新世紀エヴァンゲリオン 〜Storm of Sophistry〜

第七話(B−PART)

presented by 地球中心!様


「「…………………………………………」」
「…………………………………………」

 静かだ……
 部屋の中の筈なのに、壁際が分からぬほどに暗いソコは、もはや生者の世界では無いかの様な感覚を受ける。
 幾度と無くこの部屋を訪れているはずのゲンドウですら、そう錯覚してしまう程、その場の空気は陰鬱としていた。
 ゲンドウは何も言わず、いつものポーズを崩すことも無く、ただひたすら待つ。その眼前には、不気味に光るモノリスが数個、不気味さ丸出しで空中に固まっている……のだが、それだけだ。間違い無く中の人が居るはずなのに、うんともすんとも言わない。
 ゲンドウは少なからず戸惑う。
 今回の使徒戦は、今までに無いほどの甚大な被害。はっきり言って、良いとこ無しである。恐らく過去類を見ない大糾弾大会が開催されることは必至だ。ゲンドウ自身、「さて、どうやって言い逃れようか?」などと策謀を張り巡らせていただけに、この状況は非常に肩透かしである。
 その事に少なからずホッとしたゲンドウだったが、同時にゼーレの老人たちの方も、今回の一件で予想以上に大きいダメージを受けてしまったことを雰囲気で察する。
(キール議長の抜けた穴は予想以上に大きかったか? いや……)
 最初、頭が抜けた為に浮き足立っているのかと推察したゲンドウだったが、そんな筈は無いと考えを打ち消す。そもそもここの面子は我こそがNO1であることを信じて疑わない、護岸不遜を絵に描いたような老人の集まりだ。仲間が死んだからと言って、ただあたふたする様な可愛げのある連中では絶対にない。その証拠に、彼らはこの1日の間に、死んでしまった委員会メンバー4人の権力と資金をちゃっかりと吸収している。
 ゼーレそのものの組織力を維持する為には不可欠であることには違いないが、何とも抜け目の無い連中である。
 最も、そんな彼らの所業をゲンドウは驚くことも呆れる事も無い。裏社会のトップに君臨する人間ならば、この程度の事、出来なければ可笑しい。
 その事を知ってるが故に、彼等がこうも静かなのは非常に不可解なのだ。
 ゲンドウの知る本来の彼等ならば、リーダー退陣となったこの機会を逃す等ということは考えられない。
 なにせ、今回の会議はキール死去後初の会議である。となれば当然ここで主導権を握る者こそ新しいリーダーと君臨する可能性は相当に高い。
 無論こういう場合、組織的にNO2にあたる人材が繰り上がるのが妥当なのだが、生憎、元々彼らの実力にそんな差が有るわけではない。前任のキールとて、リーダーの座に収まっていたのは、単にこの計画の言いだしっぺだったからに過ぎない。
 故に、今回の会議、本題に入る前に(ゲンドウへの糾弾大会もあるだろうが)リーダー争いで揉めるだろうと、漠然とながらゲンドウは決め付けていた。
 だが、実際会議に乗り込んで見れば、ご覧の有様。下らない主導権争いを見物しなくて済むのは大助かりだが、全員揃ってダンマリというのもそれはそれで困ったものである。
 少なくとも時間の浪費と言う意味ではドッチもドッチだ。

(何があった? 確かにドイツの損害はデカかったが、アソコはアダムと弐号機がウチに来れば無用のモノだ。計画に支障をきたす程では無いはず……査察官どものことか?……いや、正式なルートで乗り込んできた以上、逸脱した行動は取れん。例えドグマの件がバレても言い訳などいくらでもある……っ! そうか……)
 しばし悩んだゲンドウだったが、ゼーレがここまで尻込みする原因に、ふと思い当たる。
 思いついた瞬間、「まさか……?」と思わなくも無かったが、正直他に思いつく要因も無い。
(突付いてみるか……)
 咎め覚悟で、ゲンドウは先んじて口火を切ることにした。

