使徒殲滅――ネルフでは無く国連軍が、それも通常兵器を以ってそれを成した事は、全くの予想外であった。
 明らかにシナリオから逸脱した事態。この件により、恐らく今後、文字通り鬼の首を獲った国連軍が、ネルフに対し幅を利かせてくることは必然であろう。
 頭が痛いこと限りない事態ではある。だが、ここへ来ても尚ネルフ上層部は、まだそれほど焦ってはいなかった。
 何故なら、今回の使徒戦は海外で起こったからである。

 本来使徒は日本の第三新東京市を目指して来るモノであり、ネルフは基本、彼らを待ち受ける方向で体制を整えてきた。これは国連内に於いて暗黙の了解である。一応緊急用と想定外な事態に対して遠征用の必要最低限の設備は整えていたが、これは殆ど、世間一般に対する建前の様なものである。
 実際、多少の遠出はあっても、海を渡って海外へ行く事など、使徒の特性と諸外国の思惑からして(誰も自分の国を戦場にはしたくない)ありえないだろうと思われていたのだ。まあ、当然の思考だが。
 だが、今回はその思惑をぶっちぎってのドイツ訪問。これではネルフが出遅れるのも当然である。もし、今後もこういう事態が続くのであれば、ネルフの肩身はさらに狭くなることであろう……が、最早同様の事態には陥るまい。ゲンドウも冬月もそう確信していた。

 最初は、さしものゲンドウですら困惑した。有り得ない事だと現実を否定する(それこそ使徒の名を騙った某国の巨大兵器の侵攻とまで妄想を張り巡らせていた)ゲンドウであったが、よくよく考えれば使徒の目指す本命こそがドイツにある事を思い出す。何故それが今回に限ってばれたのかは不明だが、原因さえ分かれば、もうそれ程慌てることでも無い。
 なにせ、その原因は近日中に弐号機と共に渡来することが決定しているのだ。
 となれば、もうどうと言うことはない。今まで通り、エヴァを用いての使徒殲滅戦に戻るだけだ。もう国連軍に横槍を入れられることも無いだろう。
 確かに国連軍の作戦は見事だったと言える。だが、あれは使徒が機動力を端から捨てていたことと、ドイツ支部が郊外地であるからこそ執れた作戦だ。
 恐らくあの様な作戦は、もう二度と執れまい。これが彼らにとって唯一無二の活躍できる舞台だったわけだ。そしてまず間違い無く、それは国連軍自身も承知しているはずだ。故に奴等はこの機会を逃さず、ネルフに介入することを画策してくるはずだ。
 ならば、向こうの出方を待つ必要など無い。
 幸いと言うか、国連軍は使徒に群がっている。
 今回、全く良いところが無かった(と言うより悪いところだけが目立った)ネルフには、何も言えないだろうと高を括っているのだろうか? いや、ネルフの総司令の豪腕ぶりは良くも悪くも有名だ。寧ろこれは挑発の部類かもしれない。
 何しろ、これまでのネルフには、他国や他組織の権利や資金を(委員会経由とはいえ)特務権限と使徒攻略の実績を盾に強引に奪ってきた前科がある。
 今回の使徒殲滅を皮切りに、国連軍が逆襲に乗り出すことは、けしてありえぬ話では無い。

――良かろう、その挑発に乗ってやる。

 ゲンドウは受話器を取り、回線を繋ぐ。もし仮に国連軍の目的が使徒ならば、たとえ緊急回線と言えども、そう易々と繋がりはしないだろう。だが、目的がゲンドウの予測通りならば……
 待つこと数秒、程なくして回線は開かれた。
(やはり……な)
 相手は真っ向からネルフをやり込める気でいる……ここまではゲンドウの想定内だった。だが――

「碇総司令。緊急回線での応答とは如何いたしました? もう戦闘は終了致しましたが……ああ、挨拶が遅れました。私、国連総本部より今作戦の指揮を承りました、アリシア・パーソン中佐であります。」

「…………は?」
 見目麗しい美少女という予想だにせぬ人物像に、ゲンドウは見ようによっては愛嬌のある、実に間抜けな声で答えた。



新世紀エヴァンゲリオン 〜Storm of Sophistry〜

第六話(C−PART)

