暗闇の円舞曲

第十四話

presented by 樹海様


 零号機。
 初号機の前に建造された全てのEVAの原型、プロトタイプとなる機体である。
 全ての始まり。
 そう言えば聞こえはいいが、実の所、あれこれと技術を試した機体故に、不具合も多数抱えている機体でもある。一つのエラーを潰す為にシステムを弄り、一つのプログラムミスを潰す為に新たなパッチを当て……気付けば、何とか動くものに仕上がってはいたものの、酷く扱いづらい機体になっていた。
 が、それでも良かった。
 この機体の本来の役割、人造人間エヴァンゲリオンという機体を構築する為の情報はこの機体で得られたのだから……零号機はその役割を十分果たしたのだった――で、終われば綺麗な話だっただろう。
 しかし、EVAという機体の性格がそのままで終わる事を許さなかった。
 EVAは金喰い虫だ。
 とんでもない額の金がその建造にはかかる。仮にもちゃんと動く機体をそのまま廃棄する事が許されない程に……。
 更に言うならば、その後の情勢も影響した。
 東方の三賢者。
 そう呼ばれたEVA建造のノウハウを持つ優れた若き天才達がその後立て続けになくなったのだ。
 もっともEVA建造に重要な生体工学技術の天才、碇ユイの死により最強の初号機。その建造ノウハウは失われた。
 専門ではない技術をそれでも穴だらけのデータを元に構築し、量産機を生み出した惣流・キョウコ・ツェッペリンも亡くなった。
 赤木ナオコの死はMAGIの内部にあるであろう、膨大なデータの抽出を困難にしただけでなく、新規のMAGIシリーズの建造を困難にした。
 天才というのは欠けた部分も多いが、時に何千もの人間が集まって行うプロジェクトを上回る発想を可能とする。
 彼女らの喪失はゼーレの計画も大幅に狂わせる事となった。
 それでも今更……既にアダムが起動した以上、止まれない。放っておいても、使徒はやがて訪れ、それに勝てねばヒトは終わる。
 だが、EVAの建造は予定より更に時を要する。
 ならば。
 使えるものは何でも使わねばならない。
 零号機はそうした妥協の結果もあり、戦力化が急がれていた。
 
 零号機は既に一度起動実験が行われている。
 が、その時は失敗した。
 原因は操縦者であるレイの精神的な動揺だと判断されている。氷の少女という雰囲気の彼女が動揺というのは俄に信じがたいが、データは嘘をつかない。
 尚、レイのカードだが、こちらに関しては既にリツコから渡されていた。
 当初はシンジに届けさせて……という手も考えられたのだが、ミサトのお食事会への誘いは断られた。理由は単純、姉のおつきで、ちゃんとした料理人が来ているから、という事とまだ姉が来たばかりなので、一緒に食事を取る事にしている、というものだった。
 これでミサトがシンジとリタ、双方と親しいならば二人共纏めて誘うという事も出来るのだが、生憎シンジとはミサト自身はもっと踏み込んで接したいと願っているのだが、あくまでドライな関係を維持し続けられているし、リタと相性が悪いのは先日確認したばかりだ。強引に引っ張ろうにも、シンジが力でも技でもミサトを上回るのは既に嫌という程教えられている。黒服も、誰も行きたがらないだろうし、そもそもそんな連中で引っ張ってきて、『仲良くご飯一緒に食べましょう』なんて言える訳がない。
 かくて、お食事会はお流れになり、リツコとしてもミサトの料理を食べずに済んだ事には感謝するが、シンジとの接点は得られなかったので、それだけの為にシンジの家を訪れた所で不信感を抱かれるのは必至。かくて、事前に手渡すという結果に落ち着いたのだった。
 ……本来ならば、シンジがレイの環境を見て、同情なりを抱いてくれれば良い、といった思惑があったのだが。

