・・少なくとも上に挙げた3例は出来ない。
 加えて、身体中を駆け巡る、血管・リンパ等の支配も必須となる。
 『流れ』を重んじる森羅万象術(仮)としては、こちらの方が重要だ。
 なにせこちらは文字通り、身体のライフラインだ。
 普段意識外で勝手に動いているものを意識下に置こうと言うのだ。これは筋肉を意識下に置くより格段に難易度が上がる。
 コツさえ掴めば、自分の意志で心臓の鼓動を留める事も出来るらしいが・・・出来ても試したくは無い。
「まあいい・・・全ては明日からだ。」
 少なくとも、成功例が2人居るのだ。それほど深刻に考えるような事では無いのかもしれない。
 裕也は考えるのを止め、目を閉じた。



 あれから5年・・・
 裕也は来る日も来る日も修行に明け暮れていた。
 身体操作はとうにマスターしている。
 今では、己の意志で身体を動かさずとも筋肉の収縮のみで関節を外したりはめたり出来る。
 血流の流れを速め、身体限度のリミッターを外す術も覚えた。
 逆に血流の動きを極端に遅くし、己を仮死状態にする術も修得した・・・もう二度とやらないと、心に誓ったが。
 現在はレッスン2、自然との調和に、随時兆戦中だ。
 ここは、霊峰の麓、樹海の真っ只中、裕也は瞑目し、うっそうと茂る木々の只中に突っ立っている。
 肩幅に開いた足、両手はだらりと下がっている。完全な自然体だ。
――ふぅぅぅ〜〜〜〜〜、すぅぅぅ〜〜〜〜〜、ふぅぅぅ〜〜〜〜〜、すぅぅぅ〜〜〜〜〜――
 腹式呼吸を繰り返しながら、体内の気を、周りへソロソロと伸ばす。慌てず急がず、徐々に木々との同調を果たす。
――すぅぅぅ・・・
 多量に空気を吸い込み・・・呼吸を止めた。
「フッ!」
 カッと目を見開き、全身に気合を込める。
 裕也の身体を中心に、何かが・・・爆ぜた!
ざ・・・ざ・ざ・ざざざざざざざざざざざざざざざざあああああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・
 揺れる・・・木々が騒めいている。枝葉を振り乱し、裕也の気合に呼応するかのように・・・
「御見事・・・自然との調和、果たせたな・・・まあ、初歩の初歩だけどな。」
 富養の言葉に頷きながら、フゥっと全身の力を抜く。全身汗びっしょりだ。
「体外に気を振り撒くからな、己の身体容量を越えた気の精製はかなりの体力と精神力を消耗する。倒れないだけ大したもんだよ、お前は。」
 その言葉に少々苦笑を浮かべながら、裕也はどっかと腰を下ろした。さすがに限界だ。
「身体操作は1年かからなかったのにな・・・まさか、葉っぱ揺らすのに4年もかかるとはな。」
「そう言うもんだ。元来、気と言うものは己の内側に働かせるものだからな。外側へ発するだけでも、慣れないうちは重労働だ。」
 そう言って、富養も裕也の前に腰を下ろす。
 尻が地に付く寸前に、そこから風が発生したかのように、木の葉がバッと散り去る・・・
「慣れればどってことないさ。」
 まだまだ富養の技の方が一枚も二枚も上手のようだ。
 裕也が思い出したように話しかけた。
「始祖と老師は相変わらずお山のてっぺんで、視線とにらめっこかい?」
「ああ、最近視線が増えてきてるらしいな・・・」
 弟子入りしてから、裕也は地守と勝石のことを『始祖』『老師』と呼称していた。まあ、富養の呼び方をマネただけだが。
 2人の言う視線・・・恐らくは人工衛星に拠るものだろうと、裕也と富養の意見は一致していた。
 だが、誰が何の為に、こちらの様子を伺っているのかが、皆目見当がつかない。
 そもそも、人工衛星を打ち上げるだけでも莫大な予算がかかるだろう。
 それを、霊峰・・・恐らくは地守の監視に使われている・・・
 気象衛星の可能性も考え、それとなく調べてみたが、該当する衛星は見当たらなかった。
「考えられる相手としては、やっぱ、監視者か番人か?」
「その両方かもしれん・・・正直、他に始祖の存在を知っているものが居るとも思えない・・・むっ?」
「どうした?・・・なっ!」
――ドンッ!
 身体中を、細胞の一つ一つまで揺さぶるかのような衝撃!
 風等の物理的なものではない、全ての生物を凌駕せん、圧倒的なそして純粋な力が、刹那の間に己の身体を通り抜けていったのを感じた。
 裕也と富養、しばし視線を合わせ、頷く――今の衝撃、錯覚ではない。
「一体何が・・・」
 呟く間も無く――
・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 地鳴りだ。急速にこちらへ近づいて来ているのが分かる。
――ヤバイ!
 二人は地に伏せ、渾身の力で地に爪を立てた。
 その刹那――
 風が、地が、星そのものが・・・震撼した。
 世に言う、セカンドインパクトの到来であった。



――セカンドインパクト
 洪水、噴火、地軸変動等の環境激変・・・これにより、世界地図、情勢、生態系等が大きく変動することとなる。
 だが、これで終わりではなかった。ここで済めば、人類は8割弱の生存を望めたのだ。
 世界全体を包み込む混乱、救援を望めぬ状態は、実にあっさりと世界規模の内戦を引き起こしたのだ。

 あれから程無くして、裕也はアメリカに呼び戻された。
 あまりに大規模な混乱を終結させる為に、国連加盟国の9割の軍備を統合したのだ。
 裕也も国連軍の一人として、世界中の内戦を終結せんと飛び回る事となった。
 富養は、中国に留まったままだ。どうもベトナムとの軍事衝突が免れないところまで来ているらしい。
「そんなことしてる場合じゃないんだがな・・・」
 最近連絡を取り合った時に、そんな愚痴をこぼしていた。少々気疲れしているようだった。
 始祖と老師こと、地守と勝石の生存は確認されていない。セカンドインパクトの影響で、唯一の交路が閉ざされてしまったのだ。
 まあ、あの2人(?)の事だから、そう安々とくたばったりはすまい。
 富養共々、全く心配していなかった。



