因果応報、その果てには

2009年の布石
後編

presented by えっくん様


 北欧連合:総司令部

 核爆発に比べると小さいが、それでも複数のキノコ雲が中央モニタに映し出されていた。

 ロシア方面侵攻軍の殲滅シーンだ。

 望遠カメラの為に個々の兵士の惨状は映し出されないが、想像は出来るだろう。

 フランツ首相はそれらを黙って見ていた。そして、キノコ雲の映像を見ると顔色を悪くさせながらも立ち上がり、

 グレバート元帥と視線を合わせただけで何も言わずに、中央指揮所を出て行った。

 これから始まる第二ステージの為であった。


 宣戦布告もせず奇襲攻撃を仕掛けてきた国連軍を、北欧連合は撃退、いや殲滅した。

 だが、攻撃命令を発した国連の常任理事国は、まだ無傷だ。

 厳密に言えば、自国民の兵士が死亡しているので被害を受けているが、それでも本拠地は無傷である。

 放置しておく訳にはいかない。放置すれば、また侵攻してくる可能性もある。

 それに、奇襲してきた落とし前は付けなければならない。そう報復攻撃だ。

 報復目標は予め決められており、その目標には民間施設は含まれていない。それでも一般市民に被害が出るだろう。

 だが、それは奇襲攻撃を受けた我が国が責任を負うものでは無い。奇襲攻撃を命令した国が責任を負うものだ。

 そう覚悟を決めて、フランツ首相は放送設備がある部屋へ歩いて行った。


 首相が出て行ったのを見て、ミハイルは廊下に出た。ポケットから携帯電話を取り出して電話をかける。

「ハロー。ミハイルだ。シンか、準備は良いか?」

『準備はOK。何時でも開始出来るよ』

 電話から子供の声が聞こえてきた。まだ声変わり前だろう。少々甲高い声だ。


「もうしばらくすると、首相の放送が始まる。それを合図に作戦を開始する。

 ……良いんだな。お前は実の父親の陣営と戦う事になる。そして始まったら最後、抜け出せない。

 最終的には、実の父親と直接戦う事になるんだぞ」

『……兄さん。覚悟は出来ているよ。戦わなければ、どうなるかを知っているからね。

 そして、その結果は認められる事では無い事もね。だったら戦うしかないよ』

「……お前が発射指示を出すと言う事はどういう事かは、分かっているだろう。済まないな、お前の手を汚させてしまう」


 ミハイルは電話の話相手の少年の事を案じていた。少年しか出来ない事とはいえ、少年に大量虐殺をさせてしまう事になる。

 自分達のような大人は良い。汚れていない訳では無いし、覚悟も出来ている。

 だが、声変わりもしていないような少年に、そんな事をさせても良いのか?

 少年の秘密も知っている。だが、少年の歳を考えると、どうしても気後れしてしまう。


『兄さん。ボクの記憶には、この程度の修羅場は入っているよ。大丈夫。手を汚さずに目標を達成出来るとは思っていないよ』

 少年の幼く聞こえる声。だが確たる信念を込めた声に、青年は託す事にした。

「わかった。計画通りに首相の放送終了をもって、始めてくれ。……無理はするなよ」

『心配してくれてありがとう。兄さん。こっちは姉さんもいるし、大丈夫だよ』

 そう言って電話は切られた。


 水中機動兵器のマーメイド、気体爆薬、空中散布地雷、航空機などはミハイルが開発して、配備したものだ。

 そして弟のシンはエネルギー系の開発を主に行っていた。各レーダーサイトの粒子砲はシンの開発したものである。

 そして、極め付きは北欧連合の秘密兵器”【ウルドの弓】”だ。人工衛星としては規格外の大きさを誇っている。

 武装は、内蔵された核融合炉により動く大出力粒子砲を八門装備している。

 基本的に、国外への侵攻手段を持たない北欧連合唯一の他国への攻撃システムである。

 衛星軌道上にあり、その大出力粒子砲は大気の壁を突き破り、地上へ破壊の雨を撒き散らす。

 ある意味、究極のアウトレンジ攻撃が可能な兵器だ。


 地上、いや空中にあっても、現在の兵器レベルでは衛星軌道上の人工物を破壊するのは容易では無い。

 精々が、打ち上げた人工衛星による攻撃か、ミサイルを撃ち込むぐらいしか出来ない。

 だが、粒子砲と言う遠距離攻撃兵器を搭載した衛星は、近づいてくる物全てを撃ち落す事が出来る。

 衛星の攻撃は地球上のどこでも攻撃可能で、敵の攻撃は衛星には届かない。

 今までの常識を打ち破った兵器だ。いや想像上はあったが、実現不可能だった兵器だ。

 これが衛星軌道に配置されたのは、わずか三週間前。

 実験機という事もあり、制御システムは開発者のシンによる思考制御だ。他の第三者では動かせない。

 既にテストは済ませてあり、敵の偵察衛星を撃破して、その性能を披露した。

 次の目標は地上施設だ。絶対に死人が出るだろう。だが、制御はシンしか出来ない。

 代われるものなら代わりたいが、システムの変更が間に合わない。今回はシンに任せるしか無い。


 国連軍の侵攻があるという情報は一ヶ月前に入り、迎撃作戦は二週間前に決められた。

 当然、この【ウルドの弓】無しでは計画は立てられなかった。今更、衛星の攻撃が出来ないなどとは言えない。

 だが、妹のクリスがシンの側に居る。クリスがシンをフォローしてくれるだろうと思い、ミハイルは中央指揮所に戻って行った。

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 ドイツに、ある家族があった。四十代の夫婦と十代の子供が二人だ。

