僕の望んだ世界で……


第1話




逆らう者達            


presented by 堕の使徒 霞様


死海文書に記述されている 約束の日 前夜

綾波レイの部屋


 月明かりが窓一面に張ってある黒いビニールの隙間から、
ベットの上に腰を下ろしているレイを丸で幽霊の様に青白く照らしている。

「……」

何かを考えているのか、暫く何をするのでも無く只そこに佇むレイ。
ふとレイがベットから降りると、月明かりが僅かに届く部屋の隅から、
灰銀髪の少年がレイの様子を伺っていた。

「っ!」

「やぁリリス 久しぶりだね」

「あなた誰?」

「ボクの顔、忘れてしまったのかい? 同じ存在なのに?」

「同じ存在?  私はあなたとは…… っ! フィフス いいえ、ダフリスなのね
 けど、あなたは初号機によって殲滅されたはず」

「コアを破壊されない限りボク達は完全な死など有り得ないからね
 それに完全な人形(ひとがた)のボク達は他の使徒よりも心の形が明確なんだよ
 だから、1度は混沌の闇に消えそうになったけど、コア内のS2機関の力で
 精神体になっても存在し続けられた訳さ」

「そう 良かったわね でも今はあなたに関わっている暇は無いの どいてくれる?」

「君には無くても僕には有るんだよ
 君を無に還させない様に説得しなくちゃならないんでね」

「あなたには関係無い事よ」

「君がシンジ君を守る為に、自爆したのを目の当たりにしたショックと、
 ボクがシンジ君達リリンが生き残る為、シンジ君に殺められた時に受けた苦しみにより、
 シンジ君の繊細な心に決して消える事の無い深い傷を与えてしまった……

 これ以上、シンジ君の心に負荷が掛かったらシンジ君は壊れてしまう
 だから頼むから無に還るのは止めて欲しいのだけどね」

「碇君…… 二人目のわたしが想っていた人……
 でもわたしにはもう関係無い 三人目だから

 それにわたしが無に還るのは定められた事……
 碇君が壊れてしまっても変える事はできないわ」

「それは本気で言っているのかい?
 最悪、シンジ君は欠けた心でサードインパクトの依代にされる
 そして魂までも破壊されてしまうかも知れないと言うのに……」

「えぇ 本気よ わたしは碇司令の元へ行き、無に還るの……」

「それは本来、君の意思じゃないとしても?
 全てはこのシナリオを影で遂行してる者の、掌で踊らされているだけなんだっ!」

「何と言われても、わたしはわたしの望み通りにするわ」

「そうか ここまで言ってもキミはどうしても判ってくれないんだね
 なら容赦しないよ ボクはシンジ君の為に、どんな事をしてでも君を止めて見せるさ」

「あなたには止められないわ……」

「それはどうかな? 君のベースがリリスなのと同様に、
 ボクはアダムが元になってる この意味わかるね?」

「……」

「「ATフィールドッ!!」」

ピキーンッ!

 二人が対峙している中間で透明な赤い壁が発生したが
互いのATフィールドが均衡し、中央で明暗を繰り返すのみ。

「流石はリリス…… ただぶつけるだけじゃ、破る事はできないか……
 なら 本気で行くとするよ はっ!」

 カヲルが気合を入れると共に、ただの壁だったものが、
徐々に収束されて行き、剣の形に変り始めた。

「っ! ATフィールドを武器化できと言うの?」

「フッ、ATフィールドは心の形が具現化したもの
 要はイメージ次第でどの様にも形が変るのさ
 ただ単に壁しか作れない君とは違うよ?」

「でも武器化した所で何も変らない……」

 カヲルのATフィールドで作られた剣が形を維持できなくなり、
消滅すると同時にカヲルの両手も液体化して弾け飛ぶ。

「なっ これはアンチATフィールドっ 君は既に覚醒していると言うのかっ!」

「これで最後……」

「くっ そうはさせないっ!
 君にはシンジ君と共に生きて行って欲しい……
 なのになぜ判ってくれないんだリリスっ!」

「あなたの望み通り再び混沌の世界へ戻ってもらうわ」

ピシャッ!!

