因果応報、その果てには

プロローグ

presented by えっくん様


 ネルフ:司令室 (使徒来襲三日前)

 微かな瘴気が漂う薄暗く広い部屋の中で、二人の男が話していた。

 ひと目で高級品とわかる大型の執務用の机。一人はそこに座り、一人は側で立っている。

 周囲を見渡すと、観葉植物や絵画等の鑑賞に耐え得る物は一切無かった。

 ”シンプル イズ ベスト”を信条にしているのだろうか?

 それとも部屋の管理者は、『鑑賞』という事を無意味と思っているのだろうか?

 癒しという言葉を知らないのだろうか?

 唯一、芸術を感じさせるのは『セフィロトの樹』の模様だけだろう。

 だが普通の人は、その模様から癒しを感じる事は無い。感じるのは奇妙な圧迫感だ。

 部屋の中の二人は、模様から出る圧迫感に動じる事無く会話を続けていた。


「シンジ君が見つかったそうだな」

「ああ、京都のホテルで見つけた。諜報部が撮った写真も確認した。シンジに間違い無い」


 座っているサングラスを掛けた中年の男は、取り出した写真を机の上に放り出した。

 十代の中頃と思われる中性的な顔立ちの少年が写っている。

 些か年齢に合わずに怖い雰囲気を漂わせているところが気に為るところか。


「ほう。十四歳にしてはかなり成長しているように見えるが、ユイ君の面影が確かにあるな。だが、今まで確認出来なかった理由は?

 十年前に失踪してから、その後はまったく足取りが掴めなかった。他の組織が介入して、保護していた可能性は十分あるだろう」

 立っている老人は、写真を手に取り眺めていた。少し顔が綻んでいる。何かを懐かしんでいるようだ。


「構わん。どこの組織が介入しようが、特務権限を使用すれば問題は無い。既に召集の通知は出した」

 座っている中年の男は、手を口前で組みながら感情が感じられない声だった。


「通知? 迎えを行かせたのでは無いのか?」

「三日後にタイミングを合わせて、ここに来るよう手紙を手配した。逃げられないように、諜報部を付けてある」

「手紙だと!? シンジ君はこの十年間の行方が分からなかったのだぞ。どんな性格かも分からん。

 それを手紙だけで召集するのか? 来るかどうか分からんぞ!」


 老人は驚きながらも中年の男に確認した。

 十年間も会っていない子供を手紙だけで呼び出すなど、世間の常識から外れている行動だろう。

 もっとも、座った男に常識を求める事が、間違いである事も承知はしていた。老人は軽い溜息をついた。


「子は親に従うものだ。親が呼んだからには来るのが当然だ。自主的に来ない場合は、諜報部に連れてこさせる」

「まあ、そう言うなら構わないがな。レイも重傷だしな。しかし、シンジ君で起動出来るか?」

「やらなければ、シナリオは進まない。レイではユイは覚醒しない。シンジを乗せるしか方法は無い」


 中年の男は話しかけている老人の方は見ずに、正面を向いたまま話している。

 失礼な態度だが、老人には気にした様子は無い。何時もの事だと割り切っていた。


「シンジ君のこれまでの生活状況は分かったのか?」

「諜報部に確認させている」

「それが不安要因だな。他の組織の介入は特務権限で押し切れるが、シンジ君の精神状態が分からないのはどうにも不安だな。

 初号機を起動出来るか心配だ」

「子は親を求めるものだ。それに、所詮は子供に過ぎない。どうにでもなる」

「子供か……親として、構わんのだな?」


 老人は写真に写っている少年を待っている過酷な環境を考え、僅かな憐憫の情を感じた。

 そして、その少年の親である男に問い質した。


「……そんな感傷は一切捨てた。今はシンジを使ったシナリオを進める事が最優先事項だ」

 老人は中年の男を見つめるが、目はサングラスで隠されて男の感情を感じ取る事は一切出来なかった。

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 薄暗い部屋で、01から12の番号がついたモノリスがあった。