presented by 地球中心!様




 シンと静まり返った発令所を見渡し、このリアクションもいつものことだとばかりに少し苦笑した少女は、その幼い顔立ちに似合わぬ大人びた微笑を浮かべる。
 見事なほどにフリーズするネルフの面々。あのゲンドウまでもが凍り付いている。
 空虚な時間が流れる。10秒、20秒……
 そんな、どうとも言えない空気を吹き払ったのは、やはりと言うか、よりにもよってと言うか……病的に空気を読まない例の女であった。
「ちょっと、そこのクソガキ! あんたなんか御呼びじゃないのよ! とっとと責任者を出しなさい!」
 所属が違うとは言え、2階級上の佐官に対して信じられぬ暴言。誰かと問われるまでも無い。勿論ミサトである。
 いつもなら(恐ろしいことに今までにも稀にあった)リツコあたりが慌てて止めに入るのだが、今回はそれも無かった。彼女自身、目の前の少女が中佐だと言われても、はいそうですか、とすんなり受け入れられる事では無かったのだ。
 止めに入る知人が止めない。その事に俄然勢い付いたミサトは、良くそこまで暴言が吐けるものだと感心してしまう位に、ありとあらゆる角度から、モニターに映る少女を侮辱する。
 エヴァの専門用語は全く覚えないくせに、その暴言のレパートリーの広さには凄まじい脅威を感じる。
 きっと、今のミサトには目の前の少女の姿、言動、仕草全てが癇に障るのだろう。
 さすがにこのままでは上官云々別にしても人として不味い。その事にようやく思い立ったリツコが慌てて止めに入った。
 泣かせてしまっただろうか? リツコは横目で少女を確認するが、予想に反して彼女は最初と全く変わらぬ穏やかな表情のままだ。気丈に振舞っているようにも見えぬ完全な自然体。
 全く底の見えぬその態度に、ここへきて、ようやくリツコは、このアリシアと名乗る少女が、本当に責任者である事を容認し始めた。
 どうにも正体不明な手合いではあるが、広い世の中にはこういう輩も居るのだろう……そう結論付けることにしたのだ。シンジに出会う前ならば、まずあり得ない発想だったであろう。
「ちょっと、リツコ! 何で止めんのよ! ああいうフザケたクソガキにはガツンと言ってやんなきゃ分かんないのよっ! まさかリツコ、あんなガキが本当に指揮官なんて思ってるんじゃないでしょうね?」
 まだ怒りが収まっていないのか、ミサトは止めに入ったリツコに猛然と抗議をする。
(あんな品の無い悪口で何を分からせようと言うのかしら……?)
 相変わらずなミサトに多量にゲンナリしつつ、リツコは今のミサトの立場を分からせようと耳元に口を寄せる。
「別に赤木博士は私が責任者だから止めたわけでは無いと思いますよ? 葛城作戦部長。」
 そんなリツコに横槍を入れてくる者が居た。誰であろうアリシアである。
「何よ! へらへらしながら訳分かんないこと言ってんじゃないわよ!」
「ミサト!」
 相手の言葉に過敏な反応を見せるミサトにリツコは内心頭を抱える。全く余計なところでチャチャを入れてくれた。ミサトは今更だが、あの少女も随分空気を読まない娘だ。
 そう思ったリツコだったが、この後のアリシアのセリフに、己の人物鑑定が非常に甘いものであった事を痛感する。
 アリシアはミサトの癇癪の間隙を縫って更に言葉を連ねた。
「赤木博士が危惧したのは貴方の汚すぎる発言です。私が何者であろうとこの回線が国連での正式な緊急回線であることには間違いありません。当然録音もされています。お分かりですか? トップである碇総司令からのコンタクトにも関わらず、尉官でしかない貴方が横からしゃしゃり出てきて何を言うのかと思えば、殆ど聞くに値しない誹謗中傷……凡そ作戦部長という立場に立つ人間に相応しい言動とは言えません。これは貴方の人格は元より、その様な人物が部長を務めているネルフの品格そのものまで疑われる事なのですよ?」
 お分かりですか? と言外に含めた笑みでミサトを見下ろす。対するミサトは、さすがにその意味くらいは理解したらしい。グッとその口を噛み締める……その視線は更なる憎悪を以って少女を睨み付けたままだが……
 リツコはそんな二人の状況を確認しながら、ミサト付いてはネルフが、実に効果的に追い込まれていることを実感した。

 確かにアリシアの言は、まんま、リツコがミサトに言いたかった事そのものである。
 だが、それは身内から、ミサトにだけ伝えるべき事だ。間違っても、発令所の職員全員に聞こえるように大声で言うことでは無い。
 おかげでそこかしこからの視線が少し痛い。きっと彼らは、ミサトの暴言を「いつものこと」程度にしか認識していなかったのだろう。似た様な経緯が過去有ったにも関わらず、ミサトが全く変わらず部長職に就いているので、皆、感覚が麻痺していたのだ。実に恐ろしい話である。
 だがその認識もアリシアの一言で完全に覆された。今時連帯責任を取らされる事など無いだろうが、仮にも幹部職に就く人間の起こした不祥事だ。先の戦闘機強奪逃走事件も含めれば、ネルフの権威は地に落ちると言っても良い。最早、自分は関係無いと言い逃れる事は出来ないだろう。
 実に恐ろしい少女だ。リツコはそう痛感する。
 今のやり取りでミサトの既にどん底であった権威と信頼を、更に掘り進めてしまった事だろう。これらを全て計算づくでやってるのだとすれば、ミサトへの意趣返しだとしても、彼女は見かけによらず相当性格が悪い。
(目的のためなら完全に感情を殺せるタイプね。ミサトとは正反対……そういう意味では司令と同類だけど……)
 つまりはミサトにとって、苦手意識のある最も相性が悪い相手と言うことだ。最も、この手のタイプが得意と言う人間は、そう滅多に存在しないだろうが……

「アリシア中佐、使徒に関する情報取得権は全てにおいてネルフが優先される。即刻退去して頂きたい。」
 小娘の土俵に引き擦り込まれている。その危機を察知し早々に復活したゲンドウは、早速要求のみを突きつける。
 使徒殲滅に関する謝辞も尻拭いをして貰った事への謝罪も無い。
 正にゲンドウ節全開である。あくまで上から目線を崩さないその姿勢は、ともすれば非常に頼もしく見えるのかも知れない。最も、先ほどのアリシアのセリフを痛感した職員たちは、戦々恐々だが……

