新世紀エヴァンゲリオン 〜Storm of Sophistry〜

第六話(B−PART)

presented by 地球中心!様


 ドイツ支部を取り囲む国連軍……こう書くと、さぞや大軍を以って取り囲んでいるかのような印象を受けるが、実際のところ、高速爆撃機が十数機と、後は人員搬送用のジープと資材運搬用のトラックが数台在るだけだ。
 ネルフから強権を使って指揮権を剥奪したからには、さぞや大々的な師団を揃えて来るのだろうと、漠然と予測していたゲンドウたちにすれば、それは些か拍子抜けするほど、小じんまりとしたものだった。
 そのショボさにミサトはモニターに映し出された国連軍を鼻で笑う。
「えっらそうに人の指揮権奪っといて何これ? 数も揃えられないんなら大人しく引っ込んでりゃ良いのよ。」
 勝ち誇ったかのように、好き勝手言い放ったミサトだが、同意を求めようとリツコの方を向き――我関せずとばかりに難しい顔をしているその態度に眉を顰めた。
「どしたの?」
「ミサト、国連はこれだけしか戦力を揃えられなかった訳じゃないのよ。MAGIからも報告があったけど、実際は国連軍保有する軍備の半数がドイツに向けられる準備がされていたの。」
「んなっ!」
 その半端無い数にさしものミサトも絶句する。国連軍の50%……これが本当に集結していれば、恐らくメインモニターには、鉄の塊が陸海空を埋め尽くすという現実離れした光景を見せつけられたはずだ。
「じゃ、じゃあ何でこんなショボいのよ? まさか軍が及び腰になったとか言う落ちじゃないでしょうね?」
「そんな筈無いわよ……詳しくは掴めてないけど、どうも、現場の人間が「待った」をかけたみたいね。まあ、通常兵器なんか数揃えたって意味無いから賢明と言えば賢明と言えるわ。恐らく、大まかな作戦は爆撃機を使ってのN2投下ね。エヴァを抜かせば唯一、使徒にダメージを与えられる兵器だもの。他に選択肢は無いわ。」
「まさか、使徒がやられるってこと?」
 人類滅亡回避の為には使徒殲滅は必須なはずなのに、ミサトはまるで、それが不吉なことのようにのたまう。
「いえ、無理ね……第3使徒サキエルにダメージを与えたのは事実だけど、今回の使徒はアレと比べ物にならないくらい耐久性に秀でているわ。恐らくN2ではATフィールドに全て阻まれる公算が高い。」
「そう……まあ、当然ね。」
 途端にホッとするミサト。さすがにその態度はどうかとリツコも眉を顰めるが、今更なので何も言わなかった。
「じゃあ、何難しい顔してんのよ?」
「今言った情報は国連軍も入手してるはずよ。使徒を甘く見てた初戦は力押ししか出来なかったけど、今回は違う。何らかの策を講じてるはずよ。恐らくその鍵となるのは、あの歩兵だと思うんだけど……」
「ドイツ職員の救出部隊じゃないの?」
「救出には時間が足りないわ。いったい何をするつもりなのかしら?」
 そのままリツコは黙り込んだ。少しでも疑問に思うと途端に考え込んでしまうのは彼女の美点でもあり、悪癖でもある。
「どーでも良いわよ。そんなの……」
 唸るように呟くミサトのセリフは、もうリツコに届いてはいなかった。



「! いよいよ動くみたいね……2人だけ?」
 衛星中継とはいえ、ネルフの技術を駆使したメインモニターには、歩兵2名だけがドイツ支部へと向かっていく様子がかなり鮮明に見えている。
「トイレじゃ無いの?」
「それはないでしょ? 多分……突入前の安全確認ね。」
「安全? 使徒が人間まで狙うってこと?」
「可能性は低いけどね。確認するに越したことないわ。」
 そんなやり取りをしてる間に、歩兵2名は山岳に設けられたゲートを潜る。
「入ったわね。」
 それは即ち、使徒の射程範囲内に身を投じた事でもある。
 そのまま2名は二手に分かれ、ゆっくりと壁に沿って周回を始めた。
「……やけに慎重ね。」
 使徒の砲撃など、避けられるはずも無いのだから、さっさと地下に進入するものと思っていたのだが、歩兵はこちらの予想に反して、飽きもせずグルグルと歩き続けている。
「! 使徒内部に高エネルギー反応!」
「え?!」
「なっ!」
 よもや本当に撃たれると思っていなかったリツコとミサトは驚きの表情で使徒が映し出されているサブモニターを見やる。瞬間、モニターは無音の光に包まれた。



