因果応報、その果てには

2009年の布石
前編

presented by えっくん様


(2009年)

 暗闇に包まれて物音一つしない、どこにあるとも知れない空間があった。

 寒々とした雰囲気であり、人の気配も無く、常人であれば五分も我慢出来ないだろう。

 突如として、それまで単なる無機物だったモノリスに薄暗い光が灯った。

 モノリスには01から12までの番号がついており、それが、唯一の識別手段だ。


『これより、かの国に対する最終会議を行う』

 NO.01のモノリスが宣言すると、各々のモノリスが話し出した。

『かの国はセカンドインパクト後の気候変動で温暖な気候になり、農地可能面積が増加。

 中東の難民を大量に受け入れて人口も増加、農業生産も増えて無視出来ぬ国力に成りつつある』

『農業生産だけでは無い。以前も鉱工業生産は標準以上あったのに、海底鉱脈も開発した事でさらに増加しておる。

 さらに、我々でも完成出来ていない核融合炉や新型コンピュータを実用化しておる。

 新型の生体コンピュータに至っては、我等の持つ最高性能のスーパーコンピュータの処理能力とは桁が違うとの報告がある。

 放置すると、脅威になる可能性が高い。あの『北欧の三賢者』とやらのせいか』


 モノリスから出る言葉には、忌々しさが滲み出ていた。現状では、技術面で抜かれているのが分かっている。

 経済規模ではまだ競合相手と呼ぶレベルにも達していないが、目障りな事は間違い無い。


『セカンドインパクトの混乱で、あの半島の三ヶ国が合併するとはな。そのまま混乱していれば良いものを。

 数年足らずで、GDP(国民総生産)がセカンドインパクト前の数倍とはな。第二バルト帝国を目指すつもりか』

『急成長の原因はロックフォード財団だ。あの財団さえ潰せば、残るのはゴミだけだ。

 こちらの傘下の企業も売り上げが下降気味だ。それに中東の市場が完全に押さえられた。それだけでも制裁に値する』


 No.05のモノリスが、傘下の企業の状況を苦々しげに告げた。


『ああ、我が国の産業にも打撃を与えている』

『ブロック経済をしていなければ、あの程度の国ぐらいは全て買収してやるものを。風評被害で致命傷を受けたと思ったのだがな』

『かなり資金を貯めているくせに、国連への拠出金は増額しないと突っぱねているな』

『だが、権限が増える訳でも無く拠出金のみ増額では納得すまい。一時期は輸出産業が大打撃を受けたが、持ち直している。

 それに以前に貯めた富は十分にあるだろう。まだまだ吸い出せる余裕はある。どうやるかだ』

『かの国の技術レベルは無視出来ぬ。我々さえ実用化に手間取っている核融合炉を開発して、商業ラインに乗せるとはな。

 新型コンピュータも同様だ。あの技術力は取り込みたいところだ』

『食料プラントもそうだ。海水で栽培出来るシステムを開発し、海上プラントから大量の食料を輸出している。

 あの技術も取り込むべきだ』

『評価はそこまでにしておけ。今は、かの国に対し、どうするかの会議だ』


 No.01の番号のモノリスが、他のモノリスに注意を促した。


『う、うむ』

『申し訳無い』

 今まで発言していたモノリスが謝罪した。本音ではあるが、今の議題は問題の国をどうするかだ。


『諜報活動は失敗したのだったな』

『ああ、投入した諜報員は百人を超える。

 かの国への入国は問題無かったのだが、研究所や工場へ侵入した場合は一人として帰ってこない。

 工作員を使って財団の重要メンバーを拉致しようとした事もあったが、未然に防がれている』

『諜報員のレベルは?』

『Bクラスから始まり、AAクラスを投入している』

『ネットワークでの侵入はどうなのだ?』

『あの国の主要コンピュータにはある仕掛けがしてあってな、ある動作をしないとプログラムの書き換えが

 出来ないようになっている。物理的にプログラムの書き換えを出来ないようにしている。

 いくらこちらのコンピュータの性能が良くても、プログラムの書き換えが出来ないシステムへの侵入は出来ない。

 せいぜい、データを書き換える嫌がらせ程度しか出来んな』

『ああ、個人用のコンピュータは旧タイプが多いから、ある程度は侵入が出来ているが所詮は不特定の個人だ。

 産業技術に関する情報収集の成果は上がっていない』

『忌々しい国だな』

『ああ、かなり諜報関係に力を入れていると見える。我々にも奥の手はあるが、無傷という訳にもいくまい。

 万が一、あの技術があの国に渡れば、かなりまずい事になる。

 だが、あの国の正面戦力はセカンドインパクト前から見ても、増強されていない』

『ほう。そう言うからには侵攻作戦の目処は立ったのかな?』

『ああ、これを見て貰おう』


 NO.07のモノリスが発言し、何も表示されていなかった画面に、スカンジナビア半島を中心とした地図が表示された。


『国連のヨーロッパ方面軍を動かして、あの国へ侵攻する。目的は研究所と工場の占領。科学者の確保がメインだ。

 従って、戦略兵器は使用する予定は無い。巡航ミサイルによるピンポイント攻撃の後、航空隊が軍事施設を爆撃。

 ロシア方面から総兵力十二万の部隊が侵攻を開始する』


 画面の地図に、地上兵力の侵攻ルートと、海上からの侵攻ルート、航空兵力の侵攻ルートが色別で表示された。


『ロシアからの侵攻部隊に気を取られている隙に、空挺師団による電撃占領を行う。

 さらに、揚陸艦が上陸して短期間でかの国を占領する予定だ』

『政府と軍関係の施設は徹底的に潰すが、生産設備と研究設備は無傷で接収する。

 特に『北欧の三賢者』は全員を拘束する事を最優先目標とする。

 占領後は如何様にも出来よう。農業施設もそうだが、地下資源と海底資源も豊富だ。占領後が楽しみだ』

『かの国の資金を徴収して、あの組織に回せば、計画も順調に進むという物だ』

『来年にはネルフへと組織替えする予定だからな。資金はいくらあっても困らん』

『だが、あの男も強引に進めすぎて、あちこちから不平不満が上がっているという状況だ。

 この時期から、他の組織との軋轢が多くては計画に問題が出ないかどうか疑問だが?』

『その為に、多くの権限を与えたネルフに組織替えするのだ。この程度の事の処理が出来ねば、あの男は不要という事だ』

『まあ、その通りだろうな。パイロットになる予定の自分の息子をロストした失態をどう修正するか、

 あの男の手腕を見させて貰おう』

『あの男の事は、この場ではいいだろう。今の問題はあの国だ。占領は問題無いとして、その後の維持分担はどうする?』

『占領の前に、その大義名分をどうする? 仮にも国連加盟国を国連軍が攻めるのだ。我々の配下ならともかく、一般の兵士が

 納得する口実が必要だろう。いくら風評被害で周囲との外交関係が薄れているとはいえ、無視は出来ん』

『ああ。最近はテロが多い。そのテロリストの支援を行っている情報を掴んだという事にする。

 反論がある前に、かの国を潰す。後で証拠が出てくれば問題はあるまい』

『戦力比は30対1か。赤子の手を捻るようなものだな』

『では、かの国に対して侵攻する事にする。テロ支援国家制裁の為に、国連軍の出動を常任理事国会議で議決させる。良いな』

『『『『『『『『『『『異議無し』』』』』』』』』』』


 かくして、国連の常任理事国会議で、国連軍の出動が決定された。

