暗闇の円舞曲

第一話

presented by 樹海様


 それはある日の出来事だった。
 その日、シンジは夜の公園に一人ぽつんと蹲っていた。今の家にシンジの居場所はない。母が亡くなり、父は自分を今の家に預け、以後会いにも来ない。それは幼い子供の心に『捨てられた』という思いを植えつけるに十分だった。
 そして、今の家は確かにシンジを飢え死にさせようとか、虐待するといった事はしない。しないが……それ以上は何もしない。
 一人新たに建てられた簡素な離れに置かれ、ご飯も置かれているものを一人食べるだけ。
 学校や町では『妻殺しの男の子』だと噂されて、いじめられても何もしない。学校では先生も何もしてくれない。
 そして、シンジが夜、こうして離れを抜け出して彷徨っていても探しに来てもくれない。翌朝普通に学校に行っていれば、それでいい、という態度だった。
 「僕は……いらない子なんだ」
 ぽつり、と呟く。その声に応じる声もない。
 この夜までは。
 
 「あら、あなたいらないの?」
 「?」
 綺麗な声。
 ふっと俯いていたシンジは顔を上げ。
 「わあ……綺麗」
 そう呟いた。
 そこにいたのは夜。そうとしか言いようがない女性だった。と思った次の瞬間、その姿は女性から少女のそれとなっていた。
 「あれ?」
 「どうしたの?」
 「ううん、今お姉ちゃんがもっと大人の人に見えたの」
 ちょっと驚いたような様子を浮かべたその少女は、けれどすぐ笑顔を浮かべてシンジを抱え上げた。細い腕ではあるが、もう軽々と。
 「一人なの?」
 その言葉に俯いてしまう。それが答えになったのだろう。
 「御免ね?辛い事聞いちゃったみたいで」
 少女の言葉にふるふると首を振る。
 「もうちょっと聞きづらい事聞いちゃうけど…お母さんは?」
 「………もう、いないの」
 悲しそうに俯いて呟く。セカンドインパクトの後、そうした子は増えた。というより、全世界的な規模での大災害であったあの災害で尚一家一族無事などという奇跡を探す事自体が一苦労どころではない。
 「じゃ、お父さんは?」
 そう聞くと、少年は次第に顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
 「………た」
 「え?」
 「僕……捨てられたんだ…」
 ボロボロと涙を流す子供を抱き寄せてあやしながら話を聞いてみれば、父親は母親が亡くなって間もなく、少年を捨てたのだという。一応、今の家に預けられた形ではあるが、以後顔を見せるどころか、手紙さえ送ってこない。
 「そう……」
 軽くぽんぽんと少年の背中を叩いてあやしていた少女が続けて呟いた、『なら私が貰ってもいいわよね』。そう続けられたような気がして。けれどシンジが少女の顔に視線を向ける前に。
 首筋に何かが当たったような感触と共に碇シンジ、そう呼ばれていた子供の意識は消えていった。

 「……姫様」
 「なあに?」
 何時の間にか、少女の背後に黒一色を纏った男性と大型犬がいた。双方ともそう見えるだけ、だが見る者が見れば分かっただろう。だからこそ、彼らの周囲には何もいない。夜魔も何も……。
 「何もこのような子供を吸わずとも…」
 別に子供の未来がどうこう言う気は更々ない。ただ単純に彼の声に込められたのは『適当なファーストフードを食べずとも、少し待って頂ければもう少しきちんとした食事を用意致しましたものを』という程度のものだ。
 「いいじゃない、それに……」
 シンジだったものを抱えたまま、くるり、と少女は回る。
 「この子、結構美味しかったわよ?ううん、結構じゃないわね……極上だったわよ、この子」
 それは偶然。
 それ故に少女はその子を持って帰る事を決める。