 微かな光が灯っており、モノリスが単なる置物で無い事を示している。そのモノリスから、威厳に満ちた老人の声が響いてきた。


『碇からは連絡は来ていないが、ネルフの保安部から報告が来た。サードチルドレンが見つかったそうだ』


 01の番号がついたモノリスが発言したのを受け、他のモノリスからも発言が続いた。


『ほう、十年前にロストしたサードか? 今更だな』

『そうだ。計画では主役はサードでは無くセカンドだ。今更見つかっても不要だな』

『だが、第三使徒は初号機の暴走で倒す予定のはずだ。そしてファーストは重傷で、起動が覚束無い状況と聞く。

 ネルフがサードを使うのなら、止める必要性は無かろう』

『そうだが、今まで見つからなかったサードが、今になって見つかったのは気になる。恐らくは他組織の介入の可能性が高い』

『確かに他組織の可能性は高いが、ネルフ権限で押し切れよう。その為の特務権限だ』


『北欧連合に動きは?』

『何時ものように国連予算の監査をさせろと言っているが、拠出金はそれなりに出している。特に変わった動きは無い』

『相変わらずか。計画に干渉しなければ構わんがな』

『サードに介入した組織が、北欧連合で無ければ問題なかろう』

『うむ。碇には、『北欧連合には絶対に手出しをするな』とはっきりと伝えてある』


『セカンドの状態はどうか?』

『洗脳と教育は順調だ。弐号機の訓練もな。あれなら使徒戦に問題無く投入出来るだろう』

『洗脳と言えば、葛城の娘は二回行ったのだな。どうなっている?』

『邪魔は徹底的に排除する事と、使徒に憎悪を向けるように上手く仕向けている。些か、洗脳が効き過ぎているかも知れんがな』

『ネルフが主役で行う計画だ。問題は無かろう』

『参号機以降は?』

『これも製造は順調だ。予定通りに、使徒戦の中盤頃には投入出来よう』

『うむ。今のところは順調か。……明後日には、最終ステージが開始される。

 今のところは順調だが、不測の事態に備えて各自は備えを怠るな』


 01のモノリスの声には、己の信念を疑わない強い意志が込められていた。

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 京都:高級ホテル

 シングルルームのベッドに、少年が腰掛けていた。部屋にはベッドが一つと、二人が座れるテーブルと椅子がある。

 少年は十代中頃ぐらいだろうか。黒髪、黒目、いや左目は違う……左目は紫色をしている。義眼だろうか?

 顔つきは典型的な日本人。だが、眼光には強い意志が感じられ、年齢に合わぬ落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

 体格もしっかりしている。大人には届かないが、高校生に混じっても違和感は無いレベルだ。

 少年はポケットから携帯電話を取り出すと、メモリに登録されている番号に電話をかけた。


「……ああ、兄さん、おはよう。そちらの状況はどう?」


 数回のコール音を聞きながら、出た相手の声を聞いて少年は話し始めた。

 因みに、少年の使用する携帯電話の使用電波は特殊帯域を使用しており、通常の設備では傍受出来ない。

 念の為に、周波数変調処理と暗号化処理もしてある。


『シンか。こちらは通常通りだ。何も問題は起きていない。それより、補完委員会とネルフに動きがある。そろそろなのか?』


 声は二十代後半から三十代前半頃だろうか、渋めの男の声が携帯から聞こえてきた。

 時差を考えれば、電話の向こうは午前0時。だが、携帯電話から聞こえてくる声には眠気など感じられない。


「昨夜、ネルフから手紙が来たよ」

 シンと呼ばれた少年の声に、微かに疲れが混じっていた。


『ほう、どんな手紙だ?』

「第三東京までのリニアの指定席の切符、日時は明日。それと二十代ぐらいと思われる女性の胸を強調した写真。

 『碇シンジ』の名前が入ったネルフのIDカード、『来い ゲンドウ』と書かれた紙一枚。その四つが入っていたよ」

『……何だって?』

「もう一度言おうか『いや、いい!』……そう?

