使徒、それはセカンドインパクトの根源であり、近き将来サードインパクト引き起こすと予想されている、正体不明の生物である。
 まるで特撮のような巨大な体躯を駆り、ATフィールドと呼ばれる絶対的な不可侵領域を誇る、その桁外れに非常識と目される存在に、国連は秘密裏に、ある研究機関を格上げし、特務機関として再設立した。
 それが『特務機関ネルフ』である。
 彼らは、使徒に対抗するべく、人造人間エヴァンゲリオンを開発、建造し、委員会と呼ばれる国連の特殊機関の庇護の元、一組織としては実に異例な数々の特務権限を駆使し、多大な被害と損害を被りながらも、2体の使途の殲滅に成功。
 だが、この戦闘において、取得できた使徒に関する情報は驚くほど少ない。
 その身体構造組織、習性、本能の有無、エネルギー源……その殆どが、未だ闇の中である。
 また、使徒はATフィールドを自由に扱うという事と、何故か第三新東京市を目指してくるという前提以外におよそ一貫性と言うものは無いに等しく、その攻撃方法及び(ATフィールドを除く)防御手段は多岐にわたると予測され、その為、今後の使徒防衛対策手段は非常に漠然的なモノにならざるを得ない。

 ちなみに過去、2体における使徒の攻撃方法は、以下の通りである。

 腕から突き出される槍状の武器。
 肩付近から伸びる鞭状の武器。
 そして……光線兵器。

 これらの攻撃方法が、今後の使徒に扱われる確証は無い。
 だが、一度実戦で使われている以上、その可能性は無視できない。寧ろ、警戒すべき攻撃方法の筆頭に挙げられるだろう。
 人類を守る最後の砦として、使徒が示した数少ない情報に対して、何ら対策を講じない事など、けしてあってはならないのだ。



「あの使徒が光線撃ってきたらどうするのよ? 前はそれで危なかったでしょうが!」(特務機関ネルフ本部作戦部長 葛城ミサト談)『第二次直上会戦後検討資料 マギ'sボイスレコーダーより抜粋』



新世紀エヴァンゲリオン 〜Storm of Sophistry〜

第六話(A−PART)

presented by 地球中心!様




「目標内部に高エネルギー反応!」
「……は?」
 オペレーターの慌てまくった報告に、ミサトは眉を顰めるだけだ。全く状況を理解できていない。
「円周部加速、収束していきます!」
「ちょっ、何言ってんのか分かんないわよ! 日本語で話しなさい!」
 構わず己の職務を全うするオペレーターに、ミサトも対抗するように、己の立ち位置を弁えない発言を大声でぶちまけた。
 無論、そんなことを言っても意味が無い。ミサトが日本語しか話せないのと同様に、ここに居る職員の殆どはドイツ語(と、人によっては英語)しか話せないのだ。
 当然、彼女が何を言ってるのかもヒアリング出来ていない……ニュアンスくらいは伝わっているかもしれないが……
 実は、通訳の人間が慌てて訳しているのだが、無駄にヒートアップしているミサトは、全くその事に気付いていなかった。
 同様にチルドレンのアスカにも情報が遮断されたままだ。何とも常識を疑う話だが、ミサトに指揮取らせるためには起動を日本語ベーシックにしなければならず、その所為でドイツ支部のスタッフは直接アスカに情報を伝えることが出来なかったのだ。
 伝達速度のタイムラグ。
 迅速な対応が求められるはずの使徒戦において、言葉の壁はハッキリ言って致命的だ。

「これは……加粒子砲?!」
 引き続き状況を確認していたオペレーターが、驚きの声を上げる。
「何ですって!」
 たまたま自分の知っている単語「Kanone(カノーネ):大砲」を耳ざとく聞き分けたミサトは猪突の如くオペレーターへと突っかかる。勿論聞き返しても現状の把握など出来はしないのだが……まるで出来の悪いコントの様な状況に、ドイツ支部司令アロイス・ビュンテは最近薄毛が目立ってきた頭を抱えつつ、こんな無茶な要求を通した天井人達に内心怨嗟の声を上げた。
 直後、モニター一杯に広がる光と、少女の甲高い悲鳴が発令所を荒々しく包み込んだ。
「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
「あ、アスカ!? 何? 何があったの?!」
 先ほどから全く状況を把握しきれていないミサトだが、さすがに拙いことが起こったくらいの事は分かる。だが、それでも彼女は、相変わらず傍らの通訳を無視して、直接オペレーターを問い質しているだけだ。
 そんな迷惑を一人引っ被っているオペレーターだが、勿論、ミサトの詰問は通じていない。いや、既に彼はミサトを無視していた。最初から鼻持ちならない女だとは思っていたが、隣の通訳にも耳を貸さないそのテンパりぶりを観て、「駄目だコイツ……」そう結論付けたのだろう。眼鏡をかけたインテリ然とした若い(それでもミサトより若干年上くらいであろうが)オペレーターは、直接アロイスに指示を仰いだ。
「戻せ! 早く!」
 その視線の意図を明確に汲んだ支部司令からの命令は酷く端的なモノだったが、意味を解するには十分だ。
「了解、エヴァ弐号機、戻します!」
 そう言いつつ、コンソールを操作する。程なくして弐号機は、地面に飲み込まれていった。
「弐号機収納確認。パイロット、心音微弱……停止しました!」
「心臓マッサージだ! 急げ!」
「了解……くそっ、駄目か!」
「蘇生するまで何度でも繰り返せ! 諦めるな!」
「…………っ、パルス確認!」
「よし、医療スタッフはケイジに待機しているな? 多少の無茶は構わん! 最速でパイロットを降ろせ! 降機シーケンスの4から8はすっ飛ばして構わん!」
「了解!」
 先ほどまでとは打って変わって、迅速で淀みないスタッフの働きで、パイロットの少女が医療施設へ搬送されていく。

「ほぅ……」

 一時的に危険から逃れたことで、弛緩するドイツ支部職員一同。
 一息ついたところで、今後の方針を多大な皮肉交じりで、あの馬鹿女に聞いてやろうかと、視線を下ろしたアロイスは、眼下の光景に少し呆然とした後、同じく呆然としている通訳の男に、恐る恐る尋ねた。
「……お、おい。あの馬……ミサト葛城一尉は何処行ったんだ?」
「「「はっ?」」」
 アロイスの信じられない言葉に、慌てて振り返るスタッフ一同。その視線に通訳の男は申し訳無さそうに縮こまった。
「そ、それが……先ほどもの凄い勢いで退室されまして……何処へ行ったかまでは……」
 しどろもどろに答える通訳の男。
 そのあまりに可愛そうな姿に、「気にするな」と労いの言葉をかけつつ、オペレーターの一人に、ミサトの捜索を命じ、自らも傍らの受話器を手に取った。コール先は委員会の議長である。
 ミサトの捜索を命じたものの、最早この件は彼女の手に余る事を、支部司令は確信していた。このまま手遅れにならない内に、ミサトによる指揮権を剥奪し、急ぎ対応策を練らなければ、人類以前に、ドイツ支部に未来は無い。
「……くそっ!」
 悪態をつきながら受話器を叩き返した。どうやら誰も出なかったらしい。
「おいっ! あの馬鹿女は何処行った?! まだ見つからんのかっ!」
 イラついたアロイスは体裁も投げやりに、オペレーターを問い質した。相当おかんむりのご様子だ。
 まあ、彼がここまでいきり立つのも無理は無い。いくらなんでも女一人探すのに時間を掛け過ぎである。最早あの女に望むものなど何も無いが、委員会への体裁の為にも彼女にはここに居て貰わねばならないのだ。
 大体、ここ暫らくの彼女の偽善的かつ短絡的な行動理念を考えれば、あの馬鹿がノコノコとセカンドの様子を見に行ったことなど簡単に想像つく事ではないか。
 まさかこのオペレーターはその程度の想像力も働かないのか? そんな、チョット失礼な事を考えつつ、ミサトの居そうな場所を示唆したアロイスだったが、「そこは一番最初に探しました」と言う身も蓋も無い返答を返されて、さすがに言葉に詰まってしまった。
 ではいったい何処に雲隠れしたのか? いっそのこと、あんな女の事など放っておこうかと半ば本気で考え始めていたその直後、場は唐突に動き始めた。
「司令! 整備部から緊急コールです。何者かが戦闘機F−25に乗り込んだ模様です。」
「なんだと! 敵前逃亡か! 何処の馬鹿だ!?」
 アロイスが声を荒げる。
 まあ、これはドイツ支部一同の共通した思いだろう。子供を矢面に立たせておいて自分だけさっさと逃げるなど、馬鹿(というより恥知らず)の所業としか言いようが無い。
「コックピットの映像出します。」
 その言葉と共に、各モニターに映し出されたその人物を見て、皆、開いた口が塞がらなかった。
 ヘルメットのアクリル越しに見える、漆黒の瞳。背中にまで達する、これまた漆黒の髪。そして、パイロット服を着る時間を惜しんだのか、この人物は普段着のままで戦闘機に乗り込んでいた。
 ネルフ御用達の赤いジャケットに黒いタイトなミニスカート……もう、これが誰かなど一目瞭然だった。そして、ドイツ支部一同は知ったのだ。自分が先ほどまで最低な女だと思っていた女は、己の想像以上に最悪だったのだと……そう認識するほか無かった。
「くそっ、連れ戻せ! 多少力づくでもだ!」
 アロイスは慌てて保安部に命令を飛ばす。つい勢いで「生死を問わず」と口走りそうになったが、それは寸での所で押し留めることに成功した。
「全く、最悪だな、この女……」
 憎憎しげに呟く。モニターには、最悪女ことミサトが、何か日本語でがなっているのが見える。どうせ、「ハッチを開けろ」だとか好き勝手なことを喚いているのだろう。無論、そんなものは無視だ。例えドイツ語で要請されたってそんなモノ聞くわけが無い。
 まあ、程なくして、保安部員達に連行されてくるだろうから、彼女には部屋の隅っこにでも待機して貰って、コチラで考案した作戦に首を縦に振らせれば一応の言い訳は立つだろう。
 アロイスはそう目論んでいた。
 だが、彼はまだ甘かった。己の中の最悪の位置づけが、非常に甘いものだったということを、彼はこの直後にまざまざと見せ付けられることとなる。