 さらに強いアンチATフィールドが発生したのか、
水が弾け飛ぶ音と共に、カヲルの下半身が一気に失わる。

「ボ、ボクの力では無理なのか……
 流石……リリスの力……と言いたい所だけど……
 君も既に限界のようだ……」

「?……」

「フッ それすらも気付かないか……」

 レイが感覚が突如無くなった、右腕の付け根当たりを見ると、
いつの間にか自らの右腕が、肩から床に転がり落ちていた。

「っ! わたしの体を保っているATフィールドが弱まってる……?」

「アンチATフィールドが弱りつつ有る 逆転するのは今しかないねっ!」

「無駄な事…… ATフィールド全開」

「チッ 遅か……」

キーンッ!!!

 レイのATフィールドが黄金色に光輝きカヲルのATフィールド破壊し、カヲル諸共吹き飛ばした。

「うわぁーーーーっ!!!」

 ATフィールドの眩い輝きが収まると、そこは荒れ果てた室内び変わり、
レイがポツリと経ち尽くしているだけだった。

「はぁ…… はぁ…… 右腕が元に戻らない……
 わたしの形が……維持できなくなる迄に……早く碇指令の元へ………」

 そして、レイは息も切れ切れにそう呟き、ドアから出ていくと、
ネルフ本部にいるゲンドウの元へと向かった。


やはり、リリスに頼んでも無駄だったね
昔から融通が効かない所が有ったから、有る意味こうなるって判ってはいたけど、
でもボクに止めを刺し忘れたなんてリリスらしくないね

結局、シンジ君に更なる苦しみを与えてしまうのは、避けられなかった
混沌の闇の中で思い出した、神話の時代からのシナリオ回避するには、もう君に頼むしか……
ごめんよシンジ君

 カヲルの声が聞こえなくなると、月明かりに照らされた部屋はシーンと静まり返った。



レトロ調の電車内
 
 夕闇が迫り薄暗い中を直走る列車の車内に、僅かに夕日が指し込み
何とも言えない侘しさを醸し出していた。
そんなある車両で、シンジは目の前に現れた、もう一人のシンジに、
親友だったカヲルを自らの手で殺めた事を責められていた。

っ! き、君は……

僕はシンジ もう一人の君だよ

もう一人の僕?

そうさ、親友だったカヲル君をこの手で殺した碇シンジだよ
なぜ、カヲル君を殺したのさ

だって仕方が無かったじゃないかっ!

仕方が無いで済ますつもりなの? 幾らでも方法が有ったって言うのに?

だってカヲル君は、彼は使徒だったんだ!

同じ人間だったのに……

違う! 使徒だ! 僕達の敵だったんだ……

親友だったのに……

違う、違うんだ!

 もう一人のシンジが消えそこにレイが現れた。

わたしと同じヒトだったのに……

違う! 使徒だったんだっ!

だから殺したの?

そうさ! ああしなきゃ僕達が死んじゃう みんな殺されちゃうんだ!

本当に殺さなければ全ての人が滅んでしまっていたの?

だって、父さん達が言ってたじゃないかっ!

セカンドインパクトが起こっても人は滅びなかったのに?

僕だって好きでやったんじゃないっ! でも、仕方が無かったんだ

仕方が無いと言う免罪符で許されると思うの?

うぅ…… 許して…… もう許して……

 レイの横にもう一人のシンジが再び現れ、二人して蹲りながら頭を抱え震えているシンジを責め始めた。

だから殺したの?
だから殺した?

助けて……

だから殺したの?
だから殺した?

助けて……

だから殺したの?
だから殺した?

誰か助けてよ……

だから殺したの?
だから殺した?

お願いだから誰か助けてよぉっ!

「シンジ君、もうボク事で苦しまないでおくれ
 ボクはシンジくんの手で殺されることを望んだのだから……」

っ!