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 三ヵ月後:北海

 十万トン空母のブリッジ

 ブリッジから、空母や巡洋艦を含めた大型艦多数が見渡せた。大西洋エリアの大型艦の約八割が集結しているのだ。

 司令官席に座り、パイプを咥えた初老の男が呟いた。


「壮観だな。これだけの艦艇が集結している光景を見るのは久しぶりだ」

「ええ。常任理事国会議の議決に基づくとはいえ、欧州だけでは無く、アメリカからも艦艇が集結しています。

 中々、見れない光景ですね。既に全艦隊の戦闘準備態勢は整っています。後は攻撃開始時刻を待つだけです」


 艦隊司令官の独り言に、参謀が律儀に応対した。上機嫌の司令官は副官に状況を確認した。


「ふっ。作戦開始まで、あとどのくらいだ?」

「はっ。本艦隊の作戦開始時刻までは、あと三十分です。既に、各航空基地の航空戦力は発進済みです。

 遅れて、空挺師団を載せた輸送機も発進済みです」

「ふむ。あの国の様子はどうだ? 艦隊を守る為にECMをかけているのだ。相手も不審に思うだろう。

 偵察機ぐらいは出しているのか?」

「いえ、監視衛星経由の情報でも緊急発進機はありません。ですが……」


 口ごもる副官を司令官が叱責した。


「中佐が不明確と判断した情報でも、立場が変われば見方も変わる。まずは正確に報告したまえ」

「申し訳ありません。軍用機が発進していないのは間違いありません。ただ、飛行中の民間機も無いのです」

「何っ。民間機が無いだと。……定期飛行便も含めてか?」

「はい。その通りです。それに、漁船を含む民間の船も見当たりません。周辺国家には警告を出してありますが、

 制裁対象国には当然通達は出していませんので、状況としては異常です。哨戒機も当然ありません」


 司令官は手を顎に当てながら、司令官席に座った。


「やはり待ち構えていると言う事か。あの国の諜報レベルは高いという話しだからな。

 だが、これだけの戦力差をどう挽回するのか……拝見させてもらおうか。くっくっくっ」


(まあ、我々ゼーレの邪魔になった事を後悔して貰おうか。精々、資産は有効に活用させて貰うがな)


 司令官は自分達が敗北するとは、露ほども思ってはいなかった。

 ランチェスターの法則に従えば、こちらはほぼ無傷で相手を全滅させられる戦力比だ。


「提督。油断は禁物かと。あの国の正面戦力が少ないのは確かですが、何も備えが無いというのは不自然です。

 航空機や船舶を避難させている事を見ますと、やる気十分と見受けられます。

 やはり上陸部隊の艦艇は、相手の戦力の撃破が確認出来るまでは、後方に移動させた方が宜しいのでは?」


 揚陸艦と輸送艦で構成されている上陸部隊は、速やかな上陸の為に機動艦隊の付近に配置されていた。

 相手を見下し上陸作戦の時間を気にしすぎて、本来の戦術を無視した艦隊の配置を危惧した参謀が、司令官に進言した。


「駄目だ! 上陸部隊を後退させるとタイムスケジュールがずれる。

 電撃占領の主役は空挺師団とはいえ、上陸部隊の揚陸の遅れはまずい。攻撃開始後は速やかに敵都市を制圧する必要がある。

 我々の防衛網を破れる戦力は敵には無い。艦隊布陣は現状維持だ」


 参謀の提案を司令官が一蹴した。司令官は椅子に座り直し、窓から外を眺めた。そして時刻は経過し、予定時刻となっていた。


「作戦開始時間になりました」

「時間か。……参謀!」


 司令官は一瞬目を瞑り、そして参謀に命令した。


「はっ。全艦隊に作戦開始を発令! 指定された艦は、巡航ミサイルを割り当てた目標に向けて発射せよ。

 各空母は搭載機を予定に従い、発進させろ! 各航空基地からの攻撃機とタイミングを合わせるのだ。

 各攻撃機は、定められた攻撃ポイントを攻撃せよ」


 司令官の指示を受けた参謀の命令で、艦隊が慌しく動き出した。

 艦隊のはるか前方に位置している潜水艦から発射される巡航ミサイルが、水飛沫を上げながら海中から姿を現した。

 各巡洋艦、駆逐艦からも巡航ミサイルが発射された。その総数は北海艦隊だけで、800を超える。

 北海方面艦隊のミサイルの目標は、スカンジナビア半島の北海方面のレーダーサイト、軍施設、政府施設だ。

 今頃は、バルト海方面艦隊もバルト海に面した敵の施設目掛けて、巡航ミサイルを発射しているだろう。

 ピンポイント攻撃用だが、着弾すれば周囲数十メートルが破壊される。普通のビルなら、一発で数棟程度は崩壊する威力だ。

 空母は艦載機の発艦態勢を取る為に、舵を取り進路を変更した。


「情報管制官、巡航ミサイルの状況を把握して、逐次報告せよ」

「はっ。巡航ミサイルは各目標に向け移動中です。

 監視衛星、空中管制機、周辺各国の各レーダーサイトからの総合情報です。モニターに映します」


 ブリッジにある大型画面に、攻撃目標に向かう巡航ミサイルの軌跡が映し出された。

 巡航ミサイルの軌跡は、北海方面からだけでは無く、ロシア方面やバルト海方面からのも表示されている。

 同時に、攻撃目標のレーダーサイト、航空基地、軍事施設、政府施設が色分けして表示された。


「地上部隊の状況はどうか?」

「ロシア方面から侵攻する部隊は移動を開始しています。後二十分で国境を越えます。

 尚、各航空基地からは攻撃機、護衛機、空挺師団搭載機は発進済みです。位置をモニターに表示します」


 大型画面に、各航空基地から発進した航空機が緑で示された。


「今のところは順調ですな」

「ああ。短期間で敵首都を制圧する予定だ。ここでトラブルが起こられては困るがな」


 参謀の報告に艦隊司令官が答えた。緊張感を孕みつつ、状況を楽しんでいる風情が見受けられていた。

 この時、艦隊司令官は作戦が失敗するなど、露ほども考えてはいなかった。

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「GO!」


 甲板要員が旗を振り落とすとカタパルトが射出され、艦載機が次々と発艦した。

 空母から飛び立った艦載機は、艦隊の上空で機種毎に四機の編隊を組んだ。

 司令官の乗艦する空母を含め、全空母から攻撃機が発進している状況だ。

 やがて、上空で編隊を組んだ編隊毎に、攻撃目標に向け侵攻を開始した。


「圧倒的だな」

 艦載機の発艦を見ていた司令官は、笑みを浮かべながら呟いた。

「どう対応してくるか、最後の足掻きを見せてもらおうか」

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 航空機

 地上航空基地から発進した戦闘攻撃機編隊は、順調に目標に対して接近中だ。

 今のところ、飛行は順調。空母から発進した攻撃機編隊も確認している。

 タイミングを合わせて、飽和攻撃をかける予定だ。空中管制機からの情報でも、敵の機影は無いという。

 その編隊の最後尾に、一機の戦闘爆撃機があった。

 巡航ミサイルで破壊しきれなかった目標を破壊する為に爆装していた。

 対空ミサイルも装備しているが、メインは対地攻撃だ。

 搭乗は二名。オートパイロットを使用して飛行中の為、パイロットの任務は周囲の確認と緊急時の対応だ。

 もう少し接近すれば、オートパイロットを解除し、低空飛行で接近する事になるだろう。


(あーあ。俺の親戚もあの国に居るんだよな。軍事施設が目的とはいえ、怪我しなきゃ良いが)


