因果応報、その果てには

エピローグ

presented by えっくん様


 作者注. 拙作は暇潰し小説ですが、アンチを読んで不快に感じるような方は、読まないように御願いします。

**********************************************************************

 ネットの某掲示板  (既にMAGIの運営方針は変更され、特定人物への検閲は行われていなかった)


『あの大災厄からもう三年か。早いものだな。忙し過ぎて、時間を気にする事も無かったな。でも、もう終わりか』

『ああ。後一週間で俺の住んでいるところは電気も切られる。こうしてネットに接続するのも終わりだな』

『あの大惨劇から生き残れた事は良かったが、まさか地球の寒冷化現象が起きるとはな。氷河期が来るって噂もある』

『地軸が傾いて熱帯気候だった日本でも、作物が満足に育たないんだ。もう地上に住むのは無理だ』

『あの隕石の巻き上げた粉塵で太陽の光が遮られている。食料も生産出来ないし、産業も維持出来ない。国として終わりだな』

『生き残った日本人が約三千万人。その中から選ばれた百万人がスペースコロニーに移住して行った。皇室からも冬宮殿下が行ったしな。

 残された俺達は見捨てられんだ。今までの行いもあるから自業自得とも言うがな』

『スペースコロニーの収容可能人数は六百万人だが、拡張して八百万人まで収容すると言っていたからな。

 騒ぎを起こす奴や、規律を守らない人間が外されるのは当然の事だ。でも、そこまでして生き延びて良い事があるのかな』

『日本はまだ良い方だ。国民全てが死に絶えて、国が滅んだところが多くあるんだ』

『ああ。北欧連合の支援があったところは、全部が取り合えずは国としての機能をギリギリで維持している。

 だけど、まったく迎撃範囲に入っていなかったところの被害は凄まじい。ある小国なんか国土全部がクレーターになったところもある。

 あの大災厄から生き残った人間が居ても、この寒冷化では食料が生産出来ないから、今じゃ生き延びている国家がいくつある事やら』

『燃料が輸入出来ないから調査隊も近隣にしか出せなかったからな。今じゃ北欧連合の核融合炉を内蔵した輸送潜水艦が命綱だよ。

 あれなら凍結した北極海経由でも来れる。食料や医薬品、それにメンテナンス部品なんかを生産出来るところは今じゃあそこぐらいだ』

『数年前はこんな事態になるなんて全然思っても見なかった。あのままの生活がずっと続くんだと思っていた。

 でも、俺達の生活なんて誰が保証してくれる訳でも無く、唐突に変わるんだな。価値観がガラリと変わったよ』

『平和な時は誰の保証も無いのに、その状態がずっと続くと思うもんだ。そしていきなり状況は変わる事がある。

 変化が無いと思い込んでいると、こんな事態になってしまうんだな。痛い勉強代だよ』


 隕石群の地球衝突は、気候変動の引き金を引いてしまった。太陽の活動が休息期に入った事も影響していた。

 徐々に気温は下がって、大災厄の三年後の今では熱帯気候であった日本でも雪が降るようになっている。

 このまま寒冷化が進めば、夏でも第二東京市に雪が降るだろうと予測されていた。

 これも太陽の光が遮られて地上に届かない為だった。どの国も作物は取れずに、食糧不足が深刻になった。

 貿易も満足に出来る状態では無く、産業など立ち行かない。残った望みは自給自足の生活が出来るスペースコロニーへの移住だった。

 とは言っても、スペースコロニーの収容人数は二基で六百万人が限度だった。

 これを無理やり改造して八百万人を収容出来るように改造するとミハイルは正式に発表していた。

 追加のスペースコロニーなど、簡単に建造出来る訳でも無い。

 火星軌道の拠点にある作業用ロボットを駆使しても、三基目のスペースコロニーの完成は二十年後と推測されていた。

 余裕が無いところに無理やり人を入れるのだ。我慢強い事が最初から求められ、協調性に欠けたり我が強い人間は選ばれなかった。

 もはや人権を優先させる事など不可能で、まずは人類という種を生き延びさせる事が最優先されていた。

 一部の人間は自分達の権利を声高に主張したが、自治領主であるミハイルの公式見解が発表されると全員が沈黙してしまった。


『あの大災厄の後は色々とあったな』

『ああ。サードインパクトを企んだゼーレは本拠地ごと消滅した。大きめの隕石が直撃して、欧羅巴大陸で生き残った人は殆どいなかった。

 北米大陸も同じだな。ロッキー山脈に隕石が直撃して、山脈の東側は全滅か。まったく凄まじい災厄だったな』

『それを言えば、隣もそうだな。ヒマラヤ山脈に大きめのやつが落ちて、それ以外にも各地にもかなり満遍なく落ちている。

 生き残りは少しはいるらしいが、この気候だから国としては滅んだも一緒だ。結局は責任追及も出来ずに有耶無耶になってしまった』

『責任追及が有耶無耶になったと言えば、ネルフもそうだったな。最初はサードインパクトを企んだとされ、戦自に攻撃された。

 でもシン・ロックフォードの告発でゼーレの嘘だと分かった。まったくサードインパクトを企んだゼーレに騙されるとはな』

『それを言ったら、当時の各常任理事国が支持した組織がサードインパクトを企んでいるなんて、当時は誰も信用しなかったろう』

『まあな。日本政府も騙されてネルフに攻め込んだ手前、ネルフの罪を裁くことが出来なかったんだよな』

『お互いが黒いから、有耶無耶にしたんだよな。気候が変動して生き延びる事を優先させた事もある。

 それにあの大災厄の時に尽力したシン・ロックフォードの実の父親を裁くのも差し障りがあったんだろうな』

『あのオープン回線の交信は世界に流れたからな。不覚にも目頭が熱くなった事は覚えている』


 当初、ネルフの犯した罪は裁かなくては為らないとした動きがあったが、日本政府がゼーレに騙されてネルフに侵攻して虐殺を行った事も

 あって、腰砕けの状態になってしまった。そして地球の気候が激変して寒冷化が進み、まずは人類が生き残る事が優先された。

 その為、ゲンドウ以下ネルフの職員は日本政府の管理下に置かれて、国内の復旧工事に従事する事となった。

 罪を犯していないと言う事では無いので、スペースコロニーへの移住は認められなかった。

 そしてスペースコロニーには移住出来ない人達の為に、ジオフロントを地下生活空間とする大規模工事が行われていた。

 幸いと言っては何だが、核融合炉発電施設の管理は日本政府に移管され、石油を輸入しないでも電力は確保出来た。

 日本人全てが生き残れる訳では無いが、ある程度の人口を収容出来る居住コロニーを地下に確保する予定だ。

 それには生き残った他のネルフ職員達も協力していた。


『そういや、以前に隣国で日本人の生き残りが見つかったと報道があったな。例の売国行為を行った奴らか? 悪運が強いな』

『確かに売国行為をした奴らなんだが、完全に心を入れ替えたらしい。調査隊に出会うと、自分達はどうなっても良いから、

 一緒に居た日本人の女の子を保護して欲しいと調査隊に土下座してまで頼み込んだ。感激した調査隊長は全員を日本に連れて帰った』

『へえ、美談だな。まあ、心を入れ替えたら許さないでも無いからな』

『まあな。独裁国の侵略があった時も二人の女の子を守り、その後の災厄の時も必死に食料を掻き集めて生き延びたらしい。

 最初は二十四人もいた大人が、保護した時は十一人にまで減っていたらしい。女の子も必死になって嘆願したらしいぜ』

『俺もその話しは聞いたよ。何でも話を聞いて感動した政府関係者が推薦して、スペースコロニーへの移住許可が出たってさ』

『へえ。羨ましいな。それ以外ではあそこに生き残りはいなかったのか?』

『他の奴らは独裁国の侵略の時に逃げ出して、その後は消息不明らしい。多分、死んだんだろうな。現地人も何人かは居たらしいんだが、

 此方が日本人だと分かると、いきなり謝罪と賠償と食料を横柄な態度で求めてきたから無視したらしい。

 一つ言える事は、まともな街や村が全然残っていなかったという事だ。平地は隕石の絨毯爆撃を受けてほぼ全滅したらしいぞ。

 調査隊はそれ以上の確認をしなかったから、今はどうなっているか分からんな。あそこの民族と関わりたくは無いしな』

『あそこの国は良いさ。大陸までは調査隊は行ってはいないんだろう』

『ああ。後はT国ぐらいだな。あそこは北欧連合との友好国だし、生き残った人も結構いる。スペースコロニーへも順調に移住を進めている。

 もっとも、作物が取れずに貧窮しているのは日本と同じだ。行き着く先は日本と同じだろう』

『日本政府は既に主権を放棄した。ジオフロントに入れなかった奴は好きに生きろってか。

 まったく、こんな環境で生き延びられる訳も無い。無責任も良いところだ』

『ジオフロントの地下居住コロニーは拡張したとは言っても、収容人数にも限りはある。俺みたいな身勝手な人間は無理だ。

 技術者や政治家、それと軍人や子供関係を優先させていたよな。将来性が無かったり、役に立たない人間は駄目だって事だな』

『地方自治体もまともに機能しているところは無い。既に食料を奪い合って紛争を起こしている地域もある。

 地下で食糧生産が出来るジオフロントに入れろと騒いだ暴徒達は、戦自の兵士に武力鎮圧されたしな』

『こんな時代に自分達の権利を口で主張しても無駄だからな。無抵抗主義の友達は暴徒に襲われて死んだよ。

 今は力のある人間だけが生き延びる時代だ。政府がそれを率先して実行している。弱者切捨てが横行しているんだ』

『政府も最後は人道主義を捨て去ったか。まあ、あれが通用するのは平和な時代だけだしな』

『ネットで平然として社会や魔術師の悪口を言い合っていた頃が懐かしい』

『口先だけの理念は平和な時代でこそ通用するが、今の時代じゃ誰も耳を傾けないさ。時代ごとに考え方も変わってくる。

