新世紀エヴァンゲリオン 〜Storm of Sophistry〜

第七話(A−PART)

presented by 地球中心!様


「たくっ、こいつら何時まで居つくつもりかしら? 調べるもん調べてとっとと帰りゃ良いのに。」
 苦々しげに、本日何度目になるかも分からないセリフを、ミサトは呟く。
 先ほどまで共に円陣を組んでいたリツコ他の主な面々は、方々に個室へと連れ出されていた。過去の使徒戦の経緯と詳細、及び基本的な運営を個々に調べた上で、矛盾の有無を確認するためである。
 ちなみにミサトは個人面談を頑なに拒否した。
 国連の一組織にしか過ぎないネルフの作戦部長が、国連本部から直に送られた査察官の事務要求を拒否……ハッキリ言って馬鹿である。
 彼女がネルフの立ち位置をどう理解しているのか知らないが、本来なら拒否など出来る身分ではない。それは自分自身の首を絞めているに等しい……はずなのだが――
 実際は「あんたらに話すことなんか何も無いわよ」と噛み付いたのに対し、査察官からの返答は「ああ、貴女は良いですよ。別に……」と、実に肩透かしなモノであった。
 それを舐められたと感じたミサトは更に不機嫌になるのだが、まあそれはどうでも良い話だ。事実、舐められているのだし……
 その為、現在発令所には彼女一人だけである。見張りすら付いていない。
 完全に蚊帳の外に置かれた状況に、いい加減痺れを切らしたミサトが、リツコ辺りのところへ乱入(本人曰く助け舟)しに行こうかとした矢先、ようやくオペレーターの3人が戻ってくる。ついでに査察官3名も。
「長かったわねぇ……で、何聞いてきたの? どうせどうでも良い事でしょうけど。」
「ああ、僕が聞かれたのはネルフに入ってから今までの経緯ですね。それと、当然使徒戦での職務内容……基本的には監査の人が報告書読んで、僕がそれに相槌打つくらいで。アチラさん、我々について相当細かく調べてるみたいです。」
 ミサトの嫌味を意図的に無視し、マコトは当たり障りの無い程度に状況を報告した。その間、しきりに背後の監査官に視線を送って見せ、迂闊すぎる発言を控えさせようとするのだが、ミサトは気付いた様子も気にする様子も無い。
「俺もマヤちゃんも似たようなもんですね。」
「先輩は……もう少し掛かりそうだって、私の担当の人が言ってました。」
「シンジ君の件で偽造報告してるからな……」
 マヤの陰鬱な言葉に、シゲルも何とも言えない表情になる。
 国連に限らず、政治的に大きな立場にいる人間が情報を詐称するのは、一般人と比べて遥かに重罪として扱われる。それは国家レベルの責務を預かる者としての当然の義務だ。
 普段からリツコに傾倒しているマヤだったが、今回の件はフォローのし様が無い。みるみる項垂れていく。
「まあ、赤木博士はそんなに心配要らないと思う。マギもエヴァも、あの人ほど最大限に活用できる人は居ないからな……恩赦が出ると思うよ。」
 マヤの尋常じゃない落ち込み具合に、慌ててシゲルがフォローを入れた。