 まだ戦闘には入っていないとはいえ、敵地に向って飛行中だ。愚痴とはいえ、声には出せない。

 彼も出撃前の説明で戦力比の説明を受けている。自軍の勝利は微塵も疑っていなかった。

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 ロシア方面の侵攻部隊。

 土煙を巻き上げながら、車両が隊列をつくり進んでいた。飛行中のヘリもある。

 戦車師団、機甲歩兵師団、ヘリ師団、補給師団で構成された総兵力が十二万もの大軍である。

 戦車師団が先行し、機甲歩兵師団が後に続いた。ヘリ師団は補給師団の周囲で、補給を繰り返しながら進軍している。

 その軍団の最後尾に、総司令官が搭乗している指揮官用車両があった。

 指揮官用車両には強力な通信機が備え付けられ、偵察衛星や前線からの情報がリアルタイムに画面に映し出されていた。

 かなり太めの大将の階級章をつけた司令官は、狭い指揮官席の座り心地に目を顰めながら口を開いた。


「国境を越えるのは、後はどれくらいか?」

「はっ。前衛部隊は約十分ほどで、国境に差し掛かります。偵察部隊からの情報では敵影は見当たらないとの事です」


 司令官の質問に、機械を操作していた情報士官が答えた。

 指揮官用車両の中は、そんなに広い訳では無いが、それでもこの作戦の成功を疑う人間はおらずに、熱気が充満していた。


「今のところは順調だな。兵士の士気も高い。これからが楽しみだな」

「はっ。しかし兵士への通達で、略奪を許可して宜しかったのでしょうか?

 仮にも我々は国連軍です。兵士の民間人への暴行が公になったらまずいのでは無いでしょうか?」


 ふっ、と笑って、疑問を言ってきた参謀に司令官は答えた。


「構わん。日本の諺に、『勝てば官軍』とある。勝てば、どのような行為も許される。

 どうせあの国は占領され、我々の情報管制下に置かれる。我らの行いが公になる事は無い。

 それに略奪の許可を出して、兵士の士気は上がったのだろう?」

「そ、それはそうですが……」

「なら良いでは無いか。作戦遂行を最優先とする。道義など所詮は偽善に過ぎない」


 司令官は参謀に言い放ち、指揮官車両の画面に見入った。

 画面には攻撃目標が色分けされて表示され、そこに進んでいる巡航ミサイルと航空機の軌跡も確認出来た。


「戦力比が30対1。赤子の手を捻るようなものか。くっくっくっ」


 作戦の成功を疑わず、占領後にどうしようかと思いながら頬を緩ませた。

(たまには司令官の役得というものが無いとな。国内では出来ない事も、占領した国なら好き勝手に出来る。

 せいぜい、楽しませてもらおうか。良い女は、独り占めにしてやる。財産も奪い尽くす。征服者の特権だ)

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 宇宙

 衛星軌道に直径が数十m規模の球形の人工衛星があった。人工衛星としては、規格外の大きさだ。

 ステルス機能を備え、レーダーに映る事は無い。

 地球のある国では【ウルドの弓】と呼ばれており、その人工物にはNo1と白い文字で書かれている。

 その人工物は、地球でバルト海、北海と呼ばれている周辺の情報を内蔵するカメラで撮影し、

 海上周辺の移動物体の情報を、ある場所に送っていた。

 …………

 …………

 …………

 …………

 人工衛星は、カメラ・センサ・通信機能などの最低限の動作しか行っていなかったが、受信した信号により、

 今まで動作していなかった回路が動き出した。そして、内蔵している核融合炉の出力が急上昇した。

 人工衛星に搭載されている制御コンピュータは、外部からの通信データに従って内蔵する兵器の発射方向を変えた。

 そして、砲塔らしきものから光が溢れ、そして飛び出した。

 一瞬後、その光の飛んでいった先に爆発光らしき光が輝き、そして消えていった。

 機械は疲労を感じる事は無い。同じ動作を攻撃指示が無くなるまで、繰り返した。

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 北欧連合:レーダーサイト

 標高1500mほどの山の山頂に巨大なパラボラアンテナが設置され、その周辺に十基ほどの奇妙な形をした砲塔らしき物と、

 四階建ての三つの施設があった。

 普段は砲塔らしき物はドームで覆われて外からは見えないのだが、その日はドームが開いてその姿を現していた。

 現在、その一つ施設の中は、熱気で包まれていた。


「国連軍の北海艦隊からの巡航ミサイルは824基。航空機の第一波は426機、第二波は383機。

 現在、我が国に向けて進行中です」


 中央の大型画面に、巡航ミサイルが赤で、航空機は青で表示されていた。

 その赤の点の数に目を細め、この場の指揮官である中佐が口を開いた。


「間違いなく我が国が目標だな。総司令部の通達通りだな。よし、巡航ミサイルが我が国の領域に入った時点で、迎撃を開始する。

 総司令部に連絡しろ。粒子砲迎撃システムの準備は大丈夫だろうな」

「はっ。総司令部に、まもなく国連軍の迎撃を開始すると連絡します」

「粒子砲迎撃システムの稼働率は現在100%です。他の迎撃システムとのデータリンク終了。ターゲットロック。

 バッテリィシステム正常。全砲塔の500連射が可能です。核融合炉の出力は現在87%です」


 オペレータが指揮官に報告した。今まで厳しい訓練を行った成果か、行動に戸惑いは無かった。


「巡航ミサイルの先頭が領域内に入った時点で、宣戦布告と見なして後続の航空機も攻撃対象にする。

 先に説明した通り、国連の常任理事国会議は、我が国を不当に攻撃する事を決定した。

 これは防衛戦である。各員、全力を尽くして作戦に当たれ!!」

「はあ、国連軍が相手ですか?」

「どうした? 国連軍が相手で怖いか?」


 副官の言葉に、険しい顔をした指揮官が突っ込んだ。


「いえ、この設備を見れば、国連軍など物の数では無いと思っています。

 機密を守る為に、態々曇りの日に猛訓練を行いましたからね。錬度も十分です。

 命令とはいえ、何も知らないで突っ込んでくるパイロットが可哀想かなと」

「確かにな。だが、こちらが迎撃しなければ、被害を受けるのは我が国の一般市民だ。

 しかも相手は宣戦布告もしていない奇襲攻撃だ。非は相手にある!」

「了解しています。変な事を言って申し訳ありませんでした」

「分かってくれれば良い」


 指揮官と副官の言い合いの中、オペレータの報告が入った。


「あと、約二十秒で我が国の領海に入ります。………………5……4……3……2……1……0!

