第十二話
presented by かのもの様
葛城家の朝の食卓。
レイとアスカは、蔵馬が作った朝食を食べていた。
「……う〜ん。シンジの作るご飯は美味しいわね。相変わらず。」
「……美味しい…。」
「……二人とも、料理ぐらい作れるようになったら…。」
蔵馬は呆れたながら言った。アスカもレイも料理が全くできない。
最も、ミサトよりはマシだが……。
「なによ、アンタも女は料理が出来なくちゃ……ていうタイプ。」
アスカが不満そうに言った。
「男だろうが女だろうが、料理が出来るに越したことはない…と言っているんだ。」
「……蔵馬君は料理が出来る方がいいと思っているの。」
「ああ………それに、たまには俺も誰かの手料理を食べたいときもある。」
「…じゃあ、私、練習する……。」
レイは、蔵馬に自分が作った料理を食べさせるときのことを妄想していた。
そんな、レイを冷ややかに見ながら、アスカはテレビの電源を入れた。朝のニュースでは今度行われる市議選の特集が行われていた。
「へぇ、選挙ね……まだ未成年で選挙権のないあたし達には関係ないわね。……もっとも、アメリカ国籍のあたしは成人しても選挙権なんかないけどね。」
「フッ……この選挙自体、意味はないさ。」
蔵馬は、いかにも小馬鹿にした表情で言い捨てた。
「意味がないって……。」
「第3新東京市の市政は3台のスーパーコンピュータの多数決で決められるからだ。議会はその決定に従うだけ……。」
「スーパーコンピュータって……、まさか、MAGI。」
「ああ、市議会は形骸化しているよ……この街はMAGIに…いや、MAGIを使用するNERVに支配されているのさ。まあ、奴らは効率的な民主主義だとほざいているが……民主主義に対する冒涜だな。」
「……そうね。考えてみたら、たった3台コンピュータの多数決が民主主義なわけないわね……。」
「ああ、それにMAGIが全部決めてしまうなら、そもそも議員なんか必要ないだろう。議員に支払われる給料と議員年金分の予算が無駄なだけだ。」
「………。」
アスカは、NERVという組織に初めて疑問を持った。
「ところで、今日は零号機の実験だったな……って、お〜いレイ、戻って来い。」
「……ハッ…うん。私は、それには参加しないけど……。」
妄想から醒めたレイが、そう答えた。
☆ ☆
「お〜い、ちょいと待ってくれ。」
ミサトがエレベータのドアを閉めようとしたとき、聞きたくない声が聞こえた。
「………。」
ミサトは無言のまま、声の主を無視してドアを閉める……が、一呼吸遅く、声の主の腕がドアに突っこまれた。安全装置が作動し、ドアが開いた。
「チッ……。」
「こんちまた、ご機嫌ななめだね。」
声の主は加持だった。箱に乗り込んだ加持は不機嫌なミサトに気安く声を掛ける。
「……来たそうそう、アンタの顔を見たからよ。」
苦々しく言うミサトに加持は悪戯っぽい顔になった。
「なんだ、俺はてっきり、営倉での禁酒生活が原因かと思ったよ。」
加持の軽口に、ミサトはげんなりした。
「思い出させないでよ!!」
ミサトにとってあれは思い出したくもない地獄だった。
「……大体、なんでリツコがシンジ君の言うことを聞くのよ。」
ミサトはこの場にいない親友に毒づいた。
「…赤木も、葛城の不注意に腹を立てたんじゃないのか。……大体、全面的に葛城に非があるだろう。A−17を通常回線で要請するなんて、特務機関の守秘義務から考えればこれくらいで済んだのはむしろ幸運だ。下手すれば懲戒免職の可能性もあったんだぜ……。現に、日本経済は大打撃を受けたしな。それに、葛城が仕事を溜めなければ一週間もぶち込まれることもなかったんじゃないか。」
自分のことを大棚に上げている加持。
加持の言っていることは正論だが、ミサトは納得できなかった。最も、帰宅してすぐ、蔵馬に文句を言ったのだがミサトが蔵馬に口で勝てるわけなく、逆にかなりのダメージを受けたが……。
突然、エレベータが停止した。
「あれ……。」
「……停電か…。」
「まっさか、ありえないわよ。」
しかし、証明が非常灯に変わったため、間違いなく停電だった。
「変ね、事故かしら。」
「赤木が実験でもミスったか……。」