 ともあれ、既に関係者は揃っている。
 シンジは現在シンクロテスト中、リタは発令所でその様子を見学……なのだが、あのピンクのドレスと傘はどうにかならないものか。というか、屋内で傘をさすなと言いたい。
 正直、シンクロテスト自体はあっさり終わったので、然程時間もかからなかった。
 微妙にシンクロ率は上昇したが、こればかりはどうやるのが最善かもよく分かっていない。何しろ、実戦に使えるパイロットが世界中で現在三名、シンジが来るまでは二名しかいなかったのだ。しかも、日本の本部とドイツ支部は余り仲がよろしくないので、双方の訓練情報の交換さえまともに出来ていない状態。つまりは、それぞれのごとに試行錯誤しながら、たった一人のパイロットをやりくりするしかなかったのだ。これで効率的な訓練方法なんてものが確立されていたら、その方が凄い。
 
 「おかえり、シンジ」

 シャワーを浴び、着替えたシンジをリタが迎える。
 LCLは何しろ血の味と匂いがする。浴びたら早々に洗い流して、拭かないと匂いが凄い事になるのだ。……血に対して色々な意味で敏感な二人はこのLCLが何らかの血だと既に認識していた。まあ、その辺りはシンジ自身の情報収集にも絡んでくるのだが。
 
 「ただいま……で、実験は?」

 「これからみたいね」

 管制室にはさすがにリタも入れてもらえなかった事もあり、二人は発令所で映像を眺めていた。
 当初は廊下で零号機を直接見るという事も考えたのだが、生憎もし実験が成功すれば零号機は大人しくじっとしている事になる。それならば、まだ様子が分かる発令所で映像を見よう、という事になったのだった。

 「今回はどうなるかしら?」

 「上手く行くんじゃない?今回は妨害工作とかもないと思うし」

 が、さらりと述べた言葉に反応したのは、発令所に残っていて、声が届く範囲にいた二人。特に作戦部所属の日向マコトだった。

 「妨害工作?」

 「おいおい、穏やかじゃないね?」

 もう一人のオペレーター、副司令付きの青葉シゲルも賛意を示す。

 「何がですか?」

 「妨害工作、って言う事だよ」

 ああ、とシンジは頷く。
 とはいえ、シンジからすれば、前回の実験が仕組まれたものだという点は疑っていない。
 屋内にも関わらず抜かれていなかった燃料。
 突如射出されたプラグ。
 配置されていなかった救助隊と、管制室の位置から何故か真っ先に駆けつけた司令。
 一つ一つは偶然かもしれない。
 だが、偶然も複数重なれば必然となる。
 実の所、密かに探ってみれば、当日何故か救助隊は全員休みが与えられていた事も判明。……無論、零号機の起動実験が行われるなど知る者はいなかった。更に言うならば、許可を与える書類にあったサインは碇ゲンドウNERV総司令その人のものだった。
 ……幾等なんでも自分も立ち会う予定の重要な実験を忘れる程、バカでもあるまい。
 
 「まあ、色々と聞いた限りでは不自然に過ぎるので」

 とはいえ、そこまでベラベラと明かすようではネゴシエイター失格だ。
 正直、シンジの現在の才能というか性格というかそのあたりはかなり歪なものだ。戦闘と交渉ごと、それに関わる陰謀への耐性などは高いが、その他は低い。まあ、ある意味仕方の無い事で、殆ど一点集中、いやこの場合は二点集中か……で、とにかく使えるように叩き込まれたというのが正しい。何せ、シンジはまだ実年齢で十四歳だ。この年で二十七祖の一角にいる事自体が異常なのだ。
 とはいえ、何しろ周囲が周囲だ。陰謀策謀何でもござれ、数百年或いはそれ以上の蓄積による経験豊富な面々が揃っている。お陰でこの手の底の浅い企みぐらいなら容易に想像がつく。

 「……不自然っていうと?」

 実際に集めた証拠の部類は隠し、大体の想定を話す。
 彼らの反応は、確かに疑うのも分かるが、偶然ではないか、という意見だった。
 その気持ちは分かる。
 誰だって、自分の働いている仕事先がそんな事をしたとは思いたくない。とはいえ、彼らも内心で、或いはと思っているのはその表情から推測がつく。
 ……これに焦りを感じたのは、赤木リツコだ。ゲンドウはまだ来ていない。