 そんな様子を、ミサトは不機嫌極まりない表情で見詰めている。
 未だネルフは査察官に対して劣勢に立たされているままなのだから、彼女の性格からすれば当然我慢できる状況では無い。加えて、目の前のオペレーター達がそれを当然の報いであるかのように振舞っているのも拍車をかけている。
 ミサトには到底納得できない。自分は人類を救うために戦っていると言うのに何故この様な扱いを受けねばならないと言うのか? 何故こいつらは人類の敵である使徒を殲滅する邪魔をするのか?
 それは彼女の中だけの一方的で自己中心的な義憤。
 客観的に言えば、今のネルフの扱いは、「人類を救うための戦い」としてはお粗末過ぎたことを考慮すれば当然であるし、「使徒殲滅の邪魔をした」という言い分においては、わざわざ指摘するのも恥ずかしい。
 結局のところ、どこまで行っても自分の都合でしかモノを考えられないのだろう。
 それは、彼女が元来持つ性格に加え、ネルフの掲げる大義名分と、それを押し通せる権力が合わさってしまったことにより生じてしまった、大きな大きな歪み。
(ふっざけんじゃないわよっ)
 本日何度目になるか分からない、感情の沸点を超えようかと言うその時、ようやくリツコが戻ってきた。裕也をとシンジを含む監査官の大多数と――
「なっ、なぁーっ! あんたっ、何でここに居んのよっ!」
 忘れようとも忘れられない白銀の髪と桜色の瞳。
「アリシア中佐……」
 マヤが呆然とその名を口にし、ニッコリ微笑み返されて顔を真っ赤にしてうろたえた。
 モニター越しに見た時もその美貌にじばし時を忘れたものだが、こうして直に見ると、その美しさはより輝いて見える。
「マヤ?」
「へ? あっあああっ、お、お帰りなさい先輩。」
 しどろもどろなマヤの挨拶を目で答え、リツコはアリシアを誘う。
「こちらです。」
 そういって、リツコは何時もは自分が座っている座席を引いた。そこへ当然の様にアリシアが座る。
「って、この小娘! 無視してんじ……ぅ」
 己の咎めを完全にスルーされたミサトが更にヒートアップしかけたが、そこへ唐突に沸いてきた、とんでも無いプレッシャーに晒され、さしものミサトもそれ以上口を開くことは適わなかった。
 全てを凍て付かせるかのようなプレッシャーの発生源――過去、前々回の使徒来襲の際、シンジが発令所に対して浴びせかけたアレを彷彿とさせるその圧力は、他ならぬ裕也の仕業であった。
 ミサトは当然、哀れにも巻き添えになった他の面子も揃って身動きが取れない。
「いい加減自分の立場と言うものを理解してもらいたいのだが? ……もう言うだけ無駄か。」
 裕也はプレッシャーを抑えぬまま、つまらなそうに呟き、続けて、ようやくマギの監査に入れることを宣言した。
「マギを扱うにはそれ相応の能力が無ければ査察も出来ない。彼女は作戦指揮官でもあるが、本職はコッチだよ。」
「マヤ、中佐殿のサポートに回って頂戴。」
 リツコが指示を出す。その行為に別にこれと言った意味は無い。ただこう言った場合、直属のスタッフがサポートに入るのは、技術者同士のマナーであるからだ。
 勿論、マヤ一人付けたところで、マギの最も秘匿とする部分には決して入り込めないであろう自信があってこその善意ではある。だが――
「いえ、この程度なら一人で十分です。」
 確かめるようにキー操作をしていたアリシアが事も無げにのたまう。
 ネルフの要とも言えるマギをこの程度呼ばわりされたことに、少し表情を変えたリツコだが、そこまで言うならと、完全傍観を決め込んだ。腕組をしたその目は非常に挑戦的である。
 その横で査察官の一人が、マイクを設置する。
「……あの、アリシア中佐。これは?」
「ご覧の通りマイクです。勿論、ただの……ではありませんが。」
 思わせぶりなことを言う。
「まあ、見てれば分かりますよ。」

「それでは……ああ、あまり耳には宜しくないので、少し離れてた方が良いですよ。」
 アリシアの忠告に、マヤは素直に従った。
 リツコは一歩だけ下がったが、あくまでアリシアの能力を見届けるつもりだ。それ以上は退かない。
 ちなみに、退いたマヤのスペースにミサトが齧り付いて来たが、アリシアを始め皆も気にした様子が無い。それどころか後ろに控える査察官たちが、小さく鼻で笑ったのに、リツコは妙な悪寒を感じる。
「では……」
 軽く宣告し、アリシアはキーボードに、爪の先まで繊細な指を走らせる。
((((速いっ!))))
(けっ!)
 そのスピードはリツコに勝るとも劣らない。皆心内に驚嘆の声を上げる……まあ、約一名鼻を鳴らすものも居るが……
 が、真に驚愕するべきはそこでは無かった。アリシアはタイピングのスピードを全く落とすこと無くマイクに口を寄せる。そして――

ピイイイイイイイイイイイイイィィィィィ!