 何時までも昔の考え方に固執しては生きてはいけない。もっとも、人間としてのプライドまでは捨てたくは無いけどな』


 日本政府はジオフロントの改造を急いで、そこに自給自足が可能な地下コロニーを造った。

 地下ならば地上の気候にあまり左右されない生活が可能だ。核融合炉発電施設さえ稼動出来れば、そこで一定以上の人数が生活出来る。

 そしてそこに収容出来ない人々は、見捨てられた。この非常事態に全国民の生命を守るという事など出来はしない。

 それに抗議した人達は暴動を起したが、武装した戦自に勝てるはずも無く、無様に鎮圧されていた。

 そんな事が数度発生すると抗議する人間も減って、各自が自分の身の施し方を考えるようになっていた。


『この世に救いは無いものなのか? このままじゃ、待っているのは凍死か餓死、若しくは病死しか無いぞ』

『この結末は好き勝手に生きて来た人類への警告なのかもな。俺達は死ぬだろうが、人類は生き続ける。

 生き残った奴らが俺達が生きていた事を証明する証人だ。何百年か何千年かは知らないけど、地球の気候は元に戻るだろう。

 その時は地球はどうなるのかな。又、同じような争いを繰り返すのかな』

『さあな。誰もそれを見る事は出来ない。希望を託すしか無いんだろうな』

『俺は身勝手なタイプだからな。誰かの想いなんて託されたくは無い。託す方が気が楽だ』

『子供達が優先して移住して行った。彼らに想いを託すのも悪くは無いだろう。俺達はどっちかと言うと心が汚れている。

 だからまだ心が汚れていない子供達に未来を託したい。それがもう先の無い俺の願いだ』

『もうネットに繋ぐ事は無い。これが最後の別れだな』

『ああ。でも、出来る限りは頑張れよ』

『お前もな。じゃあな』


 その後、富士核融合炉発電施設から各地方への電力供給は徐々にカットされていった。

 そしてこの掲示板も二度とアクセス出来なくなっていた。

***********************************

 N2爆弾で破壊されたジオフロントの天井部分は、復旧工事で真っ先に修復された。

 そして地下エリアの居住区と食料生産エリアの拡大を最優先事項として行った。氷河期が来ても、地下で生きて行く為の準備である。

 その工事監督者は元ネルフ司令の六分儀ゲンドウである。それを妻であるリツコが支えていた。

 他にも日向と青葉、マヤなどの元ネルフ職員がサポートしていた。

 前述したように、日本政府はゼーレの策略に嵌ってネルフを武力鎮圧しようとした。それをシンジにTVの生中継で指摘された。

 騙されたとはいえ、ネルフ職員を虐殺したのは紛れも無い事実だった。MAGIを落とした事でネルフの犯罪の証拠は押さえたが

 ネルフ職員を虐殺した後ろめたさもあり、そして今は生き延びる事が優先される事から裁判を中止して復旧工事を行っていた。

 既に多くの人々がジオフロントで生活を始めている。その様子をゲンドウとリツコが静かに穏やかな表情で見つめていた。


「やっと此処で生活が出来るようになりましたわね。あそこまで破壊されたのに、此処まで復旧出来るとは思ってもいませんでした」

「日本の残った総力を結集した結果だ。それにロックフォード財団が作業用ロボットを提供した事もある。

 まさか富士核融合炉発電施設の地下に、あんな大規模施設を用意していたとは。まったく抜け目の無い奴だったな。

 あそこの生産施設のお蔭でジオフロントで約五十万人が生活出来る。あれが無かったら、ジオフロントだけでは十万人が限度だろう」

「あそことの地下トンネルももうじき開通します。本格的な氷河期が来る前に、地下交通網を準備しないと。

 電力線も地下を通せば氷河期が来ても、核融合炉の恩恵で電気は使えます。食料生産にも問題はありません。さすがは御子息でしたね」

「……息子か。あそこまでの技術をシンジ一人で開発出来る訳が無い。シンジが無能とは思わんが、誰かの支援を受けていた事は間違い無い。

 誰が支援していたのかを知る人間は、恐らく騎士と魔女の二人だけだろうな。今となっては誰も知る事は出来ないだろう」

「そのお蔭でこうしてあたし達は生き残れるんです。素直に感謝すれば良いじゃありませんか?」

「感謝? 私はシンジを捨てたのだ。そしてシンジに憎まれていたのだ。感謝など出来る訳が無い」

「最後はあなたをお父さんと呼んだでしょ。そう意地を張るものではありませんよ。あたしもシンジ君のお蔭で両足が戻ってきましたし」


 シンジは最後に個人的な依頼をミハイルとクリスに託していた。その一つがリツコの失われた両足の再生治療である。

 もっとも無償では無い。二度と開発や研究関係に従事しないと約束する代わりに、リツコの両足の再生治療を行った。

 シンジから夢で警告された事もある。ゲンドウとの関係が良好だった事から、リツコは出された条件を承諾した。

 そして両足の再生治療が終わったリツコはゲンドウとの共同生活を続け、昨年に籍を入れていた。

 今のリツコはMAGIのメンテナンスやゲンドウのサポートがメインであり、約束を守って開発や研究は行ってはいなかった。


「両足の再生治療か。宇宙関係も含めれば、今の百年以上は先の技術だ。最初からその技術が使えれば、こんな事態にはならなかったか」

「後悔、先に立たず、ですかね。過ぎた事です。私達は罪があってスペースコロニーには行けません。此処で生きるしか無いんです。

 過去を悔いるより未来を見た方が建設的です。何時までも過去に囚われるのは愚か者のする事です」

「確かにそうだな。シンジの遺産で我々は生き延びられる」

「ええ。作業ロボットに色々な生産設備も充実しています。不足する原材料も北欧連合に頼めば何とか調達してくれるでしょう。

 資源リサイクルシステムも秀逸です。生活出来る人数の限度はありますけど、何とか自給自足の体制が整いました。

 それに北欧連合の潜水輸送艦のお蔭で、細々とですが交易ルートも確保出来ています。

 若干ですが此処で生産出来ないものでも輸入は出来ますし、スペースコロニーに日本から約百万人を送り込めました。

 後二十年我慢すれば三基目のスペースコロニーが完成します。私達は無理でも、生き延びれば子供達がそこに行けるかも知れません。

 その為には今を頑張らないと駄目でしょう」

「そうだな。……む、首相との会談予定が近い。そろそろ会議室に行くぞ」

「はい」


 リツコが何度聞いても、ゲンドウはシンジへの本心を語る事は無かった。同時にユイの事も話す事は無かった。

 ゲンドウが何を考えているかは本人だけが知っている。

 ジオフロントの片隅に、二つの小さな墓石をゲンドウが作った事をリツコは知っていた。だが、二人の間でその話題が出る事は無かった。

***********************************

 ミサトは二年前に産まれた双子の子育てに苦労していた。加持が殆どいない事もあり、子供用品も品不足で尚更であった。

 あの大災厄の直後、ネルフの作戦課長であるミサトを弾劾する動きがあった。

 ネルフそのものには有耶無耶で済ませる雰囲気があったが、以前に戦自に協力を依頼して請求額を満足に支払わなかったり、

 戦自を顎で使った為に、一部の戦自の将校がネルフの作戦課長であるミサトを排除しようと強く働き掛けた。

 周囲もそれに流されて、ネルフ全体の罪は問えないがミサト個人ならという状況になり掛けたのを救ったのはミサトの妊娠だった。

 それを知った戦自の将校は苦虫を噛み潰したような表情になったが、流石に妊婦を罪に問う程、狭量では無かった。

 これから厳しい環境が待っている。そして先を繋ぐのは子供達だ。子供を大切にしない社会に未来は無い。

 それは戦自の将校も分かっていた。だが、まったくの無条件解放では無かった。

 スペースコロニーへの移住権は無く、ミサトの夫である加持にかなりの重労働が課せられていた。

 日本各地を回って、使える設備と貴重な文化財の回収が加持に与えられた仕事であった。

 加持がミサトと会えるのは、年に数回程度しか無い。それでもあの災厄を生き残り、子供も得たミサトはどこか穏やかな表情だった。

 ネルフの今までの横暴な行いの為に、生き残った人々はネルフ職員を白い目で見る風潮があった。

 特別宣言【A−19】はその大きな要因にもなっている。公職などに就けば必ず足を引っ張られるだろう。

 実際にゲンドウやリツコに批判的な勢力がかなりあるとミサトも知っていた。

 だが、今のミサトは公職に就く気は無く、このまま子育てに生きる人生も悪くは無いと考えていた。

***********************************

 気候の変化は全地球規模であり、北欧連合もその影響からは逃げる事は出来なかった。徐々に気温が下がり、吹雪くようになっていた。

 セカンドインパクト以降に建築した家屋の断熱効果は低く、寒さに耐える生活を強いられる人々は多かった。

 隕石による災厄の被害は世界で最も少なかったが、その前には核ミサイル攻撃を受けて三百万人が瞬時に失われたのだ。

 そして放射能被害は何とか抑えられたが、放射線を浴びた人々が次々に亡くなっていった。

 最終的にゼーレの核攻撃で亡くなった人は七百万人を超えると推測されている。

 そして寒冷化の為に海上の生産プラントも既に稼動を停止し、慢性的な食料不足に陥っていた。

 それを救ったのが、バルト海の海底にある生産工場で生産された食料だった。

 とはいえ、これからは今以上の寒冷化が予想され、地上での生活はもはや不可能との結論が出されていた。

 その為、一部の人間はスペースコロニーに移住した。もっとも様々な事情があって、北欧連合から移住出来たのは約二百万人だった。

 そしてそれ以外の人々は生活の場を地下に移行していた。だが、いきなり数百万人が住める地下都市など準備出来る訳が無い。

 バルト海の海底にある生産工場の隣接したエリアを突貫工事で拡張して、何とか八十万人が住めるようにするのが精一杯であった。