 そしてその翌日。
 「ねえ、そういえば、あの子はどこ?」
 ふと喉が渇き、求めた少女は予想外の言葉を聞く。
 「は、それが……」
 「どうしたの?」
 珍しく歯切れの悪い黒い騎士の様子に首を傾げる。
 「死徒となりました」
 「……誰が?」
 「昨晩血を吸われた子供が、です」
 さすがに疑念を呈さざるをえない。
 「あの子を吸ったのは昨晩よ?」
 「はい、半日経つ前に……」
 通常、死者から屍人を経て、死徒となるまでには最低でも数ヶ月、通常数年を要する。半日経たずに死徒となるなど通常はありえない。それ故に三日で死徒となった弓塚さつきが逸材と称された訳だが……。これ程早いとは或いは星の後押しでもあるのか…。
 「ふ、うふふふふふふふ」
 黙って含み笑いをする姫を見ているのは騎士と常に傍らに控える大型犬。
 「あはははは!気に入ったわ!その子城に持って帰るわよ!」
  その日。
 碇シンジ、そう呼ばれた少年は表の世界から忽然とその痕跡を消す事となる。
 となる前に。
 もう一幕程ありそうである。
 「……?リィゾ、何かあるの?」
 何時もならば自分の宣言に黙って頷いていたであろう黒騎士が黙って立っているのを見て、彼女は不思議そうに首を傾げた。
 「はい、一つ」
 頷いて報告を行う。それによると、あの少年には何かしらの監視がついているのだという。
 「監視なの?護衛ではなく?」
 「監視です。実際、このホテルにも周囲に密かに見張りがついてます……腕は三流ですが」
 そして、監視がついている為か、預けられている家が騒ぐ様子もない。
 「……ん〜……ちょっと気になるわね。とりあえず調べてみて頂戴」
 
 そして、翌日に早くも大体の調べが済んだ。
 といっても、リィゾが直接調べた訳ではない。世話をする下っ端の死徒ぐらいはさすがに何体かいたし、日本にも死徒同士の伝はある。或いは単純に金で情報を仕入れたりする手もある。
 「どうやら、あの少年の父親の手のものです」
 「ふうん?一応心配だから、って事かしら」
 首を傾げるアルトルージュに、いいえ、と答え、続きを述べる。
 「心配して、というには不信な点が幾つもあります」
 「例えば?」
 今は大型犬のふりをするプライミッツの首筋を撫でながら、アルトルージュは視線を向けずに問う。
 少年の家族構成、父と母の実家、その他諸々を上げた上で、リィゾは続ける。
 「実際、今の世界でならば、そしてあの子供の母方の実家や父親の権力からすれば、もっといい待遇を受けられる家庭は幾等でもあります」
 それは事実。
 セカンドインパクトで子を亡くした親は多い。政府が自身の負担を少しでも減らす為もあるが、養子縁組の方法も親となる側と子となる側の双方(子供がまだ小さい時は政府運営の孤児院の職員か多少でも構わないので何らかの縁のある者)が了承した上で書類を出せば、それで可能になった。
 加えて、京都の旧家である碇家はずば抜けて裕福という訳ではないが、親戚縁戚の類が多い。無論結構な人間がセカンドインパクトとその後の混乱で命を失ったのも確かだが、それでも未だ幾つもの繋がりがある。そうした中には、幼少の頃からシンジを知っていて可愛がっていたような家もあった。そうした中からかの少年をきちんと育ててくれる家を探す事はそう難しくない事だったはずだ。
 が、むしろ痕跡を調べる限り、逆の条件……自らの息子を殺したりはしないが、愛情を注ぐ事もしないような家をわざわざ選んで預けた節がある。正直、普通の考えとは真逆だ。
 他にも、妻殺しの男の子、などという街に流れる噂もどうやらその監視役が発端らしい。
 「……成る程、怪しさ満点なのね?」
 「はい、その割に預けられている家庭に支払われている額は多額です。これならば、まだ普通に住み込みの家政婦なり雇って世話をさせた方が子供の為にもなるでしょうし、安くあがるでしょう」
 逆に言えば、我が子を回りくどい方法で虐待するのが趣味なのでもなければ、現在の環境が何かしらの目的の為に必要なのだという推測が成り立つ。
 「ふうん……」
 にんまりと笑うアルトルージュ・ブリュンスタッド。その内心を垣間見るならば、『何だかとっても面白そう』という所だろうか?
 死徒というものは長く生きる(正確には生きる事が出来る)。
 そして、長い長い時を生きる死徒二十七祖の上位クラスともなると、最大の敵は退屈だ。
 二十七祖の一角、リタ・ロズィーアンの先代がそうであったように、退屈が過ぎれば、それは生きる意欲そのものを失わせる。正に、退屈こそが死徒を殺すのだ。考えてみるがいい。何も楽しい、面白いと思うでもなく、ただ漫然と時を過ごすだけの生というものがどれ程の意味があるのか。分からなければ、一日中ただひたすら寝て過ごすだけ、空想もなく、本もゲームも何もなく、ご飯も味の何もないただ栄養価だけを計算したもので小さな何もない部屋で過ごし続ける日々を。果たしてその状態が何十年も続いた時、果たしてそれは生きていると言えるだろうか?
 それだけに……アルトルージュには目前に転がってきたこの話をそのまま放置しておくつもりはなかった。
 「いいわ、それなら少しこちらで手を加えてあげましょう」