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零号機の第二次稼動延長試験を行っていたリツコたちは、突然の停電に戸惑った。
「主電源ストップ、電圧0です。」
全員の視線がスイッチを押したばかりのリツコに注がれた。
「……私じゃないわよ…。」
もちろん、全員信じていなかった。
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「駄目です。予備回線繋がりません。」
発令所に青葉の報告が響いた。
「馬鹿な、生き残っている回線は!?」
突然起こった非常事態に焦った冬月は、司令塔から身を乗り出したいた。
「全部で1.2%。2567番からの9回線だけです!!」
「生き残った電源はすべて、MAGIとセントラルドグマの維持に回せ!!」
「全館の生命維持と移動に支障が生じますが……。」
「かまわん、最優先だ。」
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「ほんと、ずぼらな人だなぁ……葛城さんも、自分の洗濯物くらい自分で取りに行けばいいのに……。」
ミサトの洗濯物を抱えながら横断歩道で信号待ちをしていた日向が、直属の上司のずぼらさに愚痴を言っていた。
そのとき、信号が点灯しなくなり、街から音が消えた。
「……あれ。」
☆ ☆ ☆
「……カードが…。」
蔵馬のIDカードはNERV本部のゲートのセキュリティに反応しなかった。
「レイ、君のカードで……。」
レイのカードも反応しない。
「なにやってんの、ほら、代わりなさい。」
アスカがレイを押しのけ、自分のカードを通したが彼女のカードも反応しない。
何度も何度もカードを通しても反応しなかった。
「もう〜〜〜、壊れてんじゃないのこれ!!!」
癇癪を起こすアスカ。そんなアスカを見ていた蔵馬が突然後ろを向いた。
「……飛影か。」
蔵馬達の後ろに、飛影が立っていた。
「ちょっと、アンタ誰よ。」
いきなり、知らない奴が現れたので警戒するアスカ。
「この街全体が停電しているようだ。」
飛影はアスカを無視して蔵馬に語りかける。
「ちょっと、あたしを無視するんじゃないわよ。」
「なんだ、女……死にたいのか。」
「なんですって〜〜〜!!」
「まあまあ、落ち着いて下さい。」
飛影に掴みかかろうとしたアスカを蔵馬が押さえた。
「それより飛影、停電とは……」
「この街の全ての電気が使えないようだ。街ではパニックが起きている。」
流石に今はアスカたちがいるので顕わにしていないが、飛影は先程まで第3新東京市の様子を邪眼で見ていたのだ。
蔵馬はいまだに反応しないゲートのセキュリティを見て、街だけでなく本部も停電だと悟った。
「……緊急事態というわけだな。NERV本部は正、副、予備の3系統の電源があるから本部内の電気は直ぐに復旧する筈、なのにいまだに復旧しない。普通なら考えられないことだ。」
緊急事態という言葉にレイが鞄から何かを取り出していた。それを見たアスカも自分の鞄を探って小さな冊子を取り出した。
「第7ルートから中に入るぞ…。」
冊子を見ようとしていた二人を蔵馬が促した。
「ちょっと、緊急時のマニュアルを確認しなくちゃ……。」
「そんなものは貰ったときに頭に叩き込んである。」
そう言うと、蔵馬は歩き出した。
レイもアスカも、蔵馬の対応の早さに舌を巻きながら、その後を追いかけた。
「…で、シンジ。さっきのチビは何処言ったのよ。」
いつの間にか姿を消していた飛影を怪しく思うアスカだった。
「彼なら、二人がマニュアルを取り出しているときにこの場所から離れていったよ。」
「…何者なの、あいつ。」
「……俺の仲間だ。」
「…弐号機のパイロットがまだ葛城一尉の住居に居なかった時に、蔵馬君を訪ねてきたわ。」
蔵馬の仲間ということで、多少警戒心を和らげたアスカだが、飛影の態度は気に喰わなかった。
☆ ☆
「とにかく、発令所に急ぎましょう。7分経っても復旧しないなんて。」
リツコはマヤを伴い、発令所に向かっていた。
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エレベータに閉じ込められたミサトと加持も異常事態に気付いていた。
「ただ事じゃないわ。」