 現在も拡張工事は続いているが、それ以上の収容数の準備にはまだまだ時間が掛かる。

 寒さに震える人々に電力と食料を提供するのが限界だった。それでも世界各国から見れば、贅沢な方だ。

 中には電気も無く食料も無く、凍死するか餓死するかを待っている人々はまだ大勢いる。最低限の環境があるだけマシと言えた。


 首相は今もフランツが務めていた。この緊急時に選挙などやっている余裕は無く、それを批判する者は殆ど居なかった。

 そのフランツは海底の生産工場の一室でナルセスと会談を行っていた。


「地上は今日も吹雪いているよ。一面の銀世界だ。セカンドインパクト前以上だな。こう言うと情緒があるが、実際にはかなり辛い状態だ。

 各地の核融合炉はまだ稼動をしているが、積雪の為に送電線に被害が出始めている。こんな大寒波で電気が切れれば凍死しかねない。

 雪の為に各地への食料輸送も滞っている。問題だらけだ。あの災厄の後の二年間に五百万人をスペースコロニーに送り込めたのが奇跡だな」

「寒波は徐々に勢力を増していますからね。まだ最初のうちは余裕がありましたが、今それをやるのは無理でしょうね。

 各地の人口が少ない村や町を閉鎖して、大都市に人口を集中させていますが、弊害も出始めています。

 後は地下の生活空間をどれほど早く用意出来るかですね。作業ロボットは二十四時間稼動で動かせています」

「作業ロボットか。シン君がこんなものを用意していたとはな。あのスペースコロニーや巨大宇宙戦艦も全て異星人の遺産だったのか。

 何故、彼が財団の支援も無くあんな事が出来たのか不思議だったが、謎がやっと解けたよ」

「財団の支援と言いますが、ロックフォード財団そのものがシンの支援で成り立っていました。シンの支援が無ければ財団の急成長は無く、

 世界に打って出る事は出来ませんでした。精々が国内のシェアを他の企業と競っていたくらいでしょう。

 最初はゼーレに対抗出来るかさえも分かりませんでした。こういう結果になりましたが、まだ人類は生きています。

 一応は勝ったと言えると思いますよ。もっとも多くの犠牲を払っての勝利です。内心では悔しい思いもあります」

「それは私も同じ気持ちだ。三基目のスペースコロニーが完成するのは約二十年後か。あれが完成するまでは何とか此処で生き延びねばな」

「はい。ですが、地下の生活空間を確保出来て生き延びられるのは、我が国と中東連合、それに日本だけです。

 今まではある程度の在庫がありましたから細々とですが食料支援は出来ましたが、もうストックはありません。

 地上での食料生産が出来なくなりましたから、これからは我が国の国民に食料を確保するのが精一杯です。

 医薬品や交換用部品の支援は続けますが、食料の提供は停止せざるを得ません」

「……残念だが仕方あるまい。何処の国も生き延びるのに必死なのだ。我が国だって国民を餓死させてまで他国を支援は出来ない。

 言い辛いが地下に生活空間を確保出来なかった国は、もって後一年〜二年程度だろう。後は彼らの努力に期待するしか無い」


 世界各国の中で一番設備が残っている北欧連合でさえ、自国民全員の生活の保障は出来なかった。

 大災厄直後から同盟国や友好国に食料や医薬品などの提供を行い、各国からスペースコロニーへの移住を受け入れるだけで精一杯だった。

 そして中東連合から百万人、日本から百万人、その他の複数の友好国から合計百万人が宇宙へと移住して行った。

 今の世界は氷河期に入りつつあり、食料の生産などまったく期待出来ない。貯蔵食料を食い潰せば後は餓死が待っている。

 そして国民全てが死に絶えた国は、既に半数以上になっていた。まだ、先の話が出来るだけマシと思える状態だった。

 とは言え、希望がまったく無い訳では無い。二十年後まで生き延びられれば、三基目のスペースコロニーが完成する。

 そうなれば最大四百万人が収容可能だ。そこまで生き延びる事が最低限の条件だった。

 その事は各国にも連絡をして、絶望しないようにしてある。今はなんとしても生き延びる事を最優先に考える時だった。


「結果から言えば、ゼーレの補完計画は阻止出来たが、隕石による被害で地上には人は住めなくなる。

 最初から【ウルドの弓】を使って攻撃していれば、ゼーレを圧倒出来た。

 先制攻撃の汚名が怖くて、後手後手に回って被害を拡大させてしまった。

 極論だろうが、ゼーレの支配地域を最初から無慈悲に殲滅していれば、それ以外の地域は被害は出なかったはずだ。

 当然、地球に人が住めなくなるような事態には為らなかった。我々の判断が甘かったのだろうな」

「多少の痛みを我慢して抜本対策を取らなくて、死に至る事はありえます。確かに結果論では我々は臆病になり過ぎました。

 紳士たるべき態度をと考えて、争いを出来るだけ後回しにしたツケでしょうな。

 ですが、当時の我々の判断を間違っていると指摘出来る人格者がいると思いますか?」

「人格者は居ないだろうが、この状況で次々に死に絶えていく人々は我々を怨むだろうな。まあ、それは仕方の無い事だが。

 何れにせよ、これからは勇気を持って果敢に決断していきたいものだ。それが結果的には多くの人を救う事になるのならな。

 それはそうと、君の息子夫婦はスペースコロニーには行かなかったのかね?

 ミハイル君とクリス君が管理しているとはいえ、君の息子夫婦が行けば手助けが出来ただろう」

「仲が悪いという事では無いのですが、息子のハンスは財団の副総帥です。ミハイルと対立した場合は深刻な事態になる可能性もあります。

 組織のTOPが複数ではトラブルの元になりますから、あそこはミハイルに任せます。それに此処ならそう生活に困る事はありません」

「確かに非常時に意見が異なった事によるトラブルは、深刻化する危険性があるからな。変な事を言って済まなかったな」

「いいえ大丈夫です。民主主義を否定するつもりはありませんが、非常の時は話し合いなどする余裕はありません。

 スペースコロニーは密閉空間ですから、今までの常識は通用しません。

 今までのように振舞うと、とんでも無い問題が起きる可能性があります。そこを危惧しただけです」

「民主主義か。選挙で首相に選ばれた自分が言うのも何だが、本当に民主主義は正しいのだろうか?

 ゼーレの力があれだけ拡大したのは、ある意味では民主主義の結末だ。大衆に利益を提示して誘導する。

 若しくは大衆の求める事を優先する。そんな政治体制が本当に正解だったのだろうか? こんな状況になって少し疑問に思えるよ」

「その結論は誰にも出せないでしょう。短期的な視野に立つか、長期的な視野に立つかでも違います。

 それに周囲の環境も、ある程度の間違いを許せるか許せないかで違ってきます。少なくとも今は、民主主義の方式は無理でしょう。

 ですが、この厳しい環境を乗り越えた後はどうなるか、それは私にも分かりません」

「変な事を言って済まなかったな。我々の仕事は次世代に希望を繋ぐ事だ。まずは問題を片付けるとするか」

「賛成です」


 権力の暴走を抑えるには民主主義は良い方式だろう。国民の権利が法で守られ、理不尽な扱いを受ける事は殆ど無い。

 だが、緊急度が高く劣悪な環境でミスが許されない状況で話し合いなど出来ない場合もある。

 それに扇動された国民の声に従うのが正しいとは限らない。国家の指導者は国民を指導するのが務めであろう。

 結局、最善の政治体制は無いのかも知れない。その場合毎に最善の方法は違ってくるだろう。

 一つ言える事は、全人類が存亡の危機にある今では各個人の権利を尊重する余裕は無く、種として保存が最優先されると言う事だった。

***********************************

 ユーラシア大陸にある某国は大災厄の前は熱帯気候であったが、今は吹雪く程寒冷化が進んでいた。

 北欧連合による隕石の迎撃範囲に入っていなかった事もあり、全国土が隕石の絨毯爆撃を受けてクレーターと化していた。

 だが、ある山の地下のシェルターに生き延びている集団があった。偶々、巨大な地下食糧倉庫が近くにあって無事だった事もあり、

 その五十人ほどの集団は何とか今までは生き延びられた。だが、先の展望はまったく無かった。

 薄暗い部屋に怒声が響いていた。


「これから俺達はどうなるんだ!? 近くに地下の食糧倉庫があったから何とか今までやってこれたが、電気も薬も無くなる。

 昨日だって子供の病気が悪化して死んでしまった。自家発電の燃料も少ないし、一週間ももたないぞ!」

「じゃあ、どうするって言うんだ!? ここなら食料はあるし、地下だからまだ寒さに耐えられる。

 確かに暗闇に怯えて生活しなくてはならないけど、外に出れば凍え死ぬだけだ!

 一年前に自転車で周囲を見回ったけど、誰も生きている人間は見なかったんだ! 誰も助けてくれる者はいないんだぞ!」

「止めて! 言い争っても仕方無いわ! 外に出ては生活出来ないし、ここなら生き延びる事は出来るわ。

 でも、食料はまだ十分にあるけど、いつかは尽きるわ。何か良い方法を考えないと!」

「もう政府は機能していないんだろうな。ひょっとしたらこの国で生き残っているのは俺達だけなのか?」

「そんな事を言うのは止めろ! 余計に気が重くなる! もっと建設的な事を言えないのか!?」


 幸運に恵まれて大災厄から生き残った人々も居た。だが、殆どの人達は疫病や食糧不足から次々に倒れていった。

 地下シェルターの近くに無事な食料倉庫があるなど、かなりの幸運に恵まれていると言えるだろう。

 だが、そんな人達も五年先、十年先となると、希望を持つ事が出来なかった。

 三年待って救援が来ないのは、国家としての機能が消滅したと判断せざるを得ない。

 それに寒冷化した気候の為に、外に出る事すら出来なくなった。このままではこの暗い地下シェルターで自滅するしか無いのか?