「状況は!?」
「過粒子砲発射されました! 明らかに歩兵の片方を狙ったものです! 使徒、再充填開始しました!」
「もう片方も撃つつもりねっ!」
「発射! ……同方向?! あ、違います。死んでません、歩兵2名とも生存を確認!」
「「なぁっ!?」」
 見上げるメインモニターには、明らかに人外のスピードで歩兵が走り回っている。殆ど垂直の壁に近い山岳を走り上っている光景は、まるでアニメの様に現実感が無い。
 と、使徒の円周部がまたもや光り始めた。躊躇うこと無い第3射である。
「山岳部に命中! 歩兵は……生存を確認! そのまま射程範囲外に撤退しました。」
「あ……あれを避けるなんて……」
 リツコは呆然と呟く。使徒の過粒子砲は目測でも半径5mは有る。それが0コンマという刹那の合間に飛んでくるのだ。あれを避けるには最低でも時速200kmのスピードが要る。それも初速でだ。そんなもの人力どころか、ネルフのテクノロジーを駆使しても出来ることではない。ハッキリ言って、エヴァでも無理だ。
(一体どうやって……)
 深みに嵌るリツコを他所に、ミサトも予想外の状況に思わず文句が漏れる。
「歩兵まで撃つってぇの? 見境無いわね……」
「そうでもないわ、もう一人はまだ射程範囲内に居るもの。」
 いつの間に思考の海から戻ってきたのか、リツコは情報解析に勤しみながら、ミサトの言に注釈を入れてきた。
「え?」
 言われてモニターを見やれば、確かに歩兵の片割れは、未だのうのうと射程範囲内を闊歩している。
「どういうこと?」
「さあ?」
 リツコの返事は素っ気無い。
(さっきの歩兵の身体能力は尋常じゃなかった……使徒はそれを感じ取ったのかしら? エヴァも射出する前に撃たれたし、とんでもなく高性能なセンサーでも備えてる可能性は高いわね……でも)
 反面頭の中では物凄い勢いで自問自答を繰り返していた。



「ドイツ上空1万mに飛行物体が進行しています。数1……あ、どうやら国連の探査機の模様。」
 オペレーターの報告に呼応して、サブモニターに飛行機の詳細が映し出される。近距離用の探査や物資輸送に使われる小型無人機だ。
 衛星では確認し辛い詳細なデータ取りでもするのかと思われたが、無人探査機は、上空1万mから一向に高度を下げる気配を見せない。
「探査機、物資を投下しました! 約1mの球体形状、数3!」
(爆弾?!)
 使徒を相手に何を馬鹿な! とも思うが、他にわざわざ使徒に向かって落下させるものなど、咄嗟に思いつかない。
 落とされた物体は、狙い違わず使徒へと肉薄し――

――ゴスッ、ゴロゴロゴロゴロ……

「……え、ATフィールドの展開を確認。落下物はフィールド上を転走。そのまま地表に着地しました。」
「……なんなの?」
 オペレーターの報告もそれに続いたミサトの疑問符もうわ言のように聞こえる。歩兵をうろつかせたかと思えば、今度は上から(使徒から見れば)ちっこい鉄球を落とす……その嫌がらせみたいな行動の意図を、ミサトには理解できない。
「多分、コッチ同じで直上からの急襲を考えてたんじゃないかしら? あの球は落下位置の調整と、真上にもATフィールドの展開が可能なのかを確認したんだと思うわ。」
 モニターから目を離すことなくリツコは憶測を述べた。
「ふ〜ん……じゃあ、実際に張られたんだから、向こうはもう打つ手無しって事よね?」
 ミサトは嬉々として希望的観測を口にする。
 確かに、国連軍にはフィールドを無効化する手立てが無い以上、ミサトの言うことはもっともなのだが……ATフィールドは国連軍でも周知の事実であるし、それが上方向にだけ展開が出来ない可能性にかけるなど、行き当たりばったりにも程がある。事務総長まで動かして指揮権を剥奪しておいて、それは無いだろうとリツコは思う。
「探査機、更にもう一機、接近中!」
「どうやらまだ手を打つようね。」
「チッ!」
 各々の反応を他所に、無人探査機はまたも使徒の直上へ移動する。先ほどと全く変わらない、同じパターンだ。
「物資を投下! 今回は約1mの立方体形状です。数3。」
「丸が四角に変わったって……」
 ミサトが横でブツクサ言っている。言ってる事は間違っていないが、言い様が酔っ払いの絡みみたいで正直鬱陶しい。
 もうリツコは相打ちを打つのも止めた。

