Neon Genesis Evangelion 蒼き月、紅き血

Phase01/第一話 少年 〜The Boy〜

presented by Dragon様


世紀末を過ぎ、世界は新たな時代を迎えようとしていた

新世紀。新たな時代に夢を馳せ多くの者達が皆、揃ってそう口にした

多くの戦乱を乗り越え、世界は世代を変えようとする。新時代の予兆に皆、心を弾ませていた

だが突如として人類に未だかつてないほどの一つの災厄が訪れる。セカンドインパクト、有史史上最大の大災害

原因は高質量隕石の光速、僅か数%の急速落下による地表の融解。世界を揺るがすほどの災厄はまず落下地である南極を消し去った

南極。今はすでに地図の上からもその姿を消した遥か南に存在した氷の大陸。その南極が落下による高熱の発生で融解し、世界は異常な豪雨に襲われた

否やそれだけではない。解けた氷と続く豪雨による海水面の急上昇。多くの島国やその他、各国の首都や主要都市が水の底へと水没し多くが姿を消すこととなる

まさに異常な新世紀の幕開け。一年たって人々は挙ってその原因の追求を開始することになる。その中で当時の無粋な記者は地方紙にこう記事を書きたてた


人類に鉄槌が下った―――と


人類を襲った災害の二次的な被害はとどまることを知らなかった

各地で鎮火しつつあった他民族間の小競り合いやすでに過去のものとされつつある世界大戦の再発

まず火を噴いたのは中東だった。不安定だった国連による抑制はセカンドインパクトによる世界的混乱で崩壊することとなる

その戦火は中東だけにとどまらず、世界全体に広がりを見せ始める。何時しか世界は戦火という巨大な炎の最中にあった。時間は僅かにして一週間

短期間に世界は大きく歪み、すでに修正できない方向へと向かい始めていた。そんな中、国連軍は自主解散。のちのバレンタイン条約を持って再編成された

条約締結の際に結ばれたのは各国が持つ自国軍を全て国連に委譲することであった。それによりようやく混乱は収まりを見せ始めていた

その時までに撃たれた核兵器の数はすでに二桁以上。行使された兵器の数に伴い人類の数は急速に総数を減らしていた

かくして今日の人類の総数は生率の低下も伴い、かつての半分以下にまで落ち込んでいる


● ● ●



僅かに雲を残す空がある。雨上がりの午後、地上にはその名残があった

風が吹き、空を覆う雲を流す。現れるのは輝くような光を放つ太陽。陽光が地上を照らした

照らされた地上には小さな町が広がっている。その町の中央には南北に流れる巨大な運河があった

町を東西に隔てる運河の右側、東の区域は工場や学校、商店街の広がっている。対して左側、西の区域には住宅街が広がっていた

地区の西側、住宅街の一角に一軒の家がある。表札には【御坂】とあり、家を囲う塀にある投函口にはダイレクトメールなどが乱雑に突っ込まれている

その家に近づく影があった。少年の影。白いワイシャツに黒のスラックスを履いた学生服姿の少年。少年はダルそうに投函口から紙束を引き抜くと家へと入っていく

家の中に戻った少年はその足で先ほど引き抜いた紙束をゴミ箱に叩き込む。がしかしそんな少年の目にとあるものが映り込んだ。宛名の書かれた封筒である


「?」


宛人には【御坂 リュウジ】。それは少年の暮らすこの家の主人の名前であった

少年はゴミ箱から一通それを取り出す。今まで男には一通も手紙など来なかった。そのためか不自然に感じた

後ろを見ると差出人の名は【葛城ミサト】とある。少年――碇 シンジの記憶にはない名前だった


「誰だよ、葛城ミサトって…」


心当たりはない。記憶を遡っては見るが葛城などという名は未だ聞いたことがなかった

たちの悪い悪戯か、と疑っては見るがそれにしては普通すぎる。だがシンジにしてみれば些細な問題ではない

