また殺すの?
次はどうやって殺すの?
何度殺せば気が済むの?
全てはあなたの望むまま。
永遠に犯し嬲り殺し続けなさい。

神様さえ匙(さじ)を投げたこの世界で。






おねえさんといっしょう

presented by グフ様







連日降り続いた雨は夜半に上がり、朝方には霧となって街を覆った。
ミルクを溶かしたような朝靄の街、その中を進む一台のリムジン。
水気が音を吸い込む。無音で進む黒き鉄の塊。
それはやがて街の中心を外れ、都市を囲む山麓へと進んで行く。

「本当にこの先で?」

ハンドルを握る黒服の男が後部座席に向け声をかける。

「いいんです」

背後から肯定の返事。若く艶やかな声。

「了解しましたあ、司令」

ぶっきらぼうに無精髭をさする黒縁眼鏡の中年男。

「それと藤木さん」
「何でしょうか? 司令」
「二人っきりの時は、役職は止めましょう」
「はあ。でもそういう訳にはいかんでしょう、立場上」
「立場?それは保安部長として?」
「それもありますが、私、まだ死にたくありませんので」
「怒りますよ、藤木さん」

その声は笑っていた。だが藤木は身に染みて知っている。
こいつは、ああ、こいつは笑いながら平然と手を下す。

「怖いですなあ」

もう藤木くらいのものだろう。保安部の中で彼にそんな口が効けるのは。
後部座席に座る司令と呼ばれる男、否、この少年へこんな軽口が叩けるのは。
少年? そう、少年なのだ。藤木が司令と呼び敬語を使うその相手は。

「ではお言葉に甘えて。シンジさん」

NERV総司令、碇シンジ。それが彼の名前。

「はい、なんでしょう藤木さん」

誰もが知っている。英雄、鬼神、化物、サードチルドレン。
使徒と呼ばれる侵略者を完膚なき迄に殺し尽くし、この世界に平穏と平和と静寂をもたらした存在。
誰が信ずるだろうか、その彼に向かって、さん付けとは言え名前を呼ぶ事を許された“部外者”が居る事に。
彼を名前で呼べるのは限られた者、あの子供の姿をした悪魔、チルドレンズだけの筈だ、それなのに。

「昨日は急遽休みを頂きまして、申し訳ございませんでした」
「お誕生日でしたか? 奥様の」
「ええ、まあ。忙しい中、こんな野暮用ですいませんでした。
 いやあ、無理言うなと言ったんですが、どうしてもと駄々こねられまして。
 ですがまあ、お蔭様で家庭内不和回避できましたわ」
「いえ、とても良い事です。大切ですからね、家族の絆は」

お前がそれを言うか。
藤木は心の中で毒を吐く。
その絆を真っ先に断ち切ったのはお前だろうが。
初めてこの少年と出会ったあの日、男の脳裏に鮮烈に焼きついた光景。
忘れられるものか。あの鮮血を。

「ええ。大切ですなあ」

碇シンジが本部に来たその日、最初に行った事。
彼の父親にして当時の総司令、碇ゲンドウの殺害。
一瞬だった。シンジが手を振り上げた瞬間、ゲンドウの首が、飛んだ。
やがて噴出す血。飛沫を上げてバンカーに赤い雨が降る。
動けなかった、否、動くことが出来なかった。呆然と立ち尽くす藤木を突き飛ばし彼の同僚が動く。
少年を取り押さえようとした後輩の大沼は、光る刃で袈裟斬りにされた。
少年を静止させようと銃を向けた同期の鈴伊は、見えない力に捻じ切られた。
そして、躊躇わず引き金を引いた上司の上島は、オレンジ色の障壁に跳ね返された跳弾を受け、逝った。
彼は終わらせた。許容も無く慈悲も無く、一切合財全てを。微笑みながら。

「絆って奴あ、まったく」

俺だけが生き延びた。動けなかった、動くことが出来ずただ立ちすくんでいただけの俺が。
なあ大沼君、鈴伊、そして上島さん、俺だけは生き残ったぞ、臆病者の俺だけが。ざまあみろ。

「藤木さんは、確か学生結婚だったんですよね」
「ええ、まあ勝手知ったる古女房って奴ですわ。俺の尻叩くのが仕事みたいで」
「尻を叩く、ですか」
「ええ。道に迷った時、ケツをスパン!と叩いてくれるんです、あいつは」