「うわああああああぁっ!」
 突然、オペレーターの一人が素っ頓狂な声と共に座席から立ち上がった。驚いたアロイスも他のスタッフ達も皆一様に彼に注目する。流れる滝汗、青を通り越して真っ白になっている顔色といい、その尋常ならざる様子が見て取れる。
「どうした? 使徒か!」
 立ち尽くしたまま身動ぎ一つしないオペレーターに焦れたアロイスは声をかけた。
 先ほどまで、ドイツ支部の直上にフワフワ浮いているだけの使徒であったが、何らかの動きがあったのだろうかと勘ぐる。
「い……いえ……」
 オペレーターは声を震わせたまま、ようやく否定の答えだけを返した。だが、その目は今だ目の前のモニターに釘付けのままだ。
 そのまま固まってしまいそうなほど硬直していたオペレーターだったが、彼は突然ガバッと振り返り、流れ落ちる涙も拭かず、悲痛な大声でとんでもない事を口走った。
「さ、先ほどの戦闘機専用射出口において、火災が発生! あ、あの馬鹿がハッチをミサイルで爆破! 逃亡を強行した模様です!」
「…………」
 シーンと静まり返る発令所内。皆一様に、今しがたの報告を把握しきれていなかった。機器の稼動音のみが静かな室内を満たす。
「た、直ちに消火活動及び人命救助の救援を送ります……」
 周りの茫然自失な様子を見て少し平静さを取り戻したオペレーターは、とりあえずの報告をしつつ、防災プログラムを発動させる。
 たちまち施設各所にけたたましいサイレンの音と共に、妙に機械的な女性のアナウンスが流れる。これで3分もしないうちにレスキュー隊が駆けつけるはずだ。
 もっとも、どこぞの馬鹿が壁と天井を吹っ飛ばしてくれた所為で、防災システムがイマイチ上手く働いていない。鎮火するにはそれ相応の時間を費やすことになりそうだ。
 加えて人的被害となるとこれはもう頭を抱えるしかない。戦闘機の整備点検をしていた整備部とあの馬鹿を連れ戻そうとした保安部の相当数が犠牲になったはずだ。

(敵はとるよ……必ずだ!)
 吹き上がる怒りによって、ようやく精神的復帰を果たしたアロイスは、最早欠片も見えなくなった戦闘機の飛んでいった先を見据えながら、そう心に誓った。
 と、その見据えた空にゴマ粒ほどの小さな影が映る。
「?」
 疑問に思う間もなく影はドンドン大きくなっていく。
「え、F−25……戻ってきます。」
 オペレーターも困惑気味にそれでも一応の報告を飛ばす。
(戻ってきたのか?)
 驚きと困惑の入り混じった表情で、心の中でそう呟いたその瞬間――
「ミ、ミサイル発射ぁ!?」
 あろうことか、ミサトの乗ったF−25は、ハッチを破壊したミサイルを今度は使徒に向けてぶっ放した。
 当然、ATフィールドを展開した使徒には欠片ほどの傷を与えることも出来ず、戦闘機はそのまま高速で離脱する。
「し、使徒内部に高エネルギー反応!」
「な、まさか……!」
 オペレーターの報告に一瞬頭を過ぎったその予想は、数秒後、現実のものとなった。

――カッ――

 圧倒的な光量によりモニターは真っ白に染まる。
「使徒! 加粒子砲を発射!」
 少々平静さを取り戻したオペレーターが、一応の報告だけ挙げた。
「目標は? やはりあの馬鹿か?」
「はい、恐らく……電磁波が酷くて確認が……出ました! 先ほどの使徒の砲撃はF−25を狙ったものと確定! F−25は……無事です。そのままドイツ領外へと離脱していきます。」
 そのオペレーターの報告を受けて、そこかしこから舌打ちが聞こえた。まあ、気持ちは分からんでもないが……
――Piririri……
 と、唐突にアロイスの傍らの電話機が鳴った。
(! 委員会!)
 これ幸いと受話器を取る。立場の違いは分かっていえど、彼らには言いたいことが山ほどあるのだ……
「議長! これはっ……は? それはそうですが……な! そんな無茶な! ちょっ、議長っ!」
 ひとしきり慌てたアロイスは、またもやしばし呆然とした後……
「くそっ!」
 握った受話器を思いっきり叩きつけた。イマイチ迫力に欠ける打撃音を響かせて、受話器だったモノの破片が辺りに飛び散る。
 何事かと振り返るスタッフ達に向って、未だ米神を引きつらせたままのアロイスは、当面の指示を打った。
「……あの使徒のデータを集められるだけ集めておけ。」





