暗闇の円舞曲

第二話

presented by 樹海様


 死徒。
 一般的な表の世界の感覚でいえば、吸血鬼と呼ぶのが分かりやすい。
 吸血鬼の弱点とされる欠点はそのまま死徒の弱点となるものも多い。大蒜だのそこらに転がってる十字架だのは別に弱点足り得ないが、流水や聖別された聖典、日光などは死徒にとっても致命的なものになりかねない。
 表の感覚の吸血鬼と異なるのは、むしろその利点の部分となる。
 一般にイメージされる吸血鬼の特殊能力といえば、怪力、霧や狼、蝙蝠への変身能力などが一般的だが、それだけに留まらない。
 怪力一つとっても、同じ死徒といえど大きな差があり、変身能力がある者もいれば、ない者もいる。それ以外の特殊な独自能力を持つ者も多数存在し、一口に死徒と言ってもその内情は千差万別――。
 
 碇シンジ、そう呼ばれていた少年は戸惑っていた。
 それはそうだろう。
 夜、こっそり(本人感覚では)抜け出して何時もの公園にいたら、綺麗なお姉さんに出会った。そこで一旦意識が途切れて、気付けばホテル、そして更に殆ど説明もないままに連れられて、プライベートジェットの中と来たものだ。
 ちなみにこのプライベートジェット、ヴァン・フェムの財団からの借り物だ。彼とアルトルージュとは以前に白騎士フィナがヴァンの誇る七つの魔城の一つ、第五魔城マトリを陥としてから関係が悪化していたのだが、今回の真祖の姫君との手打ちという事態に渋々ながらアルトルージュへと提供してくれたのだった。もっとも、白騎士を乗せるならば貸さないとの条件付きだったので、自動的にフィナが留守居役となった訳だが。
 閑話休題。
 とにかく、シンジにしてみれば何がどうなってるのか分からなかった。何時ものように何時もの楽しくない生活が続くのだと思っていたらこの急展開だ。大人でも混乱する状況下で落ち着けていたら却って凄い。
 とにかく、話を聞いてみようと思って話しかけてみたら、まずは、と説明されたのが自分が死徒になったという事。で、死徒って何?と尋ねたら返って来たのが最初の話だ。
 正直、吸血鬼となったなどと言われても実感が持てない。
 もし、周囲にいたのが普通の人間だったならば、シンジの今の力でも十分その凄さを実感出来たのだろうが……生憎周囲にいるのは死徒の頂点二十七祖の第一位と第六位、第九位に他の死徒もいずれも年経た強力な死徒だ。これでは自分の力が実感出来ないのも無理はない。
 そして、アルトルージュらはシンジの死徒となった速度が異様なまでの速さである事などは何も言わなかった。言う必要を感じていなかったのもあるが……。

 
 アルトルージュの城。
 そこでのシンジの生活はこれまでのそれとは全く異なるものとなった。当然といえば当然だが。
 現段階では、シンジはこの城の中にいる死徒としてはぶっちぎりに最下位で弱い。とはいえ、アルトルージュは少なくとも吝嗇な支配者ではなかったし、何より城は大きかったので、シンジにもちゃんとした部屋が与えられたし、内装も立派なものだった。
 アルトルージュが突然連れてきた子供に対して、彼女を慕う死徒達の中には不満に思う者がいなかったでもないが、主がわざわざ連れ帰った子供な上に、外見と年齢が一致するのを聞いてはさすがに手を出す者もいなかった。外見はともかく、実年齢は皆いい年なのだ。それなのに、まだ10歳にもなっていない子供に嫉妬して手を出すなんてみっともなさすぎるではないか!
 結果……彼らの行動は自分達が納得出来るような、アルトルージュの城に置くに相応しい死徒となるよう磨き上げる方向へと進んでいったのである。とはいえ、死徒としての能力の訓練にはアルトルージュの思惑の結果として最高クラスの教師がつく事になったので、彼らのシンジへの行動は礼儀や挨拶、教養や学問といった分野で行われた。