「皆様、本日の会議、対策を講じるべき題材はいつも以上に御座います故、どれから片付けようか些か迷われているようですが、私としてはまずは初めに、葛城ミサトの処分を決めねばならないと愚考しております。」
「「「「「!!!」」」」」
 前置きも無くイキナリ突っ込んでみた。
 本来なら無礼千万どころでは無い叱責が飛ぶ場面だが、老人たちは何も言い返してこない。
 だが、明らかに空気は変わった。
(やはり……)
 ゲンドウは自分の推測が間違ってはいなかったことを確信する。
「ま、待て! 碇。」
 メンバーの一人――発音のイントネーションからして恐らくアメリカ出身のモノリスから待ったがかかる。
「確かにアレがこのままではマズいのは理解している。だが、事は慎重を要するのだ。」
「そ、そうだとも。確かに犠牲は大きかったが、幸い次の使徒が現れるまではかなり余裕がある。まずは失った力を回復して……アレの処遇を決めるのはその後だな。その時はここに居る全員でアレの処遇を検討しよう。」
「「「…………」」」
 一人、フランス訛りのモノリスが合いの手を入れてきたが、他のメンバーはダンマリのままだ。
 それは先の二人の発言に賛同していると言うより、自分に意識が向けられないように息を潜ませているように見える。少なくともゲンドウにはそう思えて仕方が無い。
(ここまでとはな……)
 思いの外静かな反応に若干呆れつつ、しかし彼等をここまで尻込みさせている元凶の女に、ある種の尊敬にも似た恐れを抱く。
 彼らがミサトへの沙汰を先送りにしている理由――というか、関わりを持たないようにしている理由……それは良くも悪くも彼らと付き合いの長いゲンドウには、容易に想像がついた。
(そこまで死を恐れるか……?)
 心の中でゲンドウが呟く。

 彼等がここまで及び腰になっている原因……それは、キール議長他委員会3名を死へと追い遣やることになった、その諸悪の根源こそにあった。






 話を順追って説明しよう。

 まず、使徒がドイツに現れるという予想だにしなかった展開――これこそが全ての不運の始まりである。
 その時、再研修という名の洗脳を行われるはずだったミサトが、委員会の主導権争いの所為で殆ど進んでいなかったのも大きな要因である。そしてその為、所用の出来たアメリカを除く委員会のメンバーが勢揃いしていたことも不運であったと言えよう。
 使徒出現により、ミサトは当然の様に暴走。そしてその直後、これまた当然の様に敗北……これは不運ではない。不運と呼ぶには人的災害過ぎる。が、この時点ではまだ、それ程大したことは無かったのだ。あくまで委員会連中の主観からすればだが……

 話はまだ続く。

 早々に戦う手立てを(自ら)失ったミサトは、すぐさま踵を返し、戦闘機での強行脱出を試みた。
 有能な作戦部長に助けを請おうとするドイツの職員ども(ミサト主観)を振り切り、新たな戦力を求めるべく、彼女は一路日本へと飛び立った……と、ここまでも未だ良い。本当は良くないが……

 問題はこの後である。

 一度戦線離脱した筈のミサトは、リツコの推測正しく、不倶戴天の仇に見向きもされなかった事に勝手に腹を立て、わざわざUターンまでして、使徒に効きもしない――しかし、使徒に敵意を認識させるには十分な火力を以って攻撃をしかけた。
 当然、使徒の迎撃システムに例外は無い。ミサトの操るF−25もキッチリと敵と認識され、(ある意味ミサトにとっては)目出度く反撃を受けたわけである。
 さて、ミサトからすればこの攻防、『使徒に自分と言う存在を、しかと脳裏に刻み込ませた』等と思っているのかどうか知らないが、実際のところ、使徒はミサトの事など認識すらしていないだろう。
 ミサトが生身で特攻を仕掛けたと言うのならまた話は別だが、彼女が機体を操って攻撃を仕掛けた以上、使徒の認識は、やはり機体のみに留まる。中に誰が乗っているかなど、使徒にとってはどうでも良いことである筈だ。

 何故なら、(少なくとも今回の)使徒は己に攻撃を仕掛けてきた個体を識別する能力があるからである。このことに関してはドイツも日本も同じ見解を示している。
 その事象を最も顕著に表していたのが、独式自走臼砲だ。
 あの時威力偵察に独式自走臼砲は3台使用された。1台目は砲撃を弾かれた直後にお返しを食らい、2台目は砲身を向けただけで狙い撃ちされた。3台目に至っては、未だ山中に隠れていたにも関わらず、山ごと消し飛ばされている。凄まじき索敵能力である。

 上記のことからも分かるように、今回の使徒は敵意行為を示したモノ及び、一度攻撃を仕掛けた機体と同種のモノが射程内にいれば、その全てを消し飛ばそうとする。例外は無い。
 自走臼砲が撃ってくれば、今後射程内に入った全ての自走臼砲が撃破されたであろうし、ミサトがF−25で攻撃を仕掛ければ、その後全てのF−25は加粒子砲の餌食となるだろう。攻撃行動を取ろうが取るまいが、乗っているのがミサトであろうが無かろうが……使徒には関係無いのである。

 話を戻そう。
 ミサトがトンズラこいた後、委員会4名も後釜をドイツ支部司令に任せ(押し付け)自らも脱出を試みていた。
 それほど自由に動けるような身体ではないが、このまま残っても電気供給そのものが停止してしまうことを恐れたキール達は、緊急脱出用に備えた専用の機体に乗り込む。
 所謂ジェット機な為、本来老人が乗れるようなものでは無いのだが、彼等の身体は延命措置のため半分が機械である。電力さえ供給されればどうと言う事は無い。
 全員各専用機に乗り込み、緊急離陸! そのまま使徒など見向きもせず、さっさと射程範囲外へ退避――のはずであった。






「あの時、葛城ミサトが使徒へ攻撃などしなければ……」
「よせっ! 碇!」
「キール議長らは死を免れた。分かっておられる筈です。」
 メンバーの一人が止めるのも構わず、ゲンドウは言い放った。
 部屋がシンと静まり返る。
 だが、恐らくモノリスの向こう側で、皆揃って苦虫を噛み潰したような顔をしているのであろう事は、ゲンドウにも想像がついた。
 脱出時、キール達が乗り込んだのは、奇しくもミサトと同じF−25である。既に分析されている使徒の特性と合わせれば、これがどういう意味を成すか、分からぬ筈がない。

――口惜しい――

 彼らからすれば、シナリオの一道具に過ぎない筈の極東の女に、崇高なる同志を殺された様なものだ。それもイタズラに。
 ゆえに本音から言えば、さっさと始末してしまいたい。あの女は役に立たないどころか、害悪と言っても問題無いだけのモノを見せ付けてくれた。文字通り、百害あって一利も無いのだ。
 だが、シナリオ上それが出来ぬ相談であることも理解している。どれほど厄介者であろうと、あの女をシナリオから外すわけには行かないのだ。
 となれば、残る手段は先だって委員会主催で行う筈であった洗脳だろう。と言うより他に無い。
 これもゲンドウに言われるまでも無い。
 使わなければいけないのなら、使えるようにするしかないのである。
 その点においてはゼーレ全員の見解は一致していた。
 ならば話は早い。前回同様、研修の名目でミサトを連れ出し、どこぞの国で二度と暴走しないようキツーく洗脳処理を施してやれば良い。それで良いのだが……

 残念ながら現在「では誰があの馬鹿の洗脳を行うか? 」と言う執行人の手配で話が止まっていた。
 前回は委員会勢揃いで「俺にやらせろ俺にやらせろ」と主導権争いをしていたのが嘘のようだ。

 さて、上記に長々と書き連ねたが、結局この様な状況に陥った最たる原因は何なのか?……それは、やにわには信じ難く、客観的に考えれば酷く呆れるものだった。



――下手にあの女に関わったら、俺も殺されるかもしれん――



 本当にお前ら裏から世界を操ってんのか? と言いたくなるほど弱気な原因である。
 被害妄想な上に誇大妄想なこと甚だしいが、逆に言えば、それほどまでに同胞の死がもたらす衝撃は大きかったのだろう。

 そもそも彼等の言う人類保管計画は、進化に行き詰った人類を救う名目を掲げてはいるが、実際のところは、このまま老い衰え死んで逝くのが嫌だという、老人たちの我侭による所が大きいとゲンドウは見ている。
 そうでなければ、ここまで計画を急ぐことは無い。裏死海文書も完全に解読できたわけでも無いし、考古学の方面でも類まれなる才覚を見せた碇ユイが初号機に溶けてしまったことにより、解読は100年遅れると言われている。
 故に、完璧を期すならゼーレの遣るべきことは後世の育成であり、間違っても計画を断行することでは無い。人類の進化かどうかは知らないが、彼等の言うような危機的状況はまだまだ先の話である。

 少々話が逸れてしまったが、まあ要するにこの老人どもは未だ生き続ける気満々なのだ。そして己の権力も他者に引き渡すつもりが無いらしい。彼らの言う建前と実行のギャップが、如実にそれを物語っている。
 にも関わらず、キール達は死んだ――これが直属の部下や国連の要人であれば、ゼーレの面々は特に気に留めることも無かっただろう。ゼーレ以外の人間など、ゼーレの為に死ぬのが当然なのだから……
 だがキール達は違う。彼らは己と同列なのだ。同等の権力と財力を持ち、最先端の科学を駆使して延命措置も施している。この世で最も死に遠い、(ゼーレ曰く)尊き存在なのだ。そう信じていたからこそ計画を推し進めることも出来た。
 だが、その信仰もミサトと使徒によって、完全に崩されてしまった。無意識にも必死に顔を背けてきた「死」は、例外無く直ぐそばに潜んでいるものであることを、彼らは意識してしまったのだ。
 故に彼らはもう信じることが出来ない……次に自分が死なないと誰が言い切れるだろうか?