 流行歌を流している歌謡番組のTVを見ながらの団欒風景だった。

 子供達は自分の分の食事は済ませ、お菓子を食べながらTVに夢中になっている。

 母親の方は、食事後の後片付けだ。テーブルを拭いて、皿を台所に運んで洗っている。

 父親の方はビールを飲みながら、子供達の様子を笑顔を浮かべながら眺めている。

 普通の家庭の団欒風景と言っていいだろう。平和で微笑ましい光景だ。


 だが突然、歌謡曲を流していたTVの画面が乱れた。数秒間、画面の乱れが続き、子供達が不平を漏らした。

 次の瞬間、画面の乱れは無くなった。だが、TVの画面は歌謡番組では無く、一人の見慣れない老人を映していた。

 老人は北欧連合の首相と名乗り、TV中継に割り込んだ事を詫びた後、衝撃的な事を発表した。


『国連の常任理事国会議において我が国への侵攻が決議され、本日、国連軍が我が国に何の宣告もせずに侵攻して来た』

 そう言って画面を二分割して、画面の右側に、北海艦隊の司令官の艦内放送、バルト海艦隊の司令官の艦内放送、

 そしてロシア地上軍の司令官の略奪許可を含む侵攻作戦発動の様子を映し出した。

 父親はロシア語は分からなかったが、御丁寧にドイツ語の字幕が下の方に映っていた。

 次には、発射される巡航ミサイル、発進する空母艦載機の垂直方向からの拡大映像が映し出された。


「これって何? どっきりじゃあ無いよね」

 子供が関係無いと言ってチャンネルを回すが、受信チャンネル全てが同じ映像だ。

「待ちなさい。静かに聞くんだ」

 父親が真剣な顔をして、子供に注意してTVに見入った。


『このように、国連軍は我が国に何の宣告も無く攻め込んできたのだ。しかも略奪許可まで出している。

 そして我が国は国連軍を迎撃、そして殲滅した』

 画面に映る老人は無表情だ。今のところ何の感情も伺えない。

 そして首相が合図をすると、右画面に空母、巡洋艦、駆逐艦の大艦隊が垂直方向からの映像で映し出された。

 次の瞬間、艦隊の端にある艦から爆発が続き、水柱を上げて次々と沈没する映像が映し出された。

 次は戦車が映っていた。ロシア軍のマークが入っている。それらが、次々と爆発炎上する映像だった。

 ここで画面が戻り、北欧連合の首相と言った老人一人が映っている。


『見たように、我が軍は侵攻して来た国連軍全てを殲滅した。航空機、艦船は全て破壊。ロシアからの地上軍も撃破した。

 だが、我が国への侵攻を命令した常任理事国を、許す事は出来ない。……猶予を与える。

 一時間以内に全面謝罪と賠償する意志をTVを通じて発表しない場合、全常任理事国に対して、我が国からの宣戦を布告する。

 今から一時間以内だ。尚、民間施設への攻撃は行わないが、政府と軍事施設に関しては無差別攻撃を実施する。

 巻き込まれたくなければ、民間人は政府と軍関連施設の周辺に近づかない事を警告する。

 政府と軍関連施設にいる民間人は、大至急退避したまえ。

 全常任理事国が謝罪と賠償する意思を示さない限り、一時間後に我が国は攻撃を開始する。

 民間人は至急、退避する事を警告する』


 画面は再び歌謡番組に戻った。軽快なリズムに合わせて、女性の歌声が聞こえてきた。

 だが、父親は歌声など聞こえておらず呆然としていた。母親の方も台所の片付けを止めてTVを見つめていた。

 だが、はっと我に返った父親は、子供達に大至急荷物をまとめるように指示した。

 そして、妻にカードと貴金属をバックに入れるよう言って、急ぎ自分も準備を始めた。

 男の家の近くには国連軍の航空基地があった。巻き添えを食らう可能性が高い。

 貴重品を手早く持って、年老いた両親が住む田舎に避難する事を、咄嗟に考えて行動に移したのである。


 だが、男のように素早く逃げる事を選んだ人間は少数派に入る。

 TVを見てない人間。そしてTVを見ても信じない人間。

 そして北欧連合など本気を出せば、常任理事国全部の敵では無いと信じる人間。

 TVの事を信じても、周囲に政府・軍施設が無い人間。

 彼らは動かなかった。


 そしてドイツだけで無く、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国でも同様だった。

 そう、北欧連合の首相のTV中継は、世界中に及んでいた。

 短時間とはいえ、世界各地の放送局の電波に無理やり介入し、映像を流した。

 一部の人間はその技術に驚くが、一時間後には別な事に驚愕する事になる。

 そんな混乱の中、常任理事国の各首脳から何の意思表示もされないまま、一時間が経過した。

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 国連:ヨーロッパ方面軍:総司令部(パリ郊外)

 パリ郊外には、国連ヨーロッパ方面軍の総司令部が置かれていた。

 ヨーロッパ各地の国連軍の空軍・陸軍・海軍の全てを統括している。

 そして、北欧連合への侵攻命令は、この総司令部から出されていた。


 中央指揮所では、情報士官が慌しく動いている。本日行った北欧連合への電撃占領作戦の失敗の被害確認の為だ。

 机上で何度もシミュレートし、勢力比から100%勝つと判断した作戦。

 それが記録的な大敗、それも常識を覆すような大敗をしたのだ。

 航空戦力は全て撃墜された。撃墜を免れたのはエンジン不調で途中から引き返した23機のみである。

 電撃占領の主役と思っていた空挺師団も、何の抵抗も出来ずに輸送機ごと全滅した。

 巡航ミサイルも、一発も着弾する事無く全弾撃墜された。

 通常、ミサイルはある程度は迎撃される事を前提にしている。(迎撃側の防衛能力により、迎撃率は異なる)

 迎撃されても、残ったミサイルが所定の目標を破壊出来るように飽和攻撃をかけるのが常識だ。

 それが、一度に800発以上のミサイルを発射したのに、まったく通用しなかった。

 そして、北海艦隊とバルト海艦隊。海戦の場合は負ける事はあっても、数割の艦艇は生き残るのが常識だ。

 それが、一隻残らず沈められた。戦闘艦艇はともかく、輸送艦、揚陸艦も全部沈められた。当然、上陸部隊も全滅だ。

 そして、ロシア方面からの地上侵攻軍。十二万という大軍が、敵に一矢も報いられず、ただ殲滅された。

 逃げ帰れたのは二%程度。陸戦の敗戦で生還率二%は本来はありえない数値だ。


 各情報士官は被害集計と原因確定に追われており、中央指揮所は戦場のような混乱状態になっていた。

 そこに、北欧連合首相のTVの強制介入が行われた。そして時間指定の宣戦布告だ。

 北欧連合は迎撃戦力だけで無く侵攻戦力も持っているのか!?

 本来、有り得ない敗北を受けた総司令部は、蜂の巣を叩いたような騒ぎになっていた。

 普通なら、北欧連合一ヵ国で常任理事国全部を相手取って宣戦を布告するなど、一笑に付すレベルだ。

 勢力比に差がありすぎて、相手にもならないはず……なのだ。

 だが、100%の勝利を確信して送り出した侵攻軍が、常識破りの大敗をした事もあり、

 もしかしたら北欧連合の国力を見誤っていたのでは無いかと、スタッフ全員が疑心暗鬼に陥っていた。

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 総指令部を統括する総司令は、ドイツ首相に続きフランス大統領との電話会談でかなり疲労した状態だった。

 今回の北欧連合への侵攻を決議したのは、国連の常任理事国会議だ。

 常任理事国会議の議決を受け、作戦を立案し実行に移したのがヨーロッパ方面の国連軍だ。

 そして、常任理事国会議に作戦成功率100%として報告したのが、今まで電話応対していた総司令だ。


 ドイツ首相とフランス大統領からは作戦失敗と情報漏洩を責められ、そして今後の対応で吊し上げられていた。

 国連軍と言っても、その兵士は各国の国民だ。空軍・海軍・陸軍併せて20万以上の兵士が死亡したのだ。

 遺族には一時金と年金を支払わなければならない。その費用は各国政府が負担する。

 そして何の通告もせずに侵攻し、略奪の許可まで出した事が民間にも知れ渡り、国連軍の公正さが疑問視されている状況だ。

 北欧連合は国連に加盟しており、当然国連への拠出金を出している。

 それにも関わらず、常任理事国会議の議決だけで、通告もせずに侵攻を決めたのだ。風当たりが強くなるのは当然である。

 そして、北欧連合の首相のTV放送から一時間以内に謝罪が無ければ、宣戦を布告すると言って来ている。

 ドイツ首相とフランス大統領が、慌てふためくのも当然だった。

 国力差は理解している。北欧連合一ヵ国より、常任理事国全部の方が経済力は遥かに上だ。これは間違い無い。

 だが、投入された兵器の質が大きく違っているのだ。

 今まで分析出来ただけで、粒子砲と海中を高速で移動出来る兵器がある。

 その他にも、隠している兵器があるのでは無いか?

 そう不安にかられたドイツ首相とフランス大統領は、ヨーロッパ方面軍の総司令に八つ当たりに近い責めをしていた。

 フランス大統領との電話を切った総司令は、椅子にもたれ掛かり溜息をついて考えこんだ。


(確かに、ここまで完璧に負けるとは想像すらしていなかった。航空機はヨーロッパ軍の実に四割。

 海上戦力に至っては八割の損失か。陸上兵力の損失はロシア方面軍だけで、まだ残存兵力は十分にある。

 現時点で我々の侵攻作戦能力はゼロに等しい。だが、迎撃能力はまだ十分にある。

 奴らが侵攻してくる場合、十分に迎撃は可能だろう。既に、各海軍基地と航空基地には戦闘準備命令を発令している。

 心配なのは、奴らが侵攻用の秘密兵器を持っていないかどうかだが………)


 だが、インターフォンが鳴って、総司令の思考を中断させた。

 副官からだ。ロシア大統領からの電話だと……出ない訳にはいかないか。

 ドイツ首相とフランス大統領の電話応対で疲れているが、ロシア大統領からの電話では無視は出来ない。


『総司令か! 一体どうなっているんだね。君は100%の勝利を約束したのでは無かったのかね!!

 それが、あっさりと負けてしまうとは、どういう事なんだ。我が国の兵士は九万人以上が戦死しているんだぞ!!

 相手の反撃など許さず、捻じ伏せてみせると言ったのは誰だ? どう、責任を取るつもりだ!!