 まあ、『来い』という文面だけで十年前に捨てた人間を呼び出せると思っているとは、ボクも最初は言葉が無かったけどね」

『どういう人間だ? いや、諜報部からのレポートは読んでいるが、容易には信じられなくてな』

「それには、強く同意するけどね。

 でも、ネルフのIDカードを同封して呼び出しがあったという事は、その時期だという事だと思うよ。

 いよいよ『師匠』が言っていた事が、現実になると言う事だよ」


 少年は真剣な表情に戻って、電話の相手に注意を促した。

 この時の為に、少年の所属する組織と国は、八年以上の月日を準備に費やしてきた。序盤から失敗は許されないと覚悟している。


『……そうか『ネルフに呼ばれし時が始まりなり』か。シンも十四歳だしな。オルテガ様の言った事が始まるのか』

「『師匠』の予言通りにね。明日が開始という事かな。至急、プラン『A−1』の発動の準備を御願い」

『分かった。明日、いや今日の最高会議で報告しておく。国連軍のルーテル参謀総長にも、明日が開始と伝えておこう。

 それと計画通りに中継の準備だな。早速手配させる。都合良く今は国連総会中だ。効果は期待出来るだろう。

 日本政府はシンの担当だからな。シンから連絡を入れておけよ』

「分かってる。日本の皇室と政府への根回しは、済んでいるからね。ボクから連絡を入れておくよ」

『なら良い。後は在日大使館の保安体制の強化を手配させる。今、動けるのはそれぐらいか?』


 舞台は日本だが、男が居るのは離れた北欧である。距離があるので、支援にも時間がかかる。


「それで十分だよ。いざという時は、ボクの管理下の兵力だけで、ネルフくらいなら相手に出来る。

 まあ、使徒とやらには『天武』がどこまで通用するかは分からないけどね」

『……分かっていると思うが、全面戦争ならともかく、ネルフとの小競り合い程度で『あれ』は使うなよ。

 まあ『天武』が使えると分かったら、ネルフに価値など無いから潰しても構わんが、まだ分からないからな。

 『天武』が使えない場合は、ネルフの兵器を見極めて使う予定だろう。それと戦う時は慎重にな。怪我するんじゃないぞ』

「大丈夫だよ。ボクは基本的には臆病者だからね。無理だと判断したら撤退するよ。

 まあ、奥の手を使えば何とかなるだろうしね。ただ、『策』の発動後は、本国に任せる内容が多いから宜しくね」

『分かってる。そちらの準備も急がせる。在日大使館には、シンを全面的にフォローするよう頼んである。

 取り合えずの拠点は、在日大使館を使えば良い』

「ありがとう。ミーナとミーシャは大使館に「コンコン」兄さん、ちょっと待って。鍵は掛かっていないよ。入って」


 気配でドアをノックをした人が誰だか分かっているので、少年は気軽に答えた。


「入るわよ」


 黄色のシャツとミニスカートの十代後半と思われる金髪碧眼の女性が、ワゴンを押しながら入って来た。

 髪はショートカット。整った顔立ち。そして、陶磁器のように白い肌。

 ウエストは細く、胸とお尻のボリュームと曲線は、世の男の視線を引き付けて離さない魅力を持っている。

 身長は160cmぐらいと小柄だが、活発的な雰囲気を滲ませていた。

 美女コンテストがあれば、上位入賞は間違い無し。ひょっとしたら優勝を狙えるかもしれない。

 実際に一年前には芸能界からのスカウトもあった。だがスカウトを断り、少年と一緒に暮らしている。

 優雅さには少々欠けるかも知れないが、活発なタイプの美女と言えるだろう。

 ある事情から少年と一緒に暮らすようになって、四年が経過していた。

 少年の身の回りの世話をし、姉代わりとして生活している。

 その金髪美女が近づくにつれ、少年の周囲が金髪の女性から漂う甘い匂いに包まれた。

 香水の匂いでは無い。彼女から漂ってくる匂いだ。昨晩もこの匂いを満喫したが、飽きる事は無い。

 金髪の女性は少年に微笑み、ワゴンをテーブルの側につけて皿をテーブルに置いていった。


「食事を持って来たわよ」

 流暢な日本語が、唇から流れてきた。うっかりすると、その唇に視線が吸い寄せられそうな気がしてしまう。