 その恐怖に耐えながらも、生き残った人々は頭を凝らして生き残る方法を考えるのであった。

***********************************

 北欧連合の友好国である南米の某国は徐々に衰退していたが、まだ辛うじて国家の機能が維持されていた。

 その国は大災厄の時に、国民の半数以上を失うという大被害を受けていた。

 それでも複数の隣国は国家としての機能を失った事から比べれば、かなり良い状況と言えた。

 北欧連合から派遣されていた機動艦隊が津波に呑まれて全滅した事で、大災厄の二回目はかなりの被害を受けたが、

 一回目の被害が少なかった事もあって、何とか生き延びていたのだ。

 だが、大災厄が過ぎ去った後も、危機は去らなかった。世界的な異常気象によって、作物が育たなくなった。

 何処の国も同じだが、食料の在庫が尽きては奪い合いが始まる。

 災厄直後に北欧連合から食料や医薬品の提供があったが、全国民に行き渡る量は無い。

 国家としての機能さえ失った隣国から比べればマシであったが、悲惨な状況には変わり無かった。

 天候は回復するどころか徐々に悪化して行った。その為に状況の改善になる方策など見当たらない。

 二十万もの人間を北欧連合に引き取って貰って、スペースコロニーに移住出来た事ぐらいが明るい話題だった。

 その北欧連合の支援も徐々に減って来ている。今では世界のどの国も余裕は無いのだ。

 それが分かっている元首は自分の執務室で溜息をつきながら、隣にいる秘書に話し掛けた。


「我が国が滅びるのも時間の問題だな。後はどう滅びを迎えるかだ」

「この気候ですから何処にも救いはありません。あの北欧連合でさえ自国民を支えきれなくなっていますからね。

 地下の生活拠点を用意出来ない我が国の運命は尽きました。我が国の国民の約二十万人をスペースコロニーに送り込めたのが

 せめてもの救いです。我々が死に絶えても、我々の生きた証は彼らが受け継いでくれるでしょう」

「我が国の文化の継承者だな。持てる物は出来る限り渡した。後は彼らが新天地で頑張る事を期待するとしよう」


 もう生き残った国民全てに支給出来る食糧は無かった。とはいえ、食料の支給を抑えて小数の人間だけで生き延びても限度がある。

 死に絶えるのは時間の問題だった。どんな滅びが国民にとって幸せなのだろうか? それを元首は心の中で考えていた。

***********************************

 富士核融合炉発電施設は原油の輸入が無くても発電を継続出来る事から、日本の生命線を支える施設だった。

 これがあるからジオフロントが維持出来る。この電力によって地下の農場が稼動出来て、生活や生産活動が可能になる。

 さらにはシンジが秘かに拡張工事を継続した事により、数万人もの居住空間が確保されていた。

 既に施設は日本政府に譲渡され、ライアーンやアーシュライトは帰国していた。

 そして今は国連軍の関係者が移り住んでいた。そのNo.2は不知火であり、施設の管理業務や施設保護をメインに行っていた。

 その不知火も仕事が終われば普通の夫、いや父親だった。子煩悩な傾向が見られる為に、秘かに部下から親馬鹿と言われている。

 自宅に帰った不知火は可愛い我が子のトオルを抱きながら、愛妻であるセレナと歓談していた。


「トオルは元気に育っているな。この子の寝顔を見ると疲れが吹き飛ぶよ」

「まあ。出産の時は立ち会ってくれましたけど、その後のトオルの子育てはあまり協力してくれなかったでしょ。

 夜泣きしても眠ったまま。まったく男の人って勝手なんだから!」

「い、いや、昼間の仕事で疲れていたんだ。済まない」

「こんな緊急事態にあなたの力を必要としている人が大勢いるのは分かっていますよ。今のは単なる愚痴です。

 でも、お腹にいる二人目が出来た時は少しは協力して下さいね」

「ああ。今のところは少しは落ち着いてきているからな。それはそうと、昼間にはアカネさんとメグミが来たのか?」

「ええ。トオルの子育てのアドバイスを少しして貰いました。それと義兄のシンゴさんも落ち着き始めたから、暇が出来れば飲みたいって

 言ってました。第三次拡張工事が終われば、此処に引っ越してくるって。そうなればトオルもメグミちゃんと仲が良いし、少しは助かるわ」

「それは良かった。兄貴達も元気だしな。親戚が此処に集まるって訳か」

「地下に篭りっきりで本音を言えば、身体や教育にも悪いんですよ。トオルに燦々と輝く太陽を見せてあげたいけど駄目なのよね」

「ああ。隕石の巻き上げた粉塵で太陽が霞んで見えるか、雲の多い日が続いている。氷河期が迫ってきているから、当面は地下暮らしだな」

「地下にこんな施設を造っていたなんて、あの頃は夢にも思っていませんでした。

 何処までシンは隠し事をしていた事やら。彼のお蔭であたし達は生きているけど、何か釈然としないものを感じるわ」

「まったくだ。中佐は隠し事がかなりあったからな。私にもな。とは言え、中佐や他の色々な人の犠牲の上で私達は生きている。

 その事には感謝しないとな。そうだ、言うのを忘れるところだった。託児所が二週間後から運営を始める。

 セレナはトオルを昼間は託児所に預けて、この施設内の学校の教師をして欲しいんだ」

「教師? あたしが?」

「そうだ。人手不足でな。セレナも子育てで篭りっきりも良く無いだろう。二人目の出産はまだ先だ。

 学校には妊娠中の女性が三人ほどいるそうだし、ママ友になれるかもしれないぞ。どうだ?」

「学校か、そうね考えてみるわ」


 死んでいく命もあれば、産まれてくる命もある。そして生きられる環境があって希望があれば、命は紡がれていく。

 愛しい我が子の温もりを感じながら、不知火は今まで以上に頑張ろうと誓っていた。

***********************************

 建造当時のスペースコロニー二基の収容人数は、六百万人だった。原材料は外部から調達する必要はあるが、食料は自給自足が

 可能な施設を持ち、そこそこ余裕があって健康的な生活が営める事を考慮した設計だった。

 だが、地球が氷河期に突入しつつある今、そんな余裕がある生活など許される訳では無かった。

 出来るだけ多くの人間を救う事が最優先目標とされた。そしてミハイルが出した結論は、スペースコロニーの大改造だった。

 遊園地や公園の一部、それに遊休施設を潰して収容人員を最大八百万人にする改造が行われた。

 そして不足する予定の食料に関しては、品種の改良と耕作面積の拡大が同時に行われた。

 まずは食べていかなくては為らない。それが第一優先事項だった。

 時間が優先されたので急遽建築されたマンション等の居住環境はあまり良くは無い。不足な設備もあるし、贅沢な造りは一切無かった。

 以前からあったマンションから比較すると、どうしても見劣りがしてしまう。

 だが、地球での隕石被害から生き延びて寒冷化を肌で経験した追加の移住者は、文句も言わずに耐えていた。

 地球では慢性的な食料不足だが、此処では飢える事は無かった。それだけでも十分だと感じていた。

 いきなり人数が増えたので、まだ子供達の学校等の整備は終わっていない。食料や加工品などの生産工場の稼動に力が注がれた。

 その大災厄の後に移住して来た人々に、ムサシ・リー・ストラスバーグ、浅利ケイタ、霧島マナの三人の姿があった。


「あの大災厄を生き延びてスペースコロニーに移住出来たのは良かったけど、何でムサシとケイタと同じ家になったのよ!?