まぁいいか、と思いリビングを出て廊下を奥へと進む。次に廊下の左側にある階段を登り、二階へと上がった。だがふと少年は足を止めた

二階の踊り場。人影が立っていた。禿頭の頭に厳つい顔をした老人。あごに蓄えられた髭が特徴的な男はシンジを見ている


「帰っていたのか、シンジ。遅かったな」

「あっ、うん…ちょっと寄り道してたから、ごめん」

「そうか…ところで飯はどうする?今から作ろうと思うのだが」

「ありがとう。それより先生、手紙が届いてるみたいなんだけど」

「手紙?珍しいな」


そういってシンジから差し出された手紙を受け取る

神妙そうな面持ちで受け取った老人――リュウジはそっと手紙を後ろへ返す

【葛城 ミサト】。その顔を見たとき一瞬だけ無表情な老人の顔が変わった。驚きへと

しかしその驚きも鎮火するように何時もの無表情へと変えた


「…知り合い?」

「そのようなものだ。…すまんないなシンジ、今日はお前が飯を作ってくれ」

「えっ?…うん。別に僕はいいんだけど…どうかしたの?」

「なんでもない。気にするな…」


そういうとリュウジはシンジの横を通り下へと降りていく

老人の後姿を見送ったシンジは上へ行くため階段を上がっていく

その最中、珍しいことだな、とシンジは思う。無表情、無感情、そして無情な男の見せた変化

普段から口数も少なく、驚くということ自体したことがなかった。そんな男の小さな変化にシンジは驚いていた

シンジはそんなことを思いながら最後の一段を上がる。二階には四つ部屋がある。そのうちの二つは物置。一つはシンジが使っていた

最後の一つは客室だと教えられているがシンジ自身も入ったことがなかった。それどころか南京錠すら掛かっておりあけることすら叶わない

シンジの部屋は二階に上がって真正面の部屋。通路はこの字型に奥へと広がり。その道中に二つの物置がある。そして最奥に開かずの扉を持つ部屋があった

真正面のドアをゆっくりと開ける。ガランと開けた部屋には小さな本立てと勉強机、ベッドが置いてあるという至って質素な部屋だった。部屋はかなり整頓されている

向シンジは部屋に入るなり目の前のベッドに倒れこんだ。ふぅっと、ため息を吐く。仰向けになったまましばらく体から力を抜き身を任せ仰向けになり天井を見る

見慣れた天井。男の下で暮らし始めて10年間で見慣れた景色だった。ここを見れば嫌なことも思い出すが、同時に安心を覚える特別な場所でもあった

仰向けになったシンジは半目で天井を見る。明かりが点いていない蛍光灯が揺れている。視界一杯に白い染み一つない天井がシンジの目に映った


「葛城…ミサト、か」


誰だろうか、と思案を巡らせる。しかし該当するような人物は存在しない

ならシンジが知る以前の男の知り合いか、それとも最近知り合った人物かのいずれかである

名前からして女性。しかし普段から口下手であまり話をしない男に女性の知り合いがいるとは思えなかった


「…寝よう」


ポツリと呟きシンジは深く瞳を瞑る。長考するではなく眠るために

ゆっくりと浅い息をしてシンジは眠りの淵へと落ちていく。僅かに薄れていく意識を感じながら少年は眠りについた

ベッドの枕元。カーテンに遮られた窓には僅かに傾き始めた太陽がある。傾いた太陽が徐々に地上を赤く染め、夕暮れに差しかかろうとしていた


意識が覚醒の兆しを見せる。それと同時、瞳が開き視界を閉ざしていた闇を光が照らす

僅かな気のだるさを感じながらシンジはゆっくりと上半身を起こした。ふと見慣れた風景の中にデジタル表示された時計が映った

時刻はすでに6時を越えたぐらい。時間にして2時間ほどの空白がある。シンジは自分がいかに疲れていたのかを知った


「…」


シンジはベッドから降りた。着ていた制服を着替えると部屋をあとにした