 カヲルの声で顔を上げると、もう一人のシンジとレイは消え失せ、
カヲルが微笑みながらシンジの前に立っていた。

「カ、カヲル君っ! 生き残るは君の方だったんだっ!
 僕なんかより君の方がずっと良い人だったのに……
 なのにカヲル君を殺して僕なんかが生きているなんてっ!」

「やはり君のその心は繊細で好意に値するね
 でも、このままボクがキミ達リリンにあげた生き残る機会を、
 無にするとは悲しいよ… シンジ君」

「繊細なんかじゃないっ! 本当は卑怯でずるくて臆病でっ!
 あの時も、裏切られたと思ったけど、裏切ったのは僕の方だったんだ
 そう思い込んだ方が、親友のカヲル君を殺す辛さから、
 少しでも逃れられるんじゃないかって……

「ストップッ!! そう自分を卑下する物じゃない
 あれは、僕の意思で自ら死を選んだのだから、気にしなくいても良いんだよ」

「でも僕がカヲル君を殺してしまったのは事実なんだ
 だから、カヲル君、お願い僕を殺してっ!
 もう嫌なんだ何もかもが……」

「確かにそうすれば君は依代にならず、サードインパクトは不発に終わる
 でもシンジ君を殺すなんてボクには出来ない……
 ボクは、繊細な君には辛く苦しいかも知れないが、耐えぬいて欲しいんだよ
 そして、そんな君だからこそ、これからの人の未来を託したい」

 そう言いながらカヲルはシンジをそっと抱き締めた。

「サードインパクトは使徒を全て殲滅すれば回避されるんじゃなかったの?」

「いや、使徒殲滅はサードインパクトを発生させる過程の1つさ
 そして、初号機と精神が破壊されたパイロットを依代にしてこそサードインパクトは引き起こされるんだ

 その為に端から僕を君に殺させる様に老人が仕向けたと言うわけさ
 このボクが人間ごときにまんまとやられたよ」

「僕が死ねばサードインパクトは回避されるんだよね?
 だったら人を滅ぼす僕なんかが生きていたって……」

 カヲルは、シンジの口元を人差し指で塞ぐ。

「シンジ君が悪い訳じゃないんだよ…… だから何も気に悩むことは無いんだよ
 それにね、例え君が死んでしまったとしてもサードインパクトは発生してしまうんだ」

「そ、そんな……」

「もう1つだけサードインパクトを発生させる手段があるんだよ
 それは、リリスいやレイをサードインパクトのトリガーする方法なんだ……」

「なっ 何で綾波がっ!!」

「彼女はその為にだけに君の父親に生かされて来た……
 そして、サードインパクト後にレイは無に還し消滅してしまうんだ
 
 だからシンジ君には、どんな辛く苦しくても耐え抜いて、
 君の父親からレイを守りきって欲しい」

「ど、どうして…… 父さんが綾波を……
 でも…… 僕には彼女を守る資格なんて無いんだよ……
 僕は彼女を一時でも拒絶し傷つけてしまったたんだから……
 それに何の力も無い僕に守る事なんてできない……」

「それに気付き後悔をしているのなら大丈夫だよ
 必ずレイはそんな君に答えてくれるさ
 それに君なら必ず成せると信じているよ」

「カヲル君……」

「最後にシンジ君、君に頼みが有るんだ……
 
 神はサードインパクトを起して、神の子達の世代交代の為に淘汰しようとしている。
 君達リリンが最後の審判で生き残り、神に仕組まれた宿命の元に滅びた、
 悲しき使徒がいたと言うことをリリン達に伝えて欲しい
 じゃ頼んだよ…… さよならシンジ君……」

「待ってっ! 神に仕組まれたってどう言う事なの?
 待ってよぉカヲル君っ! 僕には何の事だか判らないよ……」

「もう時間の様だね…… レイは既にネルフへ向かっている……
 君なら……必ず……回避できる……自信を持つんだよ……シンジ君」

「カヲル君、行かないでっ!!」

 シンジの目の前からカヲルは徐々に消え失せて行った。

………
………
………
………

布団から飛び起き肩で荒い息をしているシンジ。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…… 今のはいったいっ!? 夢?
 僕のこの手でカヲル君を殺してしまったから、 だ、だからあんな夢を……」