 個室はあるけど、お風呂やトイレが共同だなんて嫌! 何とかしてよ!」

「前に戦自に居た時と同じだろう。中東連合ではユニットバス付きの個室だったけど、此処は急遽追加建築されたマンションだからな。

 3LDKの間取りだから良いじゃ無いか! それくらいは我慢しろよ」

「まあまあ、マナが風呂に入っている時はボクがムサシを抑えているから安心してよ」

「ケイタ、今度一緒に覗きに行かないか?」

「馬鹿っ!」

「冗談だよ、冗談。本気にするなよ。でも、中東の日本人って俺達三人しかいなかったんだぜ。三人一緒にまとめて管理されてんのさ。

 それに一週間後には稼動する新しい工場に三人で来るように連絡があった。今まで遊んで暮らせたんだから感謝しないとな。

 あのまま地球にいたんじゃ、三人ともいずれは死んでいたろうな」

「ボク達が魔術師の紹介で中東に来た事が考慮されたみたいだね。あれで優先的に此処に来る事が出来たんだ。彼には感謝をしないとね」

「シンジさんはあたしの為に死んじゃったのね。ああ、生きていればあたしがずっと側に居てあげたのに!」

「馬鹿言ってろ! だけど巨大隕石の脅威から地球を救う為に犠牲になったって言うが、結局は地球は氷河期で住めなくなるんだ。

 あいつのした事に意味があったのか? 死んじまったら何も出来ないんだぞ!」

「彼が巨大隕石の軌道を逸らしてくれたから、ボク達はこうして此処に居る事が出来るんだ。巨大隕石がぶつかったら一瞬で地球の生命体は

 絶滅したんだ。結局は地球に人は住めなくなるけど、避難する時間を稼いでくれたんだ。ムサシの言い方は酷いぞ」

「そうよ! シンジさんは皆の為に犠牲になってくれたのよ! それに校長の書いた推薦状にシンジさんの事を書いてくれたから

 こうして比較的良い場所に入れたのよ! ムサシはシンジさんに感謝しなさい!」

「マナも少しは落ち着いて! だけど、少しずつ生活は良くなって来ている。今までは食料の無駄遣いを抑える為に、外の食堂でしか

 食べられなかった。でも三ヵ月後には食料の一般販売を再開するってさ。マナの料理の腕に期待しているよ。

 勿論、食材を無駄にするなんて事をしたら許さないからな!」

「げっ! あたしが料理するの!? あんまり自信が無いわ!」


 混乱はまだあったが、少しずつ改善されて行った。以前から入居していた人達と新たに来た人達の交流も少しずつ進んでいた。

 そして教育環境も徐々に整いつつあり、増設された生産工場も稼動を始めようとしていた。

 これからも問題は山積みだろうが、それは少しずつ解決していけば良い。三人の表情は明るかった。

***********************************

 マナ達の入ったスペースコロニーは主に中東連合と日本からの移住者が多かった。

 ある程度は出身国別に纏めないと生活に支障が出ると判断された事もある。託された文化遺産の展示の関係もあった。

 その中には大災厄直前に移住してきたコウジとアスカ、トウジとヒカリの姿もあった。

 同一マンションに住んでいる事もあって、四人の仲は良い方だ。コウジとトウジは既に工場に働きに行っていた。

 子供を優先的に受け入れた為に大人の数が足りない。少し落ち着けば変わるだろうが、今は十五歳以上は働きに出る事が常識になっていた。

 そしてアスカとヒカリはお互いの愛しい我が子を抱かかえながら、ヒカリの家の台所で愚痴っていた。


「何とか少しは落ち着いてきたかしら。うちのタダシも夜泣きが治まってきたわ。子育てがこんなに苦労するなんて思わなかったわよ」

「それはうちのナツミも一緒ね。夜は母乳の出が悪くて困るのよね。アスカは母乳の出はどうなの?」

「あたしは結構良い方かしら。粉ミルクなんて生産予定は三年後だから、今は母乳で頑張らないとね。

 掛け合って紙オムツは優先的に生産して貰うようになったから助かるわ。大昔みたいにオムツを洗って再利用だなんて嫌だもの」

「アスカとあたしがこのスペースコロニーでの初出産だったものね。

 あの時は病院にも設備は整って無くて、先生や看護婦さんが慌てていたのは今でも鮮明に覚えているわ」

「偶然にもあたしとヒカリの出産が同じ日だったものね。でも、このスペースコロニーでの出産第一号だからって、あたしとタダシの写真を

 パネルにして飾っておくなんて止めて欲しいわ。周りからの視線を浴びて恥かしかったんだからね」

「あたし達が若かった事もあるしね。一部の人から若い内から遊んでいた結果だって責められたものね。

 最初の頃のナツミの健診の時だって、周囲の好奇心の目に晒されたのは辛かったわ」

「それを助けてくれたのが、自治領主の御夫妻ね。広報TVで自治領主が直々にあたし達を弁護してくれたから、批判の声は治まったのね。

 あいつの義理の兄さんか。何時までもあいつに助けられるわね」

「こうしてあたしとトウジが此処で生活出来るのも、ナツミが産まれてきたのも全部が碇君のお蔭ね。

 雲の上の人だったけど、今でも感謝の気持ちは忘れない。第壱中学の頃が懐かしく感じるわ」

「あたしもね。最初は対等な立場かと思っていたけど、此処まで差をつけられるとは思ってもいなかったわ。

 でも、コウジと会えてタダシを授かったし後悔は無いわ。あいつのお蔭で皆がこうして笑って生きていけるんだもの」


 アスカとヒカリは其々男の子と女の子を無事に出産していた。まあ、コウジとトウジの頑張りの結果と言える。

 最初、幸せな笑みを浮かべたアスカから妊娠の事を告げられたコウジは硬直した。確かに欲望の赴くままにアスカと頑張った。

 そして予防処置はしていない。当然の結果だった。だが、若過ぎる事から本当に父親になって良いのかと悩んだのも事実だった。

 悩んだコウジを立ち直したのは、悩むコウジを見て泣きそうになったアスカと祖母であった。

 子供が産まれるという事は祝い事だ! 男が悩んでどうする! 父親になるんだから責任を持て! そう祖母はコウジを叱責した。

 こんな御時勢だから子供は大切にされる。周囲から見れば若過ぎる二人だったが、色々な人の応援もあって無事にアスカは出産した。

 トウジとヒカリも同じようなものである。まったく批判が無い訳ではなかったが、新しい小さい命は大勢の人に歓迎されて産まれてきた。


「でも、ヒカリはお姉さんと妹さんと一緒だから良いわね。あたしなんかお祖母ちゃんと御両親と一緒だから気を使いまくりよ。

 本当なら独立したかったけど部屋が余っている訳でも無いし、許可されなかったわ。ヒカリが羨ましいわ」

「トウジの家はお祖父ちゃんと妹さんがいるから、トウジが家に来たのよ。あたしは気楽だけど、トウジが気を使っているわ。

 パパには頑張って貰わないとね。姉さんと妹は子育てに協力してくれるから助かるわ。

 それはお祖母ちゃんがいるアスカの方が良いんじゃ無いの? やっぱり経験者の助言は助かるでしょ」

「まあね。色々なアドバイスをしてくれるし、偶にはオムツ交換もしてくれる。お祖母ちゃんにしてみれば曾孫。

 お義母さんにしてみれば孫だもんね。トオルを結構可愛がってくれるのは助かるわ」

「あたしも手助けがあるから助かるわ。でも手助けか……話しは変わるけど、アスカは困った時に助けてくれる幽霊の噂は聞いた?」

「ああ、あれね。言い辛いけど、あたしも見たのよ。本当だったみたいね」

「えっ、見たの!? 何時!?」

「胸騒ぎがして夜中に目が覚めたのよ。そしてトオルの寝室に行ったんだけど、子供用のベットから落ちそうになっていたの。

 慌てて駆け寄ろうとしたけど間に合わなかった。でも、トオルが落ちて怪我をする前に、老人と若い女の子の幽霊が現われたのよ。

 そしてあたしが見ている前でトオルは空中に浮かんでベットに戻ったの。あれは絶対に幻覚じゃ無いわ!」

「アスカが見た若い女の子の幽霊って……」

「ヒカリも知っている娘よ。でも、なんであたしのところに来るのかしら? 未練があったのかな……」


 二人の他愛も無い話しは、寝ていた二人の幼子が起きるまで続いていた。

 今の二人に暗い表情は無く、子育てに疲れてはいたが充実した日々を送っていた。

***********************************

 嘗て第三新東京を追放され、スペースコロニーに移住してきたアキラも今は立派な労働者であった。

 中学を卒業後に部品加工工場に配属され、そこで働いていた。周囲を見ても若い人間ばかりだ。

 その工場の食堂でアキラは同僚と楽しそうに会話していた。


「へえ。じゃあアキラはあの魔術師と同じ中学だったのか? どういう人間だったんだ?」

「同じ中学と言っても、まともに話した事も無いから分からないよ。顔を少し見たぐらいさ」

「何だ、その程度か。期待して損したな」

「そんな言い草は無いだろう。どこの出身かと聞かれたから答えただけじゃ無いか」

「まあまあ、喧嘩なんてするなよ。彼の偉業は誰でも知っているから、少しでも知りたいと思っただけだよ」

「偉業ね。……あの初号機の銅像が建ったのに、魔術師の名前が無いのは不自然とは思わないか。

 中学の歴史教育でも大災厄の記述にも魔術師の名前は出て来ない。まるで自治領主は彼の名前が残るのを避けているみたいだ」

「それは確かにな。あれだけ生放送して名前が知られているのに、公式記録には一切名前が出て来ない。

 故意に名前を隠そうとしているのかな?」

「それを言ったら宇宙戦艦で戦った四人の女の子の名前も出て来ない。まるで存在自体を隠しているみたいだ」

「彼に皆の支持が行ったら拙いから、自治領主は魔術師の名前を隠そうとしているのかな?」

「さあな。このスペースコロニーは元々は魔術師が建造したもの。その所有権は本来は魔術師にある。でも、今の所有者は魔術師の義兄だ。

 その辺りの葛藤でもあるんじゃ無いのかな。ここじゃ主権は市民じゃ無くて自治領主にあるんだ。あんまり陰口を言わない方が良いぞ」

「それもそうだな。此処を追放されて地球に戻されたら死ぬだけだ。我が身が可愛ければ、噂も程ほどにした方が良い。

 触らぬ神に祟り無しだな」


 一般人から見ればシンジの行った事は認めても、既に過ぎ去った人という認識だった。

 それ以上の事は触れずに、会話の内容は次の休日に何処に遊びに行くかになっていた。

***********************************

 特急で行ったスペースコロニーの大改造工事も終わり、現在は約七百五十万人がスペースコロニーで生活している。

 だが、収容人数に余裕が無い事も確かである。その為に三基目以降のスペースコロニーの建造にも着手していた。

 もっとも、設備や資材等の問題もあって、最初の完成は二十年後と試算されていた。

 その二十年を耐えられれば、順次スペースコロニーは完成していく。最初の一基を最優先として、残る二基の建設もゆっくりと進んでいた。

 最終的にはスペースコロニー五基の体制となる。人口抑制政策を行えば、数百年ぐらいは保てるだろう。

 そして地球の氷河期が何時終わるか見込みが無い事から、火星のテラフォーミングに着手していた。

 数百年は掛かるだろうが、しなければ生活環境の拡大は何時までたっても出来ない。

 これらの一連のプロジェクトはミハイルとクリスが指揮を執り、少し落ち着いた二人は自室で話し合っていた。


「いきなり人口が増えたから準備するのも大変だったが、何とか一区切りはついたな。後は徐々に進めていけば良い」

「山場は越えたわね。でも、上下水道設備の問題もあるわ。最初から余力を持って建設されていたから良かったけど、今じゃあ

 機能の限界に近いわ。近いうちに増設工事を進めないと故障した時に大問題になるわよ。産廃処理場も同じよ」

「そうだな。リスク回避の観点から、ある程度の施設は複数用意してあるが、上下水道設備の余裕は殆ど無いからな。

 宇宙じゃ逃げる場所も無い。早い内から手を打っておかないと万が一の時に被害は拡大する一方だからな」

「問題を起こした人間は此処から出て行って貰うと脅かしたから、あまり自己主張をする人がいなくて助かるわ。

 以前の約二百万人の時だって苦情を処理するのも大変だったものね。七百万人以上が勝手に自己主張し出したら手に負えないわ」

「いきなり四倍近くに増えたからな。まともに対応していたら、身体がいくつあっても足りない。

 さすがに此処を追放されるという事は、野垂れ死ぬしか無いとみんなが分かっている。でもいつまでも自重するはずも無いな」

「何時までも我慢出来る人間だけじゃ無いからね。何時か本性を出す人もいるでしょう。

 緊急受入したから、本当なら除外したい人達も結構紛れ込んでいる。そのうちにトラブルを起こすのは確定ね。

 早い内に選挙を行って自治政治組織を立ち上げないと、ミハイルが過労死してしまうわよ」

「分かっている。行政組織は出来ているから、後はそれを指導する政府組織だな。それと裁判組織だ。