「……み、ミサト……」
 使徒がドグマへ侵入したときすら気丈に踏ん張っていた彼女だったが、身内の仕出かした恥業は、それ以上の効果があるようだ。リツコは、旧友(もはや親友とは呼べない)の名を呟いてヘナヘナと座り込んだ。
 ドイツ支部を見捨てて戦闘機で逃げるだけでも十分度肝を抜かれたが、更にわざわざUターンして、効くとはとても思えない対空ミサイルを使徒に撃ち込むなど、自殺行為も甚だしい。彼女にとってもデヴュー戦だった、第一次陸上会戦において、戦自の兵器と人員がどれほど失われたか、彼女はもう忘れてしまったのだろうか?
「どうして……あんな馬鹿なことを」
「随分難解な行動ですね……最初は単に逃げただけだと思ったのですが……」
 殆ど独り言に近かったリツコのうわ言に、シンジが合いの手を入れた。さすがにミサトの行動はこの少年の予想範囲すら上回ったらしく、少々引きつった表情で固まっている。
 少年に声をかけられたことによって、ほんの少し冷静さを取り戻したリツコは、ヨロヨロと立ち上がり、近くの椅子に腰を下ろした。さすがに立ったままでいるのは、まだ精神上辛い。
「赤木博士。」
 そんな意気消沈する彼女に無造作に声をかける者が居た。ゲンドウだ。
「初号機の発進準備を進めたまえ。ウイングキャリアーでドイツまで搬送する。」
「……は?」
 正式なはずの司令の言葉に、リツコもシンジも他のスタッフも、皆揃えて間の抜けた声を出した。
「申し訳ありません、司令……零号機ですね?」
「初号機だ。」
 やんわりと間違いを正すくらいのつもりで確認したリツコに、ゲンドウは一分の間を空けることも無く、即答した。どうやらマジらしい。
「待って下さい司令! 先ほど申し上げた通り、初号機を移動するだけでも半日……正確には7時間強の時間を要します。加えてドイツに搬送するだけでも8時間以上はかかるでしょう。つまり最短でも15時間……マヤ、使徒が発令所に到達する予想時刻は?」
「日本時間で翌日8時、約12時間後です!」
「間に合いません、司令! ドイツ支部はここ本部よりも強固なシェルター構造になっているのは私も知っています。それでも15時間なんです。」
 リツコは力説する。このまま零号機なら8時間(ミサトの様に戦闘機なら3時間だが、空輸機には無理である)。そこから4時間以内でケリをつける事が出来れば、最悪の事態を回避することも可能だが、初号機では一縷の望みすら有り得ないのだ。
 一番良いのは2機とも搬送することだが、残念ながら迎撃都市を理念においてあるネルフ本部にはウィングキャリアーは一台しかない。
「使徒殲滅が最優先だ! 試作型の零号機では性能に不安が残る。」
「いえ、サードが搭乗するのであれば零号機の方が最適です。確かにエヴァの性能は初号機の方が上ですが、サードとセットで考慮した場合、明らかに零号機の方が優位です。」
「だが零号機には実績が無い。よって初号機で出撃。これは命令だ!」
「このままでは最短12時間後にサードインパクトの危険性が!」
「20時間だ。」
「……は?」
「タイムリミットまで20時間ある。それまでに使徒を殲滅せよ。との事だ。」
 ゲンドウの言葉に、リツコは暫し何も返答できなかった。デスクの傍らに置いてあったコーヒカップとスプーンがカチャカチャ音を立てているのを見て、彼女はようやく自分が震えていることに気付いた。
 この男は、いや、この男たちは、とんでもない事を考えている。
 その事がリツコには理解出来た。出来てしまった。
 本来、ドイツ支部発令所までの要到達時間は12時間だ。これは訂正しようが無い。例え障壁の隙間を全て特殊ベークライトで固めても誤差は数十分も変わるまい。
 それを20時間と、大幅に引き伸ばしたのは,恐らく発令所の更に下があるからだろう。俄かには信じられない話だが、あの委員会ならそれ位の備えはしていても不思議ではない。だがそれは、間違いなくアダムを隠匿する、ただそれだけの為の巣穴だ。
 ドイツ支部の人員全てを引き篭もらせるスペースが在るとも思えないし、そもそもアダムの存在を考慮すればドイツの職員がそれを知っている可能性は限りなく少ない。ひょっとすると支部司令すらその存在を知らない可能性が高い。
 つまりは……見捨てると言う事なのだろう、彼らを。

――出来うる限りの情報収集と時間稼ぎをして死んでいけ――

 ゲンドウと委員会はそう考えている。恐らくドイツ支部には助けが来る事を仄めかした上で……
(そこまでして初号機を使いたいの? 彼らは……)
 さしものリツコも吐き気にも似た胸の苦しさを抑えつつ、頭上の上司を見やる。
 そこにはいつもの肘立てポーズを取った男が悠然とモニターに目を向けていた。



「碇、良いのか?」
「最下層のアダムに到達する前に使徒を殲滅せよ。その際ドイツ支部の被害に関しては考慮の必要なし……葛城一尉も既に脱出しているしな、委員会のお墨付きだ。対岸の火事が己の所まで回って来て、老人たちも尻に火が付いている。もう被害云々など言っておれんよ。」
 冬月の問いに、ゲンドウは何事も無いかのように答える。最も冬月はそういう意味で聞いていない。分かっていて惚けているであろうゲンドウににじり寄り、更に詰問を重ねる。
「……零号機でも構わん筈ではないか? そこまで老人たちも指定してはいないし余裕も無かろう。初号機に拘るのはお前個人の都合だ。」
「…………。」
「お前の思惑が判らんわけでは無い。だがこれはいくら何でも拘りすぎではないか? 最近、葛城君の事もあって職員たちにも疑念の声が高まってきている。ここでイタズラに不信感を煽るような真似はなるべく慎んだ方が良い。碇、いくら彼女に目覚めの兆しが無いからと言って焦りすぎだ。」
 どちらかと言えば補佐役に徹してきた冬月がここまでゲンドウに意見するのも珍しい。もっとも正論には違いないので、言われた本人には反論の余地が無い。
 それでも最後の意地とばかりに沈黙を貫き通す。どうやらここまで言われても命令を撤回するつもりは無いらしい。
 冬月も、苦虫を噛み潰したような顔で、押し黙った。司令に意見は言えても実際に現場を動かす権限は今の冬月には無いのだ。言うだけ言って、それでも上司が動かないなら、己は引き下がる他無い。
 モニターにはドイツでの使徒の姿と、その背後にフワフワと浮かんでいる弐号機の姿が見える。恐らくダミーバルーンだろう。
 彼らはこちらの助けが来ることに一縷の望みをかけて、使徒のデータ収集に勤しんでいる。さすがにこの状況下では縄張り云々を言っていられる余裕は無いらしい。頼んでもいないのに、使徒に関する情報がつぶさに本部へと送られてくる。
 これらの情報は、使徒殲滅に大いに役立つことだろう。だが、初号機での出撃を強行する以上、この努力がドイツ支部に報われることもまず無い。それがわかるだけに、さしもの冬月も、やるせない気持ちになる。
(やはり碇に付いて行くのは過ちだったか……それとも、こんな情を引きずる俺が甘いのか?)
 一向に結論の出ない2択に思考を埋没させる冬月。ちなみにこの自問自答は、今回で数えること46回目だったりするのだが、その事実に当人は未だ気付く事無く、一人暢気に悩むのだった。






 山の裾から生えるように現れた独式自走臼砲が、轟音と共に誘導火砲を発射する。ドイツのMAGIコピー制御の元、発射された砲撃は狙い違わず使徒へと逼迫した。

――ッィィーン!――

 だが、その必中の一撃も使徒本体までは届かない。肉眼でも確認できるほどに鮮明な波紋を描くATフィールドは、現代科学の力をあっさりと撥ね退ける。
 その直後、報復とばかりに撃ち出された使徒の加粒子砲が、独式自走臼砲を飲み込んだ。
 その後、再度独式自走臼砲を出すものの、2台目は姿を見せた途端に砲撃を受け、3台目に至っては日の目を見る前に山ごと吹っ飛ばされる。当然4台目は出せない……出す意味も無いが。
(ダミーバルーン、独式自走臼砲……対空は……ミサトがやったわね。射撃可能レンジ内に入り込んだ敵対物を自動的に排除するタイプか……弐号機と今の砲台を見る限り、視覚以外の捕捉能力を持ち得ていると考えたほうが無難ね。)
「使徒、再び高エネルギー反応!」
 オペレーターの青葉の報告と共に、使徒は通算8度目の砲撃を撃ち放つ。
「……?」
 使途が撃ったのは、施設も何も無い、演習として使われている森の方角だ。模擬戦闘でも行われない限り、あそこには何も無いはずなのだが……? それとも本部にも知られていない隠し施設でも在るのだろうか?
 リツコも首を傾げる。
「マヤ、今使徒の撃った場所って、何か在ったかしら?」
「いえ、データには載ってません。ですが、森林火災では説明できない熱量を発している事からも、あの場所に何らかの施設が隠されていた可能性は否定できません。」
 ネルフとて一枚岩ではない。公式データにも載っていないし、諜報でも引っかかってはいないが、まず間違いなく、あそこには何かが在ったのだろう。
(まあ、それもお披露目の前に潰されちゃぁね……無様だわ。)
 リツコは少し口元を歪めただけで、隠された施設からは興味を失った。