「ありがとう。ミーナ」

 甘い匂いに包まれた少年は、穏やかな顔で金髪の女性に礼を返した。


 続いて、ブルーのワンピースの茶髪の十代中頃の少女が、トレイを持って入ってきた。

 髪はセミロング。顔は典型的なアラブ系だ。褐色の肌で、健康美を誇っている。

 まだ発育途上という事もあるが、年齢標準以上のスタイルを有している。美少女と言って、問題は無いだろう。

 ミーナより小柄だが、落ち着いた雰囲気を身に纏い、穏やかな笑みを浮かべていた。

 日常でも冷静な行動を取る事が多い。この辺は、ミーナとは正反対の性格だ。

 少年と一緒に暮らすようになり、二年が経過している。

 その少女が少年に近づくにつれ、さっきの金髪美女とは違った甘い匂いが漂ってきた。


「飲み物です。紅茶で宜しかったでしょうか」

 茶髪の少女からも、達者な日本語が聞こえてくる。二人の女性は、日本での生活経験は無いが日本語は習得していた。


「ありがとう。ミーシャ。じゃあ兄さん、手配は宜しく。進捗状況はユグドラシルに入力してくれれば、こちらでモニタするから。

 問題があれば、また連絡するよ」

『ああ、分かった。それと、ヒルダとクリスが連絡が無いと怒っていたぞ。たまには連絡をしておけよ。じゃあな』

 シンと呼ばれた少年は、ミーシャに礼を言ってから兄との電話を打ち切った。


「電話中だったの? 邪魔しちゃってごめんね」

 ミーナと呼ばれた女性が、ウィンクしながら少年に謝った。

「気にしなくて良いって。兄さんとの電話だったけど、重要な話しは終わっていたしね」

「じゃあ、遅いけど朝食にしましょう。サンドイッチを用意して貰ったわ」


 ミーシャはポットから三つのカップへ紅茶を注ぎ、テーブルに置いた。ミーナはワゴンに乗っている皿を、テーブルに移している。

 ミーナとミーシャも備え付けの椅子に座り、三人で食事を始めた。

 食事はサンドイッチ等の簡単に摘める軽食で、ホテルに予め頼んでいたものだ。


「見張りが居るから食堂で食事が出来ないのは分かりますが、不便ですよね」

「仕方無いさ。監視されながら食事するよりましだよ。

 この部屋と隣の二人の部屋には防音結界が張ってあるから、ここなら気兼ねなく話せるからね」

「そうね。あの黒服達の目付きが嫌らしいからね。あいつ等にじろじろ見られながら食事なんて出来ないわよ」

「……その防音結界ですが、この部屋と隣の部屋も仕切って欲しかったんですが。

 隣の部屋で姉さんの声が壁越しに聞こえて来て、なかなか寝れなかったんですけど……」


 ミーシャは細目で、少年とミーナを軽く睨んだ。壁越しに聞こえていたミーナの声が止んだのは、午前一時頃だ。

 普段は八時間は眠るミーシャとしては、かなり寝不足な状態だ。それも連日となっては不満も溜まる。

 ちなみに三人が予約した部屋は、シングルルームとツインルームが各一部屋だけだ。


「えっ!? やだ! そんなに声が大きかった? もう、このホテルの壁は薄いんじゃないの?」

 ミーナは赤くなった頬に両手を添え、少しうろたえながら少年を睨んだ。

「もう、シンが激しいから聞こえちゃうのよ! 恥ずかしいじゃない。!!」

「ネルフからの手紙に同封されていた写真を見て、怒り出したのは誰だっけ?」

「…………」


 少年のジト目に、ミーナが目を反らした。美味しい思いをしたのは確かだが、言いだしっぺはミーナだ。


「写真の女に目移りしないように、搾り取るとか言い出したのは姉さんですよね。

 まったく清純な乙女には刺激が強過ぎますから、少しは控えて欲しいんですが」

「で、でも、あたしよりスタイルが劣るくせにシンを誘惑しようと、あんな写真を送りつけてくるなんて許せないわ!」


 昨日届いた封書には、写真が同封されていた。キスマーク付きの胸を強調した写真に、ミーナは激怒した。

 挙句の果ては、浮気しないようにと夜の結果に繋がった。


「確かに姉さんの方がスタイルが良いのは認めますけど、二日連続は過ぎるんじゃ無いですか?