 何時までも細かい苦情や嘆願を聞くのはウンザリだ。早めに権限を移譲しないとな。もっとも、設備の管理権限だけは渡せないがな」

「当然よね。市民の要求に際限なく付き合って、このスペースコロニーの稼動に支障が出ては本末転倒だもの。

 それこそ技術的に可能かどうかの判断も出来ない輩に、このコロニーの運営に口出しはさせないわ。それが市民を守る事になるもの」


 ミハイルとクリスの努力によって、何とか二基のスペースコロニーでの生活が出来るようになっていた。

 行政組織、警察組織、生産組織、衛生管理組織、様々な組織の最終管理権限はミハイルが持っている。

 だが、何時までも一個人が管理するには無理がある。早めに市民の代表者に内政の管理権限を移譲するつもりだった。

 しかし、スペースコロニーの機能を管理する権限だけは渡すつもりは無かった。万が一の場合があれば、人類の存亡に直結する。

 それに知識と技術が無ければ管理さえも出来ない。権謀術策の末にスペースコロニーの機能維持に支障が出る事は許されない事だった。

 この為、市民の代表者から構成される政治組織と、スペースコロニーの機能維持を行う管理組織は、独立した権限を持つ事を考えていた。

 一つの組織が全てを管理すると暴走した時の被害が大きくなる。それに一般大衆の暴走の危険性も危惧していた。

 異なる組織というのは対立の火種に為りかねないが、権限の範囲が違うので対立の構造になる可能性は低いと想定された。


「スペースコロニー内の自治組織の運営は彼らに任せる。我々は此処の改善と維持、それに次なる計画を進める事が優先だ。

 もっとも、彼らに管理権限を移譲して暴走されても困る。だから伝家の宝刀としての、此方からの干渉権限は残している」

「コロニー間の連絡艇は彼らに運営を任せて良いわね。でも、惑星間宇宙船は全てこちらの管理だわ。

 小惑星帯の資源開発も目処がついたし、自治を任された彼らがこちらに干渉してくる事は無いようにしないとね」

「難題だらけだ。試作のスペースコロニーからの食料の輸送計画はどうなっている?」

「ミーナ達人狼の一族には一切干渉しない事を条件に、あそこの三分の一の区画を急遽食糧生産区域に変更して、あそこから不足している

 食料を定期的に運び込むように準備しているわ。全て無人で管理するから試作コロニーの存在が公になる事は無いわ。

 もっとも、数百年から千年以上のスパンで考えた場合は別の問題も発生するでしょうけど、精々数十年は問題は無いわ」

「そうだな。私達が生きている限りは問題は起こさせない。その自信もある。

 言い方は悪いが、生き残った人数が少ないからある程度統一した教育が実施出来る。それと生活環境もだな。

 考え方まで干渉する気は全然無いが、同じ価値観やマナーを持つようにしておけば争いも減るだろう。

 後々に問題が出来るだけ少なくなるような体制にしておかないとな。それが生き残った今の私達の義務だろう」

「ええ。それに守り神がついているしね。あたし達は全体しか見渡す余裕が無いけど、守り神なら細かいところにまで手が届くわ。

 そうでしょう、シン」


 クリスの横には薄っすらと空中に浮かんでいる人型の霊体があった。ちゃんと服を着ていて足があるが、後ろの家具が透けて見える。

 その顔立ちは初号機で自爆したシンジであった。その霊体は笑みを浮かべながら念話で二人に話し掛けた。


<守り神とは言ってくれるね。まあ、約束だから影から色々と動く事にするよ。二人の目が届かないところもボク達なら見渡せるしね>

<済まないな。でも、初号機で自爆して死んだはずのシンと、こうして話しが出来るのも不思議な気持ちだ。

 お前には負担ばかり掛けてしまう事になる。許してくれ>

<大丈夫だよ。ミーシャ、レイ、マユミ、カオルの四人の身体が時間凍結処理されて保存してある間、四人の霊体にも協力して貰う。

 それにゼーレの幹部連中の霊体を、使い走りで使う事も出来る。情報収集は彼ら十一人に頼むさ>

<ミーシャ達の復活はあたしが生きている間は無理なのね。少し残念だわ>

<こればっかりは異星人に脅かされての約束だからね。ボクの身体の再生に合わせて四人の時間凍結処理を解くんだ。

 最低でも数百年はこの状態だよ。まあ、焦っても仕方が無いし、気長にやる事にするよ>


 今は霊体のみで身体を持たないシンジは、初号機が自爆した時の事を思い出していた。

**********************************************************************

 魔方陣を使って初号機の自爆エネルギーを拡大して、何とか巨大隕石の軌道を変更する事が出来た。

 その時、シンジは熱も痛みも感じる事無く、身体は瞬時に消滅していた。

 だが、意識は失ってはおらずに、霊体となって宇宙を彷徨っていた。

 多少の後悔はあったが満足感も感じていたシンジは、自分の霊体から大きな何かが抜け出ていく感覚を感じた。

 虚脱感を感じたシンジの心に、幼少の頃に聞いた記憶がある声が響いてきた。


<約束通りに努力はしたという事だな。だが、結果が甘い。これでは先行きが不安だな>

<その声はまさか!? でも、どうして!? あなたの魂はボクの魂に溶け込んで、二度と分離出来ないはずじゃあ無かったの!?>

<ああ、あれか。お前をその気にさせる為の嘘だ。実際にお前の力にはなったが、我の意思で分離は可能だった>

<嘘!? 何でそんな嘘をついたの!?>

<実際にお前達人間の先行きが少し不安だったからな。だから少し手を貸したまでの事。お前が使えた力は我の極一部に過ぎん。

 それでもお前の肉体の一部が失われた時に、我の力の抑えが効かずにお前を徐々に蝕んでしまった。千人分の記憶も偽のものだ>

<……でも、あなたがボクに力を貸してくれたのは事実か。あの海底の宇宙戦艦もだいぶ助かったしね。

 ありがとう。悔いが無いとは言えないけど、まあまあ満足出来る結果だよ>

<そんな事で満足して貰っては困る。確かに我とお前達の関係は薄い。だが、見殺しにするほど悪い感情を持っている事は無い。

 お前の魂は我と常時接する事で、常人を遥かに超える力を持つに至った。そのお前に新たな任務を与える>

<ちょっと待って! 任務って言われてもボクは死んだんでしょ! そんな事が出来る訳が無いでしょ!>

<既に我にとって不要だったとはいえ、あの海底の宇宙船を好き勝手に使ったのだ。その程度の責任は負って貰うぞ。

 まだまだ我の修行は続く。ここでお前達の種族が滅びる事は望ましく無いのだ。お前の都合など関係無い。我の命令に従え!>

<だ、だから霊体になったボクにそんな力は無いでしょ! あなたが分離した事で、ボクは普通の人間と同じなんでしょ!>

<僅かな期間だが我と一緒にいたお前の魂は、かなり影響を受けて強化されている。監視者としての役割は果たせよう。

 それにお前と一緒にいた四人を救いたくは無いのか? お前が我の命令に従うなら手を貸してやろう>

<ミーシャ達に危険が迫っているのか!?>

<あの宇宙船が大破して自爆を決意したようだな。お前が我の命令に従うなら、あの四人を助けても良いが?>

<分かった! 命令に従うから四人を直ぐに助けてくれ!>

<良かろう。では、四人をお前のサポート役につけよう。四人の身体を時間凍結処理にする。

 お前が無事に監視者としての役目を果たし終えた時、お前の身体を再生し、四人の時間凍結処理を解いてやろう


 こうしてエクセリオンが爆発する直前に、ミーシャ、レイ、マユミ、カオルの四人は異星人によって救助された。

 だが、四人の身体は時間凍結処理され、解除はシンジの身体が再生される未来という事が強引に決められてしまった。

 今のシンジには嘗て使えた力は無かった。その為に抗議も出来なく、異星人の決定に渋々と従うしか方法は残されていなかった。

***********************************

 ミーシャ、レイ、マユミ、カオルの四人の身体は火星の衛星の地下深くにある施設に収容され、時間凍結処理を施されていた。

 そして霊体だけになったシンジは同じく霊体となった四人との再会を果たし、現在の状況の説明を行っていた。


<じゃあ、シン様の魂に溶け込んでいた異星人の魂は、嘘を言って今まで騙し続けていたって事ですか?>

<そういう事だね。そしてボクに再び地球に人間が戻るまでの監視の役割を押し付けていった。

 人間の自助努力は当てに為らないから、影から手を回して助けろってさ。

 どういう魂胆なのかは分からない。でも、人間が滅びると都合が悪いみたいで、協力してくれたんだ。

 釈然としない気持ちはあるけど、四人を救ってくれたんだ。感謝はしているよ>

<あたし達の身体は時間凍結処理されて、お兄ちゃんに協力するのね。でも、霊体だけでは何も出来ないんじゃ無いの?>

<あの異星人の魂はボクから離れて行ったけど、ボクの魂は十年間も一緒にいたからかなり活性化されている。

 常人の数十倍もの容量と力を持つに至った。前ほどの事は出来ないけど、少しくらいは実世界に干渉できる。皆もね。

 それにユグドラシルネットワークにも介入出来るから、霊体になったとはいえ無力な存在じゃあ無いよ>

<はあ。それじゃあ人間が再び地球で繁栄するようになるまで、あたし達は霊体でお仕事をしなくちゃ為らないんですね。

 その時はシンジさんの身体を再生して、あたし達の時間凍結処理を解いて貰うと。本当に信用出来るんですか?>

<一回騙されたから不安なのは分かるよ。でも、あの異星人は火星の衛星に拠点を隠し持っていて、四人の身体を時間凍結処理にした。

 今のボクじゃあ手が出せない。それに此処までやって、後は兄さん達に丸投げするのも気が引ける。

 それに約束を果たせば、ボクの身体を再生してくれるって約束してくれた。

 随分と先になるけど、皆と一緒に生きていけるチャンスをくれたんだ。今は約束を守る事にするよ>

<じゃあ当分はシンと楽しい事も出来ないのね。マユミの美味しい料理も食べれないのか。残念だわ。

 それはそうと、ゼーレの幹部十一人の魂を捕まえてあたし達に協力するするように細工をしたのね。どうやったの?>

<さあ? 異星人が勝手にやった事だからね。あんなに大勢の魂からゼーレの幹部の魂だけを見つけるなんて、ボクには無理だよ。

 この事態を呼び込んだ彼らを好きに使えって渡されて、異星人は消えてしまった。何処にいるのやら。

 でもまあ、ボク達の手足となって働いてくれるそうだから助かるよ。霊体だから情報収集は簡単に出来るからね>

<じゃあ、これからあたし達は影の存在として動くんですね>

<そういう事。兄さんと姉さんに話しは通したから、『北欧の狼』を発展させた『流れ星』部隊も使う事が出来る。

 隠密部隊は破壊力があり過ぎるから、出動は危機的な状況に陥ってからになるね。

 それにボク達だけでは無理な時は、自治領政府を動かすさ。神様の真似事と闇の仕事人の真似事も退屈はしないかな>

<地球はこれから氷河期に入るから、短く考えても数百年はこのままね。心が干乾びないか心配だわ>

<今までボクも好き勝手にやって来たから、これも因果応報かも知れない。でも、あんまり深刻にならないで頑張ろう!>

**********************************************************************

 大災厄前のスペースコロニーへの移住には厳格な審査と研修があって、規律はそれなりに守られていた。

 それなりの治安維持組織が予め準備されている事もあった為である。

 だが、大災厄以降の移住者に厳格な審査と研修を行っている余裕は無く、各国の自主検査や推薦などで移住者が決められていた。

 その為に後から入って来た移住者の中にはルールを守らない人間も多く含まれており、それがトラブルの種になっていた。

 スペースコロニー内では人工照明があり、夜になると自動的に暗くなる。街灯はあるが夜は基本的に暗い。

 その暗闇の中、理不尽な事に嘆き悲しむ人もいれば、己の欲望に従って暗躍する人もいた。

***********************************

 スペースコロニーは明確に居住区や工場区などが分かれている。その為、深夜の工場区には殆ど人影など無かった。

 一部の二十四時間稼動の工場には人がいるが、基本は日中のみの稼動だからだ。

 まだ治安維持組織の増員は完了しておらず、巡回する職員はいない。悲鳴をあげても聞こえる人間はいないと言える。

 そこに口をテープで塞がれた南米系の顔立ちの女の子が、三人の若い男達によって連れ込まれていた。


「へへっ。何とか国籍を誤魔化して此処に移住出来たけど、金が無いからずっと我慢していたんだ。

 まったく俺が三年間も我慢するなんて冗談じゃ無いぞ! 今日の獲物は別嬪だし、腰が抜けるまで可愛がってやる」

「地球の地下で生きるなんて真っ平だからな。移住担当者の女を誑し込んで潜り込んだんだ。これからは俺達は自由だ!