 これが、今ゼーレの老人たちの心に巣くっている恐怖の、大まかな様相である。彼らはその所為で過剰拒否反応を引き起こし……ミサトの件を放り投げたわけだ。世界を牛耳っていると言うわりに、何とも狭量な話ではある。ゲンドウが呆れるのも無理ないかも知れない。
 最も、ゲンドウも「死」という概念を別のものに置き換えれば、彼もまた同じ穴のムジナな訳だが……



 ゼーレの面々はしばらく声を発することも無かった。
 ある意味予想通りの反応ではあるが、ゲンドウからすれば己への危険を顧みずに水面を揺らすどころではない一石を投じている。出来うる限り一刻も早くあの女の処置をしてくれる事と、巻き添えを食らわない事を祈らずにはいられない。

(どうやらこのまま放って置いても先には進まんな……)

 そう感じたゲンドウは、仕方なく別の件を先に解決することにした。コチラに関しては老人たちも大いに議論を盛り上げてくれることだろう。
「では葛城ミサトの件は後に回すとして、現在本部に潜りこんでいる査察官についてですが……」
「アイツらか……」
 途端に不遜とも言える、苛立ちと嘲りの入り混じった声がそこかしこから揚がる。現金な連中だ。
「査察期間は国連法に基づいておりますので、目一杯居座ったとしても2週間です。ですが――」
「コチラにも報告は来ている。国連軍から協力体制の受け入れを迫られているそうじゃないか。」
「ドイツではある意味完勝と言っても良い成果を上げているからな……それに引き換え……クソッ、忌々しい。天才などと大仰に振れこんでいたくせに、セカンドチルドレンなぞ実際何の役にも立っておらんでは無いかっ!」
「なんだとっ! 言っておくがセカンドには何の問題も無かった。あれはどう見ても指揮した人間にもんだ……いや、何でも無い。」
 一人激昂しかけた(恐らくドイツメンバーの一人の)頭は、自らのNGワードによって、すぐに冷えた。
「まあ、何にせよ、この現状で奴らを排除するには金も力も不足しているのは否めん。」
「いや、力に関してはそれほど問題はあるまい? 幸い委員会メンバーと同郷の者は4人とも揃っている。そのまま早急に執務を引き継いで元通りに治めてしまえば良い。今回はトップが消えた間隙を突かれただけであって、本当に委員会から離れた者などごく僅かだ。それよりも問題なのは、奴らを排除する理由だな。」

 そう、そこが問題である。
 そもそも国連軍が介入してきた(表向きの)理由が、ネルフの作戦指揮能力の欠如にあるのだ。
 実のところ、国連軍からの介入要請は、正式ではなく水面下での話であれば、これまでにも幾度と無く有った。
 それは言い方こそ毎回変えていたが、要約すると「あんな経験の浅い者より、もっと熟練した指揮官にするべき」と言うニュアンスで一致している。
 まあ確かに、彼等の言い分は尤もである。戦場というものは普通の人間が考えうる最悪に過酷な状況をあっさり更新するくらい劣悪なモノである。こういった所では、冷静な判断力が保てないどころか、パニックに陥ることもけっして珍しくは無い。経験が浅ければ尚更だ。そして、誰が見ても、ミサトにその素養があるとは思えないのだ。
 だが、応対する委員会――の窓口係は、それに対し「使徒と言う正体も能力も不明の相手をするには、既存の概念に捕らわれない柔軟な発想が出来る彼女こそが相応しい。」という、尤もらしい言葉で全てを退けている。
 実際使徒が来るまでは国連軍も、その言い訳で(不承不承ながら)引き下がっていた。まあ、使徒の存在そのものに半信半疑な所があった為でもあるが……
 が、これも実際に使徒が現れ、会戦が開かれたことにより一転する。当然と言えば当然だが、国連軍からのアプローチが激しくなったのだ。
 国連軍曰く――
「あれが柔軟な発想による作戦か? ただ真正面に放り出して後はパイロット任せではないか!」

 ……まあ、あれを専門家が見れば、そういう風にしか見えないだろう。事実その通りだし……
 そして、次の2戦目も同じ様な事を繰り返した上、本部への進入まで許してしまった。挙句、3戦目の今回に至っては戦わずにして負けている。
 あまりにもいい加減かつワンパターンな指揮(?)ぶり……いくら委員会のお墨付きとは言え、もうこれ以上放っておくわけには行かない。国連軍では無くてもそう考えるだろう。