「ここの電源は?」
「正、副、予備の3系統。それが、同時に落ちるなんて考えられないわ。」
ミサトの答えを聴いた加持は呟く。
「……となると……。」
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「やはり、ブレーカーは落ちたというより、落とされたと考えるべきだな。」
ゲンドウが結論を出した。
「原因はどうであれ、こんな時に使徒が現れたら大変だぞ。」
蝋燭に火を点しながら、冬月が呟いた。
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その頃、国連軍の府中総括総隊司令本部、総合警戒管制室のレーダーが使徒らしき物体を感知していた。
しかし、普段NERVに蔑ろにされている為、反応が鈍かった。
「どうせ、また奴の目的地は第3新東京市だ。」
しかし、一向に動きを見せないNERVに不審がる。
☆ ☆ ☆
手動の第7ゲートから中に入った蔵馬たちはエレベータのところまで到着していた。
「停電中なら、エレベータは動かないでしょう。どうするの?」
エレベータに来た蔵馬に対してアスカが不思議がっていた。
蔵馬は少し、悪戯心が芽生えていた。レイとアスカがかなり気に入った蔵馬は、妖怪としての力を少し見せる気になったのだ。
「……ちょっと、下がっていろ。」
そういうと蔵馬は後ろ髪から、1輪の薔薇を取り出した。
「薔薇の花なんか出して、どうするの……っていうか、何処にしまっていたのよ。」
棘のついた薔薇を何気なく出した……しかも後ろ髪から……蔵馬に、アスカが突っこみを入れた。
「…フッ、そんなことは気にするな。俺の能力を、君たちに少し見せる気になってな……よく見ておけ。」
蔵馬は取り出した薔薇の花びらを散らした。
「薔薇棘鞭刃!!」
花びらが舞ったとき、薔薇の茎が伸び鞭に変わっていた。目を疑う出来事にアスカは呆然とし、レイでさえも目を見開いていた。
「……薔薇が……鞭に……変わった…。」
「…どんな仕掛けなの………。」
蔵馬はエレベータのドアに薔薇棘鞭刃を放った。
「華厳裂斬肢!!」
エレベータのドアは、まるで積み木が崩れるように蔵馬に破壊された。
レイとアスカは、鞭でエレベータのドアを破壊した蔵馬を唖然と見つめていた。
蔵馬はエレベータのワイヤーを伝って降り、発令所のあるL−3のドアも薔薇棘鞭刃で破壊した後、ワイヤーを伝って登り、レイとアスカの所まで戻ると、そのまま二人を担ぎ上げた。
「!!ちょっと、何するのよシンジ……。」
「……。」
突然担ぎ上げられたアスカは驚き、じたばたと暴れだした。レイは、真っ赤になりながらも、蔵馬にしがみついた。
「暴れると下まで真っ逆さまに落ちるぞ。」
そういうと蔵馬はそのまま、L−3まで飛び降りた。
L−3に降りた蔵馬は二人を降ろし、そのまま発令所に向かった。
「「……。」」
レイとアスカは慌てて……赤面しながら……蔵馬を追いかけた。
ちなみに、ミサトと加持が閉じ込められたエレベータは蔵馬たちが通った方の隣であった。
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「タラップなんて、前時代的な飾りかと思っていたけど、まさか使うことになるとはね。」
「備えあれば憂いなしですよ。」
発令所に着いた、リツコとマヤだったが電気がないため、備え付けられたタラップで登っていた。
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総合警戒管制室は何度もNERVに連絡を取ろうとしていたが、一向に繋がらなかった。
「統幕会議め、こんなときだけ現場に頼りおって。」
「政府はなんと言っている。」
「フン。第2東京の連中か、逃げ支度だとさ。」
嘲るように答える。
《使徒は依然進行中。》
「とにかく、NERVの連中と連絡を取るんだ。」
「しかし、どうやって。」
「直接、行くんだよ。」
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国連軍からの使徒襲来の報告を聞いた日向は慌てていた。
「ヤバイ、急いで本部に知らせなくちゃ………でも、どうやって。」