――そして、2005年
 裕也に知らせが届いた。
 妹の訃報であった。
 驚いた裕也はすぐさま日本に飛んだ。
 妹―美春―は裕也の最後の肉親だった。
 裕也の両親はセカンドインパクトに巻き込まれて他界している。
 あの時は、世界中が混乱真っ只中だったし、自分と同じ境遇の者は珍しくも無い・・・仕方が無いと割り切ることも出来たが・・・
 ここへ来ての最後の肉親の死は、いささか戦い疲れていた裕也に、事の他重く圧し掛かかることとなった。
(これで天蓋孤独か・・・)
 長らく訪れることの無かった日本の地を歩きながら一人ごちる。
 思えば家族に連絡を入れることも無かった。殆どほったらかしにしていたも同然だ。
(何をやってたんだろうな・・・俺は。)
 今となっては、中国での修行すら、無意味なものに思えてしまう。
 そんな思いに浸っている内に、妹の嫁ぎ先に着いた様だ。
 庭付き平屋建て、今時珍しい檀家だ。
 玄関には喪中の張り紙があるだけ・・・ヒッソリと静まり返っている。
 辺りにも人の気配がしない・・・恐らく皆避難しているのだろう。
 内戦から・・・ではない。既に日本の内戦は終結している。それに、元々ここら一帯は、セカンドインパクトの被害が比較的小さかった地域だ。
 だが、被害の少なさが新たな悲劇を誘う羽目になった。
――盗賊の出没
 世界規模の内戦はとうに終結した。今では小競り合い程度の小規模なものが点在する程度だ。
 だが、それと代わって軍の頭を悩ませる存在、それが盗賊・海賊の類だった。
 世界はまだ復興には程遠い。経済の悪化、政治情勢の悪化、食料事情の悪化と、犯罪者の増殖にはこれ以上無い条件が出揃ってしまった。
 そして、彼らはエサに群がる・・・ここが狙われるのは自明の理とも言えた。

「おじさん・・・誰?」
 裕也は、慌てて振り向いた。少々感傷に浸りすぎていたらしい。声をかけられるまで、気配にすら気付いていなかった。
 じっとこちらを見つめる5歳程度の男の子、育ちの良さが感じられるが、少しばかりやつれた印象を受ける。
 まあ、ここらの子供ならば盗賊に襲われたばかり、明るく元気に・・・とはいかないだろう。それに、恐らくこの子は・・・
「ああ、ここの家の人に用があったんだ。ここに住んでいた美春おばちゃん、知ってるかな? おじさん、おばちゃんのお兄ちゃんなんだけどね・・・」
「・・・ママの?」
(・・・やっぱり。)
 どうやら自分の甥らしい。まあ、そんな子供でなければ、わざわざこんな物騒な所に来はすまい。
 色々と確認したいことがあるが・・・
「とりあえず、お友達の所へ戻ろうか? ここはまだ危険だし・・・ね。」
 男の子はコクンと頷き、来た道を引き返した。

 避難所に案内された裕也は、町長の元を訪ね、これまでの経緯を教えてもらった。
――盗賊の襲撃によって、町民の半数が犠牲になったこと。
――軍の介入によって、盗賊の撤退。現在、戦自の庇護を受けていること。
――先日、死者を集団火葬によって弔ったこと・・・遺骨はまとめて埋葬されたらしい。
「まあ、伝染病の危険がありましたからね・・・遺族の方々には申し訳無いことですが・・・」
 かく言う本人も息子を失ったらしい。
――生きている住民の生活を優先しなければいけませんから・・・
 町長は切々と語りつづける。
 ふと窓の外を覗くと、先程の男の子が、町の子供達に混じって、銀杏の殻を割っている。
 並木道のイチョウの木から取って来たのだろう。セカンドインパクト後、被害の大小関係無く、食糧事情は世界的に悪化している。この様な光景はさして珍しくなくなった。
 あの中には、親を失った子供も少なくは無いだろう。
 だが、逆に少なくないことが、子供達に仲間意識を芽生えさせ、強く生きることが出来たのかもしれない。
「御厨・・・祐樹君の叔父にあたるそうですね・・・」
「そうですね・・・妹に子供が居る事すら知らなかった、仕様が無い叔父ですが・・・」
 少し自嘲気味に応える。
「どうなさるおつもりで? 祐樹君の事はご存知無かった様ですし、引き取るつもりは無かったのでしょう?」
 確かに・・・実際会うまで、子供の存在などこれっぽっちも考えていなかった。どうやら、思ってたより妹の死に動揺していたようだ。
「そうですね・・・」
 考え込むが、この時すでに祐樹の中に、放っておくという選択肢は無かった。
 放って置けば、身寄りの無い子供達は、戦自の保護を受け遷都された第二東京での集団生活となるだろう。
 だが、このご時世にただ保護するわけには行かない。
 今や子供とて労働力として狩り出されているのが当たり前の風潮となっている。
 それどころか少年兵育成の可能性まであると、裕也は睨んでいた。
(そんな所に押し込めたくは無い。)
 何しろ天蓋孤独を覚悟した矢先に現れた、唯一の血縁者だ。
 自分が、ここまで血の繋がりに拘るとは正直驚いている。
 家族を失った反動なのだろうか? いや、そんなことはどうでもいいだろう。もう、あの子を引き取ると決めたのだ。
「私が引き取ろうと思っております。」
 裕也は覚悟を決めた。

