Neon Genesis Evangelion 蒼き月、紅き血

Phase00/序章 闇に一人 〜One Person in Darkness〜

presented by Dragon様


夜の闇が静けさを作りだしていた

空には全天を覆う雲があり月は僅かに顔を覗かせるだけである

そのためか月夜であるにもかかわらず地上に延々と広がった森林は薄暗い闇に包まれていた

富士の樹海。かつては自殺者が後を絶たなかった曰く付きの場所。近年は一帯が完全に政府管理領地となったため近づける者はいない

それゆえか一層木々が生い茂り森はさらに深くなっている。管理者のいなくなった森には様々な外来生物が住み着きかつて以上に危険な場所となっていた

夜にもならば獣すらうろつくことはなく。木々は縦横無尽に広がり道を塞ぐ。森の中を僅かに行き交うのは風。暖かく湿った風が生い茂った木々の間を翔ける

風は木々を揺らし森に音を響かせる。静まりかえった樹海に響くさえずり鳴くような音。それとは違う草と布の擦れる音も僅かに聞こえた

木々と草むらを抜ける獣道。背の低い若木の間を駆抜ける影があった。僅かに乱れた吐息が漏れる。子供と思しき影だった

子供と思しき影は早足で道を駆ける。道なき道を駆ける疾走音。快走と呼ぶにはいささか足取りが重く覇気がない

影は時折足を止め後ろを振り返る。ふと辺りを見渡す。そこには誰もいない。しばらくして影はまた動き始めた

森の奥へと進む影と僅かな音。木々の間隔は徐々に広くなりやがて空が僅かに顔を見せるほどとなった

木々の間を縫うように進む影が突然ピタリと動きを止めた。ほんの僅かだけ音がした。草の擦れる音がした

雲が晴れ、僅かだけ月が顔を覗かせる。月光がぼんやりと薄暗い森を照らした。木々の間から漏れる光が地上を照らす

月光に照らされて闇に包まれていた森の中に輪郭が出来た。動いていた影も月光に照らされ僅かではあるがその姿が見える

少年。4歳程度の幼さの残る少年が青白い月光に照らされ姿を現した。肌は上気し、息も荒く、表情もどこか暗く、覇気もない

黒い頭髪は汗に濡れ、あちらこちらに木の葉が張り付いている。衣服は乱れ、擦り切れ、僅かに黒く滲んでいる

額から新たな汗が流れる。眉間を通って口元へと垂れる汗を手で拭う。ふと錆びた鉄の匂いが少年の鼻に生じた

血の匂いであった。しかしそれを知らない少年は拭った手をそのままに月光が漏れる所へと手を持って来る

青白い月光に照らされた手には青黒い染みがのような物がある。少年はそれを見てうっ、と口元を押さえた

吐き気がする。何故だかは分からないが口の奥に酷い暑さを感じる。しばらくすると喉の奥から異物がこみ上げてきた

抑えようと口を押さえるが、もどかしさを感じ意識とは逆にこみ上げてきたそれを吐き出した

嘔吐物を下にぶちまける。手を付き形相を歪め、目を見開くとぼんやりと視界が歪んだ

もう駄目だ、と再度口を押さえ、必死に目を瞑り涙を堪える。ふと後方から音がした


「!!.…」


再度こみ上げる嘔吐感すら忘れ少年は立ち上がった

迫る音。木々を擦れる僅かな音へと少年は意識を向けた

僅かすぎる音が少年の耳へと届き、警戒心を一気に高くさせた

鼓動が高ぶる。何故だか分からないが無性に嫌な感じがした

口に溜まった唾を奥へと飲み込む。鼓動を抑えようと息を潜めた

瞬間、突然音が途絶える。少年は身構えていた体の力をゆっくりと抜いた

だが少年が体勢を崩した瞬間、不気味な音が響いた

木々の擦れる音とは違う、別の音。まったく異質で少年が聞いたことのない奇妙な音だった

それは肉が擦れる音。まるで湿り気を帯びた豚の生肉が擦れ合うような気味の悪い音

木々の間から漏れるように聞こえる音。それと同時に現れる青黒い闇に重なる人型の影

少年は体を震わせゆっくりと視線を上げていく。丁度少年が天を見上げる形となった時、視界を覆っていた影が途絶えた

そこに立つのは少年の背丈を遥かに越える巨大な壁。視界を覆うほどの異形の影。その背を月光へと向け、その体は闇に包まれている