「それはおかしいですね。今回の国連本部からの任務内容には、使徒の徹底分析も含まれています。正式な書類も受け取っておりますし、そちらにも同様のモノが送られているはずです。電子書類ですが正式での手順を踏んでますよ? 紙面の方も追って届くはずです。」
 アリシアの言に、ゲンドウは少し奥歯を噛み締めた。電子書類、それは確かに本部から届いている。緊急と銘打たれてはいたが、何やらきな臭いものを感じたので、未だ放置したままなのだが、恐らくこれがそうなのだろう。
「残念ながら、私はまだその書類を確認してはいない。正式に通達が来ていない以上、ソチラの言っていることを鵜呑みにする訳にはいかない。即刻使徒から離れていただきたい。」
 確認するそぶりすら見せずにキッパリと言い放った。
 その様子に下の職員は当然ながら冬月も目を剥く。
 彼らの反応は当然だ。手元のコンソールで簡単に開封できる書類を見ようともしないのは、責務放棄も同然である。背中に嫌な汗が流れる。
 正に傲岸不遜。コレほど応対という言葉が似合わない応対も無いだろう。
 と、まあ、殆ど力押しなヤクザ式交渉を推し進めていたヒゲであったが、無論、当のゲンドウもその強引さは自覚していた。この対応は、国連議会でも間違い無く問題に挙がるだろう。本来なら完全に自殺行為だ。
 だが、後々禍根を残して一番不味い相手は、委員会及びゼーレの連中なのである。
 正直国連がここまで入り込んでくるとは予想外だったが、こいつ等は今を乗り切ってしまえば後々どうとでもなる。それこそ委員会がストップをかけるだろうし、そうして貰わねばお互いが困る。
 が、委員会自体はそういう訳にいかない。彼らは使徒の情報を明け渡すことを良しとしていないのだ。もしここで引き下がれば、恐らくゼーレ辺りに直々の粛清を喰らうだろう。故に、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
(……ゼーレ?)
 ふと、ゲンドウの頭に疑問が沸く。だが、それを打ち消すかのように、アリシアは追い討ちをかけてきた。
「まあ、確認出来ていないのであれば仕方ありませんね。ですが、心配無用です。もっと確実な方法でソチラに書類が届きますので。」
「何?」
アリシアの言に、ゲンドウも思わず聞き返す。そして即座に熟考――氷解。

――!――

 アリシアの言葉の意味に辿り着いたゲンドウは、手に力が篭る。
(用意周到すぎる)
 国連の対応の早さにゲンドウは戦慄を感じ始めていた。
 目下に目をやると、唯一リツコが同じく言葉の意味に気付いたらしい。密かにコンソールを操っている。施設内のセキュリティレベルを上げているのだ。
 その事を確認したゲンドウは、少し余裕を取り戻す。これで幾ばくかの時間を稼げたはずだ。
 そのままアリシアとの交渉を再開しようと顔を上げ――彼女の目を見たゲンドウは、その眼力に篭められたメッセージを正確に読み取った。

――無駄なことを――

 ゲンドウの身体が嫌な予感で包まれる。まだ若かりし頃、財界政界の化け物どもを相手取っていた時に時折感じたあの嫌な感じ……こういう時、ゲンドウはほぼ例外なく散々な煮え湯を飲まされたものだ。
 そして、その予感は程なくして的中することとなる……唐突に発令所の自動ドアが開いたのだ。

――シュッ――

「お初にお目にかかります。碇総司令。私、此度の緊急内部監査の主任を勤めさせて頂きます。御厨裕也と申します。ああ、ついでに使徒解析権移譲の書類も持ってきました。ご確認ください。」
 誰何の声を待つ素振りも無くズカズカと発令所に進入してきた男を、ゲンドウとリツコは幽霊でも見たかのような表情をしている。ちなみに他の職員は状況に着いて行けず、呆然としたままだ。
「そんな! 警備部からは何の連絡も……」
 リツコが驚愕そのものの声を上げた。セキュリティレベルを上げたのは今しがただが、通常レベルでも部外者をここまで入り込ませるような杜撰な態勢は執っていない。
「『緊急』内部監査ですので……普段、ありのままの状態を監査するため、警備部の方々には静かにしていただきました。」
 しれっと答える御厨に、リツコは知らず知らず眉間に皺を寄せた。
 ありのまま……つまりは、ネルフに隠し立てする猶予は与えないと言うことだ。
 そこには上っ面ではない、彼らの本気の度合いが窺い知れる。おかしい。今までチョコチョコと突付いて様子伺いしか出来なかった連中が、何故ここに来て急に本拠地に乗り込むような手段に出たのか?

