僕があの頃、手にしていた宝物は
執着すればするほど、大きくなり
僕の小さな心では、とても抱え切れなかった―
第一話 〜終わりは始まり〜
presented by hot−snow様
2018−
「ちくしょー!!一体、どこのどいつだ。こんな戦争楽勝って言った野郎は!!!」
遠くで聞こえるトラップによる爆音と仲間たちの悲鳴。
それらを聞きながら男は自らの怪我の応急手当に追われていた。
復讐戦と銘打って始まったこの虐殺劇。
相手は一ヶ月前、アメリカでテロを敢行した中東のテログループだった。
規模も人数も後ろ盾もない一組織。母国アメリカからみれば塵にもならない。
しかし、それを理由に支持率を上げるため、一国の大統領がテレビクルーと陸上部隊を送り込んだのは5日前。
楽勝だという推測とその映像を流す事で遺族の敵は取ったというアピール、それが目的であった。
立ちふさがる人間を殺しながら、順調に突破していく陸上部隊。
そこには何の感情も見えない。
命乞いをするものや老人、子供すべてを殺した。
反抗する者は楽には殺さず、どうなるかを分からせるためにワザときつい拷問を浴びせ、死体をさらした。
それは上層部からの命令であり、間違っていたとしても仕方ない事だった。
自分がしたいわけではない、命令されているんだ。そう割り切った。
間違っていると馬鹿でも分かる作戦を、得意げに指示してくる馬鹿上層部。
それでも、従った。
駒に感情はいらないから。
そして敵のアジトを発見し、一様にため息をついた。
やっと、このつまらない人形劇を終えることができると。
だから、注意不足になった。怠慢になった。
楽勝過ぎたから。そして、それの報復を喰らった。死という形で。
目の前でぶっ飛ぶ仲間達。一瞬、何が起きたのか分からなかった。これは、訓練じゃない。
それは聞いていた。でも、把握する事なんてできなかった。自らに痛みがない限り。
顔に降り注ぐ血や臓物。生臭い、それがはじめの感想だった。
イヤだなとも思った。なぜか冷静だった。恐怖の余り感情が凍ったのだと考えた。
自分が人間じゃなくなったようで、嫌悪を覚えたけど、そのおかげで助かったんだからもうけものだ。
仲間が混乱に陥り、トラップにはまるのを冷静に見ていた。そして、考える。
安全な道はどこだ?と。
習ったはずだ。思い出せ。冷静に、頭を冷やして考えた。だから、生き残れた。
もう、空軍が動くタイムリミットまで時間は残り少ない。
「ここまでか・・・」
仲間の悲鳴を遠くに聞きながら、男は言葉を諦めにも似た感情に乗せたまま呟いた。
サードインパクトが起きて2年。
生態系に多大な影響を及ぼし、世界各地の権力者を葬ったそれは、世界に混乱を巻き起こした。
毎日のように起こる内戦や権力闘争による争い。
EVAが存在する日本以外は目も当てられない状況だ。
それは、大国アメリカも例外ではなく、日常的に争いが起こり、ついこの間もテロにより3000人がなくなった。
そして、当たり前のように始まる復讐戦。
とにかく世界は狂っていた。
「キラー平気か?」
「あぁ、なんとかな」
ひきつった笑みをみせる。それは、顔の筋肉を強引に持ち上げたみたいで不自然だった。
「そりゃ上等だ。どうやら、奴さん相当強いぜ。もう、A、Bもやられた。どうやら、残っているのは俺達だけだな」
「悲鳴がたくさん聞こえた。おかしくはないな・・・だが、あいつらがそんな簡単に死ぬとは思えない。
本当か?」
血で濡れた口元に、手をあて、考えてるポーズを取る。
「マジだよ。マジ。こんな事嘘ついたって何も始まらないだろ?」
「でも、ギルお前確かA部隊だったろ?」
「だから、唯一の生き残りって奴さ」
ヘラヘラ笑いながら、懐からタバコを取り出し、火をつける。
それらの行動は完全に戦場での行動ではありえない行為。
しかし、それを責める人間はここにはいない。
「でも、まだ信じられねえよ」
「何が?」
「血煙が晴れて、振り向いたのは1人の餓鬼だぜ。背もこんな低くてさ、顔はどっかのアイドルグループときたもんだ。」
手を差し出し、身長を示している。
「・・・まさか、あの大規模な惨劇だぞ。餓鬼には無理だ」
「確かに信じたくはないものだ。けど、本当だよ。しかも、信じられない事はもう1つあるんだ」
「これ以上に何かあるのか?」
うんざり顔で言葉を発する。
「ああ。お前英雄って知ってるか?」
「英雄?」
顔を顰めながら言葉を出す。