 さらに、奴らは我らに宣戦を布告すると言って来ている。大丈夫なのか?』

 電話を取るなり、受話器から怒りに満ちた声で、いきなり早口で言ってきた。


「大統領閣下。確かに作戦成功率100%だと報告したのは私です。

 彼らがここまでの迎撃態勢を準備していた事を、確認出来なかった我が軍の責任もあります。

 ですが、北欧連合への侵攻と占領を命令したのは、常任理事国会議です。

 我が軍の失態は甘んじて受けますが、全責任がこちらにあると言われるのは心外です。

 さらに、ロシア方面軍は勝手に略奪許可を出しました。これは完全なる命令違反です。

 地上軍の司令官の独断でしょうが、これをどう考えておられますか?」


 ドイツ首相とフランス大統領と同じようなものかと思いつつ、総司令官はロシア大統領に謝りつつ、反論した。

 確かに自分達は負けたが、侵攻しろと命令してきたのは彼らだ。全責任を押し付けられる筋合いは無い。


『……地上軍の司令官は君の指揮下だろう。そんな事を言われても困るな』

「名目は国連軍ですが、内実は国連の指示より母国の命令を重視しているのは御存知のはず。

 そして、今回のロシア方面の地上軍の司令官人事に介入してきたのは、ロシア政府ではありませんか?」

『い、いや、それはだな』

「今は、彼らの事に対応するのが最優先です。そろそろ北欧連合の首相が指定した時刻になります。

 私は指示をしなければならないのですが、貴方の前にもドイツ首相とフランス大統領の話しに付き合わされているんです。

 後で済む話しなら」


 ガタガタ…………ガタガタ


 ドカーーーーン  ドカーーーーン


 ヨーロッパ方面軍の総司令部、その総司令官の執務室は地下にある。

 その部屋に大きな振動と、爆発音が聞こえてきた。通常ではありえない事である。


「何事だ? 何が起こった?」

 総司令はロシア大統領と話している電話を持ったまま、机のインターフォンで副官に呼びかける。

『……現在、総司令部は敵の攻撃を受けています。恐らく北欧連……』


 副官がインターフォンに出て、状況を報告した。

 その報告の最中に、立っていられないほどの衝撃と閃光が総司令を襲った。

 総司令が最後に感じたのは、目も開けられないほどの閃光と体にかかる耐え難い圧力だった。

 総司令部の倉庫のN2爆弾が爆発したのだ。一発だけでは無い。数十発のN2爆弾が誘爆したのだ。

 総司令部にいた数千人の人間が一瞬にして蒸発した。そう、痕跡も残さずに蒸発してしまったのである。

 巨大なキノコ雲が立ち上り、総司令部は大きなクレータを残して消滅した。

 それは、北欧連合の宣戦布告の合図だった。

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 宇宙

 衛星軌道上にある【ウルドの弓】は、第一目標の消滅を確認した。

 衛星軌道から地球の地表を狙った攻撃は、今までテストが出来る訳は無く、今回が最初の砲撃だった。

 地球を覆う大気による減衰分はある程度は計算出来るが、やはり実地試験を行わないと効果は分からない。

 従って、最初の目標であるヨーロッパ方面の国連軍総司令部への攻撃は、粒子砲の出力を少しづつ上げて、

 砲撃の効果を確認しながら行った。

 最初は、滑走路に小さな穴が開く程度の被害しか与えられなかった。

 だが、粒子砲の出力を上げて砲撃を加えると、建物程度なら一撃で破壊され、弾薬庫など誘爆を起して爆発した。

 出力を徐々に上げていき、大型ミサイル程度の被害を与えられると確認した後は、総司令部の敷地全域に攻撃を行った。

 N2が誘爆したのは予想外だったが、総司令部の消滅を確認したので目標を変える。

 出力調整を行いながらの攻撃だったので時間がかかったが、次の目標からはテストは必要無い。

 攻撃目標は千を越える。【ウルドの弓】三基で全てを攻撃するので、時間が惜しい。

 【ウルドの弓】は時間を惜しむように、次の目標への攻撃を開始した。

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 イギリス:航空基地

 そこは、北欧連合へ戦闘機と戦闘攻撃機を発進させた航空基地だった。

 その基地からは八十機あまりの航空機が発進したが、帰還予定時刻を過ぎても帰ってくる機体は一機も無い。

 総司令部より、航空機全機撃墜の連絡は入っている。だが、基地司令は諦めきれなかった。

 戦闘機には基地司令の息子が乗っていた。エースパイロットとは言わないが、それでも優秀なパイロットで

 基地司令は息子を誇りに思い、栄光ある未来が息子に待っていると信じていた。

 だが、撃墜された。

 航空機は北欧連合の領域付近で撃墜されたと言う。そして海軍も全滅したと聞いている。

 戦闘機から脱出に成功していれば、生還の望みはゼロでは無い、そう基地司令は考えていた。


 基地司令の感傷も、ヨーロッパ方面の総司令部が攻撃を受けたと連絡が入った事で中断された。

 北欧連合の首相のTV放送の件は、基地司令も知っている。その放送の中にあった指定時刻が過ぎたのだ。

 北欧連合一国のみで常任理事国全部に宣戦を布告するとは、無謀な事をと思っていたが北欧連合はやる気らしい。

 だが、この基地の航空機で残っているのは、偵察機を含めた数機のみ。この基地で出来る事は限られる。

 だが、何もしない訳には行かない。基地司令は警戒の為に、残った全ての航空機の発進を命令した。

 総司令部が攻撃を受けたのは確実らしいが、攻撃手段は不明な為だ。格納庫に入れたまま破壊されるよりはましだろう。

 そのような状況の中、基地司令は偵察機が発進するのを見ていた。


 次の瞬間、閃光が滑走路に突き刺さり、そして爆発した。発進しようとしていた偵察機も爆発に巻き込まれた。

「なっ、何だと!?」

 基地司令が驚く中、閃光と爆発は滑走路だけで無く格納庫、倉庫と続いた。

 そして、基地司令は自分が閃光に包まれながら、意識が消えていくのを感じていた。

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 フランス:陸軍基地

 巨大な倉庫の一角に、二人の老人が椅子に座っていた。階級章は軍曹を示している。

 二人はこの倉庫にある部品の管理係りだった。

 しばらく前から、非常サイレンが途切れる事無く、鳴り響いている。


「しかし、うるさいサイレンだな」

「まったくだ。まあ、上の方や若いもんが動くだろう。わしらには関係無いさ」

「そうじゃな」


 二人の仕事は、出庫伝票を受け取って伝票に書かれている部品を渡すだけだ。

 一人は左肘の先が無く、もう一人は右足は義足だ。紛争で怪我を負い、除隊しても行くあての無い人間だ。

 既に身寄りは無く、親しくしているのは目の前の相手のみ。基地の人間も、老人二人には、どこか余所余所しい。

 部品が壊れたという場合か、部品を補充する場合にしか、この倉庫を訪れる人間はいない。


 ドカーーーーン  ドカーーーーン


 何かが爆発する音が聞こえて、衝撃が二人にも伝わってきた。サイレンなど他人事で関係無いと思っていても、爆発は見逃せない。

 二人は顔を見合わせて倉庫を出ようとした時、爆風に吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。

「ぐううう」

 腹部の痛みが酷い。手を当てると、べっとりと血がついていた。壁に叩きつけられた時に、傷を受けたのだ。

 痛みを堪えて周囲を見渡すと、周囲は炎に包まれている。そして自分から三mほどのところに横たわっている相棒を見つけた。

 首はありえない方向に曲がって、口から血が出ている。そう、即死だった。

 相棒の死に呆然としながらも、痛みが途切れる事は無かった。

 何で、こんな目に遭わなくちゃちゃならないんだ? 国を守る為に戦い、そして傷ついた。

 気がつけば、家族はいない。たった一人の親友と呼べる男は今死んだ。わしはそんな悪いことをしたのか?