 だが、祐樹を引き取るには一つ問題が生じてくる。
 それは住居の問題だ。
 引き取るとなると、裕也の寮に住まわせる事になるが、それはアメリカへ連れて行くことになる。
 だが、未だに航空復帰の目処は建っていない状態だ。
 しかも、現在、住民の所在確認のため、国境を超える移動は、国連の令により、世界的に禁止されている。
 裕也自身は、国連軍でそれなりの地位に付いていたからこそ(これとて問題無いとは言えない)、日本に戻ることが出来た。
 だが、祐樹まで連れて行くとなると・・・
 それに、言葉を覚えたばかりの子供を英語圏の国へ連れて行くのも躊躇われる。ずっと、自分が付いてやれるわけではないのだ。
 日本への定住。裕也が祐樹を引き取るにはそれしかなかった。

 裕也は、祐樹に自分が引き取る旨を伝えると、すぐさま、国連本部に帰参した。
 辞表を提出する為だ。
 当然だが、上層部は渋った。
 内戦は終結したが、小競り合いは未だ続いているところも多い。それに、前述した盗賊・海賊の類が跋扈してきている。
 これは戦いの規模は縮小されたが、戦場の分散化も意味する。
 国それぞれの被害を免れた地域、避難施設等の補給物資の存在する場所全てに戦場となる可能性が出てきたのだ。
 故に、これからは戦場の大局を見定める指揮官ではなく、優秀な兵士こそが求められることになる。
 そう言う意味では、裕也にかけられた期待は、本人の想像以上に大きい。
 内戦鎮圧での働き振りを少しでも知るものなら、皆同意見だ。
 ここで、抜けられるわけにはいかない。
 ぶっちゃけた話、盗賊程度の相手なら、裕也一人で十分片付けてくれる。そう思われていたのである。
 それ程に裕也の戦闘能力は強大だった。

 上層部は悩んだ。
 本来なら、こんな状態での除隊希望など、はなから認められる筈が無い。
 敵前逃亡意志有りと見なされ、軍法会議にかけられてもおかしくないのだ。
 とはいえ、本当にかける訳にはいかない。
 今や、裕也の名は国連中に轟いている。兵隊達も裕也を生ける武神として崇めている事実もある。
 故に軍法会議は出来ない。裕也の除隊希望の噂でも流れただけでも兵士達の士気の低下が危ぶまれる。
 それに、裕也本人と敵対して、盗賊に成られでもしたら、目も当てられない。戦況を引っ繰り返される可能性も無いとは言えなくなる。
 結果、上層部は妥協案を出してきた。
 昨年復活した、日本内務省への出向である。
 そこの警保局長補佐の就任を持ちかけた。
 ようは、せめて日本の治安だけでも、あんたが何とかしてくれ・・・ということなのだろう。

 裕也はその条件で承諾した。
 元より、辞職を受け入れられるとは端から思っていない。
 交渉で、何とか日本在住だけでも勝ち得るつもりだったのだ。
 この条件なら上々といえる。

 正式な辞令を受けるや否や、祐樹の元へと帰参し、彼を連れ立って第二東京へと赴いた。
 ここで、住民登録を済ませ、裕也は今までの根本から、御厨へと姓を変えた。
 妹の嫁ぎ先、祐樹の姓に。
 本来なら祐樹の姓を根本に変えるべきなのだが、今や姓は祐樹に残された親との最後の絆だ。
 それを消し去るのも忍びないし、裕也自身が根本の姓を受け継ぐに値しないと己を処断したのだ。

 叔父と甥、二人の生活が始まった。
 祐樹にすれば、裕也はついこの間まで、見ず知らずの他人だった大人。
 裕也にすれば、祐樹は殆どほったらかしにしてしまった、妹の子供。
 お互い、遠慮しあうギクシャクした生活のスタートとなったが、一ヶ月もすれば、お互いかなり打ち解けていた。
 嗜み程度にと、護身術の手ほどきをしたのが、祐樹に思いのほか好評だったようだ。
 もっともそれは、親子としてではなく、ヒーローに憧れる子供のそれに近かったが・・・
 裕也は特に気にしなかった。別に親として見て欲しいわけではない。
 ただ、家族を蔑ろにした者の償いとして、祐樹には元気に成長して欲しい。
 ただそれだけだ・・・



・・・それだけだったんだ・・・・・・



 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ・・・
 備え付けの卓上時計のアラームが囀る。
「・・・むっ」
 寝転がっていたソファーから置き上がりアラームを止める。
 両手を高々と上げ、思いきり背伸びしながら左右に身体を振る。30分ほど仮眠を取っただけなの に、少し筋肉痛になったようだ。最近年の重みを感じてしまう。
「随分と懐かしい夢見ちまったな・・・」
 呟きながら勉強机にドッカと座り、背もたれに倒れこむ。
 先程まで長時間、字を追っていたためか、まだ目の奥が痛い。が、あまりゆっくりもしていられない。
「よくもまあ短期間でこれだけ集めてくれたもんだ・・・」
 裕也の目の前には、正に膨大と言って良い量の資料が、山のように積まれている。全部まとめたら、百科事典10冊分くらいになるのではなかろうか。

――使徒という存在によって引き起こされた『セカンドインパクト』
――その使徒を迎撃する為の組織『ネルフ』
――ネルフの後ろ盾、国連の重鎮『委員会』
etc.etc.

 かつてのつてを頼って、碇ゲンドウについての調査を依頼した結果がこれだ。
 正直あまりに膨大な量に、裕也も少し引いてしまった。
 本来、資料の多さは、その人物の知名度・貢献度に比例するものだが、彼の場合、予ねてから警戒されまくっていたと考えた方が正鵠を得ている気がする。
 でなければ、わずか24時間で集まる量ではない。元々調べ上げられていたのだろう。