 では、死徒としての訓練は誰が行ったのだろうか?
 まず、体術所謂戦闘訓練に関してだが、これは黒騎士リィゾが行った。その初めての時、シンジはリィゾに一つの質問をしている。
 「あの」
 「なんだ」
 最初から剣を持たせても意味はない。何せ相手は何の訓練も受けていない子供だ。むしろ今は体作りが優先となる。その為の訓練の開始直前に腰を折られた形だったが、リィゾに不快感はない。というより、現状、この子供に特に興味が持てない。ただ彼は姫に命じられたが故に少年を鍛えようとしているだけだ。少年がやる気がなく、結果として姫から見放されるならばそれはそれで構わない。そう考えているから、怒る事もない。
 「……僕はここで必要とされてるの?」
 「『今は』必要とされているな」
 姫の遊戯にとって。とは口に出さない。
 「……じゃ、これから必要とされなくなる事はあるの?」
 「お前次第だ」
 案外鋭いな、馬鹿ではないらしい。そう思いつつ答えると、はっとしたような様子で見上げてくる。
 「じゃ……強くなったり、勉強とか頑張ったら、ずっと捨てずにいてくれるの?」
 「可能性は高まる」
 リィゾは必ずどうなる、とは言わない。それは分からないからだ、確実な事などないが、それでも頑張らないよりは頑張った方が姫から必要とされる可能性は上がる。少なくともそれは確かだ。やらないよりはやった方がいい。
 少なくともそれから、シンジは熱心にやっている。
 勉強も含め、弱音を吐いている様子は見た事がない。少なくとも表だっては。
 とはいえ……。

 「……フィナ」
 「なんだい?リィゾ」
 死徒としての訓練。時折姫様も顔を出す事があるらしいが、基本としてそちらを訓練しているのはこの男、死徒二十七祖第八位フィナ・ヴラド・スヴェルテンだ。
 間違いなく有能な男なのは間違いない、間違いないのだが……この男には少々問題となる性癖がある。
 「余り吸いすぎるな、この後に影響が出ている」
 「……分かったよ」
 そう、この男、同性の血しか吸わないのだ。それも少年と呼べる年齢の……。結果どうなったかというと、レッスン後に吸っているせいで、結果当然といえば当然だが体調が悪化し(というより体力が低下)、結果として勉強などを教えている側から苦情が上がった訳だが、シンジを責めるのは間違っているし、かといってフィナには立場上言いづらい。かといって、こんな事でアルトルージュを煩わせるのも何だ、という訳でリィゾに『お伺い』が立てられた、という次第だった。
 とりあえず、この後は授業には差し支えない程度にはなったようである。

 
 「……それでどう?」
 シンジがやって来てほぼ半年。英才教育とでも言うべき環境の中で子供は育っていたが、何せアルトルージュは死徒を二分する勢力の片方、その頂点だ。如何にその下の者が頑張ろうとも、彼女の決済や判断を求められるものの数は半端ではない。そうした結果として、シンジの成長具合をいちいち丁寧に見ている余裕などなかったので、現在傍に控えているリィゾに聞いたという訳だった。
 余談だが、リィゾとフィナの両者は常にアルトルージュの張り付いている訳ではない。それでは彼女が煩わしいだろうし、そもそもプライミッツ・マーダーがこちらは常に傍に控えているのだから、有事に措いても彼らが駆けつけるぐらいの余裕は十分にあるからだ。
 「は、現状相当な熱意を示してそれに見合うだけの、実績を上げております」
 そう告げ、具体的な数値を幾つか上げる。
 「あら、頑張っているのね」
 書類から目を離さず告げるが、実際その数字はシンジが相当に頑張っている事を示していた。
 「よく気持ちが続くわね?何か秘訣でもあるのかしら」
 ああした子供は遊び盛りであり、集中力も欠けがちでは、と思っていただけに意外だった。
 「それに関しては矢張り、これまでの経験が大きいようです」
 「これまで?」
 ちらり、と視線を向け、小首を傾げる。
 「はい。捨てられ、誰にも必要とされず、排斥を受けてきただけに、自身が必要ない、とされる事に相当な恐怖を抱いている様子です。必死に頑張る事で、『自分はここにいていいんだ』という証が欲しいと思われます」
 「ふうん、けど別に放り出すつもりはないけど?」
 例え思っていたより使えないと判断したからって、一度引き取った以上真面目にやる限りはアルトルージュ派として認めて、城に何かしらの仕事を与えるぐらいの事はしてやるつもりなのだが。
 「この場合、姫様がどう思われているかが問題なのではありません、あの少年自身が自分を納得させねばならない、という事です」
 更に続けて言う。
 「こればかりは姫様なり私なりが『大丈夫だ、捨てる事はない』と言っても意味はありません。既に一度他ならぬ父親に捨てられていますから、『自分の居場所』『自分がここにいる価値』というものに関しては強迫観念に近いものとなっているでしょう」
 ふうん、と気のないように答える。とりあえず、一人の才能溢れた死徒が急速に育ってきている。自分達と比べればまだまだ遠く及ばないが、現状はまず文句のない状態、と理解したので現状維持と頭に書き込んで一言告げるに留めた。
 やりすぎて壊さないようにね、と。
 