喉が鳴る音がする。少年は後ろへと下がる。そして次の瞬間には背を向け足を動かして森の中を走っていた

少年の視界を再び闇が覆った。しかし今の少年にとってはどうでも良いことだった

今は一刻も早く逃げなければ。そう考えて少年は必死に闇の中を走った



少年は獣道を必死にかける

草を掻き分け、倒れた木々を飛び越え吹く風を突きぬけて奥へと進む

夜の森林に再び木霊する疾走音。木々を往左往に伸びる僅かな間隔を道として選びひたすらに走る

来る、そう体が感じる。嫌な気配を覚えた少年は木々が足を傷つけたことすら忘れただ道なき道を進み行く

ふと少年の視界に光が見えた。空すら覆う木々の枝が薄れ始め月光が再び少年を照らす。そう思った少年の目に光が満ちた

森を突き抜けた少年は走りの余韻に数歩だけ足を進めると森の中に開いた空間の中央に出た。月光に安堵を覚えた少年であるが一息後には後ろに振り向いた

薄暗い森の中は僅かに月光に照らされ奥が少しだけ見える。少年は乱れた息を整えながら恐怖心と好奇心に足をとられ逃げることすらせずじっと奥を見ていた

乱立する木々の奥。揺れる人影があった。それはあまりにも巨大で人と形容するには不気味すぎるほどの形をしていた

ふとこちらを確認したかのようにその影は緩やかな動きでこちらへ来る。少年と影の距離は歩数にして15ぐらい

しかし影は進みを止めると姿を消した


「っ!!」


少年は息を呑んむ

必死にあたりを視界に入れて姿を探す

しかしどこにもその姿はない。少年はふと鼻に匂いを得た

錆びた鉄の匂い。不気味な匂いに少年は背筋に冷や汗が流れるのを感じた

突如、背後で音がした


「だれっ!」


恐怖に震えながら大声を上げて後ろを振り向く

そこには月光に照らされた人の姿がある。性別や年齢は特定できない

変色した肌に爛れた皮脂。体の上を這うように脈打つ青い血管が不気味なほど鮮明に見えた

頭に髪の毛はない。むき出しになった臓器と思しき気味の悪いものに少年はまた吐き気を覚えた


「ぁぅ…ぉ、ぅ…ぅぁ―――」


声を発するかのように歪んだが口を動かしている

理解できない声に少年は足を一歩だけ引いた。逃げる準備は出来ている

だが少年が足を引くと同時に目の前に立つ人らしき者も足を一歩踏み出した


「ひぃ」


少年は小さく口を震わせそう発した

そして少年は足を竦ませ、その場で腰を抜かした

目の前には影が迫ろうとしている。少年は恐怖に駆られた

それは死を予感する恐怖。しかし未だそれを知らぬ少年はただ叫んだ


「助けておかあさぁぁぁん!」


絶叫のような懇願の声が森の静寂を切る

だが人影はとどまることを知らず少年に倒れこむように体を近づけてくる

瞬間、少年はあまりのことに目を閉じた。その時冷たい金属音が少年の耳を掠めた


「…?」


その音に少年は目を開け、恐る恐る顔を上げた

眼前にあるのは巨大な顔。不気味な顔は苦悩の表情を浮かべ動きを止めていた

歪んだ口が開き吐血し溢れるような血が少年に降りかかった




森の奥。ちょうど少年らを監視するように見る数体の人影があった

黒い外套と暗視スコープ付きのマスクを被り前方の様子を伺っていた

その中、ライフル状の銃器を構えていた男が舌打ちをしてスコープから目を離した


「化け物め」

「…目標の捕捉は失敗した」


無線通信機へと通信を入れる

しばらくして雑音が入り、応答の声が聞こえた


『了解、以後は指示を待て』

「了解っと、…ん?」


人影の内、女性と思しき体つきの影が立ち上がった

外套を脱ぎ、マスクをはずした人影は髪の毛を夜風に揺らした

艶のある少しだけ青みがかった頭髪をかき上げて女らしき人影はため息を吐いた


「おい、まだ作戦は終わっていないんだぞ」

「…」


男の声に女は無視

それどころか人影の間を抜け前方へと進む

男が制止を試みたが結局無駄に終わり前方を歩く女を追った

ふと女が歩みを止め僅かに顔を後ろにいる男に向けた


「これからどうするつもり?」

「我々の目的は実験体の監視だ、あとはあいつらの仕事だ」


そういって男は上空に目を向けた