 裕也は、その資料から幾つかピックアップしたものを順に吟味していた。
 知りたいのは、シンジに人を近づけさせない理由、その目的だ。
 そこで、碇ゲンドウ及び彼が指令を勤めるネルフ内で、少年が扱われるケースを徹底的に調べあげた。
 国連組織と少年の結びつきなど、とても有るとは思えなかったが、それは意外にあっさりと見つけ出すことが出来た。
 ネルフ所属のチルドレンの存在だ。
 チルドレンと複数形を銘打っているが、正式に登録されているのは、セカンドチルドレン『惣流・アスカ・ラングレー』のみだ。
 ファーストチルドレンの存在は確認できていない。秘匿されているのか、欠番なのか・・・知り得ることは出来なかった。
 惣流・アスカ・ラングレー・・・2001年12月4日生まれ、10歳の女の子だ。
 これは、生まれが遅いだけで、シンジと同い年となる。
「チルドレン・・・近い将来襲来が予想される使徒を、迎撃するための決戦兵器のパイロット・・・」
――更に
「エヴァンゲリオン・・・南極で発見された使徒のコピー。起動には、エヴァンゲリオンのコアに親族の魂のデーターが必須条件。個人差が伴なうが、シンクロが大幅に伸びるのは思春期の14歳前後とされる・・・か」
 更に資料には、彼女の身体データー、能力データー、心理データー等が、事細かに記されている。
「ふむ・・・10歳にしては、かなり優秀だな・・・知性、運動能力共に申し分ない・・・だが・・・」
――心に問題がありすぎる・・・
 この資料を作成した者の主観も多用に混じっている感はあるが、それを差し引いても相当に問題だ。
 資料に拠れば、
――己を人類の救世主、唯一無二の存在であるかのような振る舞い。
――大人相手にも悪辣なセリフを吐く、横暴な言動。相手を舐めきった態度。
 かなり、わがままぶりが目立つ様だ。
 軍隊に所属していた裕也としては、とても信じられない。
 使徒戦がどの様な戦闘行為になるのかは不明だが、人型である以上、兵士の戦い方とそう差異は無いだろう。となると、どう解釈しても彼女は不適切と言わざるを得ない。
 特に相手を舐める態度は兵士にとって厳禁だ。
 何故なら人間は、そう簡単に切り替えが出来ない生き物だからである。
 平常からそういう態度を取る者は、戦闘行為でも、知らず知らずに敵を舐めてかかってしまう。普段の心情を、戦闘中にまで引き摺ってしまうのだ。
「・・・本当に人類滅亡を防ぐ為の組織なのか?」
 裕也の疑念はもっともだった。
 少なくとも、裕也にはアスカが強いとは思えない。特に精神は・・・故に、こうも考える。
「わざと・・・か?」
 シンジとアスカ・・・朧げながら接点を見つけた気がした。

「さて、どうするか・・・」
 恐らくシンジはエヴァンゲリオンのパイロットなのだろう。母親の死亡内容も確認できている。まず間違い無い。
 にも関わらず、何故ネルフは彼を放って置くのか・・・いや、放ってはいない。孤立させようとしている・・・
「使徒に勝つ為の布石・・・とは思えんな。絶対に別の理由がある。」
 だが、その理由がわからない。
「分からないと言えば・・・」
 裕也は一冊の資料を取り出す。
『セカンドインパクト』
 そう題された冊子をパラパラとめくる。
「こっちにも子供か・・・」
――葛城ミサト――
 葛城博士の娘、当時14歳だ。
「2000年、S2理論証明の為、調査隊を結成。南極での実験を試みるも失敗・・・セカンドインパクト発生・・・」
(S2・・・使徒の動力機関だったな・・・使徒・・・実験・・・子供・・・やはりシンクロ実験か?)
 そうでなければ、子供を連れていく理由が無い。そして・・・
「碇ゲンドウ・・・こっちにも参加してたのか・・・」
 何故か調査隊メンバーにあの男が名を連ねている。
「調査隊のスポンサーから派遣された、お目付け役・・・スポンサーか・・・」
 スポンサーの名は明記されていない。だが、ゲンドウの現後ろ盾の存在を考慮に入れれば、資金の提供者は・・・
「委員会・・・だな。」
 ゲンドウがセカンドインパクトの前日に単身帰国したのも、委員会の指示だろうか?
 少なくとも偶然ではないだろう。南極での調査資料を一切合財持ち帰るなんて偶然では片付けられない。間違い無く、インパクトを予測した動きだ。
「セカンドインパクトを起こしてまで必要な資料だったのか? それとも、セカンドインパクト自体が目的だったのか・・・?」
 そこまでは分からない。だが・・・
「まだ何かやるつもりだ・・・」
 それは最早、確信だった。



「とまあ、これが君の身に降りかかるであろう実態の一部だ・・・俺の予測も混じってるがね。」
 裕也とシンジが机を挟んで座っている。彼らの目の前には資料の山が所狭しと広げられている。
 色々と思うところはあったが、結局裕也はシンジに全てを話した。
――近い内にエヴァという決戦兵器のパイロットとして選出されること。
――使徒という未確認生物との戦闘を強いられるであろう事。
――そして、恐らくは他の目的でシンジの利用を画策しているフシがある事・・・
 シンジは顔を俯かせてワナワナと振るえている・・・資料付きで見せ付けられた事実に絶望を隠しきれない様子だ。今にも死にそうな顔をしている。
 裕也は予測も混じっていると言ったが、これだけの資料に裏打ちされると、予測を覆す方が難しい。
 認めたくも無い最悪な未来予想図と、認めざるを得ない証拠の数々・・・シンジの心の中の鬩ぎ合いは、収拾に今しばらく時間かかりそうだった。