――そう、これは人類存亡を賭けた戦いなのだから――

 資金と権力をかき集める為の謳い文句が、そのまま国連軍が介入する口実になってしまったのだから、なんとも皮肉な話である。

「つまりは、国連軍の介入など不要であることを、確たる実績で示さねば、排除は無理と言う事であろう? だが、ここまで入り込まれてしまっては、ネルフのみで実績を上げることは難しくないか?」
 委員会唯一の生き残り、アメリカのメンバーが否定的な意見を出す。
 さもありなん。このまま国連軍――それも確たる実績を見せたアリシアが今後の使徒戦に介入するとなれば、これからの作戦指揮にも口出しされることは確実であろう。そう言い切れるほどにネルフの穴はデカいのだ――主にミサトの作戦の穴が。
 かといって、もはや監査だけでお帰り頂けるような状況ではない。ゼーレの力を以ってしても、そこまでゴリ押しは出来ない。
 事実、彼の元に届く国連からの報告は、甚だ芳しくなく、ネルフを国連軍に委譲させるべき。と言う意見まで出ている始末だ。
「では、どうする? ひとまず国連軍の席を作っておいて、頃合を見て消すか? あの小娘……確かロシア支部のサンプルであろう?」
 その言葉に呼応するかのように、空間に影像が浮かぶ。そこに写るは、まだ幼い少女……白銀の髪と桜色の眼を持つ――あばら骨が浮き出ており、かなり痩せてはいるが――それでも天使かと見誤る程に可憐な容姿をした……
(アリシア・パーソン!?)
 ゲンドウは目の前の女子像に少なからぬ驚きを見せた。
 だが、よくよく見れば、この影像の少女は10歳にも足りているように見えない。昨日見えたアリシアは、服の上からでも、女性としての成長の兆しが見えたが、今目の前に浮かんでいる少女からはそういった兆しが全く見られない。一糸纏わぬその身体は子供そのものだ。アリシアの妹か? いや――
「ああ……コチラでも散々探し回ってはいたのだがな。」
「2年前の連続襲撃事件か……あれで24箇所の施設を潰されたのだったな……なあ、あの時消えたサンプルが今アソコに居ると言うことはやはり奴の仕業ではないのか?」
「いや、あの当時御厨は日本から出ていない。まあ、ああやって2人揃って出てきた以上、無関係では無かろうが……」
 分かっている者同士の会話なため、主語が抜け落ちているが、ゲンドウにも大まかな所は理解できた。
(人間進化研究所の実験サンプルか……)
 ゼーレに関わる襲撃など他には無い。疑う余地も無かった。



――人間進化研究所――

 字面だけなら至極まともそうな施設であるが、無論そんな筈は無い。
 これは、エヴァから得られる細胞組織を、他の生き物に埋め込めば、能力強化が図れるのではないか? という、ある種の思いつき――そして、成果があるのなら是非自分にも――と、思い描いたであろう、故キール議長の発案によって『B計画』と呼称され、創設された研究所である。
 ネルフ程では無いにしろ、潤滑な資金。優秀な(但し悪魔に魂を売り渡した)科学者を揃え、更に実験用の人間まで常備した。無論非合法である。
 そこでは、エヴァ組織の投与は当然として、遺伝子操作、薬物投与、神経のショートカット手術……どれもこれも死ぬことが前提で行われたとしか思えない所業が次々と行われた。検体の末路に関してはわざわざ書くまでも無いだろう。
 まあ、結論から言えば、この研究は大した成果が得られなかった。
 エヴァと人間の遺伝子配列が非常に酷似しているとは言え、それを人間の中に取り込むには受け皿が小さすぎたのだろう。ごく僅かの被検体が辛うじて心臓が動いているだけで、他は全滅である。
 だがそんな中、奇跡的に大幅な能力向上を成した者がいた。らしい……少なくともゲンドウはそう聞いている。今より2年と少し前の話だ。
 詳しいことはゲンドウにも分かっていない。確か冬月が少なからぬ興味を示して、情報を仕入れていたようだが、スパコン並の頭脳という以外、大した事は分からなかった筈だ。いや、分からなくなったと言うべきか?

 その実験成功の報告から程なくして、かの施設は襲撃を受けたのだ。無論、秘密裏な上にゼーレ直轄の施設である。そのセキュリティも半端なモノではない。
 にも関わらず、中国の施設を皮切りに、ロシア、ウクライナ、ドイツ、アメリカと、関連施設を芋づるの様に順々と潰されていった。それも、かなり奥まで潜入されたことに気付かれず……だ。
 これには、調査員も報告を受けたゼーレも戦慄を覚えた。
 もし仮に、これが極秘潜入などで入り込んでの内部からの犯行ならまだ良い。腕の良いエージントなら、場合によっては上手く潜り込むことも不可能とは言えない。
 だが、外部からの直接進入となるとどうだろう? 無論、研究施設である以上、出入り口、搬入口以外にも、内部に侵入する穴が無いわけでは無いが、当然そこにもセキュリティは配備されている。
 そこを擦り抜け、内部の管制室をあっという間に制圧したその技量……
 さすがに最重要機密エリアにまで忍び込むことは出来なかったようだが(結果、力押しで侵入されているが)、それでも人間業とは思えない。
 ここまで常軌を逸していると、もはや犯人に心当たりどころの話ではない。正しく正体不明の怪人である。
 唯一、「あの男ならもしや?」と疑われたのが上述された御厨裕也であるが、コチラは日本国内で、彼にしか成し得ないであろう働きぶりによって、その存在が証明されている。
 つまり、要注意人物が少なくとも御厨以外にもう一人増えたわけだ……彼らにとっては頭の痛い話である。