 突如電子音が鳴り響く。
「うわっ!」
「きゃっ!」
「ウッキャァッ!」

 イキナリな高周音波に、皆耳を抑え身体を仰け反らせる。特に齧り付きだったミサトは、一際デカい叫び声をあげて、盛大にぶっ飛んでいた。
(っ! これはハウリング? じゃない!……まさか、マシン語!?)
 床でのた打ち回る旧友を目の端で捉え、更に数歩下がりつつもリツコは必死に状況を分析する。彼女の推測を肯定するかのように、モニター上を滑る文字群のスピードは、最早肉眼では追えなくなっていた。
 リツコは冷や汗をかきながら固唾を呑んで見守る。正直に言うならば直ぐにでも止めたいところなのだが、立場的にも実力的にもそれは不可能である。
 アリシアは、手の肘から先をブレさせながら、着々と作業を進める。
 一音で5000語に匹敵すると言われるマシン語を駆使した、尋常じゃないスピードのプログラミングは、裏コードでも駆使しなければ決して追いつけないはずのMAGIの解読を容易に可能なものへとさせている。このままだと恐らく後2,3時間で――

「……終了です。」
「……はっ?」
 アリシアは、涼しい顔で裕也に完了を告げた。
「…………」
 早い。リツコの見立てを軽くブッちぎる早さだ。
 あまりと言えばあまりな出来事にリツコも固まる。
「ああ、お疲れさん。後で報告書に纏めて出してくれ……ドグマの件を最優先な。」
「了解です。それと大佐……」
 裕也はアリシアの言に少し首を傾げ、ああ自分は大佐だったと思い当たる。
「どうした?」
「例の件は、監査とは異なりますので、別件として改めて許可を貰う必要が有りますが……」
「「!」」
 アリシアの意味深なセリフに二人は一瞬たじろぐ。裕也と……シンジだ。
「どうします?」
 そのセリフにシンジは裕也を見た。そして裕也は――