 そうして一年余が過ぎた頃には死徒としては既に一人前と言えるだけの実力を得ていた。
 あくまで護身術のレベル、通常の教育より一段上というレベルであり、魔術などはまだまだだが、この辺は仕方ないだろう。本来こうした事は長い時間をかけて取得していくべきものなのだ。
 とはいえ。
 「そろそろ次の段階に移りましょうか」
 楽しそうにアルトルージュは呟いた。
 
 「ほう、で儂に鍛えろ、と?」
 その日、碇シンジはアルトルージュの部屋に呼ばれていた。緊張して訪れた先の部屋にはこの城に措いて二十七祖の地位を占める四体全てが揃い、その部屋の一角で待つように告げられてしばらく、待ち人がやって来た。
 シンジからすればその人物は老人に見えた。
 髪に美髯双方共に既に白い。杖をついているが、それにもたれている様子はない。ただ手元が寂しいから持っているという風情だ。そして死徒としてある程度鍛えられただけに、その老人が莫大な力を持っている事を感じていた。正直、周囲にいるのが全部そうなので圧迫感がきつい。
 シンジは知らなかったが、この老人こそ魔道元帥ゼルレッチ。死徒二十七祖の中でも第四位に位置し、平行世界の運営という第二魔法を駆使する世界でも五人しかいない魔法使いの一人であった。
 「ええ、魔法を取得とまでは望みません。使える魔術と経験を与えてやって欲しいのです」
 既にシンジの父、その裏で蠢いている者達、ゼーレの事は把握していたが、敢えて一定以上は踏み込まずにいた。無論理由は『その方が面白い』からだ。
 だが、相手が裏では相当に大きな組織であるとなると、単なる死徒ではまだ足りない。あれから多少なりと力を与えてはいたが、とにかく経験が絶対的に足りない。何よりこの城にいる限りは、それは命の危険はない修練に留まってしまう。異質異常危機それを知る為には、そう思いちょうどちょうど協会へとふらりと現れたゼルレッチに連絡をつけお願いしたという次第だった。
 「ふむ、姫のお願いとあらば引き受けざるをえませんな、しかし…」
 死ぬかもしれませんぞ?あくまで表立ってはにこやかな顔で声には出さず告げる。
 その時はそれまでだったという事ですわ、矢張り声には出される事なくそう返って来た。

 それから数日。
 シンジはゼルレッチと共に屋敷の前にいた。少数だが見送りが来ており、その中にはアルトルージュもいる。泣きそうになりながら、シンジはそれでもぐっとこらえていた。もっともアルトルージュの話す内容次第ではすぐ泣いてしまうだろうが。
 父親に捨てられた時と重ねている。
 それはアルトルージュには分かっていたから、優しく声を掛けた。
 「ほら、そんな顔しないの。しばらく訓練に行ってくるだけよ?」
 目に涙を溜めつつもシンジは目線を合わせたアルトルージュをじっと見て言った。
 「終わったら帰って来ていいの?」
 「もちろんよ。早く帰ってくるのを待ってるわね?」
 笑顔で頭を撫でるアルトルージュにようやくシンジの顔もほころんだ。
 その様子を見ていたゼルレッチが声を掛ける。
 「ほれ、行くぞ。びしびし鍛えるから覚悟せいよ?」
 知ってる者が聞けば震え上がりそうな台詞だが、何も知らないシンジは決心した顔で頷く。もっとも、結果から言えば、シンジがこの屋敷に帰って来るには実に3年余りの月日が必要だったのだが。
 帰ってきた時には、シンジの髪はすっかり色が抜け、その黒髪はくすんだ銀色になっていた。何があったのか、どんな修行だったのか、とは誰も聞かないし、シンジも話そうとはしない。
 一つだけはっきりした事はこの『鍛錬』が少なくともシンジという死徒の成長にとっては極めて有効だったという事だ。
 この後、現実世界で数年に渡り(平行世界での経験を重ねるともっと長いとも)ゼルレッチに同行、鍛えられたシンジは性格こそ穏やかだったものの、魔術に関してはある程度の修得を見たし、戦士としては相当な成長を果たした。もっともゼルレッチ曰く「別に魔術の家系という訳でもないから、受け継いだ刻印もないし、術の構成もまだまだじゃがな」らしい。
 ただし、死徒としての成長は単純な魔術だけではなかったのだが……。