 敵巡航ミサイルは、我が国の領域に入りました」

「迎撃を開始せよ!!」


 指揮官の命令に従い、オペレータは操作を開始した。

 コンピュータ制御の為に目標の認識・射撃・追尾は自動なのだが、粒子砲発射には三重のセフティロック

 (総司令部の許可、指揮官の許可、オペレータ操作)がかけられている。

 既に総司令部と指揮官のセフティロックは外され、オペレータ操作だけで粒子砲が撃てる状態である。

 そしてオペレータの操作により、十基ある粒子砲が個々の目標に発射された。

 一回の発射時間は一秒も無い。そして発射後は攻撃目標を次のターゲットに変え、また発射される。

 基地内にある核融合発電システムからバッテリィシステムに蓄えられたエネルギーが、絶え間なく粒子砲塔に供給され、

 連射を可能にしている。


「他のレーダーサイトからも迎撃が開始されました。現在、巡航ミサイルの撃破率48%です」

 情報士官が報告する。

「宜しい。巡航ミサイルの次の目標は、敵の航空機だ。巡航ミサイルの撃破が終了したら、再度報告しろ!」

「はい!」

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 空中管制機:室内

 侵攻する航空機の針路から少し外れた空域に、空中管制機が護衛の戦闘機を従えて布陣していた。

 広域用のレーダーで周囲の情報を解析、そして攻撃部隊に指示をする前線指揮所だ。


「制裁対象国上空に機影無し。海上にも船影無し。巡航ミサイルと航空機、陸上戦力は順調に侵攻中です」

「注意を怠るな。絶対に不自然だ」


 オペレータの報告は、国連軍が有利な状況を示している。だが機長の不安は消えなかった。

 相手が怯えてシェルターに隠れているとは、どうしても思えないのだ。それが口に出てしまった。


「ECMがかかっていますから、この機はミサイルの攻撃対象にはなりません。護衛の戦闘機隊もいます。

 気の回し過ぎじゃないんですか? 髪が薄くなりますよ」


 別の若いオペレータが、機長の心配性をからかった。


「うるさい!! 心配が無駄になっても良いだろう。撃ち落されたら、死ぬんだぞ」

「はいはい。分かりました。でも、今のところは攻撃機隊に指示する事は何もありません。

 地上部隊が、そろそろ国境を越える…………待って下さい! 巡航ミサイルの反応が次々に消えています!!」


 オペレータの緩んだ顔が一瞬にして、緊張した顔に変わった。

 レーダーに映っていた味方の巡航ミサイルを示す光点が、次々に消えていったのだ。


「何だと!? 敵の迎撃ミサイルは確認出来なかったのか? 司令部に連絡しろ。それと周囲を確認。急げ!!」

「はい。ぐううう!!」


 激しい衝撃がオペレータを襲った。思わず目を瞑って、衝撃に必死に耐えた。そして、浮遊感を感じた。

 急激に周囲温度が下がり、そして落下している感覚が体を襲った。マイナス数十度の空気が肌を刺す。風圧で呼吸が苦しい。

 何とか体を動かして、背を下にして目を微かに開ける。

 目に入ったのは、空中分解した今まで自分が乗っていた管制機だ。爆発はしていないが、残骸が空中に散らばっている。

 そして、その周囲に広範囲に広がる四つの爆炎。あれは、護衛機なのだろう。

 そんな!? レーダーには何も反応はなかったのに! それは、レーダーを見ていた自分が知っている。

 オペレータは、寒さに凍えながらも落下中にそんな事を考えていた。

 下は海だ。あの高度から放り出されて落下したら、海面はコンクリート以上の硬度になる。人間に耐えられるはずも無い。

 機内は与圧されていたので、パラシュートは装備していない。

 海面に落ちた時に自分がどうなるかを理解し、オペレータは絶叫を上げた。

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 バルト海を通り、敵の首都目掛けて飛行している輸送機があった。機内には空挺師団を乗せている。


「今のところは順調だな」

 操縦士が、副操縦士に軽口をきいた。二人とも緊張感の欠片も無く、リラックスした表情だ。


「そうですね。自分らが目標に着く頃には、対空迎撃能力は無効化されているでしょう。

 まあ、行って、荷物を降ろして帰るだけ。楽な任務ですね」

「おいおい、お客さんの事を荷物呼ばわりするな。聞かれたら、文句を言われるぞ」

「そうですね。済みません」


 操縦席からは、空挺師団を乗せた自分達と同じ輸送機の大編隊が見渡せた。

 肉眼では見えないが、自分達の前に戦闘攻撃隊の大編隊が飛んでいる事も知っている。そして、敵と味方の戦力比も。

 敵首都に近づけば、それなりに緊張もしようが、今は公海上だ。まだ大丈夫と思って、気を抜いていた。


『ガ…ガ………ガ…こちら第………隊。正体ふ………の攻撃を………既に………』

 通信機から、ノイズの混じった報告が聞こえてきた。


「何!? 前衛部隊が攻撃を受けているのか? 司令部に問い合わせろ!」

「了解しました」

 操縦士の指示を受けて通信士が司令部に連絡を取ろうとしたが、通信は混乱しており、なかなか司令部とはつながらない。

 操縦士は緊張した顔つきで前方を見つめている。視界に入るのは、味方の輸送機の編隊だけだ。黒煙などは見当たらない。

 一瞬、海面の一部が光ったように、操縦士は感じた。何だ?