 姉さんの肌の艶は良いですけど、シン様は少し疲れているように見受けられますよ」

「ミーシャ、シンは底なしなのよ。あたしなんて、圧倒されっぱなしなんだからね」

「だから、そういう刺激の強い話しは止めて下さい! シン様からは十六歳になるまで駄目と言われているんですから!」

「……ミーシャも興味はあるのよね。清純な乙女って言ってなかったっけ?」

「……十分、精神汚染を受けましたから。責任を取って貰わないと」

「じゃあ、ミーシャが十六歳になったら、三人で「そこまで!!」……分かったわよ」


 今までの経験から、少年は女同士のこの系統の話しには入らないようにしていた。矛先がこちらに向くからである。

 だが予定が詰まっている事から、強引に割り込んだ。

 この三人は血は繋がっていない。出身地も、日本、北欧、中東とまちまちである。ある事情から家族として、一緒に暮らしている。


「この手の話しになると止まらなくなるから、ここで終わり! それよりチェックアウトの準備は出来たの?」


 少年の真剣な表情に、女性二人も真面目モードに切り替わった。


「私の準備は昨日の夜に終わっています。姉さんは朝に戻ってきてから準備しました。予定通りに出発できます」

「じゃあ、昨日の打ち合わせ通りにね。

 明日、ボクは『シン・ロックフォード』では無く、『碇シンジ』として、ユインと一緒に第三新東京に向かう。

 二人は今日の午前中にホテルをチェックアウトして、ユインと一緒に第二東京の在日大使館に行って待機。

 ユインは二人の護衛。大使館についたら、ユインは第三新東京に移動。明日の朝に、駅でボクと合流する。この予定で良いね」


 昨日、手紙が届いてから話した内容の繰り返しだ。

 もっとも同封された写真を見てからは、打ち合わせどころでは無くなったのだが。おかげで本国への連絡も今日になってしまった。


「はい、分かっています。大丈夫です」

「あたしも良いけど、あの写真の女には注意してね。あんな写真を送ってくる女なんて程度が知れてるわ!」

「大丈夫だよ。写真の女性はネルフの職員だって事は分かっている。ネルフの女性に迷うほど馬鹿じゃないさ」


 敵地で女性に気を取られる事は失敗の元だ。みすみすハニートラップに嵌るつもりは無い。それを少年は肝に命じていた。

 それに目の前の美女と美少女が居るので、十分満足している。他の女に目が行く事は無い(だろうと思っている)。

 もっとも、写真の女性とは以前に中東で会った事がある。不思議な因縁を少年は感じていた。


「はい、シン様の事は信じていますから」

「でも、シン一人で大丈夫? ユインもついているから大丈夫と思うけど、少しは心配ね。

 あの女の事じゃ無くて、敵地に入るんでしょう」

「大丈夫。兄さんもフォローに回ってくれてるしね。

 それより二人だけで在日大使館に向かってもらうけど、あの黒服には注意してね。

 ユインが付いているし、ミーシャの力を使えば大丈夫だと思うけどね。

 それと、ネルフにはボクの関係者が大使館に入るところを見られたくはない。注意してね」


 少年は目を瞑り、自分の使い魔たる『ユイン』を念話で呼び出した。


<ユイン。聞こえてる?>

<はい。ホテルの周囲を巡回中ですが、ネルフの人間と思われる黒服が三人以外は、不審な人間は見当たりません>

<ありがとう。じゃあ部屋に戻ってくれる。ミーナとミーシャは午前中には出発するから>

<分かりました。これから戻ります>

 少年とユインの念話を聞いていたミーシャは、窓の傍まで移動して窓を開けた。


 しゅっ。


 開けた窓から、微かな音と共に小さな生き物が部屋に飛び込んできた。