 ホテルを数人の男達が監視していた。
 とはいえ、黒服なんぞを着込んだりはしていない。彼らは或いはごく普通のフォーマルなスーツ、或いは疲れた様子の上着を脇に抱えたサラリーマン、或いは老いた趣味人といった風情を装い、けれどホテル周辺に網を張っていた。
 彼らがこんな所にいるのは、一人の少年の為だった。
 昨晩、少年は時折ある事だが、夜の街へ出て……公園で調子を悪くして倒れた様子だった。その時傍にいた少女が心配したのか、自身のいるホテルに運んでいた。
 彼らは別に警察ではなかったし、特殊な特権を有している訳でもなかったから強引に少女の事をホテル側から情報を引き出すといった事は出来なかったが、それでもヨーロッパの資産家らしい、という事は既に判明していた。
 下手に手を出すのは拙いが、だが何時になれば少年は戻ってくるのか……。
 そう考えていた時、ある担当から連絡が入った。『少年を確認、一旦分担を決めたいので集合されたし』
 ようやくか、そう考え、一旦集まった彼らがそこで見たものは……一頭の大型犬だった。
 
 「ご苦労様、プライミッツ」
 抱き寄せて撫でる彼女の視線の先に男達がいた。
 書き換えられて、碇シンジという少年の幻を見続ける男達を。いや、幻と呼ぶのはおかしな話か、彼らにとってシンジは紛れもなく存在している相手なのだから……。
 既に少年を預かっていた家庭にもプライミッツ・マーダーは作業を済ませていた。今後彼らは彼らにしか見えない碇シンジの日常を追い続け、彼らにはこれまで同様の少年の日常を報告として送り続けるだろう。何らかの指示なりが来れば、それは彼らは無意識の内に転送の作業を行うはずだ。
 「うふふふふ、この話はどんな結末を迎えるのかしら?ねえ、プライミッツ」
 果たして、自分が最後まで主導して終わるのか。
 それとも、人間が何かしら予想外の一手をもって状況を変えるのか。
 或いは余所の勢力が自分の楽しみに口を出してくるのか。
 そもそも、あのシンジという少年が如何に才はあれ、果たして自分が使えると思えるだけの成長を遂げられるのか、いや、そもそもこれからのおそらくは使えるようにする為の厳しい訓練が続くであろう中で、生き延びられるのか。
 分からない事だらけ。
 でも、だからこそ楽しい。
 分かってしまっている未来など何が楽しいものか。
 「さあ、新しい遊戯を始めましょう」 

 それは偶然。
 日本という国に、自らの妹が、真祖の姫君と謳われるアルクェイド・ブリュンスタッドがいた事。
 セカンド・インパクトとその後の混乱で死徒を含む、裏すら手の及ばぬ闇の世界にも混乱が発生しており、その解消の一環として妹との関係改善を行わざるをえなかった事。ちなみにこれには真祖狩りの発端である白翼公も渋々ながら賛同しており、ひいては死徒全体の意思とも言えた……もっともアルトルージュとて彼を信用などしておらず、死徒二十七祖の第八位たる白騎士フィナ・ヴラド・スヴェルテンを本拠地に残している。
 とりあえず……。
 妹の恋人でもある死徒二十七祖第十位殺人貴のとりなしもあり、妹との関係はとりあえず改善……というより相互不干渉の約束を取り付けたという所か。妹の髪を返したのも有効に働いたらしい(というか、殺人貴の長い髪のアルクェイドって綺麗だ、の言葉に浮かれた)。
 とはいえ、わざわざ自分が足を運ばねばならなかった事など苛立った事も多かった。
 結果として、偶々立ち寄った街を含め、複数の大人子供が犠牲となり……内一人の子供がその眼に適っただけだった。

 そして、これこそが世界を変革する計画そのものを揺らがせる事になるかは……まだ誰も知らない。



To be continued...
(2009.03.21 初版)
(2009.04.18 改訂一版)


(あとがき)

今回、死徒の姫君たるアルトルージュにより死徒化するという部分に関しては重なる部分がある為、焚音さんより了承を得ました。
快く承諾を頂けた事に感謝します。

当初は候補としてはもう一つあり、『とある魔術の禁書目録』との合体を考えていました
が、主人公たる上条君とか禁書目録とかは……出しづらいのですよね。物理的な攻撃主体となるEVAにおいては
かといって、背後の暗い部分と関係させる為には学園都市の上層部は上条君達とは下手したら対立しそうですし…
結局、NERVにも対抗可能な力を持ち、加えてゼーレとの対立も可能な相手として死徒を選んだ次第です
仕事の合間を縫ってのものとなる為、更新速度は遅いかと思いますが、よろしくお願いします