周りを見渡すと1台の車が走ってきた。
《こういった非常時にも動じない、高橋、高橋覗をどうか、よろしくお願いします。》
どうやら、選挙カーのようだ。
「ラッキー!!」
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「それにつけても、暑いわね〜〜。」
ミサトは上着を脱ぎ、手を団扇のようにして扇いでいた。
「空調も止まっているからな。葛城、暑ければシャツも脱いだらどうだ。」
加持の台詞に胸元を隠すミサト。
「いまさら、恥ずかしがることもないだろ。」
「こういう状況下だからって、変なこと考えないでよ。」
ミサトはそう言いながら、上着を着た。
「はいはい。」
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「不味いわね、空気もよどんできたわ。」
空調が切れたので、当然、発令所もサウナのように暑くなっていた。
何処に仕舞ってあったのか、発令所の職員は全員、団扇を扇いでいた。
「これが、近代科学の粋を凝らした施設とは……。」
「でも、流石、司令と副司令、この暑さにも動じませんね。」
リツコとマヤが司令塔最上部を見上げると、ゲンドウと冬月がいつものポーズを取っていた。その姿に、蔵馬によってどん底に落ちていた職員のゲンドウたちに対する評価は多少上がったようだ。
しかし、下から見ていた彼女達は気付いていなかった。二人は、バケツに水と冷却材を入れてその中に足を突っこんでいたことを……。
「ぬるいな。」
「ああ。」
そしてその時、蔵馬たちが発令所に到着した。
「……ミサトさんが居ないな。」
全員の視線が、蔵馬たちに注がれた。
「シンジ君、早かったわね。」
リツコが不思議がっていた。
今日、蔵馬たちがNERVに来る時間はついさっきのはずである。停電によって、本部の全てが動かない今、こんなに早く発令所に来れるはずがなかった。
「……。」
蔵馬は微笑んだまま、答えなかったが、代わりにアスカが答えた。
「……シンジ……エレベータのドアを破壊して……最短距離でここに…来たわ。」
アスカの台詞に、皆、疑問に思った。
(エレベータのドアを破壊したって……どうやって……。)
「しかし、暑いわね。空調全部切っちゃったの。」
アスカが残っていた団扇を手に取り、扇ぎ始めた。
「ええ、残った電源は、MAGI……に使用しているわ。」
リツコは危うく、セントラルドグマと言いそうになったが、なんとか踏みとどまった。
その時、蔵馬が司令塔最上部を見上げた。
「……自分達だけ快適な思いをしているようですね。父さんと副司令。」
その台詞に、ゲンドウと冬月は明後日のほうを向いた。
「…どういう意味、シンジ君。」
マヤが興味本位に蔵馬に問う。
「……あの二人、水を入れたバケツに足を突っこんでいます。」
そう答えると、蔵馬は最上部まで跳躍した。
いきなり、自分達のところに来た蔵馬に動揺を隠せない冬月。ゲンドウはいつものポーズだが、冷や汗を掻いていた。蔵馬は冬月の胸倉を掴み、彼を持ち上げ床に投げ捨てた。
老人を少し、いたわって欲しいと思う冬月だった。
蔵馬は、冬月が使っていたバケツを下にいる職員に見せた。
せっかく上がった評価は再び再下降していった。
「それにしても、よくわかったわねシンジ君。」
最上階から降りてきた蔵馬にマヤが感心したように訊ねた。
「……フッ…上のほうから水の音が聴こえたので……。」
マヤは、現在の発令所の喧騒の中で僅かな水の音を聞き分けた蔵馬の聴覚に驚愕した。
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《当管区内における特別非常事態宣言の発令に伴い、緊急車両が通ります…って、あのぅ行き止まりですよ。》
使徒接近に気付いた日向はその時通りがかった選挙カーに乗り込み、NERV本部に急いでいた。
「いいから突っこめ!!なんせ、非常事態だからな。」
「了解。」
その台詞に怯えるウグイス嬢と、何故かハイテンションの運転手。
《いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。》