「……赤木博士。監査結果は後日ミーティングを開きたいと思います。が、その前に……これは中佐も言ったように別件なのですが、とあるツテからネルフ内に逃亡中の殺人犯が紛れ込んでいるとの情報がありまして……」
「あんですってっ! ざっけんじゃないわよ! 人類のために戦ってるネルフにそんなの居るわけ無いでしょうがっ!」
 いつの間にか復活したミサトが早速食って掛かる。這い蹲ってる間に記憶がリセットでもされたのか、先ほど視線だけで口を封じられたことは忘れているらしい。
「犯人のモノと思しき音声データがありますので、こちらのデータベースに照合したいのです。確か、こちらの職員は指紋や虹彩の他に、声紋も登録されているとか。ならば、データベースにかければ、ほんの数分で判明します。いなければそれで良し、ですがもし本当に犯人が紛れ込んでいるとすれば一大事です。」
 ミサトの暴言をあっさりと無視して、裕也はリツコに許可を迫る。
「……分かりました。許可します。」
「ちょっ、リツコ! 何考えてんのよ!」
 当然と言えば当然の許可なのだが、ミサトは猛烈に食いついた。
「何を考えてって……大して手間の掛かることじゃないし、別に断る理由も無いもの。それに犯人が居なければそれで良いけど、もし万が一本当に隠れていて、それが後になって知れたなんてことになったら目も当てられないわよ。結果的にネルフがその犯人を庇った事になるんだから。」
「…………」
 理路整然と、文字通り「何考えている」かを説明されたミサトは押し黙るしかなかった。そもそも本人こそ何も考えていなかったのだから、何も言い返せるわけが無い。
「では早速。」
 とりあえず了承を貰ったアリシアが検索をかける。
 固唾を呑んで見守る面々。近くに殺人犯が居るかもしれないということも有り、先ほどとは少し異なった緊張が漂う。
 数秒のキータッチで、画面に物凄い勢いで顔写真が切り替わりまくる。
 そして、結果はアッサリ出た。
「……居ました。声紋が99.89%一致しています。」
 画面には一人の男が細かいデータと共に表示されている。
 細面に蛇のような目、口はしっかり閉じているのに何故かニヤけているように見える。危なげな雰囲気と軽薄そうな空気を併せ持ったような男……あまりお近づきになりたいタイプではない。
「諜報部、石狩ワタル……」
 マコトが呻く様に名を読み上げる。その表情には、信じられないという想いと、ああやっぱり……という受け入れる気持ちが両立していた。
 シゲルは表向き表情に変化が無い。変に理想を抱かない彼からすれば、この程度のことも十分に現実の範疇なのだろう。寧ろ、自分と全く接点の無い人物だったことにホッとしたくらいだ。
 ちなみに真っ先にうろたえると思われたマヤだが、予想に反して、心底嫌そうな顔をしているだけに留まっている。実はこの男にはネルフに入りたての頃、セクハラ行為を受けており、甚だ心象が宜しくなかったのだ。
 まあ、そういう前科も有るお陰で、石狩ワタルが殺人犯だとアッサリ納得してしまえたのだから、人生が何が幸いするか分からない。
 因みにミサトは、ネルフの看板に泥を塗ってくれた、画面上の男を睨み付けている。

 他者多様に現実を受け入れ始める中、一人心中穏やかではない人間も居た。リツコである。
 腕組をしながら、眉間に皺を寄せて、リツコは画面上の人物詳細を食い入るように見つめる。
(まさか……)
 どうにも嫌な予感が、記憶と共に頭を過ぎる。
 その根源――詳細末尾に記載された「2012年12月X日、肺癌を患い死亡」を何度も黙読しながら一人思案し、はたと思いつく。
(確か、例の子供を殺すのに使った男も癌じゃなかったかしら?)
 例の子供……それは他ならぬ御厨裕也の息子、祐樹のことである。
 計画の都合上、御厨祐樹を殺害したことは、リツコも聞き及んではいた。
 だが、祐樹を殺したのが石狩ワタルかどうかはリツコにも分からない。そこは知らなくても良い事なので聞かなかった。
 代わりに彼女が聞いたのは、この事が御厨裕也本人にばれる可能性である。
 確かその時、副司令は「あえて余命幾ばくも無い癌患者を使ったよ……本人は知らなかったろうがね。」と言っていた筈だ。

 リツコのこめかみを汗が伝う。
 確証は無い。が、偶然を語るには状況証拠が揃い過ぎている。
 そして、もしリツコの予想が当たっていた場合、最早取り返しのつかない所まで事態が進行している可能性が大だ。
(わざわざモニターに犯人さらすって事は、そういう事よね……)
 この事を司令たちは知っているのだろうか?
 恐らくいつもの部屋で対策を練っているのだろうが、リツコにはそれがとても時間の無駄であるように思えた。



「……すでに死亡か。」
 可能性としては十二分にありえた事であるが、それでも出来れば表舞台でキッチリと決着をつけたかった。
 裕也は少しシンジへと意識を向ける。
 なんとも判別の付かない、抑え切れない何かを滲ませる少年がそこに居た。一見、静かに佇んでいるように見えて、実は爆発一歩手前であることが手に取るように分かる。
 同年代の少年に比べれば遥かに成熟しているであろう愛弟子だが、それでも裕也からみればまだまだ精神的に未熟だということだ。
 もっとも、そこまで昂ぶっている原因は、己の息子の為である。裕也からすれば感謝の念こそあれ、それを窘める気にはならない。
「……シンジ、今日はここまでだ。部屋に戻って休んでおけ。」
「……分かりました。」
 裕也の小声に不承不承と言う感じで退出する。本心からすればこのままゲンドウの元へ襲撃に行きたいのであろうが、そこはグッと堪えて……という感じだ。