そこには一機のVTOLが着陸態勢に入ろうとしているところだった

女はその光景にそれ以上何もいわずただ視線を前方で腰を付き唖然とする少年を見ていた


「俺達は即時撤退、以後命令を待つ」

「了解…」


黒い影は足音を消しその場から去る

僅かに振り返った女性は名残惜しそうにポツリと何かを呟いた

その場には風を切る機械音のみが僅かに響いてた

月は雲に隠れようとしている





風を切って巨大な機体が着陸した

吹き抜ける風が森の木々を揺らし僅かに音が響く

風は少年の頭髪も揺らし血が滴る。少年は唖然とした表情でVTOLから降り立つ影を見た

最初に見えたのは白衣を揺らす姿だった。徐々に近づいてくるそれを少年は見上げるように見た

それは白衣姿の男。黒い頭髪と白い肌、瞳の色はメガネにより遮られ確認することはできない

男に続くようにVTOLからは数人の黒い衣服を身に纏った者達が慣れた足取りで周囲を囲み始めた

近寄る男は少年に意を関することなく顔を少年の前に立つ巨体へと向けた


「…」


無言で見つめる白衣の男の背後から一人の老人が現れた


「ふん、手間をかけさせおるわ」

「変異していますね。やはり無理があったようです」

「だがこれでアレの唱えていた理論が実証されたことになった」

「ただ、持ち帰り詳しく調べてみないと分かりませんがね」

「ところで…」


老人はその目を右へとやった

少年は同じように老人の姿を見た

シワに覆われた顔に鋭い目つきの老人

禿頭の頭を掻きながら老人は膝を付き少年を見た


「ふむ…」


目を細めて少年を見る

それはさきほどとは違い冷たい目だった

その顔を見た少年は意識の揺らぎを感じた

まるで眠りにつこうとするかのように急激に意識は途絶えた


「この幼子がどうしたものか…」

「まるでこの少年を追っていたようですね」

「どうだろな」

「サンプルとして連れて帰りますか?」

「ことは穏便にだ、無用な関与はされたくない」

「ではいかがなさるおつもりで?」


男は老人を見る。老人はフムと顎に手を当てた


「日本には何人か内通者がいる。それに処理を任せよう」

「わかりました…」

「では帰るかね」


老人は踵を返し少年から離れていく

白衣の男は数歩だけ倒れた黒い巨体へと近寄った

見下ろすように黒い巨体を見た白衣の男は手を上げた


「血、一滴として残すな。早急に全てなかったことにしろ」

「了解しました」


黒い衣服を纏った男が後ろへと振り向き控える同じ衣服の男達へと視線をむける

後方でその視線を受け取った男達はコクリと頷き慣れた動きで処理を開始した

巨大な遺体は黒いシートで覆われ、タンカーへと乗せられる。男達四人に担がれそのままVTOLの機内へ

その中で少年は男達の一人、背の高い男に抱きかかえられる。男の視線は月と正反対の暗闇の向こう


「――ホソカワ、任せたぞ」

「了解した」


男は疾走を開始。足音もなく闇に紛れる

リーダー格の男はふ、と声を上げると目の前に立つ男へ言葉をかける

白衣を浮き上がるVTOLの風圧でなびかせながら男は先に行くリーダー格の男を見送る

最後に残った白衣の男もまたゆっくりとあたりを見渡したあと、VTLOへと乗り込んだ

僅かに音を立てて浮き上がった機体は景色と同化するように消えた

森は再び静寂へとつつまれることとなった




未だ全ては闇の中

少年は混濁した意識の底、深い眠りについた

かくして血と生と死は巡り、物語りは動き始める

果てに迎えるは残酷な生か甘き死か

浅き目覚めは未だ訪れない…










To be continued...

(2006.02.25 初版)
(2006.09.23 改訂一版)


(あとがき)

復活、もとい改正
改正などと偉そうなことをしていますが、ぶっちゃけ内容変わっています
長い放置期間中で学んだことを生かせるよう、がんばりまーす
もしよければ誤字脱字など指摘お願いします
では…

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