一階へと降りたシンジはまずリュウジの部屋へ向かった。階段を降りて右に曲がった廊下の奥に男の部屋はある

木造作りの廊下を軋ませながらシンジは進む。徐々に白い襖が近づいてくる。その前に立ったシンジはゆっくりと呼びかけた


「先生、入るよ」

「…うむ、いいぞ」


了解の返答を聞いたシンジはゆっくりと襖を開けた。部屋は伽藍としたつくりをしていた

部屋は畳み6畳ぐらいの大きさを持つ部屋。部屋の両端には巨大な本棚が立っており、両者に囲まれるように背の低い長机と長椅子があった

その書斎の最奥には一つの執務机がある。現在その机にはこちらに背を向けた人影が座っていた。リュウジである

足を踏み入れたシンジへとゆっくりと振り向き視線を向けリュウジは突然に話を振った


「――シンジ。最近、真田のところに顔を見せていないようだな」

「あっ…うん」


何かを言おうとしたシンジを制すように男から声が放たれる

言葉を押し込め老人への返答を必死に探す自分がいる。そのことに軽く憤りを感じた

結局返せるのは有無を伝える短い言葉のみ。だがシンジが予想していたような言葉は返ってこない


「そうか。……まだ気にしているのか?」

「…別に。あのことはもう気にしてないよ」

「ならいい。だが、サボリは良くないと思うが…、真面目にやっているのか?」

「やってるよ。…それに体力や腕力はついてきたと思うんだ」

「それこそ思い上がりだ。…傲慢は事を取り返しをつかなくさせるぞ」

「うん…それは分かってるよ」

「それが分かっているならいい。あの馬鹿にお前を任せたことだけは間違いにならんで済んだからな」

「真田さんと先生ってどうして知り合ったの?」

「…単なる腐れ縁だ。昔、技術者として旧自衛隊に所属していた時に殴り合って知り合った」

「ずいぶんと凄い出会いかたしたんだ」

「もう50年も前になる。あの頃はまだ東京があってな、よく仲間と飲んで騒いだものだ」


大分前に聞いたリュウジの技術者としての話を思いだす

リュウジは旧自衛隊の技術一課にアドバイザーとして一時的に仮の席を置いていた

その話だけはよくシンジに話してくれた。リュウジは懐かしそうに呟く。そんな彼の表情にシンジは何かを思いついた


「先生と真田さんて仲良いの?」

「悪いだろうな。合うたびに殴りあっているしな」

「…」


言葉通り二人は合うたびに何かと殴り合っている

もともと決着をつけるためにつるみ始めた二人だったが何時ものまにか古い仲になっていたらしい

シンジと真田という男がであったのもリュウジと殴りあった際、病院送りになったためだ。シンジ自身も何度か病院送りにされた経験がある

リュウジ曰く、歩く凶器。シンジ自身も身をもってその恐怖を知っている


「また病院送りなんて止めてよ」

「分かっている」

「ほんとにわかってるのかな。まぁいいよ、それより夕食は何がいいの?」

「なんでもいい。とりあえず出来たら呼んでくれ」

「…いいけど。本当に何でもないの?」


シンジにしてみれば不思議な話だった

普段から律儀で決してどんな事情があっても朝昼晩と食事三食は取っていた男が突然何でもいいと言い出したのだ

驚きに値することであった。だがそんなシンジの表情を見たリュウジは小さく笑みを浮かべると「心配するな」というだけだった


「別段異常なことはない。単に今日は疲弊してな。今日は早く休みたいだけだ」

「そう?わかった…。それじゃあ、出来たら呼ぶよ」

「あぁ、たのむ」


リュウジの返事を聞きながらシンジは襖を閉めていく

閉じる際に見えた男の顔は確かに疲弊した表情であった。そのためシンジは不安でたまらなかった

だが結局何もすることが出来ず、ただ気にかけるだけで本当はなにが原因なのかは聞けなかった。男と扉を挟みシンジは立ちすくむ

ふと玄関にある時計が見えた。暗がりの中でデジタル表示された数字が光っている。時刻は6時。すでに夕食の時間だ、と思いキッチンへと急ぐ

キッチンに光が点る。冷蔵庫から適当に食材を取り出し一考する。昼食を少なくした所為か空腹は感じる


「質より量かな。……材料は適当にあるし、カレーでも作ろうか」


ある程度、置いておけるカレーなら少しぐらい多めに量を作っても問題ない

早速作り始める。手馴れて手つきで調理を開始したシンジは時刻が6時40分を過ぎたぐらいにはすで完成しかかっていた

シンジはリュウジを呼ぶために火を弱くし、キッチンを後にする。向かう先は男のいる書斎。襖越しに男を呼ぶ


「先生、出来たよ!」


一声かけるが返答がない。おかしいな、と感じながら襖を開ける

部屋はすでに闇に包まれていた。シンジは不安を感じながら部屋の照明のスイッチを探す

スイッチを押す。だが音がするだけで照明は点かない。どうやら照明は机に設けられた方のスイッチで切られているようだ

仕方なく机の方へ向かって歩き出す。一歩踏み込み物陰を見るがやはりどこにもいない。呼びかけながらゆっくりと奥へと進んで行く

ゆっくりと足元を確かめながら進んでいく。すでに日は落ち辺りは暗い。ノートパソコンの置かれ木製の机の前にたった。月光が机を照らす

そこにはやはり誰もいない。誰かいた形跡すら見当たらない。ふとシンジの目に飛び込んできたものがあった。それは封の切られた封筒だった

あっ、とシンジは思い出す。それは今日、男宛に届いた不信な手紙。あの時からだ、男の素振りがおかしくなり始めたのは。シンジは手紙を手に取った


「…」


差出人は葛城ミサト。ふとさっきは分からなかったがその名前に聞き覚えを感じた

懐かしいような、思い出したくないような不思議な感覚がシンジを襲う。ゾクリ、とした寒気を感じた

なんだ、と己に問いかける。だが返答はない。意味不明な回想が思考を乱す。記憶に違和感が残りそれは同時に不安に繋がった

少しよろめいた。足を一歩踏み出して耐える。一息ついて肺から空気を出す。溺れていたような息苦しさにシンジは息を吸って呼吸を整えた


「…くぅ…はぁはぁ…はぁ……」


落ち着きを取り戻す中でポツリと漏らす

誰とも聞こえないぐらいに小さな呟きが漏れて闇に消える

下に向いていた視線があるものを捉えた。それは閉じられたノートパソコンから漏れる光

闇の中、シンジは光に連れられるようにノートパソコンを開いた。ディスプレイが露となり光が漏れて目を暗ませる

視界に写った文字の羅列。それは複雑な数式だった。見たことも無い数式に戸惑いながらゆっくりと文字を読んでいく

ふとその文字の中で目に留まった文字を言葉にして呟いた


「E、V、A、N、G、E、L、I、O、N………。えばんげりおん…?」


まただ、と心で思う。締め付けられるような胸の痛みと冷や汗を伴う悪寒

まるで思い出してはならないような気味の悪い感覚にシンジは後ずさった。何故だか分からなかった

何故これほどまでに体が言うことをきかないのか。震えは収まることもなく酷くなることもなくまるで明滅する信号のようにくる

ふと足の力が一瞬、揺るいだ。シンジは息を吐くことすら忘れ手を執務机に付く。支えようとしたもう一方の手が勢いで机の端にあった硝子のオブジェをはらった

瞬間、闇に硝子の砕ける音が響く。その音にシンジはカッと目を見開いた。連鎖するように繰り返し聞こえる音。人々の息遣いと裂けるような悲鳴が響く




――…率、…%を超えました――

――自我……が弱…か、パターンは…から…へ移行……す――

――このままでは…者の…維持に問題が…いたします――
――緊急………始、プログ…を逆位置から…、コンタ……を開始……す――
――ア…ー、はずれました…すでに停止は………、拘束具4……、…破損、これ以上は………持ちません――




聞こえるのは眼前で歪む硝子の破砕音。耳奥で囁くように聞こえる人々の声

目を瞑り、耳を塞ぎ、心を恐怖で満たす。何も感じない、何も聞こえない、何も見えない。シンジは繰り返す

ふと胸のざわめきが引いた。シンジは未だ震える体を必死に抑えながら目をゆっくりと開けていく。眼前に丸い月が映った

蒼白い月はおぼろげに輝きシンジを見下ろす。月光が破砕し、飛び散った硝子片を照らす。ふと手に痛みを覚えた。よく見ると手が切れて血が出ている

シンジはゆっくりと立ち上がると指を口に含んだ。徐々に月明かりが薄れていく。窓の外に浮かぶ月はゆっくりと雲の中に消えようとしていた


「――――…?」


すでに震えは止まっており、胸の痛みもない。視界はぼやけているが視覚に問題は無かった

切れた右の指を庇うように左手でゆっくりとノートパソコンを操作する。英語と複雑な数式のコントラストは理解できない

しかし、僅かな単語と画像だけで今のシンジには十分だった。画面のバーを下へ下ろしていく。出てくるのは白衣を纏った一人の女性だった

シンジにはその顔に見覚えがあった。見誤ることなどない。それはシンジの母――【碇 ユイ】、その人だった。シンジは呼吸が荒くなるのを感じパソコンを閉じた


「なんなんだよ…一体」


漠然とした恐怖のようなものを感じる

ディスプレイに映った母。その表情は冷めており自分の知る母ではなかった

恐る恐るもう一度ディスプレイを開く。恐怖心に駆られながらその裏で自分の知らない母に興味を持った

幼くして死別したためシンジは母に対する記憶は残っていなかった。母に対する記憶といえば、微笑みを自分に向ける優しい母だった

そして何故、リュウジのパソコンの中に母の写真があるのかが不思議だった。一度、聞いたが男は父であるゲンドウの知人であったと言っていた

シンジは混乱に陥りそうになる思考を落ち着かせるため一息吐く。手元にある時計はすでに7時を過ぎている。埒が開かないととりあえず部屋を出た

廊下を進み、玄関前を角で左に曲がり、リビングに入った。作り終えたカレーの匂いがほのかに香る。シンジはそのまま席に座った

ふと手に持った封筒に気づいた。それは先ほどリュウジの部屋にあった男宛の手紙だった。これが元凶だとシンジは思う

中をのぞくと折りたたまれた紙片が一枚、入っていた。その内容には――――


『御坂 リュウジ様。碇 ゲンドウ 氏よりの伝言を預かった上、子息 碇 シンジ 様を第三新東京市まで向かわすようお願い申し上げます』


至極短絡的な要求。付属されているのは日時とリニアの優待チケット、あとは簡単な略地図

最後の一文には父の筆跡と思われる文章、否や文字で『来い』と纏められている。読み終えたあと手に力がこみ上げた


「父さん……」


力がこもる手とは裏腹に呟く言葉には力がない。どうせロクなことがないだろう。そう高を括っているため今ひとつピンとこない

父とは三年前、母の墓参りの時に逃げ出してしまってから会っていない。嫌だな、と内心思う。いまさら会ったところで話すことなど何もない

逆にギクシャクしてしまい、それ以外に対して何の意味を持たないと思う。何よりどうして突然、父が自分に会いたがっているのかが気になった

どこかに甘い期待を持つ自分がいる。だが同時に恐怖を抱く自分もいた。シンジは今の自分に少し嫌気がさした。何を都合の良いことを考えていると


「………」


口を瞑り、手紙を机の上に置いた。もう寝ようとシンジは思う。明日は学校を休もうと思う。漠然とした不安を感じながらシンジは食事を摂る

リュウジは帰ってくるだろうか?と考える。もし帰ってこないときはどうすればいい。警察に連絡したほうがいいと思いながらそれを出来ない自分がいた

また一人になる。そんな考えがふと頭を過ぎった。父を頼らざる終えないのか、とシンジは思う。ならば第三新東京市へ行かなくてはならない

食事を終えたシンジはシャワーを浴び、寝巻きに着替えて二階へ上がろうとする。その際もう一度、男の書斎へと足を向けた

やはり誰もいない。まるで最初から何もいなかったように伽藍としている。シンジは確認し終えると二階へと上がった

しばらくして二階の部屋にある最後の照明も消された。明かりの消えた家はゆっくりと眠りに就こうとしていた



● ● ●



全天を星が支配する。漆黒の空間に浮かぶのは無数の星々が放つ光

その下に存ずるは広大に広がる山々。その麓に闇に包まれた巨大な都市が存在していた

大きさは分からない。闇に浮かぶのは僅かに月光に照らされた人工物が光を反射させてできたシルエットのみ