 十字架に架けられた神に祈りを捧げた。やつが天国に行けます様に。そして、死んで家族に会わせて下さいと。

 そして、男は意識が遠くなっていった。

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 ドイツ:海軍基地

 ここはバルト海艦隊が出航した軍港だ。多数の駆逐艦、揚陸艦、輸送艦が出撃したので、軍港は閑散としていた。

 そして、軍港をちょっと出たところのバーで、非番の潜水艦乗りの若者がビールを飲んでいた。

 バーの中は、マスターと店の女の子、そして若者の三人だ。まだ、時間が早い事もあって他には客はいない。

 軽快なポップが流れ、明るい雰囲気を醸し出している。


 若者は店の女の子を口説いて、デートの約束を取り付けようとしていた。

 女の子も慣れたもので、若者を軽くあしらっている。まあ、経験の差というやつだろう。

 若者は潜水艦乗りで、潜水艦の乗員は全員が男である。若い女の子と話す機会など滅多に無い。

 強いて言えば、たまに出張があった時に出張費を経理に取りに行き、その時に経理の女の子と話すぐらいだろう。

 対して、店の女の子は可愛い容貌をしているので、お客からいつも声を掛けられる。

 今、自分を口説こうとしている若者は、女の子とあまり話した事が無いらしい。ちょっと微笑むだけで顔が赤くなる。

 可愛いもんね。多分、自分よりは年上であろう若者の事をそう思う。

 マスターは何も言わず、その微笑ましい風景を黙って見ている。店の女の子は慣れたもので、合間にオーダーを入れてくる。

 そして、それが店の売り上げになる。女の子の甘言に乗せられて、若者のビールは既に五杯目だ。

 いつもの如く、女の子を口説こうとして酒に潰れた男が一人かとマスターが思っていると、いきなり音楽が消えた。


 基地周辺の飲食店は、軍港が管理している有線局から音楽を配信してもらっており、好きなチャンネルを楽しむ事が出来る。

 非常事態時には軍が有線局に介入する事になっているが、今までは一度も起きた事は無い。だが………


『北欧連合が、我が国を含む全ての国連常任理事国に対し宣戦を布告した。既にフランスの総司令部は消滅した。

 我が基地も攻撃を受ける可能性大。待機要員を含め、総員戦闘配備につけ。繰り返す。北欧連合が…………』


 今まで音楽を流していた有線から、いきなり緊張した声のアナウンスが流れてきた。

 耳を澄ませば軍港の方角から、非常事態を知らせるサイレンが聞こえてくる。

 バーとは酒を飲む場所である。TVを点けているバーも中にはあるだろうが、このバーはそうでは無かった。

 従って、バーの中の三人は北欧連合首相のTV放送など知らなかった。

 北欧連合が宣戦を布告などと言う事は、青天の霹靂だったのである。


「北欧連合が、常任理事国全部に戦争だって? 負けると分かってやるのかね?」

 酔いがかなり回っている若者が、呂律の回らない口調で呟いた。

「良いのか? お前さんは非番だろうが、放送は待機要員も呼び出してるぞ。行かなきゃまずくないか?」

 放送はまだ繰り返し、続いている。マスターは飲んでいない分、冷静に聞いていた。

 フランスの総司令部が消滅。ここは、フランスより北欧連合に近いじゃないか。大丈夫なんだろうな。

 その不安を隠し、酔いつぶれた人間など非常事態の時には役には立たんなと思いつつ、若者に注意をした。


「へっ。北欧連合が俺達に敵う訳ないだ『ドカーーーーン』……な、何だ?」

 外からいきなり爆発音が聞こえてきて、バーの室内が揺れた。二回……三回……四回まだ続いている。

「マ、マスター、大丈夫かな?」

 店の女の子が不安そうに、マスターに尋ねた。

「ちょっと見てくる。お前は動かず、ここで待っていろ」


 そう言って、店を出て目に入ってきた光景に絶句した。爆発音が響いてくる軍港の方は、巨大な紅蓮の炎に包まれていた。

 紅蓮の炎は軍港全域に広がり、収まる気配は無い。

 幸いにもこちらは風上だ。こちらに火災が回ってくる事は無いだろう。

 だが、軍港は壊滅状態だ。大勢の人が死んだ。馴染みの客の大半が死んでしまっただろう。

 ……店がやっていけないな。場所を変えなきゃ駄目だな。という事をマスターは冷静に考えていた。

 ある意味、現実逃避をして考えたと思いたい。

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 ロシア :陸軍基地

 ロシア西部。北欧連合の国境に近い場所にロシアの陸軍基地があった。巨大な物資集積所を抱え、人員一万人を越える基地である。

 北欧連合への地上侵攻軍も、この基地を中継して出発した。

 その基地司令は、ヘリで逃げ帰ってきた兵士から事情を聞いていた。


「成る程、それでお前達は逃げ帰ってきた訳だな。味方を前線においたままにして」

 会議室の長机の片側に司令官は座り、その反対側に逃げ帰ってきた兵士が座っている。

 兵士は基地司令官に戦況の説明を終えたところだった。そして、基地司令の言葉に顔を青ざめた。

 基地司令の言葉に、自分達を責める言葉があった為である。


「で、ですが、司令官閣下。中衛軍が一瞬で殲滅され、敵航空機が襲い掛かってきたのです。

 対空兵器も少ない状態では勝ち目は無いではありませんか?

 我々は、ヘリに乗り逃げ帰ってきましたが、他の部隊はどうですか? 帰ってきているんでしょうか?」

 兵士は、逃げ帰らなければ、待っているのは死のみだったと暗に言っている。

「……まあ、よかろう。上層部へは私が報告する。お前達は取り合えずは待機していろ」

 基地司令は逃げ帰ってきた兵士に不快感を感じていたが、一兵卒などどうでも良いと考えて放置する事にした。

 拘束、最悪は銃殺刑も覚悟していた兵士は安堵の表情になり、基地司令に敬礼をして部屋を出て行った。


(十二万もの軍が壊滅か。侵攻軍の司令をあいつに取られた時は怒ったが、こうなると幸いしたと考えねばな。

 最後尾の部隊は地雷にやられていたと言っていたな。という事は、あいつは地雷で死んだ訳か。

 まあ、生きて帰ってきても、待っているのは地獄だろうがな)


(問題はこれからだ。北欧連合から宣戦布告があったと聞いている。あいつらに、そこまで戦力があるかは知らないが

 用心するに越した事は無い。既に戦闘配置命令は出している。来たら返り討ちだ)


 基地司令は会議室を出て、エレベータに乗り司令所に向おうとした。

 エレベータに乗り込み動き出した瞬間に、電気が切れエレベータが停止した。

「ど、どういう事だ? 整備不良なのか?」

 エレベータの整備担当の人間をどうしてやろうかと考えていると、エレベータを振動が襲った。

 かなり強い振動だ。立っていられない。基地司令は慌てて座り込み、安定を保とうとした。

 その時、ぶちっという音が聞こえ、身体に落下感を感じた。そう、エレベータのロープが切れたのだ。

 エレベータは落下する。そんなに高さが無かったので衝撃は大きくは無かったが、暗闇の中全身打撲で体が動かない。

 痛みの中で、基地司令の意識は途切れた。

 基地を壊滅する光景を見る事無く死んだ事は、基地司令に取って幸せだったのだろうか?

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 現在の国連の常任理事国は、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国に新たにドイツを加えた六ヵ国になっている。