もういいの、あなたは自由よ。
藤木の脳裏に蘇る妻の声。

「そういえばシンジさん、惣流さんが愚痴てましたよ」
「アスカが、ですか。何て?」
「最近、ちと余所余所しいそうですなあ、いけませんなあ、若いのに」
「ははは」
「まあ綾波さんのように淡白過ぎるのも考えもんですけどねえ」
「まいったなあ。でも有難うございます」
「何がですか」
「アスカとレイの、その、色々と相談に乗ってくれてるみたいで」
「まあ私はパンダみたいなモンですから。
 美男美女揃いのNERVの中で唯一の太っちょ中年髭メガネ。
 人畜無害な珍獣というか、癒し系とでもいうんでしょうかねえ」

そう、世界統合準備機構へとシフトアップした現在のNERVは、スタッフも大きく入れ替わった。
容姿端麗、才色兼備なエリート達、まるで世界各国美男美女博覧会のよう。
まるでマネキンのショーケース。プラスチックの香りが鼻につく。吐きそうだ、と男は唾を飲む。

「しかし、シンジさん」
「はい」

藤木が笑う。

「ハーレムも中々大変ですなあ」

歪む無精髭。

「藤木さん、貴方は不思議な方だ」

微笑む少年。

「僕にそんな口を効くなんて、もう貴方くらいだ」

ははは、と返す藤木。ハンドルを握る手の中、じわりと汗が滲む。

「そんなに死にたいんですか?」

来たか。遂に来たか。ようやく、と口元が哂う。

「怖いですなあ」

それでもなお茫洋と語る口。何かが麻痺しているのか、それとも。

「冗談ですよ。藤木さんは、僕のお気に入りですから」

くそったれ。喉の奥で中年男が愚痴る。

「ありがたいですなあ」

狐と狸、少年と中年を乗せて山間を進む車はやがて霧の中、
ライトが照らし出す進入禁止のバリケードの前で車輪を止めた。
かつての観光道路。一年前の使徒戦役で山頂周辺が崩落した為に
封鎖されたスカイライン、その入り口。

「引き返しますか?」
「いいえ」

言い終わる前にシンジがドアを開ける。

「ここでいいんです」

車から降りるシンジ。湿った朝靄が肌を包む。
そして歩き出す。バリケードに向って。

「シンジさん、ちょちょちょっと待ってくださいよお」

ブレーキをロック、キーを外し上着のポケットに入れ藤木が後に続く。
朝にしては暗い空、今にも泣き出しそうな雲。
何重にも積み重ねられたコンクリートの塊。水を含み沈んだグレイ。
その端、ヒト一人がようやく通れる隙間をくぐり向こう側へ踏み入れる。
荒れてひび割れたアスファルトを意に介す事無く平然と進む少年。
その後ろにほうほうの程で息を切らし男が続く。

「藤木さん」
「ぜぇ、はぁ、な、なんですかあ」

足を止めたシンジが振り返らず告げる。

「ついて来ないで下さい」
「いやまあ、そういう訳にはいかんでしょう、立場上」
「いいんです」
「シンジさん、貴方は今やこの世界での最重要人物です、お解かりですよね?
 その貴方が供も付けずにこんな所を一人でうろちょろしちゃいけないんです。
 もし万が一何かがあったら、私の首だけじゃ済まないんです、それだけの責任が貴方には」
「僕は、いいと、言っている」

少年の背中から発せられる何か。肌を切り裂くような、殺気。

「だからあ、そういうわけにも、いかんのです」

全身から冷たい汗を流しながら、それでも藤木は続く。

「命令だ、保安部長」

動け、と藤木は念ずる。動け俺の脚、もう止まるな、動け。

「車に戻り待機しているんだ、いいな」

繰り返すな、もう二度と、俺が、俺である為に。

「そうですか、なら仕方ないですなあ」

震える指で上着に手を入れ、キーを掴み、そして。

「シンジさん」

少年に向って、投げる。

「藤木、さん?」

殺気が霧散する。手に投げ込まれたキーと共に。

「帰りはご自分でお願いします。運転出来ますよね?」

藤木が笑う。髭面の顔で。

「どういう意味ですか」
「私は、運転手じゃあ、ないんです」
「そんなつもりは」
「貴方は私に職務を放棄しろ、と仰った。そう命令された。
 つまりそれは保安部長はもう要らない、辞めろ、という事ですなあ」
「だからそれは!」
「お世話になりました」

頭を垂れる男を前にシンジが唇を噛む。

「藤木さん、僕の言葉が貴方を傷つけたのなら謝り」

その言葉を遮り藤木が叫ぶ。

「謝まるな!」

シンジの言葉が詰まる。

「貴方は謝っちゃいかんのです。もう誰にも頭を下げちゃいかんのです。
 もしそうしたなら、貴方が殺してきた数え切れない屍の山に唾吐く事になる。
 それは、それはあまりにも惨め過ぎる。だから、貴方は謝っちゃいかんのです」

ぽつり、水の滴が頬に当たる。

「殺しなさい、殺し続けなさい。傲慢に不遜に哂いながら嘲笑しながら殺し尽くしなさい」

ぽつり、ぽつり、ぽたぽた、ぽたぽた、と泣き出した空から滴が落ちてくる。

「それが貴方の作った平和だ。もう誰も彼も煩わせない、貴方の為の人形達、幸せなドールハウス」

ぱらぱら、ぱらぱら、ぱらぱらと、朝の雨が二人に降りてくる。

「私は、ごめんですなあ。醜くても滑稽でも、せめてニンゲンらしく」

濡れた黒服、張り付くシャツ、その隙間に手を入れパチン、とストラップを外す。

「お世話になりました」

スライドを引きチャンバーにアモを込めグリップを握る。冷たい雨が銃身を濡らす。
震える手、揺れるサイトの向こう、煙る景色の先に、少年。

「そして、さようなら」






【第一話】ワールドイズマイン






さわさわと冷たい朝の雨が男と少年を濡らす。

「藤木さん、何故」
「前々から考えてはいたんですが、中々踏ん切りつきませんで」

重い。銃って奴は何でこんなに重いんだろう、と藤木は思う。
こんなに重いくせに何て無力なんだこいつは。

「奥さんが悲しみますよ」
「ああ、それはもう良いんです」

こんなモンで目の前の化物を倒せる訳は無いだろう。
解かっている、解かっているさ、でも。

「女房ですが、昨晩、逝きました」

一瞬、シンジの瞳が揺らぐ。

「そんな」
「長患いでしたが、これでも良く持ったほうです」
「だって! そんな報告は今まで」
「シンジさん、私は保安部長ですよ、いえ、元保安部長でしたか」
「何故、何故隠したんです。解かっていたなら僕が」
「だからですよ」

そう、こいつに出来ない事なんかない。末期といえど容易く治しただろう。
初めてNERVに来たあの日、父親を塵殺したその手でこいつは傷を癒した。
青い髪の少女、綾波レイの傷口を。笑いながら、同じように微笑みながら。

「シンジさん、ならあんたは大沼の恋人、鈴伊の奥さん、上島さんの子供が
 奴らを生き返らせてくれ、と言ったら応じましたか?」
「大沼、鈴伊、上島、誰ですか、それは一体誰なんですか」
「ですよねえ。いちいち屍の名前を、覚えてないですよねえ」

おい大沼君、鈴井、上島さん。こいつは案の定、お前達の事なんざ覚えちゃいねえぞ。
まったく、ほんとうにお前らは幸せもんだ。まったくもって、ざまあみろ、だ。

「僕はただ、みんなが幸せになる為に、その為に手を汚して」
「まったくありがたいこってす。有難くておじさん泣けてきちゃうよ」
「藤木さん! 貴方の奥さんだって救えたかも知れないのに!」