「後で慰めに行きますね。」
「……頼む。」
 仇の実行犯が死亡済みだったため、シンジの怒りの矛先が無くなってしまった。放って置いても平静を取り戻すだろうが、ここらで気を許した仲間に労って貰うのも良いだろう。
 裕也はアリシアのフォローを有り難く頂戴することにした。

「それでは皆様、通常の職務に戻られて結構です。先ほど御厨大佐も仰いましたが、監査結果は後日追って通達しますので……では。」
 アリシアはそう言い残して、さっさと退室してしまった。裕也と監査員達も後に続く。
「ああ、言い忘れてましたが貴方達がサードチルドレンと呼称している碇シンジ君……本日より西居住区のワンルームに部屋を替えましたので。お間違えの無いように。」
「……え?」
 サラッと出た裕也の、ちょっと予想していなかった爆弾発言に、リツコは戸惑う。他の職員たちは声も出さない。
 予想外もさることながら、シンジの扱い方は「貴重なエヴァパイロット」と「殺人犯」の間で揺れている微妙な問題だったため、皆、頭の中で肯定も否定も出来なかったのだ。
「なぁっ! ちょっとあんた! 人殺しを野放しにするなんてどういうつもりよ! あんな危ない奴独房に入れとかなきゃ危険でしょーがっ! たくっ、そんなことも分かんないなんて何考えてんだか……不許可よ、サードチルドレンの管理は内の権限で行います。部外者が勝手なことしないで!」
 そんな中、ミサトは猛然と反発する。
もっともそれは殺人犯として見た場合正論だが、パイロットとして見た場合は間違っている。まさしく、かなり「殺人犯」側に重きを置いているミサトならではの発言だ。
 最も、本来彼女の立場からすれば、シンジのことはパイロットとして見なす他無いはずなのだが……
 ミサトの発言に裕也は呆れ顔を隠すことなく、静かに反論を叩きつける。
「その殺人犯に頼りきりになっているのが今のネルフの現状だと言うことを理解しているのかね? それに普段監禁していようと、肝心の使徒戦まで拘束は出来まい。彼の技量なら君たちが手を打つ前にエヴァの力を以って発令所を潰す事だって可能だ……今のところ、彼も大目に見てくれているようだが、これからもそうだと言い切れるかね? そもそも彼は使徒戦に間に合わせられなかった君たちの尻拭いをしてくれたのだろう? もう少し敬意を払ってしかるべきではないのかな? ついで言うと、彼の移住は国連での決定事項だ。これを覆す権限はネルフには無い。司令にも通達済みだ。」
 要請ではなく通達。ネルフと彼らの力関係が如実に滲み出る言葉だ。
 ミサトの怒りに歪んだ目を真っ向から受け止めながら、裕也は当然のことの様に宣言する。
 対するミサトも憤然と裕也を睨み付けるが何も言い返さない……いや、言い返せない。
 彼の言っていることに納得したから……という訳ではない。
 裕也と似たような事を以前にも耳にした事を思い出し、少しデジャブを感じたのだ。
 因みに、以前に裕也と似たような事を言っていたのはミサト本人なのだが、そこまでは思い出せていないらしい。
 何とも言えない違和感に少々言葉を詰まらせるミサト。
 その間を縫ったわけではないだろうが、裕也は黙り込んだミサトに見向きもせずさっさと退出してしまった。