「動かないわね……」
 意味不明の使徒の最後の砲撃から1時間、その後、ドイツ支部は一切の音沙汰を見せなかった。まあ、出玉が尽きただけかもしれないが、先ほどまで引っ切り無しに本部へ報告と催促を繰り返していた事を考えると、この沈黙は少々不気味だ。
(まさか職員総出で逃げたか?)
 皆がそう考え始めた頃、ゲンドウのホットラインのベルが鳴った。
「なんだ?」
『エヴァの到着には後どれ程かかるのだ?』
 それは先ほどまでと何ら変わらぬ催促の電話だった。
「さっき言ったとおりだ。委員会の通達通り、急ピッチで発進準備を進めている。」
 嘘は言っていないが事実でもない。要らぬ混乱を起こされても面倒なので、ゲンドウは言葉を濁した。
『そうか……分かった。ではこちらも委員会の要望通り、奴の時間稼ぎに全力を注ぐことにしよう。』
 何か文句を言ってくるものと思われたドイツ支部司令は、予想に反してやけにあっさりと引き下がる。そのままホットラインは一方的に切れてしまった。
「どうした、碇?」
「……問題無い。」
 冬月の問いに素っ気無く答えつつも、ゲンドウは先ほどのドイツ支部司令の催促が、今までと違い落ち着きを取り戻していることに強い疑念を抱いていた。
 そしてその予感めいた疑念は、この後現実のモノとなって本部の職員全員に見せ付けられることとなる。





「リツコ! エヴァを出すわ。発進準備お願い!」
 威勢良く発令所に乗り込んできたミサトは、職員全員の白い目にも気付かず、司令への帰参の挨拶も、ドイツでの出来事を悪びれることも無く、さも当然の様にそうのたまわった。
「やってるわよ。」
 リツコは使徒のデータ整理をしながら素っ気無く答えた。ミサトの方を見向きもしないのは彼女なりの怒りの現われだろう。
 普段のミサトなら、こういう感情の機微には寧ろ敏いのだが、今は使徒に目を奪われているので気付くどころか気にしもしない。
「すぐ出して!」
「無理よ。出撃準備だけでも後3時間はかかるわ。加えてドイツまで運ぶに更に8時間。これ以上は詰めようが無いわ。」
「ちょっと、どういうことよ? それ!」
 後手過ぎるリツコの言葉に、切れ気味だったミサトは完全に切れた。リツコの右肩を掴み、強引に自分の方を向けさせる。
「丁度初号機を第二実験場に移送してたの。あそこは射出口が無いから地上へ送り出すだけでも半日がかりなのよ。」
「零号機は? 再起動実験はどうだったの?」
「再起動は成功。直ぐに出せるわよ。」
「じゃあっ!」
「司令の命令よ。零号機では実践に不安が残る……だそうよ。」
 リツコの投げ遣りな言葉に思わず振り向くミサト。視線の先には何時もと変わらぬ姿勢でゲンドウがミサトを見下ろしていた。
「司令! 事は一刻を争います。サードインパクトの危険性は勿論、このままドイツ支部を見殺しにしてはネルフ本部の沽券にも関わります。今は零号機を出すしか、レイにかけるしかありません。直ちに零号機の発進準備の許可を!」
 威風堂々。司令を相手に真っ向から意見するミサトは実に凛々しかった。
 ドイツ見殺し云々については、お前が言うな! という思いも有るにはあったが、零号機の出撃については基本的に賛成なので、誰もツッコミは入れない。
「……駄目だ。」
 一刀両断。ここに居る全員、元から期待してはいなかったが、やはりミサトの言葉ではゲンドウの意志を覆すことは出来なかった。
「しかしっ!」
「葛城一尉、指揮を取る気が無いのなら出て行きたまえ。有事ゆえ後回しにしているが、君には敵前逃亡の容疑がかけられているのだが?」
「なっ!? どういうことですか、それは?」
 思わず驚き、抗議の声を上げるミサト。その自覚の無さッぷりに周りの職員たちもミサトとは別の意味で驚き、振り返る。
 側近中の側近、ミサトを最も支持している日向マコトですら、信じられないものを見た表情で固まっている。
 皆、仕事も忘れて二人の対峙に注目した。
「どうするのかね?」
 有無を言わさぬ二択。というか、ここまで言われては、選択肢など一つしかない。
 結局ミサトは渋々ながらも初号機での戦闘を許容した。