冗談じゃねえと藤木が笑う。暗い瞳でせせら笑う。

「あんたは、死まで私らから奪うんですか?」

ごめんだね。まっぴらごめんだ。あんたの前じゃ生も死も、みんなペテン。
親しい死を見たくない、そんな我侭で、俺達の唯一無二の自由すら、あんたは。

「あいつ、息引き取る前に、言ったんです」

雨に無精髭を濡らし藤木が笑う。

「あなたはもう自由だ、って」

その言葉がこの身体を軽くする。

「最期まであいつ、ははっ、私のケツ叩いてくれましたわ」

疲れ切った足元から全て凍りつくしても、それだけがこの身体を支えてくれる。

「大沼は糞生意気な奴でしたが、前途有望で才気溢れる若者でした。
 鈴伊はミスター保安部と言われてまして、憎たらしいくらい気持ちの良い男でした。
 そして上島さんは、うちの女房の事心配して、私が内勤に回れる様に手配までしてくれて」

シンジは知らない。藤木の持つ銃は、かつての上司である上島の遺品、だという事を。

「そりゃあ保安部ですから、どぶさらい軍団とか揶揄されながら汚い事もやりましたよ。
 それを言い訳する気は毛頭ございません。歯ぁ食いしばってやりましたよ。それが仕事ですから」

つらかったよなあ、何度も泣いたよなあ、でも、それでも何かを信じていたよなあ。

「でもね、シンジさん。私らは、俺達は、あんたみたいに笑いながら、やっちゃいない」

みんなの幸せの為? なるほど、なあるほど。少なくともあいつらは其処に含まれちゃ居ない訳だ。

「復讐、という訳ですか」
「復讐? いやあ、貴方と一緒にして欲しくないですなあ」

それはあんただ。あんたがした事は、自分に優しくなかった世界への復讐、それだけだ。

「これは仕事です。あの日、やり遂げられなかった俺の、仕事なんです」

あの日あの時、動けなかった、化物を前にして動く事が出来なかった、俺の。

「藤木、さん」

不意に俯くシンジ。

「僕は貴方が好きだった」

何かをあきらめたかのように。

「少なくとも貴方は人形じゃない。だから好きだった」

藤木は思う、気づいていたんだろうなこいつは、と。
腹に溜まったどす黒いタールを糧に、お前の人形に成り果てる事を拒み続けた、俺を。

「そうですなあ。綾波さんや惣流さんはもちろん、貴方のご学友や伊吹さん、果ては赤木博士まで。
 皆貴方を盲目に敬愛し崇拝するただの人形。少しでも意に沿ぐわなかった者はみんな、みいんな。
 もう私くらいのモンだ、生き残ってんのは、いや、まてよ」

そう、俺だけじゃなかった。何故忘れていたんだろう、もう一人、居た。

「なあるほど。この先に居るんですね、お目当ての、あのひとが」

この少年が異常な程固執し、執拗な迄に拷問を繰り返した旧NERV元作戦部長。
牛、無能、破綻者と蔑すみ罵り倒したにも関わらず、使徒戦役終了直後に何故か放逐されたあの女。

「葛城ミサト、ですね?」

保安部長だった藤木でさえ容易に近づけなかった箇所がある。
ターミナルドグマ深奥部コキュートス、セクションC"コンヴィクト"。
其処は藤木どころか、チルドレンズ、その中で最もヒエラルキーが高いと言われ
鬼神の愛妾と囁かれた惣流・アスカ・ラングレー、綾波レイでさえも立ち入れ無かったと聞く。
NERV総司令にして最強戦力、碇シンジだけのプライベートセクション。
当然、様々な憶測が流れた。監禁部屋、拷問部屋、葛城ミサトはそこに居る、とか。
彼が使徒を屠ったその日、獣のような叫び声と耳を覆いたくなる悲鳴が一晩中聞こえた、とか。
目を抉られ喉を潰され胸を削がれ腕を足を抜かれたかつて人だった何かを彼が引き摺って居た、など。
何が真実かは解からない、ただそれもあり得るだろう彼ならば、と。
だからこそ、事後報告として彼女が放逐、つまり生きて追放された、と聞いた時は心底驚いたものだ。

「あの女に会いに行くのですね」

シンジが俯き唇を噛む。沈黙、それは肯定の証か。

「またおかあさんに、駄々をこねに行くんですなあ」

顔を上げるシンジ。赤く輝く瞳で。
図星か。ああ、やっとその気になってくれたなあ、と藤木は笑う。

「藤木さん」
「はい、何でしょうかあ」
「残念ですが」

シンジの右手がゆるり、と上がる。

「貴方を本当に殺さなくては為らなくなりました」
「どうぞどうぞご遠慮なく」

同時に藤木の指がセレクターを弾き、フルショットバーストでトリガーを引く。
タタタタタタタタタタタタタタタタタン!と連続音、軽くなるマガジン、焼ける銃身、そして。

「あー、やっぱ駄目かあ」

茫洋とした藤木の声。シンジの眼前で静止する弾丸。
オレンジ色をした八角形の障壁。
それはやがて、鉛の弾を包み込み押し潰し、その姿をまるで光る剣のような形に変える。

「僕は本当に、あなたが好きだったんだ」

シンジが笑う。だがそれは、ああ、なんて顔をしてやがる。

「人形だらけのあの家で、あなただけは生きていた」

普段のクールさは何処行った? みっともない、くしゃくしゃじゃないか。

「大声で笑い、嘆き、皮肉を言い、小言を愚痴り」

ああ、雨か。だからそんな顔をしているのかい? シンジさん。

「僕が消してきた全ての筈なのに」

まったく雨って奴ぁ、うっとおしいなあ。俺の顔も濡らしやがる。

「何故かそれが、とても心地良かったんだ」

実はね、俺もあんたの事、あんまり嫌いじゃなかったんだ。

「おとうさん、って呼びたかった」

願い下げだ。二度父親を殺してようやく大人になるなんて、そんなヒネた餓鬼なんざ。

「さよなら、藤木さん」

ああ、さよならだ、シンジさん。











どれくらいそうしていただろう。
何も無い瞳でシンジが見つめる視線の先。
足元の水溜り、赤い、あかい、みずたまり。

「止んだ」

一言呟く。見上げた空からもう滴は落ちない。
相変わらずの空、泣き止んだ曇り空。
そして、シンジは再び歩き出す。目的の場所へ向って。
割れたアスファルトから草が這う。
荒れ放題の道、黙々とただひたすらに登る、下る、上る、やがて。

パキッ。

何かを踏む音、靴の下に"Cafe Edge"と書かれた木片。
朽ちて倒れた看板、見上げたその先、廃墟と化したドライブイン。

「この世の果て、か」

Edge、エッジ、端っこ、果て。
彼の拠点、ホームである第三新東京市と外界を分かつライン。
廃屋はまるで現世と幽世の狭間に佇むように、其処にあった。
ゆっくりと息を吸い、そして吐く。深呼吸。それが此処へ入る為のルール。
まずは気を静める事。何が起きても、何があっても騒がぬように。
そして、シンジは朽ちたドアに手をかける。

ぎぎーい、ガタッ、ドスン、バッリーン。

突如崩れ落ちるドア。木片が飛ぶ、ガラスが割れる、埃が舞う。
相変わらず斜め上を行く展開、しかし、碇シンジはうろたえない。
ここは何でも在りだ、何が起きようと不思議では無い。

何故なら、この奥に潜むのは、本当の化物だからだ。
シンジの様な即席の化物では無く、本物にして唯一の、ばけもの。

一瞬の躊躇の後、静かに足を踏み入れる。ギシリ、ギシリ、と板の間が軋む。
歩くたびに厚く積もった埃が舞う。外からの光を受けちりちり、ちりちりと。
暗闇に目を慣らす。やがて目に入るもの達。
木片、硝子の欠片、転がる酒瓶、踏み付けられた缶、散らばった無数の空薬莢、その先。

「ミサト、さん」

暗い店の奥、古びた椅子に女が座っている。
擦り切れた服、薄汚れた肌、半裸に等しい姿、俯く顔、乱れた長い髪がゆらあり、と上がる。

「しぃぃん、ちゃぁぁん」

髪の間から白い肌、艶やかな唇が笑う。
爛々と輝く瞳、夜の闇の獣のように、シンジを射抜く眼光。

「ねえ、次はどうやって愉しませてくれるの?」

紅い舌が上唇と下唇をゆっくり濡らす。

「愛してるわ、可愛い子」

にぃ、と濡れた唇がシンジを呼ぶ。
おいで、おいでぇ、と艶やかに招く。
そしてまた、いつものように誘うのだ。







「さあ、もっと殺して」と。











おねえさんといっしょう
第一話/ワールドイズマイン/了


Can you follow?






To be continued...
(2008.09.27 初版)


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