 どうせ、この女は南米エリアの出身だから捜索の手は伸びて来ないだろう。たっぷりと仕込んでやるぞ!」

「まったく、夜に一人歩きするなんて無用心だな。だから俺達が教育的指導ってやつをしてやるよ。

 危ない事をしたらこうなるってお前の身体に叩き込んでやる! 俺達の国の国技を見せてやる。楽しみにしておけ」

「うーー! ひあーーー!」


 周囲は暗くて人影は無い。三人のギラギラとした欲望塗れの視線に晒され、口をテープで塞がれた女の子は絶望的な目で呻くだけだった。

 最近は治安が落ち着いていると油断して遅くまで仕事をしてしまい、一人で帰るところを攫われた。

 男が三人ではどう抵抗しても駄目だろう。だがその女の子は抵抗を止める事は無かった。その時、いきなり懐中電灯で照らされた。


「そこまでよ。その女の子を放しなさい!」


 銀髪の美女が一人で暗闇に立っていた。それを見た三人の顔が喜色に染まった。

 攫ってきた女の子より銀髪の美女の方に食指が湧く。それに女一人ぐらい増えたところで力ずくで押さえ込めると判断していた。


「へっ。獲物が増えたか。女一人でくるなんて馬鹿じゃ無いのか?」

「男に飢えているのか。だったら、たっぷりと味あわせてやるさ」

「飛んで火に入る何とかってやつだな。たっぷりと後悔させてやるさ」

「下種な男達だわね。あなた達は此処に居てはいけないの。見せしめにする必要があるから、此処で殺しはしないわ。感謝する事ね」


 シルフィードは使い魔であり、特殊な力も持っている。だが、その力は使わずに催眠弾を仕込んだ拳銃を男達に撃ち込んだ。

 現場を押さえたし、証拠ビデオも撮っていた。言い逃れなど出来はしない。

 他の騒ぎを起こしそうな連中を抑える為にも、罪を犯せば追放処理が行われると周知させる必要があった。

 この三人はスペースコロニーから公開追放され、地球の祖国に戻されるだろう。後は彼等の運命は天に委ねられる。

 もっとも氷河期に入りつつある地球に戻されて、生き延びる事が出来ると考える人間は誰も居なかったが。事実上の死刑執行であった。


<後は治安維持局に連絡して、この三人の男を逮捕。そしてこの娘を無事に帰せば終わりね。ユインに頼めるかしら>

<大丈夫だよ。居住区まではボクが護衛するよ>

<我はどうする?>

<【ウル】は上空からこの一帯の生命反応が無いかを確認して。あたしは治安維持局に連絡を入れるわ>


 実体を持っているシルフィード、ユイン、【ウル】はこうして影で犯罪の取締りを行っていた。

 少しでも住民が安全に生活出来るようにする為である。人数比で考えると焼け石に水に過ぎない行為だが、それでもやらないよりはマシだ。

 それに公開処分をする事で『一罰百戒』の意味もある。横の繋がりを確認する事で、事前に危ない人間に監視の目を向ける事も出来る。

 ある程度の取り締まり組織が整備出来るまで、気を抜けないとシルフィードは考えていた。

***********************************

 スペースコロニー内では基本的に武器の所持は禁じられていた。治安維持部隊のメンバーだけが許可を受けて武器を携帯していた。

 だが、秘かに武器を欲しがる人々は多い。その為に政治家と結託した業者が工場を改造して、密造武器の製造を行っていた。


「ほう、良い出来具合だな。これなら高く売れそうだ。欲しがる奴はいくらでも居るからな」

「治安維持部隊の捜索も代議士に金を掴ませてあるから、何とかなるさ。もう、俺達を止められる者はいない!」

「これで金を溜めて施設維持局の連中を抱き込めれば、俺達が天下を取れるってか!」

「そうなりゃ、金も女も思いのままだ。笑いが止まらないぜ!」

<そこまでよ! 証拠も十分だわ。突入!>


 密造武器を眺めて悦に入っていた数人の男達は、いきなり突入してきた小型犬の形をしたロボットによって絶命していた。

 その様子を壁から抜けて入ってきたミーシャと老人の霊体が見つめていた。


<これで武器密売組織は壊滅ね。買収された代議士のリストも手に入ったわね。後はこれを治安維持局にリークすれば終了ね>

<はい。既にユグドラシルネットワークに入力済みです。明日の朝には大騒ぎになるでしょう>

<販売先リストもあったわね。これで密造武器を回収出来れば、当面は大丈夫だわ>

<いえ、どうやらもう一つの密造組織があるようです。現在は探索中でして、数日後には御報告出来ます>

<そう、分かったわ。お願いね。じゃあ、あたしはシン様のところに行ってくるわね>

<分かりました。ミーシャ様の期待を裏切らないよう努力します>

***********************************

 何処の世界でも禁じられているものを欲しがる輩はいる。当然であるが人身売買行為は禁じられていたが、それを破って行う組織もあった。

 見つかれば厳罰に処される事が分かっているので、攫われて売買される少女達は厳重な監視下におかれ、逃げ出せば射殺される運命だった。

 地下の狭い部屋に監禁されている少女たちは、不安そうな表情でこれからの事を話していた。


「このまま、あたし達は売られちゃうのかな? 嫌よ! あたし達を家に帰して!」

「騒いでも無駄よ。この前、盗み聞きしたけど、この組織は政治家と繋がっているみたいね。

 此処を逃げ出して訴えても、揉み消される可能性が高いわ! まったく、腐っているのよ!」

「じゃあ、あたし達は売られて爺達の慰み者になる運命しか無いの!? そんなの絶対に嫌よっ!」

「政治家に対抗出来るのは、施設維持局しか無いわ。どうにかして自治領主に訴えられれば可能かも知れない。

 だけど、施設維持局は政治介入を極度に嫌っているから、あそこを動かすのは至難の業だわ。本当に先行き真っ暗ね」

「やけに冷静だけど、あなたは売られても良いの?」

「嫌に決まっているでしょ! でも、逃げられない。逃げて訴えても揉み消される。その前に殺されるかも知れないの。

 どうしろって言うのよ!? えっ!?」


 監禁しているドアがいきなり開いて、治安維持局の制服を着た多くの職員が雪崩れ込んできた。

 それを見た三人の少女は助かるかも知れないと分かって歓喜した。


「情報通りに監禁されていた少女を発見! 助けに来たぞ。怪我は無いか!?」

「あたし達は助かるのね!」  「良かった! やっぱり神様はいるのね!」  「御願い、お父さんのところに帰して!」

「少し事情を聞いたら帰してあげるよ。君達の自供と証拠書類があれば、この組織と繋がっていた政治家も逮捕出来る。協力してくれるね?」

「「「はい!!」」」


 監禁されていた三人の少女が治安維持局の職員によって助け出される様子を、レイと老人の霊体が見つめていた。


<物証も十分だし、これで人身売買組織と繋がっていた政治家も一網打尽に出来るわね>

<はい。この組織と政治家の秘密口座は既に押さえるように指示は出してあります。これで少しはマシになるでしょう>

<まったく、女の子を売買するなんて何を考えているかしら?>

<そういう輩は無くなりません。だからこそレイ様達はこうやって影で動いているのでしょう。

 それに汚職政治家を選出したエリアには、ペナルティを与えるのでしょう。それを見せしめにするしか無いでしょう>

<それもそうね。じゃあ、あたしはお兄ちゃんのところに行ってくるわ。彼女達が無事に家に帰るまでは見届けてくれる?>

<畏まりました。後で報告に伺います>

***********************************

 スペースコロニーに初号機の銅像が建てられていた。操縦者の名は無かったが、巨大隕石の脅威から人類を救った事の記念碑だった。

 生きている人間ではミハイルとクリスしか知らなかったが、恩人であるオルテガの遺体も銅像の内部に安置されていた。

 その銅像は市民達の憩いの場に建てられ、深夜に願うと願いが叶う事もあるという、変な噂も立っていた。

 その噂を信じた少女二人が深夜に銅像の前で、膝をついて祈っていた。


(どうか、あたしとシンイチさんが恋人同士になれるようにして下さい!)

<そんな他力本願は駄目よ! 女は度胸よ! 手料理を作って食べさせなさい!>

「えーーっ、そんなーー! 料理は苦手なのに!」


(どうか、あのスケベなセクハラ上司に天罰を与えて下さい。もうあたしは耐えられません!)

<何処の職場なの!? 頭の中で考えるだけで良いわ!>

(えっ!? あの、第21食料加工工場の○□部長です)

<分かったわ。それが事実なら必ず罰を与えます。最低でも三日は我慢しなさい!>

(本当に願いが叶うの!?)


