――世界は一度滅び、再生を迎えた。

“サードインパクト”

世界全ての命を巻き込んだその大災害から、人類はしぶとく立ち直った。
――そして、人々は思った。

“この大災害の原因は、何なのか”

人々は、やり場の無い怒りのぶつけ所を探す。
――そして、一人の少年が、生贄となったのだった。




プロローグ




……最後に、太陽を見たのは何時だろう?
ぼんやりと、少年は思った。
薄暗い牢獄。
少年はずっと、此処に閉じ込められているのだ。
……あの時、もう“左目”が無かったから――そうだ、あの子と見た夕日が、最後だった…
少年は、左の掌で、左目の在った所を摩った。
窪んだ眼窩が、手に触れる。
思い出されるは、辛く、そして安らぎでもあった記憶。
世界最悪の犯罪者として追われていた自分を、匿ってくれた優しい少女。
少年と少女は初対面だった。
しかし、少女は昔からの友人のように、少年を扱った。
少年は一人だった。
少女も一人だった。
だから二人は……一緒にいる事を望んだ。
――しかし、

……ギイィィ…

思考が中断される。
錆付いた金属音が、牢獄に響いた。
門を開け、現れたのは――黒い制服に身を包んだ、数人の男性。
先頭に立っていた男が、無表情に、告げた。
「――時間だ。“サードチルドレン”」




少年は男達に連れ出され、外へと出た。
左手と両足は錠で固められ、歩くのも困難だったが、何とか無事に出る事が出来た。
――右腕は根元から当に失われていたので、錠は意味を成さない。
少年は空を見上げた。
燃えるような夕日と空が、目に飛び込んできた。
……あの時と、変わっていない。
空ろな眼で、少年は空を見上げ続けるのだった。
「…………」
無言で、男達は立ち止まった少年の背中を押した。
さっさと歩けの合図だ。
少年も黙って、再び歩き出した。
向かう先には――大きな広場。
競技場と言うべきなのか、円状の座席群には、大勢の人たちが座っていた。
――妙にぎらついた、憎悪に満ちた瞳をして。
少年が広場に入場した瞬間――沸き立った。
異常な歓声を上げ、民衆は少年に向かって、あらん限りの憎悪をぶつけた。
声、声、声、声……!
途方も無い、悪意が少年に突き刺さる。
――しかし、少年はその悪意の塊にたじろく素振りも見せず、ぼんやりと前を見ていた。
広場の真ん中にある、絞首台を。
がらんどうな瞳で、見ていた。
その台を直接見下ろせる座席にも、何人かの人間がいた。
髭面のサングラスの男、少年に似た線の細い女性、白髪の老人、長髪の赤いジャケットの女性、金髪の白衣を着た女性、眼鏡の男、童顔な女性、長髪の男、赤みがかかった金髪の少女……
その全員が、暗い憎悪に満ちた視線で、殊更愉快そうに、少年を睨みつけていていた。
少年は視線の主等を一瞥し、進む。
――そして、台の前に立った。
一段、一段、慎重に進む。
二段、三段、四段、五段……
血走った眼で、民衆は台の上を凝視する。
九段、十段、十一段、十二段………十三段。
止まった。
上り終えた少年は、がらんどうな表情のまま、前に進んだ。
そしてまた立ち止まり、ぶら下がっていた縄の輪に、首を通す。
「……何か言い残すことは?」
執行人が、言う。
「……じゃあ、少しだけ」
少年が、言う。
執行人の持っていた集音機が、少年に差し出された。
一拍置いて、少年の独白が始まった。




「……僕には、忘れられない人がいます」
少年は、静かに言う。
「……この絶望に満ちた世界で、僕は彼女に救われました」
喧騒に満ちたこの場に、深く染み渡る。
「戦いを生き抜き、世界を一度滅ぼし――世界の敵となった僕に、彼女は一つの安らぎを……与えてくれました」
穏やかに、確りと、少年は言葉を綴る。
「――彼女がいるから、僕は今まで、生きる事が出来た。……しかし、彼女はもう、この世界の何処にも居ない。もう僕は……がらんどうになってしまった」
視線を、台を見下ろす位置にある、座席に向ける。
「――彼女を殺したのは失敗でしたね、“NERV”の皆さん。世界を滅ぼした直後の僕――独りを恐れた僕ならいざ知らず、今の僕は―――独りになる事も、失う事も恐れない……もう、僕には何も無いから」
少年は穏やかな、そしてがらんどうな笑顔を浮かべた。
その場に居る全ての人が、言い表せない恐怖に襲われた。
パニックになる直前――

「――彼女が愛した世界は、もう何処にも無い。在るのは……罪だけ。世界よ、僕と一緒に滅びよう」

少年が、呟く。
瞬間、少年の体から紅い光が迸り、全ての人――生命――を紅い水へと還した。
光は、全てを還す。
この世界の、全てを――

――この日、世界は再び滅びたのであった。




――紅い海の畔に、二人の人影が。
一人は、一糸纏わぬおぼろげな少女。
一人は、全てを無くした壊れた少年。
『――碇君。貴方の罪は重いわ。――世界を一つ、滅ぼしたのだから』
「承知の上だよ、綾波。もう、あの世界に未練は無い。唯一の未練は――その世界の人間自身が、殺したのだから。ある意味自業自得だよ。あの子が生きているのなら、僕は何もしなかった。――そう、何も」
――再び思い出す。
右腕と、少女を失い、拘束された日の事を。
――涙は出ない。
――怒りも湧かない。
――ただ心が痛い。
もう、壊れているから。
「裁くのなら、さっさと裁いてよ」
『――そうね。貴方の刑は決まったわ。たった今』
少女は、少年に告げる。
『――貴方を、世界の守護神に任命するわ』
「―――は?」
突然の発言に、少年は耳を疑った。
「――もう滅びた世界で、何を護れと?」
『――貴方が護るのは、過去の世界。この世界と同じ歴史を持つ、枝分かれした未来の待つ世界。その世界に留まり、永遠に世界を護るのが、貴方の罰よ。――永遠にね』
それは、想像を絶する罰。
果て無き苦痛を伴うだろう、無限輪廻の罰。
「――確かに、僕にピッタリな罰だね。皮肉が利いてるよ」
再び、壊れた笑みを浮かべる。
『歴史が正式に分岐するのは、西暦2000年。セカンドインパクトが起こった後なら、貴方は何をしようが構わないわ。――世界を、滅びから護るのなら』
それは、罰であり好機。
あの歴史を変える、唯一のチャンス。
少年は少女を見つめ、再び笑った。
壊れた笑みではない、少年本来の笑顔で。
「――有難う。――処で、守護神になると、何か特典とかあるの?」
『大いなる守護の力、不老の体……色々あるわ』
「なら一つだけ、お願いが……」
『何?』
少年は、言った。
「――僕の名前と容姿を変える事が出来ないかな?」
『出来るけど、何故?』
少女の問いに、少年は答えた。
「もうこの世に、【碇シンジ】は存在しない。――新たな世界に行くに当たって、僕は【碇シンジ】を辞める。この姿も、【碇シンジ】の姿だから、別の姿になりたいんだ」
一つの決意。
彼はもう【碇シンジ】ではない。
往く世界にはもう、【碇シンジ】がいるのだから。
『――解ったわ。一度姿と名前を決定すると、世界に登録されて二度と変更は効かないから、慎重に決めて。――姿を思い浮かべ、新たな名前を告げれば、それでいいわ』
少女が言う。
少年は、暫し考えを巡らせた。

――数刻が経つ。

「――決まったよ、綾波」
少年は、少女に言った。
決意の光を、瞳に燈して。
『――そう。それで、名前は?』
少女の問いに、少年は確りと答える。

――その名は、自らが唯一愛した少女の証。
少女の字から頂いた、新たな名。
――想い人と自分を繋ぐ、唯一の印。

……有難う、チサト。
もういない想い人に、少年は心の中で感謝を述べた。
「僕――いや、私の名前はセンリ……【神狩 千里(かみがり せんり)】。世界最悪の罪人であり、世界最強の守人だ!」
少年は少女にそう、宣誓を告げる。
「いいだろう、世界の母よ! 私はその罰に甘んじ、世界を護る最強の剣と為る事を誓う!!」
――姿が、変わっていく。
少年は一瞬で光の粒と為り、バラバラに砕け散った。
しかし数秒も経たずに光が再度集まり、形を成す。

――ボロボロだった衣服は、漆黒の装束と為り、
――白く短い髪は、背中まで届く艶のある鴉の濡羽色の髪へと変わり、
――黒い瞳は、紅玉よりも紅い真紅へと変化する。

――変化が終わる。
其処に居るのは、少年ではなく――少女。
年の頃は十五・六。
儚げな顔立ちをした、美しい少女。
――少年と同様、左目と右腕が、欠けていた。
『――何故、直さないの?』
「感傷――それと少しの罪悪。只それだけ」
少女――センリは、皮肉気な笑みで言う。
『――そう。……じゃあ、頑張って』
「ああ、頑張らせてもらうよ」
二人の少女の言葉と同時に、空間に巨大な穴が現れた。
センリは少しも躊躇わず、飛び込んだ。
――そして、少しだけ振り返り
「――さようなら、綾波。そして……世界よ」
『さようなら、碇く―――センリ』
最後の邂逅。
――二人は、笑みを交わした。
センリを飲み込むと、穴は掻き消えていった。
最後の意志――綾波は、ずっと空を、見上げているのだった。




――こうして、「この世界」の物語は終わった。
次から語られるのは、「新たな世界」での物語。
神話の終わりは、まだ訪れない。



神を狩る罪神 〜The description of end of gods〜


presented by ガーゴイル様




To be continued...


(あとがき)

またやってしまった…
まだ連載あんのに新シリーズ…
しかし、書いてしまったものはしょうがない。
こうなりゃ開き直るまでだ!
と、いうわけで新たな物語がスタートしました。
大目に見てやってください(泣)。
では、今回は此れで。

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