「ああああああ……アイツ、好き勝手言ってくれちゃってぇ〜」
 しばらくして復活したミサトは、裕也が居なくなったのを良い事に、今までの鬱憤を晴らすかのように文句と悪口を呟き始めた。
 最初のうちは「監査官だか何だか知らないが」だとか、「国連本部だからって偉そうに」とかブツブツ言っていたのだが、その内ミサトの頭の中で、だんだん裕也が悪者化してきたらしく、「どうせ出張費とかで経費を誤魔化すために来たんだ」とか、「アイツは子供に色目使う変態で、あのガキを狙ってるのねっ! 公私混同も甚だしいわ!」とか、色々痛い妄言を撒き散らし始めた。
 悪事の内容が微妙にセコイところがまたミサトらしいが、さすがに放って置いては色々問題がある……彼女一人の問題なら(怒りの矛先がコチラに向くのも嫌だし)無視するのが最善なのだが、彼女を止めなかったことで自分たちまで同意見と見なされる恐れもある。
(仕方ない……)
 シゲルは事態の沈静化を試みることにした。

「葛城さん、あんまり度が過ぎると名誉毀損で訴えられますよ? 立場も向こうの方が上ですし。」
「はっ、何が名誉よっ! 本当のこと言ってるだけじゃない。」
「……本当の事でも名誉毀損は成り立ちますよ。と言うより、最後の色目云々は根も葉も無いじゃないですか。マズいっすよ。」
「なぁに言ってんのよっ! あのガキの処遇は司令直々に決めたことなのよ。ネルフのトップで実の親が良かれと思って取り決めたことなのに、ただの査察官の分際で口出しして良い事じゃないでしょうが! 公私混同なんて言われても当然よ!」
 現実は、ゲンドウはシンジの事など、これっぽっちも想っていないどころか多分に敵視しているし、聡い者は薄々感づいてはいるのだが、残念ながら彼女がそれを認識するには、親子という物に幻想を持ち過ぎていた。

 それを敏感に察知したシゲルはこの場に最も有効なカードを切る。
「……葛城さん、御厨大佐もシンジ君との接点はあるんですよ。それも結構大きな。」
「え? そうなのか?」
 思いもよらなかった新事実に、マコトが食いついた。マヤも驚きの表情を見せている。
「ああ、シンジ君が3年前に殺した少年……名前知ってるか?」
「え? いや?」
 確か以前見たような気もするが、マコトには思い出せそうも無い。マヤもコメカミに指を当てているあたり、思い出せないようだ。
「……御厨祐樹だよ。」
「っ、え? まさかっ!」
「息子さんなんですか?」
 各々驚愕の顔でシゲルを見やる。ミサトですら、この事実に驚きを隠せない。
 それはそうだろう。現状をそのまま解釈すれば、シンジに息子を殺された父親自身がシンジを擁護したことになるのだ。
「ちょっ! そんなはず無いでしょっ! それだったらあのガキはアイツの仇じゃない! なんで……」
「今は仇とかそういう個人的な問題を表に出すべきでは無い。そう考えてるんじゃないですか?」
「今後の使徒戦の為にもシンジ君を釈放させた方が良いと考えたって事か……」
「ああ……」
 シゲルもマコトの結論に相槌を打つ。
「凄いですね……私だったらそんな風に受け入れられるか自信が無いです。」
 隣でマヤは裕也を賞賛しつつ、己の弱さを吐露する。
 そして、これを期にシンジが少しでも更正してくれれば……何も知らないマヤは切にそう願う。
 反面、ミサトは納得いかなそうな顔で足元を睨み続けていた。