 「シンジ君?憶測でお父さんの事を悪く言うのは感心しないわよ?」

 「以前に話した通り、あの男は既に僕の父たる資格を道義的だけでなく、法律的にも失っていますが?」

 実の所、ゲンドウに関しては、碇から六分犠に戻る事も既に決定済みだ。未だ手続きが為されていなかった為にゲンドウは碇を名乗っていたが、ゲンドウは入り婿だ。妻にして碇家の人間であるユイを失い、そして息子であるシンジの親権も失った今、ゲンドウが碇を名乗る由縁はない。
 とはいえ、シンジには別に碇の姓に拘りがある訳でも、ゲンドウが碇を名乗る事に興味もない。
 シンジには既に自分の名前は碇ではない、という思いがあるからだ。実の所、今回のコレもシンジは全く関与していない。ただ単に密かにアルトルージュやトラフィムからシンジの周囲に派遣されている死徒が気をきかせて手続きを行っただけの事だ。
 もっとも、この手続き、ゲンドウが役所からの書類を取るに足りないものとして無視し続けていた事と、法律に則れば確かにその通りな事から、通る事になり、ゲンドウは全てが手遅れになった後で悔い、抗い、そして断念する事になる。 
 とはいえ、これはもう少し先の話であるので、場面を戻そう。

 「そ、そういえばそうだったわね。でも、それを除いても憶測で他人を悪く言うのは感心出来ないのは確かよ?」

 「そうですね。如何に黒に近い灰色でも、確かにまだ黒じゃないのは確かですね」

 そのシンジの返答にリツコは頬を引くつかせる事になったが、実際事実なのだから疑われても仕方ないとリツコも思う。
 実際、レイにゲンドウへ執着させるという目的があったとはいえ、このようなやり方をする必要があったのかは、リツコにも疑念が残る所だ。無論、あれがレイが動かせない状況を作る事によってシンジしか動かせる可能性がない状況を作る為のものだった事、零号機を凍結に追い込む事で確実に初号機を用いる状況を作る為といったものが本命だったのは分かっているし、だからこそリツコも協力した訳なのだが……。
 それでも、レイとの関係を疑ってしまうのは、矢張り自分が女だからだろうか、と冷静に見詰める自身がいた。
 或いは、これ以上庇い立てしないのはそこにも原因があるのかも、と冷静な部分で思考しつつ、リツコはシンジの発言を否定する事はなかった。
 ……それ故に、周囲のゲンドウへの不信感が増す事になるのを知りつつ。

 結果、ゲンドウが実験室へと訪れた時、周囲の視線が瞬間、ゲンドウに向いたのは必然と言えよう。
 たとえ、その前にゲンドウがレイに話しかけ、それにレイの無表情が多少なり和らいだとしても、だ。とはいえ、ゲンドウにそれと確かめるような豪の者がいる訳もなく、それどころか、ゲンドウが周囲を見回すと視線を合わせるのを避けるように全員が仕事に戻った。
 ゲンドウもそれを気にする風情もなく、シンジの姿に瞬間顔の筋肉が動いたようだったが、それさえもサングラスに隠れて、はっきりとした様子は見せる事なく淡々と。

 「実験開始」

 命令を下した。

 実験そのものは無事成功に終わった。
 というよりも、前回が異常だった。
 前回も十分な準備を整えての実験であった筈が、突如として零号機が暴走した。
 途中までは順調だったが、突如として零号機が苦しみだし、壁を殴りだしたのだ。その際、下手をすればゲンドウやリツコも大怪我を負う所であった。
 電源をカットしても、内蔵電源でEVAはしばらく動き続けた。
 実の所、現在もEVAの内蔵電源がそう長時間の稼動を前提としていないのは、こうした事故の事例がある為だ。
 電源が切れるまでの間にも少しでも被害を減らす為に、と零号機の動きを拘束すべく特殊ベークライトの噴射が始まったが、停止直前にエントリープラグが撃ち出されるという事故が起きた。
 戦闘中ならばともかく、もしくはせめて野外ならばともかく、室内でそんな事をすればどうなるか。
 案の定、天井に激突したエントリープラグはそのまま天井をなぞるようにぶつかりながら滑っていき、部屋の角で突き当たって押し付けるように停止していた……が、それも僅かな間。間もなく、ロケット燃料が尽きて、落下した。しかも、本来ならば内蔵のパラシュートが展開する筈だったが、それも開かない。
 確かに、この部屋はEVAが動けるだけあって数十mの高さを持つ部屋であり、その天井付近から落下すれば幾等内部に対衝撃対策を存分に施したエントリープラグとはいえ、中の人間は大怪我を負うだろう。とはいえ、パラシュートを展開するにはこれでもまだ高度としては低すぎるのだ。
 例えば、軍隊の高高度降下低高度開傘、というものがある。これは上空で降下を開始して、ギリギリの低空まで待ってからパラシュートを開くという僅かでも空中という無防備な状態にある時間を減らす為の空挺部隊必須の訓練だが、これでもパラシュートを開くのは大体三百mを切る辺りとなる。まあ、あちらとはそもそもの前提条件が違うが……それでも、エントリープラグ並の重さの物体が落下を始めて、その落下する速度を抑えるとなると、この部屋の高さでは到底足りない。
 かくて、叩き付けられたプラグ内の綾波レイは内部に充填されたLCLとプラグの衝撃吸収機構によって一命は取り留めたものの重傷を負い、今日まで再度の実験は延期となった訳だ。

 今回は前回を教訓に、様々な処置が為された。
 燃料を抜いておくのもそうだし、万が一に備えての救護班の待機もそうだ、というより前回やってなかった方がおかしかった。
 まあ、無事実験が終われば、それらは無用だった事になるが……何事もそうだが、例え、大山が鳴動しようとも、鼠一匹で終わればそれが一番なのだ。
 そして、慎重に行われた実験は、今回は何事もなく終了した。
 無事、ボーダーラインを超え、零号機は起動。その瞬間は待機していた救護班も含め歓声が起きた。実の所、NERVでも大多数を占める人員は(というか裏を知る極一部の上層部を除けば)、好き好んで子供を最前線に放り出している訳ではない。
 上はそれが必要だからと理性で感情を抑え付けて、下は命令故にせめて少しでも自分達に出来る事を、と願っている。それだけに前回の事故は彼らにとっては悔いの残る話であり、今度こそ何もないままに終わる事を願っていたのだ。

 結果として、思惑通り何事もなく終わった訳だが、シンジによって事前の不信感を煽られた一同はそれさえも疑念の種となっていくが、そんな事をのんびり考えている余裕はない。
 何しろ、実験のタイムスケジュールは起動実験による零号機の起動というのは正に始まりでしかなく、ここからが本番なのだ。
 が、その予定は全て実験室にかかった一本の内線が無に帰した。

 「碇、正体不明の物体が接近中だそうだ。おそらく、第三の使徒だな」

 内線を取り上げた冬月が発令所に確認を行った後、そう告げた。
 それを受け、ゲンドウは常と変わらぬ鉄面皮で告げる。

 「実験中止。これよりNERVは使徒迎撃戦に移る」

 ある意味、それは指揮官に相応しい態度とも言える。
 指揮官が突発事態に苛立ちを示したりするよりは、こうした何物にも動じない態度を見せる事は指揮下にある部隊にとって不安感を拭う効果をもたらす。
 ……もっとも状況次第によっては逆効果となる訳だが。

 「零号機はどうする」
 
 冬月副指令が確認の為に声を掛ける。
 もっとも、彼とてそれに対する答えは理解している。

 「まだ、使用に耐えん。迎撃は初号機にて行う」

 この後の実験によって、零号機はとりあえず戦闘に使えるようになる筈だったのだ。あくまで現状は起動実験が成功しただけ、実際に動かしてみる事による不具合の確認やら照準調整やらその他が全部終わっていないのだから、実戦に投入出来る訳がない。
 
 「レイ、ご苦労だった。戻れ」

 『はい』

 そこに何らかの感情が込められていたのかもしれないが……いずれにせよ、零号機の即時投入はこの時点で避けられた。
 一方……。

 
 発令所では戦闘準備が整えられていた。
 第五の使徒。
 その姿は外見上で言えば、正八角形のクリスタルというのが一番正しいだろう。
 
 「……どう思う?日向君」

 「まあ、葛城さんが考えてる通りだと思いますが」

 「そうよねえ…」

 ある意味非常に分かりやすい相手だったと言える。
 何しろ、この形状を見て、格闘戦型と思うような者は作戦部にはいなかった。ここまでの使徒だけが参考なので無論この使徒が大胆な変形をして、いきなり手足を生やしての超接近戦仕様になる、という可能性がゼロとは言わないが、普通に考えれば今回の使徒は『砲撃型』と分類される事になるだろう、というのが一同の一致した結論だった。