スピーカーにウグイス嬢の悲鳴を響かせ選挙カーはNERV本部のゲートをぶち壊した。
その様子を横目で見ていた飛影だったが、その視線を使徒の方に向けた。
「……あれが、使徒……か。大した奴じゃないな。」
S級妖怪の彼にとって、第9使徒は戦意を刺激する相手ではなかった。
☆ ☆
「それにしても、3系統の電源が一度に落ちるなど、理論上ありえないな。」
「誰かが故意に落としたってこと。」
「……NERVには敵が多いからな。特務権限を利用して、何処かの誰かが横暴に振舞っている所為で……な。」
蔵馬とレイは、本人に聴こえるように会話していた。
リツコとマヤはMAGIを使ってダミープログラムを流していた。停電の復旧を利用して、本部にハッキングしてくる連中に対処するためである。
蔵馬とレイの会話を表面上は無視して、ゲンドウと冬月は話していた。
「本部初の被害が使徒ではなく、同じ人間とは……やりきれんな。」
「所詮、人間の敵は人間だよ。」
その台詞に蔵馬は苦笑していた。
現在、煙鬼の支配体制である魔界は人間界に敵対していない。
その事を踏まえると、確かに人間の敵は人間しかいないのかもしれなかった。
その時、蔵馬の聴覚がある声を捉えた。
「……リツコさん。EVAの発進準備をお願いします……。」
「…どうしたの、急に…。」
「使徒が接近中のようです。」
「何ですって。何故分かるの。」
「日向さんの声が聴こえました。使徒接近中と言いながらこちらに向かってきています。俺達はプラグスーツに着替えてきますから、その間に準備をお願いします。」
リツコ達の聴覚には日向の声など届いていない。
「…シンジ君の聴覚はどんな感度をしているのかしら。」
「…でも、現在の状況でEVAの準備なんて……。」
マヤがどうしたらいいのか迷っていると、蔵馬が答えた。
「以前、ケイジで緊急用のディーゼルを見たことがあります。それを使用して手動で準備が出来る筈……おい、最上部の無能二人。幾ら無能でも力仕事くらいできるだろう。先程まで、涼しい思いをしていたんだ、手の空いている人員を集めて汗を流せ。」
蔵馬は、そう言うとレイとアスカを伴い発令所を後にした。
その時、日向の乗った選挙カーが発令所に進入してきた。
《現在、使徒接近中。直ちにEVA発進の用あり。》
スピーカー越しの日向の声が発令所に響いた。
「……シンジ君の言ったとおりでしたね。」
「……本当に、シンジ君の聴覚はどんな感度しているのかしら…。」
マヤとリツコは呆れていた。
「冬月、後を頼む。」
「シンジ君の言うとおりにするのか。」
「使徒迎撃が我々の仕事だ。その為にはEVAを準備しなくてはならない。」
そう言って、ケイジに降りて行った。
☆ ☆ ☆
更衣室でプラグスーツに着替えていた私に、弐号機のパイロットが話しかけてきた。
「アンタ、碇司令のお気に入りなんですってね。」
「……。」
碇司令のお気に入り……。その台詞に私は怒りを覚えた。
「やっぱ可愛がられている優等生は違うわね。」
碇司令に可愛がられている……それは、私があの男の目的に必要不可欠の存在だから……気持ち悪い。
「いつもすまし顔でいられるしさ。」
無視をしていたらいきなり私の前に来て怒鳴り始めた。
「アンタ、ちょっと贔屓にされているからって、舐めないでよ。」
「貴女は、あの男に可愛がられたいの……?贔屓にされたいの?だったら代わってあげるわ。」
私は、これ以上弐号機のパイロットに付き合う気は無くなったので、更衣室を後にした。
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「何よ、あの態度。別に碇司令になんか可愛がられたくないわよ。」
そう叫んだあたしは、ムカつきながら更衣室を出た。すると、そこにシンジが立っていた。
「…何よ…。」
「……EVAの技術面はほとんどレイの実験データが応用されている。彼女はNERVにとって実験動物扱いだった。」
シンジの台詞にあたしの体は強張った。
「レイは、去年までNERVの中で生活していた……いや、幽閉に近いな。学校にも行かず…何かを考えることも許されず……ただ父さんに縋るように育てられた。父さんの都合のいい人形として……な。」
「……そんな。だって、碇司令はあいつを可愛がっているじゃない。」
「……それは、レイが母さんに似ているからだ。つまり父さんにとって、レイは母さんの面影を見る道具なのさ。いままで、父さんがレイに性的行為をしなかったのは奇跡に近いな。……いや、何れするつもりだったのかもな。」
あたしは碇司令に対しての嫌悪感が増してきた。
「レイはようやくその呪縛から逃れられた。だから、あまりレイにその件で絡まないでくれ。今の彼女にとって、父さんのお気に入りというのは苦痛でしかない。」
シンジはあたしにそう言うとケイジのほうに向かっていった。
あたしは、ファーストのことを誤解していたのかもしれない。そして、ファーストがシンジにべったりなのは、そんな境遇から解放してもらったから……。そして、ファーストのことを人形じゃなく、1人の人間として見ているからなのかもしれない。
☆ ☆
「…ファースト!さっきは悪かったわね、変に絡んで。」
ケイジに到着したアスカは、レイにそう言うと、そのまま弐号機の方に向かっていった。
「……。」
レイは、呆然とアスカを見つめていた。
「…アスカも、悪いと思ったんだろう。レイ、彼女を許してやったらどうだ。」
蔵馬は優しくレイを諭した。
レイは、静かに頷いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
蔵馬たちは、準備が完了したEVAにそれぞれ搭乗した。
拘束具を各自で強制除去し、出撃する。
「目標は直上にて停止の模様……。」
「作業急いで。」
「非常用バッテリー搭載完了。」
「よし、いけるわ。発進!!」
しかし、電気類の類が使えないので当然、自力で動かなくてはならない。ダクト内を匍匐前進していくEVA3機。
「もう〜〜。格好悪い……。」
情けない姿に、アスカはうんざりしていた。
「縦穴に出るわよ。」
ハッチを壊し、縦穴を登っていく。左右に両足を広げ登っていく姿に……。
「もう〜〜。またしても格好悪い……。」
その時、真上からなにやら液体が降ってきた。それが、零号機のウェポンラックを溶解させ、バレットライフルが脱落していった。
「いけない!!避けて。」
「え!?」
今度を雨のように降ってきた液体が弐号機の所々を溶解する。弐号機は零号機を巻き込み落下した。
「何!!」
落ちてくる2機に初号機も巻き込まれ落下する……初号機は弐号機と零号機を抱きとめ横壁を蹴り、ダクト内に避難した。
「目標は、強力な溶解液で直接本部への進入を図るつもりね。」
「……さて、どうする。ライフルは落としてしまったし、背中の電池はきれてしまったし、あと3分も動かない……アスカ、君ならどうする。」
蔵馬はあえて、アスカに任せてみることにした。
「……あたしが考えた作戦でいいの?」
「ああ、ミサトさんが考える作戦よりは何十倍も期待している。」
蔵馬が信頼してくることを嬉しく感じたアスカは自らの考えを2人に伝えた。
「ここにとどまる機体がディフェンス、A・Tフィールドを中和しつつ、奴の溶解液からオフェンスを守る。バックアップは下降、落ちたライフルを回収し、オフェンスに渡す。そしてオフェンスはライフルの一斉者にて目標を破壊。……どうシンジ、この作戦は……。」
「……ディフェンスがかなり辛いだろう、まあ、それは俺がやればいいか。」
「いえ、あたしがやるわ。」
「ほう。てっきり、オフェンスをしたがると思ったんだが…。」
「発案者が一番危険なポジションをしなくちゃね。それに、浅間山での借りを返したいし……アンタと対等でいるためにはね。ファーストがバックアップ、シンジがオフェンスをお願い。」
アスカの返答に、蔵馬は苦笑した。しかし、彼女の選択を快く感じていた。
「わかった。それじゃアスカの言うとおり、レイがバックアップ、俺がオフェンスでいいな。」
「了解。蔵馬君に任せる。」
レイも了承した。
「アスカ、この作戦は見事だ……ミサトさんに見習わせたいな。」
蔵馬の評価に、アスカは満足した。
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弐号機は縦穴に飛び出し、四肢を突っ張って守りに入った。背中に滴ってくる溶解液を受けながら、アスカは必死に耐えていた。
突然、溶解液が降ってこなくなった。
「えっ!?」
上部を映したモニターを見てみると、炎が壁のように溶解液を遮断していた。
「なんなの、あの炎は?」
蔵馬もそれを確認していた。
(……フッ…飛影か。珍しいな…。)
そう、飛影が炎を放って、蔵馬たちを援護していた。
NERV本部と、第3新東京市全体で電気が使えないため、モニターされることがないと判断して、飛影にしては珍しく蔵馬をアシストしたのだ。
「……フン!!蔵馬、貸し1つだ……」
飛影は面白くなさそうに呟いていた。
零号機は縦穴の底に飛び降り、落としたバレットライフルを拾いに行った。
「レイ!!」
ライフルを受け取った初号機はライフルを構えた。
「アスカ、避けろ!!」
弐号機が引いた瞬間、蔵馬は引き金を引く。
飛影も邪眼で確認し、炎を止める。
フルオートの一斉射撃が使徒を貫いた。
初号機は落下してきた弐号機を体を張って受け止めた。
「…よく頑張ったな、アスカ。」
「……これくらい出来なくちゃ、アンタに一生追いつけないからね。まあ、あの炎は計算外だけと゜……。」
アスカは強気な笑顔を見せ、蔵馬も笑顔で応えていた。
レイは、そんな2人をムッとした表情で眺めていた。
☆ ☆ ☆
「も〜〜〜ッ、なんで開かないのよ。非常事態なのよ。も……漏れちゃう…漏れちゃうよ〜〜…こら、上見ちゃ駄目って言ったでしょう。」
「……はいはい。」
エレベータに閉じ込められたミサトは、トイレに行きたくて堪らなくなっていた。加持の肩に乗り天井を探っていると、電気が回復したのでエレベータが動き出した。それにより加持がバランスを崩し2人は倒れこんだ。
エレベータのドアが開き、外にはリツコ、マヤ、日向の3人が立っていた。
あられもない姿で縺れて倒れている2人に、呆れる3人。
「不潔……。」
マヤが無表情で呟いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
夜、蔵馬たちはEVAの回収を待っていた。蔵馬を中央にレイが左側に座り、アスカは右側で寝転んでいた。
「……人工の光りが無いと、星がとても綺麗に見える……皮肉だな。」
「でも、明かりが無いと人が住んでいる感じがしないわ。」
街に明かりが戻り始めていた。
「ほら、こちらの方が落ち着くもの。」
満足そうに、明かりが戻っていくのを眺めるアスカ。
「人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきたわ。」
「てっつがくぅ〜〜.」
レイの言葉にアスカが茶化す。
「そうだな、光りを求めるのは人に限らないが……。」
闇の世界で生き、光りを求めた魔界の忍びたちのことを、蔵馬は思い出していた。
「……ねぇ、シンジ、あのローズウィップって、どんな仕掛けなの。」
先程の薔薇棘鞭刃のことを思い出したアスカは蔵馬に問いただした。レイも興味があるのか、蔵馬を見つめていた。
「……それは、企業秘密という奴ですよ。」
蔵馬はにっこりと微笑んで誤魔化した。
「ちょっと、教えなさいよ。」
「蔵馬君、教えて……。」
アスカとレイがなおも問いただす。
「そう簡単に種を明かす手品師はいないでしょう。」
「ケチ!!」
EVAの回収班が到着するまで、3人は談笑していた。このときは、レイとアスカもお互いの仲の悪さを忘れている風に見えた。
〈第十二話 了〉
To be continued...
(2009.06.20 初版)
(あとがき)
ジョルジュ「はい、第十二話いかがだったでしょうか。」
コエンマ「ふぃ〜〜〜。やっと仕事が終わったわい。」
ジョルジュ「コエンマ様、お疲れ様です。」
コエンマ「ジョルジュ、少しは手伝え。」
ジョルジュ「あれは、コエンマ様自身でないと駄目なんですよ。」
コエンマ「まあ、いい。今回はレイとアスカに蔵馬が自分の能力の一部を見せたな。」
ジョルジュ「蔵馬さん、レイちゃんとアスカさんをかなり気に入ったようですしね。」
コエンマ「それに、飛影が使徒戦で協力したしな。」
ジョルジュ「飛影さんにとって、使徒など取るに足らないでしょうけど……。」
コエンマ「では、これからどうなるのか。」
ジョルジュ「これからも、かのものの駄文にお付き合いください。」
作者(かのもの様)へのご意見、ご感想は、または
まで