「ちょっと! あんた! いきなり監査するなんてどういうつもりよ! こっちは人類を守る使命で忙しいのよ! 言っとくけどネルフは特務権限が認められてるのよ! あんたの監査なんか受ける必要ないわ! 分かったらとっとと――「ミサト、ストップ!」……なによ?」
 リツコの制止に、ミサトは渋々引き下がった。こういう時にリツコの制止を振り切ると碌な事にならない。最近の度重なる失態に、ミサトも少しは学習したらしい。
 とりあえずミサトを黙らせたリツコは、裕也に目を向ける。ここまでネルフの内に堂々と潜り込んできたのだ。こちらの特権の事など、とっくに対処済みだろう。
「……まあ、粗方の想像はついているでしょうが、現在ネルフの特務権限は凍結状態にあります。また、内部監査に関する特権も、本部より正式に発令されました。書面も持参しております。」
 その視線に答えた裕也のセリフは、やはりリツコの予想通りであった。
「なんて横暴……権力かさに着てれば何やっても良いとでも思ってんのかしら。」
 ミサトが低く響くような恨み言を口にする。
「そのセリフは特務権限を楯に資金を搾取されている諸国と同一のモノですな。少しは彼らの心情を理解できたのではありませんか?」
「ふっざけんじゃないわよ! 私たちは人類滅亡を回避するために仕方なく――」
「では、我々の行為も!」
 ミサトの逆切れを遮った御厨は、静かに言葉を連ねる。

「……人類滅亡を回避するためには仕方が無いのですよ。」

 一見皮肉以外の何物でもないセリフ。だが、御厨の表情はこれ以上なく真剣そのものだった。





「なぁ〜にが「人類滅亡を回避するため」よ! んなこと言うんだったらコッチの邪魔すんじゃないないわよっ!」
 吐き捨てるように不満を露にするミサト。だが、それをぶつける相手は既に発令所には居ない。先ほど司令・副指令を連れ立って、奥へと引っ込んでしまった。恐らくあの目にも精神衛生上にも悪そうな司令室へ向かったのだろう。
 ミサトの周囲にはリツコとシンジ、加えてミサト直属の日向マコト、リツコの片腕である伊吹マヤ、副指令直属のオペレーター青葉シゲルが、フルーツバスケットでもするように、円陣を組んでいる。
 先ほど、MAGIへの接触を全面的に禁止されたため、することが無いのだ。
 また、裕也が指令達と共に去る際、「密談にならない様、小さくない声での会話は別に構わない。」と言われたので、ミサトはこれ幸いと、部屋中に響き渡るかのような大声で、不平不満を漏らしていた。
 あまり騒ぐなとも言われていたのだが、そちらはあまり考慮していないようだ。この程度は騒ぎの範疇に入っていないのかもしれないが。
 その声に、部屋の端にたむろする監視役、国連からの使者二名は特に何の反応も示さない。寧ろ、オペレーター達の方が気まずそうだ。
 その反応にあからさまに気を悪くしたミサトは、舌打ちと共にシンジの方を向く。
「何よ、言いたいことあんなら黙ってないで言いなさいよ。」
 その声に、静かに資料に目を通していたシンジは心の中でため息をついた。
 言いたいことも何も、シンジはミサトの言ってることなど適当に聞き流していたのだ。もはやシンジにとって彼女に心動かされる要因など欠片も無いのである。
 被害者意識なのか、難癖つけて絡みたいのか……何にせよ、非常に性質が悪い振る舞いだ。
(面倒くさい……)
 最早、ミサトとまともな会話など成立しないと確信しているシンジは無視することにした。そして再び資料に目を落とす。内容は、ネルフの基本的な設立体制と、個人的なプロフィールだ。
 この後、主要メンバーには順々に面談が行われるため、持参した資料に誤りが無いかチェックを行うように言われているのだ。
 当然と言うか、ミサトは全く目を通そうともしていない。「何で国連の持ってきた資料のチェックを私がやるのよ」等と、面と向かって文句を言っていたくらいだ。意地でも見ないつもりだろう。
 もっとも、国連が持ってきた資料は、全てネルフから送られた報告書が基になっているので、ネルフの職員にしかチェックの仕様が無いのだが……
「はんっ! 何も言い返せないの? 見っとも無い! ま、あんたに出来ることなんて小娘に見とれるくらいなもんでしょうよ。なぁに? アリィって? あんたの好きなアイドルの名前かなんか?」
 無視されたことを何も言い返せないと取ったミサトは、ここぞとばかりにネチネチと嫌味を浴びせる。唇と眉のの両端を持ち上げたその表情は、実に醜悪で、この上なく楽しそうだった。
 いや、実際に楽しいのだろう。とにかくやり込められる事の多い、この少年のからかいのネタを見つけたことで、少し有頂天になっているようだ。
 反面、シンジはミサトの言葉に、心に僅かならぬ小波を起こしていた。いい加減鬱陶しいというのも理由の一つだが、よもや自分の失言をしっかり聞きとがめられていたとは思っていなかったのだ。