「どうする? 始末するにしても攫うにしても、恐らく強力なガードが付いている。」
「まあ、そうだろうな……迂闊に手は出せん。」
「それにしても、こんな大事な時にわざわざ姿を現すとはどういうつもりだ?」
 困惑気味のメンバーに、他のメンバー達も同意する。
 今まで痕跡すら残さずに完璧な雲隠れをしていたにも関わらず、今頃になって姿を現す意味が分からない。
 まさかゼーレが忘れているなどとは思っていまい。そもそも、御厨ならゼーレとネルフの繋がりぐらい、とっくに看破しててもおかしくない。
「誘っているのか? 我々を……」
 不機嫌そうに一人が憶測を口にした。
「ふん……わざと手を出させて、そこから我らの元まで潜り込むつもりか? だとすれば、随分と甘く見られたな。それに自意識過剰だ。」
 別の一人がそう言って鼻で笑う。その方法は確かに、ゼーレの様な秘密結社には有効な手では有るが、それだけに使い古された手でもある。そもそも、この方法は相手が興味を持つような餌を用意する必要があるわけだが、はっきり言って、アリシアでは役者不足なのだ。

 そもそもあの研究所の最大の目的は、ゼーレの老人たちの老いと滅びを食い止める事にあった。彼女の持つ天才的な頭脳は確かに貴重ではあるが、それはあくまで副産物な代物でしかない。命題とも言うべき補完計画が実行に移されている今、ゼーレからすれば彼女に囮としての価値など無いに等しいと言えるのだ。

「そうだな……我々がわざわざ奴らのエリアに入ってやる必要など無い……いや、これは丁度良いのではないか?」
「何がだ?」
「アリシア・パーソン……あの女にぶつけてみてはどうか?」
「! そうか、あの女にか……」
 喝采とも言える声が上がる。
 名を口にしたくも無いので「あの女」呼ばわりだが、無論、「あの女」とはミサトのことだ。名前を上げずとも全員一致で直ぐに分かってしまう辺り、彼女の目の上のタンコブぶりが伺える。いや、悪性腫瘍か?
「確かに、アシリアであれば多少のハンデを背負っても使徒戦を乗り切れる確率は高い。」
「ああ、また「あの馬鹿」が暴走したとしても、彼女なら強力なガードがついている(筈)。そうそう死ぬこともあるまい。」
 己が請け負うのは、散々尻込みしていたくせに、他人に請け負わせるのには躊躇いが無いらしい。まあ、得てして人間そういうものだが……
 ちなみに、いつの間にか「あの女」が「あの馬鹿」に変化していたのだが、何の戸惑いも無く会話は正しく成立していた。
「しかし、ぶつけると言ったが、どうするのだ? まともにぶつけては「あの狂牛」など言いようにあしらわれるだけではないか? 作戦部長の座を降ろされでもしたら大問題だぞ?」
 とうとう人ですら無くなった。
「役割分担させるしかあるまいな……作戦立案を彼女に、指揮は牛に。」
 その言葉に、本日何度目かの沈黙が訪れる。
 それは、以前よりゲンドウが散々言及して、結局却下されたやり方であった。が、今回に限って反対意見は出ない。
 ゲンドウとゼーレでは立場が違うと言うのも理由の一つだが、根本的な理由は、やはりキール議長達と言う直接的な被害が出たためだろう。
 もはや形振り構っていられないと言うのは、ゼーレ全員共通の見解だ。自分に被害が及ばない程度にと言う制限付きではあるが……
「急ぎ国連軍との規約を纏める必要があるな……碇、草案は追って送る。君は指示通りに動け。余計な真似は不要だ。」
「承知しております。」
 やれやれ、やっと腹を決めたか……等と思いつつ、表面上は従順にやり過ごすゲンドウ。
「では、ここからは我々の仕事だ。ネルフ本部……ドイツの様にはするなよ?」
「……はい。」
 「それはあの女次第だ」と言うセリフをグッと堪え、ただ一言、無味乾燥に了承だけ告げた。
「ならば良い。細部の交渉はお前に任せざるをえんが、作戦部長の座だけは何としても死守しろ。良いな。」
「……はい。」
 これも正直難しいと言わざるを得ないが、まあ、交渉の席にミサトが着くわけでも無し、それなりの交換条件を用意すれば何とかなるだろう……それもまたゼーレが騒ぎそうで、頭が痛いが……
「ではこれで、本日の議会を終了する……と言うことで宜しいか?」
「ああ。」
「そうだな。」
 各モノリスが了承の声をあげた。議長が空席のままの為、グダグダな終わり方になるのも仕方が無い。足並みが整うのはまだまだ先のことになりそうだ。






「碇、戻ったか……どうなった?」
 戻って直ぐの問い質し……これを聞いて、自分が職場に戻って来れた事を実感してしまうのは、職業病だろうか?
「ああ、恐らく作戦部への介入は認めることになるだろうな。」
「! そうか……いや、多分その方が良いな。しかし、委員会がよく認めたな?」
「彼らとて自分の命は惜しい。ようやく現実が見えたと言うことだろう。」
「……そうだな。」
 正直、気付くのが遅すぎた感があるが、それでもまあ、頭の固いゼーレにしては上出来の部類だろう。

「失礼します」
 そこへゲンドウの帰還を確認したリツコが入室してきた。
 予期せぬ来訪者に、ゲンドウは少し意外そうな顔をする。
 まあ、彼が驚くのも無理は無い。ゲンドウが会議に参加した時を同じくして、MAGIの監査が始まった筈だからだ。あれから数時間……彼の見立てでは、今はMAGIの監査真っ最中で、リツコも当然そこに同席していると思っていたのだ。
「司令、MAGIの監査は5分程で終了しました。」
「何っ!」
「碇、信じがたい話だが、どうやら事実のようだ。言っておくが奴らが手抜きしたわけではないぞ。」
 予め、連絡を受けていた冬月もリツコの証言に被せた。
 あまりと言えばあまりの事に、さしものゲンドウも二の句が継げない。奴らの非常識ぶりは、先の使徒戦で存分に味わってはいたが、まさかソッチ方面まで規格外だとは……

「……アリシア・パーソンか?」
「はい……何か分かったのですか?」
「人間進化研究所の唯一の成功例らしい……」
「なんだとっ! それは本当か?」
 ゲンドウはそれに答えず、ドッカと椅子に座り込む。沈黙は肯定だ。
「そう……か、確かにそれなら辻褄が合います。」
「何がかね?」
「はい、実は……」

 ここでリツコは、既に故人である石狩ワタルなる人物に殺人容疑がかかっていた事を供述した。
 最初のうちこそ、その名にあまり聞き覚えの無かった2人は揃って「?」だったが、肺癌によって2年前に死去しているという辺りで、冬月の方は少し感づいた。
「まさか……あの男か?」
 若干冷や汗をかきながら、恐る恐る冬月が訊ねる。
「ここ3年、癌で死亡した職員は彼一人です。マギで確認しました。」
「誰だ? その男は?」
 一人蚊帳の外にいたゲンドウも輪に入ってきた。不吉な空気バリバリで、あまり入りたくは無いのだが、そうも言っていられない。
「御厨の息子の件だ。人選はお前だったろう?」
「……あれか。」
 ゲンドウも、驚きとウンザリを混ぜ合わせたような声色で、ボソッと呟く。
「足が付いていたのか……」
 呆然と冬月も呻く。
 だがそう考えれば、これまでのシンジの所業に、納得のいく部分も多い。
「碇、これは不味いぞ?」
 リツコも気付いたことだが、ここに来て真犯人を臭わせる様な振る舞いをするなど、明らかにコチラを煽っている。「3年前から既にお前達に目を付けていた」と言う意思表示にしか見えない。
 しかも、人間進化研究所の襲撃も御厨の仕業だとすれば、ネルフと委員会どころか、ゼーレの事まで掴んでいることになるのだ。それもここ3年間で立て続けに起こったことを考えると、その可能性は非常に高い。
 冬月は神妙そうな面持ちでゲンドウを見やる。
「問題無い。研究所の件は俺たちとは無関係だ。ゼーレの老人たちも、あれを表沙汰にさせるような愚は犯さなかった。ヤツの息子に関しては実行犯がもういない。どうとでもなる。」
「私もそう思います。むしろ問題は、彼が3年前から我々に疑いを持っていたことです……いったいネルフを何処まで調べてるのか……」
「レイはともかくセカンドチルドレンを調べることはそう難しくない筈だ。」
「……やはり司令も、シンジ君は御厨に送り込まれた者とお考えですか?」
 ゲンドウの言うとおり、セカンドチルドレンの情報を得ているのなら、それをシンジと関連付けることは、まあ出来なくは無い。
「まさか本当の目的まで……?」
「いや、それは無いだろう。だからこそ査察として乗り込んできたのだ。」
「だが、3年前のシンジ君とセカンドを見れば、パイロットとしての欠陥には気付いているのではないか?」
 慎重な性格の所為か、冬月は先程から不安要素ばかり口にしている。
 だが、彼がそう思うのも当然だろう。
 片や自己顕示欲が強く、切れやすい、自制が殆ど効かないセカンドと、内向的で自虐的、人の顔色を伺うことしか出来なかったシンジ……一見、両極端の二人であるが、精神の脆弱さと言う意味では同レベルである。無論、パイロットには向いていない。しかも、それを矯正しようともしていない。シンジに至っては、わざと追い込んでいるとしか思えない……実際そうだったが。
「……だろうな。」
 恐らく気付かれている。だからこそ鍛えられたのだろう。ゲンドウが苦々しく呟く。
「だが、それが意味するところは絶対に分からん。」
「確かにな。」
 あんな荒唐無稽過ぎる事に、推測など成り立つ筈が無い。12年前、初めて計画を明かされた時の冬月も、それを受け入れるのにしばらくの時間を要したものだ。

「赤木博士。」
「はい。」
「恐らく明日明後日頃には国連軍と交渉を行うことになる。向こうの要求は恐らく実戦での指揮権移譲だろうが、当然それを認めるわけにはいかん。無論、葛城一尉の解任も認められない。」
「やはりそうなりますか……ですが、それで納得するでしょうか?」
 今までなら権限で押さえ込むことも可能であったかもしれないが、今それをすれば、国連のバッシングは食い止められなくなる。最悪権限そのものが消失しまうかもしれない。それほどまでに国連でのネルフの評判は地に落ちている。
「折衷案は当然出す。最終的には作戦立案を向こう、指揮を葛城一尉に回す予定だ。」
「荒れそうですね……」
 リツコは以前、作戦に口出しして思いっきり睨まれた事がある。リツコですらアレなのに、部外者が絡んでミサトが納得するとは到底思えない。
「それでも抑えねばならん。」
「分かりました。何処まで出来るかは分かりませんが……」
「……頼む。」
 「任せる」では無く「頼む」――言葉の上だけとは言え、あのゲンドウにお願いされたことに、リツコは一瞬呆気に取られた。そして気を引き締める。
 意識的か無意識かは知らないが、この男からこんなセリフが出るくらい、現状は進退窮まっているという事なのだ。
「では私は仕事に戻ります。」
「ああ、ご苦労だった。」
 冬月が労いの言葉をかけ、一先ずネルフTOP3の会合はお開きとなった。



「さて、当面はこれで凌ぐとして、最終的にはどうするつもりだ? 恐らくゼーレはセカンドを計画に使うつもりだろう?」
 計画に必要なのは、エヴァ本体と心の弱いエヴァパイロットである。発案当初の予定ではシンジを使うことになっていたが、あれ程までに成長した彼を計画に使うのは、どう考えても不適当だろう。他に替えがいないのならともかく、良い具合に精神が歪んでいるセカンドチルドレンが居れば計画は事足りるのだ。
 だが、ゲンドウ達はそういうわけにいかない。ゼーレと微妙に最終目的が異なる彼らからすれば、計画にシンジと初号機を使うことが必須なのだ。正確にはレイでも良いのだが、彼女は先の機動実験で初号機に乗れないことが確定してしまった。
「今はこのまま使徒殲滅を優先する。動くのは、シナリオが本当に佳境に入ってからだ。」
「……間に合うのか?」
「奴らに関わらない範囲で準備はする。今気をつけねばならないのは、中途半端に手を出して、奴らに気取られることだ。」
「そうか……しかし、シンジ君はどうにか出来るかね?」
「……策はある。」
「そうか。」
 この男があると言うのならあるのだろう。大言壮語とハッタリの多いこの男であるが、自分と二人きりの時まで虚実を混ぜるような真似はしない。
 ただ、長年の付き合いから冬月は、『策はあるが、かなり不確定』であることも感じ取っていた。
(まあ、「所詮は子供」の一言で片付けないだけマシか……)
 少なくとも、シンジを過小評価せずに策があると言うのなら、まだ望みはある……筈だ。
(まあ、何にせよ……)
「これで少しは葛城君での被害が減れば良いのだがな……」
「……ああ。」
 そこに関してはアリシアの手腕に頼るほか無い。最早ミサトの改善はとうに諦めている二人であった。



To be continued...


(あとがき)

 あけましておめでとうございます……去年もやりましたね、これw
 そして、またやってしまいました。ゴメンナサイ。C−PARTまでもつれ込みます。
 本当はこの後、査察の結果とそれに関しての考察会議。そして交渉……と続くはずなのですが、そこまで書けなかった(泣) 
 というわけでその辺は次回……あまりにも描写するの難しかったら端折るかもしれませんが。
 それと、申し訳ありませんが、次回の投稿はきっと遅れます。ええ、ちょっとリアルで勉強しなければならなくなりまして……
 更新をもっと早くと感想くれた方には非常に申し訳ありませんが、御免なさい。数年後の生活に影響しますので、コッチ優先させてもらいます。
 こんなgdgdな状況ではありますが、忘れた頃の次作も読んで頂ければ幸いです。ではまた。


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