(大事を取るために私情を捨てる……か。ミサトの場合、復讐心が先行しがちだし、認めがたいんでしょうね。)
――まあ、そこまで意識してるわけじゃないんでしょうけど――
 シゲル達の語らいを横目で見ながら、リツコはミサトの心情を分析する。
(まあ、何にせよ、静かになってくれるのは有難いわね。)
 放っておくと自分のところへ直に愚痴を零しに来るのは目に見えていたので、シゲルの合いの手は実に有難かった……まあ、シゲルが言わなければ結局リツコが言うのだが……
 最も、シゲルの推論も近日中に崩れるかも知れない。
 わざわざ顔写真を晒したのだ。3年前の事件の真相が表舞台に出されるのは時間の問題である。そうなれば、シンジの冤罪も立証され、裕也の私情云々は関係無くなる。
(いや、そうでもないわね……恨みで行動起こすなら3年前に既に起こってる筈だし……ネルフへの介入を優先させたのなら、やっぱり私情を抑えたというべきかしら?)
 だんだん、リツコの憶測も形になってきた。

 リツコの予想通りなら、シンジの濡れ衣は3年前に既に判明した上で、逮捕した(というよりネルフから引き離した)可能性が高い。
 そして、その事実から察するに、裕也はその時点で既に、シンジとネルフの関連性を突き止めていたと思われる。
 そう考えねば、今のシンジの強健ぶりが説明できない。明らかにシンジが戦いに巻き込まれることを想定した鍛えられ方をしているのだ。
(あの石狩って男がしくじったのかしら?)
 リツコは漠然とそう思う。証拠として音声データがあったようだし、明らかに何か痕跡を残したことは想像に難くない。
 そして、その最初の取っ掛かり――シンジとネルフの関連性を捕まれなければ、恐らく今こんな状況には陥っていなかっただろう。
 逆に言えば、その取っ掛かりさえ掴めば、ネルフ>エヴァ>チルドレンと言う方式を見つけるのはさほど難しくない。あくまで御厨裕也の力を以ってすればだが。
(問題は彼らがこれからどういう行動を起こすかよね? 査察ならいずれは引き上げなければならない……でもここまでしておいて、それは無いわよね……)
 彼らがこの機会を逃すとは思えない。恐らく継続的な介入を試みるはずだ。
 そして困ったことに、能力的にはその介入を拒むことは困難である。

 MAGIの記録を数分で総ざらいして見せた技術能力。
 まるで無人の道を突っ切るかのように、発令所まで進入して見せた隠密能力と武力。
 そして、エヴァを用いず使徒を葬った作戦能力。
 能力だけ見れば正直喉から手が出るほど欲しいモノばかりだ。拒む理由が見当たらない。加えて、前日にミサトの無能力ぶりを全世界ネットで晒してしまっている。
(彼らの介入……避けられないかもしれないわね。)
 リツコは半ば確信的にそう思った。



 時を同じくして、ゲンドウと冬月も、リツコと同じ見解に至っていた。
「碇、どうする?」
「奴らを排除する申請は出しておく。ゼーレそのものが消えた訳ではないからな。」
「だが、老人たちの弱体化は確実だ。今まで通り国連を抑えられると思うか?」
「駄目ならそれでも構わん。その時は使徒戦で役立って貰うまでだ。何ならドグマを見せてやっても良い。こちらの腹を探りたいのなら、好きに探らせてやるさ……別腹だがな。なに、奴らがどれほどネルフを探ろうと、計画には行き着かん……問題ない。」
「だといいがな。」
 そして部屋に沈黙が満ちる。と、机の上のホットラインにランプが灯った。
「早速のお呼び出しか……」
「ああ、冬月、後は頼む。」
 そう言って、ゲンドウは返事を聞くことも無く、隠し扉の奥へと消えていった。



To be continued...


(あとがき)

 こんにちは、毎日毎日暑いです。
 前回の2月中旬から時間目一杯、半年間使っての第7話前編……やっと出来たorz
 しかも短いしorz
 続きを書けとコメントくれた人、遅くなって申し訳ない。次はもっと早く……とは多分ならないけど、絶対書くので!

 さて、次回後編は、メンバーの減ったゼーレとの緊急会議がメインになります。その後アスカ再登場……かな? 実はまだ意識不明なんですけど。
 それではまた。


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