ヒトの心が未だ理解できなかったんで、あんな最後になってしまったんだ
その事で、こんなにも辛い思いをしていたんだね ごめんよ シンジ君

 シンジが声のした方を向くと、向こう側が透ける様に、
うっすらとカヲルが佇んでおり、こちらを見つめていた。

「っ! うぁーーーーーっ!! カ、カヲル君っ!?
 あ、あの時、確かに殺してしまった筈なのにっ! な、何でっ!」

ボクは人形だけど使徒が進化して行き着いた形だからね
体が消滅しても、S2機関を破壊されない限り、完全に消滅はしないんだよ

「でも、体が透けてる見たいだけど?」

体が消滅してしまったからね精神体と言うか幽体に近いかな
リリスを止める為に殆ど力を使い果たしてしまったから、
既にそれすらも維持できなくなってきてる様だね……

「カヲル君、大丈夫なのっ!?」

っ! も、もう限界みたいだ…… 心を具現化できない……

「そ、そんなっ!」

結局ボクでは リリスを止められなかった……
サードインパクトを 防ぐのは もうシンジ君しかいない
愚かなリリンの妄想を打ち破り リリン達の未来を守るんだよ……

「僕には無理だよっ! 父さんに適う訳無いし、 ましてやゼーレの計画を潰すなんてっ!」

シンジ君ならきっとできると…… ボクは信じているよ……

 カヲルはそう言い残すと、靄のように掻き消えてしまった。


僕ができる事と言ったら綾波を説得する事ぐらいしか無いけど、
でもカヲル君すら太刀打ちできなかったのにどうすれば……
それにゼーレとどう立ち向かったら良いのか判らないよぉ

 シンジがどうすれば良いか悩んでると、ネルフから支給された携帯から、
着信アラームが鳴り出し着信メッセージが表示される。

>非常召集 至急 ネルフ本部ミーティングルーム迄出頭後 待機サレタシ<-'

使徒はもう来ないのに一体どうしたんだろう?
とりあえずネルフに行かなくっちゃっ!
それから考えても良いよね? カヲル君……

 未だに自分の意思では行動できる程、精神的に回復してないシンジだったが、
ネルフからの呼び出しと言う、半ば義務的な物だとは言え、確実に一歩を踏み出した。



死海文書に記述されている 約束の日 

ネルフ本部のどこかに存在するバーチャル会議


 臆病者故に、暗闇の中モノリスを投影させ、音声すらも変調した者達から、
突如召還を受け急遽会議に応じるネルフ上層部。
この者達こそ、ネルフの上位機関である人類補完委員会を闇から支配する、
ゼーレと名乗る秘密結社に属する醜悪な老人達である。

そして、今正にこの後の人類全ての運命を決める会議が、全世界に知られる事無く、
何とネルフ上層部2人とゼーレの者達のみで進められていた。

『遂に約束の時は来た……  が、ロンギヌスの槍を失った今、もはやリリスによる補完はできぬ
 唯一、リリスの分身であるエヴァ初号機による補完の遂行を願うぞ』

「ゼーレのシナリオとは異なりますが?」

「人は福音たるエヴァを生み出すために存在していたのです」

「人は新たな世界、いえ新たな階梯へ生まれるべき存在です
 その為のエヴァシリーズなのですよ」

『我らは自ら人の形を捨てて迄、エヴァと言う名の箱舟に乗る必要はない』

『これは通過儀式なのだ  閉鎖してしまった人類が再び再生する為の』

『滅びの宿命は再生の喜びでもあるのだよ』

『神もヒトも全ての生命が、’死’をもってやがて一つの存在になる為に』

「死は何も産む事はありません」

『死は君達ネルフに与えよう』

「人類は生きて行こうとする所にその存在がある」

「それが自らエヴァに残ったユイ君の願いだったのだからな」

「犠牲になったユイの為にも、ゼーレの思い通りにはさせん」

「だが、ゼーレは形振り構ってはいられない様だ
 A801を発令し本気で攻めてくる気だぞ」

「全ては私達のシナリオ通りです 冬月先生、後は頼みます……」

「あぁ、ユイ君に逢えと良いな」

 今まで同じ目的の為に、ゼーレの意向に従ってきたが、
遂にゼーレから離反し独自の道を歩み始めたネルフ上層部。
だが、どちらも他人の事は全く考えず、己たちの計画の為には、
何の躊躇いも無く人類を犠牲にする愚か者達であった。



バーチャル会議が行われている同時刻 ネルフ本部 コンコース

 ネルフに着いたシンジは、発令所に行く為、正面のエスカレータに乗ろうとしたら、
地下に向かうレイの姿を見つけたので、気付かれない様にレイの後を追う事にした。

ん? 綾波っ!? 何で下りエスカレータなんかに?
あそこには確か何も無い筈のに、どこへ行くのかな……
取りあえず着いて行こう もしかしたら説得できるかも知れないしね

 エスカレータで発令所の有るフロアにたどり着いたレイは、
立入禁止区域を進むと何も無い袋小路の壁を見詰めた。
すると壁が動き始め中からエレベータと思わしき物が現る。

あんな所にエレベータが有った何てっ!

っ!

 シンジはエレベータの扉が締まる直前に咄嗟に乗り込むと、
その中では唖然とした表情でレイがシンジの方を見詰めていた。

「碇君…… 何故?」

「え?」

「なぜ碇君がここに居るの?」

「あ、綾波が心配だから着いて来たんだ」

「別に心配してもらわなくても良い…… それに、ここは立入禁止区域よ」

「こんな所になんの用事が有るの?」

「あなたには関係の無い事よ」

「それでも僕は綾波が心配だし、綾波を父さんの所へ行かせたくないんだよ」

「わたしがどこ行こうと勝手でしょ」

「それでも父さんの所だけは行っては駄目だっ!」

「なぜ、そういうこと言うの?」

「父さんが綾波を無に帰そうとするから…… 僕はそんなの嫌なんだっ!」

「それがわたしの望み 余計な事しないで」

 キッとシンジを睨むレイ。

「でも、僕の望みは綾波に生きて欲しい
 だから幾ら綾波が反対しても僕のしたいようにするよ」

「そう…… でも既にどうしようもないもの……」

 レイはそう呟くと、ATフィールドでシンジをエレベータの壁に叩きつけた。

ぐぅ……

「あ、綾波…… 僕と一緒に……」

がはぁ……

「さよなら 碇君……」

「待ってよぉ…… 綾…波…… 父さんの所へ 行っちゃ駄目だ……」

 レイの後を追おうと、体の痛みに耐え立ち上がろうとしたシンジだったが、
既にレイは通路の闇に消え去っていた。



数10分後 ターミナルドグマ

「ここにいたのか レイ この日の為にお前は存在していたのだ」

 ターミナルドグマへ現れたゲンドウを無言で見つめるレイ。

「……」

「アダムは既に私の元に有る
 ユイと再び逢うには、もはやアダムとリリスの禁じられた融合しかない……」

 突如、レイの左腕が二の腕辺りから崩れ落ちたが、
レイは痛さを感じないのか、呆然と落ちる腕を眺めていた。

「残された時間は無い ATFがお前の形を維持できなくなる」

 ゲンドウの声で視線をゲンドウに変えるが相変わらず無言で佇むレイ。

「始めるぞ…… ATFを解放するのだ レイ
 不要な身体を捨てさり、全ての魂を今一つに…… それしか欠けた心の補完はできぬ」

 ゲンドウがレイの身体に己の左手を飲み込ませ、腹部に移動させると、
レイは顔を僅かに歪ませ呻き声を上げた。
 
「うぅ」

「リリスとアダムの禁じられた融合が始まったな」

  ゲンドウのアダムを宿した左手と体内にあるコアが融合しようとした正にその時、
突如扉が開きリツコがターミナルドグマに入って来た。
そして、扉が閉まる瞬間、周囲に光源がなく薄暗かったせいか、誰にも気づかれる事なく、
リツコの入ってきた扉から、黒い影が一緒に浸入していた。

「ゲンドウさん 私よりレイを選ぶのですか?」

「邪魔は許さん」

「ごめんなさい 先程、彼方に気づかれずMAGIのプログラムを変えさせてもらいました
 娘から最後の頼みよ 母さん一緒に死んで……」

ピッ

「っ!」

「えっ 動作しない? なぜっ!?」

ピー

 リツコが、手元のコントロール装置を見ると、カスパーのみ自爆を拒否していた。

「カスパーが反乱した? そう、母さんも私より自分の男を選んだの……
 だけど、このまま母さんの様に裏切られ、惨めに自分だけ死を選ぶなんて事はしないわ」

 そう言うと、MAGI爆破に失敗したリツコは、レイとゲンドウの数m先に対峙し、銃口をゲンドウに向けた。

「君には撃てん」

 その時、LCLプール際に立っていたレイの元に、黒い影が迫っていた。

「そう彼方ならね だけとレイなら躊躇わずに撃てるわっ!」

「っ! 綾波ぃーーーっ!」

ドンッ

 黒い影がレイを押し倒した直後、銃口をレイに向け直していたリツコは、躊躇わずに引き金を引いた。

パンッ

「うっ 痛っ 綾波…… 間に合って…… 良かった……」

「わたしは無に帰す存在…… なのになぜわたしを庇うの碇君っ!?」

……バシャッ

 リツコの凶弾によって、レイの身代わりとなり、リリスから流れ出るLCLの泉に落下して行く黒い影。
その正体はレイを追って来たシンジだった。

「なっ!」

「フン 残念だったなリツコ君…… 君には本当に失望したよ」

 そう言い終わるとゲンドウは引き金を躊躇うことなく引いた。

パンッ

「クッ 最初から…… 期待なんてしてなかったくせに……
 無様な…… 最後だわ……」

ドサッ

 ゲンドウはリツコが倒れるのを見届けるとレイと向かい合った。

「シンジ良くやった お前の死は無駄にはせん……
 さぁレイこの時の為にお前はいたのだ ユイの元へ連れていってくれ」



生は死の始まり
恐怖
死は現実の続き
過酷

わたしの分身が誰かとシンクロして覚醒しようとしている……
本体のわたしと同化してないのになぜなの?

再生は死の終わり
安心
微笑みは偽り
優しさ

な、何だこの異様な気配は……

真実は痛み
破壊
僕は何?
不安
僕と一緒にいてくれるの?
共存

 LCLのプールに落下したシンジの体が、赤い光を放ち空中に浮かび上がる

「碇君……」

「何っ! シンジだとっ! 一体、何が起き様としているんだ……」

身も心も一つに
同化
溶け合う心が僕の形を壊す

何んだかボクが僕でなくなって行く?……

分離不安
僕はリリスと……
真の融合


 シンジの体がリリスの体内に沈み込むと同時に、両手が戒めの杭から解き放たれ、
崩壊しかかっていたリリスの体が再生を始めた。
そして、重力により前かがみになると、仮面が剥がれ落ち、中からシンジの顔が現れた。

「リリスがシンジを求めていると言うのかっ!」

 自らのシナリオと余りにも違いすぎる展開に、目を見開き打ち震えるゲンドウ。

 父さん……

「っ!?」

 残念だけど、父さんの計画は潰させてもらうよ

「シンジお前なのかっ! なぜ俺の計画を知っているっ!!」

 カヲル君に聞いたんだ…… あんな独り善がりの計画に、全人類を巻き込むなんて許されないよ

「なっ お前もユイに会いたいと思っていたのだろう?
 なら俺の計画の邪魔をするなっ!!」

リリスのコアが赤く輝き始める……

ボクの意識がある内にボクの補完計画を成し遂げ無ければならないんだ……
さぁアダムを渡してもらうよ……

 リリスから放たれたATフィールドの刃が、ゲンドウの左手首を切断した。

ベキッ!

「くっ」

そして、切り離されたゲンドウの左手がリリスの元に引き寄せられると、
リリスの体内にめり込んでいった。

「や、止めろーっ!! シンジっ! 親である俺に逆らうと言うのかっ!!」

FHAAAAAAAA………
FOAAAAAAAA………
OOOOOOOOOO………

「碇君 待ってっ! わたしがその身体で無に帰す筈だったのに……」

もう遅いんだよ綾波…… 全ては始まってしまったのだから……

「何でわたしの邪魔をするの? ずっと無に帰す事だけを願っていたのに……」

綾波に消滅して欲しくは無いからだよ…… うぅっ あぁ

「碇君ダメっ!」

これで良いんだよ綾波…… 僕がリリスと融合する事で……
世界と人が正しく補完されるなら…… 僕は喜んで無に帰るよ……

「わたしは碇君に無に帰って欲しくない…… っ!」

あぁ…… か、体が………  無限に広がっていく……

 リリスのコアが鳴動と共に点滅し始め、次第にリリスの息遣いが激しくなり、
半エネルギー体となってターミナルドグマから上昇を始めた。



ターミナルドクマから、リリスが半エネルギー体となって上昇を開始した、同時刻

バーチャル会議室


 相変わらず、個を特定できぬ様に、己を隠し通している臆病共が集う立体空間。
そこでは、醜悪な老人達が、人類いや生きとし生ける全ての者を犠牲に、
己達の欲望を達すが為の策を練っていた。

「っ! 黒き月から高エネルギー体がっ!?」

「な、何だね あれはっ!」

「シナリオには無いぞ? どう言う事だ キールっ!」

「碇め、リリスによるインパクトを起こそうとしてるのかっ!?」

「何、リリスだとっ! 制御キーたる槍が無い今、リリスによる補完を行ったら、
 我らのシナリオは融解してしまうぞ」

「左様、この補完の為に力も財もすべて全てを費やしてきたのだよ」

「それどころでは無い シナリオは愚か全てが消滅しかねる事態だ」

「慌てるでない 既に全ての量産機が第三新東京に向かっておる」

「だが、セフィロトによる補完で寄代となる初号機は凍結されたままの筈だ」

「幾ら我々が御する量産機が有ったとしても、
 寄代無き、インパクトをどの様に制御するつもりだ?」

「このシナリオの修正は容易ならんよ」

「寄代なら 向こうからやって来るではないか」

「何処にいるというのだっ!」

「左様、エヴァ初号機による完遂が不可能な今、寄代となるべき存在は無いのだよ」

「っ! ま、まさか 制御キー無きリリスを寄代にすると言うのかっ!?」

「そうだ 元々 初号機はリリスのコピーなのだ そのオリジナルであるリリスによる完遂
 これ程、完璧で理に適ったものは無い」

「確かにそうだが…… リリスは抜け殻なのだぞ、制御などできるのか?」

「AATが暴走したら我らも、自我も一つの存在になってしまい、自我が無くなるやも知れん」

「左様、それだと意味が無いのだよ」

「案ずるでない 碇が何を企んでいるかは察しが付いておる それを利用すれば良いだけの事だ」

「な、何とっ!? 碇の計画を利用すると言うのだな」

「我らの当初の計画は失敗に終わり、キーは消滅してしまったが、同等の存在を碇は持っておる
 それをキーにしてリリスによるインパクトを起こそうと企んでいるとしたらどうだ?」

