2013年の布石
U
presented by えっくん様
そこは中東のA王国の辺境に位置する、放牧や農業がメインの長閑で平和な小さな町だった。
だが、隣国である南欧諸国が、突然国連軍を組織して攻め入って来た。
理由は、南欧諸国の国境付近の村がA王国の軍隊の略奪を受けた為、その軍隊への報復と地域の安定確保の為だと言う。
抗弁の機会も与えられぬまま、A王国は南欧国連軍の軍靴に蹂躙される事になってしまった。
南欧の国連軍の航空機によって町の中心地区が爆撃され、戦車による砲撃が始まった。
そして歩兵による突入。自警団による防戦など意味が無い。アマチュアがプロに敵う訳が無い。あっと言う間に蹂躙された。
動ける男達は全て殺され、骸となって放置されている。砲撃の為か、所々に火事が発生している。
町のあちこちが凄まじい臭気を漂わせている。
国連軍の兵士が生き残った女子供達を、銃を突きつけながら町の一角に集めていった。
そして……
「きゃあああああああ」
「やめてええーーーー」
「この子だけは助けて下さい。お願いします」
「夫と息子を返して! この人殺し!!」
「こ、殺さないで」
集められた女達に、目をギラギラさせた兵士が襲い掛かった。悲鳴が上がるが、抵抗する女は銃で殴って平然と射殺していった。
小さな子供でも容赦は無い。倫理観などどこかに投げ捨てたかのような、悲惨な光景が展開されていった。
そんな惨状を冷ややかな目で見つめている集団があった。
「けっ。後始末は囚人部隊に任せろって言われたが、こんなけったくそ悪い光景を見るはめになるとはな」
「ああ。こんなのが外部にばれたらどうするつもりだ?」
「何を言う。俺の生まれ故郷はA王国の軍隊で壊滅させられたんだぞ。女子供も容赦無く皆殺しにあったんだ。当然の報復だ!」
「抵抗出来ない民間人を虐殺か。こんな事をする為に軍に入った訳じゃあ無いぞ」
国連軍の正規部隊の兵士は、囚人部隊の虐殺を冷ややかな目で見つめていた。
一部の兵士は虐殺を止めようとしたが、上官から制止されていた。その上官も司令部から囚人部隊には関わるなと厳命されている。
既に正規部隊の本隊は、町の破壊が終わった時点で進軍を開始している。このような小さい町に関わっている時間は無い。
落ち葉拾いのように後始末専門である囚人部隊と、それを監視する正規軍の中隊だけが、この町の虐殺を知っていた。
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「こちらフォックス1。今のところ敵の航空機による抵抗は全て排除した。敵影は見えず。敵の地上軍も見当たらず」
『了解した。引き続き制空権の維持に努めよ。敵の反撃があれば速やかに排除せよ』
「了解」
A王国は中東連合と南欧の間に位置する小国だが、セカンドインパクト以降に発見された油田の為にそれなりに豊かであった。
そして隣国である中東連合の影響がかなりある。当初、中東の各国が合併して中東連合になった時、A王国は合併を拒否した。
北欧連合の支援を受け、中東のほとんどの面積を占める中東連合は、A王国からしてみれば脅威であった。
それ故に軍備には力を入れていたのだが、如何せん小国である為に軍隊の規模と軍備は程度が知れていた。
中東連合に備えていた航空戦力を、侵攻してきた南欧国連軍の迎撃に向かわせたが、一蹴されてしまった。
残された航空戦力はA王国の首都防衛隊だけになっていた。
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A王国軍:前線司令部
司令部には各地からの情報が集まってきており、その情報を確認した司令部のメンバーの表情は暗かった。
「……第一、第二、第三航空部隊は全て全滅。帰還機はありません」
「くそっ。中東連合方面に戦力を集中し過ぎた為だ。せめて一部隊でも南欧諸国方面に配置出来ていれば、こんな事にはならなかった」
「今頃、そんな事を言っても仕方無いだろう。我々の残された航空戦力は首都防衛隊だけになってしまった」
「首都防衛隊に出撃を命令して下さい」
「駄目だ。今は首都防衛隊は動かせん。現有戦力だけで南欧国連軍を迎撃する」
「無理です! 概算ですが南欧国連軍は我々の約三倍の兵力。しかも装備は我々の遥か上をいってます。
それに加え、制空権を奪われては全滅するしかありません」
「南欧国連軍の侵攻ルートにあった町は、全て虐殺されたという報告がある。今の状態では降伏も出来ない。
このまま奴らが首都に進むのを見過ごす訳にはいかない。首都の国民の中東連合への脱出が始まっている。
何としても時間を稼ぐんだ。仮に我々が全滅しても、奴らの被害が多ければ撤退する可能性もある。我々は国民の為の捨石になるのだ」
政治的解決を図ろうと、中立国の大使館経由で南欧諸国政府に連絡を取ろうとしたが全て無視された。
南欧国連軍が一般市民を虐殺していると分かった時点で、降伏するという選択肢は無くなった。
その為、国民を出来るだけ国内から脱出させる事が最優先課題になった。それには時間が要る。
王室から中東連合に支援を要請しているが、今まで対立していた事もあって動きは鈍い。
国民の受入を即答で返してくれた事は救いだが、援軍派遣に関しては渋っているという連絡が来ている。
「第六師団から連絡が入りました。二時間でこちらに合流出来るとの事です」
「分かった。迎撃準備はどうなっている?」
「戦車部隊は既に展開して準備が出来ていますが、対空兵器が不足しています。弾薬も不足気味です」
「仕方あるまい。何としてもここで南欧軍を抑えるのだ」
「……王子は首都に戻って下さい。ここは我々が守ります」
「駄目だ。私はA王国の王子として、国民を守る義務がある。ここで逃げる訳にはいかない」
「しかし……」
「勝てるとは思っていない。覚悟は出来ている。だが、この命と引き換えに多くの国民が助かると思えば本望だ。
全ての部隊の迎撃準備を急がせろ!」
「はっ」
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南欧国連軍とA王国軍の戦闘は、いやあれは戦闘とは呼べなかった、一方的な殺戮が行われた。
無人偵察機により王国軍の位置を確認した南欧国連軍は、遠距離からの多弾頭ロケット弾の飽和攻撃を行った。
A王国軍の対空陣地はあっと言う間に壊滅。そして制空権を確保した南欧国連軍は、航空機による攻撃を敢行。
前面に展開していた戦車部隊、機械化歩兵部隊などはろくな反撃も出来ずに、次々に壊滅していった。
南欧国連軍はA王国軍の降伏を認めずに、動いている影が無くなるまで容赦無く攻撃を続行した。
そしてA王国軍の完全消滅を確認すると、首都に向けての進軍を再開した。
A王国軍の前線司令部があった場所はロケット弾の攻撃を受け、激しく燃えていた。周囲には血塗れの死体が散乱している。
生きている人間など誰も残っていないかに思われたが、まだ僅かに動ける人間が一人残っていた。
(父上、申し訳ありません。満足な抵抗さえ出来ませんでした。早く脱出して下さい。国民の事を御願いします。
私は帰れそうに無い。ミーシャ、約束を破って済まなかったな。お前は幸せにな)
もう目も見えないその男は心の中で呟くと、静かに息絶えていった。
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A王国:首都
南欧国連軍によりA王国軍が壊滅との連絡を受けて、首都にある王宮は慌しい雰囲気に包まれていた。
「王国軍が壊滅したと言うのか!?」
「……はい。先程連絡が入りました」
「生存者は?」
「帰還兵は二割程度です。他は絶望的かと……」