――ベトッ――

 いささか情けない音を立てて、物体は着地した……正確には使徒の展開したATフィールドの上なので、着壁とでも言うべきだろうか?
 フィールドに乗っかった物体は、着弾の衝撃で台形に変わり果てた他は、特に変化が見られない。先程と同じく鉄の塊かと思われたそれは、こうして見ると、見た目粘土っぽい。いや、ひょっとすると本当に粘土かも知れない。
 膠着状態のまま、しばし静観する一同……そんな中、使徒の異変に最初に気付いたのは、シンジだった。
「……ドリルの回転速度、落ちてません?」
「え? マヤっ!」
「は、はい……間違いありません。削岩ドリルの回転数、50%に低下!」
「これは……! マヤ、フィールドをエネルギー数値に置き換えて再解析して!」
「はいっ!」
 マヤがコンソールに指を滑らせる。

 一方、鳩の糞よろしく、暫くATフィールドに粘土を乗っけたままだった使徒だが、こちらにも動きがあった。
 なんと(と言うほど派手な動きではないが)まるでダンプの荷台の様に、ATフィールドの一辺が持ち上がったのである。

――ズリッ、ズリリッ、ツー……

 抵抗は最初だけ、その後はまるで氷上の様に滑り――
「物体、3つとも地表に落下しました。」
「ドリル回転数復旧。」
(なるほど、高スペックな分、全能力を開放するにはエネルギーが足りないのね……使徒にも限界はある……のかしら?)
 自己進化の件もあるから、確定は出来ないが、さすがに瞬間最大のエネルギーまで無尽蔵と言うわけでは無いのだろう。そうでなければ人類は太刀打ちが出来なくなる。
 意味の無い可能性は追求しない。その辺ハッキリしているリツコは、提示された新情報を、早速MAGIに打ち込む。与えれた新ネタを元に協議モードに入ったMAGIに満足げな表情で頷き――ふと隣を見る。
 そこには、だらけ半分に手近のデスクに腰掛けたミサトが、不機嫌そーにモニターを眺めている姿があった。
(ちょっとは吟味しなさいよ……せっかくの新情報なのに……)
 呆れ顔のリツコは心の中で意見を言いつつ、反面、シンジには多大な期待の目を注いでいた。






 ドイツ支部から少し離れた平地に、国連軍使徒殲滅特別部隊(仮)は臨時の駐屯地として、各自準備活動に勤しんでいた。
 その中に在る資材運搬とは明らかに様子の違うトレーラー、中にはまるで放送局かの様に、多数のモニターと機材が所狭しと並べられたそこに、彼は居た。

「お疲れ様です。」
 使徒の砲撃を有り得ない避け方で戦線離脱してきた歩兵に、かけられた労いの声は、非常に若々しい女性のものだった。恐らく少女と言ってもなんら差し支えないだろう。
「やあ、参ったわい。嬢ちゃんの忠告が無かったら、ひょっとするとやられとったかもしれん。」
 危ない危ない……と手団扇で顔を扇ぐその声は、まごうこと無き老人のもの。あの砲撃をかわした男の声としては些か不釣合いのものであった。
「過去のデータと今回ドイツから送られてきた情報を照らし合わせると、ちょっと引っかかった部分が有ったので……念の為。取り越し苦労ならそれに越したことは無かったのですけど……しかし、あんな避け方をするとは思いもしませんでした。まるで瞬間移動みたいでしたよ? さすがは南方勝石老師。と言ったところですか?」
 そう軽く問われた老師――何故かドイツに居るシンジの師は、カラカラと軽快に笑いつつ、手をパタパタと振る。照れ隠しのつもりなのか、おばチャン並のオーバーリアクションだ。
「いやいや、さすがに咄嗟の判断であれは出来んよ。嬢ちゃんの一言があればこそじゃ。」
「それは言った甲斐がありましたね。」
 一歩間違えば、髪の毛一本残らず消し飛んでいたであろうと言うのに、二人の会話は非常に穏やかだ。お互いの仕事の確かさを認識していればこそだろう。
「で、この後ワシはどうする?」
「休んでいただいて構いませんよ? 後は……」
 言って、モニターの一つに視線を定める。
「富養さん達に頑張っていただきましょう。」
 そこには、勝石と共に歩いていた、もう一人の歩兵が映し出されていた。