 マユミの霊体は初号機の銅像の中に潜んでいた。つまらない願いは聞く気も無いが、真面目な願い事ならすぐに動くつもりだった。

 セクハラ程度で動いては鼎の軽重を問われそうだが、今ならこの程度であっても動いても良いだろう。

 そう考えたマユミは後ろにいる老人の霊体に指示を出した。


<明日、第21食料加工工場の○□部長の行動を見張って>

<分かりました。事実であればユグドラシルネットワーク経由で公表します>

<御願いね。セクハラ爺なんて、絶対に赦しておけないからね。じゃあ、あたしはシンジさんのところに行ってくるわね>

<では、明日の夜にでも御報告に伺います。それと他に職権乱用している不埒な輩がいないか確認しておきます>

***********************************

 スペースコロニーは住民から選挙で選ばれた政治家が率いる政治組織が自治を行っているが、主要施設の管理は施設管理局が行っており、

 両者はお互いに干渉しない事が暗黙の了解とされていた。自治政治組織はスペースコロニーの維持管理に口は挟めない。

 逆に施設管理局はコロニー内の自治に口は挟めない。伝家の宝刀とも言うべき特例処理はあったが、まだ使われていない。

 お互いの組織は癒着を防ぐ為に、定期的な会合以外は接触を絶っていた。

 だが、自治政治組織のメンバーは何時かは施設管理局も手中に収めようと秘かに画策していた。


「これで施設管理局員の何人かはこちらに引き込めるな。まったく、あそこは秘密主義でこちらに協力しようとしないからな。

 あそこをこちらの管理下におけば、後は自由に出来る。そうなれば独裁政治だって夢じゃ無いぞ」

「まったくだ。上水道の供給や発電を停止させると脅かせれば、大抵の奴は従うしか無いからな。権力は使ってこそ意義がある。

 施設管理局の奴らが何時こちらを脅しに掛かるか不安だったが、これで解消されるな」

「施設管理局員の子供を攫って脅迫するのか。万が一でも治安維持局にばれたら身の破滅だぞ。大丈夫なのか?」

「ああ。我々とはまったく接点の無い組織が動く手筈になっている。万が一の場合でも大丈夫だ」

「施設管理局を完全に押さえられれば、自治領主も引き摺り下ろせる。そうなれば、富も女も思いのままだ!」


 自らの権力の拡大を目論んでいる政治化の密談を、カオルとキールの霊体が秘かに見つめていた。


<まったく、何処の世界にも腐った奴らはいるのね。今の会談は録音出来たわね>

<はい。既にユグドラシルネットワーク経由で、自治領主と施設管理局の上級職員に連絡は行っています。それと治安維持局にもです。

 明日にでも治安維持局の捜査の手が伸びるでしょう。お互いに相互不干渉が原則ですが、証拠があれば別です>

<まだ非常事態は続いているのに、こんな権力ごっこを考えるなんてね。もっと危機意識を持って欲しいわ>

<人間とは堕落する存在。理性では納得しても、欲望に負ける場合もあると言う事です。自らを律する事が出来る人間は限られます>

<嘗てのあなた達ゼーレは自らを律する事が出来たのかしら?>

<……あの時の我等は傲慢な存在だったかも知れん。だからこうして贖罪を行っていると考えている>

<……変な事を訊いて、ごめんなさいね。さて、これで後は任せられるわね。じゃあ、あたしはシンのところに行って来るわ>

***********************************

 霊体となれば物理的な拘束は受けない。壁をすり抜ける事も宇宙空間を自由に移動する事も可能だ。

 そして霊体となったシンジは人狼の一族が住んでいる試作コロニーに居て、一族の長老と会談していた。


「今のところは問題はありません。少しずつですが子供も産まれ始めており、一族の将来は明るいものとなりそうです。

 これもあなたのお蔭ですが、あなたがこうして霊体だけになるとは少々複雑な思いです」

<気にしないで下さい。完全とは言えませんが、ある程度はボクも納得していますから。

 でもこの試作コロニーの収容人口は最大で約十万人。永遠に住み続ける訳にはいきません。

 時間的に数百年は安泰でしょうけど、その先の事も考えなくては。でも霊体であるボクに出来る事は限られます。少し時間を下さい>

「我々の事をそこまで考えて頂いて、恐縮の限りです。そうですな、直ぐに問題となる訳ではありませんから、じっくりと考えますか。

 それはそうと、この試作コロニーの施設管理権はガイとミーナの子供に引き継がせて宜しいのですかな?」

<ええ。誰かがやらないといけない事ですからね。もっとも、ある程度の教育は受けて貰いますが>

「それは当然ですな。それはそうと二基のスペースコロニーの状況はどうですか? 太陽を挟んで反対側の軌道にあるとはいえ、

 惑星間を宇宙船で往来するようになれば、この試作コロニーが見つかるのも時間の問題でしょう。

 それに故郷である地球が氷河期に突入した事は、我々一族でも重大な関心事です」

<まだ落ち着いていませんね。だからこそ、ボク達が影で動いています。この試作コロニーの安全は保障しますよ。

 地球の氷河期は何時終わるか全然分かりませんから、現在は火星のテラフォーミングを進めています。住めるのは数百年は先でしょうね>


 人狼の一族は人間から虐待を受けた事により、人間に発見される事を極度に恐れていた。

 だからこそ、この試作のコロニーを提供して住んで貰っていた。だが、宇宙での往来が始まれば、発見される可能性は極度に高まる。

 その事態を恐れていたが、今のシンジであっても直ぐに妙案が出るはずも無かった。

 この件に関しては数百年の間に結論を出そうと二人の間で結論が出ていた。そして長老は気に為っていた事をシンジに尋ねた。


「老人の霊体に訊きましたが、スペースコロニーではあなたの名前を語り継がれていないそうですね。何故です?

 あなたの名前は歴史に残すべきだと考えますが? あのEVAの初号機の銅像を造って、あなたの名前を語り継がないのは不自然です」

<肉体は失いましたが、こうして霊体として自意識を保っているのですよ。ボクの名前が語り継がれるなんて、遠慮させて貰いますよ。

 初号機の銅像は嘗て人間が犯した愚かさを語り継ぐべきだと思ったから許可したんです。別に名前を残したいと考えた訳じゃありません。

 それに地球で氷河期が終わって、再入植出来る時にボクの身体は再生される予定です。まだ人生を捨てたくは無いですよ>

「地球が氷河期にですか。何かスケールが大き過ぎて、私のような学の無い者には理解しかねます」

<数百年から数千年レベルの話しですよ。それまでは人類は過酷な試練を与えられるでしょう。それでも生きていかなくては為りません。

 それが生きる者の務めです。全ての生きる者が幸せになどと言う偽善を言うつもりはありませんが、出来るだけ不幸は減らしたいですね>


 スペースコロニー内の細かいトラブル関係はミーシャ達四人に任せて、シンジは地球の生き残った国家への調整と火星のテラフォーミングに

 深く関わっていた。やるべき事は山程ある。細かいところに気を配り過ぎては全体が混乱してしまう。

 霊体と言う存在になってはしまったが、シンジのやる気は失われてはいなかった。

***********************************

 嘗てゼーレの幹部として君臨していた十一人は、霊体として囚われてシンジ達の命令に従うように枷を付けられていた。

 そして肉体を持たないが故に、どんなところへも神出鬼没で現われ、様々な情報収集に努めていた。

 もっとも、一日二十四時間働き詰めという訳では無い。そして偶に空いた時間には十一人が集まって情報交換を行っていた。

 足はあるが後ろが透けて見える老人の霊体が、十一体も集まると不気味な迫力があった。嘗てのモノリスを使用していた時以上だ。

 だが、そんな事を気にもせずに十一体の霊体は会話を始めていた。


<嘗て人類を影から統治していた我々が、霊体としてこうして存在するようになろうとは当時は夢にも考えなかったぞ>

<ましてや敵対者であった魔術師の下につく嵌めになるとはな>

<まったくだ。だが、人類の行く末を永遠に見守る事が出来るのだ。ある意味では以前の我等の希望が叶ったとも言える>

<それは確かだな。しかし、仕事が犯罪者の発見とは使い走りも良いところだ。矜持に関わってくるぞ! これは魂の牢獄では無いか!>

<仕方あるまい。我々は魔術師に従うように枷を付けられているのだ。目の前にいなければ、こうして自由に話せるが、

 魔術師やその関係者には逆らえない。まったく、異星人の処理とはいえ、どんな仕組みなのだ!?>

<さあな。しかし魔術師のバックに、あのような異星人が居て、遺産を使ってあのような事をしていたとはな。

 我々より高度な技術を持っていた謎も解けた。魔術師が人類の為に働くのであれば、協力しても良いだろう>

<あの六分儀も死なずに日本政府に使われている。この前会って来たが、驚いて腰を抜かしていたぞ>

<それは見たかったな。ところで地球の様子はどうだった?>

<あれから十年経過して、もはや地球全域は雪と氷で覆われた。地上に生けるものは無く、居住空間は地下だけだ。

 国家としての機能を維持しているのは、北欧連合、中東連合、それに日本の三ヶ国だけだ。他は全滅だ>

<全滅か。三基目のスペースコロニーが完成するまで後十年。そうなれば残った全員が移住してくるから、地球の生命は無くなるのか>

<それも運命だな>

<氷河期が何時終わるか、誰も分からぬ。その時までは地球の生命は海中のみとなるだろうな>

<我々は何時までこうして使われる身になるのだろうな。せめて人形なら良かったのだろうが、自意識のある状態で命令を聞くのは

 拷問に近い。せめて、もう少しましな仕事をしたいものだ>

<我等には魔術師に協力する以外に道は残されてはいない。自害さえも出来ぬ。このまま未来永劫、協力するしか無いのだ>

<それでも構わぬ。我等は間違いを犯した。贖罪というのも悪くは無い。それに魔術師は少し甘いからな。

 我等が見張って指導しないと取り返しがつかない失敗をする事もあるだろう。それが我等に与えられた仕事だと思っている>

<犯罪者をかなり厳しく取り締まっているし、風紀も乱れそうな場合は事前に介入している。今のところは大丈夫だろう。

 問題はスペースコロニー内で大規模な被害があった時だ。その時こそ、魔術師が判断を間違わないという保証は無いからな>

<我々年長者の知恵を出させて協力させようと言うのか。あの異星人も隅に置けないな。まあ良い。

 ゼーレの最後の生き残りとして、人類の行く末を最後まで見守る役目を無事に果たしてみせよう! それが我等の新たな仕事だ!>

**********************************************************************

 隕石が齎した大災厄の年からスペースコロニーでの本格的な生活が始まった事もあって、歴を西暦から宇宙歴に変更していた。

 そして宇宙歴5859年。人類は生活空間を火星に伸ばしていた。

 今の火星は水も大気もあって、地上で普通に暮らしていけた。火星の軌道は地球よりも遠く太陽の光が少なかったが、それは大気の成分に

 手を加え、さらに機械的な補助もあって気温を調節して、火星の地表で人間が生活出来る環境が整っていた。


 そんな状況の中、人類の発祥の地である地球の氷河期が終わりつつあり、植物などがかなり繁殖し始めている事が明らかになった。

 その為に調査団が組まれて地球に派遣される事になった。その調査団の中に、肉体再生が終わったシンジと四人の少女が含まれていた。






Fin...
(2012.10.20 初版)


(あとがき)

 最初に投稿したのが2009年の1月でした。約三年半。震災で一時中断したとはいえ、自分でも良く続いたものだと思っています。

 初めて投稿小説を書いたのに長編に挑戦してしまいましたが、こうして無事に最終回を書き終えた事でホッとしています。

 長い事、ありがとうございました。



作者(えっくん様)へのご意見、ご感想は、感想掲示板 まで