「……リツコ、私が敵前逃亡ってどういう事よ?」
 渋々ながら使徒の情報に目を通していたミサトだが、先ほどの敵前逃亡の言葉がチラついており、どうにも集中出来ない。
 堪らずリツコに尋ねた。
「どうもこうも……貴方、弐号機が撃退された後、さっさとF−25に乗り込んで逃げてきたでしょ? 衛星中継でもバッチリ映ってたし、誤魔化し様が無いわよ?」
「はぁっ?! 何言ってんのよ! こうやって戦いの場に飛んできた私がどうして逃げたことになってんのよ?!」
 リツコのウンザリなセリフに、猛然と反論するミサト。それこそ言外に「あんた頭おかしくなったんじゃない?」的なニュアンスが溢れ出るほどに彼女は己の正当性を疑わない。
 ミサトにすれば、弐号機がやられた時点で本部に飛ぶのは当然のことと思っている。話は通じない、弐号機は為す術も無くアッサリやられた、しかもスタッフはコチラの指示を仰ぐ事無く勝手に行動している。
 あんな駄目駄目な連中を相手にしていては使途など倒せるわけが無い。と、彼女は本気で思っていた。
「……はぁ、もう良いわ。ところでミサト、貴女どうして使徒にミサイル打ち込むような真似したの? あんな攻撃効きっこない事くらい、いくら貴女でも分かるでしょう?」
 語るに足らず……そう感じたリツコは意図的に話を逸らした。
「あ……えっとぉ、それはぁ……」
 途端にしどろもどろになるミサト。その姿を見てリツコの中での予想は確信に変わる。
(ミサト……貴女……)
 おかしいとは思っていたのだ。一度は使徒の射程外まで逃げ果せたにも関わらず、わざわざUターンしてまでミサイルを撃ち込んだあの奇行。およそ意味があるとはリツコにも、他の職員全員にも思えなかったのだ。
 故に考えられるのは突発的感情的な行動。そうあの時、使徒へ攻撃を繰り出したのは何のことは無い。ただ、逃げ出す自分に見向きもしない、完全無視を決め込まれたことに、勝手に腹を立てていただけなのだ。
 知らず、溜息を付くリツコ。目の前のミサトは、必死で言い訳じみた事を言っているが、「ほら、あん時はアレだから……」とか何とか、意味不明の御託を並べるだけでサッパリ要領を得ない。
 己の行動を恥じているのか、自分の取った行動が本気で訳分からなくなっているのかは、正直微妙だ。
「まあ、その辺は後で報告書に記載するとして……」
 リツコの助け舟(?)にホッとするミサト。結局は後で言い訳を考えなければいけないのだから、ただの問題の先送りなのだが……
「初号機の発進準備が出来たとして……貴女どうするつもり?」
「決まってんでしょう! 使徒を倒すのよ!」
「どうやって? って、まあドイツまではウィングキャリアーで搬送するわ。貴女に聞きたいのは、向こうに着いた後の事よ。」
「だから使徒を……」
「つまり、シンジの判断に任せる。ということで良いのかしら?」
 リツコは半ば本気で、それも悪くないと思っていた。まあ、隣の女は絶対了承しないだろうが……
「なっ! 駄目よ!」
 案の定力いっぱい否定された。
「だったら作戦考えなさい。単にエヴァを運んだってそれじゃあ弐号機の二の舞になるだけよ。」
「……そう言えば、弐号機って何でやられたのかしら?」
「呆れた……それすらも知らなかったの?」
「だっ、だってアイツ等何も私に教えようとしないのよ!」
「隣の通訳の人が必死で説明してたみたいだけど?」
「…………」
 リツコはまたも深々と溜息を付き、ミサトにニ枚のディスクを手渡した。
「使徒の情報の詳細、まとめて入れてあるから。それからもう一枚は、貴女が居ない間に行われたエヴァの実験結果よ。それ見て作戦考えてらっしゃい。」
 ミサトは、そのディスクを受け取ると、まだ納得いかないのかブツブツ呟きながら発令所を後にしていった。
「あんなのでマトモな作戦なんか思いつくんですかね?」
 シンジは深刻半分に問いかける。さすがに今回の作戦は彼にとっても重荷のようだ。何時もの軽薄さは也を潜めている。
 状況の深刻さについてはリツコも同感だ。
 何せ、ドイツ支部は迎撃都市では無いので、コンセントの場所は第三新東京市に比べ、遥かに少ない。
 施設周辺及び、演習場の森林に数ヶ所在る程度だ。そして、その全ての位置が使徒の攻撃射程範囲内であり、もっと言えば、数時間後に使徒が侵入すれば、その電力供給すらストップする可能性も否めないという、洒落にならないくらい無い無い尽くしの状況だ。
 少なくともリツコには、この状況を打開する案という物は、一切考え付いていなかった。恐らく、否、間違いなくミサトにも無理だろう……愚にも付かない作戦を自信満々に持ってくる可能性なら十分に有るが……
「さあ?……そういうシンジ君ならどうする?」
「僕なら……そうですね。」
 シンジはしばし考え込んだ後、幾つかの案を出す。
「使徒の攻撃法が射撃一辺倒な場合に限りますが、一つは奴の砲撃を掻い潜り、接近戦で仕留める方法でしょうか? 見たところ、向こうも出力最大・時間無制限と言う訳にはいかないようですし、間隙を縫って接近、円周部の一端でも破壊できれば、後はどうと言うことは無いです。」
「避けるって……一応確認しておくけど、出来るの?」
「至難なのは認めますが……ここで観ていても使徒が攻撃する瞬間は手に取るように分かりましたし、まあライフルの弾を避けるのと同等と考えれば……正確には『弾が通る位置と瞬間を見極めて、事前にその場から居なくなる』というのが正しいんですが。」
 事も無げにのたまうシンジに、リツコはもう驚きもしなくなっていた。
「この作戦の問題点は3つ。一つは内部電源に頼るしかないので、どうしても短期決戦となります。使徒の射撃間があまり短期で充填されてしまうと、回避一辺倒になって使徒に接近できません。」
 確かに……リツコもその可能性は有り得ると思っていた。実際、ドイツから送られてくるデータから、おおよその使徒の射撃間隔をはじき出してはいるが、これが使徒の限界とは言い切れないし、もう少し知恵が回れば、威力低めで連射という戦法に切り替える可能性も否めない。
「後2つは?」
「掃射の可能性です。今のところ直線的な攻撃しか見せてませんが、それを避けて見せた場合、横薙ぎに攻撃を切り替えるかもしれません。そうなったら恐らく飛ぶしかないでしょうけど……」
 そう言って、シンジは少し困った顔を見せた。皆まで言わなくともその先はリツコにも想像がつく。上空に逃げた初号機は全くの無防備だ。
 盾を持たせれば、致命的な一撃は避けられるかもしれないが、それはエヴァの機動力を放棄するに等しい。
 加えて、本来エヴァの代名詞である筈のATフィールドは、何とか近距離で使徒のフィールドを中和する位は出来るようになったが、防御手段としてはチリ紙に均しい。
「最後に砲撃とフィールドの同時性……でしょうか? 僕のフィールドでは中和する時間が命取りですからね。フィールドの張れない時を狙うしか無いんです。常識的に考えて砲撃と同時に同じ方向へフィールドは展開できない筈なんですが……」
「実際に確認したいところだけど……ドイツの武装も粗方使っちゃったみたいね。」
 まあ、通常兵器ではあの砲撃を避けられるとは思えないので、どちらしても無理っぽいが。
 眉根を寄せるリツコに、シンジは「実は……」と話を繋ぐ。
「一応、もう一つの案が……」
 肩先で止めていた、右手の指をもう一本立たせ、シンジは自信無さげに次策を述べた。

「上空からの落下襲撃……ねぇ。」
「ええ、観たところ奴の砲撃角度はそれほど広くには取れません。上空を大きく迂回して、直上から落下すれば、砲撃は来ない……見た目通りならですが。」
 確かに、スリットは地面に水平だ。真下にドリルが伸びていることもあり、イキナリ直角にスリットが生じるとは、如何に非常識な使徒とは言え、考え辛い。
「そうね……で、こっちの問題点は?」
「まずは単純に、着地の衝撃にエヴァが耐えられるものなのか? と言う点。もう一つ、落下したとして、上手く使徒の天辺を捕えられるのか? と言う点。最後に、これは最初の問題点ともリンクしますが、使徒を倒すには、最低どれ程の高さが要るのか? まあ、この3点ですか。」
 言われたリツコは一つずつ問題点を慎重に吟味する。
 一つ目の落下衝撃の問題だが、これは初号機その者に備わった非常識なまでに高い耐久力とシンジの身体能力、加えてMAGIのサポートがあれば、高度3000m程度からの落下であれば、十分に耐えられるはずだ。
 二つ目も先と同様、MAGIのサポートで落下位置を割り出す他無い。コンマ1の狂いも許されない緻密な計算が要求されるであろうが、リツコは己の名を賭けてでも必ず成功させる自信がある。
 問題は三つ目だ。エヴァ本来の重量と3000mからの加速度を加えた衝撃は、相当な質量兵器だ。使徒の身体などコアごと串刺しにすることも可能だろう……ATフィールドが無ければ、であるが。
 実際、ドイツの情報収集で、頭上へのフィールド展開は確認されていない。頭上を狙ったミサイル攻撃等も有るには有ったのだが、それは全て迎撃されてしまったのだ。
 では、今回の使徒は側面にしかフィールドを張れないのか? そう問われれば、リツコはまず間違い無くNOと答えるだろう。
 何せ最弱のフィールドしか張れない初号機ですら360度全ての方向に展開は可能なのだ。使徒に出来ないとは思えない。
 中和するにしても、初号機のフィールドでは完全中和に僅かなタイムラグが生じてしまう。まず間違い無く完全中和前のフィールドに突っ込むこととなるだろう。
 そうなると、本体に到達する前に弾かれてしまう可能性も否めない。
 無論、高度を更に上げれば、フィールドごと使徒を貫くことも、理論上は可能だ……エヴァ及びパイロットの損害を無視すればの話だが。
「問題はフィールドか……マヤ?」
「何ですか? 先輩。」
「使徒の新しいデータは入ってきてる?」
「いえ……さっきから静かなもので……こちらの呼びかけにも応答しません。」
「そう……いいわ、初号機の発進準備は整備部とウチから最低限の人員が居れば十分だし、貴女はシンジ君とスタッフを連れて零号機で起動試験をしてちょうだい。司令には内緒でね。責任は私が持つわ。」
「え? でも、零号機は出さないって……」
「ええ……でも、そんなこと言っていられる状況じゃないの。今は可能性の有るものは全て試しておかないと……零号機とシンジ君の組み合わせでATフィールドの出力を知っておきたいのよ。今すぐにね。」
「先週はそこまで実験できませんでしたからね……分かりました。」
 リツコの真剣な表情に触発されたか、マヤは力強く頷くと、発令所を出て行った。
「では僕も。」
「お願いね……」
 そう言って振り向いたソコには、すでにシンジの姿は無かった。



「リツコ〜、作戦出来たからMAGIで試算して頂戴。」
 ドタドタと走りこんできたミサトの手には、A4コピー紙が数枚握られていた。
 そこには、いい加減に書き殴ったらしく、かなり汚い字で、作戦の概要らしきものが記されていた。一枚目の上部には作戦名らしく「バリスタ作戦」と、わざわざレタリングしているのがリツコの頭痛を誘う。この直後、たまたま裏をめくったリツコは、この用紙がコピー紙ではなく、未だ提出されていない始末書の裏を使ったものであることを悟り、彼女の頭痛はさらに酷くなった。