「動いた!?」
「……みたいね。」
 皆が注目するモニターには、めいめいの方向から進入してくる、かなり重装備の歩兵たちが映し出されていた。
 無事とはいえ一人撃たれたと言うのはさすがに恐れをなしたのか、歩兵たちは遠目にもソロソロとおっかなビックリな歩調で進み続けている。それでも前へ進み続けているのはさすがと言うべきか。
 確実に歩を進める歩兵たちは、そのまま森の中へと消えていく。
「歩兵50人中34人がロスト。」
 オペレーターの一人が報告する。
「あんな所にも入り口が在ったのね……」
 国連は、ドイツ支部から直接教わったのだろう。森に入った人員は全て、目視出来なくなってしまった。つまり、地下へ潜ったのである。
(やっぱり中へ潜入した……結構な荷物背負ってたけど、何なのかしら?)
 救助策、地下からの急襲……在り得そうな策は幾つか思いつくが、そのどれも決定打になるとは思えない。
 この後、国連はどのような行動に移すのか?
 リツコのみならず、ネルフ――いや、世界中の主だった組織が皆も注目していたことだろう……
 だが、大方の期待を他所に、この後、国連は1時間にわたって一切の行動を起こさなかったのであった。



「爆撃機、離陸しました!」
「やっとなの? 全く1時間もダラダラ何してんだか……」
 何ら動きの無い映像に、いい加減切れ掛かっていたミサトは、早速モニターに向かって文句を吐く。
(この緊急時にダラダラ出来るのは貴女くらいよ……ミサト)
 心の中でシッカリとツッコミを入れるリツコ。下手に相手をして、愚痴につき合わされでもしたら堪らないので、けっして口にはしない。ミサト以外は皆、情報収集に忙しいのだ。

「N2ミサイル発射! 予想目標、使徒!」
「やっぱりN2ね。」
「ふん! 無駄なことよ!」
「着弾まで後5,4,3,2,1、コンタクト!」

……ゴインッ!――ゴロゴロゴロゴロゴロ……ドサッ

「…………」
「…………」
「「「…………」」」

「え、N2弾頭……不発?」
 思いがけない珍事に、オペレーターの報告も疑問形だ。
 しばし静寂が訪れる。
「あ、第2射来ます!」
 若干焦り気味の報告がなされる。皆、呆気に取られてしばし呆然としていたのだろう。確認が少し遅れた。

……ゴインッ!――

(やっぱり……)
 リツコも確信していたわけではない。ある種の予感めいたものであったが、N2ミサイルは2発目も、予想通り不発のまま使徒の傍らに転がったのだった。
「なによあれ。N2が効かないならまだしも不発だなんて、無っ様ねぇ……」
 フフンッと鼻で笑う声がいやに耳障りだ。
 それは、モニターに映っている光景をそのまま鵜呑みにすれば、彼女のいうとおりなのだが、ネルフスタッフは誰も同意はしない。
 各々程度の差こそあれ、皆、2連続不発という異常事態に、国連の布石めいたものを感じ取っていたのだ。
「だ、第3、いやっ4,5、678っ! 計6発の発射を確認!」
 前人未到のN2弾道8連発。それらは全て、狙い違わずに使徒の頂点を捉える。

――ゴゴゴゴゴゴィンッ――

 そして、大方の予想通り、それら全ては一つとして爆発する事無く、使徒の周辺四方に散らばったのであった。
「さて、ここからどうするのかしら……?」
「はあ? 何言ってんのよリツコ。国連軍の攻撃は全部不発だったんだから、もう出る幕なんか無いでしょうが!」
 思わず洩れたリツコの独り言を聞きとがめたミサトは、猛然と反論する。
 これでようやくコッチに指揮権が回ってくると、勝手な目算を立てていたミサトには、リツコの言い様が気に入らなかったらしい。元々待つことに対して耐性が薄いミサトは、相当イラついてるのだろう。目付きが険しいと称する程度では済まなくなってきていた。
「ミサト……いくらなんでもミサイルが8連続で不発なんて、おかしいとは思わないの?」
「はんっ! 国連軍の実力なんか、そんなもんよ!」
 一般論を説いたつもりだったが、全く聞く耳持たないミサトにリツコは、それ以上言うのを辞めた。
「シンジ君は、ここまでをどう思う?」
 ミサトと反対側に立っている少年に聞いてみる。
 それは興味本位と言うよりは、答え合わせに近い。リツコの考えている憶測と何所まで類似するものか試してみたくなったのだ……まあ、心理的に言うなら、全く話の噛み合わないミサトにうんざりした為の精神安定行動とも言える。
「僕は兵器に関する知識はそれほど有りませんので、かなり荒唐無稽な憶測になるかもしれませんが……それでも宜しければ――」
 そう前置きをおいた上で、シンジは質問形式で己の想像を口にした。
「まず、現在転がっているN2ミサイルが時限式、もしくは遠隔起爆式である可能性ってあるのでしょうか?」
「そう、やっぱり貴方もそう考えるわよね……理論上は可能よ。最も本来ミサイルは敵に逃げる間を与える事無く爆発させるものだから、わざわざ起発を遅らせる様な前例は無いけど。」
 ふむ――と、シンジは少し考え――
「では、あれが遠隔起爆だとして、仮にあの8本のN2が同時に爆発した場合、果たして使徒は倒せるでしょうか?」
「NOよ。さすがに、至近距離だからフィールドは張れないと思うけど、それでも今回の使徒の耐久性は前回使徒をも上回っている。本体そのものも微弱なATフィールドで覆ってるのよ。それでも最初に来た使徒の時は、それなりのダメージを与えたんだけど、あれは爆雷による真下からの攻撃だったのよね……」
「ミサイルが使徒の周りに転がりすぎている?」
「ええ、大ダメージを狙うつもりなら、使徒の真下……あのドリルの根元にでもやりたいんでしょうけど、そうなると発射角度も低くなるから、使徒に迎撃されるでしょうね。」
「つまり現状では爆発させても、大したダメージにはならない……もし、僕らの推測が正しいとして、あの使徒を倒すには、最低幾つのN2が必要なんでしょう?」
「20本以上ね……でもそれだと地下のドイツ支部が保たない。8本って言うのは支部を潰さないギリギリの数ね。加えても後1,2本かしら?」
「だが、それでも使徒を倒せない。」
「ええ……あれで使徒殲滅を可能にするには、まず、あそこに転がっているミサイル全てを、使徒の真下に持っていくこと。加えて本体を覆うフィールドを無効化できれば万全……なんだけどね。」
「あのミサイル、リモコンで移動したりとかしませんかね?」
「無理ね。外見上車輪が付いてるようにも見えないし、ジェット噴射の推進力では、細かい操縦が出来ないわ。」
 二人ともここで口を噤んだ。お互いここまでは予測できていたが、ここから先の戦略がどうにも打ち立たないのだ。
「結局ネックは地下に潜った歩兵ですか?」
「そうね……」
 そう、彼らがこの作戦のキーポイントになるのは、ほぼ間違いない。もっとも、たかだか50名の人員で、使徒をどうにかできるとは到底思えないのだが……

 にらめっこの様に、モニターを注視していたリツコだったが、突然、画面に異変が現れた。否、使徒の下半分が消えた!
「えっ?!」
 あらゆる角度から映しこまれているサブモニターを見比べて、ようやく、使徒の真下の地面が陥没したことに気付く。その光景はまるで使徒を飲み込まんとする巨大なアリジゴクのようだ。
「「「…………」」」
 スタッフ一同、咄嗟にに言葉が出てこない。非常識が売り物のネルフからしても、この光景は思考を凍らせるには十分すぎたようだ。
「あっ!」
 そんな中、辛うじて頭が回ったリツコは目ざとく発見する。陥没の中心に居る使徒に向かって転がるN2ミサイル――計8本!
 まるで吸い寄せられるかのように、ミサイル群が使徒のドリルに掻き集まる。そして――
「……9本目。」
 傍らからポツリと声が聞こえた。恐らくシンジだろう。そして、その言葉どおり、使徒真上から更に一本、落下するN2弾道。
 今度も不発……とはリツコもシンジも、恐らく約1名を除いた発令所内全員が思っていなかった。
 そして、その予感は見事に的中する。