 「まあ、砲撃型なら逆に簡単だわ。周囲から攻撃を加えて、それを煙幕にEVAを至近に射出しましょう」

 「そうかしら?」

 ミサトの決断に、しかし、疑問形の言葉が被せられる。
 その声を聞いて、ミサトは眉をしかめて、後方を向いた。

 「どういう意味です?ミス・ロズィーアン」

 リタ・ロズィーアン。
 今回、彼女が発令所という重要な場所での観戦を許可されたのは、無論理由がある。
 結局の所、彼女が求めたのはシンジがきちんとした支援の下戦えている事の確認が出来る場所であり、シンジが求めたのは彼女が安全である事を確認出来る場所だった。
 その双方を満たす場所が発令所だった、ただそれだけでしかない。
 はっきり言ってしまえば、EVAはNERVの存在意義の根幹を為す存在であり、そんなものとの通信やら映像やらを自由に見聞き出来るのは発令所ぐらいのものだ。
 そして、NERVはシンジに借りが、それも超特大のものがある。というか、シンジがEVAに乗るのを止めて、彼女と帰ると言い出したら、それこそえらい事になるのは確定だ。
 かくして、彼女は発令所にいる訳だが、当然ながら作戦に関する事に発言が認められている訳ではなく、彼女の言葉も単なる独り言でしかない、当然無視しても構わない訳だが……実の所ミサトは彼女にいい感情を持っていなかった。
 何しろ、ミサトは何だかんだ言っても、シンジを手駒にしたいと思っている。
 ミサトは使徒に復讐したい訳だが、自身の手で直接、という訳にはいかない。故に作戦指揮官となった訳だが、間接的にでも使徒を仕留める為には当然ながらパイロットが自分の言う事を聞いてくれなくては意味がない。
 無論、白兵戦闘になったら後はパイロットに任せるしかないとか、使徒の攻撃方法とかについてシミュレーションを行うとか色々とシンジから指摘された事に関して紆余曲折があったにせよ結局認めてきたのも、それが自身の目的へは結局一番の近道だと思ったからだ。
 
 で、リタは、というとこれが面倒な事にシンジの姉(に相当する相手)なのだという。
 理解はしている。
 それに、彼女に悪意がある訳でもない事も。
 そう、彼女に悪意はない。  
 だが、だからといって、好意を持てるかどうかは別問題だ。それに……。

 『この女って何か嫌な感じがするのよね……態度も何か引っ掛かるわ』

 ミサトの直感は正しい。
 リタの本性は言うまでもなく、死徒の中でも最上位に位置する二十七祖の一角であるし、更に言うならば、彼女はミサトをまともに意識を向ける程の価値のある相手と認識していなかった。
 同じ女性で、しかもそれなりに年のいった非処女となれば、わざわざ血を吸う気も起きない。
 向ってきた所で脅威すら感じない。
 となれば、路傍の石か、小さい子供がじゃれついている程度の認識でしかないからミサトが脅威を覚える必要はない筈だが、こればかりはどちらかといえば、圧倒的強者に無意識に感じる恐怖のようなものだ。
 それらが積み重なってリタへのミサトの悪印象を担っていた事は間違いない。