「目標の射程範囲外、超遠距離射撃によるコアの一点突破ね……」
 色々ゴチャゴチャと書かれているが、要約すると、まあ早い話が狙撃である。
 ドイツ中から電力を掻き集め、陽電子砲でATフィールドごと貫く。近寄れないなら遠くから……ドイツから送られてきたデータを鵜呑みにしている上に、かなり乱暴な策(これはシンジの策も同様)ではあるが、シンジとは違った戦法には一読の価値はある。
 ちなみにミサトは、「チョッチ休憩してきるわねん。」等と言って、何処ぞへと消えて行った。エビチュは飲まないように。と注意しておいたが、果たして守ってくれるかどうか……
(まあ、ミサトにしては結構考えた方かしら? ドイツの電力は……確か50Hz統一ね。実際掻き集めるのはドイツ政府に任せるとして、問題は陽電子砲か……ウチにも国連にもそんな大出力に耐えられる代物は無いし……確か戦自にプロトタイプのポジトロンライフルが在ったわね。でもドイツで使うとなると変圧器が必要か……それはもう自作するしか……)
「赤木博士?」
「?! ああ、シンジ君。実験は終わったの?」
「そうなんです! 先輩これ見てください。」
 シンジの傍らにいたマヤが喜び勇んでデータをリツコに渡す。
 そこに書かれているデータの数値を見て、リツコも思わず目を見開く。
「シンクロ率が50%を越えてるんです! ATフィールドだって!」
「マヤ、少し声が大きいわよ。」
「あっ、す、すいません……」
 リツコはやんわりとマヤを嗜める。別に今更聞かれたところで構いはしないが、ミサトの案も出ている以上、必要ないことでわざわざ波風立てる必要も無い。
「まあ、気持ちは分からなくも無いわ。フィールドの有る無しは作戦成功率もケタ外れに違ってくるだろうし……」
 予想以上の結果に希望が見え始めたか、リツコも若干興奮気味だ。問題は、どうやってあの髭眼鏡に零号機での出撃を認めさせるかだ。リツコは脳内シミュレーションを幾度となく繰り返し、このデータを公表するタイミングを模索する。まだ彼女(というか、ゲンドウ以外全員)は、ドイツ支部を見捨てる気にはなれなかったのだ。
「すいません……これ、何です?」
 え? と振り向くと、真後ろでシンジが紙をペラペラ捲っていた。そう、「バリスタ作戦」である。
「ああ、ミサトの案よ。早い話が、もの凄く遠い位置から、狙撃してしまおうっていう作戦。今試算中よ。」
「ふ〜ん……なるほどね。エヴァでぶん殴ることばかり考えていた僕にはチョット思いつかなかったかな? ていうか、作戦らしい作戦って今回が初めてじゃ? う〜ん……不足の事態に関する項目が全然無いけど……あれ? 赤木博士、これ無理っぽく無いですか?」
 使徒の能力データを鵜呑みにしている作戦概要に少し眉を寄せながら吟味していたシンジは、突然不吉なことを言って振り返る。
「え? そんな! 何処がなの?」
 かなり焦った調子で理由を尋ねるリツコ。彼女はネルフで最もシンジを評価している一人だ。故に彼の言葉は決して無視出来ない。
 そんなリツコを少し見て――
「う〜ん……まあ、折角試算してるんですし、結果を見てからにしますか? 僕とMAGIの見解を併せた方が色々確認もしやすいでしょうし。」
 作戦概要書(と言うにはかなりショボいが)を見詰めながら、シンジはかなり深刻な表情で、そう提案した。



「反対2、条件付賛成1……」
「せ、成功確立0.8%……ですか? せ、先輩これって……」
 リツコとマヤ、師弟コンビ揃って顔を青褪めさせる。先ほどまで希望の光が見えていただけに、落胆も一塩だ。
「完全な見落としね……いえ、知らず知らずの内にコッチの環境と同一に考えてたのかしら? いずれにしても……」
 無様だった。条件付きの賛成があるとはいえ、とてもじゃないが実際に行えるような作戦ではない。
「やっほー、リツコ。結果ぁ……出たかしら?」
 そこへタイミングを見計らったかのように、能天気な声に偽らぬ満面の笑顔でやってくるミサト。ちなみに語尾でトーンが下がったのは、シンジの姿を見かけてしまったからである。
 本当は、先ほど司令と直談判していた時も居たのだが、その時は何時も以上に周りが見えていなかったので、気付いていなかったのだ。
 ミサトはチラチラと横目でシンジを鬱陶しそうに睨みながら、リツコから計算結果を引ったくり――
「何よコレー!」
 大方の予想通り、大絶叫を響かせた。



「ちょ、リツコ! 何でこんな低いのよ?! なんか計算間違いしてるんじゃない?」
「失礼ね! この作戦の成功確立が低いのは、そもそもの環境条件に見誤りが有ったからよ。MAGIの所為じゃ無いわ!」
 顔を突きつけ合わせて罵り合う二人……ハッキリ言って美しくない。
 その周りの雰囲気に気付いたか、バツが悪そうに居住まいを正すリツコ。ミサトはまだ睨んだままだ。
「それで、一応答え合わせしておきたいんだけど、シンジ君の予想も、コレと同じだったのかしら?」
 誤魔化し半分に、リツコに話を振られ、思わず苦笑するシンジ。リツコを睨んでいたミサトの顔が、そのままコッチを向いたからだ。
「(別に僕の所為じゃ無いんだけどな……)おおよそは解析結果と同じですね。」
 そう切り出して、シンジは仕方なく説明を始めた。
 ミサトの考案した作戦の不具合。その原因は『狙撃できる様な適当な場所が無い』という一点にある。
 それはどういうことか?
 これは本部のみならず、他の支部でも言えることなのだが、ネルフは基本的に秘密主義である。
 金銭の流用目的、設備、科学技術に至るまで、ネルフは硬く門戸を閉ざしているのだが、ドイツに関しては、支部施設そのものが非常に排他的な場所に設立されているのだ。
 四方を山で囲まれた渓谷のような盆地。ドイツ支部の設立場所を簡潔に纏めればそうなるだろうか?
 限られた数ヶ所のトンネル以外は、全て山に囲まれており、その山も、殆ど崖と言っても差支えが無いほどに勾配がキツイ。コレでもかと言わんばかりに、他者の侵入を決して許容しない地形だ。
 それは無論、自然で出来た地形ではない。
 元は盆地でしかなかった敷地を、当時セカンドインパクトで二進も三進も行かなくなっていたアジア諸国から人工を掻き集めるという、非常に単純明快な人海戦術で、ドイツ支部の中枢部を掘下げていったのだった。そして、その時に出た土砂を、周囲に積み上げていったのである。
 元から盆地であったため、もしドイツ支部の様子を上空から覗くことが出来るなら、それは恐らく、底の浅いお椀の様に見えることだろう。その規模は、中枢部を中心とした、半径5km。ちょっとした町ほどの大きさである。
 かなり広い面積ではあるのだが、今回のミサトの作戦では、それでも足りなかった。
 というのも、ドイツから送られてきたデータを元にMAGIで計算させた結果、今回の使徒の予想最長射撃距離は、6.6kmと出たのである。対してドイツ支部の半径は5km……射程範囲内である。
 よって、ミサトの作戦を実行するには、ドイツ支部の敷地外に出なければならないのだが、そうなると今度は、周辺の山が邪魔をして、中の使徒を狙えないのだ。
 『本部よりも難攻不落』そう謳われていたドイツ支部の、その不落の要因である山岳が、ドイツ支部救済の防壁となっているのだから皮肉な話だ。