 そう思った次の瞬間には、前方の輸送機が次々と火を噴き、墜落していった。


「な、何だと!?」

 数秒も経たない内に、空中で四散する機体と黒煙を吐き出しながら墜落していく機体が、視界の大半を占めていた。

「そ、そんな、どこから?」

 唖然とした操縦士が、強い光を感じた瞬間に意識を失い、彼が乗っていた輸送機は爆発して墜落していった。

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 北海方面艦隊:空母

 情報管制官の報告が続いていた。


「地上部隊が国境を越えました。?…………!! 偵察衛星からの回線が途絶しました。空中管制機も同じです。

 レーダー反応がありません! 撃墜されたと思われます。

 異常なエネルギー反応を確認! 巡航ミサイル着弾まで後十五分です」


 中央モニタを見ると、地上部隊・巡航ミサイル・航空機の軌跡が示されている。

 だが、先行していた空中管制機の表示が無くなっている。護衛の戦闘機をつけていたはずなのに………


「何だと! 偵察衛星と空中管制機が落とされたのか? 状況を確認しろっ!」


 司令官の顔に微かな狼狽の色が浮かんだ。予想外の出来事だ。


「対空ミサイルの反応はありませんでした。ですが、異常なエネルギー反応を確認。………

 こ、これは光学兵器です。て、敵は光学兵器を使って、偵察衛星と空中管制機を攻撃したと思われます」

「光学兵器だと! 実用化していたのか?」

「は、はい。こ、これは! 巡航ミサイルも次々と撃墜されています。攻撃元は敵レーダーサイトです。

 敵のレーダーサイトから、光学兵器が発射されているのが確認されました」


 中央モニタの巡航ミサイルと攻撃機隊を示す光点が、次々を消えていった。

 通信士も報告を上げた。


「先行している航空機部隊より入電。正体不明の攻撃により、部隊は壊滅しつつありと。連絡中に通信は途絶えました」

「くっ。巡航ミサイルと攻撃機を光学兵器で迎撃か! これが奴らの奥の手か!」


 司令官が顔を怒りで真っ赤にして叫び、右手に握っているパイプを圧し折ってしまった。


「どうやら正面戦力を増強せずに、国内の迎撃態勢を強化していたようですね。

 このままでは、巡航ミサイル・攻撃機・空挺師団は全て落とされるでしょう。バルト海方面艦隊も同じ状況でしょう。

 どうされます? 総司令部に撤退を申請しますか?」


 冷静な参謀が司令官に意見を具申した。内心では、この侵攻作戦は失敗すると判断していた。


「駄目だ! このまま撤退しては、あの国を占領する目的が達成出来ないでは無いか!」

「しかし、相手に損害を与えていない状態では、上陸部隊を前進させる訳には行きません。

 空挺師団も使えない今、電撃占領は無理です。それに、相手の迎撃能力はどうやって無効化するおつもりですか?」

「…………」


 顔色を悪くした司令官は、席に座り込み考え込んだ。追い討ちをかけるように、情報管制官の報告が続いた。


「報告します。巡航ミサイルと航空機は全て撃墜されました。ステルス機も全滅です。該当空域には我が方の戦力は無し。

 ロシア方面、バルト海方面の航空部隊も、敵の光学兵器で撃墜されました。

 推定ですが、レーダーサイトにある光学兵器は、射角の関係で対空迎撃専用であると思われます」


 対空攻撃専用と聞き、少し顔色を良くした司令官が再び考え込んだ。


 今回の侵攻作戦の要旨は以下の通りだ。

 第一段階として、巡航ミサイルによりレーダーサイト、軍事施設、政治施設を破壊する。

 敵の指揮系統を破壊し、迎撃能力を無効化する。

 第二段階としては、残った施設を戦闘攻撃機で破壊。

 第三段階として、目標の財団の研究、生産施設を空挺師団で占拠。同じく、首都も空挺師団で制圧する。

 第四段階として、要所に上陸部隊を揚陸。占領を確たるものにする。

 ロシアからの地上部隊は陽動の意味もあるが、そのまま占領に加わる。大まかにはそんなところだ。

 まだ地上兵力と海上兵力に被害は無いが、空挺師団が全滅した今では電撃占領は出来る状況には無い。


 上陸部隊を無事上陸させられるのか、そう考えていた時、通信士から緊急連絡が入った。


「報告します。バルト海方面艦隊より入電。水中を高速で移動する物体からの攻撃により、バルト海艦隊は被害を拡大しつつあり。

 暗号では無く、平文で海軍基地に救援を求めています」


 バルト海方面艦隊は、上陸部隊と護衛の駆逐艦隊のみの構成だ。内海用の艦隊なので、大型艦は無い。


「バルト海艦隊が、攻撃を受けているのか?」

「はい。敵は水中を高速で移動する兵器を出している模様です。閣下。どうされますか?」


 北海とバルト海では距離がありすぎる。こちらの増援は間に合わない。

 それより、水中を高速で移動する敵の方が気になる。警戒する必要があるだろう。

「我が艦隊も水中監視を強化しろと、前衛の潜水艦隊と各駆逐艦隊に」


 ドドーーーーン。


 空母の至近にいる巡洋艦から水柱が立ち上がった。空母のブリッジにも衝撃が走った。

 水柱が収まると、直前まではそこにいた巡洋艦が見当たらない。一瞬で轟沈したのだ。


「な、何が起こって」


 ガガーーーーン。


 司令官が独り言を言っている最中に、ブリッジに二度目の衝撃が走った。さっきより大きい衝撃だ。

 司令官は椅子から落ちないように、椅子を掴み、足を踏ん張った。

 立っていた数人は壁にぶつかり、負傷した。


「くっ。各部署は被害を報告せよ。ダメージコントロール班は緊急出動。対潜部隊は何をしているか!! 敵を見つけ出せ!」

「くっ……し、司令!?」

 横倒しになった副官が、頭を振りながら立ち上がってブリッジから見えた周囲の光景に絶句した。

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 北欧連合:総司令部

 指揮所の中央の一段高い所で、年配の男二人と二十代後半と思われる青年一人が椅子に座り、

 大型モニタに映し出されている戦況を見ていた。

 北欧連合のフランツ首相、北欧連合軍の総司令官のグレバート元帥、そして、ロックフォード財団のミハイルの三人だ。

 画面にはスカンジナビア半島が大きく映し出され、その周囲を赤・緑・白の光点が囲んでいる。いや、いた。過去形だ。

 当初は赤の光点が無数に表示されていたが、画面に表示されている領海内に入ったとたんに、その数を急激に減らし、

 今では赤の光点は一つも無い。そして、たった今、バルト海にあった青の光点が消えたところだ。

 残るは北海方面の青の光点と、ロシア方面の白い光点だけだ。

 それを確認した北欧連合のグレバート元帥が、次の命令を指示した。


「よし、バルト海方面の殲滅は終了したようだな。上陸部隊5万が海の藻屑か。

 第一、第二水中機動部隊には残存艦艇が無い事を確認させ、無ければ通常の哨戒ラインまで下がるよう伝えろ。

 無論、補給と交代も順次行うように。それと駆逐艦隊に出動を命令。海上の人間を回収させろ。ああ、復唱はいい」

「はっ。了解しました。第三、第四水中機動部隊からは、北海方面艦隊に攻撃を開始したとの連絡が入りました」


 十五人のオペレータを統括している参謀から、北海方面の報告が入った。

 グレバート元帥は満足気な顔をして、隣に座っているミハイルに話しかけた。


「敵航空機戦力と巡航ミサイルは、粒子砲で迎撃。海中と海上戦力は、君の開発した水中機動兵器で殲滅か。

 性能を知っているとはいえ、一つの兵器でここまで戦況が左右されるとはな。

 予想していたとはいえ、驚きは禁じえない。もっとも嬉しい意味での驚きだがな」

「お褒め頂いて恐縮です。各レーダーサイトの粒子砲は、配備がぎりぎり間に合いましたので、正直ほっとしています。

 いざという時は衛星からの攻撃も考えていましたが、命中精度と効率に問題がありますから。

 それと北海方面の艦隊と、ロシアの地上部隊はまだ健在です。まだ安心には早いかと」

 ミハイルはグレバート元帥に注意を喚起する。まだ序盤戦に過ぎないのだ。

「既に、偵察衛星・航空戦力が無い今、国連軍は目と耳を失ったに等しい。だが、そうだな。まだまだ先はある。

 気を抜くには早いだろうな」

「仰る通りです」

 グレバート元帥の笑いを含んだ言葉に、ミハイルも顔の表情を緩めて返事をする。


「まったく、君達『北欧の三賢者』、いやロックフォード財団には感謝するよ。セカンドインパクトの被害から、瞬く間に復興。

 そして、国連軍を我が国だけで退ける国力になった。君達の努力の賜物だよ」


 フランツ首相が、静かにミハイルに向けて感謝の意を表した。

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 セカンドインパクト直後は地軸の変動があり、世界中の気候が激変した。

 北極と南極の氷が溶け出し、海面の上昇もあって世界中で大混乱が続いていた。

 スカンジナビア半島も例外では無かった。そこに介入したのが、ロックフォード財団だった。

 混乱する国をまとめて合併する仲介役をこなし、北欧連合という国を立ち上げた。

 そして食料の増産体制の整備、インフラの再整備などを進め、工場設備を充実させ、北欧連合を一流国にのし上げたのだ。

 ある事件があり、国際的には北欧連合の地位は低い。国交が途切れた国もあって、外交関係は低迷を続けている。

 だが、その技術力や生産能力は他国から一目置かれる存在となっていた。それはロックフォード財団の力に負うものが多い。


 その財団の原動力となったのは、三人の技術者だ。三人ともロックフォード財団総帥の養子になっている。

 一人は公式の席にも出席して顔が売れているが、残り二名のプロフィールは公開されていない。

 その三人の開発した技術により、ロックフォード財団は急成長を遂げた。

 最初に誰が呼んだかは分からないが、その三人を指して『北欧の三賢者』と呼んでいる。

 (まあ、東洋の三賢者のパクリだという指摘も多いが)