 「……指揮官は私です。更に言うなら、貴方は部外者です、余計な口を挟むのは止めて下さい」

 「あら、ごめんなさい。ただ、それでどうにかなる相手かしらと思っただけなのよ。何か隠し玉とか予想外の何かがあるんじゃないかしら、って」

 その発言に一理ある、とは思ったミサトは眉を潜める。とはいえ、現状特に変更すべき事柄もない。
 それ以上、会話を交わす事なく、ミサトはシンジへと作戦を伝えた。
 
 「……成る程、了解です。もし、予想外の攻撃をこちらからの攻撃に対して行ってきた場合は?」

 「その場合は即時撤退。ただし、時間を稼ぐ必要がある時には無理でも出てもらう事もあるかもしれないわ」

 「確かに。了解しました」

 今の所、問題はない。
 問題はなかった。
 攻撃を開始するまでは。

 「駄目!」

 思わずミサトが叫んだ。
 無人砲台からの攻撃を開始した直後に事態は動いた。
 瞬間。
 正八角形のクリスタル、それが瞬時に形状を崩した。
 子供が粘土を弄くるといったレベルの変形ではない。どちらかといえば、空間という画面に映し出された映像が切り替わったといった方がいいぐらい、その形状の変化は異常だった。
 周囲から殺到するミサイルに対して、リング状の、円環部に水晶の欠片が幾つも取り付けられたような形状へと変化すると、薙ぎ払うかのようにビームを放った。
 それだけで、殺到したミサイル群は直撃を喰らったものはもちろん、周囲のミサイルまでも曝された高熱ビームと直撃を受けたミサイルの爆発により誘爆を起こし、全滅する。
 更に十字架のような形状へと変化した使徒はビームを放ち、次々と砲台へと攻撃を加えるが、同時に初号機はミサイル群の発射と同時に既に発進が始められていた。
 最早初号機の発進を止められない、それが分かったが故の思わず発せられたミサトの言葉だったが、それは当たり前といえば当たり前の話だが、何の意味もなかった。敢えて言うなら、まだ状況が把握出来ていないシンジに「えっ?」という疑念の表情をさせたぐらいが唯一といっていい影響だったか。
 次の瞬間。
 地上へと姿を現した初号機に対して、ビームが放たれた。

 「隔壁展開!急いで!」

 それでも、ミサイル群による攻撃が意味がなかった訳ではなかった。
 何しろ、ミサトがそう判断するだけの時間は稼げたし、十分有能なオペレーターは隔壁の言葉が耳に入った時点で咄嗟に反射的な行動に移っていた。
 結果として、ビーム直撃寸前に初号機の眼前に展開した隔壁は見事にビームを受け止めたのだから。
 これで防げるか?
 様子を見ていた発令所一同だったが、生憎使徒は更に形状を変化。
 十字架型の上下左右に球体を生じさせると、集束砲撃を放ってきた。この一撃に隔壁は耐えられず瞬時に溶解。初号機に直撃した。
 駄目か、シンジの呻き声を耳にしつつ(正直、ミサトは激痛が襲っているであろうシンジがそれだけで済ませた事に感嘆したが)、ミサトは即座に撤退命令を下すが、生憎ビームの直撃を受け、初号機を固定する電磁加速レールが破損。既に引きこみは不可能になっていた。

 「……やむをえないわね」

 そうして。
 最終手段として、ボルトが爆破され……初号機のいる区画全域をビルごとジオフロントに落とす形での撤退が行われた。その結果空いた空間には即座に隔壁が周囲から展開され、穴を塞ぐ。この辺りは正に要塞都市の面目躍如といった所か。

 「……シンジ君の様子は?」

 『大丈夫です』

 ミサトの確認にはシンジ自身から答えが帰ってきた。
 目で、日向らに確認を取る。シンジが無理をしている可能性もあるからだ。
 だが、幸いというべきか、日向も黙って頷いた所を見ると、本当に大丈夫なようだ。これに関しては一安心というべきか。後は初号機の破損具合だが……これは自分だけではどうにもならない。リツコを含めた技術部・整備部からの確認を待って、という事になるだろう。
 
 「あら、やっぱり隠し玉があったのね」

 暢気にそう呟くリタ・ロズィーアンに軽い殺意を覚えつつも、ミサトは。

 「作戦中断。作戦を練り直します」

 自らの任務を果たすべく、そう命令を下した。



To be continued...
(2010.03.13 初版)


(あとがき)

本当に久方ぶりの投稿です
……不景気だなあ。本当に、仕事も……

今回のラミエルは映画版仕様です
とはいえ、次のガギエルはやりたい事があるので、そのまんまと別に映画版に切り替えるという訳ではありません
もっとも強化とかはするかもしれませんがw 



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