 シンジの説明が終わる頃には、ミサトは歯茎から血が滲まんばかりに奥歯を噛み締めていた。
 彼女にしてみれば、万全を持って練り上げた作戦なのだ。それをこうも簡単に駄目出しされては面目が立たない。成り行きとは言え、指摘しているのが彼女の最も嫌っているシンジだということも苛立ちの要因の一つだろう。
 そんな彼女がキレるのに、それ程の間は要らなかった。それこそ逆ギレ気味に声を張り上げる。
「じゃあ、他にどうすれば良いって言うのよ! 近づくのが論外なら遠くから仕留めるしかないじゃない! 他に策なんて無いわよ!」
 ある意味ギブアップ宣言とも取れるミサトのセリフだったが、周りからの視線はそれ程白くは無かった。何しろ、他の職員とて、何ら策など思いつかないのだ。寧ろ、ミサトが曲りなりにも策を練ったことで、多少ミサト株が上がったくらいだ。
 だが、株が上がっても作戦成功率は1%にすら届かないのが現状だ。自己完結してしまっているミサトを他所に、シンジとリツコは、先ほど話し合った作戦をいつ提示しようかと、タイミングを窺う。
 その取っ掛かりとして、シンジは少し疑問に思っていたことを口にした。
「赤木博士、これ程成功率が低いにも関わらず、賛成が居るんですね?」
「? ええ……条件付だけど……どうかしたかしら?」
「ああ、いえ。いったいどんな条件付けたのかな? と思いまして……」
 シンジの何気ない素振りにミサトもリツコに目を向ける。何しろ、この惨憺たる結果を見せ付けられてなお、賛成が居るのだ。その条件をクリア出来ればもしくは……
 ミサトの目が爛々と輝く。
「ああ……まあ、有るには有るんだけど……」
 リツコは眉を顰めつつ、その条件とやらを語り始めた。
「今、ミサトの作戦で最もネックになっているのはドイツ支部を覆う山岳。なら、その山を消してしまえば良いのよ。」
「ちょ、それって……N2?」
 リツコの不吉なセリフにミサトは即座に最大破壊兵器の名を口する。
「ええ、ただN2の使用にはドイツ支部の承認……正確に言えば、今現在指揮権を保有しているドイツ支部の承認が必須条件。だからN2落とす前に通達を入れないといけないんだけど……音信不通みたいね。」
 言って、上を見上げる。そこにはゲンドウと冬月の2人が顔をくっ付けんばかりに近づいて受話器に耳を寄せている。
 どうやら未だ色よい返事は来ていない様だ。
「音信不通って……なんかトラブルでも遭ったの?」
 今のドイツの現状を無視するかのようなセリフをのたまうミサト。
 確かに使徒が来ている事はトラブル以外の何者でも無いが、現状はミサトの言うような単純なモノではなかった。
「いいえ、ラインは繋がっているの。ただ、ドイツが回線を開けないから連絡を取れないのよ……」
「ちょ、何よそれ! 今は一分一秒でも時間が惜しいときでしょ。この一大事にコッチを無視するなんて何考えてるのよ?!」
 途端に憤慨するミサト。自分の作戦が駄目出しされた上に、周りの状況も上手く事が運ばず、彼女はまたキレかかっていた。
 まあ、確かにミサトの言うことも正論だ。タイムリミットが近づいているからこそ、密な応答は必須のはずである。
 最も、わざわざ出立の遅れる初号機を出そうとしている時点で、本部にそれを言う資格は無い。例えゲンドウの独断であろうとも……だ。
 そんなミサトを横目で見ながら、リツコもリツコでドイツの反応には些か疑問を感じていた。
 この状況下、仮にドイツ支部に不測の事態が起きているのだとすれば、さすがに国連本部が黙っていないだろう。だが、その国連から通達も無ければ、様子伺いすら無い。これはどういうことなのか?
 そして、それはゲンドウも同感だったらしく。何度か国連に特例をもっての指揮権の移譲を申請していたようだが、何故か全て突っぱねられていた。過去幾度と無く、委員会の後ろ盾をフルに活用し、多少の無理でもゴリ押しで道理を引っ込ませてきたネルフなのだが、今回のように、無下に扱われることなど、今まで一度も無かった出来事だ。
 何かがおかしい……リツコとゲンドウ(ついでに冬月)が言い知れぬ焦りを感じ始めた頃、唐突にホットラインが鳴り響く。
 何時もなら、余裕なのか見栄なのか、数秒の間を置いてからユルリと受話器に手を伸ばしていたゲンドウだったが、さすがに若干の焦りがあったらしく、プロの百人一首を彷彿させるかの様な手捌きで、即座に受話器を取り上げた。
「はい……これは事務総長。ええ、現在急ピッチで……は? いえ、ですがまだ……はい……承知しました……」
――ガチャンッ!――
 ゲンドウは無言で受話器を戻した。その叩きつけるかのような音だけでも、彼の不機嫌さは容易に窺い知れる。
「どうした? 碇。」
 明らかに思惑外なゲンドウの様子に、堪らず冬月が声をかける。
「後30分以内にエヴァを出せなければ、国連軍に指揮権が委譲する。そう言って来た。」
「なんだと!?」
 瞬間、驚く冬月だが、すぐに冷静さを取り戻した。そして、恐らくこうなった要因を口にする。
「ドイツからの要請か?」
「ああ、奴ら生き残りの為に国連に援軍を要請したようだ。」
 何時も通りの平坦な口調だが、その言葉に滲み出る忌々しさを、冬月は感じ取っていた。
 確かに、ここで国連軍を介入させるのはあまり宜しいとは言えない。ドイツと本部間の話なら色々融通ついたものが、国連軍が絡むことによって、今後の使徒戦に要らぬ介入をしてくる可能性がある。
 まあ、実際は委員会が抑えるであろうが、少なくともネルフ本部の威信は著しく下がることは覚悟しなければならない。
 色々と頭の痛いことをしてくれた……冬月もそうは思うが、この一件は一応正式な手順を踏んだモノなので、ネルフ本部は何も言えない。
 有事に動けない自分自身が悪いのだ。
「今、零号機を出せば間に合うぞ?」
 駄目元でもう一回聞いてみる。
「構わん、どうせ奴らに使徒は倒せん。コチラは予定通り初号機を出す。」
(やっぱりな……)
 予想通りのゲンドウの言葉に冬月は内心盛大な溜息をつきながら、国連からの通達をリツコにも伝えた。