 その小さな生物は灰色の体毛に覆われ、一見すると子猫のように見えるが実際は狼である。

 ユインは部屋に入ると、主である少年の頭の上に座り込んだ。


<戻りました>

<お疲れ様>

 ユインを使い魔にして、十年の月日が経過していた。話し相手、護衛、色々と少年に尽くしてくれている。

 使い魔という立場だろうが、少年としては相棒という位置づけで考えていた。


<ミーナとミーシャが第二東京の在日大使館まで行くから、護衛で付いていって。

 それで御苦労だけど、第二東京の大使館についたら、今度は第三新東京の駅で待機。

 ボクは明日の朝にはここを出て、第三新東京に向うから、そこで合流して欲しい。大丈夫だよね>

<分かりました>

<ユイン。宜しく頼むわね>

<ユイン。宜しく御願いします>


 ユインは少年の『使い魔』であり、念話で話す事が出来た。

 一般成人程度の知性はあり、自己判断能力にも優れている。勿論、戦闘能力もそれなりに持っている。

 広範囲な周囲の索敵能力、人間の目が追いつけない移動速度、銃弾程度は弾いてしまう皮膚。

 攻撃手段は牙と爪だけの近接戦闘能力しか持っていないが、護衛の任に問題は無いだろう。

 現在、ユインと念話が出来るのは、少年とミーナとミーシャの三人のみだ。

 ユインの抱き心地が良いと言って、ミーナはよくユインを抱くし、ミーシャは就寝時に抱き枕の代わりに抱いて寝る時もある。

 少年としてはペット代わりに扱われているユインのプライドを心配した事があるが、

 当のユインは扱いに満足しているのか、苦情を言った事は一度も無い。


<このホテルは、何時頃に出発するの?>

<荷物はまとめてあるから、三十分後ぐらいに出発かしら>


 ユインの質問にミーナが答えた。ミーナは立ち上がり、少年の頭の上に座っているユインを抱きかかえた。


「シン、後は大丈夫よね?」

「大丈夫だよ、ミーナ」


 ネルフの監視役の黒服三人程度なら、一人で秒殺出来る。自分一人を守るぐらいは大丈夫だ。

 ミーナはユインをミーシャに預け、少年の側に寄って少年の頭を胸に抱いた。


「ミ、ミーナ?」


 ミーナの甘い体臭が鼻腔を刺激し、頭に感じる柔らかい二つの感触が少年の煩悩を刺激した。

 もっとも、ミーナが本気になれば、この程度の刺激では済まないのだが。


「ふふっ。昨日の夜は頑張ってもらったから、今はいいわよね。でも、本当に気をつけるのよ。あの写真の女には注意しなさいね」


 ミーナは少年の頭を解放し、少し屈むと少年の唇に軽くキスをする。


「食事はもういいわよね。ワゴンはルームサービスが取りにくるから、このままで良いわ。ミーシャ。部屋に戻るわよ」

「分かりました。でも、姉さんだけじゃ不公平ですよね」


 そう言って、ユインを抱いたまま少年の側に寄って、姉と同じように唇にキスをした。


「シン様。お気をつけて下さい」

「ありがとう。ミーシャ」


 二人のキスに少々動転したのか、少年の声が若干変わっていた。

 その様子に満足したのか、ミーナとミーシャはユインを連れて、自室に戻って行った。

 二人の残り香に包まれながら、少年は今までの事と明日以降の事を考え始めた。


「十年前に捨てられてから使っていなかった、『碇シンジ』の名前を使う事になったか。ネルフ相手には必要な事なんだろうけどね。

 そして特務権限を持つネルフか……諜報部のレポートを見ると、とんでもない性格揃いみたいだしな。

 ならば、ごり押ししてくるのは間違い無い。そうなれば、こちらの計画通りになるか。中継の準備も大丈夫だろうし。

 他のスタッフも問題だよな。まあ、会ってみないと分からないし。相手を取り込むには、かなりのリスクを負う必要があるし……

 やはり当初の計画通りに、ネルフからEVAとやらを分離する必要があるのか……

 後は『天武』がどこまで通用するかか……」

***********************************

「お前が負ければ、お前が人類を滅ぼす鍵になる。お前が逃げた場合は、別の人間が代行するだけだ。

 ワシが数十回にも及ぶ予知で見たのは、その結末だ。お前を引き取る前の予知では、滅びなかった未来は無かった。

 だからこそ、お前に頼みたい。滅びを回避してくれ。力を得たお前ならば、出来ると思っている」


 力の使い過ぎで視力を失い、使い魔の介護を受けながら暮らす師匠。その師匠がベッドに寝ながら言った言葉であった。


 そして、師匠が予知で見た映像を渡された。

 一つは、少年が三歳の時に見ている紫色のロボットらしき機体に乗り、敵と戦っている自分の映像。

 一つは、日本を中心として特殊なフィールドが地球全体を覆い、その中で人間を含む全生命体が液化していく映像。

 一つは、地球上の海の全てが赤く染まり、現在の大都市が廃墟と化したのが延々と続く映像。

 一つは、自分が虚ろな表情をして座り込み、周囲には誰も居ず、ただ廃墟のみが見える映像だ。


 変な先入観を持つなという事で、巨大なモニュメントの映像とかは、識別出来ないようになっていた。

 この予知の内容を信じて、少年の所属する組織は計画を練って準備してきた。


 当初の組織は、予知した本人を含め数人程度だけだった。勢力も微々たるもので、とても世界情勢に影響を与える力は無かった。

 だが、親からの暴行で左目を潰され、全身打撲で横たわっていた少年を保護してから具体的な目標が出来た。

 滅びの鍵となる少年を取り込んだ組織は、少年を鍛える事で活路を見出そうとした。

 様々な人間が、色々な分野で少年を鍛え上げ、だが人間らしさを失わないように計画された教育が少年に施された。

 その過程で、想像する事も出来なかった幸運が少年に舞い降りた。

 いや、幸運というと語弊があるだろう。それは取引だった。


 地球の全生命体の滅亡を回避する代わりに、少年はある存在と契約を交して力を得た。それが組織拡大の原動力になった。

 少年が引き取られた時、組織のメンバーは片手で足りていた。世間に与える影響力など皆無に等しかった。

 だが、少年が得た力を使うようになってから、組織は急速に拡大していった。

 現在の組織の影響力は、一つの国家を動かすまで大きくなっている。

 そして、少年は組織の重要人物として認識されている。十年を費やして、ここまで来たのだと思うと、感慨深いものがあった。


 少年は気を取り直し、これからの事を考えた。

 明日、ネルフに行く事が、これまでの生活と一線を画す事になると覚悟を決めた。

 今までも、人命に関する決断を求められた事はある。大事なものを守る為に、人を殺した事もある。

 だが年齢もあって、複数の人に守られてきた事は間違い無い。

 しかし、これからは違う。今まで自分をフォローしてくれた人達は、遠い地に居る。

 これからは自分が前面に立たねばならないと自覚した。

 これからは穏やかな生活は出来ないだろう。陰謀に塗れながらも、戦わなければならない日々が待っている。

 事が終わるまでは、気を抜けないはずだ。これからの事に思いを馳せながら、少年は静かな時を過ごしていった。

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 翌日、朝早く京都のホテルを出て、第三新東京に向かうリニアに少年は乗っていた。

 所持品は大きめのバッグが一個だけだ。

 白いシャツに黒いズボン。普通の学生に見えるだろう。左手首にリストバンドをしているのが、目に付くぐらいだろうか。

 少年は座席に座って顔を窓側に向けていた。第三者が見れば、外の流れる風景を見ていると思うだろう。


 だが、右目から入ってくる外の風景には、一切注意を払っていなかった。

 他の乗客からは見えないが、少年の左目は赤く輝き、本来は見えるはずの無い光景が少年の脳に映し出されていた。

 少年の左目。本来の目は三歳の時に、親から受けた暴行が元で失明した。

 その後、ある曰く付きの物を左目に組み込み、人間の裸眼では決して見る事の出来ない情報、そして力を少年に与えていた。

 今、少年は左目を通じて、衛星軌道にある監視衛星を直接制御している。自分が向かっているところ、移動経路。

 監視衛星のカメラと複数のセンサの情報が、左目を経由して少年に届いていた。


 異常が無いかを確認する為だったが、その監視衛星のカメラが奇妙な現象を確認した。

 太平洋の日本近海の海水面が細長く盛り上っているのである。かなり巨大で、高速の移動物体が海中にいるのか?

 そう思った少年は、監視衛星の探査ポイントを不明物体の周囲に固定した。

 段々と海水面の盛り上がりは大きくなり、終には海中を進む巨大生物が少年の脳裏に映し出された。


(これが、ネルフが使徒と呼ぶ奴等なのか?)


<ユイン。聞こえる?>

 少年は念話で使い魔を呼び出した。ユインは第三新東京の駅で待機している予定だ。


<どうされました?>

<師匠から聞いていた怪物とやらを確認したよ。現在は海中を移動中。まもなく上陸する。進行方向は……第三新東京か>

<オルテガ様からは、その怪物とやらの事を詳細に聞いていないんですよね>

<師匠は細かいところは見る余力が無かったと言っていたよ。見たのは、全体の中の一部だけさ。

 あの怪物の進行方向と、このリニアの進路は交差するな。……このリニアは途中で停止するかな?>

<自分は最終駅で待っています。リニアが途中で停まれば、移動してマスターと合流します>

<あの怪物がこちらと接触するには時間的余裕はある。もう少し状況を見てみよう。

 それに京都から乗ってきた黒服三人が、リニアが停まったらこちらに干渉するかも知れない。注意しておくよ>


 少年はユインとの念話で、お互いの状況を確認した。

 そうしている間にも、使徒と呼ばれる巨大生物は段々と第三新東京に接近していた。






To be continued...
(2009.01.31 初版)
(2009.02.21 改訂一版)
(2009.03.21 改訂二版)
(2011.02.26 改訂三版)
(2012.06.23 改訂四版)


(あとがき)

 最初の投稿から二年以上経過しました。今回、皆様方から御指摘を頂いた誤字等を修正しました。(本文の修正も入ってます)

 それとタグの削除、変更ですね。処女作という事もあり、最初はタグの使い方が分からず、途中から覚えて面白そうだと

 使いまくりました。誤字等の修正で見直していたら読みづらいと思い、思い切って大幅に削除しました。

 私事になりますが、プライベート環境が大きく変化したので、自分の時間が取り辛くなりました。

 書こうという意欲はあるのですが、中々筆が進みません。

 定期的な投稿は無理だと思いますが、空き時間を見つけながら進めていきたいと思っています。

 こんな状況ですが、今後とも宜しく御願いします。(2011.2.12付)



作者(えっくん様)へのご意見、ご感想は、感想掲示板 まで