午前0時を過ぎた頃合、都市に一つ変化が起きた。それは一つの音。駆動音にも似た機械的な轟音が静けさを断ち、放たれる

その音と共に街を支えていた巨大な群塔――高層ビルが一斉に沈んでいく。巨大高層物の消失は街の姿を一変させた。街が光を放ち始める

照らされて現れたのは整えられた美しい都市。単色の光で照らされ闇の中に浮かび上がる。その上空、遥か高度36,000km。衛星軌道に浮かぶ物体があった

人工衛星。美しい蒼白のフィルムを持つ、多目的人工衛星。まるで眼下の都市を監視するように悠然と衛星軌道上を浮遊していた



開けた空間が存在した。その中には戦艦のブリッジを思わせるつくりをした場所がある

特務機関ネルフ。その中央作戦司令室に現在、職員らが寝る暇を惜しんで作業に徹していた

最上部にある司令塔の司令席には一人の中年の男と白髪の初老がいた。彼らの目線の先には上空から得た都市の全体映像がある

その映像を見た白髪の初老がポツリと漏らした


「大げさな予行演習だな」

「老人達の要求だ。…無視することは出来んよ」

「しかし、ようやくこれで準備が整ったというわけだな」

「…」


老人の声に中年の男は答えることはなかった

口を瞑り、視線を中央に存ずる前方投影の巨大スクリーンではなくその下へと移す

男の視線の先には一人の女性がいた。黒いワンピースの上に裾の短い赤いジャケットを羽織った若年の女性


「マルドゥックからの使者、葛城ミサトか…皮肉なものだな。彼女はT‐Breakに参加していたと聞くが…?」

「……老人達が直接寄越してきたのだ。我らに咎める権利はない」

「それよりも碇、キール議長から苦情が来ていたぞ。ワシのところに直接」

「…兵力の縮小を唱えたのは委員会の面々だろう?。老人達は何が不満なのだ」

「肝心の人類補完計画が滞っておるからではないか。議長は各ネルフ支部からのチルドレンの出向もほのめかしていた」

「老人達にはいい薬だよ。渋っていた兵力の集中の必要性もようやく現実味を帯びてきたというわけだ」

「だがこれでうかうかとはしておられんな。本格的に計画が動き始めるということだからな」

「…あぁ」


男の視線は動かない。ただじっと司令塔の下部で指揮を執る女性を見ていた

ロングヘアの女性は直立不動の体勢で中央作戦司令室を纏め上げている。その力量は感嘆に値するものだった

初老の男はふと、男の口元が歪んでいるのに気づいた。男に一瞥を送った初老の男も視線を前へ向けた



「第三新東京市。天井ビルの収納完了いたしました」

「続いて照明の点灯を開始。全域の照明の点灯が完了致しました」

「兵装ビルの起動確認。全砲門、兵器格納庫にも異常なし。続いて射出口の動作確認を行います」

「模擬体を全射出口に向け射出します…。模擬体の射出を確認。…ルート05に不具合が発生。射出速度に問題があります」


司令塔の下部。オペーレターが集う場所に一人、女性が立っていた

黒いワンピースに裾の短い赤いジャケットを羽織ったロングヘアの頭髪を持つスタイルの良い女性

若干、幼さを残す女性は笑みに鋭さを持つ。凛とした態度で腕を組み視線を右往左往へと移し状況を確認する

ロングヘアの女性――葛城 ミサトは振り向き報告を入れた同じく彼女より遥かに若い女性を一瞥し、視線を前方へと向けた


「射出速度を少し下げてみて。ルート05は先週改装工事を行ったばかりだから今の速度では多少不具合があるかもしれないわ」

「了解。速度を+10…射出角度を0.8度修正。葛城一尉…、ベクトルはどうしましょうか?」

「そのままで行ってみて。不具合があればまた調整しましょう」

「分かりました…、模擬体射出位置につきました」


補助モニターに映る巨大な物体。形状は人型をしている。ドッキング音が響き、上部にあるハッチが勢いよく開いた

続いて起こるのは快音。同時に光が奔り模擬体ははじき出されるように上昇する。向かうルートは05。わずか数秒で地表面に到達した

速度に問題はない。オペーレタ席に座るショートヘアの女性が成功の一報を告げる。それを聞いたミサトは満足気に頷くと背後にある司令塔の上部を見た

視線が向かうのは上部にある司令席に座る黒い服の中年の男性。特務機関ネルフの最高責任者にして全ネルフの総司令たる男――碇 ゲンドウ

表情は腕と赤いサングラスによって遮られ確認することは出来ない。視線すらも伺うことを許さないその装いにミサトは顔を顰めた。しかし


「…司令、全施設の作動確認が終了しました。各部に異常はありません」

「わかった」


ゲンドウはミサトの報告に頷くと席を立った。横に立つ冬月が口を開く


「ではこれにて今稼動実験は終了とする。各員は事後処理に当たってくれ」

「了解しました。…青葉君、よろしくね」

「了解!…今起動実験は無事成功しました、各員は第三種待機態勢へ移行…繰り返す、今起動実験は無事成功…」


ミサトから見て左前に席を構える長髪の男が館内に放送を入れる

その放送はスピーカーを通じて全館内に伝えられた。ミサトがもう一度振り向くとすでにゲンドウたちはいなかった

向き直ると冷たい面持ちのまま再度発令所内を見渡す。ミサトたちのいる司令塔の下部には巨大な三つのスーパーコンピュータが置かれていた

人工知能OSを搭載した三つのスーパーコンピュータから形成される第7世代スーパーコンピュータ。通称【MAGI】はネルフのブレインとして機能している

それぞれの名称は【カスパー】、【バルタザール】、【メルキオール】。それぞれが名のある賢者の名前に由来している。不意に通信が入った


「葛城一尉、赤木博士から通信です」

「わかったわ、繋いで」

「了解」


青葉の端末に一つ補助ウィンドが開いた。映るのはSOUNDONLYの英字

ミサトは僅かに視線を送る形で言葉を紡いだ。僅かな雑音が入り続いて女性の声が聞こえる


『朗報よ、葛城一尉。北京に出動中だった六号機と3号機が無事、国境付近に潜伏していた武装グループを制圧したそうよ』

「それは良い知らせね、赤木博士。こちらも無事に演習を終了したわ」

『そう…。でも今回の中国との共同での武装難民の制圧、よく政府が承認したわね』

「今、日本は国外に向けての自国の戦力を披露したいのよ。大体国連直属なんていってる割には日本政府の息のかかった連中は多いでしょう?」

『確かにね。…あとシャフトダウンされていた外部衛星の通信をメインに繋ぐわ。マギのコンタクトをAへ移行させて』

「了解、と…伊吹二尉お願いね」


了解と、視線で指示を受け取った童顔の女性がすばやくキーボードを操作し衛星の通信を切り替える

自動的に点る外部リモートへの通信許可。他の職員とは一線を引くタイピング速度でタイムラグなく衛星を開き回線を入れる

同時、ミサトの周りに投射式の補助ディスプレイが複数展開した。ミサトは正面に展開したディスプレイに視線を送った


「傍受の可能性は?」

「ゼロとは言い切れませんが、接続されている各中継機器からは何のアクセスもありません。恐らくは大丈夫です」

「そりゃ結構…。こちら、第一発令所、どうぞ…」


ミサトの聴覚にノイズがはしる。数度続いたが徐々に小さくなっていく

しばらくするとノイズに混じり少女の声が入った。小さく告げる音にミサトはもう一度、自身の名を告げる

すると今度ははっきりとした澄んだ声がミサトの耳に聞こえた


『こちら―――こちら、セブンス…―――聞こえてますか?霧島です』

「了解、聞こえてるわよ霧島さん」

『あれ、おかしいなぁ。確か伊吹さんの番号で通信入れたはずなのに…、って冗談です!』


通信を切ろうとしたミサトを制する声が響く。ミサトは至極普通に話を切り返した


「霧島さん、どうでもいいけど衛星通信はただじゃないのよ」

『わかっています。それより、帰還についてなんですが本日中にこっちを発つことになりそうです』

「悪いわね、急がしちゃって」

『いえ…。私としても早く日本に帰りたいなぁって思ってるし…』

「そういってもらえると助かるわ。ところでどうだった、初のエヴァを使った実戦は?」

『私は戦自の方で戦闘は初めてでなかったので大丈夫でしたが、鈴原君のほうが参ちゃったみたいで…』

「そう…。でも、いつかは経験しないといけないことなのよ。遅かれ早かれ…ね?」

『…それは分かっています。でも、大事なことは忘れてはいけない気がするんです』

「そうね。じゃあ通信切るわよ。傍受の可能性があるから」

『了解しました。ではまた明日、厚木で会いましょう』


そう言って通信が切れる。ミサトは開いたウィンドウを全て閉じた

不意に視線を感じ後ろへと向いた。そこには一人の女性が立っていた。黒い頭髪に白衣を纏った女性

黒髪の女性はミサトの横を通り過ぎ童顔のオペーレタの女性に並ぶように立つ。ミサトはそれを追いかける形で前方へと視線を戻す

黒髪の女性は白衣を翻すと踵を返し、ミサトと向き合った。黒髪の女性は紫のルージェの塗られた唇を僅かに開いた

女性の名は【赤木 ナオコ】。東洋の三賢者の異名を持つネルフ出雲支部、技術部顧問


「第三新東京市の稼動試験は成功したそうね」

「はい。いまだ不安要素はありますが、許容範囲内です」

「そう…、ところで碇司令たちは?」

「はっ、恐らく司令室へ戻られたものかと…」

「…まったく、雑用はみんな私に押し付けるくせに、自分は部屋に引きこもるのね」


女性は表情を曇らせるとそう漏らした


「初号機の件…、どうなりました?」

「当面、封印することになったわ。ケイジに拘束中だけ整備員達が怖がって仕事にならないのよ」

「そうですか…。ところでレイ…ファーストの様態は?」

「問題なく健康体よ。医師からの了解も得たし、完治と言ったところね」

「では零号機は使える、というこわけですか」

「そうね。…おっともうこんな時間?私は一足先に上がらせてもらうわ」


女性は踵を返し去っていく。出でいき際に手をヒラヒラさせている

姿が見えなくなってミサトはため息を一息。どうも苦手だ、と内心ぼやく。横目で伺っていた眼鏡の男性が口を開いた

眼鏡の男性の名は【日向マコト】。ネルフ本部所属の作戦部、副部長にして作戦部第二課の課長も勤める男


「葛城一尉は赤木部長とはお知り合いなんですか?」

「まぁ、ね…リツコとは結構、古い仲だから。あの人にも何度かお世話になったことがあるのよ」

「そうなんですか。ですがどうして出雲支部の赤木部長がここ最近よく来るんですか?」

「監視、でしょ。司令は政府から目をつけられてるから、…特に出雲支部は西政府のお膝元だから」

「そういえば近々、監査部の所属になるって聞きましたけど…」

「…西政府も組織の中枢には関与できなわ。彼らは所詮他所者でしかないから」


単なるお手伝いさんよ、と軽く言うミサトはオペレータ席の右側に座る童顔の女性に視線を向ける


「ところリツコ――赤木博士はどうしたの?」

「赤木博士は現在、L-35通路を通過して此処を目指しています」

「そう…」


ミサトは視線を前へと向ける。そこには巨大モニター、一杯に広がった夜景があった

その夜景の下には巨大な海原が広がっている。月明かりに照らされた太平洋を望むのは国連軍の巡航艦からの映像

続いてモニターが切り替わる。写るのは薄暗い海原に浮かぶ巨大な機械島。南極監視用に築かれた国連軍駐屯旧南極跡地監視基地

100以上の巨大艦隊から形成された海の上の武装要塞。主要の任務は南極の国連自治法に基づく南極の監視と南極への無断航行者の監視と迎撃

明けを見ぬ、遥か南の海は現在、静けさの中にあった。だが、不意に海が荒立ち閃光が奔る。スピーカから放たれる轟音。爆砕がなす悲鳴にも似た爆音が響く


「何が起こったの!?」

「わ、わかりません!。……っ、巨大な熱源反応を感知…駐屯基地、南東の沖合い500メートル付近です!」


モニターに映る海原。そこに沈むは40メートルを越すであろう巨影

ミサトは僅かに口を歪ませる。後方に赤い海を称えた景色をバックに海を別ち、波を作りながら進む存在がいた

驚きで動きを止めた職員らはミサトの歓喜にも似た声を聞いた。表情は歪んでいる。まるで親しい客人が来たように出迎えるように告げる


「回線を相互通信へ繋いで全ネルフ支部に通達。…我々の天敵が現れた、と」

「りょ、了解しました!」


全通信網を相互回線で開き伝令を入れる。コードネームは“Angel Attack(使徒襲来)”

続いてネット経由で国連本部および、日本政府へ通達がなされる。その最中ミサトたちの後方より油圧式のドアが開く音がした

ミサトは確かめもせずに後方からこちらへ近づくいてくる足音の持ち主に「遅いわよ」と声をかけた


「…来たのね」

「ええ、来たわよ。人類にとっては15年ぶりの再会とでも言うべきかしら」

「出来るなら再会なんてしたくなかったわ」


現れた金髪の女性はミサトに並ぶ。前方の映像は巨大なイージス艦が迎撃していた

航空母艦から飛び立つ数百機の機械群。軽装甲爆撃機。高機動実現のために薄く作られた銀の機体が宙を舞い敵影を捉える

一斉に爆撃が始まる。海原を頂く絶景の最中、大規模な戦闘が始まろうとしていた










To be continued...

(2006.03.12 初版)
(2006.11.18 改訂一版)


(あとがき)

おひさしぶりです、Dragonです
「蒼き月、紅き血」はこうして使徒襲来を迎えました
このSSはより“意味深”なエヴァンゲリオンを目指して日夜精進しております
私の考えるエヴァンゲリオンに付き合ってくれるもう少しお付き合いくださいますよう、よろしくお願いします
この先、新劇場版も公開され、ますます盛り上がっていくと思いますが、公開が非常に楽しみです
あと些細な感想でもよろしいですのでどうかよろしくお願いします
ではまた次回のお話で…

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