『死徒二十七祖リスト』
1/プライミッツ・マーダー
変わらず第一位に君臨するガイアの怪物、霊長の殺戮者。アルトに従っているのも変わらず
2/ザ・ダークシックス
闇色の六王権。現状不明
3/朱い月のブリュンスタッド
月のアルティメット・ワン。現在実質空席
4/魔道元帥ゼルレッチ
相変わらず平行世界を旅し続けている。が、セカンドインパクト後はこの世界に戻ってくる割合が増えたらしい
5/ORT
水星のアルティメット・ワン。セカンドインパクトも彼には何の影響も与えられなかったらしく、平然と居眠り続行中
6/リィゾ・バール・シュトラウト
黒騎士。アルトの護衛1。殺人貴のライバル
7/腑海林アインナッシュ
初代の血を吸った吸血植物の幻想種化したもの。巨大な森を作るが現在は休眠中らしい
8/フィナ・ヴラド・スヴェルテン
白騎士。アルトの護衛2。固有結界パレードを有する幽霊船団の船長
9/アルトルージュ・ブリュンスタッド
黒の姫君。血と契約の支配者にして、死徒の姫君
10/殺人貴
志貴が死徒となったもの
少々詳細を表すと、ネロ・カオスの殲滅時にアルクェイドが用いたネロの命が原因で周辺の他の漂っていたネロの残骸すら取り込み、時間をかけて死徒化していった。ネロ程ではないが、複数の命を持ち、その直死の魔眼も更に進化している
アルクェイドの恋人でもあり、その護衛として日本に展開している千年城に於いてアルクェイドといちゃいちゃしている
11/現在空席
本来捕食公爵が滅ぼされつつもその怨念により祖として残っていたが、セカンドインパクトの放出エネルギーと相殺する形で消滅した
これが結果的にドイツ周辺の損害を軽減させ、キールの権限強化に繋がった
12/現在空席
13/シオン・エルトナム・アトラシア
ワラキアの後継とも謳われる死徒化したシオン。基本的に吸血衝動を抑える事にかなりの成功を収めているなど本人自体は死徒としては危険度が低いが、ワラキアの直系としての立場とアトラスの蔵の後継者としての立場故にこの位置に置かれている
14/ヴァン・フェム
財界の魔王。最高位の人形師
セカンドインパクトで結構な損失を受けた所へ勢力を伸ばしてきたゼーレとは潜在的に敵対関係
一時は半ば引退してカジノ船で享楽に耽っていたが、腹立ちから復帰。ある意味現状ゼーレと最も直接的に対立している死徒
15/リタ・ロズィーアン
吸血お嬢様。いつも退屈
16/黒翼公グランスルグ・ブラックモア
鳥を愛し、朱い月に忠誠を誓う死徒。教会により封印状態なのは変わらず
17/トラフィム・オーテンロッゼ
白翼公。死徒の形式的な二十七祖代表で、アルトルージュとは対立
真祖狩りを提唱した張本人だが、セカンドインパクトの混乱で中止を決定した
18/灰/アッシュ
前18位である復讐騎エンハウンスの襲撃を退け、これを滅ぼした事によりシンジがその座につく事となる
詳しくはまた別記
19/現在空席
20/メレム・ソロモン
フォーデーモン・ザ・グレイトビースト
朱い月への敬愛度は高いが、その敬愛の表し方故に黒翼公に嫌われている(本人は気付いていない)。本来の歴史では黒翼公に消される筈だったが、この歴史ではセカンドインパクト故に消される事件そのものが消滅した為現在も存在
本来死徒の天敵たる埋葬機関の第五位にも位置する極めつけの異端であり、秘宝コレクター
21/スミレ
水を克服したが、結果として地上での行動が困難になってしまった常時酔っ払っているお姉さん
死徒の中では唯一空想具現化を可能とするなど、そのポテンシャル自体は死徒の中でも上位に位置する
22/現在空席
23/現在空席
24/エル・ナハト
屈折とも言われる特異な死徒。現在封印状態にあり、埋葬機関によって死徒戦の切り札扱いされている心中のスペシャリスト
25/現在空席
26/現在空席
27/コーバック・アルカトラス
千年錠の死徒とも。聖典トライテンを守る迷宮を作ったら自分も出れなくなった死徒二十七祖のお笑い担当
ただし、実力そのものは魔法使い一歩手前の大魔術師
番外位/存在せず

11、12、19、22、23、25、26と現在7席が空席な上、2位と3位も実質空席
更に16位と24位が封印状態に5位と27位がそれぞれの事情から表に出てこないと実際に活動しているのは半分以下
これはセカンドインパクトの混乱で闇の世界も混乱状態にある為、新たな祖の認定が滞っているのもあるだろう



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