「さて、シンジ君・・・」
「・・・はい。」
「説明したように、君の未来はあまりに凄絶だ。はっきり言うが、このままでは君は父親の思うが侭に扱われるだけだ。」
「父さんは・・・いったい何をしようと・・・?」
「分からん・・・ただ、その目的に君が大きく関わっているだろうとは思っている。」
――祐樹の事もな・・・
 心の中でそう付け加える。
「僕はどうすれば・・・」
――来た。
 裕也は気を引き締めて答える。
「正直に言えば、俺と共に戦ってもらいたい。」
 この少年を引き込む。
 それは何度も思索した結果だ。
 ネルフを調べるにも、企みを阻止するにしても、仲間がネルフの内側に居てくれる事は大きい。
 かなり無茶を頼んでいるとは裕也も思うが、どの道このままではシンジは運命に翻弄されるだけだ。
 ならば、それなりの心構えと技で、事に臨んだ方が良い。
 裕也はそう考えた。すでに、逃げの選択は無い。
 何故なら、こちらの想像通りなら、奴等はセカンドインパクトを引き起こした張本人だ。
 その連中の画策する目的・・・サードインパクトだと思うのは、誇大妄想だろうか?
 違うかもしれないが、ここは最悪の可能性も考慮して行動する必要がある。
 裕也は話を続けた。
「予想通りなら君は3年後に、ネルフに召集される。表向きの理由は使徒の殲滅の為だが、裏で何を企んでるのかは分からない・・・」
「僕がスパイをするんですか?」
 シンジが怯えたように、そう質問する。
 確かに、会話の流れを読めばそういう事になるが・・・
「いや、そこまでは言わない。連中が何を企んでいるかは、放って置いても追々分かってくるだろう。動きがあれば必ず痕跡も残る。追っていけば、連中の企みも知れるだろうさ。」
 それは、実績に裏付けされた裕也の自信だ。
「ただ、さっきも言ったように、奴等の計画には君が関わってくる可能性が高い。だから、不足の事態にも対処できるように、己を鍛えて欲しいんだ。」
「・・・出来るでしょうか?」
「俺が指導してやる。言っとくが、俺の技は世界のあらゆる格闘技とも異なるモノだ。しっかり食らい着いて来れば、3年でプロレスラー10人相手でも楽勝出来るくらいになるさ。」
 それはまあ、そうだろうが・・・
 そう励ます裕也にもシンジの顔色は浮かない・・・無理も無いが。
「君が戸惑うのも分かる。人類滅亡の危機なんて言われても、現実感が無いだろう。」
「人類の為にとは言わないさ・・・だが、このまま良い様に扱われるのは悔しいと思わないか? それに祐樹の事も有る。」
――ピクッ
 シンジが微かな反応を見せる。
 裕也はそれを確認し、更に、言葉を被せる。
「祐樹を殺した犯人の手掛かりは、恐らくネルフに有るはずだ。俺は犯人をなんとしても捕らえたい。協力してもらえないか?」
 裕也はそう言って、シンジの答えを待つ。
 何時の間にか、人類滅亡の話から、息子の仇の話にすり替っている。いや、意図的にすり替えた。
 人情に訴える方が、彼を引き込み易いと感じたからだ。
 汚いやり方だとは、自認しているが、ここで、彼を逃すわけには行かない。それに、祐樹の無念も嘘ではない。元はその為に色々と調べたのだ。
(彼には全てが終わった後で詫びよう・・・今はこれが正しいと信じるのみだ。)
 裕也の決意は固い。
 シンジは動かない。顔を俯かせたままだ。
 心の内で大きな葛藤に苦しんでいるのだろう。
 1時間が経ち、2時間が経ち・・・シンジはまだ顔を上げない。
 日が沈み、日付が代わろうとする頃、ようやくシンジは顔を上げた。決意の表情を浮かべて・・・
「わかりました。僕、やってみます。」



 この後、裕也の行動は迅速を極めた。
 シンジにとっての急務は、とにかく強くなる事だ。
 だが、シンジが強靭に育つ事を、ネルフが望むとは思えない。
 故に邪魔されず、尚且つネルフが怪しまないシンジの修行場が必要だった。
 悩む裕也。
 だが、解決の糸口は、以外にもシンジ自身が握っていた。
 シンジは今、偶然の要因も重なって、殺人を自供している。
 裕也は大胆にも、それを利用した。つまり――
 シンジを祐樹殺しの犯人として起訴し、実際に裁判にかけ、少年刑務所に身柄を拘束したのである。
 ハッキリ言ってとんでもない所業だが、シンジの刑務所送りは、思いの外スムーズに進められた。
 それ程に、シンジの自供したという事実は大きい。
 何故なら、少年犯罪に置いて、証拠はあまり重く用いられない。
 少年犯罪で何よりも重要視されるのは自供だ。
 実際、捜査官が取調べを行う場合、徹底して、自白を獲得する自白偏重の捜査がなされる。
 これは、色々な要因が有るのだろうが、簡潔に結論を述べれば、楽だからだろう。
 なにせ、本人が「やった」と供述すれば、それで済むのだ。逆にどれほど証拠を掻き集めても、本人が認めなければ、意味を成さない。
 そのため、少年に対しては、暴行・脅迫による自白強要はもちろんのこと、いわゆる「切り違え尋問」(他の共犯者が自白したと虚偽の説明をして自白を得る方法。その後、その自白をしたことを他の共犯者に伝えて、さらに自白を得ようとする方法)や「誘導尋問」で、自白を強要することが往々にしてある。
 また、逆に「利益誘導」によって自白を得ようとすることもある。「認めれば帰してやる」とか「認めることが反省だ、反省すれば帰してやる」とか「認めればどうせ保護観察になる」とか甘い言葉をかけるのである。
 このように、法律に無知な少年に対して、捜査官は、実に言葉巧みに「アメとムチ」を使い分け、上手に自白を引き出すのである。
 あまりと言えばあまりなやり口だが、これが、昔から横行する、捜査方法の一連だった。

――話が横に逸れた

 かなり強引な手法では有ったが、これでシンジの修行場は確保できた。
 こうなると、ネルフといえども、そう簡単に手出しは出来ない。
 とうの裕也自身は警保局長補佐の立場を利用し、刑務所への随時立ち入りを認めさせている。
 かなりの職権乱用だが、警保局での裕也の立場は身分以上に大きい。部下達の信頼もある。
 特に文句を言う者も居なかった。
(後は、時が来るまで出来うる限りシンジを鍛えるだけだ。)
 これからは師匠と弟子の関係となる。
 切り替えの早い裕也はシンジの事を既に呼び捨てにしていた。