「お兄様はどうなったのですか?」
「ミーシャ、控えなさい!」
「残念ですが……」
「そ、そんな!?」
兄の安否を確認したミーシャは、戦死した事を聞き真っ青になっていた。
国王の目配せを受けた侍女が駆け寄り、ミーシャを連れ出した。
「それで南欧国連軍の状況は?」
「先頭集団は掃討戦に参加せずに、この首都を目指しています。恐らく、二〜三日中にはここへ到達するのでは無いかと。
後方の集団は敗残兵を掃討しつつ前進しています」
「二〜三日か。国民の脱出はどうなっている?」
「今のところ、首都人口の三割程度が脱出して、中東連合に向かって移動中です。ですがほとんどの輸送手段を使ってしまいました。
第一陣で使用した車両が戻ってこないと第二陣が出せません。徒歩での脱出は無理です」
「まだ首都には数万の国民が残っているというのか。……外交交渉はどうなっておる?」
「大使館ルートを通じて停戦を申し込んでいますが、全て拒否されています」
「中東連合には仲介を頼んだのか?」
「はい。ですが関係が悪い中東連合の反応は鈍いです。国民の受入は表明してくれましたが、それ以外の事は……。
援軍派遣に関しても、中々回答を貰えません」
「……分かった。我は国王を退位して、正式に中東連合に併合を申し込む。直ぐに申し込んでくれ。そして支援を要請するのだ」
「退位されて、併合を申し込むのですか!?」
「それが中東連合の支援の条件なら仕方あるまい。国民を犠牲にする訳にはいかん。直ぐに手配せよ」
「はっ」
国王の命令を受けた職員は、直ぐに部屋を出て行った。残された職員達はまだ不安な顔を隠せなかった。
「中東連合の支援は間に合うでしょうか?」
「ここまで南欧国連軍の侵攻が早いとは予想外だ。中東連合から南欧諸国に停戦要請が出るだろうが、間に合うかは不明だ。
後は中東連合が援軍を派遣してくれるかにかかっている。市内の様子はどうだ?」
「親衛隊を中心に防衛ラインを構築していますが、攻撃が始まればどこまで耐えられるか」
「市民の一部も防衛ライン構築に協力してくれています。いざという時は武器を持って戦う意志を表明しています」
「首都防衛隊の航空機は僅かです。南欧国連軍の攻撃が始まれば、瞬時に粉砕されてしまいます」
「女子供達は出来る限り、安全と思われるところに避難させておけ。
中東連合の援軍が間に合えば良いが、間に合わない場合は降伏する。準備を進めろ」
「しかし、南欧国連軍は我々との通信を一切遮断しています。交渉を拒否していますので、降伏交渉も出来ません!」
「それでもだ。国民を道連れにして国が滅びるよりは、国が滅びても国民が生き残ってくれた方が良い。準備を始めろ!」
「はっ」
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兄が戦死とたのを聞き、動転したミーシャは侍女に連れられて自室に戻っていた。
「お兄様は亡くなられたのですね。お兄様……うっ、うっ」
「王女様。悲しい事だと思いますが、脱出の用意をして下さい」
「脱出? この王宮から逃げ出すと言うのですか? そんな事は出来ません!」
「南欧国連軍の侵攻ルートにあった町や村の住民は、全て虐殺されたと情報が入ってます。
男達は全て殺され、女達は慰み者になってから殺されています。この首都でも同じような事が起きないとは言えません」
「慰み者……!?」
ミーシャは十二歳の少女である。可愛らしい顔立ちであり、王女という事もあって大切にされて育ってきた。
それでも慰み者という意味は知っていた。そして自分の身に降り掛かる可能性があると知ると、小刻みに身体を震わせた。
「王女様より幼い子供も対象になったと聞いています」
「わ、分かりました。お父様はどうなさるのですか?」
「……陛下は残られます」
「では私も残ります。お父様を残して逃げるなんて出来ません!」
「王女様! これは陛下の御希望なのです。陛下の気持ちを無になさるおつもりですか?」
「でも!」
「王女様! 貴女が生き残れば王家は残るのです。それと陛下がお亡くなると決まった訳ではありません。停戦になるかも知れません」
「……お父様が無事な可能性もあるのですね。分かりました。脱出の準備をします」
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南欧国連軍:現地司令部
A王国に侵攻して都市を一つ、小さな町五つをあっと言う間に落とし、A王国の首都まであと僅かという地域にまで進出していた。
作戦の最終目的はA王国の首都を落とし、完全にA王国を南欧諸国の支配下に置く事。それと石油資源の確保。
そして中東連合への牽制の意味で軍事拠点を造る事だった。作戦が順調に進行しているので、司令部の雰囲気は明るかった。
「今のところは全て順調か。A王国の首都が落ちるのも時間の問題だな」
「はっ。敵の最大戦力は既に殲滅しましたので、残る兵力も高が知れています。首都に篭る戦力は僅かですので、一蹴出来るかと。
懸案だった中東連合も動いていません。あと二〜三日で首都を占領出来ると思われます」
「うむ。地上軍の到着まではまだ少しかかる。航空隊に連絡して爆撃を敢行するよう命令を出せ。
地上軍の到着前に首都を火の海にしても構わんとな」
「民間人の捕虜はどうしますか?」
「要らん。さすがにN2兵器を使う訳にはいかんが、ナパーム弾でもばら撒いてやれ。
それでも生き残った人間は基地建設の労働力として使うだけだ。老人や子供を抱えて、この国を支配下におくと後が面倒になる。
出来るだけ不要な人間は抹消した方が後が楽になる。どうせマスコミはいないし、後で糾弾される心配は不要だ。
ああ、石油関連施設には絶対に攻撃するなと注意しておけ」
「了解です。我々本軍は侵攻速度を重視してここまで来ましたが、後の掃討部隊も順調に進んでいます」
「ふん。掃討部隊か。囚人を使った何らかの実験を兼ねているとの噂はあるが……まあ良い。奴らの事は詮索無用と言われている」
「それと偵察機からの情報ですが、首都を脱出して中東連合に向かっている多数の車両を発見しました。どうされます?」
「今頃、分かったのか? 情報が随分遅いな」
「申し訳ありません。以前と違って監視衛星は無く、航空機による偵察しか出来ないものですから」
「北欧連合のせいか、仕方あるまい。避難民の件だが中東連合に入られるとやっかいだ。国境を越える前に殲滅するように命令しろ」
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ミサトの部隊
南欧国連軍のほとんどが南欧諸国の人間によって構成されていたが、まったく関係無いと思われる国からも参加している人間がいた。
その中の一人に『葛城ミサト』という日本人女性が居た。
ドイツに居たのだが、命令という事で南欧国連軍に参加をしていたのである。
階級は二尉。(もっとも国連軍に階級呼称を合わせたので、中尉として呼ばれている)
歩兵部隊の指揮官に任命されており、本隊には組み込まれずに、周辺地域の制圧を命じられていた。
「へっ。日本人の女が指揮官だなんて運が悪いと思ってたが、そうでも無いみたいだな」
「ああ、やたらと勘が良いな。あの伏兵に気がつかなかったら、隊の半分ぐらいはやられたかもな」
「格闘戦もいけるみたいだな。尻を触ったスティーブを投げ飛ばしてたぞ」
「あの馬鹿か。良い薬だろう」
「俺だったらお尻より胸だな」
「そんな事したら、敵の前に投げ飛ばされるぞ。良いのか?」
「良い訳無いだろう。でも、こっち方面の敵は装備もちょろいもんだし、楽勝だよ。これなら生きて帰れるな」
「ああ、ラッキーだぜ。あの女が勝利の女神に見えてきたぜ」