「お前も知ってるだろ?サードインパクトで、世界を破滅から救い、命を落とした少年を」
その言葉を聞き、思い出すのはNERVが毎日のように流していたビデオの中で、傷つき涙を流し、
それでも必死に戦っていた一人の少年の姿。
しかし、その少年はサードインパクトの際、人類の存続と引き換えに死んだはずだ。
「まさか・・・」
「ああ。そのまさかだ。英雄は生きてたんだよ。誰にも知られる事はなく、裏の世界でな」
遠くで鳴り響く爆撃音。
どうやら、なかなか進まない陸上戦に苛つきを感じた上層部が上空からの攻撃に切り替えたようだ。
それらを静かに見つめる少年。
「動きが早いな。逃げたほうがよさそうだ」
その直後、爆撃によって吹いた強い風。
砂が舞い、周りの景色が一瞬見えなくなった。
そして、それが晴れる頃には、その少年の姿は消え去っていた。
2016年−
「碇、お前シンジ君を殺す気か?!」
薄暗い部屋の中、にらみ合う老人2人。
「冬月先生、何をおっしゃってるんですか?ただ私はシンジを国連の要求通り、引き渡すと言っているんです。
今はゼーレの残党との争いが忙しいはず、時間をかけてる暇はないはずでしょう?」
「ふんっ!奇麗事を。お前はユイ君の愛情が他に向かうのが嫌なだけだろ?」
吐き捨てるように話す。顔には嫌悪が浮かんでいた。
「何をおっしゃってるのか?あれは人間ではないんですよ。
それなのに、ユイの愛情が向く?笑わせないで下さい」
「碇、貴様!!!我々の罪が彼を人間でなくしたのだ。それを忘れて、どの面を下げてそんなことを!!!」
顔を真っ赤にし、猛然と目の前の男に掴みかかろうとする。
しかし、手が届こうかという瞬間、彼は何かによって吹き飛ばされた。
「ぅぐっ」
「はははっ。冬月先生、あなたは馬鹿ですね。今まで通り私に仕えてれば、幸せな人生を送れたものを。
自らの行動を悔いて、死ぬまで穴倉の中で暮らすがいい。保安部連れて行け。」
どこからか現れた黒服によって、両腕を抑え付けられ、強引に歩かされる。
しかし、冬月はそれらが分かっていたかのように、穏やかな表情を浮かべていた。
「碇・・・」
「何ですか?」
部屋を出て行く間際、彼は呟く。
「可哀想な奴だ」
「連れて行け」
心からの言葉も届かず、部屋から消えていく。
しかし、彼には後悔の表情はなかった。
ユイが復活した今となっては自分が碇に殺される事は分かっていたのだから。
世界のすべてをユイのために棄てた男。
罪の細部まで知っている自分は邪魔な存在でしかないのだ。
だから、彼は自分が殺される前に1つの保険をかけていた。
自らのためではなく、自分の罪の象徴であるシンジのために。
それは、自分達がしたシンジ君に対する行いがユイに正しく伝わるように、MAGIへと記録を残したのだ。
リツコと合同で作り、精密に隠されたそのファイルはゲンドウには見つけることができないもの。
生存しているもので見つけれる可能性がある者。
それは、作った張本人であるリツコと冬月。そして、知的好奇心と能力を両方備え、MAGIに残した僅かなヒントで正解へと導ける人物。
自らが失った時間を乗り戻すようにMAGIのファイルを読み漁るであろうユイだけだった。
2018−
「・・・話が違いますよ?」
相手の喉下に鈍く光るナイフを押し付けながら、シンジは言葉を静かに発する。
「す、すまない。」
その余りにも化け物じみた実力に、相手を間違った事に気づいた依頼人は焦りながら謝罪の言葉をなんとか吐き出した。
中東の小さなテログループを裏から援助する人物から、アメリカの動きをなんとかしてくれと依頼を受けたのは一ヶ月前の話。
当初の話では、アメリカといっても相手にするのはほんの少人数で、直接、戦わなくてもなんとかなるはずのものだった。
しかし、蓋を開けてみれば、復讐戦と大々的に名打たれたその戦いは大掛かりなものだった。
その結果、シンジは直接戦わなければならなかったし、顔もばれてしまった。
裏の世界で生きはじめて2年。
ミスらしいミスをしたことのないシンジにとっては初めての失態であった。
それもこれも、目の前で冷や汗流しながら、震える脂ぎった醜いオヤジのせいなのだ。
この落とし前は高くつく。
シンジは依頼人の部屋へと進入し、問答無用でナイフを押し付けた。
「本当にすまない。
金は約束の5倍は出す。
だから、許してくれないか?」
「はぁ?冗談は寝てから言ってください。