 少なからぬ焦り。が、ここで応対すれば余計な墓穴を掘りかねない。完全無視を決め込む。
 このまま放っておけば、ミサトも諦めて黙る……とはとても思えないが、リツコあたりが止めに入るだろう。シンジはそう考えた。そしてその通り、二人の間に割って入った者が居た。以外や以外、青葉シゲルである。
「ちょっと待ってください。中佐を見てアリィって言ったんですか? 何時です?」
「へ? あの小娘がしゃしゃり出てきて直ぐだけど?」
 小娘って……同じ国連所属の上官に向かって……という心の叫びを黙殺し、シゲルは更に質問した。
「直ぐ? 中佐が自己紹介するよりも先にですか?」
「あー? えーっと……」
 どうやらそこまでは覚えていないようだ。まあ、そんなことを一々覚えている人など稀だろうが……
 ミサトは急に振られた質問に困惑気味だ。最もそれはマコトもマヤも同じことだ。質問の意図が見えない。シンジは目を瞑ったまま動かない。
「青葉君、それってまさか――」
 唯一、リツコが質問の真意に気付いた。シゲルも軽く頷く。
「ええ、愛称です。」
 言って、シゲルとリツコ二人は、シンジの顔を見つめた。
「何よ? 愛称って?」
「英語圏の人が日常的に使う、短縮型の名前ですよ。有名なところだとウィリアムの短縮型のビル、エリザベスの短縮型でリズでしょうか?」
 こういう名前の短縮は、あだ名とは違い、英語圏ではほぼ一般常識である。ちなみにシゲルがこういうのに聡いのは、海外留学などではなく、ハードロック好きが高じただけなのだが、まあそれはどうでも良いことだ。
「で、今問題にしているのはアリシアという名前。これの短縮型はアリス。もしくは――アリィ。」
 そう言って、リツコはシンジの方を見やる。それに釣られて、皆もシンジの顔を見詰めた。
「何よ? リツコ。アイツの名前知ってたからって、そんなの別にどうでも良い事じゃない。」
 つっけんどんなミサト。そんな彼女にリツコは、そうでは無いと諭した。
「貴女……国連軍にあんな佐官が居るなんて知ってた?」
「知らないわよ、て言うか、知る必要なんて無いし。」
 端から国連軍と協力する気の無い、ミサトらしい発言だ。
 いけしゃあしゃあとのたまうミサトに、(ああ、貴女はそうでしょうね)などと思いつつ、マコトに顔を向けた。
「日向君は?」
「いえ、さすがに……勿論、国連軍の佐官全員公表しているとは思ってませんから、彼女の年齢等を抜かせば、まあ、ああいう手合いも居るだろうとは思いますが……」
「そうね、確かに公表されている佐官は全員の96%。僅かであるけど、非公開組織に籍を置く佐官は登録されて無いわ。」
「つまり、その4%の中の一人?」
「いいえ、その4%も全員見つけ出した……つもりでいたんだけど……」
「つまり、あのクソガキが身分偽ったって事でしょ?」
 相変わらず浅はかな憶測を述べる。
「緊急回線で、堂々と身分詐称? 権限委託の件もチャンと把握していたし、それは考えにくいわね。国連軍の佐官の中に、彼女は間違い無く居るのよ。使徒殲滅という、最大級の作戦を任される切り札として……マギにすら気取られることなく。」
 言って、シンジの目を見詰める。
「恐らく彼女は……国連の切り札。」
 そして、その人物知っているかもしれないシンジ。少なくとも状況証拠は完全にそれが事実だと記している。リツコは、その事に確信を深めつつも、同様に焦りも募らせていた。
 これが事実であれば、シンジのバックボーンは国連(内のいずれかの組織)と言うことになるのだ。
 当のシンジと言えば、これだけ視線集中を浴びせられているにも関わらず、黙して語るつもりがないらしい。
 弁解の一つでもすれば、切り崩すことも出来なくはない(それでもシンジ相手では至難だ)のだが、こうも完全無視を決め込まれては、どうにもならない。
 こういう時こそ、プライバシーも公私もお構い無しのミサトに突っ込んで貰いたいところなのだが、当の本人は先ほどから剥れたままだ。
 心情的にシンジを(極々悪い意味で)特別視したくないミサトからすれば、皆がシンジに注目、重要視していることが気に食わないのだろう。
 となれば、他に話を切り出せるような不躾者はちょっと見当たらない。膠着状態がしばらく続いた。
「そ、そういえば、司令も副指令も戻ってきませんね。まだお話中なんでしょうか?」
 そんな息詰まる空気に真っ先に音を上げたマヤが、唐突に話を反らした。
「そうね……査察なんだから、真っ先にマギを調べると思ったけど……」
「嫌がらせなんじゃないの? きっと、人類を守る為なんて口にすれば何しても良いとか勘違いしてんのよ。」
 それはあんただろ? とは、周囲のほぼ全員が思ったが、口には出さない。明朗活発に見えて、意外と執念深いことが、ここ最近の振る舞いで発覚しているのだ。