「国連が動いたのですか?」
「ちょっ、どういうことですか? それは!」
 その想定外な情報に、リツコは内心納得し、ミサトは心のまま憤慨した。
「うむ、だが国連では良いとこN2を使っての時間稼ぎしか出来まい。我々の予定に変更は無い。引き続き発進準備を進めてくれ。」
「その事ですが、副指令。」
 話を切り上げようとしたところに、リツコから待ったがかかる。しかも並んで居座っているゲンドウを無視して副指令である自分を名指ししてきた。
 一瞬片眉を上げた冬月だったが、恐らくゲンドウには賛同を得られない話なのだろうとあたりを付けた冬月は、そのままリツコの主張を促した。
 そしてそれは、冬月の予想通りであった。
「先ほど葛城一尉の作戦を初号機を使ってシュミレートしてみたところ、成功確立は1.8%でした。しかも事前に、外周の山岳の一部をN2で爆散することが必須条件です。」
 言って、作戦の詳細をメインモニターに出す。
「ううむ……碇、これは……」
「反対する理由は無い。やり給え。」
「おいっ!」
 掛け合い漫才をするオッサンを尻目に、リツコは更に言葉を続ける。
「ちなみに零号機を使用した場合、成功確立は12.2%です。」
「…………」
 それは、低レベルの比較とは言え、圧倒的な差であった。徹底した確率論に、さしものゲンドウも黙り込む。
「なによ、リツコ。そういうことは早く言いなさいよ。零号機なら確実じゃない。司令、これはもう零号機を使う他ありません。直ちに発進準備の許可を! あ、リツコ、レイは今何処?」
 リツコの証言に得意満面になったミサトは、早速レイの所在を確認し始めた。
 成功率1/8なのに、何故コイツはこんなに浮れているのだろう……? そのお気楽な態度に、リツコは軽く溜息を付きつつ、ミサトの勘違いを訂正し始めた。
「ミサト……これはシンジ君を乗せた確率であって、レイじゃないわ。彼女の場合、成功確率は5.8%よ。現時点でシンクロ率はレイよりシンジ君の方が高いの。こういう精密作業はシンクロ率がモノを言うから、そのまま成功率に比例するわね。ついでに言うと、初号機の成功率が極めて低いのは、精神汚染が要因ね。狙撃のように一点集中を要する作業には、初号機はコンディションが悪すぎるの。」
「はあ?! なんでコイツが零号機にまで乗るのよ?!」
「ミサト……さっき実験データも渡したはずだけど?」
 今更なミサトの言葉に、リツコも分かっていながらツッコミを入れる。
「え? い、いや……ほら、使徒殲滅の方にかかりっきりになってたから、使徒の方のデータしか見てないのよ。」
 そんなミサトの言に、職員全員、特に作戦部のメンバーが目を剥く。
 使徒殲滅の模索ににかかりっきりなら、身内の能力の把握は必須事項の筈なのに、それも知らずに作戦を立てるなど、どういう了見なのだろうか?
 当の本人は、相変わらずしどろもどろな言い訳(になっていない言い訳)を続けている。その姿にリツコは更に溜息が深まった。
「副指令、実はもう一つ策があります。これはサードチルドレンの発案を元にプログラムしたものですが……」
「ちょ、リツコ! 何よそれは!?」
「貴女が来るまでの間に聞いてみたのよ。参考にでもなれば、と思ったんだけど、これが意外と良さそうだったから……」
「何言ってんの! そういうのは作戦部の仕事よ! ど素人のガキが口出しして良いモンじゃないわ! 却下よ却下!」
 唾を飛ばさんばかりに捲くし立てるミサト。顔を近づけられたリツコはさも迷惑そうだ。
「で、どういうものなのかね?」
「副指令!」
「止め給え、葛城一尉。この状況で選り好みなど出来ると思っているのかね? それに今までの使徒殲滅はサードチルドレンの判断によるものが大きい。今更彼をど素人と貶める事など出来んよ。」
「…………」
 ミサトは唇を噛み締めて黙り込む。それは冬月に言い包められたと言うよりは、過去の使徒戦を思い出しているのかもしれない。己の指示で倒せなかった恨みの目をシンジに向け続けている。
 シンジにしてみれば正直良い迷惑だ。リツコにも冬月にも、自分をダシにするなと言いたいが、とりあえずそ知らぬ顔を決め込む。
「で、コチラの作戦ですが、ありていに言ってしまえば上空からの急襲です。ウィングキャリアーでドイツに渡り、使徒の射程範囲に入る前に急浮上、使徒の直上まで到達させます。」
「そこからエヴァを落とすわけかね?」
「はい、たださすがに上空1万メートルの高さから落としては例えエヴァでも大破は免れません。よって、最小円周範囲で旋回降下させ、上空3000メートル地点まで下がった時点でエヴァを切り離します……エヴァの耐久性と使徒殲滅に必要なエネルギー量を考慮しますと、この辺りがギリギリのラインです。」
「ふむ……作戦成功率は?」
「初号機なら4.1%、零号機なら38.1%です。」
「何よ、零号機使っても確立1/2も無いじゃない……」
 ミサトが横でブーたれる。
 全く以ってその通りだが、成功率1/8で浮れていた奴が言えたセリフではない。誰がどう見ても完全な僻みである。本人は作戦部からの正式なクレームと言い張って憚らないであろうが……
「随分と成功確率の差が激しいようだが?」
「はい、上空からの急襲の場合、衝突エネルギーは初号機も零号機も大差ありません。問題は、使徒の持つATフィールドです。」
「今回の使徒はその構造上から上空に砲撃は不可能と判断できますが、恐らくATフィールドの展開は可能なはずです。そうなるとエヴァもATフィールドを以って中和しなければならないのですが……」
「なるほど、初号機では出力が足らないわけか……」
「はい、攻撃は自由落下に任せますので、中和は一瞬で行われねばなりません。」
「中和できなければ弾き飛ばされるか……零号機なら可能と言うことかね?」
「はい、サードチルドレンは、ATフィールドの一点収束展開にも成功しております。ATフィールドの強度はまだアチラの方が上ですが、コチラも別にエヴァを丸ごと通す必要はありません。武器である槍だけを通せば事は足ります。」
 リツコの言葉に冬月も唸る。聞けば聞くほど、初号機での作戦が無謀以外の何モノにも聞こえないのだ。
「碇、これは……」
「よかろう、初号機を以って、赤木博士の作戦を決行だ。」
「ばっ! 碇!」
 思わず「馬鹿」と言ってしまいそうになるのを無理矢理押さえ込み、冬月はゲンドウを咎めた。
「幾らなんでもここまで固められたらもう零号機を出すしかあるまい。使徒もまだ3体目なのだぞ? 司令としてのお前の手腕は認めるが、ここでの無理強いは今後のネルフ運営に確実な支障をきたす。」
「駄目だ。」
「碇!」
 冬月もとうとう天を仰いだ。まさかここまで強情だとは、長い付き合いの彼にも思わなかったことだ。
「彼女の覚醒を促したいのは分かるが、今回の使徒は強力すぎる。次の機会を待った方が得策ではないか?」
「だから良いのだ。あれならばサードでも負ける公算が高い。」
「何を言ってる! 彼が負ければ初号機そのものを失う可能性だって……」
「彼女は負けん。」
 ゲンドウの自信たっぷりな言い切りに、冬月も閉口する。
 恐らく科学的根拠も皆無であろう筈なのに、ここまで彼女を信じられるその姿勢に、冬月は半ば呆れ、半ば羨望の眼差しを送る。
「だがなぁ……」
 覚悟の差を見せ付けられた思いだが、それでも冬月は説得を続けた。それ程に下から見上げる部下達の視線が痛かったのである。
 必死に説得を重ねる冬月。頑として首を縦に振らないゲンドウ。一向に折り合いがつかないトップ2の話し合いに、いい加減職員達が苛立ち始めた頃、ついに場が動いた。
「! 国連軍に動きがありました!」
 ロンゲのオペレーター、青葉の声に、皆一様に振り向く。
 モニターに映されたレーダー地図には、ドイツ支部を取り囲むように、数数多の光点が集まっていた。
「ちょっと! まだ30分経ってないじゃない! フライングよ、フライング!」
「落ち着きなさい。まだ郊外で待機しているに過ぎないわ。タイムリミットまで後3分……司令、ご決断を!」
「碇……チャンスはまだ有る。ここで対処を間違うと、結果的に勝っても後が面倒だぞ?」
 口々にかかる説得の声。刻一刻と迫るタイムリミット。
 それでもゲンドウの意志は変わらない。と言うより、周りの説得に意志を曲げるほどの価値は無かった。
「予定通り初号機で出撃だ。」
「碇!」
「彼女は負けん。何も問題無い。」
「それで職員が納得すると思っているのか?」
「結果さえ出せば誰にも文句など言わせんよ。問題ない。」
 傲慢そのものの言葉に、冬月はウンザリな様子で、今度は下を向く。
 この男は問題無い等と嘯いているが、当然、絶対、問題無い筈が無いのだ。この件は確実に職員達の意識に禍根を残す。
 それが分かっている冬月だが、正すもはや気も失せた。
 どうせこの男は、己の部下の心情など端から汲み取る気が無いに決まっているのだ。
 もうどうにでもなれと、冷めた目で見遣ったモニターの端に、カウントダウンの時計が着実に数字を減らしている。もう時間だ。

「国連軍、作戦を開始しました。」

 青葉の努めて冷静な声が、発令所内に響いた。



To be continued...

(2007.05.26 初版)
(2007.06.02 改訂一版)


(あとがき)

 なんとか半年以内の更新に成功しました。毎週更新している作家さんが正直信じられなくなっている、地球中心! です。
 今回の第6話もまた、前後編になりました。話を簡潔に纏めるのが苦手なのですね……あたしゃ
 さて、今回から、色々な人達の様々な思惑が見え隠れし始めてきました。一応、全てのキャラの行動が他の事態の要因にリンクしたりするのですが、上手く伝わるかどうか……請うご期待(笑)
 ちなみに今回、ミサトがF−25(2007年現在、F−22が実在します)を操縦しましたが、これは、スピード狂である彼女が、以前ネルフの威光を使って、無理矢理操縦方法を教わった事があったため、自力で戻ってこれた……そういう設定にしてあります。
 実は戦車も動かせたりするのですが、まあ話には出てこないでしょうね……裏設定と言うことで(笑)

 それでは、この話を読んでくれているらしい、人気投票に票を入れてくれている方々に深く感謝の意を表しつつ、また次回。


追加:フォントを間違えていたので修正しました。

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