もう金の問題じゃないんですよ。」
そう言うと、シンジは僅かに微笑みながら、ゆっくりとナイフを横にひきはじめる。
薄皮が切れていくのだろう。
ゆっくりと赤い液体が流れ落ちた。
「い、い、命だけは助けてくれ。
な、なんでもする。だから、命だけは」
「あはは。具体的な話が欲しいですね。
時間ないですよ?僕、我慢とか苦手ですから」
心から楽しそうに話すシンジに心から恐怖する依頼人。
話す間もゆっくりと、でも確実に食い込んでいくナイフ。
「き、き、君の望むもの、すべて出そう。
だ、だから、命だけは許してくれ!!」
彼は今、すべてといった。
その言葉にシンジは無表情になる。
そして、依頼人の目をゆっくりと見る。
彼の瞳が自分を見ていることを確認すると、微笑み、言葉をゆっくりと吐き出した。
「じゃあ、命をもらいましょう」
部屋が真っ赤に染まった。
2016−
「そろそろだと思っていたよ」
NERVからの呼び出しを受け、向かう道中、現れた黒服の集団。
その中心には家族を強制した人物が立っていた。
「シンジ君・・・ごめんなさい。アスカやレイのために・・・国連に行って・・・」
いろんな言葉を省かれ、告げられた死刑宣告。
それはひどくシンジを冷めさせるものであった。
「あはは。言葉間違ってますよ。あなたのためでしょ?」
「・・・それは違う。
確かに結果的には私の命も救われるかもしれない。
でも、あなたを差し出す事によってNERVは救われる。それは、アスカやレイを守ってあげられることにも繋がるわ。
あの子達を好きなら・・・いいえっ、こんな事言ったって納得してもらえないわね。
ごめんなさい。」
何を言ってもいいわけにしかならない。それを察したミサトは言葉を止めた。
そして、視線を後ろに向けると、黒服に目で指示を与える。
「サードチルドレン、国連から身元引渡しの要求がきている。
我々と一緒にNERVにきてもらおう。」
「僕は、あなた達のために殺されちゃうんですか?」
ありきたりの茶番劇に、シンジは如何にも、おもしろそうに話す。
顔を歪め、何かを話そうとするミサトを、体格のいい男が制すと、回りより一歩踏み出し、質問に答える。
「その質問に答える権利は我々にはない。
すまないが、NERVに来てもらえないか?」
「どうしても?」
「ああ。大人しく従ってもらえない場合は、多少、手荒いことになってしまうんだ。」
申し訳なさそうに、その事実をシンジに告げる黒服リーダー。
「どうかな?」
その言葉にシンジは軽く微笑むと、静かにうなずく。
了承と受け取ると、黒服たちがシンジへと近寄り、手錠を取り出した。
「すまないが、指示されているんだ。
手をポッケから出してもらえないか?」
「ほいほい」
先程までの様子が嘘のように従順な態度を見せるシンジ。
しかし、誰も気づいていなかった。
シンジがポッケに手を入れたのは、ミサト達が現れた後のことに。
シンジは自らの腕を掴み、ポッケから手を引き抜こうとする人物に軽く微笑んだ。
「えっ?」
「さよなら」
次の瞬間、赤に彩られる空間。
シンジは素早くポッケから不思議な形をしたナイフらしきものを取り出すと、黒服の首と胴体を切り離した。
動揺する集団。
「ぐっ」
動揺し、陣形が整わない。
戦自の大量虐殺の際に、ベテランを多く失い、新人ばかりというのも影響した。
また1人、また1人と血に染まっていく。
残像しか見えない敵。狭い路地裏が邪魔し、銃は使えない。
使えたところで、正確に位置を掴まない人物には意味のなさないものだ。
「ほらほら?
早く僕を殺さないと全滅しちゃうよ?」
どこからか聞こえてくる楽しそうなシンジの声。
そのふざけた態度に、冷静さを失っていく黒服。
「きっさま〜!!何が楽しい?!」
「おいっ!やめろ」
激昂した部下を慌ててとめようとするが、時は既に遅かった。
銃の引き金が引かれる。
「ぎゃ!!」
的から外れた銃弾は、アスファルトに跳ね返り、ミサトへと当たった。
ピクピクと痙攣する。
「そこじゃないよ。
こっち、こっち」
嘲け笑うように、黒服の後ろから話しかける。
驚き、反射的に後ろを振り返ってしまう。
しかし、そこには、分かっていたかのようにシンジの姿があり、鮮血が舞う。
「これで、5人目。
あと何分、頑張れるかな?」
全身を真っ赤に染め、妖艶に微笑むシンジに、その場にいた人間は恐怖し、時が止まった。
「起きろ」
あれから、どれだけの時間が経ったのだろうか?