――ゴァッ!――

 ホワイトアウトするモニター。
 その圧倒的な光量に思わずリツコは身を仰け反らせた。とてもじゃないが、直視できるようなものではない。
 時間にしてほんの数秒、光を放ち続けたモニターは、その後の電波障害により、完全に沈黙した。以前、N2一発爆破しただけで、復旧に10秒以上かかったことを考えれば、恐らく1分以上は回復しないだろう。
 皆、声も立てず、身じろぎすらせず、一心にモニター凝視する。
 これで殲滅出来て欲しいと言う、多数の期待と、殲滅されてたまるかという少数の邪心を視線に込めて、天に届けとばかりに祈る。
「……ふん! エヴァ以外で使徒を倒せるもんですか!」
 不安に耐えかねたのか、ミサトが沈黙を破るように強がった声を上げる。もっとも、そのセリフに賛同できるのはゲンドウくらいのものなので、その不適切なセリフに周りの職員たちは若干眉を顰めるものの、振り向く者はいない。
 要らぬ一言で更に悪くなった空気の中、コンソールを叩く音だけが静かに響く。審判の刻まで、もう間もない。
「レーダー回復します……エネルギー反応確認できません! パターン青、消失! 使徒殲滅を確認!」
 ロン毛オペレーター青葉の報告が高らかに響く。
 彼の言葉に、さすがに諸手を挙げて喜ぶ者は居ないが、皆揃ってホッとした表情を浮かべる。
 例外はミサト、ゲンドウ、冬月。加えてリツコくらいだ。
 ミサトはただ拳を震わせ、ゲンドウと冬月は神妙な顔で何か話し合っている。恐らく今後の対応策だろう。
 リツコも計器の回復と同時に、慌ててコンソールに指を走らせる。
 データをインプットし、MAGIの検討結果を待つこと数秒……
「そんなっ!」
 弾き出された結果に、驚嘆の声が洩れる。
「こんなことが……」
 眉間に皺を寄せたまま、リツコは低く呟く。その目の前には、今回の使徒殲滅のキーとなる部分が事細かに記されていた。



 モニターに羅列された数値。ぱっと見では何のことやらさっぱりなモノであるが、こと専門家であるリツコには、MAGIからの解析結果を正確に読み取っていた。
 そこに表示されているのは、N2ミサイル9発同時爆発によるエネルギー分布と、使徒本体の耐久性との比較であった。
 そう、今回の使徒は視認できるほどの強力なATフィールドや荷粒子砲など、あまりに突出した部分が多すぎて、失念しがちなのだが、実は本体の防御力も地味に高かったのだ。
 当のリツコも、9本のN2では使徒を葬るには不安が残ると考えていた。
 そして、解析結果は、まんまリツコの予想通り、本来9発のN2では使徒を完黙することは出来ぬはずであった。
 だが勿論、実際の結果は異なり、使徒は無事殲滅されている。それは何故か?
 その部分がリツコにも分からなかったのだが、その回答がようやく得られたのだ。そしてそれは、知ってしまえば実に簡単な解決策であった。まあ、単にタイミングの問題だったのだが……
 先ほどシンジも気付いた様に、使徒はフィールドを張った瞬間、ドリルの回転速度が落ちた。これは使徒のエネルギー量が無尽蔵ではないことの証明であるのだが、実はこれ、現実は少し異なっていた。

 ATフィールド←ドリルの掘削エネルギー

 リツコもシンジも、使徒のエネルギーの流れを単純な2点で結び付けていたのだが、実際はその間が有った。

 ATフィールド←本体の防御←ドリルの掘削エネルギー

 こうなるのだ。

 つまり、今回の使徒がATフィールドを張る場合、まず本体の防御にまわしているエネルギーを真っ先に使うのだ。そしてその直後、掘削に回していたエネルギーを本体の防御にまわす。
 何故こうなのかは、使徒ならぬ人間には分からない。まあ、真下のエネルギーを真上に上げるより、真ん中の常駐エネルギーを真上に上げる方が迅速なのは確かではあるが……
 つまり、ほんの一瞬ではあるが、ATフィールドを張る瞬間、使徒本体の防御力はガタ落ちするのである。
 それは使徒にとって、本来大した問題では無い筈であった。ほんの一瞬のことであるし、何よりATフィールドが全ての攻撃を阻める筈だったのだから。
 だが、現実は、国連軍は使徒の思惑の遥か上を行った。
 不発の弾頭と、人為的な地盤沈下により火力の一点集中。加えてATフィールドを真上に誘発させて本体を無防備にさせた上での一撃必殺。
 これが今回の国連軍による使徒殲滅プロセスの一部始終である。
 正に使徒の死角を突く攻撃。結果を見て初めてリツコに理解できた。正に驚嘆の策略であった。

 だが、リツコが本当に驚いたのは、実はソチラではない。元々使徒の隙を突く云々は彼女の領分ではない。そういうのは本来ミサトが考えるべきところなのだ。その本来考えるべき女は、今だ憎憎しげにモニターを睨み付けるだけであるが……
 リツコが最も驚愕したこと。それはN2を一点に集めた、あの地表爆破である。
 少し考えれば分かることだが、あの様な形に地面を凹ませるには、手加減抜きの完全爆破ではいけない。キチンと坂になるように、一番地表近くの特殊装甲の下半分のみを爆破してみせねばならない。
 その為には、特殊装甲の詳細……構造・材質・劣化・土砂の加重等の情報がリアルで必要になる。ただ更地にするだけのビルの解体とは訳が違うのだ。
 つまり、実際に地下に潜って見て、データを取り揃える必要があるわけだ。そして、その為の歩兵部隊だったのだろう、2時間前の突入は。
 そう、2時間なのだ。リツコが驚愕したのが、正にここである。歩兵が突入し、作戦の大詰めを迎えるまでが、2時間強。その間に特殊装甲の概要を調べ上げ、計算、爆破ポイントの位置を割り出し、即座に設置し退避……これだけの工程をこなさねばならない。おそらく計算の時間など、モノの数分だったのではなかろうか?

(――ありえない――)

 実際にスケジュールを逆算すれば、その程度の時間しか取れないのは純然たる事実だが、それでもリツコには認め難い。
 それはある意味当然だ。何せMAGIを使ったシミュレーションでも、解析には30分以上の時間を要する。
 対する国連軍といえば、あの様な野外地で回線など繋がる筈も無く(無線は防衛上の理由で有り得ない)、結果、アチラが使えるコンピューターは、トレーラー内に設置された小規模な機材のみと言うことになる。この状況下で向こうの計算能力がMAGIを上回っているなど、身内贔屓を抜きにしても到底信じがたいのだ。

――井の中の蛙――

 リツコは唐突にそんな言葉を思い出し、少し眩暈を覚えた。
 MAGIの完成は今を遡る事10年前。現在もなお、PCの技術革新は目覚しいものが有るのはリツコも承知していたが、それでも、他組織のコンピューターがMAGIに追いつくには少なくとも後20年はかかると予想していたのだ。
 MAGIには最高の技術は勿論、多少世界が安定してきた現在から考えても、信じられないくらいの資金がつぎ込まれている。リツコがそう言いきれるだけの判断材料はしかとあった。
 それだけに彼女のショックはデカい。MAGIにかかりっきりになっている間に、世の中はとんでもない様変わりをしてしまったのではなかろうかと、リツコは半ば本気で考え始めていた。

「あーっ!」

 唐突に響く馬鹿でかい声。皆が声の方に注目する。
 少なからず、いやかなり自信を喪失しかけていたリツコも、例外に洩れずその声の主に目を向ける。おかげでドツボに嵌らずに済んだのは不幸中の幸いと言うべきか。
「ミサト……もう終わったんだから癇癪おこさな……」
「違うわよ! アイツら使徒に近づいてるわよ! 使徒に関する情報取得権はネルフにあるはずでしょうが! 明らかに越権行為だわ!」
 珍しく、ネルフの特権をキチンと覚えていたミサトに感心と、「そういう都合の言い事だけはシッカリ覚えてるのね」という若干の呆れを含んだ表情でミサトの指差す方へ目を向けた。
 なるほど、確かにモニターを観れば、国連軍が団体で使徒を取り囲んでいる。使徒が完全に沈黙した今、この後の彼らの行動など火を見るより明らかだ。
「情報を先取りする気ね……ま、当然でしょうけど。」
 何しろネルフは特権をフルに発動させて、国連にすらその情報を殆どシャットアウトしているのだ。こんな状況彼らが逃す筈も無い。
 後ろを見れば、ゲンドウが向こう側の司令官とコンタクトを取ろうと躍起になっている。
 それもご丁寧なことに緊急回線だ。
 これは有事の中でも特に緊急を要する時に使われる回線で、軍部においては最優先で回線を繋ぐ義務がある。
 そのため、逆に言えば、ちょっとやそっとな事では安易に使えない回線なのだが、有事でも無いのにそれを躊躇わずに使うあたり、彼の面の皮の厚さが伺える。いや、表情には出ていないが本気で焦ってるのかもしれない。
 まあ、アチラさんの司令官が回線を開くのも時間の問題だろう。故意だろうと無かろうと、開かなければ責任問題にまで発展する。幾らなんでもそれは彼らも避けたいはずだ。
(まあせいぜい押し問答で時間稼ぎ……その間に取れるだけの情報を掻っ攫うのが関の山……かしら?)
 使徒に関するアドバンテージは、まだこちらにあると確信しているリツコは、この後の展開を予想し、少し唇を歪める。
 恐らく今回、使徒の表皮くらいは削り取られるだろうが、まあそれは大した事ではない。使徒において重要なのはコアだ。そして今回、幸運にもコアは体内の中心に在る。いくら半壊しているとはいえ、これは一日やそこらで掘り出せるものではない。
(これは急いでチームを派遣しなければいけないわね。いえ、マヤを置いて私が行くべきかしら? アチラさんも私達が行くまでは居座るでしょうし、上手くいけばあのトレーラーの中を覗けるかも……)
 先ほどまで少々意識が飛んでいたリツコだったが、ここへきて途端にいつもの調子を取り戻した。
 考えてみればMAGIを開発したのは母であって自分ではない。色々な意味で絶対的な高位に存在した母の能力をも超える人物が要る(可能性がある)と言うのは、大層なショックであったが、逆にこれは母を超えるチャンスだと、リツコは思い直す。 
「回線繋がりました。映像出ます!」
 青葉の言葉に、リツコは若干意外そうな表情を見せた。もう少し焦らして時間稼ぎでもするものと思っていたが、随分あっさりと出たものだ。
 が、その直後、メインモニターに現れた人物を見て、そんな疑念などアッサリと消え去った。
 周りの職員たちも呆然としている。
 まず向こうが何か言う前に、高圧的な文句で押さえつけてやろうと目論んでいたゲンドウですら、その姿に固まってしまった。
「女……の子?」
 色々な意味で常識に囚われないミサトが、いち早く呆けから抜け出し呟いた。ひょっとするとリツコ辺りに聞いたのかも知れないが、生憎皆、頭が真っ白のままだ。
 そう、モニターに映るのは、紛れも無い少女であった。年の頃は12歳くらい。レイよりも更に色の薄い白銀の髪を腰近くまで伸ばし、目の色も同じく色が薄く、桜色である。そして当然のように肌の色も白かった。まさしく抜けるかのような白。
 それは、見るからに奇抜、レイ以上に異色な取り合わせであったが、その姿に違和感を感じた者は、不思議と誰一人としていなかった。まるで、彼女には彩など不要と神が定めたのではないか? と思うほどに、その姿は実に美しく、そして暖かかった。
 しばしの間、硬直状態が続く。
「……アリィ。」
 そんな中、一人だけミサトにコメントを反すものが居た。いや、ただの独り言か。
 ミサトは横目でその人物を確認する。声質からして分かってはいたが、やはりシンジだ。
 シンジは、いつもの彼の態度からは信じられないくらい呆けていた。目の前の少女に完全に釘付けである。
 その事に少し眉を顰めたミサトだったが、彼とはあまり喋りたくないので、とりあえず黙殺することにした。女の子に見惚れていたことは後で絶対嫌がらせのネタにしてやろうと心に決めていたが……
 シンと静まり返った発令所を見渡し、このリアクションもいつものことだとばかりに少し苦笑した少女は、その幼い顔立ちに似合わぬ大人びた微笑を浮かべ、ゲンドウに喋りかけた。
「碇総司令。緊急回線での応答とは如何いたしました? もう戦闘は終了致しましたが……ああ、挨拶が遅れました。私、国連総本部より今作戦の指揮を承りました、アリシア・パーソン中佐であります。」
 言ってアリシアは、穏やかな笑みを見せた。



To be continued...


(あとがき)

 今回短いです。本当はこの後のゲンドウとアリシアの問答まで書いて第6話を終わらせるつもりだったのですが、キリが良いのと、どうしても一言お伝えしたいことがあったので、ここらで区切ることにしました。
 あ、挨拶が遅れました。地球中心! です。
 では、早速皆様に伝達を申し上げます。

「今回、及び今後の使徒は全てTV版を基本とします。以上。」

 これだけ言っておきたかった。いや、ヤベーよ映画版。特にラミエルなんだあれは!
 あれは倒せない。変り過ぎてる。きっと真上にも撃てるんだろうな……まあ、観てない人は観にいきなさいな。

 そんなわけでまた次回……ひょっとすると今回よりも短いかも。

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