「そうですか? 人類滅亡を回避するためにネルフの査察を行う。と言うのは、嘘偽り無い事実だと思いますけど?」
 唐突に、だんまりを決め込んでいたはずのシンジが口を開いた。
「……なんですって?」
 静かにそう呟いたミサトの表情は、怒り半分怯え半分だ。アリシアネタが妙な方向に動いて少し冷めたミサトは、シンジ本人の推察力の高さをようやく思い出したのである。
「別に大それた事を言ってるわけではありませんよ。では単刀直入に聞きますが、皆さんは今のネルフで使徒殲滅は存続できると思いますか?」
「あったりまえじゃない! 今までだって私が倒してきたのよ! これからの使徒も全部殲滅してやるわ!」
 言葉に窮する面々の中、案の定ミサトだけが即答する。もっとも『ネルフが』ではなく『私が』と言うあたり、勢いのみで吐いたセリフであろう事は想像に難く無い。
「では言い方を変えましょう。国連や支援してくださっている諸外国の国家のお偉方は、ネルフなら使徒殲滅を成し遂げてくれると思っているでしょうか?」
「あったりまえでしょうがっ!」
 ますます渋面になる面子の中、ミサトはネルフの正義を、己の力を疑わない。
「どうしてそう思う……そう思えるのです?」
「んなもん決まってるでしょうが! 私以外の誰が使徒を倒せるって言うのよ!」
「ミサト……ついさっき国連軍が倒したでしょう?」
「…………」
 リツコの容赦無い突っ込みに、渋面になるミサト。
「まあ、あれは郊外地な上に使徒に回避能力が無いと言うレアなケースですから、除外しても良いでしょうけどね。もし仮にこっちに来ていたら、人の大勢居る都市部ですからね。国連軍も同じ戦法は取れなかったでしょう。そういう意味では、確かに現段階で使徒に対応できるのはネルフだけかもしれません。ですが、それはあくまで対応できるだけであって、どう見ても使徒よりアドバンテージを取っているとは言い難い。何せパイロットが僕ですからね。外野からすればとても信用に足るとは言え無いでしょうね。」
「ま、素人同然の中学生で人殺しじゃあねぇ……」
 結局お前が諸悪の根源……そう言わんがばかりの視線でシンジをねめる。
「ええ、その通り。多額な資金を融資してきたスポンサーからすれば、そんな者をパイロットにしたネルフの常識を疑うでしょうね。」
「なんですってぇ! こっちに責任転嫁すんじゃなわいよ! ようはあんたがヘボいから外野に舐められてるって話でしょーがっ!」
 実際に命を賭けているパイロットもスポンサーも貶め撒くっているその言葉に、シンジは肩を竦めつつ、ヒョイと持っている資料をミサトに投げ渡す。
「……何よ?」
「41ページ、僕のプロフィールです。ご丁寧にアンダーライン引いてありますから、直ぐ分かりますよ。」
「そんなもん今更……」
「え? か、葛城さんっ、これ! 12歳のところ見てください!」
 まともに見ようともしないミサトだったが、その横から覗いたマコトが、真っ先に資料の異変に気付いた。
「へ? 12歳? 何よ……えー、2012年、サードチルドレンに登録。以後特殊訓練に従事……って、何よこれ! てんで出鱈目じゃない!」
「ですが、それこそネルフから国連に送られた公式報告書です。これの作成は……赤木博士ですか?」
「リツコ?」
「……ふぅ。シンジ君の言う通りという事よ。散々資金貢がせておいて、いざ本番になって素人乗せたなんて、言えるわけ無いでしょう? 一応、服役はパイロットの安全を図る為のカモフラージュって事にしてたけど、わざわざアンダーラインまで引いてるとこ見ると、向こうも信じてなかったみたいね。」
「と言うわけです。例えバレバレでも、素人に人類の命運を押し付けただなんて、公式に残せるわけありませんよ。葛城さん、これが現実と言うものです。」
 部屋に冷たい空気が流れる。ミサトは元より、程度の差こそあれマコトとマヤも、人類滅亡を防ぐためという免罪符には多少ならぬ拠り所を持っていたのだ。彼らは改めて、自分の立ち位置と言うものに疑問を持ち始める。
「ふ、ふん! こちとら人類を守るためなのよ! パイロットが怪我しちゃったんだから仕方ないじゃない! 素人だ云々なんて言ってられないのよ!
 そんなものは内部の事情を知らない人間の戯言だわ!」
 あくまでも自分の都合を貫きたいのか、ミサトはどもりつつも反論を連ねた。もう、リツコですらツッコむ気になれない。
「なら機密だなんて言って、隠し立てせずに、せめて金の使い道くらいは公表するべきですね。まあ、そもそも僕を乗せたことを仕方が無いって言ってる時点で、査察の方々とは考え方が正反対な気もしますけど……」
「何分けわかんないことを……」
「仕方が無いは妥協の言葉ですよ。TVゲームじゃあるまいし、負ければ全て終わりの状況でそんな言葉通用するわけが無い。世の中はもっとシビアです。分かりますか? 人類滅亡の危機だから、素人を乗せることが仕方が無いでは無いんです。人類滅亡の危機だからこそ、素人を乗せることが仕方が無いでは済まされないんですよ。」
 根本的に意識のズレがあるのだとシンジは諭す。