お腹を蹴られ、覚醒したミサトは周りを見渡す。
「うっ」
思わず吐き気を催した。
それほどまでに臭覚を刺激する血の匂い。
「やっと、起きましたか。
相変わらず、ミサトさんは情けないですね」
頭上からもたらされる声。
そこには、かつて家族と呼んでいた少年がたっていた。
「シンちゃん・・・」
「あなたに選択肢をあげますよ。
感謝してくださいね。殺さないでいてあげるんですから」
シンジは笑顔でミサトへと話しかける。
「な、なんの選択肢?」
「まあ、ほっといてもあなたは死ぬでしょうから、意味のあるものか分かりませんけど、
僕の言う事を聞いてくれれば、この場は見逃してあげますよ」
その言葉に自らの状態を思い出す。
自分は兆弾した弾が当たり、倒れた。
体に力が入らない。
その状況からも自らの状態が如何に切迫したものか理解する。
「お、お願い。助けて」
「だから、それは僕のお願い事を聞いてくれたらね」
ミサトの様子からは想像できないほどに、落ち着いているシンジ。
「は、早くNERVに助けを」
「はいっ?ミサトさんって、もしかしたら馬鹿?
こんな状況でNERVなんて呼んじゃったら、僕が悪者扱いされちゃうじゃないですか。
焦らないでくださいよ。
ちゃんと、言う事聞いてくれたら、助けてあげますから」
相変わらず会話を楽しむシンジ。
「し、死ぬのはイヤ。お、お、お願い」
「もう、せっかちですね。
仕方ない。意識失われても困りますから、言いますよ。
ちゃんと聞いてくださいね?」
「は、はい」
ため息をつき、仕方なさそうに話し出す。
「この行為は碇 シンジが起こしたものじゃない。
碇 シンジをNERVへと連れて行く際、どこかのグループに襲われ、彼は拉致された。
それをNERVへと伝えてくれたら、あなたの役目は完了です。
ねっ?簡単でしょ?」
ニッコリとミサトへと話しかける。
しかし、ミサトには会話を楽しむ余裕などあるはずもない。
「わ、分かったわ。だから」
「本当に分かりました?
僕の前ではそう言って、いざNERVに入ったら、本当のこと言われたら困るんですよ。
だから、保険かけておきますね。ここだったっけな?」
そう言うと、持っていた鞄を漁りだす。
「な、なにを?早く」
「あったー!!良かった。無くしたかと思ったよ」
その手に握られているのは、小さな粒。
肉眼では確認しづらく、そこにあると分かっていなかったら、見つけることもできなかったであろう。
「これは、ある人物に作ってもらったものなんですけど、すごいんですよ。
これ小型爆弾なんですから。
こんなに小さいのに人間1人なら木っ端微塵にできるし、とっても優れものなんです。
いや〜科学の進歩はすごいですね」
心からの言葉なんだろう。
楽しそうに話す。
「これをあなたに仕掛けさせてもらいます。
NERVの内部には、僕の内通者がいますから、あなたの証言なんてまる分かりですよ。
発言には注意してくださいね。
おい、ちょっときて」
柱の影から現れる人物。
仮面を被り、素顔は見ることができない。
「これ埋めてもらっていい?
僕じゃ、しんじゃいそうだから。」
その言葉が耳に聞こえると同時にミサトは何かを打たれたのを感じた。
瞼が重くなっていく。
そして、意識が途切れる瞬間、聞こえた声。
「あなたの命は僕が握っているんですよ?
ちゃんと、役割果たしてくださいね?」
2018−
「シンジ君はどこにいったのかな?」
新聞紙を広げながら、傍らに座る女性へと話しかける。
山のように積み上げられた書類と格闘していた女性だが、その質問に興味を持ったようで、手を止めた。
「加持さんも知らないんですか?」
「えっ?ということは君もか?」
お互いがお互いに把握していると思ったのだろう、少し焦った空気が流れる。
男は静かに新聞を置くと、頭を抱え込んだ。
「・・・またいつもの病気か?」
「ええ。そのようですわね」
ものすごく不機嫌そうに、目線を向けることなく、言葉だけを告げる女。
「まあ、マユミ君も、そんな顔しないで、探してきてよ。」
「・・・・イヤです。加持さんは、私に恋人の濡れ場を見てこいと?」
「いや、そういうつもりじゃ・・・」
「おふざけが過ぎますと、殺りますわよ」
顔に笑顔を貼り付け、首をかっきるポーズを見せるマユミ。
その凄絶な様子に加持は、顔を青くすると、静かに黙り込んだ。
To be continued...
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