――バタンッ――
 重々しい扉を開け、白髪の老人が転がり込んできた。
「碇!」
「なんだ、冬月。騒々しい・・・」
 答えるは、部屋の奥に鎮座する髭面の男、机に両肘を付き、両手の指を組んだ所に鼻を乗せている。口元が隠れ、表情が窺い知れない。
「お前の息子が殺人を犯したと言うのは本当か?!」
「・・・ああ、シンジの預け先からも連絡があった・・・」
 責任逃れの無責任な連絡であったが・・・
「どういうことだ?」
「この間、始末させた子供だ・・・何故かシンジ本人が『殺した』と自供したらしい。」
「・・・どういうことだ・・・?」
 同じセリフを繰り返する老人こと冬月。何が何やら分からない。そんな感じだ。
「俺にも分からん・・・シンジは第二の少年刑務所に移送された。さすがに探りは入れられん。」
「シナリオを修正するはずが、大きく逸脱してしまったのではないか?」
「大した事ではない、時期が来れば強制徴兵でも使って呼び寄せればいい。」
「だが、その間監視は出来んぞ。獄中死でもされたらどうする?」
 冬月の疑念はもっともだ。もとより少年院・少年刑務所の類は、昔から劣悪な環境、人権無視の問題が暴露されてきたが、改善されたという話はあまり聞かない。
 むしろ、セカンドインパクト後は悪化したと見るが正解だろう。果たして、心を脆弱に育てた少年が耐え切れるものだろうか・・・?
「その時はレイを使う。奴は所詮予備だ。」
 打てば響くかのように、簡潔な答えを述べる。実の息子を予備と称するその言葉と表情からは、なんら感情も浮かんでこない。
「確かに、計画自体はレイで十分だろう・・・だが、万全を帰すには、初号機の覚醒は重要なプロセスだ。それに、使徒との戦いもある。頭数は多いに越したことは無いぞ? ・・・碇、たまにでも息子の面会に行った方が良いのではないか?」
――死なない様に、お前が繋ぎ止めろ
 冬月は言外にそう促す。
「・・・必要無い。」
「碇っ!」
 思いの外頑固なゲンドウに声を荒げる。
「何を拘っておるのだ、お前は! 後3年で我らの全てを賭けた計画が始動するのだぞ。万全を期す、その為に無関係の少年まで殺しておいて、何故面会程度の事が出来ん!」
 冬月の怒鳴り声が部屋中に響く。
 ここで見せ始めた、明らかな計画の綻びに目を向けようともしない。そんな態度がありありと見える。
 さしもの冬月も怒り心頭だ。普段から冷静沈着を是とする、この老人にしては非常に珍しい光景と言える。
 だがゲンドウは、そんな冬月の様子にも何処吹く風だ。何らリアクションすらない。
 少なくとも表面上は・・・
――ギリッ
 手元に隠された口中で歯を軋る。
 サングラスの所為で外からは確認できないが、目尻を逆立て、眉間に皺を寄せるその表情は、本来の顔と相俟って、鬼の如き憤怒の形相だ。
 いや、鬼と言うよりは、地獄に落とされた亡者の恨み顔だろうか? 地獄の業火に焼き炙られたこの男の心中は、己にこんな仕打ちを強要した者へ、怨嗟の声を上げる。冬月に――ではない・・・

(シンジめっ!)

 心の中で己の息子を罵る。
――全く余計なことをしてくれた。
 かなり勝手な物言いだが、これまでのシナリオにかけた時間と資産は、莫大と言う言葉すら生温い。
 それを息子のアドリブで、筋書きを根底から引っ繰り返されかねないのだ。
 本人主観としては、この憤りも当然だった。
 もっとも、第三者的に見れば、明らかな自業自得であるが・・・

 とはいえ、確かにこのまま放っておく訳にはいかない。冬月には何でも無い風を装っているが、シンジとて、かなり重要な駒だ。出来る限りの保険は備えておくべきだろう。
 イラつく冬月を尻目に、ゲンドウは一人思索に耽る・・・
――どうしたものか・・・
 まず冬月の案は、ゲンドウ的に論外だ。
 確かに、度々シンジの元へ面会を繰り返し、励ましもすれば、生きる目的も出来るかもしれない。
 だが冬月も知らないことだが、つい先日、妻であるユイの墓前で、シンジを思い切り邪魔者扱いし不要者呼ばわりしたばかりだ。
 その舌の根も乾かぬうちに会いに行くなど、己の負けを認めた様で、ゲンドウには我慢ならない。
 何を大袈裟な――と思うだろうが、この論理展開こそが碇ゲンドウの根底を作り上げたと言って過言ではない。
 これは、先程の冬月との会話でも言えることだが、ゲンドウという男、万事全ての物事に対して強気を押し通す。
 けして弱みを見せない。自分が高みの位置に居ないと気が済まない・・・というより、安心できないのだろう。
 孤児として育ったゲンドウが幼くして編み出した、一人で己を守る処世術だったのだろうが、他人を寄せ付けず、己のみで解決することは、独り立ちを促す反面、精神的成長の抑制、独善的な思考を増徴させてしまう。
 ユイに近づいてからは、少し他人との歩み寄りも有った筈だが、結局そこから抜けきれずに、人生の半分を送ってしまったようだ。
 傲慢かつ頑固、稚拙にして自己中心・・・まるで子供だ。
 子供っぽいという意味ではユイの言う、『あの人の可愛い所』に通じるものが有るのかもしれないが・・・
――三つ子の魂百まで――
 正に、彼の為に有るような諺といえた。