 北欧の三賢者を三人とも有する財団は、次々と新技術を使用した産業製品を発表して販売した。

 ある意味、世界の先端を独走状態で走っている企業である。

 各国から工場誘致の話しは来ているが、まだ国外に工場は建設していない。

 あくまで北欧連合の企業であると言って、海外進出はしなかった。国の基本を支える企業である。

 軍需産業部門を持っているとはいえ、私企業にも関わらず北欧連合の総司令部に、財団の人間がVIP待遇でいる。

 その事が、北欧連合がいかに財団を重要視しているかの証明になるだろう。

 財団の所有する農園から生産される食料は、北欧連合を賄うだけで無く、食料不足に悩む世界各国に向けて輸出されている。

 山がちな土地柄だが、地下農場を造り、海上でも栽培出来るシステムを開発して、作付け面積を劇的に増加させた為である。


 財団の工場で生産される様々な製品も、北欧連合内部に限らず世界各地に輸出されている。

 だが、食料・工業製品は競合する外国企業があり、輸出していると言っても北欧連合が世界貿易に占める割合はかなり低い。

 だが二つの分野では競合者がおらず、独占状態だった。


 一つは核融合発電プラントだ。

 セカンドインパクトで中東の石油プラントが壊滅状態になり、全世界の石油産出量が激減した。

 今でこそ復興が進んで産出量が回復したが、最盛期の状態には程遠い。

 そんな状況で、今まで火力発電に依存していた国は、深刻な電力不足に悩まされた。

 原子力発電が奨励されたが、核廃棄物の問題は先送りされ、将来の危機は後回しにされた。

 そんな状態の中で、財団は核融合炉を実用化、そして生産ラインに乗せていた。

 燃料は海水から装置を使用して重水素を取り出す為、最初のイニシャル費のみで維持費はさほどかからない。

(内陸国は重水素を輸入する事になる。海洋に面している国のみの特典である)

 廃棄物も原子力発電の廃棄物とは比較にならないクリーン度だ。これで売れない訳は無い。

 だが財団は厳重な審査基準を設け、それに違反する国にはいくら金を積まれようが、販売はしなかった。

 先進国と呼ばれる国への輸出実績は、一部を除いては無かった。

 発電ブラントの中心部はブラックBOX化され、財団の定期的なメンテナンスを契約させられる。

 メンテナンスを受けなければ、二年で稼動停止する事になっている。


 もう一つはコンピュータである。

 財団が新型コンピュータを販売する前は、ノイマン型と呼ばれるプログラムとデータが同一アドレス上にある構造を持つ

 コンピュータが世界の統一規格だった。(ハーバード・アーキテクチャという例外はある)

 一度普及すると、アーキテクチャを変更するのは容易な事では無い。

 巨大な慣性モーメントが働き、それに反する事は川の流れに逆らうように、非常な労力を要する。

 汎用コンピュータにおいて、プログラムとデータを同一のデバイスで実行させる。

 これは製品単価を下げる要因になるが、ウィルスへの構造的欠陥が明確になった。

 書き換え可能な場所にプログラムとデータを置く。その中にウィルスが混入していれば、瞬く間に感染が広がる構造だ。

 それに対抗する為のソフトウエアが開発されるが、ウィルスの進化といたちごっこの戦いを繰り返している。

 つまり、ノイマン型コンピュータはコストを優先して広まった為に、ウィルスに対して構造的な欠陥を抱えていた。

 そんな中、財団はあるコンピュータを発表した。処理速度は、世の中のコンピュータと比較して中程度であろう。

 だが、中の構造は今までとはまるっきり違っていた。当然、ソフトウエアの互換性など無い。

 ソフトの互換性が無いコンピュータなど、普通であれば誰も見向きもせずに買う人間などいなかったろう。

 だが、そのコンピュータは北欧連合の政府指定になった。


 公官庁は速やかに今のコンピュータから財団の発表したコンピュータに移行しろと、政府が通達を出した。

 当然、販売元の財団は率先して、財団内部のコンピュータを新タイプに更新している。

 最大の理由は、耐ウィルス機能にあった。

 実行プログラムの領域は、持ち主があるカードを入れないと書き換え出来ないようになっている。

 そして、実行出来るアプリケーションは、財団のメインサーバが認定したプログラムのみだ。

 一定時間の度にBIOSが動作し、アプリケーションがサーバの登録済みかの確認作業が入り、

 違っていると、コンピュータが汚染されていると自己判断して動作を凍結する。

 いかに高性能なコンピュータでも、勝手にプログラムの書き換えが出来ないシステムには侵入出来ない。

 特殊なハード改造をしない限り、絶対に外部からのウィルス汚染は無い。そう言って財団はそのコンピュータを世に出した。

 そしてプログラムの変換サービスも行っている。従来のコンピュータで使っていたプログラムを財団のメインサーバに送ると、

 数十分で今のコンピュータに変換されたプログラムが送られてくる。

 勿論、ハードウエアに依存しているもの、ウィルスに汚染されているものは、注釈付きで返ってくる。

 こうして、財団と北欧連合の公官庁は、国内だけだがこのコンピュータを普及させる事に成功した。

 そしてネット犯罪を、国内だけに限れば激減させてしまった。ウィルスが効かないコンピュータ。それが世に認定されたのだ。

 財団はこのコンピュータを北欧連合を守る盾にするという認識でいたので、国外に輸出はされなかったが、海外はこの技術に注目した。


 財団がネット侵入出来た人には賞金百万ユーロを進呈すると広告を出した。

 世界各地から多数の腕自慢が挑戦した。だが、結局は誰も侵入は出来なかった。それはそうだろう、土台が違うのだから。

 いくらハッカーの能力が高くても、ハードウエアで保護された場合は手の出しようが無い。

 それを世に知らしめる為の、財団の広告だった。

 それと一般には公開されていないが、財団は生体コンピュータを極秘裏に製造し、稼動を開始した。

 先のプログラム変換サービスを行っているメインコンピュータが、それに相当していた。

 その生体コンピュータはユグドラシルと呼ばれ、財団の基幹業務に止まらず北欧連合の政府・軍施設の制御業務を行っている。

 ユグドラシルの設置場所・性能等は極秘データとされ、一般人が知る事は無かった。


 某老人会の指示を受け、ドイツ大使館員が北欧連合のコンピュータを購入した事があった。

 そして巨大なプログラムを財団のメインサーバに送り、プログラム変換処理を依頼した。

 ドイツ支部の当時の世界最高性能を誇るスーパーコンピュータが、半日はかかる量だ。

 財団のメインサーバは、一時間後にプログラムを変換して送り返してきた。ご丁寧に、スパイソフトの存在も含めてだ。

 その結果は、指示を出した某老人会に報告された。

 このように北欧連合は独自の技術開発路線を進めており、ゼーレにとって脅威と見なされた事が今回の侵攻につながった。

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「ロシア方面の侵入軍は、国境を越えました。侵入ルートは予測通りです」

 オペレータの報告が入った。


「大丈夫なのか?」


 フランツ首相がグレバート元帥に確認した。

 航空戦力と海上戦力は殲滅出来たが、地上戦力の迎撃は大丈夫だろうかと不安が過ぎった。


「心配ありません。既に国境付近の住民の避難は終わっています。元々、人口が少ない地域でしたからね。

 そして、ここの財団所有の農地がある盆地で、ロシア軍の迎撃を開始します」

 そう言って、グレバート元帥は地図のある場所を、レーザマーカで示した。

 農地を戦場する事については、既に財団に了承を貰っている。


「我が国は山間が多い国ですからな。当然、侵攻路も限られます。そこで、ここの盆地には気体爆薬がしかけてあります。

 無味無臭ですから、特殊な測定器が無いと気が付かないでしょう。

 気体爆薬が爆発すれば、敵車両の三割程度は行動不能に陥るでしょう。そこが反撃開始の合図になります。

 退路は空けておきますが、気体爆薬の点火と同時に、空中散布地雷を散布します。

 そして、航空兵力が出撃。敵の掃討に入ります」

「宜しい。私はロシア方面の地上軍が敗走するのを待って、常任理事国各国に向けての宣戦布告放送を行う」


 フランツは緊張した顔で、宣言した。北欧連合として成立して、初めての戦争だ。

 此処まで来たら引く事は出来ないし、勝てる見込みは十分にある。だが、これからの事を考えるとやはり悩むものはあった。


「はい。ここでお待ち下さい。この様子では、一時間後には掃討作戦に入れるはずです。

 現地の指揮は、アームライト中将に任せてあります。まず仕損じる事は無いでしょう。北海方面の戦況はどうか?」

「はい。既に前衛の潜水艦隊は殲滅。現在、敵の主力艦隊への攻撃を継続中です。現時点での撃破率は40%。

 第三水中機動部隊の母艦からは、約十五分程度で全艦撃破が可能と連絡が入っています」

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 北海方面:北欧連合所属の第三水中部隊の母艦


「ふう。総司令部も心配性だな」

 総司令部に連絡を入れていた部隊司令(中佐)が副長に愚痴を零した。

「しかし、何故水中部隊なんだ? 水中艦隊と呼んだ方がかっこいいだろうが。上は何を考えてるんだろうな?」

「まあ、人数の関係じゃあ無いんですか。我が水中第三部隊のメンバーは約三百名です。

 艦隊と名乗るには規模が小さすぎますよ」

 副長が愚痴を零す部隊司令に、笑いながら答えた。目は母艦の指揮所の中央モニタから離さないままだ。

「まあ、国の存亡がかかっています。

 これだけの兵器を持っている我々が負けるとは思っていませんが、総司令部が心配するのも無理無いでしょう」

「我が第三水中部隊から、マーメイド三十二機が出撃しているんだぞ。

 一機でさえ、弾が無制限なら一艦隊ぐらいは沈められるんだ。それが三十二機だ。負けるはずは無いだろう」

 部隊司令が気軽な声で副長に伝える。皆をリラックスさせる為の演技だろうか? それとも本音が出ただけか?


 北欧連合の水中機動部隊は七部隊ある。

 バルト海に二部隊、北海に二部隊、北極海に一部隊配置されている。二部隊は予備戦力の扱いだ。

 一部隊は母艦二隻で構成され、一母艦につき二十機のマーメイドを搭載している。

 四機で一チームとされ、二母艦で八チームが出撃している。

 マーメイドは二人乗りで、イルカに似た外形だ。全長は十二m程度。水中八十ノットの高速移動が可能な秘密兵器である。

 武装は魚雷が十二本だけだが、水中において逃げ切れるものはいない。

 マーメイドが魚雷の標的になっても、水中八十ノットで移動すれば簡単に魚雷を振り切ってしまう。

 これまで秘密のベールに包まれ、諸外国には秘匿されてきた。

 訓練はバルト海と北海の海中で行われ、その実力は未知数とされてきたが、この本番でその実力を発揮した。

 既に、バルト海方面の敵艦隊は全滅したとの連絡が入っている。

 今度は俺達第三水中機動部隊の出番だと部隊司令は考えていた。第四水中機動部隊には負けられない。


「まあ、訓練はさんざんやりましたけど、マーメイドでの実戦は初めてですからね。上が心配するのも当然でしょう」

「しかし水中八十ノットだぞ。しかも、出す音のレベルがそこらのディーゼル潜水艦より小さい。

 潜水艦であれ水上艦であれ、逃げ切れるものじゃ無いし探知される事も無い。

 俺は以前は駆逐艦に乗っていたが、マーメイドを防げるとは思えない。奴らに同情するよ」

 部隊司令が過去の自分を回想している。昔の経験を照らし合わせても、マーメイドに対抗する方法は思いつかない。

「私は潜水艦に乗っていましたよ。まあ、この母艦もそうですがね。

 潜水艦の場合は装甲が破られると、水が流れ込んで溺れ死ぬか、艦が圧壊して死ぬかのどちらかですよ。

 どっちにせよ、ろくな死に方では無いですがね」

 副長も釣られて自分の過去を回想している。

「マーメイドが配置されてから二年か、まったく三賢者には感謝だな」

「まったくです。ロックフォード財団の総帥が、才能を認めた三人を養子に迎えたと聞いてますが、

 よっぽど人を見る目があったんですかね」

 部隊司令と副長の会話は、いつまで続くのだろうか。指揮所に倦怠感が漂い始める。


「司令! 副長! 私語はほどほどにして下さい。あんまりのんびり話されるとブリッジの士気が下がります!」

 女性オペレータの怒声が響き渡った。潜水艦という事もあって指揮所は狭い。女性の甲高い声は妙に耳に響いた。

「「ご、ごめん!」」

 耳を押さえながら、部隊司令と副長は女性オペレータに頭を下げた。


「第一チームから連絡が入りました。敵の北海艦隊を完全撃破しました。既に総司令部には連絡済みです。

 総司令部からは補給と人員交代を済ませ、哨戒ラインまで後退せよと命令が来ています」

「へっ。もう撃破? 司令部にも連絡済みなの?」

 女性オペレータの報告を聞き、二人の目が点になる。自分達には、報告があっただろうか?

「総司令部からは、戦況を逐次連絡しろとの通達があったじゃないですか。

 それに副長との会話を聞いてると、司令に報告する雰囲気では無かったと思いますが」


 女性オペレータからジト目で見られて、思わず部隊司令と副長は視線を反らしてしまった。

 普段は温厚な彼女だが、一度怒らすと直には収まらない。経験上、それを身に染みて知っているので反論はしない。

 指揮所が静かになった瞬間であった。

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 ロシア方面の侵攻部隊。

 長い隊列の後方は国境を越えていないが、既に隊列の中心部は敵の領土内に入っている。

 その隊列の最後尾に位置する指揮官用車両には総司令官が搭乗しており、顔色を悪化させていた。

 次々に入る味方の全滅情報の為である。総司令官だけで無く、幕僚とオペレータも顔色が悪い。


「し、司令! 航空戦力に引き続き、バルト海と北海の二つの艦隊は全滅しました。残存艦艇数はゼロ。

 既に侵攻軍で健在なのは我々だけです。撤退の御命令を!!」


 参謀が青褪めた顔で、総司令官に撤退を申請した。

 既に戦局は決した。制空権の無い状態で、陸軍だけで突入しても効果は無い。むしろ被害を拡大するだけだ。


 総司令官は、顔を青ざめながらも考えた。

(航空部隊・海中・海上の艦隊も全滅だと!? 光学兵器の攻撃だと言っていたが、何故我々を攻撃してこない?

 奴らは制空権・制海権を握った。本来なら制空権を握った時点で、航空攻撃があるのがセオリーだ。それが無い。

 何故だ? 奴らは光学兵器を持っていると言うが、航空兵力は大した事が無いのではないか。

 始まる前の報告書でも、そう書かれていた。奴らは新兵器で空と海を抑えたが、通常兵器は報告書通りだという事か。

 それなら勝機はあるかもしれない。

 いや、危険はあるだろう。空と海であったように、陸でもとんでもない兵器を準備している可能性がある。

 だが………このまま撤退したらどうなる。撤退しても国境侵入したという事実は残る。

 国に帰れても作戦失敗の経歴は残る。今回の派遣軍の司令官になる為に、かなり無理をした事が無駄になるではないか?

 無駄だけなら良い。何もせずに戻ったら、失脚させられる可能性が高い。最悪は暗殺されるかもしれない。

 ならば、作戦成功に賭けてみるしか無いのか)


 総司令官は、このまま侵攻する事を決意した。全軍の為では無く、自己保全の為に。

 当初、エリートとして大将の地位にあって、老人会とのパイプを持つ彼は、今度の侵攻作戦の勝利を疑っていなかった。

 コネを使用し同僚を罠にかけ、この侵攻軍の総司令の椅子を得たのだ。それが作戦失敗で帰ったらどうなるか。

 冷静であれば、退却を指示した可能性もあるだろう。

 だが彼は戦績を欲し、退却した時のリスクの事を考えて冷静さを失っていた。


「全軍、進軍を継続せよ。敵は制空権を握っているが、我々に攻撃を仕掛けてこない。何故か?

 報告書にもあったが、奴らの航空戦力はセカンドインパクト前から増強されていないのだ。

 我々が持つ対空兵器で、十分に迎撃が可能である。そして速やかに前進し、住民を捕虜にして盾にするのだ。

 そうすれば、奴らも我らを攻撃出来ないだろう。我らの前に、財宝と女が待っているのだ。速やかに進軍せよ!」

 総司令官は顔を赤くし興奮した声で、全軍への通信回線を開いて進軍を命令した。

 いきなり総司令官が全軍への放送を始めたのを、側にいた幕僚達は怪訝な顔で見ていたが、内容を聞き顔を青ざめた。

 そして、総司令官の放送が終わるの待って、総司令官に進言する。

「閣下。危険です! 彼らは航空戦力の不備で我等を攻撃しないのでは無く、待ち伏せしているのに間違いありません。

 至急、全軍撤退の命令をお出し下さい」

「うるさい!! 私が総司令だ!! これ以上言うと、軍事法廷行きだ。黙っていろ!!」

 総司令は参謀の進言を聞くこと無く、逆に参謀を脅して黙らせた。

 総司令に叱責された参謀の顔に、絶望の色が浮かんだ。彼には自軍を待つ運命が、予想出来ていた。

 だが、これ以上言うと総司令官の怒りを買い、射殺されるかも知れない。

 参謀は己の保身の為に、それ以上の進言は諦めた。

 侵攻軍の最後尾にいるから、司令部の撤退は容易だろう。前衛と中衛の部隊は諦めるしか無いかも知れないという思いが過ぎった。


「閣下。前衛部隊は△■○盆地を抜け、街道に沿って進軍中です。住民の姿は一切見当たらないと連絡が入っています」

 通信士の報告が入った。

「住民がいないだと?」

「はい、各部隊からも同様の連絡が入っています。中衛の第三十四歩兵師団は、散開して各建物を調査中です」

 総司令官は唸った。これでは住民を盾に出来ないでは無いか。奴らの航空兵力が劣っているとはいえ、皆無では無いだろう。

 我が軍にも被害が出てしまうではないかという思いがある。

「各師団に連絡。住民を発見次第、早急に拘束しろと伝えろ。シェルターの所在は分からないのか?」

 通信士が総司令の命令を伝えようと通信回路を開こうとした時、指揮官車両を激しい衝撃が襲った。

***********************************

 北欧連合:ロシア方面:陸軍基地


 北欧連合は山が多い。そして山腹をくり貫いた空間に、軍事基地が造られていた。

 戦闘機、戦闘爆撃機、偵察機、攻撃ヘリ等の多数の航空部隊を基地内に擁している。

 そして監視衛星から逐次送られてくる侵攻軍の位置データが、指揮所の大型モニタに映し出されている。

 侵攻軍は赤のドットで表示され、ある盆地のエリアが白枠で表示されている。

 赤のドットの先頭は白枠のエリアを通り抜け、白枠のエリアの前後の赤のドットは同じぐらいになった。

 その赤のドットの推移を見ていた基地司令は、命令を発した。


「気体爆薬点火!! 空中散布地雷を散布せよ!! 攻撃機全機発進!! 侵入軍を叩き潰せ!!」

「「「「はっ!!」」」」

 基地司令の命令に従い、四人のオペレータは操作を開始した。

 オペレータAは、気体爆薬の点火SWをセフティロックを外して押し込んだ。

 一瞬待ってから、大型モニタの画面が切り替わる。望遠レンズによる映像に切り替わったのだ。

 そこには、核爆発を連想させるキノコ雲が立ち昇っていた。

 そして気体爆薬の爆発により、侵攻軍の中衛部隊が壊滅した。前衛部隊と後衛部隊が分断されたのだ。


 オペレータBは、空中散布地雷を装備したミサイルの発射ボタンを押した。

 山腹の一部がスライドし、そこからミサイルが発射される。

 中型のミサイルで、一度に発射されるのは五基だが、それが連続して発射される。

 着弾前に弾頭から、小型地雷多数が空中散布される。因みに、二十四時間経過したら無条件に爆発する構造になっている。

 着弾ポイントは敵前衛部隊の前後と後衛部隊の後方だ。敵の進軍を停止させ、航空機による殲滅を行う予定の為である。


 オペレータCは、発進準備済みの各攻撃機に発進命令を出した。

 山腹の二箇所が左右に割れ、その奥に滑走路が見えてくる。その二箇所の滑走路から次々と攻撃機が飛び立っていく。

 最初に制空戦闘機が発進した。敵の航空戦力は壊滅させたが、攻撃機の護衛の任務を持つ。対人戦闘も兼務している。

 次に、戦闘攻撃機が爆装で発進した。敵の車両を破壊する任務を持っている。

 攻撃ヘリは、山腹では無く地上の発進口から垂直に発進した。ガトリング砲とミサイルを装備している。

 これらの航空戦力が、立ち往生している侵攻軍に襲い掛かった。

 移動速度の関係で、攻撃ヘリが距離の近い前衛部隊を攻撃し、攻撃機が後衛の部隊の攻撃を担当している。

 侵攻軍は対空兵器を用意していたが、先の気体爆薬の爆発で約四割が大破していた。

 そこに襲い掛かったのだ。勝敗は明らかだ。

 逃げようと動けば地雷に引っかかり、動かずにいれば航空機とヘリの攻撃目標になる。

 それを知ったロシア兵士は、車両を捨てて逃げる兵士が続出していた。


 オペレータDは、温存していた機甲師団と歩兵師団に出撃命令を伝えた。

 残敵の掃討、捕虜の捕獲、敵兵器の鹵獲が目的だ。空中散布地雷のエリアを避け、攻撃ヘリにより掃討された場所へ移動した。

 ロシア軍の兵士は車両を放棄し、殆どが徒歩だ。武装も小銃レベルだ。戦車を含めた機甲師団の敵では無く、次々に降伏した。

 反撃してくる兵士もいたが、機銃の一閃や戦車砲で沈黙させた。

 侵攻軍の前衛部隊は、攻撃ヘリ、機甲師団、歩兵師団に対抗する術も無く、実に約二十%の兵士が捕虜になった。


 そして侵攻軍の後衛部隊には、戦闘機と戦闘攻撃機が襲い掛かった。

 距離の関係で、後衛部隊には北欧連合の地上部隊は攻撃しない。あくまで航空攻撃で殲滅させるつもりである。

 後衛部隊の退却路には、空中散布地雷が散布されている。

 反撃を知り、急ぎ退却を図った最後尾の部隊は地雷で破壊された。

 地雷原がある事を知った侵攻軍は、そこで退却の足を止めた。だが、山間が多い土地だ。回り道は無い。

 航空機は後衛部隊の前方から襲い掛かった。

 そして、航空機から逃げる為に後退する部隊と、地雷の前で立ち往生する部隊の位置が重なった。

 密集する部隊。そこに気体爆薬が入った大型爆弾が投下された。そして爆発した。

 延べ十時間に渡った掃討戦は、十二万の兵士の内の実に二万人以上が捕虜になる事で結末を迎えた。

 逃げ延びた者は、辛うじて残ったヘリに搭乗して退却した人間だけだった。

 ここに、ロシア方面の地上部隊は全滅した。






To be continued...
(2009.02.07 初版)
(2009.02.21 改訂一版)
(2009.03.21 改訂二版)
(2011.02.26 改訂三版)
(2012.07.08 改訂四版)


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