 予想以上の成果にアルトルージュは満足していた。
 確かにあの子供は才能があったのだろう。
 確かにあの子供は努力を重ねたのだろう。
 だが、そう簡単にここまでの成長が出来たら誰も苦労はしない。天才?そんな言葉ではすまない。間違いなくあの子供は世界からの後押しを受けている。アラヤだろうか?いや、プライミッツが案外シンジには気を許している所を見るとガイアが信じられないが後押ししているのかもしれない。いや、まさかだがその双方が?
 世界が如何なる理由があって後押ししているのかは分からないが、シンジが力を得て成長する事が必要なのだろう。
 ああ、これ程退屈を紛らわせるような事がここしばらくあっただろうか!
 「楽しみ、実に楽しみだわ」
 そう嫣然とした微笑を浮かべ、呟いた。 



To be continued...
(2009.03.28 初版)
(2009.04.18 改訂一版)


(あとがき)

過去編です
あと二話程過去編を投稿して、それからEVA本編の話に繋がる予定です
出来れば、そこらあたりまでは毎週投稿出来ればいいんだが… 

死徒以外の『こちら側』の組織の現状について
【協会】
『魔術協会』『彷徨海』『アトラス院』の三つを総称してこう呼ばせて頂いている
現状、いずれの組織もセカンドインパクトで多かれ少なかれ被害を受けているが、三組織の内最も外との接点の大きかったロンドンの魔術協会が一番損害が大きく、逆に接点の少なかったエジプトのアトラス院が一番損害は少ない。
「協会」
現状上層部にも被害が出ている上、建て直しと折衝で上の動きがとり辛い為、若手の取り纏めを行わせる(そして将来の幹部候補として)為の役職を設置し出している。これらは才能はあるもののまだ家が若い為に上への手掛かりが掴めていなかった者や逆に家に実力がある故に警戒されていた者に機会を与える結果となっている。前者に遠坂凛、後者にルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト等の名前が見られる
『彷徨海』
実の所情報が殆どない為背後にも設定しようがありません
『アトラス院』
俗世との関係が殆どなく穴倉に篭っていた上、その穴倉が禁忌のものも色々とある為えらく頑丈だった事もあり、殆ど被害なし
ただし、だからといって外に出てくる訳でもなし
一部からは『このような時に使わずして何の為に道具を作っているのか』という声が出ておりこうした開放派と、『まだ使うべき時ではない』とする守旧派が対立している。勢力自体は守旧派の方が圧倒的なのだが、守旧派と一口に言っても『今のままでいいではないか』とする者から『セカンドインパクトを既に人類は乗り切った。確かに道具の使い所を見極める為の目を広げる必要はあるかもしれないが、現時点では使う時期は既に過ぎた』とする者まで幅広く、意見の統一が出来ないでいる為に分裂状態が続いている
上層部が傍観姿勢を崩していない事もその要因の一つである

【教会】
本来の意味での教会が極めて大きな損害を受けた
また、裏側も決して軽微とは言えない損害を受けた。この辺りは基本として世俗に関わらない魔術協会、同じく接点は持っても(上位は)余り関わらない死徒と比べ、積極的に表に影響を与える教会故と言える
特に騎士団、代行者共に少なからぬ損害が発生しており、一時はかなりの窮地に陥った。乗り切ったのは切り札たる埋葬機関のお陰であったと言える(結果として埋葬機関の発言力は増大した)
しかし、通常戦力の建て直しも急務であり、最大数の信徒を抱える強みを生かし、急速に戦力を再編しつつあるのも事実ではあるが、こうした観点から埋葬機関からも一部騎士団への派遣なども考えられているが、同時に切り札の戦力減少ともイコールな為(加えて増大し過ぎたと見られる埋葬機関の戦力削減を狙ったと見られる点もある為)、議論の対象となっている
ちなみに出向が決定した場合、派遣予定は第七位弓のシエル(一番埋葬機関でまとも、というより他にまともな奴がいなかった)
その場合、彼女には騎士団長と代行者の教官任務の双方が与えられる予定であり、そこまで表に出てしまうと情勢が落ち着いても埋葬機関に戻せないのも、反対意見が根強い原因でもある

埋葬機関(現時点)
第一位:ナルバレック
第二位:???
第三位:???
第四位:???
第五位:『王冠』メレム・ソロモン
第六位:ミスター・ダウン&カレン・オルテンシア
第七位:『弓』シエル



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