南欧国連軍唯一の日本人指揮官であったが、葛城ミサトの評判は悪くは無かった。いや、寧ろ良かったのである。
格闘戦、銃撃戦、それと伏兵を見破る鋭い勘。歩兵戦闘において、葛城ミサトは自分の持つ能力を十分に活用して戦果をあげていった。
もっとも、それは葛城ミサト自身が戦闘をする場合であり、戦闘を指揮する立場での評価は未だ出ていなかった。
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「きゃああああ」
「車から早く降りろ! 直ぐに隠れるんだ」
「ママ、ママ、しっかりして!?」
「護衛の部隊は何をしてるんだ!? 早く迎撃してくれ!」
「こちらは避難民の護衛部隊だ。現在南欧軍の航空機の襲撃を受けている。至急、援軍を請う」
A王国の首都から中東連合に向かって避難中のトラックやバスに、南欧国連軍の航空機が攻撃を加えた。
護衛部隊はいるが、ろくな対空兵器は装備していない。航空機からのミサイルや銃撃に対抗する手段を持ち合わせていない。
必死の形相で小銃を空に向かって撃つが、航空機が落ちる訳でも無く、死傷者が増えるだけだった。
『鴨撃ちより簡単だな。トラックなんかにミサイルを使うのは勿体無いな。銃撃で十分だろう』
『まあそうだがな。銃弾も制限があるんだ。無駄撃ちは止めとけ』
『人間相手に銃撃なんかするなよ。車両を破壊すれば、後は砂漠で立ち往生して死んでくれる』
『うちの小隊だけじゃ銃弾が尽きるな。応援を頼むか』
砂漠を進んでいた避難中の大量の車両に、南欧国連軍の航空機は容赦無く銃撃を浴びせていった。
抵抗する力を持たない避難民は、銃弾に撃ち抜かれ、又は爆発する車両に巻き込まれて、死傷者の数はうなぎ上りに増えていく。
地上のゴミを駆逐する神のような気持ちになっていたのだろうか、パイロット達に良心の痛みは無かった。
そして銃弾がそろそろ尽きようかとしている時、レーダーに反応が出ている事に気がついたパイロットがいた。
『おい。レーダーに反応がある。A王国の北部方面からだ。まだ迎撃戦闘機が残っていたみたいだな』
『対空ミサイルは持ってきていないからな。どうする? 偶にはドッグファイトでもやってみるか?』
『この前の敵みたく、ろくな技量を持ってないなら、空中戦で十分撃墜出来る。残弾は少ないが十分だろう』
『どうせA王国の機体は、俺達が乗っている機体より二世代ぐらい遅れた機体だからな。空中戦も偶にはやらないと腕が鈍って困る』
軽口を叩いていたパイロット達は、レーダーに反応が出ている方向に機首を変えた。
こっちも楽勝と考えていたが、レーダーに対空ミサイルを感知しないまま、南欧国連軍の航空機四機は一瞬にして爆発した。
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A王国:首都
近衛軍を中心に義勇兵を含めて、首都の前方に防衛ラインを引いていた。首都防衛隊として迎撃用戦闘機は少数だが、まだ健在だ。
自分達の後ろには、女子供達がいる。戦力もあり守るべきものがあるとの思いから、近衛軍と義勇兵の部隊の士気は非常に高かった。
だが、その士気は低空を飛来してきた巡航ミサイルによって、吹き飛ばされてしまった。
予め、高高空を飛行する偵察機からの情報を元に、南欧国連軍は首都の攻撃目標を首都防衛隊のある飛行場、それと弾薬倉庫を
最優先目標としていた。そしてそこに多数の巡航ミサイルが着弾した。
飛行場は一瞬にして破壊され、A王国に唯一残っていた航空戦力は消え去ってしまった。
弾薬倉庫は積んでいた弾薬が一瞬にして誘爆し、大きな火柱が立ち昇った。
後続の巡航ミサイルは王宮やビルなどの首都機能を支える重要施設に次々と着弾、破壊を拡散していた。
巡航ミサイルによる攻撃が一段落すると、首都の上空を南欧国連軍の攻撃機と爆撃機の部隊が埋め尽くした。
地上の近衛軍や義勇兵になす術は無かった。対抗する手段は無く、本来守るべきものも守れない。
このまま蹂躙され、全滅するしかないのかと一人の兵士が恐怖で慄いた時、首都上空の攻撃機、爆撃機が次々と爆発していった。
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中東連合:第四遊撃師団
師団長のアズライトは、軍司令部からの連絡を受けて準備行動を開始していた。
アズライトは戦闘指揮車両に乗り、ある連絡を待っていた。そして待望の連絡が入ってきた。
『こちらの準備は全て完了です』
「……分かった。本心じゃあ、お前みたいな餓鬼を戦場に出したく無いが、上からの命令で仕方無くだ。そこを忘れるな!」
『了解です。では、あの部隊の指揮はボクで良いんですね』
「ふん。あの傭兵部隊はロックフォード財団に雇われてんだろう。俺が口出し出来るわけねえだろ」
『確認しただけですよ。衛星軌道上から確認した南欧国連軍の兵力配置情報は入力しました。そちらでも見えるはずです』
「ちょっと待ってろ! ……ああ、確認出来た。じゃあうちの軍団は直ぐに進軍を開始するが、露払いはしっかりやっとけよ」
『了解です。そうですね、司令部と航空戦力全部、それと彼らの長射程距離兵器。これは全て始末しておきます』
「ちょっと待て! お前のとこの部隊だけでそこまで出来んのか? 言っておくが北欧連合は動かすなよ。
北欧連合が直接、南欧軍とやり合うと政治的問題になるんだ。そこんとこ忘れた訳じゃあねえだろ」
『頼むのは支援ミサイル攻撃ぐらいですから、絶対にばれません』
「ふん。勝手にしろ!」
そう言ってアズライトは通信を切った。今の通信相手は十二歳。アズライトから見ても、世間一般でも十分に子供である。
そんな子供を戦場に出すのはアズライトの常識から言えば拒否したいところだが、上からの命令では仕方が無い。
北欧連合からの依頼で第四遊撃師団に組み入れ、戦場での経験を積ませていたのだ。
もっとも技術士官という扱いであり、実際の戦闘に参加した事はほとんど無かった。
(上から直接戦闘には参加させるなと言われている。もっとも緊急時には何度か直接戦闘を行っている)
今回偶々ではあるが、ロックフォード財団から『ワルキューレ』と呼ばれるVTOL型新型戦闘機の量産試作機十二機が中東連合に
運びこまれて実戦運用試験中だった。
パイロットはロックフォード財団が雇った傭兵達。そして雇い主はさっきの通信の少年であった。
現在、中東連合には北欧連合からの様々な援助がなされているが、航空機関係は旧式の航空機が多数を占める。
南欧国連軍はタイフーンやF−35などの高性能戦闘機を擁しており、中東連合の航空戦力では対抗するには分が悪い。
そういう経緯から、ワルキューレの量産試作機を南欧国連軍に対応させる事が決まった。もっとも数では桁が違う。
中東連合の軍高官は一部の航空機を差し向けようとしたが、さっきの通信の少年にやんわりと断られた。
中東連合は北欧連合から援助を受けてはいるが、独立国であり思惑も異なる。微妙な配慮が要求される関係でもある。
アズライトは考えを中断した。準備は完了したので、早急な行動が求められている。
第四遊撃師団は戦車等を有する機械化師団であり、歩兵師団と比べれば高い機動力を持ってはいるが、航空機には当然及ばない。
早急にA王国首都に赴き、攻撃を行っている南欧国連軍を撃退しなくてはならないのだ。
航空機による先制攻撃は、ロックフォード財団に雇われた傭兵達が行うだろう。
だが、航空機攻撃だけで数万の陸上部隊が壊滅する訳では無い。最後の詰めは第四遊撃師団が行わなくてはならない。
アズライトが全軍に通信を開いた。
「野郎共、敵は南欧国連軍だ。仲が悪いとはいえ、同じアラブのA王国が欧羅巴の奴らに殺されるのは見過ごせねえ!
奴らを殲滅する! 気合を入れろ! 目標A王国首都、全軍進撃!!」
アズライトの命令で、第四遊撃師団はA王国の首都に向けて進軍を開始した。
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A王国は中東連合の成立時に合併を拒否した事により、中東連合との関係は良くは無かった。
とはいえ、交通網がまったく無い訳では無い。殆ど国境地帯は砂漠だが、都市間を結ぶ最低限の道路は整備されていた。
そしてその道路を大型トレーラー十六台が中東連合からA王国方面に向かって走っていた。
大型トレーラーの一台の中は、通信機器や制御コンピュータで埋め尽くされていた。
その機器を操作していたのは東洋人に見える少年である。黒い髪、黒い目、いや、左目は紫色だった。
今までどこかと通信をしていた少年は、通信が終わると、別の通信回線を開いた。
「こちらは『砂漠の目』。『海の狩人』はポイント120−03−06を処理して下さい」
『こちらは『海の狩人』だ。了解した。直ちに行動に入る』
「御願いします」
厳つい声の返信が来たが、短く答えて次の通信回路を開いた。
「こちらは『砂漠の目』。『砂漠の狩人』は全機行動開始。
第一小隊と第二小隊はA王国首都上空の敵航空機を殲滅して下さい。第三小隊はちょっと遠回りになりますが、避難民を攻撃しようと
動いている敵航空機を落としてからA王国首都に向かって下さい。全機を発進させた後は、本隊はA王国方面に向かいます。
補給時は所定の位置確認行動を取って下さい」
『第一小隊了解。任せておけ。欧羅巴の奴らの好き勝手にはさせん!』
『第二小隊了解。手当てはたんまりはずんでくれよ』
『第三小隊了解。お前が雇い主なんだから、もうちょっとビシッとしろ。そんな事じゃ他からは舐められるぞ』
行動開始の指示を受けて、大型トレーラー十二台の荷台が開かれ、十二機のワルキューレが姿を現した。
ワルキューレはVTOL機であり、垂直離着陸が可能である。燃費が少々悪くなるが、今回の場合は大型トレーラーに乗せる事で
小型の陸上空母的な行動を可能にしている。因みに、トレーラーの残り四台は管理車両一台。補給車両三台の構成だ。
十二機のワルキューレのエンジンが掛かり、準備が出来た機から逐次上昇を開始し、一定高度に達した後は水平飛行に移った。
八機はA王国首都へ、四機は避難民を攻撃しようとしている航空隊を迎撃しようと進路を定めて飛んでいった。
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北欧連合:アラビア海艦隊
アラビア海艦隊の司令官は通信を切った後、溜息をついて愚痴を零した。
「『海の狩人』か、コードネームのセンスが無いな」
「『魔術師』とはいえ子供ですから、その辺りを期待するのはどうかと。既に巡航ミサイルには航路データは全て入力済みです」
「衛星軌道上からの監視体制を我が国が独占しているからな。
それに引き換え、彼らは昔ながらのやり方で偵察機を出さねばならんとは、少しだが同情するよ」
「我が国にしてみれば、良い事ではありませんか」
「勿論だ。その事について不満がある訳じゃ無い。さて貴重な巡航ミサイルだが、軍司令部からの協力要請とあっては仕方無いな。
直ちに発射せよ」
アラビア海艦隊は巡洋艦一隻、駆逐艦五隻、補給艦一隻から構成され、一般常識から言えば小艦隊に分類される規模である。
同盟国である中東連合の防衛ラインの一角を担う役割を持って、派遣されている。
現在はアラビア海から紅海まで進出しているところだ。
粒子砲を装備した事により対空戦闘能力は比肩しうる存在は無いが、砲門や航空機が無い事から対地攻撃能力はほとんど持っていない。
これには予算という大きな問題があった為である。
全艦が核融合炉動力を使用しているので、航続距離はほぼ無制限。粒子砲をいくら撃っても経費には影響しない。
だが、実弾は使用すると当然減って、使った分は補充しなくてはならない。
巡航ミサイルなどは一基でも普通の人の十五年〜二十年分の年収に匹敵する。
便利であり効果も期待出来るのだが、そんな高価な物をやたらと使用すると経費が圧迫される。
それ故に、北欧連合はエネルギー兵器である粒子砲を主要兵装として使い、経費削減に努めているのである。
とは言っても、まったく装備していない訳では無い。旗艦である巡洋艦にだけは、巡航ミサイルが装備されている。
費用がかかる為にめったに使う事は無いが、必要だと判断された時は躊躇無く使う。
今回はその虎の子の巡航ミサイルを使用する時だった。
巡洋艦の垂直ミサイル発射口が開かれ、巡航ミサイルが次々と発射されていった。
弾頭には面制圧兵器である大型気化弾が装備されている。
その巡航ミサイルは指示があったポイント120−03−06に向け、超低空で飛行を開始した。
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ワルキューレ:第三小隊
避難民を攻撃しようとしている南欧国連軍の航空機を攻撃しようと向かっていた第三小隊は、レーダーでその目標を見つけた。
情報を本隊に要求すると、画面に避難民の乗せた多数の車両が炎上爆発しているシーンが映し出された。(衛星軌道上からの撮影映像)
「けっ。抵抗出来ない民間人を虐殺か。何を考えてやがる」
『無駄口は叩くな。訓練通りに粒子砲の標準射程に入ったら即攻撃する』
『奴らはたまげるだろうな。ロックオンもされずに、AAMも見当たらないまま撃墜されるんだからな』
『今回はワルキューレの初の実戦だ。訓練じゃ無いぞ』
『分かってるって。戦闘機に乗って何年になると思ってる?』
『この距離で奴らがAAMを発射しないという事は、武装は対地装備だけだろう。一蹴するぞ』
南欧国連軍の航空機は進路を変えて、こちらに向かってきている。ドッグファイトを行うつもりだろうが、こちらにその意思は無い。
機首に装備された粒子砲は出力さえ上げれば、通常のAAM(空対空ミサイル)以上の射程を誇る。
今までならAAMを探知したら、電波妨害やフレアミサイル等の対抗手段はあったが、粒子砲にはそんな迎撃手段など通用しない。
敵航空機に発射された粒子砲は瞬時に着弾する。迎撃手段を使っている暇など無いのだ。
そして言った言葉通りに、避難民を攻撃していた南欧国連軍の航空機は一瞬にして空中で四散した。
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ミサトの部隊
葛城ミサトが率いている部隊は、A王国首都の北側を包囲している師団に所属していた。
巡航ミサイルが次々に着弾し、首都のあちこちから火柱があがった。
そして今は首都上空に自軍の航空機が多数展開して攻撃しているところである。
歩兵部隊の突入は、航空機の攻撃が終了してからになる。ミサトは司令部から突入命令が出るのを静かに待っていた。
(今までの戦果は順調そのものね。これなら帰ったら昇格間違い無いわ。まあ、その前にビールを浴びるほど飲んでやるわ。
一時金と休暇が出るだろうから、帰ったら旅行に行くのも良いかしらね。一人旅も偶には良いか)
これから投入だと言うのに、ミサトは気楽に考えていた。今までろくな反撃を受けた事も無く、部隊の損害はほとんど無い。
ミサイルと航空機の攻撃で首都のあちこちで火災が発生し、被害は拡大しつつある。
突入命令が出る頃には、敵の戦力はほとんど無効化出来るだろうと予想していた。
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南欧国連軍:総司令部
総司令部のモニターには、現地から送られてきたリアルタイム映像が映し出されていた。
巡航ミサイルによる攻撃は終了し、自軍の航空機多数が敵首都の上空を占拠し、多数の爆弾を投下している。
そして敵首都全域が炎に包まれているのがはっきり分かる。
「この調子なら今日中ぐらいにはケリがつくな」
「ああ。航空機の攻撃はまだ二〜三時間続けるが、その後は突入だ。それで終わりだ。まあ、手間取っても明日には完全に終わるな」
「これで石油が手に入り、中東連合を牽制する基地も造れるか。一石二鳥だ」
「北欧連合が介入してこないか不安だったがな」
「中東連合の隣国に北欧連合が介入する適当な口実が無い。こっちは国内の村がA王国軍に襲撃されたいう大義名分がある」
「中東連合の出方も不安だったがな。あそこと戦争状態になって、石油輸入が止まるのはまずいからな」
「確かにあそこは北欧連合の同盟国だ。だが兵装は旧く、人員もまだ少ない。
中東連合を攻めると北欧連合が出てくるからまずいが、中東連合は自分から能動的に動ける能力は無い」
「そうかもな」
A王国を滅ぼして南欧諸国の支配下に置く事は当初からの予定通りだ。兵力差は歴然としており、勝利の方程式は確立している。
既に石油採掘用の資材手配も終わっている。A王国の征服後にすぐに採掘作業に入る予定だ。
全てが順調だと考えている時、司令部に緊急連絡が入ってきた。
「何だと、中東連合がA王国を併合しただと!?」
「は、はい。A王国の国王自ら依頼したそうです。中東連合は我が軍に対して、即時攻撃中止と撤退を要求しています」
「国連は、いや政府は何と言っている?」
「国連の議決が出る前に首都を落とし、国王を拘束ないし死亡させられれば、問題無いと政府は考えています」
「ならば攻撃続行だ。遅くとも明日にはケリがつく。常任理事国会議が行われる前に首都を落とすぞ」
「はっ。現地司令部にはその旨を伝えます」
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南欧国連軍:現地司令部
巡航ミサイルの攻撃で、最初の主要目標である飛行場施設、弾薬庫の破壊に成功した。
次に航空機により敵の抵抗戦力を順調に削ぎ落としている事で、司令部には明るい雰囲気が漂っていた。
レーダーを見ていた監視員が、反応しているポイントがある事に気がついた。
「報告。北の方角より接近中の飛行物体八つを確認。速度は約マッハ1」
「北から接近だと? 北の方にA王国の空軍基地はあったのか?」
「いえ。A王国軍の空軍基地は全て潰しています。北には空軍基地はありません」
「む。まあ良い。どうせ八機の援軍ぐらい、あっと言う間に揉み消してくれる。迎撃機十六機を向かわせろ」
「はっ」
こちらに向かって来る八機の迎撃指示を出した後、司令官はA王国首都攻略に注意を注いだ。
高が八機の航空機など一蹴出来る自信はあったし、首都攻略の方が重要なので、ある意味当然の行動だった。
だが、レーダー監視員からの報告で眉を顰める事になった。
「迎撃に向かった十六機全ての反応が消えただと?」
「はい。ミサイルらしき物はレーダーには一切反応していませんが、一瞬にして迎撃機十六機の反応がレーダーから消えました」
「一瞬で十六機が空中戦で落とされたと言うのか?」
「いえ、空中戦を行える距離までは接近はしていません」
「その向かってくる八機は、どのくらいの時間で来る?」
「少々お待ち下さい。出ました……約五分…!…司令、首都上空の我が方の航空機の反応が、次々に消えていきます!」
「何だと!? どこの攻撃だ?」
「分かりません。ミサイル反応は一切ありません。首都上空に展開している航空機の北側から次々に反応が消えてます」
「北側だと? 接近中の航空機に関係あるのか!?」
「不明です」
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A王国首都上空
南欧国連軍の航空機は首都の上空を占拠し、次々に爆弾を投下していた。
中には急降下して地上施設や戦闘員に対して銃撃を加えている機もある。
対空兵器を早々に潰し、携帯用対空ミサイル設備を持たないA王国軍は、まさに狩られる獲物でしかなかった。
主に攻撃機と爆撃機が首都攻撃を行い、戦闘機はその周囲を飛んで警戒している。
もっとも、A王国の航空戦力を早々に潰し、自分達に危害を加える存在は無いと思っているパイロットに緊張の色は見えなかった。
だが、首都上空の北側を飛んでいた航空機が次々と爆発、墜落していった。
『まさか接近してくるあの八機の航空機の仕業なのか!? ミサイルの射程外だぞ』
『どういう事だ!? ミサイル反応なんて無かったぞ!?』
『こちらもレーダーには何も映っていない。地上からの砲撃でも無い』
『まずは散開しろ! 固まっていると直ぐにやられる』
『うわっ。エンジンがやられた。脱出する』
『なんか一瞬、光ったみたいだぞ』
『光っただと、まさか!?』
『いったい、何で攻撃されてるんだ!?』
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ワルキューレ第一小隊は粒子砲の出力を上げて、かなり遠距離から南欧国連軍への攻撃を行っていた。
『目標をセンターに入れて……スイッチか。まるでゲームだな』
『AAMと違って、着弾までのタイムラグが無いからな。本当にゲームだ』
『ミサイルと違って一瞬で撃墜が確認出来るからな。助かるぜ』
『粒子砲の出力を上げている為にエネルギー消費が激しい。あと三射を行った後は第一小隊は後退し、補給に入る』
『了解。第二小隊は粒子砲の出力を第一小隊の50%に設定せよ。中距離での攻撃を敢行する』
『了解。第一小隊が補給を済ませて戻ってくるまで戦線を維持しておく』
『敵の数は多い。反復攻撃をしないと敵は全て倒せない。油断するなよ!』
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南欧国連軍:現地司令部
自軍の航空機が次々に撃墜されている事で、現地司令部はパニックになっていた。
「どういう事だ? 敵はどんな手段で攻撃している!?」
「分かりません。レーダーにまったく反応しません」
「パイロット達の報告にも、何か飛んで来たのは見えないとあります。唯一、何かが光ったのが見えたという報告ぐらいです」
「光っただと……まさか粒子砲か!?」
「えっ!? 陸戦兵器で粒子砲はまだ実用化されてないと聞いていますが?」
「馬鹿もん! そんな事は知っている。こちらに向かってきている航空機に搭載されている可能性は十分にあるだろう」
「北欧連合が参戦してきたと言うのですか?」
「……北欧連合が参戦してきたのなら【ウルドの弓】で、この司令部が真っ先に狙われる。
北欧連合の新型機が実戦配備されたのかもしれん。
あの八機に向けてありったけの対空ミサイルを撃て! 撃墜出来れば粒子砲の技術が手に入るかも知れん。早くしろ!」
「はっ」
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ワルキューレ:第二小隊
第一小隊は燃料の余裕はまだあったが、粒子砲のエネルギーが尽きた為に後退して補給を行っているところだ。
そして第二小隊が中距離で南欧国連軍の航空機に攻撃を仕掛けようとした時、ワルキューレのレーダーに多数の反応があった。
『レーダー反応多数。対空ミサイルだろう。三十は超えてるぞ』
『全機は各個に対空ミサイルを迎撃せよ。近寄らせるな!』
『『『了解』』』
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南欧国連軍:現地司令部
急遽、こちらに向かっている航空機に対して対空ミサイルが発射されたが、それすらも近づく前に簡単に落とされた事で、
オペレータは悲鳴をあげた。
「駄目です! パトリオット三十六基が僅か十数秒で全て落とされました。敵航空機に近づく事も出来ません!」
「この事を総司令部に連絡しろ! 残った対空ミサイルも全弾発射しろ! 全ての航空機に撤退命令を出せ!」
「は、はい。何だこれは!?」
「どうした!?」
「画面に『ZZZ』の文字が出ています。通信不能、コンピュータの操作不能。ハッキングされました!」
オペレータがいくら操作をしても制御は戻って来なかった。そして画面には『ZZZ』の文字が表示されていた。
それは航空機を含む、南欧国連軍の全てのコンピュータ機器に発生していた。
***********************************
大型トレーラーに乗っている東洋人の少年は、画面に映った金髪の美女と話しをしていた。
『シンに頼まれた通りに、南欧国連軍総司令部のコンピュータをハッキングして、『ZZZ』の文字を流しておいたわよ』
「ありがとう、姉さん。こっちは派遣軍のコンピュータのハッキングが終了したところだよ」
『でも『ZZZ』の文字を出すなんて、後で文句を言われても知らないわよ』
「色が違うし、固有名詞を使って無いから大丈夫でしょ。『XYZ』じゃ別の意味だし。それとウィルスは入れてくれたの」
『勿論よ。初期化しないと使えないくらい徹底的にやったわよ。それくらい当然じゃ無い』
「さすがは『魔女』だね。ありがとう。因みに、次も出来る?」
『セキュリティホールはまだまだ見つけてあるからね。まあ数回程度は大丈夫でしょ』
「これで撃滅宣言信号『ZZZ』が強く印象付けられれば良いんだけどね」
『知ってる人は分かるだろうけど、知らない人はそのままじゃ無いの』
「でも、これで実績が二回、三回と増えていけば、『ZZZ』の文字を見ただけで降伏する場合もあるかも知れないでしょ」
『それはシンの趣味じゃない。まあ好きにすれば』
「まあ、頑張ってみるよ。じゃあね」
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南欧国連軍:現地司令部
コンピュータがハッキングを受け、画面に『ZZZ』の文字が出るだけで何も操作が出来なくなった。
当然、レーダーの反応も表示されない。そして他の部隊との通信もまったく出来なくなってしまった。
司令部は慌てふためいて復旧作業に入ったが、直ぐに復旧など出来はしない。
そこに、紅海方面から飛んで来た巡航ミサイル多数が、現地司令部を直撃した。
弾頭には大型気化爆弾が搭載されている。その大型気化爆弾は爆発して、一瞬のうちに現地司令部と周囲の部隊を消滅させた。
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ミサトの部隊は司令部から突入命令が出るのを待っていたが、敵首都上空の自軍の航空機が次々と落ちていくのを見て、
慌しい雰囲気になっていた。
「落ち着きなさい! 直ぐに移動出来るように準備だけはしておいて!」
「既に突入の準備は出来ていますが?」
「突入じゃ無くて、移動の準備よ。早くして!」
「は、はいっ」
ミサトの勘は危険を訴えていた。だが、突入命令を待っている部隊が、司令部の許可無く勝手に移動など出来はしない。
ミサトに出来たのは移動(撤退)の準備をこっそりとさせる事ぐらいだった。
そしてその行動は皮肉にも報われた。ミサトにしてみれば、当たって欲しく無い勘だったのだが、それは現実のものとなった。
いきなり司令部がある方面に巨大な火柱が立ち上った。
司令部が直撃を受けたのかと慌てふためいた直後、密集している部隊目掛けて多数のロケット砲が一斉に打ち込まれた。
ロケット砲は着弾の直前に分離し、多数の小さい榴弾が広範囲に渡って散布された。
そしてその榴弾は戦車を軽々と貫き、当たった人間は一瞬でミンチとなった。誘爆した弾薬が次々と爆発、炎上していく。
反撃しようにも、コンピュータはハッキングされていて、レーダーは使用不能。どこから攻撃してくるのかも分からない。
そして敵の攻撃を避ける為に隠れようとしても、榴弾はいとも簡単に遮蔽物を貫通する。
何処にも隠れるところなど無い。ただ、自分が攻撃を受けない事を祈る事しか出来なくなってしまったのだ。
周囲がパニックに包まれていくのを見て、ミサトは内心の焦りを隠して、直ぐに命令を出した。
「全員トラックに搭乗。直ぐにここを離れるのよ!」
「他の部隊を見捨ててですか!?」
「司令部が真っ先にやられたのよ。このままじゃこっちがやられるだけよ。撤退して態勢を立て直すのよ。急いで!」
「は、はい」
ミサトの部隊は他の部隊が右往左往する中、真っ先に戦場を離脱していった。そしてその事がミサトの部隊の兵士を救う事に繋がった。
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第四遊撃師団は衛星軌道上からの撮影データを元に、南欧国連軍の密集エリアにロケット砲を次々に打ち込んでいった。
敵(南欧国連軍)の無人偵察機は、ワルキューレによって真っ先に撃ち落とされている。
自分達は敵の位置情報を詳細に得られるが、敵はこちらの位置情報はまったく分からない。
『情報を制する者は世界を制する』とは良く言ったものだと実感していた。
アズライトはロケット砲で南欧国連軍を攻撃する傍ら、敵を包囲しようと配下の戦車部隊に別行動を命じた。
密集地帯にはロケット砲を、密度が薄いエリアの敵は戦車部隊で制圧するつもりだった。
司令部を真っ先に潰され指揮系統が混乱している南欧国連軍に、抵抗する力は残っていないだろうと思われる。
兵力としてはこちらの方が圧倒的に少ないが、南欧国連軍を制圧する事に何ら不安を感じていないアズライトだった。
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南欧国連軍の航空部隊は司令部が真っ先に潰された事で混乱しており、ワルキューレによって次々と撃墜されていった事で、
混乱がピークに達した。
もはやこれまでと思った部隊指揮官により全航空機部隊に撤退命令が出されるが、タイミングが遅かった。
補給を済ませた第一小隊と途中から第三小隊も合流して、南欧軍の航空機が反撃出来ない距離から、粒子砲の滅多打ちに遭ってしまう。
足が速い戦闘機は最初に落とされている。足が遅い攻撃機と爆撃機ではワルキューレから逃げられる術は無い。
それなりに時間は掛かったが、A王国の空から南欧国連軍の航空機は全て姿を消した。
南欧国連軍の地上部隊も、航空機部隊に負けず劣らず悲惨な状態だった。
敵の位置情報が判明しない為に満足な反撃も出来ず、指揮系統が混乱して撤退も容易には進まない。
潰走と表現するに相応しい状況が展開されていった。
そして空の敵がいなくなったワルキューレの部隊は小隊毎に分かれて、南欧軍の撤退する部隊に攻撃を加えていく。
装備が粒子砲のみとあって面制圧には向かないが、ピンポイント攻撃には最適の装備である。
これにより撤退している部隊の戦車、トラックなど多数が撃破され、残骸が散乱している状態を晒す事になった。
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南欧軍が潰走しているのを確認した第四遊撃師団は、追撃を戦車部隊に任せて、歩兵部隊はA王国首都に入っていった。
王宮は完全に破壊され、国王及び国の首脳部は全員が死亡していた。
だが、親衛隊にはそれなりの生存者がおり、国王の廃位と併合申し込みを聞いていた事もあり、第四遊撃師団の指揮下に入り、
治安の回復に努めていた。
後日、中東連合から大掛かりな復旧の手が差し伸べられ、嘗てのA王国の首都は、中東連合有数の都市として生まれ変わる事になる。
まあ、それは後の話しである。
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ミサトの部隊の撤退はスムーズに進んでいた。早いタイミングで撤退を開始した事もあり、遅れて撤退を開始した他の部隊が
バリケードの役割を果たしてくれた事で、第四遊撃師団の追撃を受ける事は無かった。
このままいけば無事に撤退出来ると考えた時、ミサトの部隊はワルキューレの攻撃を受けてしまった。
損害は軽微だったが、使用していたトラックが破壊され使用出来なくなってしまった。その後は装備を捨てて、徒歩で国境を目指した。
だが、数十キロを歩いて疲労困憊状態だったミサトの部隊は、国境を越える寸前に第四遊撃師団に補足され、捕虜となった。
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南欧軍の司令部を最初に殲滅。引き続き航空部隊の殲滅を終えて、現在は潰走している部隊への追撃をワルキューレ部隊は行っていた。
第四遊撃師団が既にA王国首都に入って治安回復活動を開始していると連絡を受けている。
こうなれば、ワルキューレの移動基地である大型トレーラーの管理車両に乗っている少年は特に急ぐ事は無く、ワルキューレの運用上の
問題点レポートの作成に掛かっていた。この運用レポートを北欧連合にいる兄に提出すれば、ワルキューレの改善に繋がる。
実戦での運用実績など普通はそう簡単には得られない。今回は特に大多数の航空機を粒子砲で殲滅した事で得たノウハウは貴重なのだ。
このレポートを受け取った時の反応が楽しみだと考えていた少年に、連絡が入った。
『お忙しいところ申し訳ありません。進路方向の前方四キロほどのところに、墜落したヘリがあると連絡が入りました。
まだ煙をあげており、落ちて間もないと判断されます』
「ヘリですか、今回の戦闘でヘリが使われたとは聞いていません。……もしかすると、避難に使われたかも。捜索の人は出せますか?」
『いえ。もう直ぐ第三小隊が補給に戻ってきますので、余裕はありません』
「……分かりました。本隊は補給準備作業に入って下さい。ボクが行ってみます。ジープを用意して下さい」
『お待ち下さい。シン様自らとは危険です。それなら別の誰かを捜索に出します』
「もう危険はありませんよ。大丈夫です。偶には動かないと身体が鈍りますからね」
そう言って少年は管理車両に搭載されているジープを運転して、ヘリの墜落現場に向かった。(免許は無いが、誰も咎める人はいない)
ヘリには攻撃を受けた形跡は無かった。エンジントラブルの類で墜落したのかと考えた少年は、ヘリに乗り込んだ。
パイロットは頭から血を流して絶命していた。墜落の衝撃なのだろうと思われる。
後部座席には一人の女の子が血塗れで倒れていた。微かな生命反応を感じた少年は、慌てて少女の状態を確認した。
(まずい。既に心臓は止まっている。辛うじて脳死には至っていない状態だ。こんな状況じゃあ、気を流し込んでも無理だ。
ボクの一部を分け与えれば……でもそれをやればこの子の運命は決まってしまう。兄さんと姉さんのように縛って良いものか。
……ええい、死ぬよりかは良いだろう。良く見ればボクと同い年ぐらいだな。まだ人生死ぬには早過ぎる!)
周囲に誰もいない事もあり、少年は自分の一部を少女に与え、そして強制的に復活させた。
そしてその事は、その少女の今後の人生を決定付ける事となる。
血塗れの状態だが辛うじて命を繋いだ少女は、少年によって病院に収容された。
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国連の常任理事国会議で、北欧連合は南欧国連軍が旧A王国を侵略しようとした事を強く糾弾した。
通常、国連軍とは常任理事国会議の承認が無いと動けないのである。
だが、今回は常任理事国会議の承認を得ずに、元所属していた国家政府の要請で南欧国連軍は動いてしまった。
結果が出せれば有耶無耶に出来たろうが、こうも完璧に失敗しては言い繕う事さえ出来ない。
それと、中東連合から南欧軍の虐殺の証拠が提出されていた。
国連軍を名乗る軍が民間人を無差別に虐殺するとは何事かと、南欧国連軍に対して非難が集中した。
これにより、南欧国連軍総司令部に属している高級将官多数が、財産没収の上に市民権剥奪、懲戒免職処分となって追放された。
又、南欧国連軍に出動要請を出した国の政府高官数名は拘束され、裁判を待つ事になった。
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中東連合の捕虜になった南欧軍の兵士は五千人を超えた。一々事情聴取している余裕は無く、自己申告は信用出来るはずも無い。
そこで元A王国市民の虐殺の真実を明白にする為、捕虜全員に自白剤が投与された。
これは明らかに人権侵害であるが、先に人権侵害を犯したのは南欧国連軍だからという理由で、反対意見はほとんど出なかった。
セカンドインパクト以降、かつての世界条約等が守られなくなっていた事も影響している。
そして個々に犯した罪が明白になり、その犯した罪により収容される場所が区別されて待遇も異なった。
最も重い罪、即ち無抵抗の住民を虐殺した罪を犯した者は永久労働を義務付けられ、死ぬまでの重労働が課される事となった。
それ以外においても、それぞれランクに応じた労働が課された。どれもが元A王国の復旧作業である。
それは女でも例外は無かった。
葛城ミサトは日本人であるが南欧軍の士官だったので、強制的に自白剤を投与された。
その結果、通常の戦闘はあったが虐殺には参加していないとの理由から、比較的軽い労働に従事していた。
そして女だけの捕虜収容所で問題が発生した。
女性捕虜は全部でも三百人はいない。ほとんどが医療関係者だったが、一部には戦闘部隊に所属している者もいる。
十二畳程度の部屋に粗末なベッドが用意され、そこで十人ずつに分かれて生活していた。
労働は日の出とともに始まり、日没で終わる。食事は三回。永久労働を課された捕虜と比較すると、かなり恵まれた環境である。
収容当初は多少のトラブルはあったが、それなりの生活だった。
だが、しばらくすると女性捕虜が日没後に一人で連れて行かれ、ボロボロの状態で夜に戻って来る事が繰り返される事になった。
今まで付けられた番号順で、順次連れ出されている。今夜の番はミサトであった。
かなり大きい部屋に連れて行かれ、周囲を屈強な男二十人に囲まれた。全員がニヤニヤと笑い、ミサトの品定めをしている。
そして男達がミサトに襲い掛かった。ミサトの格闘技の技量は高い。高いが男二十人に一斉に襲い掛かられては、どうしようも無い。
必死の抵抗をしたが、殴られ、そして服を剥ぎ取られた。ミサトは口から血を流していたが、まだ目は死んでいなかった。
手足を男達に押さえられて床に伏せられた時、銃を持った十人の男達が入ってきた。
「そこまでだ。全員手を上げて、壁に移動しろ! 我々は第四遊撃師団だ。抵抗すれば射殺する!」
「ま、待ってくれ。俺達は「黙れ! お前達看守が捕虜に暴行を加えた事は判明している。これはれっきとした犯罪だ。覚悟しろ!」
「俺の娘は、こいつらの仲間に乱暴されて殺されたんだぞ! こいつ等は皆殺しにすべきなんだ。これぐらいは良いじゃないか!」
「気持ちは分かるが、認められない。おい、拘束しろ!」
ミサトに襲い掛かった男達は、後から来た兵士に連行されて行った。
ミサトは拘束を解かれると、手で剥き出しになっている胸をすぐに隠した。
助かったと安堵の溜息をついたが、まだ二人が残っている。ミサトはその二人を観察した。
一人はアラブ人だろうが、もう一人は背も低くマントで身体全体を隠して左目に眼帯をしている。年齢がどうにも分からない。
「俺は第四遊撃師団のアズライトだ。今回はこの捕虜収容所で、捕虜が不当な扱いを受けているという情報を確認しに来ただけだ。
二度とこんな事が起きないように看守は交代させておく。
予定では、お前達捕虜は全員では無いが、一週間以内に返還される予定だ。自分の幸運に感謝するんだな」
「返還? 帰れるの?」
「今は南欧諸国と協議中だ。もうすぐ纏まるだろう。他の捕虜にはお前から知らせてやれ」
「ありがとう」
ここから帰れると知ったミサトは、アズライトに礼を言った。帰れると分かれば、一週間程度は我慢出来る。
この事を伝えれば皆が喜ぶだろうと思ったミサトの前に、マントで全身を覆った小柄な男が進み出た。
怪訝に思ったミサトに、その小柄な男は白いハンカチを差し出した。
「あ、ありがとう。あなたの名前は?」
こんな状況で人の親切に触れれば、自然とお礼の言葉も出てくるものだ。ミサトの目から一筋の涙が零れる。
だが、その小柄な男は何も言わずに手を上げて応えただけで、アズライトと一緒に部屋を出て行った。
ミサトが部屋に戻り、第四遊撃師団のアズライトから言われた事を伝えると、部屋に居る全員から歓声が上がった。
そしてアズライトが『中東の悪魔』と呼ばれており、南欧国連軍を潰走させた第四遊撃師団の師団長である事を知った。
片目の男が『中東の悪魔』の腹心であった事もだ。それはミサトの脳裏に刻まれ、数年後に再び思い出す事になるのだった。
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中東連合は捕虜の扱いをどうするか、悩んでいた。
市民を虐殺した兵士については同情の余地は無く、死ぬまでの重労働は当然だと思っている。
人手が欲しいところもあるし、使い潰せる労働力はどんどん使うべきだと思っている。
虐殺を行った人間の人権など考慮する必要性は無いという考えだ。
虐殺に関係した人数が少なかったのも、気にしない理由の一つだろう。
だが、普通の兵士は全体の七割を占め、いずれは捕虜返還要求が来るだろうと予想していた。
そこで捕虜のリストを作成し、捕虜返還交渉を南欧諸国との交渉中に問題が発生した。
南欧諸国に渡した捕虜のリストがどこかから洩れて、マスコミに公表されてしまったのである。
ただ、マスコミが発表しただけなら良い。それを南欧諸国のある市民団体が取り上げ、声明を発表した。
「中東連合は捕虜を不当に扱っている。捕虜は南欧国連軍の将官であり、士官であり、兵士である。
我等が市民の父であり、夫であり、子供でもある。彼らの名誉と人権は守られるべき物だ。
中東連合は早急に捕虜全員を解放すべきだろう」
声明を出した市民団体は、南欧諸国の中東連合大使館前で大掛かりなデモを行った。
中東連合と捕虜返還の交渉を行っていた南欧諸国政府は、この市民団体の行動に慌てふためいた。
交渉がそろそろ纏めるかと思っていたところに、この市民団体の動きがあったのだ。マスコミでも大きく取り上げられた。
南欧諸国政府は、この市民団体の動きで中東連合の態度が硬化するのでは無いかという危惧を抱いたのだ。
案の定、中東連合は激怒し、一般市民を虐殺した状況を自白するシーン(自白剤を使用)を南欧向けにTVで放送した。
『捕虜の自白シーンを見たように、彼らは我々アラブ人を人とは思っておらず、自分達のみが正しいと信じている。
僅か九歳の少女を襲った兵士に何の名誉があるのか。幼子と一緒に母親を射殺した兵士に何の人権があるのか。
かつての十字軍のように、異教徒は抹殺されるべきだと考えているのだ。
このような輩の名誉とか人権を、我が国は認める事は出来ない。故に、捕虜返還交渉は停止する。
返還交渉を再開したくば、我々に対して不当な要求を行った市民団体のメンバー全員を引き渡す事を要求する!』
中東連合の報道官は、怒りで顔を真っ赤にして怒鳴りつけるようにTVで声明を発表した。
中東連合にしてみれば、南欧諸国と進んで争うつもりは無かったが、南欧のルールを押し付けられるぐらいなら徹底的に闘うという
態度を表明したのだ。もっとも、石油の半分以上を中東連合から輸入している南欧諸国に、中東連合と戦争しようという意思は無い。
何より、中東連合に戦争を仕掛けた場合は、北欧連合が絶対に介入してくる。
その場合は対抗手段が存在せず、負けるのが分かりきっている。そんな選択肢を選ぶつもりは無かった。
それに、ある組織から絶対に捕虜返還を行えと、南欧諸国政府に命令が出ている。
中東連合と南欧諸国は、妥当と思われる条件で捕虜返還を行うつもりだったのだが、市民団体の横槍の為に交渉が停止してしまった。
問題の市民団体は捕虜が虐殺を自白をするシーンを見て、そして中東連合の強行姿勢が自分達に向けられているのを知って、
急いで声明を撤回したが時は既に遅く、中東連合は態度を変える事は無かった。
南欧諸国政府は市民団体を苦々しく思っていたが、民主主義政府の建前もあって、市民団体のメンバーを引き渡す事など出来はしない。
その為、中東連合に何回も謝罪をし、捕虜返還時の対価を三倍に引き上げる事で事態の収拾に努めた。
結果、捕虜返還は予定より少し遅れたが、無事に実施された。
もっとも、虐殺を行った捕虜は永久労働が決まっている為に、返還の対象には含まれていない。
あくまで普通に戦った兵士達が捕虜返還で、祖国に戻る事が出来たのである。
後日、中東連合との捕虜返還交渉を妨害したとして、その市民団体のメンバーは現地警察によって逮捕される事となった。
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ゼーレの会合
先に行われた南欧国連軍のA王国侵攻に関しての総括会議を行っていた。
『配下に命じて南欧の国境近くの村を襲わせたのが、無駄になったな』
『それどころでは無い。南欧国連軍の戦力は壊滅状態だ。再建が思いやられる』
『A王国の石油を手に入れ損なった。準備した資材は全て無駄になってしまった。莫大な損金だ』
『囚人部隊で薬物による洗脳効果が確認出来た。使徒のサンプルを投与した囚人は、駄目だったな』
『今回の件は、中東連合の勢力を増やしただけだったな。北欧連合の手の内が、少しは分かったのが救いか』
A王国の石油を手に入れ、且つ中東連合への睨みを利かせようと目論んだ計画だったが、結局は失敗して多大な負債が発生した。
だが、僅かなりとも得た物もある。それを有効に活用して次に活かせれば良いと出席者全員が考えていた。
『北欧連合の新型戦闘機が中東連合に配備された。あの戦闘能力は脅威だ。何としても情報を入手する必要がある』
『既に諜報部には指示を出してある。それに偵察能力に問題があると再確認出来た。やはり監視衛星が無いと、情報戦に遅れをとる』
『現状では衛星軌道上の戦力はまったく無い。今から整備しても間に合わない』
『とは言っても、北欧連合に戦争を仕掛ける訳にもいくまい』
『それは分かっている。軍事力だけを見た場合、相打ちに持ち込めるかも怪しいところだ。経済戦争なら余裕で勝てるのだがな』
『これ以上中東連合を刺激すると北欧連合が出てくる可能性がある。日本での計画は着々と進行しているが、北欧連合が出てくると
想定外の事態が発生する事もありえるだろう。中東方面の行動は見合わせた方が無難かもしれぬ』
『確かに』
『葛城の娘が無事に戻って来た。あれだけの惨敗でも生き延びられたという事は、天運があると思って良かろう。
やはりあの計画に参加させねばならぬ』
『だが、報告では精神が不安定になっているという。再度、教育を行う必要があるだろう』
『うむ』
当初は予定していなかった再教育が、ミサトに施される事になった。
その事が今後の状況にどう影響してくるかは、この時は誰も分からなかった。
**********************************************************************
中東連合:野戦病院
ミーシャは病院のベットの上で目を覚ました。見覚えが無い場所であり、今までの経緯を思い出していた。
(そうだわ。お父様に言われて王宮をヘリで脱出したのよね。それでエンジントラブルが起きて……墜落した。
激痛で意識を失って…………何でこんなとこに居るんだろう? そうだ! お父様はどうなったの!?)
ドアがノックされ、白衣を着た少年が入ってきた。東洋人だと思う。年代は自分と同じぐらい。
黒髪、黒目、いや、左目は紫だ。誰かと考えつつ、声を出した
「あたしはミーシャ・スラード。ここは何処ですか? 貴方が私を助けてくれたのですか?」
「ボクは……」
ミーシャという少女は少年のある力の一部を分け与えられ、これからの人生を少年と一緒に歩む運命を定められた。
その運命の始まった瞬間だった。
To be continued...
(2011.11.20 初版)
(2012.07.08 改訂一版)
(あとがき)
ミーシャとの出会いとワルキューレのデビュー戦を書いてみました。それと全体情勢の補足を含めています。
まあ戦記ぽいのを書いてみたい気持ちが、ぶり返したのもありますが。
『ZZZ』はお遊びで入れました。本編でも使うつもりですので、その布石の意味を含めました。
外伝は後一つ途中のがあるんですが、クロスオーバーになってしまう事に気がついてどうしようか迷っています。
謎の一つに絡めてある設定なんで、公開した方が良いのか、そのまま進めた方が良いのか、どうしましょうかね。
もう少し考えてみます。
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