 そして北欧連合の反撃は、まずは周辺国。つまりイギリス、フランス、ドイツ、ロシアに行われた。

 ヨーロッパには、他にも国家は多数存在する。北欧連合へ部隊を進発させた基地がある国もある。

 だが、北欧連合首相が明言したように、攻撃対象はあくまで常任理事国に限定されていた。

 そして、その常任理事国への攻撃は容赦無く行われていた。

 議事堂、公官庁施設、空軍基地、海軍基地、陸軍基地、軍研究所。

 小規模な施設への攻撃は見送られたが、一定規模以上の施設は壊滅的被害を受けていた。

 救いは民間施設への攻撃が無かった事だろう。

 そして政府・軍関係施設でも、主要物資集積所はわざと攻撃対象から外されていた。

 被害総額を算定するだけで顔が青くなるだろうが、民間の被害が無いので国家としての復興は容易だろう。

 あくまで、これで済めばの話しだが。


 攻撃を受けたイギリス、フランス、ドイツ、ロシアの首脳は、全員がシェルターに避難を済ませていた。

 だが、北欧連合の首相の要求にあった謝罪と賠償の意思表示はしなかった。いや、出来なかったのだ。

 北欧連合への侵攻を常任理事国会議で決定したが、元々は補完委員会、いやゼーレからの指示だった。

 そのゼーレから、こちらが結論を出すまで待てという命令が来ている。

 分かっている被害だけでも認めがたいのに、これ以上被害を受けると国が滅びてしまう。

 今なら、政府組織を縮小整備して軍の再建を小規模に限定すれば、民間施設の被害が無いので容易に国の復興が出来る。

 だが、北欧連合が痺れを切らして、民間施設まで攻撃をしたら国が再建出来なくなる。

 そうなったら先進国などとは言えず、最低レベルの後進国のレベルに甘んじなければならなくなる。

 いや、それどころか周囲の被害を受けていない国に、吸収合併されるかもしれない。国が無くなる可能性もある。

 攻撃を受けた国の首脳は一刻も早く講和したかったのだが、ゼーレの命令で身動きが取れなかったのである。

 そして、ゼーレからの命令を待っている間にも、被害の拡大は続いていた。

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 アメリカ:某白い家

 星条旗が部屋の中に飾られ、そして大型の執務机と応接セットがある部屋だ。

 その執務机にスーツを着た壮年の男が座って、側に立っている中年の男と話していた。


「チャック。その報告に間違いないんだろうな?」

 執務机に座っている男が、立っている男に問いかけた。

「はい大統領閣下。北海艦隊には我が国の艦艇が多数参加していましたが、全て撃沈されました。間違いありません」

 側で立っている男、大統領補佐官は顔色を悪くしながらも、大統領の質問に答える。


「しかしな、北欧連合は、そんな戦力を持っていたのか? 聞いていないぞ、CIAの怠慢か?」

「CIAだけで無く、ロシア、イギリス、フランス、ドイツも同様です。誰も、彼らの戦力がこれほどとは知らなかったのです。

 北欧連合は我ら全員を欺き、そして牙を向けてきたのです」

「牙か? 北欧連合が我々常任理事国全部に対し宣戦を布告など笑いものだ。

 奴らがどんな兵器を使ったにせよ、一国で我ら全員とゼーレを相手に戦うと言うのか? 戦力比較も出来ないのか?」

 椅子に座っている大統領は、北欧連合の事を笑い飛ばした。そもそも、国力比では比較にならないのは分かっている。


「閣下。油断は禁物かと。彼らがどんな兵器を使用したのか不明です」

「今回は占領を主眼に置いたので、必要以上に破壊しないように加減したと説明を受けている。

 本気になれば、弾道ミサイルの一斉攻撃も仕掛けられる。そうなれば、奴らも対抗手段は無いだろう。

 我々でさえ、弾道ミサイルの有効な迎撃手段は開発出来なかったのだからな」

「確かにICBM・SLBMなどの一斉攻撃を掛ければ済むでしょう。そう言って彼らを脅せば、譲歩してくる可能性もあります。

 ……ですが、気がかりなのです。せめて全軍に対して、警戒命令だけでも出してはどうでしょか?」

「君も心配性だな。戦場になるとしても、最初はヨーロッパだろう。その状態を見て、対応すれば良い。

 北欧に位置する奴らが、ヨーロッパを差し置いて、我がアメリカに攻撃を仕掛ける事は無いだろう。

 ……まあ、いいだろう。全軍に対して、警戒命令を出したまえ」

「はっ。わかりました。即、発令させて頂きます」


 そう言って、補佐官は大統領執務室を出て行った。残された大統領は、北欧連合の事はさほど心配はしていなかった。

 確かに、元アメリカ大西洋艦隊が沈められたのは痛い。一時金を含めて財政圧迫の要因になるだろう。

 だが、本気になった自分達に北欧連合が対抗出来るとは思っていなかった。


 セカンドインパクト前は、アメリカは自由陣営、いや世界の盟主として振舞っていた。

 逆らう相手は尽く潰し、富を集め武力を充実させた。だが、セカンドインパクトで状況はがらりと変わった。

 地軸が傾いた影響で災害が続いた。インフラ、工場設備は破壊され、GNPは激減。

 気候変動もあり、食料生産量も激減。以前は食料輸出国だったが、今では自国消費分を生産するのが精一杯だ。

 むしろ不足気味で、少量ではあるが輸入している程だ。借金も多く、以前の勢いは無い。

 アメリカ軍を国連軍として編成し、軍の維持費を国連に分担させなければ破産していただろう。

 だが、復興は主に東部に集中している。西部と南部の復興は遅々として進まない。

 特に南部の被害が酷い。未だに南部はインフラが破壊されたままだ。復旧の目処も立っていない箇所も多い。


 アメリカはこんな状況だったが、セカンドインパクト以降、躍進が目覚しい国があった。

 ドイツとロシアと北欧連合だ。

 元々、ヨーロッパ方面はセカンドインパクトの被害が少なかった事もあるが、ドイツはゼーレの影響が強いという事もあり、

 セカンドインパクト前と比較して、国力を上げている。その為に、ドイツは早々と常任理事国入りを果たした。

 イギリス、フランスもそうだ。GNPは右肩上がりを続けている。

 そしてロシア。地軸が傾いた事で、緯度が下がり国が全般的に温暖化した。

 以前は凍土だったところも農地になり、被害が少なかった事もあり、イギリス、フランス以上に国力を増している。


 不思議なのは北欧連合だ。元々、豊かとは言えなかったスカンジナビア半島の国だったが、セカンドインパクトの被害で、

 経済は低迷していた。(被害の絶対量は、ヨーロッパの平均並み)