 そこまで言われて、さしものミサトも何も言えなくなった。
 仮に、使徒が一体のみ、もしくは今回の使徒で打ち止めというのであれば、話は違ったかもしれない。終わりよければ全て良し。勝てば官軍である。
 が、厄介なことに使徒はまだぞろと出没することが予想されている。にも関わらず、こちらの戦力は未だシンジ一人と言っても過言ではない。無論、ネルフも戦力増強に急ピッチで努めてはいるが、零号機は稼動に成功したものの、未だ実戦投入には心細い。
 しかも、つい先月までは最強と呼び声も高かった弐号機まで、大破してしまっている。そもそも、実際に使徒が出現したにも関わらず、未だドイツに保管されたままと言うのは、あまりにもズボラな話だ。使徒が来るのは第三新東京市だと分かっているはずなのに……まあ、今回は何故かドイツに行ってしまったのだから、弐号機を寄越してなかったのは不幸中の幸い……いや、実際はミサトの暴走で、殆ど生贄同然に破壊されてしまったのだから、単なる災いか?

「あれ?」
 シンジのセリフを深く噛み締めていたシゲルは、妙な取っ掛かりを覚えた。
「どうかしたのか? シゲル。」
「ああ、うん……」
 声をかけるマコトに生返事をしながら、シゲルは黙り込む。が、やがて考えがまとまったのか、顔を上げ質問を投げかけた。
「なあ、シンジ君。」
「何でしょう?」
「これまでの君の言い分だと、肝心な時にまともなパイロットを用意できていなかったために査察が来た様に聞こえたんだが……」
「そうですね。その様に言いました。」
「ああ、まあ勿論、その言い分は正しい筈だ。ただ、俺は漠然とだが、今回の査察の原因は、使徒がドイツに出現したことに有ると思ってたんだ。公表して無いが、使徒がここへ向かって来てるのは暗黙の了解だしな。でも、シンジ君の話からは、そういうニュアンス的なものが伝わってこなかったんだ。」
 シゲルはそう言ってシンジに無言で返答を求めた。この少年との付き合いは短いが、それでも普段や戦闘中の物腰、漏れ聞く噂の数々から、彼の用意周到すぎる面が浮き彫りになっている。
 単なる思い付きで言ってるようには思えなかった。
「ええ、仰りたいことは分かります。まあ、全く関係ないとは言いませんが、使徒がドイツに現れた事は直接の原因では無いでしょうね。今回の査察、緊急とはいえ国連の行動が早すぎます。査察派遣が承認されたその日に来てますからね。少なくとも前以て代表者の人選だけでも決めておかないと、こうスムーズには行かないでしょう?」
 ふむ、とシゲルはシンジの見解を反芻する。
 確かに、オーバーテクノロジーの密集地であるネルフの査察なのだ。皆、自分の国の人間を送り込みたいに決まっている。
 そう考えると、査察責任者が日本人と言うのは、コミュニケーションに問題は無いであろうが、世界情勢的にはあまり芳しくない。まず間違い無くひと悶着ある筈だ。
 だからと言って、人物の選定に一月もかかったと言うのも逆に有り得ない。これを急務と捉えているのなら時間をかけ過ぎだ。
 となれば、シンジの言うとおり、査察自体はかなり前から決まっていたと考える方が妥当だろう。
「なるほどな……じゃあ、査察が前から決まってた事だとして、何故それが今なんだ? シンジ君の言ったとおりなら、査察は1ヶ月前に来ててもおかしくないんじゃないか?」
「その疑問はごもっともです。実は僕自身、近いうちに査察が来るだろうと踏んでいました。それこそここへ来て直ぐです。ですが、予想に反して査察は一向に来ない……これはあくまで推測にすぎませんが、国連は査察を出したくても出せなかったのでは無いかと……」
「出せなかった? って、何故!」
 シゲルの疑問に、シンジは暫く思案し――
「……ここから先は全く証拠の無い推測に過ぎませんが、多分、ネルフの関係者で、国連そのものに指図出来るほどの強大な権力を保持したモノが居ます。それが個人なのか組織なのかは知りませんが……彼らが国連のネルフへの介入を止めていたのだとすれば、査察が来なかったのも、使徒戦でナワバリなんてモノが出来るのも頷けます。」
「ナワバリって……」
 嫌なものを飲み込むような表情でマヤが呟く。
「そのまんまの意味ですよ? 以前葛城さんにも似たようなことを言った事がありますが、ネルフって基本的に、使徒の情報をひた隠しにしてますよね? エヴァの情報は軍事機密と言えなくも無いから仕方有りませんが、使徒の情報くらい渡しても良かったのでは? そうすればあの時、戦自もN2を使うのを躊躇ったかもしれません。
 そもそも人類共通の敵と言っておきながら、ここって、国連軍とも戦自とも共同戦線すら張ったこと無いですよね? 協定で国連軍も戦自も第三には入って来れないと聞いてますが、それはどうなんでしょう? 兵装ビルの建設は殆ど暗礁に乗り上げてるそうですし、そういう意味でも彼らの持つ機動力は必要不可欠な筈ですよ。別に使徒に有効なダメージを与えることだけが戦いではありませんからね。」
 その言葉に、オペレーターの3人は何とも言えない表情で俯き加減になる。特にマコトは、シンジの言ってることは、言われなくても常々気にしていた事なだけに、余計に痛烈だ。
 一応、一度だけミサトに提案したことはあったのだが、その時は無下に却下されてしまった。
 日向はふと隣のミサトを見る。
 上司であり密かに意中でもある彼女は、シンジの見解を馬鹿馬鹿しいとばかりに、ケッと鼻を鳴らしていた。やはりその辺の心境は以前と全く変わっていないようだ。
 ううむ……と、マコトは考える。
 なるほど、思い起こしてみれば、確かに戦自はおろか国連軍からも共同戦線の申し入れを受けたと言う話は聞かない。トップがアレだけに、コチラから申し入れをするとは考え辛いが、国連軍から、そういうコンタクトが全く無いと言うのも解せない話だ。
 現在、マコトの身贔屓を抜きにしても、世界の軍事勢力はネルフを中心に動いていると言っても過言では無い。絵空事でしか無かった使徒という存在が現実に現れたのだから、それはまあ、当然のことなのかも知れない。反面、セカンドインパクト以降非常に幅を利かせていた国連軍の影響力は、みるみる萎んでいった。それは他国の軍事組織も似たようなモノだ。
 おかげで、ネルフは周りから非常に敵対視されているわけなのだが、まあ当然と言えば当然のことなのだろう。
 だが、彼らとて落ちた身に甘んじると言うことは無い。当然のことながら勢力巻き返しを図るため、日夜権謀開発に明け暮れている。
 日本重化学工業共同体は、巨大人型ロボットの開発を大々的に報じているし、戦自も数年前から起動兵器を開発しているらしいという噂が流れてきている。
 皆あわよくばネルフを出し抜こうと、機会を窺っているのは明らかだ。
 そんな中、国連軍はどうか? と言えば、実はこれと言って行動を起こしていない。情報公開を迫るくらいのことはしているが、それ以上の目立った動きと言うものが殆ど見られないのだ。
 これはよくよく考えれば実に奇妙な事である。何しろ、ネルフも国連軍も同じ国連の組織なのだ。当然ネルフの台頭で一番割を食ったのも国連軍である。はっきり落ち目と言っても良い。
 また、資金などはどうしてもネルフへ流れていってしまうので、軍独自に兵器を開発と言うのも難しい状況だ。
 となれば、彼らの復権の道などそう数多く残されてはいない。そう、強権を持つネルフの乗っ取りか、もしくは追従である。
 そして、そのどちらを選ぶにしても、まずはネルフに歩み寄ることが必須条件となる。
 となれば、その取っ掛かりとしてネルフに共同戦線を持ちかけると言うのは如何にもありそうな話だ。寧ろ、軍事意識の薄いネルフに対して、積極的に介入して来ないことが、逆に不思議に思えてくる。
(これはやはり、シンジ君の言う通り、何らかの抑止力が働いているのか? でも……何故? いや、ここまで独立性を保つことに何の意味が……?)
 マコトはまんまと思考の深みに嵌ってしまった。一度に付き付けられた現実や疑問点が多すぎて、情報整理にも手こずってしまっているのだ。 