――閑話休題

 ゲンドウは未だ、思案に耽っている。
 冬月も言っても無駄とさすがに気付いたようだ。自分の机で書類整理マシーンと化している。
――果たしてどうしたものか・・・
 一番確実なのは、真犯人を自首させることだ。本人は無理でも替え玉を用意すれば良い。金次第で引き受ける者など、この世の中ごまんと居る。
 シンジが犯人でないことを証明してしまえば、今まで通りのシナリオで推し進めることが出来る。
――ただ・・・
(御厨裕也・・・あの男に余計な情報を差し出して良いものだろうか?)
 彼の名声は、ゲンドウの耳にも届いている。
――元国連軍大佐の『鎮戦神狼』、現内務省警保局長補佐。
 ゼーレですら危険視する、非常に油断ならない相手だ。
(あの男を出し抜けるか・・・?)
 替え玉を用意するのは簡単だ。凶器と殺害状況の一通りの知識を持たせれば、そう簡単に矛盾は出ない。
 だが、所詮は替え玉。どれほどの真実味を持たせられるか・・・ひとたび嘘と見抜かれれば、芋づる式にこちらの存在まで引き摺り出されかねない。
(駄目だな・・・)
 少々迷ったが、断念する。
 奴の息子を殺害した時とは明らかに状況が違いすぎる。
 あれは、やり口が唐突で、迷宮入りし易い、通り魔殺人だからこそ決行できたのだ。
 この時点で、警察機構には犯人像の影すら見せていない。にも関わらず、ここでテコ入れすることは、相手に此方の影を踏ませる愚行になりかねない。
 それだけは絶対に避けねばならないのだ。
 何故なら、色々と極秘行動の目立つネルフは、他組織は勿論、国連内においても評判は芳しくない。
 使徒戦が始まってしまえばともかく、今の段階での不祥事は、ゼーレですら隠蔽は難しい。国連本部の介入をも招きかねない。
 ならば結論は一つだ。
 己の全てを賭けた計画と、予備の駒である息子・・・比べるまでも無い問題である。
 というより、この時点でゲンドウは、シンジの投獄に大賛成であったりする。
 計画云々は全く関係無い。私怨・・・というよりも逆恨みか? 本人は正当な理由と信じて疑わないだろうが・・・
 今回の件で、いや、正確に言うなら御厨祐樹の件から、間違い無くゲンドウのシナリオは筋道を逸れた。
 ゲンドウ曰く――シンジの所為で・・・
 己のシナリオを危ぶませたシンジは、ゲンドウの主観から見れば、許されざる大罪人なのだ。
 今の彼の心の内を忠実に表すなら、
――臭い飯でも食って反省しろっ!――
 と言ったところだろうか?
 あまりに身勝手で、自分本意過ぎる。息子は親の手の平の上で踊る物(誤字にあらず)と信じて疑っていないようだ。
 親を知らずに親になってしまったとはいえ、あまりにも未熟で歪んだ価値観だった。



「・・・内務省に情報を流す。」
 唐突にゲンドウが呟いた。
 書類と格闘していた冬月も手を止め、何事かと振り向く。
「どうした? 碇・・・」
 いつもの事だが、この男は主語抜きで会話をするので理解に苦しむ。何のことだか冬月にすら分からない。
「・・・シンジの事だっ。」
 苛立ち混じりに、言を加える。
(怒るくらいなら、初めからキチンと話せば良いだろうに・・・)
 そう思うのは冬月だけでは無いだろう。言っても聞きやしないから何も言わないが・・・
「ふむ・・・情報とは?」
「碇宗家だ。近々シンジに家督を譲る予定が有ると、内務省の警保局長にでも情報をリークすれば良い。」
 碇宗家・・・故碇ユイの実家にして、古来より日本のトップに君臨し続けた財政界のドンである。
 現在はユイの従兄が家督を継いでいるが、これはゲンドウが裏で糸を引いた結果だ。
 順を追えば、ユイの死後、家督を継ぐのはシンジだった。故にゲンドウが家督代理人として、君臨しても良かったのだが、婿養子な上、ユイの死の所為で親族の心象は押し並べて悪い。この状態では迂闊な動きは出来ないと判断したゲンドウが、ユイの従兄に話を持ちかけ、家督に据えたのである。
最初は親族も難色を示したが、正統後継者のシンジが成年に達するまで・・・という一時的な就任条件で、一同を納得させている。
 故に、シンジは早ければ18歳で家督を受け継ぐ事になるのだが、これは親族のみにしか知られていない。
 まあ、シンジの安全面を考えれば、当然といえる・・・この事実は内務省も知らないことだろう。シンジも知らないが・・・
 この事実が警保局長に伝われば、恐らく真偽を確かめたのち、シンジは他の囚人とは隔離される事になる。
 囚人同士のいさかいで、死なれでもした場合、まかり間違えば監督責任問題にまで発展しかねないからだ。
 故に、シンジは徹底した監視状態に置かれる。万が一死なれたりしないように・・・恐らくはゲンドウの思惑通りに・・・
「ふむ・・・確かにお前の息子が次期頭首なのは間違い無いからな・・・警保局長ならその辺りも心得てるとは思うが・・・御厨裕也、あの男がそれで納得するか?」
 義理とはいえ、今まで育ててきた息子を殺害されたのだ。シンジに虎の威を貸したぐらいで、あの男が引き下がるものだろうか?
 この時裕也は、すでにゲンドウに疑いの目を向けているのだが、冬月が知る由も無い。となれば、子を殺された裕也の恨みを危険視するのは当然であった。
「ああ、確かにあの男は、権力では動かんし、シンジの立場など気にも止めんだろうな。
だが別に放っておいても構わんだろう・・・シンジを特別扱いしろと言う訳ではないし、奴がシンジの面倒を見るわけでも有るまい。
約束の時まで、生かして置いてさえくれればそれで良い。」
 のうのうと語るゲンドウ。
 眉を顰める冬月。
 明らかに会話が食い違っている。
 冬月は、裕也の私怨を懸念したのだが、ゲンドウはそれを、権力に屈さない裕也の気骨の懸念と取ったようだ。
 子を殺された親の恨みという考え方は、ゲンドウの頭の片隅にも無かった。
 曲りなりにも子持ちのくせに、子を失う親の気持ちがこの男には理解できないらしい。
・・・まあ理解できるなら、今進めている計画など即刻破棄だろうが・・・
 その後直ぐ、食い違いの論点を正確に察した冬月だったが、それを訂正しようとは思わなかった。
 説明したところで理解されないと言う事に、今更ながら気付いたからである。
(全くこの男は・・・ユイ君、この男の何処が可愛いというのだ?)
 ゲンドウの様子に心底呆れながら、かつての教え子に思いを飛ばした。