 それが、半島に拠点を置くロックフォード財団が駆け回り、各国の合意を取り付けて合併し、北欧連合という国が成立した。

 セカンドインパクト以降に低迷が続く中東から大量の移民を受け入れて、人口・食料・工業製品の生産は右肩上がりだ。

 しかも、先進国でさえ実用が出来なかった分野の新技術の開発に成功。技術レベルでは、先進国の先を行っている。

 それだけでは無い。混乱した中東に梃入れして、あの周囲一帯を纏めるのに成功。中東連合を成立させている。

 北欧連合は中東連合と同盟関係を結び、独自戦略で進んでいる。一時期は中国での大事故の為に風評被害の影響を受けて、

 世界との外交関係は低迷したが、ブロック経済政策をとる事により経済は持ち直している。何より、その技術力は定評がある。

 世界の主流と言えるゼーレの勢力とは距離を置き、目障りな国になっていた。

 そして、今回の侵攻・占領作戦に至っているのだ。


 ドガーーーーン


 何かが爆発する音が聞こえてきた。


 バタン。


 いきなり大統領補佐官が、ドアを開けて大統領の執務室に飛び込んできた。

「閣下。大変です! 東海岸の軍基地が、北欧連合と思われる攻撃を受けています。

 現在、攻撃は西海岸には行われていませんが、東海岸の軍施設は壊滅状態です。

 彼らは攻撃範囲を広げ、政府施設も一部攻撃を受けています。至急退避を……」

 青い顔をして大統領に報告する補佐官だったが、最後まで言えずに閃光に包まれた。

 そして、爆発した。

 爆煙が収まった後には、アメリカの象徴とも言える白い家は無く、大きな穴だけが存在した。

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 中国

 深夜であるが、国家主席は他の幹部と共に、シェルターに避難していた。

 北欧連合の首相のTV放送を見た為である。中国は、他の常任理事国と違って軍は派遣していない。

 だが、北欧連合への出兵に賛成の票を投じていた。


 数ヶ月前の核融合炉の大爆発事故により、北京の北欧連合大使館の全員が、暴徒となった中国市民の暴行を受け死亡。

 中国政府が賠償を拒否した為に、北欧連合とは国交断絶状態だった。

 北欧連合は中国を恨んでいる。攻撃を受ける可能性は十二分にあると予想されている。


「林同士、北欧連合は我々に攻撃をしてくるだろうか?」

「分かりません。軍部からの報告では、衛星軌道からの光学兵器で侵攻軍は壊滅したと報告が来ています。

 衛星軌道からの攻撃兵器を彼らが所有しているなら、我々への攻撃も可能でしょう。

 問題は、我々は軍を出していませんが、侵攻の議決に賛成した事を、彼らがどう判断するかです。

 それに、彼らの大使館を我が人民が破壊してしまった件の賠償が済んでいません。それを彼らがどう考えるかです。

 北欧連合とは国交断絶状態ですので、第三国の大使館経由で連絡を取ろうとしていますが、まだ連絡はついていません」

 主席の質問に、軍を管理している幹部が答えた。


「セカンドインパクトの被害から、我が国は復旧が遅れています。

 北欧連合の通告通りに、政府と軍施設が攻撃を受けると、さらに復興は遅れます。

 これ以上の復興の遅れは致命傷になる可能性もあります。

 一部の地方では軍閥の暗躍が激しく、こちら(中央)の命令を受け付けなくなっているところもあります」

「だが、我が国は広大だ。多少の攻撃を受けても大丈夫だろう。多少は死んだ方が統治はやり易くなる」

「確かに長期的に見ればそうだが、短期的にはきつい。

 常任理事国という事で、多額の国連拠出金を出さねばならぬが、その拠出金もかなり滞納している状態だ。

 他の常任理事国から苦情が出ている程なのだ。これ以上、財政支出が増えると国が傾くぞ」

「補完委員会からは、待てと言ってきている。彼らの援助が無くなるのは死活問題に繋がる。迂闊に動けない」

「彼らの援助が途絶えれば、我が国は困難な立場になります。補完委員会の指示に従った方が賢明です」


 主席の周囲の幹部が、次々に主席に意見を述べた。主席の悩みが高まった時、電話が鳴った。

 電話をかけてきた相手は、北欧連合の外務大臣だった。簡単な挨拶を済ませ、話しの内容は要点に移った。


『貴国は我が国への侵攻には軍を出していませんが、侵攻の議決を決めた常任理事国でもあります。

 従って、貴国も我が国の報復攻撃の範囲に含まれます』

 電話から流れてくる大臣の声は硬かった。


「待ってくれ。他の常任理事国の圧力もあって仕方なかったのだ。彼らの援助が無ければ、我が国は立ち行かない。

 理解して欲しい」

 中国主席は、顔を青ざめながらも北欧連合の大使に窮状を訴えた。


『貴国の復興が遅れて、食料・エネルギー資源の援助を受けている事は承知しています』

「だったら『ですが、我が国への侵攻を議決した常任理事国でもあるのです』……」

 主席の話しを、大使は強い口調で遮った。


『国力が低下したのなら、常任理事国を辞任すれば良かったのです。

 我が国は、国連を世界を代表する機関、正義の機関とは思っていません。

 第二次世界大戦の戦勝国が作り上げた、便利な道具に過ぎないでしょう。

 決して、優れた国だから常任理事国になった訳では無い。

 そして戦勝国は、常任理事国という利権を持ったまま手放そうとしない。

 ドイツが追加にはなりましたが、我が国の常任理事国入りは認められていない。

 貴国も、我が国の常任理事国入りを拒否しましたからな。それに、大使館を大使館員もろとも焼き払って賠償もしていない。

 まったく国連拠出金が我が国より少ないのに、常任理事国というだけで偉そうに言える。いい身分じゃあ無いですか。

 そして昔の戦勝国が、今度は我が国を目標に定めて侵攻してきた。違いますか?』

「…………」


 主席は、大使の言葉に反論出来なかった。セカンドインパクト以降は、中国の国力は低下の一途を辿っていた。

 だが、常任理事国という立場は、大国を自認する中国に相応しいものだった。

 確かに多くの拠出金を要求されるが、国連において拒否権を持つアジア唯一の国だ。

 国連への拠出金の納付が滞る事が多いが、強い発言権を持つと言う見返りもある。

 自国に有利なように、国連の方針に干渉が出来る。

 面子を重視する中国では、常任理事国の席を自ら手放すなど想像もしない事だった。


『まあ、我が国と距離があったので軍を派遣しなかったと判断していますが、貴国の兵士が侵攻軍に入っていないのは評価します。

 よって、他国とは違って政府・軍施設への攻撃はしません。代わりに、発電所関係を重点的に攻撃目標にします。

 これは、核融合炉技術を不正にコピーしようとした事、大使館を焼き払った事の意趣返しも含んでいます。

 攻撃は今から一時間後です。一時間以内に、常任理事国を辞任する旨と、チベット、ウィグルなどの周辺自治区を独立させる事を

 正式表明すれば、攻撃を停止します。判断は貴国にお任せします。この提案を断るなら、発電施設からの人員の退去を勧告します』


 そう言って、電話は切られた。政府・軍施設が攻撃目標から外された事は、幸いと言っていいだろう。

 だが、発電施設が目標とは、被害範囲が広範囲になって一般市民にも影響が出る事を意味していた。

 電気は止まり、工場などは稼動停止を余儀なくされるだろう。政府・軍施設への攻撃より、被害額が増えるだろう。

 復旧には時間がかかり、国家への被害額は莫大なものになると予想された。

 だが、常任理事国の席を返上する事と各周辺自治区を独立させるなど、呑める条件では無い。

 しかも一時間以内などは絶対に無理だ。

 主席は北欧連合への電話を試みたが、電話は繋がらなかった。打てる手は無く、中国は崩壊への道筋を辿っていった。

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 十二個のモノリスが並んでいた。雰囲気は酷く悪い。

 モノリスなので顔色など分からないが、立体映像ならば苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。

 三ヶ月前に、この場所で北欧連合への侵攻を決議した時の洋々たる雰囲気は微塵も無かった。

 北欧連合への侵攻軍は全滅。そして、常任理事国六ヵ国への政府・軍施設への攻撃が一段落し、北欧連合の首相の最終通告、

 つまり十二時間以内に全面謝罪無くば民間施設を含む全施設への無差別攻撃を行うと、再度のTV放送を行った後の状況だった。


『……状況を整理しよう。まずは、侵攻した国連軍の各部隊は壊滅したのだな』

『侵攻した空軍・海軍・陸軍、全てが壊滅だ。しかも、奴らの反撃で常任理事国各国の政府・軍施設も壊滅状態だ。

 常任理事国以外の国の兵力は被害を受けていないから、ある程度の戦力は残っている。

 だが航空機に関しては、偵察機や航続距離の短い航空機ぐらいしか残っていない。数も少ない状況だ。

 海軍も、沿岸警備程度の艦船しか残っていない』

『ロシアも被害が大きい。陸軍に関してはまだ再建の見込みはあるが、空軍と海軍の被害が大きい。

 今までの規模の軍を再建する財政余裕は無い』

『侵攻の序盤で偵察衛星が全て撃墜された。第三国の偵察衛星も、北欧連合上空のルートを通ろうとしたら撃墜された。

 あの国を監視する術が無い。それ以外にも気象衛星や通信衛星を含む全ての人工衛星が破壊されてしまった』

『ヨーロッパ方面総司令部はN2の誘爆で、クレータしか残っていない。主要な基地は全て破壊された。

 直接被害も甚大だが、人的損失も大きい。再建は困難と言わざるを得ない』

『北欧連合の周辺国の軍事力が、根こそぎやられたのか?』

『アメリカもそうだ。東海岸の政府・軍施設がほぼ全滅に近い。白い家も、主ごと消えてしまった。

 副大統領は出張中で難を逃れた。太平洋方面の艦隊は無事だ』

『中国は政府・軍施設への攻撃を受けてはいない。だが、発電所関連が根こそぎやられている。

 インフラが大ダメージを受けた。産業や生活への打撃は大きく、再建には多大な時間がかかるだろう』

『……ヨーロッパ方面の軍施設がやられたのは確かだが、物資集積所は攻撃目標から外されている。

 不幸中の幸いと言っていいだろう』

『それを言えば、中国を除いて他の国の民間被害は殆ど無い。辛うじて救いになっている』

『結論としては、北欧連合に譲歩するしか無いという事か?』

『……ICBM、SLBMなどの弾道ミサイルを使用しても、奴らは人工衛星に粒子砲を積んでいる。容易く迎撃するだろう』

『我が国の提唱したSDI計画が実現されたという事か。何時の間にあんな衛星を配備したのだ?