「まあ、ナワバリ云々も今後吟味しなければならんことなのだろうが、とりあえず話を戻そう。」
 マヤとマコトの様子を見かねてシゲルが合いの手を入れてきた。
 シンジもシゲルに視線を戻す。リツコもそれに習った。
 ……ミサトは、まだ剥れている。
「シンジ君の言うとおり、国連に圧力をかけられる存在というのは、確かにあり得るかも知れない。状況証拠だけなら十分あるしな。まあ、何のためにそこまでして排他的なのかは分からないが……でもそれなら何で今頃になって査察が来たんだ? 君の予想なら、彼らが査察を止めてたんだろう?」
 そう、それがリツコにも分からなかった。国連に圧力をかける連中……つまりは委員会がこんな横槍を許すはずが無いのだ。
「ええ、その通りです。で、その理由なんですが……まあ、幾つか考えられます。一つは査察を止める理由そのものが無くなった。もしくはネルフを見限った。」
 見限るという言葉に、マヤが不安そうに顔を上げた。
「ですがまあ、ここまで一組織に強権を持たせるには、それ相応の無茶もしたことでしょう。そう簡単に見限れるとも思えません。なのでもう一つ……僕はコチラの可能性が高いと踏んでるのですが……」
 核心に迫る言葉に、マコトも顔を上げた。皆、固唾を呑んでシンジの結論に耳をそばだてる。
 ……とうとうミサトはそっぽを向いてしまったが……
「国連に歯止めをかけられない程に深刻な事態が、彼らの元で起こったのかもしれません……そう、ちょうどドイツ支部みたいに。」

「「「「……」」」」

 大人たち面々は、その言葉に顔を見合わせた。

(そんな、まさか……)
 シンジの予測に心当たりがありすぎるリツコは、寒気を覚えるほどに、血の気が引くのを体感していた。






「……ああ、そうだ。引き続き調査を続けるんだ。また連絡する。」

――ガチャッ――

「……碇?」
 受話器を置いたままのポーズで微動だにしないゲンドウに、堪りかねた冬月が声をかける。そしてそのままジッと返答を待った。
「…………」
 不用意な発言は出来ない。未だ冬月の後方には査察官の一人が付いているのだ。
「どうやら火災に巻き込まれたらしい。」
 ゲンドウの返答には主語が無いが、それが誰のことなのかなど、冬月には聞かずとも分かることだ。
「なんだとっ!?」
 仰天する冬月を他所に、ゲンドウは査察官の様子を盗み見る。そして確信する。
(やはり知った上での行動か……)
 こちらが誰とも知れない者と連絡を取り合っているのだ。権限云々はともかく、連絡先について一言も質問が来ないのは怠慢だ。つまりは――
「委員会……少なくとも、キール議長の死亡は確定だ。」
 この事実を彼らは知っている――いや、知っているからこそ、この隙を突いてきたのだろう。
 ゲンドウの語った重々しい訃報に、冬月は一時、言葉を忘れた。



To be continued...


(あとがき)

 今更ですが、一応今年初なので挨拶だけしておきます。

 あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします。

 と言うわけで、第六話(C−PART)です。
 一応、前回のうpから5ヶ月未満で投稿することに成功しました。次回は4ヶ月を目指したいと思います。思うだけなら只ですからw

 さて、次回は第7話になるのですが、JAは出ません。ネルフの中の懲りない面々の話になると思われます。いや、ホントどうなるんだか……
 ではまた。




 ……最近、自分の文章の書き方が分からなくなって来ました。ヤバいなぁ……


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