 結局、ゲンドウの案をそのまま使う事にした。
 冬月自身、他に妙案が浮かばなかったし、裕也の事は、警保局長がうまく取り成すだろうと、高を括ったのだ。
 二人はそのまま、定時的に行っている計画の綿密な打ち合わせに移った。
 すでにこの時、シンジがシナリオの枠から外れ始めている事を知らずに・・・



=やっと地脈が安定したようだ・・・だが、星自体がかなり弱ってきている。我は内部に潜り星の治癒に専念するよ・・・勝石、最早お主の生きている間に地上に顔を出す事もあるまい。お別れだな。=
 セカンドインパクト前と変わらぬ景色を眼下に見遣りながら、地守は別れの言葉を切り出す。その姿は以前に比べて遥かに小さい。
「左様ですか・・・名残惜しいですが、致し方ありませんな。わしも山を降りて隠居する事にしましょう・・・貴方に技を授けて頂きながら、何の役にも立てずに終わってしまう事が残念でなりませぬ・・・」
=戦いが終わったわけではないがな・・・=
「・・・どういうことですかな?」
=あの時の、恐らくは監視者の企み・・・あれで終わったわけでは無いと言う事よ・・・むしろ始まりだな・・・=
「そっ! それはどういうことですかな?」
=少し口が滑ってしまったな・・・勝石よ、その質問には答えられぬ・・・おぬし等は元々、不穏な動きを見せていた監視者を牽制する為に技を、歴史を教えたのでな・・・今となっては、監視者の目的も想像がつく・・・ならば、もう我に話せる事は無い。我はこの星の意志として、全てのヒト達に平等でなければならぬからな・・・主ら人類だけに情報をやるわけにはいかん。=
 ヒトと人類の使い分けに、勝石は頭を傾げるが、地守はこれ以上問答するつもりも無さそうだ。

 地守に別れを告げ、山を降りながら勝石は思案に耽る。
(まだ終わりではない・・・か。)
 正直、分からない事だらけだが、地守が言った以上、監視者の企みはこれからが本番ということなのだろう。
(これはワシ一人ではどうにもならんな・・・)
 情報が絶対的に足らないのだ。監視者の企み、いや、それ以前に監視者が誰なのかも分かっていない。話にもならない状態だ。
(先ずは富養と裕也に、この事を伝えねばな・・・あやつらなら、何か情報が掴めるかもしれん・・・)
 決意を固め、勝石は空を見上げる・・・満天の星々が勝石を照らしている。
――フンッ
 星に向かって少々皮肉げな笑みを浮かべた。



 何も無い、混沌とした暗闇が広がる空間・・・そこに円を描くは12個もの黒き墓石。名は無い、番号が刻まれているのみだ・・・いや――
「先程、地守が消えた。地に潜ったようだ。」
 墓石が喋った。
「そのようだな、我らの計画に介入する可能性も想定していたが・・・全てのヒト達に平等という言葉は真実だったようだな。ま、邪魔が無くて何よりだ。」
「皆気を抜くな。これからが計画の始まりだ。」
「「「「「「「「「「「全てはゼーレの為に」」」」」」」」」」」
 その言葉を最後に、墓石すらも忽然と消える・・・主の去ったその空間は、闇に沈んだ・・・


――そして、2015年

 池のほとりに膝を着き、水面に手を添える少年。
 伸びた後髪を紐で束ねたその容姿は、全体的にほっそりとしたイメージと相俟って、一見すると女性のように見える。
 言うまでも無いが、シンジだ。線の細さは、ひ弱からしなやかさに変わり、目に宿る光が過去の女々しいイメージを払拭している。
すぅ〜〜〜〜、ふぅ〜〜〜〜、すぅ〜〜〜〜、ふぅ〜〜〜〜
 腹式呼吸を幾度か繰り返し・・・
「フンッ!」
 気合一閃!
――ズボォッ!
 手の下の水が・・・まるで、そこに透明な丸太が刺さったかのように、ボッカリと穴が穿たれた。
「ふむ・・・大分上達したのう。」
 そう、声をかけるのは南方勝石だ。
 3年前、裕也の元を訪ね事情を知った彼は、そのまま居座りシンジの教え役を買って出てくれたのだ。
「裕也さんの技からすれば足元にも及びませんけどね。」
「当然じゃ、あ奴は20年前からこの修行を続けてきたんじゃ。と、噂をすれば何とやらじゃな・・・」
 遠く、施設の方から歩み寄って来る人影・・・裕也だ。その手には、一枚の封筒が握られている。
 裕也はての封筒をシンジに差し出し・・・
「シンジ、来たぞ。お待ちかねの招待状だ。」
シンジと裕也、そして勝石がお互い目を合わせ・・・コクンと頷く。
「待ちかねましたよ・・・」
 そういって、シンジは不適な笑みを見せた。

――人類の存亡を賭けた本当の戦いが始まる――



To be continued...

(2004.12.11 初版)
(2004.12.25 改訂一版)


(あとがき)

 や、やっと出来た・・・orz
 随分長い文になっちゃいました、プロローグ2公開です。
 いやあ、本当に物語を作るのって難しいものです。最初はこんなに長くなるはずじゃ無かったのですが、書いていくうちに、いっぱい矛盾に気付いて、訂正付け加えを繰り返していたら、こんなのになっちゃいました。前半なんか、エヴァ関係無いし・・・
 これ読んで、裕也の昔話の部分、要らないんじゃない? と思った人・・・その意見は、そっと腹の中に仕舞っておいてください。書いてて自分も気付いたから(泣)
 では、次回第一話。やっと始まります。
 ミサトをうまく書き表せればいいなあ・・・
作者(地球中心!様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで