因果応報、その果てには

宇宙暦0015
T

presented by えっくん様


 作者注. 拙作は暇潰し小説ですが、アンチを読んで不快に感じるような方は、読まないように御願いします。

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『私はスペースコロニーの自治領主であるミハイル・ロックフォードです。

 あの大災厄から三ヶ月経ちましたが、地球各地で寒冷化現象が進んでいます。

 この状況が進めば数年のうちには地上には人類は住めなくなる可能性があります。

 地下に居住空間を求めるか、スペースコロニーに移住するか、その二つしか選択肢は無いでしょう。

 現在のコロニー二基の最大収容人口は約六百万人。現在の人口は約二百万人ですから余裕は約四百万人。

 これを内部を急遽改造して、最大収容人口を二基で八百万人まで増やします。

 地上で生活困難になった本国や同盟国、友好国の人達を受け入れます。

 ですが、スペースコロニーは密閉空間です。今までの生活とは違う事は覚悟しておいて下さい。

 ゴミ一つ例に取っても、地上では不法投棄は本来は拙いですが少々の事は何処の国でもあるでしょう。

 ですが密閉空間である此処では全てリサイクル、又は廃棄処分にする必要があるのです。

 木は貴重な酸素供給源です。不法伐採は厳しく罰せられます。

 勝手にゴミを燃やして大量の酸素を使うと、皆さんの生活環境に悪影響が出る事も十分想定されます。

 湖では魚貝類の養殖事業を行っていますので、浄化処理していない廃液を勝手に垂れ流す事など認める訳にはいきません。

 それらの違反を犯した場合は、居住民全員にダメージとして跳ね返ってくるのです。

 住居などの生活環境は保証しますが、地上とは比較にならない厳しい規則が待っています。

 ですから規則を守れない人達は御遠慮下さい。自治領に来ても、規則を守らない人達は追放処分にします。

 基本的人権は守りますが、少数の為に多数の権利や安全が侵される場合は容赦無く罰します。

 国籍も自治領籍に変える必要があり、一般的な民主主義ではありません。ある程度は統制された制限の下で暮らしていただきます。

 今までの常識は自治領では通用しないと覚悟して下さい。最初に此処に移住して来られた人達には研修で納得して貰っています。

 これから来る人達には研修を行っている余裕は無いでしょう。ですから最初から厳しく通告しておきます。

 我々の自治領は人類の存続を第一に考えます。それに悪影響を与えない限りは、各人の権利は守ります。

 ですが、少数の権利を守る為に全体に悪影響が及ぶと判断された場合は、個人的人権に配慮は行いません。厳しい処罰を行います。

 又、生活保護などの制度はありません。大人ならば、必ず何らかの仕事をする義務があります。

 事故で身体に支障が出た人であっても、こちらが指定する仕事を行って頂きます。こちらでは遊んで暮らせる余裕はありません。

 如何に財産を持っていても、此処では使えません。有限な空間、資源、食料。これらを分け合って生きていかないといけないのです。

 これに納得出来る人だけを受け入れます。選出は各国政府にお任せします。各国の受入枠は検討して近日中には御連絡します。

 繰り返し申し上げますが、我々は人類の存続を第一に考えています。その事に同意出来る人達だけを受け入れます』


 大災厄の三ヵ月後、地上の気候が激変して地上に人類が住めなくなる日も近いと判断され、対策をどうするか国際会議が行われた後に

 正式にTV報道された時のミハイルの演説内容だった。生き残った各国に全て放映され、この報道を元に大移住計画が実行される事になった。

 二週間後、生き残った各国には移住受入枠が通知され、各国家単位の生活環境が維持出来るように最低限の労働力が期待された。

 子供だけでも困るし、ある程度の大人は必要である。それにスペースコロニー内で求められる職業ごとの人数の割り振りもある。

 生産活動だけで無く、娯楽や教育や医療、様々な分野の人材が各国に求められた。

 ミハイルが一番危惧したのは自治領のモラルハザードであった。

 その為に選出には協調性や人格を重視するように各国に求めたが、誰でも生き残るのに必死だった事もあって、受け入れたく無いと

 考えているような人間まで紛れ込む事となってしまった。

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 隕石群による大災厄の直後は、各地で異常気象が次々に発生した。大雨、季節外れの台風、突然発生する雷や竜巻などである。

 各地で気温の低下が観測され、残っていた気象観測機器のデータ解析の結果、地球が寒冷化していると結論された。

 隕石群で無傷な国家は無かったが、それでもある程度のインフラは稼動しており、ネットも健在であった。

 そして正式に地球の寒冷化が発生していると発表され、ミハイルの自治領の拡大受入が発表されると大騒ぎになった。


『あの隕石群から生き延びたのに、今度は地球の寒冷化だと!? 神も仏も居ないのか!?』

『発表だと人類の人口の九割以上が失われたんだ。これで人類も滅亡するのか?』

『馬鹿を言うな! 政府は地下の居住エリアを整備する計画を発表した。それにスペースコロニーがある。人類は滅亡はしない!』

『とは言っても、国民全員の収容は出来ないんだろう。政府の報道官も苦しい表情で言っていたしな』

『問題は何処まで寒冷化するかだ。最近の異常気象もあるが、農産物の生産量はガタ落ちの見込みだ。これじゃあ食料不足が起きるぞ』

『旧ネルフ支持国は全て滅びたそうだしな。僅かな生き残りが居ても、地球が寒冷化すれば生き延びるのは無理だろう』

『第三新東京の地下空間を整備して、十万人以上の生活空間を確保すると言ってたけど、食料も大丈夫なのか?

 諸外国も滅んだ国が多くて、貿易が出来る状態じゃ無い。このままだと資源とエネルギーが不足する』

『資源についてはどうしようも無いが、エネルギーだけは富士核融合炉発電施設があるからな。燃料を輸入しなくても電力は確保出来る。

 電気暖房の面では一安心だな』

『今まで熱帯気候だった日本が暖房の心配をするなんてな。世も末だ』

『政府はジオフロントの再開発を進めるつもりだ。その為に予定されていたネルフ関係者の裁判も中止になったそうだ。

 今は争う時じゃ無くて、日本民族の総力を挙げて生き延びる努力をするべきだってな』

『どうせ生き残った日本人全部が入れる事は無いんだろう?』

『ああ。それについては報道官も口を濁していたしな。それとスペースコロニーへの移住プロジェクトを急ぐらしい。

 移住者選別委員会が設立されたそうだ』

『俺もそのニュースは聞いた。でも、どうやって申し込むんだ? 何か情報を知っているか?』

『いや、公募すると収拾がつかなくなるから極秘に選別するらしい。日本に割り当てられたのは百万人。

 それを移住者選別委員会が選ぶらしい。それに各地の博物館や美術館から、移住者と一緒に持ち込む文化財の集約が始まった』

『選別基準は何かあるのか!? あそこに行けば安泰な生活が約束されるんだろう』

『さあな。それは極秘に進めるらしい。もっともミハイル自治領主のTV発表を見たろう。かなり規制は厳しいらしい。

 行くも地獄、残るも地獄かもな。それに今更制限が多い窮屈な生活をするのも考え物だ』

『それでもこのまま日本に残って不安な毎日を過ごすより、新天地に行ってみたいさ』


 大災厄から三ヵ月後の日本は甚大な被害を受けていたが、それでも復旧は徐々に進んでいた。

 だが、地球全体が寒冷化するとなると、これからの生活が出来るのか不安が漂った。

 人類の九割以上が失われ、近隣諸国も多くの国が滅亡していたのだ。精神的にも各地の住民にかなりのストレスが掛かっていた。

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 日本政府は地球の寒冷化が決定的な事実になったとして、ミハイルの受入枠の拡大の発表を受けて移住者選別委員会を立ち上げた。

 メンバーは十人。もっとも、十人で百万人を選別出来るはずも無い。選別基準の方針と下部組織の立ち上げが早急に望まれていた。

 そして移住者選別委員会のメンバーの十人は会議室で激論を交していた。


「ミハイル自治領主からの連絡では、日本の受入枠は百万人だ。これを我々だけで選べるはずも無い。

 各人が信頼するメンバーを選出して、その人らに選ばせるべきだな」

「そうだな。だが、選別の方針は我々が決める必要がある。それも一部の人間に偏らないように注意してな。

 様々な職種の人材を選び、日本人だけで単独の生活圏を構成出来るような人材を揃える必要がある。

 それにマスコミ関係者や教育関係者には厳しい制限がある。まあ、ネルフの特別宣言【A−19】の適応になった輩は最初から除外だな。

 それとマナー違反が多い人間や、言葉遣いの悪い人間、協調性が無い人間も除外しなくてはな。特にネット中毒者は要注意だ。

 彼らを送り込んで問題を起こしたら、自治領で日本人の排斥運動が起きかねない」

「色々な職能を持った人達か。子供は当然含めるが、ある程度の年齢制限も掛けなくてはな。寝たきりの病人はさすがに送り込めない。

 特殊技能を持った人なら高齢でも認めるべきだろうな。若い家族が居る事が条件になるが」

「職人芸と呼ばれるような技能を持った人、日本の文化の造詣が深い人、高度な技術を持った人か。

 選ぶにも苦労はするな。もっとも、人格もきちんと確認する事が必要だ。いくら技術があっても、問題を起こすようでは困るからな」

「それと通達があったように、自治領には円は持ち込めない。あそこで円を持っても使えるはずも無いしな。

 支度金を準備してくれるそうだが、後は全て各自が稼がなくては為らないそうだ。子供は別だが、大人は働ける事が第一条件だな」

「つまりは日本国内で金持ちであっても、あそこに行けばただの労働者だって事か。資本主義が通用しないという事か」

「あそこの資源もエネルギーも有限だからな。無駄遣いをする余裕は無いんだろう。統制された社会主義の世界だ」

「幸いと言っては何だが、出身国単位の生活エリアを準備してくれるそうだ。代表者の選挙も可能で、最低限の民主主義は維持出来る。

 もっとも、人権はある程度は制限されそうだ。まずは生き延びる事が最優先だからな」


 ミハイルの指示の下、移住する人選の大まかな条件は各国に伝えられていた。

 そして同時に各国に許容出来る限りの生活必需品の提供も求めていた。いきなり人口が増えるので準備が間に合わないという理由もある。

 その件については各国も納得して、色々な生活必需品を集約し始めていた。


「人選の件だが、まずは働ける事を条件に各分野の優秀な能力を持った技術者を優先。そして配偶者や子供がいる家庭を優先だな。

 それ以外にも日本文化の継承を担って貰うから、各地の貴重な文化財や美術品も出来る限りは出したい」

「それは手配を進めている。それと日本民族の象徴として皇室からも行っていただく必要がある。

 後で折衝するとして、民族の象徴がいれば纏まり易いしな」

「そうだな。北欧連合と中東連合の王族も特別待遇で受け入れるという事だ。日本の皇室も特別待遇で受け入れてくれるからな」

「王族や皇族を出せるのは三ヶ国だけだな。後の生き残った国家に王族は居ないから、他との差別化が出来るだろう」

「国内には外国の国籍を持っている人間も多いが、それらは除外する必要があるな。これはあくまで日本民族の救済の為だからな」

「当然だ。こんな事態になって平等主義など通用するものか。まずは日本民族を存続させる事が最優先だ。

 日本人全員を救えないのに、多国籍の住民を移住させられる訳が無い。抗議はあるだろうが、強制的に排除するべきだろう」

「それとネルフ関係者の受入は出来ないと通達があったな」

「今までの経緯を考えれば妥当だろうな。それにネルフ関係者はジオフロントの再開発に従事する事が決定されている。

 どの道、彼らは移住を許可されない事は決まっている」

「では移住者を選別する移住審査員の選定に入ろう」


 こうして日本では移住者の選別、それと色々な生活必需品と文化財の集約が慌しく行われた。

 移住者の選別は移住審査員によって行われたが、人数が百万人と膨大であった事から、指針に従った100%の選別は無理だった。

 この為に、少数だが本来は移住を許可されない要因を持った人間が移住者に紛れ込む事になってしまった。

 又、財産等を持ち込めない事に難色を示す者や、不平等な選別にクレームをつける者、色々な問題が発生していた。

 とはいえ、全ての国民の要望を聞くなど無理で、ある程度は移住者選別委員会は強権を使って対応していた。

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 中東連合、日本、その他の友好国から移住者、それと準備された生活必需品、文化財などが船便で移住拠点である北欧連合の離れ小島に

 送り込まれた。そこにはロックフォード財団が移住準備の為に用意した研修施設がある。

 移住者はその施設で研修を受ける事となっていた。尤も緊急事態と言う事で、本来の研修期間を短縮して一日だけの研修だった。

 その後に自治領に移住する。以前に此処から飛び立った移民輸送船の映像を見ていた人間は、これからスペースコロニーに行くと

 言うのに、空港に移民輸送船が無い事に不安を感じていた。


「おい。以前のTV報道で此処から飛び立った移民輸送船を見たけど、何も無いよな。これでどうやってスペースコロニーに行くんだ?」

「俺に聞くなよ。それより、あの大きな壁二枚は何だろうな。滑走路の端のほうにあるやつだよ」

「見た事も無いな。その手前に大型トレーラーが五十台以上も並んでいるけど、何をするつもりだ?」

「あの大型トレーラーのコンテナに生活必需品や文化財、美術品が入っているんだろう」

「あっ。大型トレーラーが動き出したぞ。あの壁に挟まれた場所に向かっている。あの先は何も無いのに、どういうつもりだ?」


 自治領に移住するのを待っている人達が見守る中、大きな二枚の壁の間に大型トレーラーが移動して、そして消えて行った。

 しかも一台だけでは無く、続々と大型トレーラーは移動を開始して、何も無いはずの空間に消えていった。

 驚く人達に空港の管制室からの放送が届いた。


『あなた達が見たのは亜空間転送システムです。シン・ロックフォード博士の遺産ですが、今回はこれを利用してスペースコロニーに物資を

 送り込んでいます。あなた達もこれを使って移住して貰います。今までも何度も使用しており、危険はありません。

 あの大型トレーラーを自治領に送り込んだら、今度はあなた方を送り込みます。もう少し待って下さい』

「亜空間転送システムだと!? あの魔術師が最後に言っていたやつか! それがこんな大規模に使えるのか!?」

「あの先がもうスペースコロニーだって言うのか!? 確かに効率的に輸送出来るな。凄い技術革命だぞ!」

「遺産と言っていたが、ちゃんとメンテナンス出来るのかな?」

「さあな。でも、あれを使えば数百万人だろうと短時間でスペースコロニーに送り込める。凄い!」


 計画では約五百万もの人員をスペースコロニーに送り込む事となっていた。

 研修を最低限に済ませても、短時間で移住が終わる訳も無い。受け入れ先の問題もある。

 そして約二年をかけて、当初の予定の人員を送り込んだ。その頃にはこの離れ小島には雪が積もるようになっていた。

 移住予定者を全て送り込むと、亜空間転送システムは稼動を停止した。管制システムも全て撤去された。

 この技術を残しておくと、万が一の時には自治領に甚大な被害を与える事もあるからという理由がある。

 進み過ぎた技術は諸刃の刃だ。メリットはあるが、悪用された場合のデメリットも大きい。

 こうして亜空間転送技術は自治領への移住には使用されたが、公式には再稼動する事無く封印された。

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 大災厄から約二年後、自治領へ予定した移住者は全て送り込めた。そして地球では寒冷化が徐々に進んでいた。

 此処までくると、異常気象が続いている事もあって地上で暮らせなくなる事に市民は不安を抱いていた。

 残るは地下エリアしか生活圏は無いと一般に認識されていた。

 とは言っても、残った人口全てを収容出来る設備など簡単に用意出来るはずも無い。

 食料不足が顕在化して、力ずくで奪うなどの問題が発生。各地で治安は徐々に悪化していた。


 地下の生活圏が確保出来るのは、北欧連合、中東連合、日本の三ヶ国のみだった。

 その他の北欧連合の友好国には細々と援助の手が差し伸べられていたが、限度があって滅亡は時間の問題だった。

 それでも数十万人規模の同胞を自治領に送り込めた事から救いはあっただろう。

 もっとも、今は滅んだ某国の怨念とも言うべき計画が実行されて招かざる多くの市民が移住したが、混乱に紛れて発覚する事は無かった。


 嘗てのネルフ支持国は見る影も無かった。迎撃手段が無かった事から隕石による甚大な被害を受けて、政府機関が生き残った国は無かった。

 少数の人間が幸運に恵まれて生き残ったが、その後に幸運の女神が微笑む事は無かった。

 政府機関が消滅したので、何処からも救助は来ない。そして食料や燃料は有限であるし、補充の見込みは無い。使い切ったら終わりだ。

 情報も無く、他に生き残った人達がいるのかさえも分からない。

 そんな不安を抱えた状態で生活していたが、やがて食料や燃料が尽きると次々に息絶えていった。

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 宇宙歴0015年。

 輸送VTOL機の窓から見渡す限り、雪が降り積もった白い大地しか見えなかった。外気温度はマイナス二十度だ。

 現在は8月。北半球なら夏の季節だが、それは過去の事だった。今では地球のほぼ全土が、一年中通して雪と氷に覆われていた。

 そんなところに放置されて生き延びる事など、普通の人間には出来はしない。

 それが自分の身に降り掛かってくる事を悟った拘束された五人は、顔を青褪めて大声で喚きだした。


「もう二度と悪い事はしない! だから追放はしないでくれ!」

「ほんの出来心だったんだ! 最後のチャンスをくれ! 未遂だったから罪は軽いはずだ!」

「あんなところに追放されたら、あっという間に凍死してしまう! 御願いだから戻してくれ!」

「俺を追放すると言うのか!? 人類の損失になるぞ! 考え直せ!」

「あんな女一人ぐらいより、俺の方がよっぽど価値があるんだ! だから助けてくれ!」


 騒ぐ五人に周囲の兵士の冷たい視線が注がれた。これ以上騒げば、地上に降ろす事無くVTOLから突き落とすつもりだった。

 その許可は上司から貰っている。見せしめの為にも、罪を犯せば厳罰が下ると周知させる為だった。


「黙れ!! お前達は罪を犯したんだ! 最初から罪を犯せば厳しい処置が下ると言われていたろう! 後悔しても遅いんだ!」

「一応、三日分の食料と防寒着を用意してやったんだ。後は自力で生き延びろ!」

「罪を犯さなければ平穏に暮らせたものを。最後はお前達の祖国に帰してやるんだ。感謝するんだな!」

「この先の海を渡れば日本だ。あそこに行けば地下で暮らせるかも知れない。精々、頑張るんだな」

「元々、虚偽申告しての移住だったんだからな。周囲とトラブルばっかり起こしやがって、追放は当然だ!

 トラブルメーカーはさっさと自分の祖国へ帰れ!」


 拘束されて騒ぐ五人の追放者と兵士の様子を、輸送VTOLに同乗している報道関係者が生中継していた。


「自治領の視聴者の皆様。これから『U』の日本エリアで婦女暴行未遂を犯した五人の追放処置が行われます。

 これは評議会の意向で、公開処刑になります。確認したところ、彼らは本来なら移住を許可されない国籍でした。

 移住審査官を誤魔化して、まんまと紛れ込んだとの事です。

 婦女暴行未遂以外にも、周囲と何度もトラブルを起こしていた事から今回の正式な追放処置が決まりました。

 評議会は犯罪者には断固たる処置を下すと声明が出されています」


 やがて輸送VTOLは積もった雪を吹き飛ばしながら陸地に着陸した。周囲には二メートル以上の雪の壁がある。

 そしてドアが開かれ、凍てつく空気が輸送VTOL内に流れ込んだ。

 だが、兵士達は何時もの事と割り切って、泣き叫ぶ追放者五人を外に追い出した。

 雪の大地に放り出された五人は、慌てて輸送VTOLに駆け寄ったが直ぐにドアは閉じられた。

 泣き叫ぶ五人など眼中に無いかのように、輸送VTOLは上昇を開始した。

 その五人の様子はTVカメラによって、自治領全域に生放映されていた。

 地球への犯罪者の追放処置は今回が初めてでは無かった。再犯の可能性が高いと判断された犯罪者の追放処置は何度と無く行われていた。

 市民の権利を剥奪して小惑星帯の資源採掘にでも使えば良いという意見もあったが、現在は作業用ロボットが行っている。

 人が行えば効率も悪く、空気や食料などを大量に準備しなくてはならない。

 拘置所の収容人員数も多くは無く、その間にも食事等の負担は発生する。そんな経費が掛かる事をする気は無かった。

 これらの見せしめもあって、自治領の犯罪発生率は低く抑えられていたが、根絶するには至らなかった。

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 自治領では基本的に個人住宅は無く、全てがマンション等の集合住宅である。

 それなりに設備は整っており、基本的には全住民の清潔な生活が出来る環境が整っている。スラムなどの汚れた生活空間などは無かった。

 だが、裏を見ればゴミ処理や汚泥処理などの汚れる仕事がある。初期の頃は高給でやり手を探していたが、人は中々集まらない。

 その為に、情状酌量の余地があって再犯の可能性が低い軽犯罪者を、期間限定で汚れ仕事に従事させていた。

 一般の人が立ち入る事がほとんど無い、ゴミ処理施設で働いている三人の男達は休憩室で疲れた身体を休めていた。


「スペースコロニーで近代的な生活が送れると思っていたけど、こんな臭くて汚い仕事場もあるんだな」

「そりゃあ人間が生活するからには必ずゴミは出る。それを処理する施設があるのは当然だろう」

「全て自動にすりゃあ良いんだ! 何も俺達がこんな汚れるような事はしなくて良い筈だ! 臭くてたまらない!」

「それが出来れば良いんだがな。ここは本来は紙等の燃えるゴミ専用の焼却施設だが、中には燃えないゴミが混じっているだろう。

 少なければ問題は無いが、多いと焼却炉の劣化になるんだ。そういう細かい作業は自動には出来ないんだろうな」

「……少しぐらいならと思ってルールを守らない奴らが多いから、俺達の仕事が楽には為らないのか?」

「ゴミ出しのルールを守らない程度で犯罪者には為らないがな。何処にも、その程度のルール破りをする人間はいる。

 一人がほんのちょっと駄目なゴミを混ぜるぐらいなら良いが、それが大勢の人がやるとこんな事態になるんだよ」

「はあ。あと三年はこの仕事を続けなくてはならないのか。嫌になるよな」

「俺はマニュアルを無視して設備を動かして、工場に大きな被害を与えたから罰で此処に来た。お前は何をやったんだ?」

「……電気自動車を改造して、自動運転モードを無理やり解除して運転したんだ。そしたらミスって自爆した。

 人身事故じゃ無かったが、電気自動車の違法改造の罪だよ」

「俺は好奇心から立ち入り禁止エリアに入ったんだ。そのくらいは見逃せって抗議したけど、駄目だったよ」

「三年のペナルティはあるが、その後は元に戻るんだ。お互いそのぐらいは我慢しようぜ」

「軽犯罪を犯した奴らは多い。三年と待たずに交代できる可能性もあるからな。こんな事で追放処分にされたら堪らないからな」

「おいおい、冗談でもきついぞ。追放処分は死刑処理と同じだからな。見せしめでTV報道されたくは無い」

「今まで十件以上もあったな」

「正確に言えば、十四件だ。どれも更生の見込みが無いと判断された奴らばかりだ。そんな奴らの仲間入りはしたくは無い」

「まったくだ。人間が生きられるのは、此処と地球では地下空間だけだからな。追放イコール死亡だ。少しぐらいは我慢しないとな」

「我慢すれば、そのうちに良い事もあるさ。その辛抱が出来ない奴は生き残れないだけだ」

「おい。そろそろ休憩時間も終わりだ。仕事に行くぞ」


 仕事をサボっていると、さらにペナルティが科せられる。それを知っていたいる三人の男達は、慌てて職場に戻っていった。

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 自治領の人口構成は、子供が多かった。その為に一定の年齢以上であれば、労働の義務を負う事になっている。

 自動化が進んでいたが完全な無人工場は無く、一部の工場では二十四時間体制で稼動していた。

 それらの工場は全て施設管理局の管轄下にあり、予め定められた種類の製品の製造を行っていた。

 一部には民間に解放して欲しいとか、競争原理を認めないのかという異議があったが、限られた物資やエネルギーを有効に使う為には

 需要がある製品を無駄無く製造する必要があった。確かに市場原理や競争原理を導入すれば、より良い製品が出来上がるだろう。

 だが競争に負けた場合、つまり評判や性能が悪い製品は売れ残りとして処分される。

 製造するには原材料、それに電気や加工賃などの費用が掛かるが、それらが何ら益を生み出す訳でも無く廃棄される。

 そんな無駄が許される環境は無かった。まずは限られた資源やエネルギーを無駄無く活用する事が優先されていた。

 生産される製品の種類も限定され、色のバリエーションはあったが無駄に高機能を付加するなどの追加作業は行われてはいない。

 ある電気自動車生産工場で、同じ種類の製品しか生産しない事を面白くないと感じる担当者達が話し合っていた。


「確かに生産品種の電気自動車には今まで以上の技術が使われて良い物である事は認めるが、同じ品種だけを造るんじゃ面白くないな」

「そう言うな。以前のように競争して良い物を造っても、負けた場合は資源が無駄に消費されるんだ。

 ここでそんな無駄使いが許されるはずも無い。まずは生き延びる事を考えなくてはな」

「それは分かっているんだが、工場側で勝手に改造するなと言われているんだ。技術者としては面白くは無い」

「工程の無駄や効率アップの改善は申請して許可されれば、実行に移せる。製品の改造についても同じだ。

 お前は空を飛べるような車を造りたいと申請したろう。此処で、そんな無駄な事が認められる訳が無いだろう」

技術者のロマンだ!

「ロマンで飯は食えないんだ! 少しは大人に為れ!」


 民主主義国家で市場原理を導入している国家であれば、競争原理が働くのは当然であった。

 だが、余裕も無い自治領では無いと不便な製品を造るのは当然と考えていたが、あるものをより高性能にという事は

 資源とエネルギーの有効活用の意味から避けられていた。食料も同じ扱いである。

 安く作るという事は奨励されていたが、大量に作って利益をあげるという考え方は資源浪費という理由から認められていなかった。

 早食い大会とか、大食い大会などは一度として開催はされてはいない。

 それらの規制に関して、大部分の市民達は不満は持っても我慢するぐらいの節度は持っていた。

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 大災厄の後、本国以外からも大量の移民を自治領は受け入れた。

 各国からは移住後も独自性を保ちたいという理由から高度な自治権を求められたが、密閉空間で価値観が異なる集団が多くては

 対立の原因になるという理由から自治領主のミハイルは要求を拒否。

 出身国毎の生活ブロックを用意する事と、10万人辺りに一人の代表を選挙で選んで自治政府を運営させるという妥協案を提示した。

 住居から生活環境全てに渡って、構築物や設備の所有権はミハイル側にある。無理は言えないとして各国はミハイルの妥協案を呑んだ。

 そして出身国毎の生活ブロック内は、選出された評議員をトップとする小自治組織を頂点として運営されていた。

 全ての生産工場は施設管理局の管轄下であり、そこからの製品を購入する。その後の分配等は小自治組織の管轄だった。

 エリア別の警察や下級裁判所等の公営機関も小自治組織で運営する。内政の最高機関としては各小自治組織の代表が集まった評議会。

 それと人数が絞られた上級評議会で運営されている。何か問題があった場合は評議会や上級評議会で議論され、問題が解決されていた。

 自治領主ミハイル直轄の治安維持局や最終裁判所があったが、基本的には小自治組織内でトラブルを収める事が通例となっていた。


 教育に関しては自治領で統一した内容を実施する事にしていた。出身国毎に教育内容が異なっていては、トラブルの原因になる。

 何処の国も御国自慢はあるだろうが、それらを一々認めていては埒があかない。

 そこは北欧連合で使用していた歴史教育や道徳教育を行う事が決定された。

 そして今回の大災厄を招いた原因と目された独善的な価値観は徹底的に否定された。

 根拠が無いのに相手を非難して謝罪と賠償を求めたり、相手を根拠無く貶める行為は恥ずべきもの。

 自らの正当性を虚偽主張して相手の譲歩を要求した各国を題材にして、それらは忌むべきとの教育が子供達全員に対して行われた。

 個人的な行動に関しても助け合うのが常識で、人を騙したり、路上に倒れた人を助けずに放置するのは恥。

 さらには助けた人を逆に訴えるなどは恥知らず、という道徳が徹底して子供達に教え込まれていった。

 有限な資源と空間、エネルギーを有効に使うには助け合いの精神が必要である。そこには他者を妬むよりは、各自の自制が求められた。

 一部からは既に滅んだ国家をそこまで貶めなくてもという声があがったが、後世に残す教訓とすべきという考えから教育方針は維持された。

 所詮、歴史は生き残った人間が語るもの。それに捏造では無く、実際にあった事だ。滅んだ国の面子など、多くの人々は気にしなかった。

 こうして一部の滅んだ国家の名は、愚かしい行動の為に自治領の歴史教育で延々と語り継がれる事となっていた。


 独自の教育方針を打ち出したいと主張した小自治組織があった。だが、自治領主のミハイルは許可しなかった。

 統一した教育にしなければ将来に禍根を残す危険性があるという理由から、独自の教育機関を設立した場合は一切の助成金や

 特典も与えず、教員にも別途にこちらから指定する業務内容に従事させるといった厳しい通達があった。

 異論が噴出したが、この件に関してはミハイルは一切の妥協はせずに、独自方針の教育機関を設立する件は立ち消えた。

 そして教育方針に従わない教師には罷免を含む、厳しい罰則が適応されるようになり、教育の質は維持されるようになっていた。

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 子供であっても大人であっても、普通に生活しているだけでも少しずつはストレスは溜まっていく。規制が多いから尚更であった。

 ストレスを溜めない人など、余程幸せに暮らしている人か洗脳されている人かも知れない。

 そんなストレスを溜めた人が多くなると対人関係が荒れて、最後には周囲とのトラブルの原因となる。

 その為に各地には、ストレス発散用の施設が用意されていた。もっとも、数は多くは無い。

 遊園地予定地があったが、急遽マンション等が増設された為に、最初の予定施設よりは少ない。

 だが放置して良い問題では無いので、施設管理局の管理下の元で湖上とかのエリアに様々な施設が増設されていった。


 文化施設としては、各国から提供された貴重な文化財を展示してある博物館もあった。

 保存方法は各国の専門者に任せてあり、出身国の人間にしてみれば以前の母国を思い出させる貴重な場所だ。

 それに異文化に触れられるという理由から、他のエリアからの見学者の数も多かった。

 TV番組に関しても一定時間は各自治組織に開放して、各民族独自の番組を認めている。


 ストレス発散の為に、スポーツが奨励されていた。その為に各地にはプールを備えた運動公園が多数設置されていた。

 休日には大勢の人達が訪れ、運動大会なども催されていた。


 祭りもかつての母国を偲び、ストレス発散になるだろうとの思惑から補助金を申請すれば、簡単に認められた。

 この為にあるエリアでは毎月、最低一回は何らかの祭りが行われるようになっていた。


 文化や遊び、スポーツを通じてストレスを発散させる方法は、子供や女性には有効だろう。

 だが、大人の男というのは別のストレスを溜める者も多い。その為に、夜の繁華街なども必要になってくる。

 その為に夜の繁華街のサービス業関係は、全て各地の小自治組織の管轄になっていた。

 繁華街関係のサービス業に従事していれば、自治政府の指定する業務につく必要は無い。

 不必要以上の人員が従事すれば、小自治組織の損益は赤字になるので、そこは節度が求められた。


 美味しい食事は気分転換にもなるし、ストレスを発散させてくれる。

 食材の無駄を無くすという理由から、大型食堂がメインであり個人経営の食堂は数が少ない。

 最近はやっと食材の販売も軌道に乗って自宅で料理を作る家庭も増えたが、やはり料理の腕にはばらつきがある。

 この為に、美味しいと評判がついた料理人には報奨金が出るようになり、料理教室も頻繁に開催されるようになっていた。

 ちなみに、食材の美味しいところだけを使用して後は捨てるような贅沢は、見つかれば批判の対象になる。そこには節度が求められた。


 自治領には流通貨幣というものは存在しない。態々流通貨幣を作る面倒を嫌った事もあり、全て電子マネーである。

 全ての住民が登録番号を持ち、IDカードによって管理されている。中にはハッキングして所持金額を増やそうと試みた者もいたが、

 ハードウエアによって保護されているネットワークシステムを落す事は出来なかった。

 個人の認証システムには、パスワード以外にも全ての端末に備えられたカメラによる顔や網膜パターンの認識システムがある。

 それらは公表される事は無く、ハッキングを試みた者や他人のパスワードを盗んで使用した人間は犯罪者として処理されていた。

 それと出身国の通貨を持っていても、コロニー内の電子マネーに交換は出来ない。

 故に、いくら以前は大金持ちであったとしても、自治領では何らかの仕事に従事しなければ所得を得る事は出来ない。

 移住の最初に支度金として渡された資金を元に生活必需品を揃え、そして何らかの仕事に就かなくてはならないのだ。

 その為に、住民の間の生活格差はほとんど無いと言って良い状態であった。

 資金を一部の人間に集約するような余地は殆ど無く、民間で企業を起こすような事は無かった。

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 高齢者もそれなりに住んでいる。特殊技能を持っているか、家族の世話になる事を前提に移り住んできた人達だった。

 そして高齢者でも労働の義務は持っている。学校の特別講師や、何らかの専門技術の指導。幼児の世話。簡単な街の清掃。

 本人の希望もある程度は受け入れたが、希望が無い場合は自治政府から身体の状況に見合った仕事が割り振られた。

 此処で働かない高齢者は寝たきりの病人だけだ。まだスペースコロニーが稼動が開始されて時間があまり経っていない事から数は少ない。

 そして寝たきりの老人は家族が世話をする事が前提である。

 家族が世話を出来ないと判断された場合は、全ての財産を自治政府に提供して、自治政府の負担で施設で世話を受ける事となっていた。

 その場合は自動的に選挙権などの市民の権利の一部は制限される。事故等でまったく仕事が出来なくなった人達も同じような扱いだ。


 基本的には子供を除き、全員に労働の義務がある。そして働けなくなった場合は、自分の全財産と権利の一部を引き替えに、

 自治政府の保護を受ける事が出来た。権利は同じまま、単純に生活保護を受けるような制度が運用される事は無かった。

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 自治領にはTV局は一つしか無い。それも官営でミハイルの直轄組織であった。

 資本主義体制下、スポンサーの意向を重視したマスコミによって公平な報道が為されずに、恣意的な報道が多かったと言う理由から、

 民間のTV局をミハイルは認めなかった。スポンサーとなるべき企業や資産家が無かった事もある。

 視聴率が重視されて大衆の望むがままの番組が作られ、倫理観崩壊の危険性を冒すつもりも無かった事も影響していた。


 チャンネルは五つ。

 一つはニュース関係専用の報道チャンネルであり、歴史関係や宇宙開発状況の定期的な報道が含まれる。俗に言うお堅い番組だ。

 そして一定時間は各自治組織に開放して、各民族単位の番組を放送している。

 一つは幼児向けの教育番組である。小さい子供が喜びそうな番組を、教育的な内容を含めて流している。

 一つは十代向けのドラマやアニメだ。過去の膨大なストックがあり、それらの中で好ましいと思われるものを選んで放送している。

 勿論、捏造された歴史認識で製作されたと判断されたものは、データベース上から完全に削除している。

 一つは女性向けのチャンネルであり、美容に関するものや恋愛物、ファッション系をメインに特集している。

 最後は汎用チャンネルであり、過去の色々な映画や特集などをメインに報道している。


 本来、マスコミは何も生産しない。宣伝効果はあるが、それは副次的なものであってメインでは無い。

 それに此処では製品競争が無いので、宣伝は意味を為さない。それ故に、マスコミ効果のメリットも無い。

 その為に広告関係には重点は置かれずに、公正なそして健全な番組を報道する事が求められた。

 勿論、官営であるからには自治領主や自治政府の意向が介入する事はある。

 ミハイルがマスコミに求めたのは、公正な報道と住民の倫理観を維持する事だった。

 故に、いくら一般市民が求めようとも、倫理観を崩すと考えられる内容の番組は一切が認められてはいない。

 又、マスコミ関係者の移住には厳しい審査が設けられていた。

 今まで恣意的な番組編成に関わったと分かったら、移住は絶対に許可されなかった。出演者は尚更である。

 その結果、自治領のTV番組では馬鹿騒ぎをするような番組は無く、内容に関する信頼性はあるが面白くは無いと噂されていた。

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 宇宙歴0015年。スペースコロニー二基の人口は約七百六十万人になり、それなりの生活を送る事は出来た。

 物資は豊富とまではいかないが貧窮生活を送る事も無く、かつての地上での中級国並みの生活レベルを保っていた。

 全員が自治領の国籍を持っているが、今までの生活習慣は直ぐには変えられない。その為に、生活ブロックは出身国別に分離されていた。

 十万人単位で一人の代表を選出。そして現在は七十五人の代表で構成される評議会が内政を取り仕切っている。

 それとは別に評議会とは同格の組織もあった。自治領主直轄の施設管理局である。

 施設管理局の職員は他の住民達とは別エリアに住んでおり、主な役割はスペースコロニーの維持整備である。

 それには各生産工場の管理も含まれる。小惑星帯からの原材料の搬入や輸送宇宙船の管理もだ。

 評議会と施設管理局は定期的な会合を持ち、様々な問題に取り組んでいる。

 その両者の上に立つのが、自治領主であるミハイル・ロックフォードだった。

 絶対的な権限を持っているが、初期以外にその権限を使った事は無く、ほとんど公式の場には出て来ない。

 その為に一般住民からは引きこもりだとか、贅沢な優雅な暮らしをしていると囁かれていた。

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「自治領主は自治権の拡大を認めろ!! 全住民の幸せの為にもっと尽力するべきだ!! それをしない自治領主に謝罪を求める!!」

「もっと食料の供給を増やせ!! たまには大食い大会を開催しろ!! ケーキや甘い物をもっと増やせ!!」

「給与を上げろ!! こんな少ない給料じゃあ満足に遊ぶ事も出来ないんだぞ!!」

「もっと娯楽を! 民間TV局の開設を求める!!」

「我々には美を求める権利がある! 整形手術を公認するべきだ!!」

「死者に鞭打つ今の歴史教育を改めるべきだ! 民族独自の教育を許可しろ!!」

「小惑星帯の資源開発も民間に解放するべきだ!! 何故、月面開発を進めないのだ!?」

「自治領主直轄の施設管理局は自治政府の管理下に入るべきだ! 我々市民の管理化に入れ!!」

「生活保護制度を制定するべきだ! 我々は安心して暮らせる権利がある!!」

「技術公開を進めるべきだ! 特に反重力エンジンと空間移送技術の公開を求める!!」

「核融合炉でも若干の放射能廃棄物はある! 将来を考えて全て太陽光発電に切り替えるべきだ!!」

「三基目のスペースコロニーの建造仕様を公表すべきだ! 我々の代表による査察を求める!!」

「防災用として消火器や消火栓だけでは問題がある! 防火用バケツを絶対に導入するべきだ!!」


 突如、スペースコロニーUにおいて、一万人を超える人間によってデモが行われた。

 『T』は殆どが北欧連合の出身者だけで占められているが、『U』は同盟国や友好国などの各国からの移住者で構成されている。

 今までデモなど行われていなかった事もあったが、警察組織の職員は無理やりデモを鎮圧する事はしないで見守っていた。

 もし、暴動に発展するような事があれば即座に介入したろうが、そんな事態にはならずにデモは三時間で終了していた。

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 『U』のデモの様子を、上級評議会の議員十三名が会議室で冷やかな表情で見守っていた。

 選挙で選出された代表によって構成される評議会のメンバーは七十五人。

 多過ぎると議論が纏まらなくなるので、その七十五人から選出された十人が上級評議員として全体を纏めている。

 それぞれのコロニーから五人。それとは別の特別枠で選ばれていた上級評議員が三名。王族と皇族からなっている。

 その中には嘗て大和会を率いて、シンジをフォローしていた冬宮の姿もあった。


「移住してきてから初めてのデモだが、彼らは最初に言われた規律の事を忘れているのかね? 地上と違う事を理解していないな」

「此処の主権は住民では無く自治領主にある。要求する権利など無いのに平然と自治領主に謝罪を求めるとは、デモ参加者の良識を疑うぞ。

 根拠も無く平然と謝罪を要求するのを見ると、嘗ての日本の周辺国を思い出すな。彼らはその滅んだ国の出身者なのかね?」

「移住当初の生活は厳しかったが、今は殆ど問題が無いレベルになっている。食料事情もだいぶ改善されているからな。

 贅沢は出来ないが平和な生活が出来る。次に求めるのは自分達の権利の拡大か。人類の歴史を辿っていると言える」

「此処で地上と同じ権利を求める方が間違っている。限られた資源とエネルギーの無駄遣いをする余裕が無いのが彼らには分からないのか?」

「要求するだけで問題が発生した時は責任を取らずに逃げるのが、彼らの本質だろう。今更、大衆に迎合した政治をする気は無いぞ」

「そうだな。今は自治領主を批判しているが、彼らの要求通りに行って失敗すれば、非難の矛先は我々に代わるだけだ。

 まったく責任も取らずに要求するだけか。お気楽過ぎるな。まるで昔の日本人を見ているようだ」

「地球でも格差や差別があったのに、ここで全員が満足出来るような理想が実現出来ると思っているのか?

 過去の歴史でも一度も実現した事が無いのに、良く口に出せるものだ。

 欲深い人間もいれば、淡白な人間もいる。体格や能力の格差だってある。その評価だって、上の性格や資質に左右される事もある。

 全住民を洗脳しない限りは、全員が満足するはずも無い。政治家は七十点が取れれば合格で、百点を追い求めると自滅するだけだ」

「確かに理想となるべき社会を実現させるように努力する事は重要だ。だが、安易にそれが叶うと考えるのは学生ぐらいと思っていたがな。

 頭の中で考える分には自由だが、いざ実現しようとすると様々な困難に直面するのが普通だろう。

 それに今の我々の立場では自治領だけを考えて、地球に残された人達や将来の事を考えない訳にもいかない」


 上級評議会のほとんどの出席者はデモ隊に対して批判的だった。

 そもそも具体的な根拠や政策を示さず、様々な要求だけをしてくるデモ隊参加者を好意的な目で見れないのも一理ある。

 学校教育でもそれは恥ずべき行為として教えている。ネットで誹謗中傷をした人間は特定されて、晒し者にされるのが常だった事もある。

 実際問題、彼らの主張を受け入れたらスペースコロニーの生活が成り立たなくなる内容もある。

 当然、責任ある立場の人間としては認める訳にはいかなかった。

 それでもデモ隊の意向を重視しようと考えた中台エリアの代表は、流れを変えようと口を挟んだ。


「まったく彼らの要求を無視するのも問題だろう。次の選挙に影響する」

「馬鹿を言うな! 自治領主の権利を侵害するつもりか!? どんな報復があるかも知れないんだぞ! 選挙と我が身、どちらが大事だ!?

 それに施設に問題が発生した場合には、自治領主に頼まなくてはならない。自治領主と対立したら後が怖い!

 大衆に迎合して愚かな施策を行った政治家として、後世に名を残したいのか!?」

「全部は無理としても、少しぐらいは管理権限を委譲するよう求めたいと考えるが? それぐらいは認めてくれるのでは無いか?」

「甘い!! 食料こそ余裕が出て来たが、開発用設備の大部分と大量の資材が三基目のスペースコロニーの建造に投入されているんだ。

 酷い窮乏生活というなら抗議するのも分かるが、曲りなりにもある程度の生活水準は確保されているんだ。

 そんな状態で自治領主に権限委譲を求めれると思うのか!? それに一度権限委譲を認めると、二度目、三度目が出て来る。

 そんな事になったら事態は収拾出来なくなる事が分からないのか!? 自治領主と争うつもりなのか!?」


 三基目以降のスペースコロニーにかなりの設備や資材が投入されている事は、報道番組等で詳しく説明されていた。

 その為に現在の自治領の改善が遅れているのは事実である。

 だが、将来を考えた場合は三基目以降の建造を取り止めるという選択肢は存在しなかった。それは大部分の上級評議員も理解していた。

 理解していなかったのは、今デモを行っている住民達であった。

 全体の事より自分達の今の改善を求める事は、個人レベルでは良いだろう。だが、責任ある立場の人間からは認められる事では無かった。

 確かに評議会員は住民の代弁者なのだが、己を支持する住民だけを考えていては勤まらない。全体や将来を見渡せる視野が求められていた。


「民間のTV局の開設も駄目なのか? 規制が多過ぎて息が詰まる人々が増えているんだ。娯楽を軽視すべきでは無い」

「まずスポンサーがいない。各自治組織が出資するのも良いが、官営である事には変わりは無い。

 それに以前のようにスポンサーの意向を重視して、恣意的な報道を繰り返されても困るからな。

 視聴率を重視されて、一般大衆が望むがままの番組を作られてモラル崩壊を起こしたら、どう責任を取るつもりだ?

 この密閉された空間で多くの人がモラル崩壊を起こしたら、悲惨な事態になる事は間違い無い。

 そんな事態になって民間のTV局に責任が取れるはずも無い。尻拭いするのは、警察組織か治安維持局なんだぞ。

 確かに娯楽は必要だが、必要以上の娯楽は不要だ。我々は請われて此処に来たのでは無く、逃げ延びて来た事を忘れるな」

「独自の歴史教育を求める件はどうする? それを求める住民は多い。

 それに滅びたとはいえ、特定の国の名誉をあそこまで貶めるのも問題だろう。死人に鞭打つような行為だ」

「我々はこの自治領の市民だ。それを忘れるな。確かに祖国の事を忘れたくは無いのは分かるが、その辺りの分別はつけるべきだ。

 それに滅びた国を批判すると言うが、事実を伝えているだけだろう。反面教師として、未来永劫語り継がれるべき内容だ」

「あなたは北欧連合の出身だから今の歴史教育に違和感が無いのだろう。我々にとっては違和感があるのだ」

「だったら此処を出て行くべきだろう。ここの規則に従う事に納得してきたのでは無いのかね?」

「…………」

「大災厄の前は地球では色々な価値観があった。その多様性が人類が発展する元になったろうが、争いの原因になったのも事実だ。

 だからこそ、価値観を統一すれば将来の争いの可能性は減る。発展の速度が落ちるだろうが、今ではそれは問題にはならないだろう。

 技術革新全てが人類の生活向上に寄与した訳では無い。逆に悪い影響を与えた分野もある。今の制限された状態では我慢は必要だ。

 今の我々の目標は何としても人類を存続させる事が最優先だからな。そして将来の禍根をこの機会に絶てるなら試みるべきだろう。

 多くの国が滅んで人類の全人口は嘗ての一%にも満たない。幸いとは言えないが、今こそが人類全体の価値観を統一出来るチャンスだ。

 それにチャレンジする気は無いのかね? それとも道に倒れても誰も助けてくれないような隣人が多くても良いのかね?

「い、いや、助け合いなどの価値観を統一するのは納得しているんだ。だが……」

「そちらの母国は元々が大陸国だからな。文句を言いたくなるのも分かるが、我慢が出来なければ此処を退去する事を考えた方が良い」

「馬鹿な事を言うな! 此処を追放されたら死ぬしか無いだろう!」

「だったら我慢するんだな。見せしめの為の追放処分を受けた罪人のようになりたくなかったらな。

 ここで受け入れてくれなければ、地上で窮乏生活の上に死ぬしか道は無かったんだぞ。

 生きられる環境を与えて貰って、さらに権利まで主張すると言うのか? こちらからすれば、お前は何様だと言いたくもなる」

「…………」

「『T』はほとんどが北欧連合出身者で占められていて、『U』より問題は少ないだろう。だが、不満が無い訳では無いぞ。

 色々な規制に不満を持つ人間は多い。だが、今は我慢するべきだという分別を弁えている人間も多いのだ。

 一応言っておくが、『T』と『U』で格差は無い。此処で格差をつければ住民の不満が増える事ぐらいは自治領主も分かっている。

 そして此処で生きていくからには、此処での流儀に従うべきだ。それが嫌なら出て行って、自分達だけで何とかするんだな」

「…………」


 不平を言い出した中台エリアの上級評議員は、北欧連合エリアの上級評議員の弁論に口を閉ざした。

 自治領主から僅かであっても譲歩を取り付けられれば、自分の面子も立つだろう。だが、今のままでは現状維持しか見込めない。

 支持者の要求にどう応えるか、悩んだ中台エリアの上級評議員が考え込んだ後、発言したのは日本エリアの上級評議員である冬宮だった。

 冬宮は皇室に籍を戻し、スペースコロニーに移住して来た。

 北欧連合と中東連合でも王族は移住してきており、その立場から自治領でも特別待遇を受けている。

 冬宮も皇室の人間として日本エリアを纏める為に、特別待遇を受けている。その為に、特別枠の上級評議員として参加していた。


「確かに規制は厳しく、日本エリアの住民に不満が無いとは言わないが、今は耐える時だろうと考える。

 徐々に改善されつつある事だし、一般市民の不満を抑える事は我々の仕事だろう。歴史教育に関しても、我々の立場では問題は無い。

 だが、シン・ロックフォード博士の業績が正当に評価されていない事は、自治領主に改善を求めたい」

「……ふむ。一理あるな。学校の歴史教育でもシン博士の業績は何も記述が為されていない。

 博士の尊い犠牲の上で我々はこうして生き延る事が出来たのだ。そう手間も掛かる事では無いし、その件は私も賛成だ」

「初号機の銅像が作られて、シン博士の評価がまったく無いというのも不自然だからな。私も賛成だ」


 冬宮はミハイルと面識が無かった。ミハイルの妻であるクリスとは電話会談を何度か行っていたが、ミハイルとは一度も無かった。

 ミハイルの人格は分からなかったが、あのクリスの夫であり、シンジの義兄である。

 今のミハイルは独裁者として振舞う事も出来たが、それをせずに三基目以降のスペースコロニーの建造などの対外的な仕事を進めている。

 危険な人間であるとは思わなかったが、シンジの対応に関して冬宮はミハイルに疑念を持っていた。

 一部には自治領主はシンジの偉業に嫉妬しているから、業績を評価しないという噂があった。

 冬宮はその噂を信じた訳では無いが、不満は持っていた。上級評議会の要望と言う事で状況が改善されれば良いだろう。

 それにこれを切欠にして実績を作れば、次の改善要求も通り易くなるだろうという目論みもあった。

 上級評議会としての要望が纏まりかけた時、いきなり会議室の大型モニターにミハイルの姿が映し出された。

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 ミハイルは自治領主という立場もあって、色々な仕事を抱え、そして情報も全て把握出来る立場にあった。

 火星軌道付近のスペースコロニー建設現場の状況を確認中のミハイルだったが、『U』で初めてのデモが行われた事の報告は入ってきた。

 デモの管理は内政の権限を委譲した自治政府の管轄であったが、ミハイルとしても見過ごせない。

 定期会合を待たずに上級評議会との会談を持とうと考え、状況を確認したところ上級評議会員が集まってデモに関する討議中だった。

 その為に、上級評議会の討議を秘かに聞きながら、タイミングを見計らって通信回線を開いた。

 上級評議会の全員がいきなりミハイルが通信してきた事で驚いていたが、ミハイルは気にせずに厳しい表情のままで本題に入った。


「『U』でデモが行われた事と、そのデモ隊が主張している内容は既に私に連絡が来ています。

 その上で確認しますが、上級評議会としては今回のデモ行為に対して、どうするつもりですか?

 その返答によっては私は厳しい処分を下さなくてはならなくなります。覚悟を決めて返事をして下さい」


 ミハイルは厳しい要求を上級評議会に突きつけた。デモの管理は内政に相当する事であり、評議会の管轄する内容である。

 そして限られた資源と開発力を三基目以降のスペースコロニーの建造に向けている今、本拠地である『T』と『U』の治安が悪化する事は

 自治領主としては許せるものでは無い。ミハイルの最優先課題は人類を無事に存続させる事だった。

 まだ初期の頃に数回しか使った事は無かったが、ミハイルは自治領主として選挙で選ばれた各代表の罷免権を持っている。

 それが発動されると同時に、罷免された代表を選出したエリアは五年間は代表を選出出来なくなるというペナルティを負う事になる。

 ミハイルの剣幕に一瞬慌てた上級評議会議長は、慌ててミハイルに嘆願した。


『ちょっと待って下さい! デモ隊は今は解散中です。まずは彼らの主張を確認してから結論を出したいと考えています。

 一週間の時間を下さい』

「一週間? 長すぎませんか? 三日以内に回答を出して下さい。それ以上の遅延は認めません。回答が遅れた場合は、私が介入します」

『待って下さい! 内政は我々自治政府の領分です! 自治領主は不介入が原則のはずです!』

「原則は不介入ですが、このデモ隊に関しては放置すると将来の禍根になると考えています。

 確かに生活は厳しいでしょうが、飢えている訳でも無く、改善も徐々に進んでいるのです。

 此処で不平不満を言うようなら、将来も必ず文句を言ってくるでしょう。我々にそんな余裕は無く、それは定期的に情報提供しています。

 それが理解出来ないようなら、これから長期的に協力体制を築く事は出来ないでしょう。ならば自治領主の最終権限を使うまでです」


 デモ隊の主張する事は、主権を市民に戻し、全ての情報や技術を一般公開。ミハイルに対して全ての権利を放棄しろと迫るものだった。

 細かい項目は色々とあったが、大まかに纏めるとそういう事になる。

 財産権の問題もあったが、人狼の一族の件、シンジの件、そのバックの宇宙人らしき不明な存在の件。

 それらを全て公表するつもりは無く、情報や技術を公開して上手くいくはずが無いとミハイルは考えていた。

 それを無遠慮にも要求するデモ隊に参加した人々を放置は出来ない。早急に何らかの処分を下す必要をミハイルは感じていた。

 何より、これを放置しては第二、第三のデモが発生する可能性もある。ここで箍を緩めると、後々に重大な障害を生む要因になるだろう。

 ミハイルの目的は人類を安全に存続させる事であり、自治領の治安の悪化は断じて認められない。

 自治領の治安悪化が避けられないなら、不平不満を持つ少数を切り捨てる覚悟を持っていた。

 だが、上級評議会に入ったばかりの中台エリアの代表は、デモ隊の意向を汲んでミハイルに抗議した。


『デモ隊の要求している事は確かに過激であり、全てを叶える事が出来ないのは理解しています。

 ですが、一般民衆の不満も高まっているのです。せめて民間の起業を認めるなどの規制緩和を御願いしたいと考えています』

「ほう? では、その民間企業の不始末で環境問題が発生したら責任は評議会が取ると?

 この密閉空間で有毒ガスが発生したら、あっと言う間に大惨事になる。その場合の責任も取れると?」

『それは詭弁です! そこまで考えたら何も出来ないではありませんか!? リスクを恐れて挑戦しないと言うのですか!?

 逆に言えば、自治領主が間違った事をして市民に被害が出た場合は、責任を取って自治領主の地位から去るのですか!?』

「今の我々にリスクを軽視して挑戦する余裕はありません。それが分かっていないのですか? 資源やエネルギーを無駄には出来ません。

 それに私の責任を追及するとは。別に独裁者を気取るつもりはありませんが、此方の規則に従えないなら、さっさと退去して欲しいですね」

『!! 言い過ぎました。申し訳ありません』

「いえ。中台エリアの代表であるあなたの見解は分かりました。三日後にデモ隊に対する最終処分内容を連絡して下さい。

 こちらとしては思想強要をする気はありませんが、状況に納得して貰えないなら共存共栄を諦めるしかありません。

 元々、あなたの出身国は『敵の敵は味方』という考えで我が国と友好関係を結んでいましたからね。

 それに元々の出身者と大陸から来た人達では価値観が違う事も分かっています。此処であなた方の流儀である中華主義は通用しません」

『お待ち下さい! 中台エリアの代表は上級評議会に参加したばかりなのです。

 少々頭に血が上っているようなので、我々から言い聞かせます。ですから自治領主の強制介入は待って下さい』

『ちょっと待ってくれ。自分は住民の代表として正当な事を言っているだけだ』

『お前は黙れ!! 言って良い事と悪い事の分別ぐらいはつくだろう! それが出来ない輩に上級評議会に在籍する資格は無い!

 後でじっくりと言い聞かせてやる。そういう事ですから、自治領主の直接介入は少し待って下さい!』

「……繰り返し言いますが、今の我々に贅沢する余裕はありません。それと自由を認めて資源やエネルギーを無駄使いする余裕も無い。

 技術の進歩は人類の発展に寄与してきましたが、逆の面では人類を追い詰めました。その結果が今に繋がっています。

 地球が氷河期に入り、何時終わるか予想もつきません。我々人類の生活圏は地下とスペースコロニーだけです。

 その生活圏を脅かすような愚かな行為は、絶対に認める訳にはいきません。

 それに節約という常識を普及させないと、地球の再開発の時にまた問題は発生します。今は耐える時。

 一般民衆の望む事を優先させれば確かに発展の速度は上がるでしょうが、同時に失敗した時の被害の範囲は増大します。

 それを天秤にかけて私は失敗した時の破滅の脅威を避けるべく、この規制した生活を強いています。それを理解して下さい」


 『野党なき与党は腐敗する』と言われるように、批判勢力が無い権力組織は必ず腐敗する。

 多過ぎる仕事を分散するという理由もあったが、ミハイルは権限の一部を自治政府に移管した。

 その自治政府が自らの正当性を疑わずに、権利を主張し始めていたのが現在だ。人の欲望は際限無いという事なのだろう。

 確かに一般民衆が権利の拡大を求める気持ちは分からなくは無いが、無い袖は振れない。

 それに機密情報を公開しては大混乱になるのが目に見えている。この点はミハイルは一般民衆の善意を一切期待していなかった。

 水は低きところに流れる。目の前の利益と数十年後の利益を天秤にかけた場合、数十年後の利益を選ぶ一般民衆はどれくらい居るだろうか?

 それに技術を無差別に公開したら、一つの失敗でスペースコロニーが破壊され全住民が即死するという可能性さえある。

 地球という大自然の庇護を失った今の人類の生活エリアは、地球の地下と宇宙にあるスペースコロニーだけだ。

 ただでさえ脆いスペースコロニーを滅亡のリスクに晒す事は、ミハイルの立場からは強権をもってしても阻止すべき事だった。


 今回のデモは中台エリアの人間を中心に、中東連合エリア、日本エリア、南米エリアからも参加者が出ていた。

 一番参加者が多いのは中台エリアだが、他のエリアからもそれなりにデモ隊に参加している事が事態を複雑化させていた。

 それを考えて内心で溜息をつくミハイルに、冬宮から声が掛かった。


『待って下さい。デモ隊に参加した人間は我々のエリアでも居ますので、早急に調査させますし、対応も考えます。

 それとは別に御願いがあります』

「そうですね。日本エリアでは本来許可されていない国籍の人間が、多数紛れ込んでいた事が判明しています。

 犯罪者は即追放処置ですが、一旦は受け入れた人間を犯罪を犯さないのに追放も出来なくて少し考えています。

 日本の移住審査官はどういうつもりだったのですか? 我々の要請に従わないばかりか、問題を起こすような人の移住を許可するとは?

 彼らの犯罪率が一定値を超えた場合、全員を退去処分にする事も考えなくては為りません」

『……その件についてはお詫びします。既に彼らに便宜を図った移住審査官の割り出しは済んでおり、既に処罰済みです』

「分かりました。コロニーの治安維持を最優先に考えて行動して下さい。それで御願いとは?」

『シン・ロックフォード博士についてです。今の学校の歴史教育でも一切名前は出てこない。不自然だと思っています。

 博士の功績が大である事は自治領主も知っているでしょう。シン博士の評価の改善を検討願います』

「……シンの評価ですね。分かりました。検討します」


 義理堅い冬宮は、シンジの功績が評価されていない事に不満を持っていた。

 他の上級評議員も見守る中での要請だったので、改善される可能性はあるだろう。

 他にも要請したい事は山程あったが、確かに無い袖は振れない。今回はシンジの評価を改善出来れば上等だろうと考えていた。


 一方、ミハイルの胸中は複雑だった。自分がシンジに嫉妬しているから評価していないという一般の噂をミハイルも耳にしていた。

 こんな公式の場で要請してくるとは、噂に過ぎないと楽観視していたが、無視も出来ない情況になったとミハイルは考えていた。

 そもそも、名前を歴史から抹消してくれと言って来たのはシンジ本人からである。

 本人からの要請に従っただけなのに、何故自分が責められなくては為らないのか? そこにミハイルは理不尽さを感じていた。

 それに本人と協議しようにも、シンジの霊体は今は地球に行っている。霊体であるが故に、こちらから呼びかけも出来ない。

 メールを送り、シンジが読まない限りは協議さえ出来ないのだ。さすがに本人の承諾無しで、歴史の記述に追記すれば抗議もあるだろう。

 この件はシンジとの協議を待って結論を出すしか無い。シンジが霊体で存在している事は最高機密の為、冬宮に教える訳にもいかなかった。


「シンの功績評価については関連部署との協議を行います。三日以内には方向性を出しますから待って下さい。

 それとデモ隊が要求していた防火用バケツの導入ぐらいは、評議会の権限内で行って下さい。

 効果があるとは思えませんが、その程度ならば好きにして下さい。施設管理局には私から連絡しておきます」


 ミハイルは疲れた表情で通信を切った。こうして上級評議会員はデモに参加した者達を確認し、その対応について頭を悩ませる事になる。

 そして一部の人間が求めた防火バケツの導入は、一部のエリアで積極的に進められる事となった。

***********************************

 今回のデモに参加したのは、全員が大災厄の後に緊急移住してきた人達である。

 緊急移住した為に、研修期間はたったの一日。自治領の最低限の規則の説明だけで終わってしまった。

 規則の内容は理解しても、規則を守らなかった場合の弊害などは良く理解していなかった。

 TV番組で定期的に規則遵守の必要性を訴えて、違反した時の被害の可能性について報道していたが、見なければ効果は無い。

 最初は自分達を受け入れてくれた感謝の念は持ってはいたが、慣れるとその気持ちも薄れて自分の権利の主張を始めた。

 ある意味、人間本来の持つ性(さが)というべきものなのかも知れない。


 デモの主催者は中台エリアの出身者で固められ、他のエリアの同調者を扇動する事でデモに参加した人間を増やしていた。

 もっともデモの主催者は今は亡き某大陸国の宇宙での足掛かりとなるべく送り込まれた人間であった。

 当時の政府高官にも同志はいて、本来の国民を差し置いて数多くの同志を自治領に送り込んでいた。

 目的は中華の栄光を復活させる事であり、同志の全員が中華主義の信奉者であった。

 自治領の足場固めが終わったとして、やっとその目的を果たすべく動き出していた。

 主催者の五人は集会場として使用している地下の一室で協議していた。


「今回のデモは大成功だったな。予測通りに警察組織や治安維持局は介入してこなかった。

 これも上級評議会に我々の代表を送り込めた成果だな。これで自治領主の権限を奪えれば、俺達は後世に覇を唱える事が出来る」

「気が早いぞ。まだまだこれからの行動次第だ。幸い、自治領主は内政に関与してこない。この隙に世論を盛り上げて権限委譲の機運を

 高めれば計画は成功する。マスコミを使えないのが痛いが、それでもデモを繰り返せば同調する輩は増えるだろう」

「日本エリアにはそれなりの数の他国籍の奴等が潜り込んでいる。奴等を扇動すれば騒ぎが大きくなるからな」

「抗議する事に関しては天下一品だからな。祖国が滅んだのは俺達と同じだが、奴等の方が生き残った人数は遥かに少ない。

 生き延びようと必死になっている。南米エリアの奴等も巻き込んで、騒ぎを大きくしてやる」

「第一目標は民間企業の設立だな。それとマスコミを押さえれば、一気に世論の形成がし易くなる。扇動するのは慣れているからな。

 軌道に乗れば、後は一気に自治領主を追い詰めるだけだ」

「こちらに移住して来て数年は密造武器の摘発が多かったが、最近は誰もやっていないからな。お蔭で調査の手も緩い。

 今のところは順調に生産は進んでいる。火薬の入手がネックだったが、何とか大量に材料を調達出来た」

「大丈夫か? 武器の密造が見つかれば、警察どころか治安維持局が介入してくる。そうなれば追放処分されるのは間違い無い」

「安心しろ。女を使って治安維持局の下っ端を引き込んである。捜査の手が伸びないように細工はしてある」

「なら良いがな。失敗すれば待っているのは破滅だ。それを忘れるな」

「成功すれば我が中華の栄光が再び輝く。祖国は隕石で滅んだが、中華の栄光は俺達に引き継がれているんだ。

 俺達には成功する義務がある! 今度は宇宙で栄光を掴むんだ!」

「仮に数百年待っても、最後は栄光を掴むのが我等が民族だ。何時までも北欧連合の自治領の下にいる俺達じゃ無いさ。

 ある程度の武器の数が揃えば、他のエリアの警察組織にも対応出来る。我々のエリアの警察組織のバックアップも望めるしな」


 緊急移住して来た人達に色々と問題があっても、数十年いや百年以上を掛けて教化していけば大丈夫とミハイルは考えていた。

 移住直後の人達にいきなり自治領を故郷と思って大切にしろとか、他の民族と協調すべきと訴えても、実際の効力は無いだろう。

 だが、子供はいずれ成長する。子供の時から協調性を教えられ、自治領で育ってきた子供が大人になった時こそ、

 本当の意味で自治領の住民の一体感が生まれるだろうと考えていた。今はその過渡期である。

 その為に強権を持って反対する勢力を抑える必要があったが、対外的な業務が多忙であった為に目が届かないところもあった。

 シンジ達が自治領の状態が落ち着いたと判断して、地球に赴いていた事も影響していた。


「そう言えば、上級評議員から連絡があったが、防火用バケツの導入はあっさりと決まったらしいな」

「ああ。だが防火用バケツの導入なんて誰が言い出したんだ? あんなものが役に立つとは思えんが?」

「日本エリアの奴だ。どうやら特別の拘りがあるみたいだ。事前の打ち合わせでも、自治政府の仕事が遅いって散々文句を言っていたな」

「地上と違って、此処では水は多くは無いからな。砂を掛けるならともかく、水をあまり無駄にはしたくは無い。

 だったら消火用の薬品が入った消火器か消火栓じゃ無いとな。それでも掃除用のプラスチックのバケツで十分だろう。

 誰かは知らんが、復古主義も良いところだ」

「まあ良いさ。それくらいはデモに同調した褒美ぐらいで考えていれば良い。俺達のエリアでは不要だろうしな」


 彼らの目標は民族の栄光を取り戻す事である。その為にはある程度の譲歩は必要と考えていた。

 さらには自治領主を揺さぶるには多くの人々を扇動する必要がある。その為の努力は惜しむ事は無かった。






To be continued...
(2012.12.01 初版)


(あとがき)

 制限されたスペースコロニーの生活を想像して書いて見ました。(エピローグの捕捉を含んでいます)

 ある意味、特殊な大規模災害時のシミュレーション扱いの気持ちです。

 最初は一話で終わらせるつもりでしたが、量が増えたので分割しました。


 次回の予告

『これは我々が造り出した究極の汎用人型掘削ロボット……

承諾するなら早くしろ! でなければ帰れ!

 誰の台詞かは次話をお待ち下さい。



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