 北欧連合がロケットを打ち上げた形跡など、今まで一度も観測された事は無かったとの報告が上がっている』

『ここまで、鉄壁の防御を見せ付けられると、通常攻撃がまったく通用しないと認識させられる。

 だが、爆弾や細菌兵器を使用したテロ行為ならば、北欧連合にダメージを与えられよう。

 もっとも行ったら最後で、こちらも根こそぎやられてしまう、自殺行為に近いがな』

『衛星軌道上の軍事衛星を、何とか無効化しないと始まらない。それには、我々も光学兵器を持つ必要がある』

『それは先の話しだ。今は北欧連合にどう対応するかだ。この戦争をどう終結させるかだ』

『そうだな。奇襲をした事と、ロシア地上軍が略奪を許可した映像が流出している。

 こちらは正当性を著しく欠いている。かなり分は悪い』

『仕方あるまい。奴らの技術レベルを見誤った責任は諜報部に取らせる。だが、今をどうするか決めるのが先決だ』

『そうだ。対応を誤ると常任理事国全部が滅ぶ。それは、我らの力も削がれるという事だ。今なら民間への被害が出ていない。

 この状態で講和すべきだろう』

『そうだな。あの粒子砲の無差別攻撃を受けると、常任理事国全部が数日を待たずに崩壊する。譲歩は癪に障るが、せざるを得まい』

『どう調整するかだが、まずは責任者の処罰だな。各国の政府に負わせるしかあるまい。それと賠償金だな。

 各国政府の負担になるが、仕方なかろう』

『それと、あの国の常任理事国入りは避けられんだろうな』

『仕方あるまい。交渉の席で、相打ち覚悟でも攻撃すると脅せば、相手の譲歩も引き出せよう。

 賠償金は各国政府が支払い、侵攻の責任は各国政府首脳の暴走でけりを付ける。よいな』


 01のナンバーのモノリスの発言で、会議は締めくくられた。

 各国の首脳は、直ぐに己の国の放送機関に出演して北欧連合への侵攻を謝罪し、賠償金を支払う事に同意すると表明したのだった。

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 ロッフォード家:地下の一室

 ドアは厳重にロックされ、内側からしか開けられない一室に、二人の人間が居た。

 一人は金髪碧眼。十代後半ぐらいの年齢だろうか、スタイルも標準以上であろう美女、いや美少女だ。

 もう一人は、黒髪、黒目……いや左目は紫だ。十歳にも満たないであろう少年だ。東洋風の顔立ちだ。

 二人は椅子に深く腰掛け、頭にやたらとケーブルがついたヘッド・インターフェースを被っていた。

 ヘッド・インターフェース。それは、思った内容をダイレクトに実行出来るインターフェースである。

 思考制御回路と言い換えても良い。

 二人はそれを身に付け、女性はユグドラシルという生体コンピュータを、少年は宇宙に浮かぶ人工衛星を制御していた。

 もちろん、キーボードとかでも制御は可能だろう。だが、目で見て判断し、手の操作が必要という作業が必要になる。

 だが、思考制御回路は各種の情報が直接脳に入り、思考するだけで命令が実行される。

 反応速度と処理速度は、キーボードなど比較にならないほどの素早い処理が可能だ。

 二人は常任理事国の謝罪の表明を待っていた。

 そして、それが六ヵ国全部から示された事を確認するとヘッド・インターフェースを外した。

 数時間にも及ぶ接続は二人にかなりの負荷になったが、目的を達成した満足感で二人の顔には笑顔が浮かんでいた。

 そして、二人の視線が合う。


「シン。お疲れ様」

 金髪美少女が少年に声をかける。

「姉さんこそ、お疲れ様」

 少年が金髪美少女に返事をする。


 金髪美少女の名はクリス・ロックフォード。ロックフォード家の養子であり、北欧の三賢者の魔女という二つ名を持つ。

 彼女は生体コンピュータ”ユグドラシル”を、思考制御回路を用いて制御していた。

 目的は北欧連合と中東連合へのネット侵入の防衛。並びに、国連軍全軍へのネット侵入である。

 先の国連軍の内部映像は、彼女が国連軍のコンピュータを落として取り込んだものだ。


 少年の名はシン・ロックフォード。同じくロックフォード家の養子であり、北欧の三賢者の魔術師の二つ名を持つ。

 彼は三基の人工衛星の設計者・製作者であり、思考制御回路を通じて人工衛星を制御していた。

 人工衛星は、ユグドラシルJrと呼ばれるユグドラシルの小型版と言える生体コンピュータを搭載している。

 ある程度の判断能力を持ち、自己防衛機能と自己修復機能も備えている。

 だが積極的に攻撃を行う場合は、外部からの指示が必要になる。その制御をこの少年が行ったのだ。


 クリスは頭を左右に振り、そして背伸びをした。数時間にも及ぶ思考制御は、彼女にかなりの疲労を与えていたのだ。

 少年もつられて、背伸びをした。二人は少し運動をすると、部屋の隅にある冷蔵庫を開き、飲み物を取り出し飲み始めた。


「姉さん、相手からこちらへの侵入はどうだったの?」

「最初の頃は結構あったわよ。でも効果が無いと分かると直ぐに引いていったわ。まあ、今までの実績があったからね。

 それよりもシンは大丈夫?」


 シンの質問にクリスは笑いながら答えたが、その直後にシンの顔を覗き込んだ。

 シンの顔には達成感からであろう笑顔があるが、影が少しある。シンが幼い頃から一緒にいるクリスにはその影が分かった。

 そして、その影はシンが制御した人工衛星が、多数の人間を殺したいう事から来ている事も分かっている。

 弟が自分と比較にならない力と記憶を持っている事は知っている。でも、まだ八歳の少年だ。

 いかに守る為とはいえ、大量虐殺が八歳の少年に与えるショックは無視出来ない。

 出来る事なら、人工衛星の思考制御はクリスが行いたかった。だが、シンが拒否した。

 これは自分の役目だと言って、穢れ役をクリスに渡す事をしなかった。


「大丈夫だよ、姉さん。確かに、ショックは無いとは言えないけど、持っている記憶にも同様のものがある。

 それに、ここで相手を叩いておかないと、こちらが不利になる。勢力比はまだ、あちらが圧倒的に上なんだからね。

 心を鬼にしてでもやらないといけない事は分かっているよ」


 シンは姉の目を見ながら言った。どこか、顔の一部を硬くしながら。

 少年は様々な記憶を持っていた。その記憶の中には、大量虐殺の記憶もある。だが、所詮は記憶だ。経験では無い。

 そして直接では無いにせよ、少年の指示で大量の人が死んだのだ。八歳の少年に耐えられるものだろうか?

 そこまで考えたクリスは、本能的にシンを抱きかかえていた。


「ね、姉さん。ちょっと!」

「黙りなさい! 少し静かにしなさい」


 クリスは、自宅という事もあり薄着だった。しかも上の下着はつけていない。

 少年は顔に押し付けられる柔らかい感触に、顔を赤くした。

 クリスは別にシンに色仕掛けで気分転換させようとした訳では無い。本能的にただ抱きしめただけだ。


「シン。あなたが力を持っていても、まだ八歳なのよ。まだまだ経験不足なのは当然なの。だから、自分だけで抱えちゃだめよ。

 もう少し、兄さんやあたしを頼りなさい。力不足かも知れないけど、相談相手にはなれるから」

「姉さん……ありがとう」

 少年の言葉に嬉しくなったクリスは、少年を抱く手に力を込めた。自分の胸が変形し、少年の体温を感じるが気にしない。


「オルテガ様の言葉では、まだ始まりの日までは六年あるわ。

 あなたは、これから『天武』の開発、実戦経験を積むという事をしなくちゃならないの。

 でもね今から張り詰めていては、六年後までは精神は持たないわ。

 だから緩急をつける事を覚えるのよ。忙しい時はそれはそれで良いけど、休む事も覚えなくちゃね」


 そう言って、ふとした悪戯を思いついた。

「そう言えば、汗をかいたわね。偶には一緒にお風呂にはいろうか」

 そう言って、シンの手を引いて歩き出した。ここには、寒冷地だった頃の名残りの大浴場とサウナの設備がある。

 基本的に大浴場は、何時でもお湯が入っている。好きな時間に入れる。……因みに、男女の区別は無い。


「ね、姉さん、ちょっと待って!」

 焦ったシンは、クリスに待ったをかけた。確かに、二年ぐらい前までは一緒に風呂に入った事もある。

 だが、ある程度成長した今は、姉と、いや女性と一緒に風呂に入るなど、羞恥心が先に出てしまう。


「二年ぐらい前までは、一緒にお風呂に入っていたでしょう。この二年間で、シンがどれだけ成長したか確認するわよ。

 小さい頃みたいに、抱きついても良いわよ」

 そう言って、シンを無理やり大浴場まで引きずって行った。

 確かに、小さい頃にクリスに抱きついた事はある。記憶には無い母親を求めた為かは定かでは無い。

 ただ、柔らかい感触に包まれて安らかな気持ちになった事を覚えている。だが、今は違う。

 二年前より、自分は成長している。そしてクリスも成長している。

 こんな状況で、クリスと一緒に風呂に入れば、どうなるか分かったもんじゃ無い。

 同時にシンは、これがクリスの心配りだと言う事も分かっていた。

 姉に引きずられながら、シンはこれからの事に思いを馳せる。


 計画の第一段階、即ち、ゼーレの勢力と北欧連合の経済格差を出来るだけ縮小する。

 現在、新技術を投入して北欧連合の全体のレベルを上げたと言っても、ゼーレの経済勢力と比較すると一割にも満たない。

 その格差は直ぐには埋められない。だが、格差の縮小は可能だ。

 ゼーレを上回る技術力を有効に活用して、ゼーレの経済力、軍事力の弱体を計る。

 それが計画の第一段階だ。

 計画策定時、民間施設も攻撃対象にする案もあった。民間施設を壊滅させれば、格差はより小さくなる。

 だが被害が大きすぎる事もあり、今回の攻撃範囲は政府・軍施設だけに限定した。

 六年間という時間の余裕がある事もあり、攻撃しなかった民間の勢力をこちらに取り込む計画もある。

 うまくいけば、民間に被害を出さずに、こちら側に引きずり込める。甘いかもしれない。

 情けをかけて計画を失敗させるよりは、汚名を被ってでも計画を成功させる。少年はそう考える。

 だが計画の序盤という事もあり、民間に被害を出さないという甘さを持った作戦になった。


 政府・軍施設への攻撃で大量の人の命を奪った。だが反撃しなければ、何時かは自分を含む北欧連合に牙を向くのは確実だ。

 彼らをこちらに引き込める可能性は、ほぼゼロ。だから攻撃した。

 自己本位。そうだろう、己の為、己の組織の為に敵の大量の人間を殺したのだ。

 ゼーレと同じ事をするのか? そういう意見もあった。ゼーレを糾弾する資格を無くしたかも知れない。

 だが、自分達は万能でも神でも無い。出来る事をするしか無い。

 これから先は、仁義無き戦いが待っている。弱肉強食の世界だ。そして、こちらが負ければ人類絶滅が待っている。

 そう考えていた少年は、姉が短パンごとパンツを下ろす感覚に驚き、悲鳴をあげた。

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 講和会議

 バルト海の海上に、一隻の大型客船があった。今回の講和会議は、この大型客船で行う事になった。

 客船の船籍は北欧連合である。

 既に北欧連合のフランツ首相は待機しており、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、ドイツの各代表はヘリで到着している。

 アメリカは大統領が死亡した為、副大統領が代理で出席していた。今は、中国の代表を待っているところだ。

 代表一人につき、随員は二名いる。円型の大型テーブルに各代表は座り、待っているところに中国の代表が入ってきた。

 各代表の顔色は悪い。それはそうだろう。通告も無く国連軍を北欧連合に攻め込ませ、そして無様に負けたのだ。

 そして、本国の政府と軍施設が徹底的に破壊された。(中国は発電施設に攻撃を受けた)

 民間施設の被害が無いのは救いだろうが、被害を受けた事には変わりない。


 メンバーが揃ったところで、会議が始まった。

 北欧連合のフランツ首相は、冒頭でこの会議は本日中に終了させる予定だと宣言した。

 引き伸ばしは認めない、本日中に結論が出ない場合は、報復を再開すると警告した。これも駆け引きだ。

 まず、フランツ首相は侵攻を決議した常任理事国会議を責め、そして常任理事国へ指示を出した人類補完委員会を

 証拠を提示して強く糾弾した。人類補完委員会は常任理事国会議で決められた委員会だが、権限が非常に大きく、

 構成メンバーの経歴が隠されている事を非難する。つまり、人類補完委員会のメンバーを直接非難は出来ない。


 だからこそ、補完委員会のメンバーの拘束と引渡しを要求した。

 フランツ首相は補完委員会がゼーレの隠れ蓑である事を知っている。もちろん、各代表にはその事は言わない。

 補完委員会のメンバーの拘束と引渡しを要求しても、認められないのは承知している。

 最初に無理難題を吹っかける。交渉術の一つである。会議は難航したが、何とか合意に漕ぎ着けた。

 内容は以下の通りになった。


 1.北欧連合は拒否権を持つ常任理事国に加わる。代わりに、国連拠出金を増額する。

  (アメリカと中国は国連拠出金の滞納がある。速やかに納付する事を義務付けられる。

   今後、国連拠出金を滞納した場合は、常任理事国を退く事を約束させられる)


 2.人類補完委員会の権限の縮小。補完委員会のメンバーの拘束、引渡しは認められなかったので、譲歩案として出る。

   国連予算への介入、国連人事への介入権限は剥奪とする。国連予算は常任理事国会議で決める事とする。


 3.元凶である人類補完委員会の排除が出来なかったので、終戦協定では無く休戦協定とする。

   つまり、きっかけがあれば再度戦争になるという事を意味している。

   それに伴い、休戦保証金(賠償金代わり)を六ヵ国が分担して、年十五億ユーロを北欧連合に毎年支払う事とする。

   (北欧連合は、増額した国連拠出金をこの保証金から出す事になる)


 4.休戦の為、お互いの大使館は引き払う。つまり、国交断絶状態とする。何かある場合は、第三国の大使館経由とする。

   (中国は既に国交断絶状態だったので、残り五ヵ国の大使館を引き払う)


 5.六ヵ国とは国交断絶状態の為、相手国の国籍を持つ人間の入国は認めない。但し、該当国が要請した場合は除く。


 6.国連軍上層部への北欧連合の軍人の出向。及び、大西洋方面の警備義務を北欧連合が負担する事とする。

   今回の戦争で、国連軍にかなりの人的損失が出た。

   それを埋める為にも、そして北欧連合の勢力を浸透させる為にも、北欧連合の軍人を国連軍に出向させる事となった。

   又、大西洋方面の国連所属艦隊が壊滅したので、北欧連合の海軍が大西洋方面の治安維持に当る事とする。


 7.六ヵ国は人工衛星を一切保有出来ない事とする。違反した場合は、休戦協定が破棄されたと見なす。

   第三国を利用して打ち上げた場合は、その第三国も制裁対象に加える。


 細かいところを言い出したら、きりが無い。世間一般には、休戦協定という事は公開されずに、戦争終了が発表された。

 今回の戦争の原因が人類補完委員会という事は隠され、旧常任理事国の首脳部の責任という形での発表だ。

 北欧連合は、この発表に関して何ら介入はしなかった。しても無意味と分かっていたのだ。

 北欧連合は中国での核融合炉の大爆発事故の風評被害を受けて、国交断絶などが相次いで国際的には発言力は低迷していた。

 だが、これを機会に国連の常任理事国に加わった事で、国際発言力を次第に強めていく事になっていった。

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 後日の国連常任理事国会議

 北欧連合が最初に常任理事国会議に出席した時の議題は、ゲヒルンという研究機関をネルフという特務機関に昇格させる

 件であった。人類補完委員会の提案によるものだ。

 だが、ゲヒルンの首脳部を知らず、そしてネルフへ与える権限の大きさに北欧連合は難色を示し、拒否権を発動した。

 常任理事国会議は一ヵ国でも拒否権を発動すると、議決を取る事が出来ない。

 一回目の会議では、ゲヒルンからネルフへの昇格が否決されてしまった。

 だが、どうしてもゲヒルンをネルフに昇格させたい補完委員会は、六ヵ国の代表を経由して北欧連合の譲歩を取り付けた。

 北欧連合も、ただの譲歩はしない。自国と同盟国に被害が及ばないように、ネルフに制限をかけた。

 そして、ネルフは北欧連合と中東連合(北欧連合の同盟国)に、一切の干渉しない事を約束させられた。

 もしネルフが干渉した場合は、休戦協定の破棄と見なすという罰則付きだ。

 こうして、地盤を固めた北欧連合は、着々と有利になるように状況を進めていった。

 協定を結んだ事が、後々にゼーレを大きく傾かせる事になろうとは、この当時は誰も予想は出来なかった。






Fin...
(2009.02.07 初版)
(2009.02.21 改訂一版)
(2009.03.21 改訂二版)
(2011.02.26 改訂三版)
(2012.07.08 改訂四版)


(あとがき)

 本編の二、三話と同時に公開しました。戦記物が好きなので、一度はそれっぽい物を書いてみたいと思って書きました。

 この外伝は本編の三話にある、『策』の捕捉説明に相当します。我ながら突飛な設定と思っています。

 対ゼーレでは、一つの国程度では対抗出来ませんので、オーバーテクノロジーを使用しました。

 何故、オーバーテクノロジーを持っているかは、別の外伝になります。外伝の構想は現時点で三話です。

 場合によっては、四話になります。

 次の外伝は、2013年の日本での布石の予定です。



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