「リリスの魂を宿した綾波レイか……」

「聞けば、脆弱な精神を持ったサードよりも御しやすい、希薄な精神になる様に飼っていたらしいな」

「だが、幾ら魂になりうる存在を封入したとしても、仮にも神の抜け殻……
 そう容易に御す事なと出来ぬのではないのかね?」

「判っておらぬな そこを我らの手足である、全ての量産機に搭載されたN2機関を解放させれば、
 セフィロトの術式が始動し全てを御する事が可能となる」

「おぉ 幸いな事に、コピーだが槍も装備されておるしな」

「ほぉ それが事実なら、最も成功率が高い補完になるのではないかね」

「うむ、碇の計画など如何さも無い事だな」

「碇、最後に笑うのは我々の方だったな」

「「「「量産機起動っ!」」」」

「「「「リリスによる補完の完遂を」」」」

「「「「「そして、我らが地上代行者となるのだ!」」」」」」

 老人達が一斉に最終目的を唱えると、黒きモノリスを照らしていたライトが消え、完全な闇に包まれた。
 そして、臆病ゆえに闇の中で蠢いているだけであった醜悪な老人達は、
遂に、自らの補完を成し遂げようと、己の全て掛け、何としても補完を遂行せんと行動を開始した。




ターミナルドクマから、リリスが半エネルギー体となって上昇を開始した、同時刻

第2発令所


 戦自の侵攻に対応していた所に、ターミナルドグマの異常を示す警報が鳴り響いた。

「ターミナルドクマより正体不明な高エネルギー体が接近」

「ATフィルード確認……パタ−ン青っ!」

「まさか使徒なの?」

碇が事を起こしたのか?

「至急、現状を確認するんだっ」

「は、はい これは使徒では有りません…… ヒト、人間ですっ!」

「何これ イ、イヤ  イヤーーーーーーーーっ!」

「あれはリリスか……」

 碇のシナリオが成功したか…… これでユイ君に会えるな……

 っ! なっ、何っ あれはシンジ君がベースかっ!
 いったい何が起こっているんだっ!?

「リ、リリスって何なのですかっ! 地下に幽閉されているのはアダムでは無かったんですか」

「シンジ君? み、見て あれってシンジ君じゃないのっ!?」

「何だってっ!? そ、そんな馬鹿な……」

「葛城三佐、葛城三佐、応答願いますっ!」

『日向君? どうしたの?』

「シ、シンジ君らしきヒトが確認されました」

『で、何処にいるの?』

「まもなくそちらへ到達すると思われます」

『到達? えっ 何? ここへ向かってるの?』

「はい……」

 半エネルギー体と化したシンジを象ったリリスがミサトの体を通りぬける。

『っ! なっ 何これ これがシンジ君だと言うの?』

ミサトサン……

『シンジ君 あなた一体……』

イママデアリガトウ……

『ま、待ちなさい シンジ君っ!』

 シンジを象った半エネルギー体が成層圏まで上昇すると、S2機関を最大に解放し
生命の実たるリリスとアダム、そして知恵の実たるシンジの融合を基にした
サードインパクトが始まった。



次回予告

 リリスと融合したシンジは、第三のサードインパクトを起こした。
そして、人々の前に各々が求める人の姿となって現れたシンジは、
人々を次々とLCLに還元し、自分を犠牲として望みの世界をシンジは再構築する。
だが、その世界にはシンジだけが存在しなかった。

次回 「世界の閉塞と再生」

???「使徒やエヴァが無い世界の方が良いに決まってるんだっ!」






To be continued...

(2005.06.04 初版)
(2006.07.30 改訂一版)


(あとがき)

 始めまして堕の使徒 霞と申します。

昔、短期間ですがエヴァのSS執筆活動をしていたのですが、
色々有りまして今まで音信不通となっていました…
ここのアンチ作品に魅せられ、心機一転頑張って執筆をと思いまして、
この度、投稿させて頂きました^^;

なを、この『僕の望んだ世界で……』は、以前、某所に投稿していた物に、
至らなかった点(内緒^^;)を修正し書き足した作品なんです(汗)

見覚え有る方も無い方も、試行錯誤しながら書き溜めたプロットを元に、
予想もしない展開にする予定なので、駄文ですが読んで貰えたら幸いです(*^-^*)

と書いてから一年以上ブランクが開いてしまい申し訳なく思います。
その間、ちまちまと書いては直し書いては直しを繰り返した結果、
大幅な加筆修正となってしまいました^^;

ぜひ、読んで頂き、感想を頂けたら嬉しい限りです。

作者(堕の使徒 霞様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで