黄昏の果て

第八話

presented by KEI様


「ふざけんじゃないわよ!!」

怒声が響き渡る。
発生源は葛城ミサト、戦術作戦部作戦局第一課所属の復讐鬼。
本部所属となった惣流・アスカ・ラングレーとの、今後の戦いに関する話し合いを行い、怒声をあげることとなった。

「ふざけているのは其方ではありませんか?葛城一尉。私は只、あなた方本部の人間が作ったエヴァ専用の火器を使用するぐらいなら、UN或いは戦自に協力を依頼し、エヴァはひたすら防戦に徹するべきだと言っているだけです」
「それがふざけているってのよ!!あんたそれでもエヴァのパイロットに選ばれた人間!?あんな役立たずどもに何が出来るってのよ!!いい、使徒はエヴァでなければ倒せないの、連中は邪魔なだけなのよ!!」


上記の会話に至るまでを語ろう。

そもそもは作戦立案に関しての相談を、アスカが持ちかけたことから始まった。
ミサトとしてはそれを、使徒が来ても居ないのに煮詰めるのはまったく無意味なモノとしていたが、アスカからすれば普段からエヴァ並びに迎撃要塞都市の運用を詳細に突き詰め、いざ事が起こった際に行き当たりばったりでなく幾つかのマニュアルを作っておくことは当然のことだった。
また運用の詳細を突き詰めるならば、扱う物が一体どのような状態であるのかを把握するのは当たり前であり、アスカは現状の都市、エヴァの装備に関しての資料を日向マコトに持ってきてもらい目を通して、以後の使徒迎撃に於いて役立つであろう事を幾つかあげてきた。

その一つとして、エヴァ専用火器の問題点を挙げたのである。
実際問題として、エヴァ専用火器は現行の兵器と威力そのものはまったく大差ない、只単にエヴァの巨体ゆえに、大砲を拳銃やマシンガンの形にできたと云うだけでしかないのだ。
取り回しの良さ、と云う点では優れているかもしれないが、信頼性と云う点ではいささか問題があるのは否めない。
そもそも同じ威力の弾丸を叩きつけるならば、エヴァ一機にやらせるよりも、周囲を囲んで叩き込んだほうがよほど効率がいい。
その際エヴァは使徒のATフィールドの中和に尽力し、丈夫で巨大な盾や追加装甲でも施して隠れていればいいのである。
無論此れにも難点はある、使徒の外皮の強度或いは柔軟性がそういった実体弾を通さない可能性である。
だがそれとて、衝撃の類を無効に出来るわけではない。
フィールドに邪魔されずに打ち込めれば弱らせることは可能であるし、動きに制限を与えることもできる。
そこをエヴァの膂力に任せた攻撃を加えれば、勝機は十分にある。
まずはそういった次第を、詳細にまとめたレポートにして、またそれを読まないことを考慮して作戦部の人間を集めてディスカッションしているのだが、それがミサトにはいたく気に入らないようである。

ミサトにとって、作戦部とは自身の欲望を満たすための手段であり、彼女に従属する物でなければならない。
だと言うのに、アスカの意見を実際に討議し始めている者が出始めている。
気に食わない、自分の物が勝手な判断をしているのが気に食わない。
そして一番気に食わないのは、目の前の少女。
ミサトがドイツに出向した時彼女に会ったが、その時もいずれ上司と部下になるのだから仲良くしてやろうとしたのに、ドイツでの研修で起こしたちょっとした失敗を挙げ連ね、いちいち文句をぬかしてきたくそ餓鬼。
それがここにやって来て、またしてもミサトのやることにケチを付ける。
頭でっかちの小娘が、常識の通じない使徒相手に、事前に対策を検討しておこうなどと寝言をほざいているのがミサトには癇に障る。
それを当然のことと受け入れる無能な部下たちにも腹が立っている。
あげく、外部の組織に頼ろうなどと云う愚劣極まりない案。

「UN!?戦自!?あんた判ってんの、あいつらはねぇうちの秘密を知りたがってんのよ!!隙あらばエヴァから何から持ってって勝手に使おうとしてる盗人どもに、何チャンスを態々与えようとしてんのよ!!」

おしい、ニアミス、ネルフの秘密を探ろうとしているのは事実であるが、彼らはエヴァなど必要としていない。
追記すると、ネルフの秘密を知っていてその情報を小出しにして状況を操作している連中も居る。
さて、ミサトからしてみれば人類を護る力を持つ究極の汎用人型決戦兵器であるエヴァも、よそでは金がかかり手間隙もかかり挙句搭乗者まで限定される欠陥兵器でしかないことにミサトは気付いていない。
当然のことであるが、数を揃えられない兵器が、人員を限定される兵器が、そもそも維持管理に面倒が多すぎる兵器が欠陥品でなくてなんとする。
だが現場の人間は与えられた兵器を使うしかない、ならばせめてそれを使って生き残る方策を練るのみ。
アスカはその欠陥兵器での戦闘で少しでも生存率を上げるために色々と画策することとした、其の為ネルフ以外の軍組織との協調を挙げている。

「欠陥兵器の機密、一つや二つぐらい流出した所で問題は無いんじゃありませんか。それで欠陥を直してもらえるならば、むしろありがたい事です。そもそも人類全体の問題なんですよ、正しい情報を知ってもらって協力することの何が問題なんですか」
「使徒を倒すのはあたしだけなのに、余計な連中が出て来たら邪魔でしょうが!!そんなことも判らないの、ドイツの頃からグダグダとくだらない机上の空論振り回してあたしのやり方にケチばかり付けて。人類が滅んだらあんたどうやって責任取るつもり、あたしが倒すの、あたしにしか倒せないの、雑魚どもにうろつかれちゃ迷惑なのよ。大体欠陥兵器って何よ、あんたの母親が造った物でしょうが」
「ふぅ。相変わらず身勝手な復讐心しかないようですね。戦術のいろはも、兵器の基本も判っていない。あの頃から色々と助言して差し上げたと言うのに、まさかそのまま、いえ悪化しているとは思いませんでした」

堂々と私情で語るミサトの有様に、流石にアスカはあきれ果てた。
だが、同時に以前から抱いていた不審の念はさらに補強された、『夢』によれば目の前の女は此処までおかしくは無かった筈なのである。
ネルフドイツ支部に所属していた時、アスカはミサトに関する資料を求めた。
結果判ったのは『夢』に於ける史実との明らかな相違、私情に駆られ軍人としての判断に多少の不安が有りはしたが、それでもここまで滅茶苦茶な女ではなかったはずなのだ。
ミサトがドイツに出向してきた際、接触して色々と調べてみたが、明らかに『夢』の中の葛城ミサトと違いすぎる。
異常なまでに復讐心が助長され、一般的な思考能力が削られている。
ネルフによる洗脳処置かとも思ったが、此処まで壊れてしまっていては使いようが無い、流石のネルフもこんな処置はしないだろうと判断した。

『平行世界』と云う言葉がある、アスカはこの状況の相違に関して例の『夢』はそういった限りなく近く、果てしなく遠い世界の終末を近いが故に自分は受信したのではないかと考えた。
状況の相違はある意味絶望的である、あちらのミサトよりも此方のミサトはあまりにも問題を抱え込みすぎている。
あちらならば味方に引きずり込めた、だがコレは人の理論が通じない、獣ですらない、もっと性質の悪い何かであった、こんなモノはあの『夢』の世界には居なかった筈である。
その一方で希望も抱いた、あの『夢』が未来の啓示ではないという確信。
ならば未来はいまだ不確定、上手く動けば自分の死と云う可能性を覆す事は充分可能、否覆さなければならない。
細工は流々仕上げをごろうじろ、手は既に打ってあり後は結果を待つのみ、故にアスカはとりあえず退いておく。
次の使徒戦に関しては、単機でも問題は無いように策は練ってある、策と呼べるほどの物でもないが。
問題は目の前にいるナニカであるが、まあそれもどうにかなるように手を尽くしている。

「あんたねぇ、少しは上官に対する態度ってや「とりあえずは此処までにしましょう、赤城博士との約束の時間になりましたので、失礼させていただきます」」

話を切り上げ、アスカは手早く退出の準備を終え出ていった。
ミサトは尚も何かを言いたそうだったが、無視した。
現段階でこれ以上何をやっても無意味、とりあえずは楔を打ち込んだ後はこれから先の話だ。
それよりもまずはエヴァの起動テスト、アスカはリツコがどの程度知っているのかは判らない、また彼女自身も詳細に知っているというわけでもない、だが第四使徒が比較的短い期間を置いて第三新東京市にやって来たことは知っている、故にそれは必要なことだと判断している。
実際日数的には後五日程度、ドイツから空輸してきた最低限の武装の配置などやらねばならないことは多い、生き残るために。



第三新東京市、某所


リツコやミサトに粉をかけ、さらにはネルフ本部の綺麗所にも声をかけるものの結局得るもの無かった加持リョウジはとあるジャズ喫茶へと入っていった。
今夜を共にする女性もなし、表向きにネルフから与えられたアスカの護衛任務もとりあえずは今の所終っている、酒を飲む気分でもない。
どこぞで耳に挟んだ知る人ぞ知るといわれる此処に、なんとなく立ち寄ってみることにした……表向きは。
その店は、正午から午前三時まで開いている店で定休は火曜日、週三日ほど夕方以降ジャズ・ライブ・ハウスに変わる。
コーヒーに拘りがあり、あのリツコがオリジナルブレンドを頼み込んで買っている店でもある。

店はそこそこ人が詰めており、相席することとなった。
その際目の前にいる男に見覚えがあった、それもそのはず彼が昼間粉をかけていた童顔のオペレーターの同僚である青葉シゲルがそこに居た。
脇にはギターケースを立て掛けている、加持は昼間ナンパをしている時休憩時間なのか青葉がギターを弾き真似をしていたことからそれなりに弾くのだろうと判断するが、彼のスタイルはジャズとは全然違う物に見えた。
青葉の方も加持のことに気付き、またギターケースと自分を見て何か疑問を抱いているような様子に気付いた。
青葉は、今はジャズに浸っていたいが一応加持に声をかける事にした。

「どうも、珍しい所で会いますね加持監察官」
「ん、どうも。珍しい所って言うけど、むしろ君が此処に居ることの方が違和感を感じるんだけどね。君、どっちかって云うとポップとかだろ」

お互い軽く挨拶して、会話をする。
加持はさりげなく、青葉のことをそれなりに知っている風な言葉を出す。

「別にそれだけって訳じゃありませんよ。俺は音楽全般が好きなんです、それに此処は手に入りにくいヤツも聞くことが出来ますから。それよりあなたこそこんな所にどうして?」
「いや、まあ、女の子たちが一人も捕まらなくてね。それでこのまま帰ってもさびしいだけだし、小耳に挟んだ此処に来てみようって思ったのさ、ついでに出会いを求めて」
「はは、そうっすか。でも此処じゃ出会いってヤツは手に入らないっすよ、あるのは美味いコーヒーとジャズだけです」
「コーヒーだけでも来た甲斐があったね。それに出会いなら、今あるし」

そう言うと、加持はジッと青葉を見た。

「……俺はノーマルです」
「俺もそうさ。そういうんじゃなく、男同士の友情ってヤツも大切だろ」
「ああ、なるほど。って何時の間に友人になったんですか俺たち」
「愛や恋に時間が要らないように、友情だって出会ったその時に築かれることもあるさ」
「そういうもんですか」

そういってコーヒーを飲み、二人は流れる音楽に浸っていた。
何かを話すわけでもなく時間が過ぎていく。
そして丁度曲が途切れた時、青葉は荷物を纏め立ち上がった。

「じゃあ、俺はこれで失礼させてもらいます」
「もうかい、まだ宵の口だろ」
「明日早いんっすよ、だからとっとと帰って寝ます」
「そうか、じゃあ気を付けてな。あと、今度一緒に飲みに行かないか?」
「良いっすね。余裕が出来たら行きましょう、良い所知ってるんですよ」

そう言って、加持の横を通って行った。
その時、加持の手に小さな何かが落とされていったが、それに気付けた者は本人たち以外誰も居なかった。
青葉が出るのと同時に次の曲が流れ始めた、加持はコーヒーをうっかり溢してしまいそれを拭くためにハンカチを取り出した。
その際、手の中の何かをポケットの中に密やかに入れていた。
それは報酬、今までの分とそしてこれからの仕事に対する前払い。

何時の事だったか、それは加持がゼーレと呼ばれる秘密結社と関係を持った時点に遡る。
関係を持ったと雖もあくまで下っ端の下っ端という状態、多少は便利な情報源という程度の扱いでしかなかった。
それでも長年追い求めてきた『真実』の糸口に引っかかっているという感触を得た。
これから能力を示し、より深い所まで潜り込めばいいだけの話と意気込んでいた。
そんな折だった、加持が求める『真実』の断片を手土産に接触してきた者が居た。

名前は知っていた、戦略自衛隊と云う事実上の軍と化した自衛隊の人間であり、また世界の状況が状況とはいえ僅か短期間でさまざまな腐敗を発生させた戦自を、組織の外から見て表立ってはいないが浄化していった男。
戦自の正常化の後、その男を生き残った戦自の上層部は扱いかねていた、功績はあれどやり方があまりに強引且つ非合法ギリギリどころかむしろ一歩か二歩行ってしまっていたのであり、故に階級こそ一佐とそれなりの物を与えるものの、事実上の厄介払いとして名前ばかりの新設部署へ飛ばした、と加持の記憶にはある。
下手にやり過ぎて未来を失ったはずの男が、加持がそれこそ生涯をかけてでも見出したい『真実』を持ってきたのである。
その時依頼された仕事は簡単なことだったが、返事は保留した。
加持の第六感が引っかかった、だから内務省の方の伝を頼りその男に関して調べようとしたが、裏と表に記されている記録以上の事が掴めなかった、その上此方の動きが筒抜けであることがある一件によって証明されてしまった。
冗談じゃなかった、自分の人脈・能力では対処しきれない、そもそも人脈自体の半分が向こうの手の内にある。
下手に逆らえない、屈辱を感じながらも仕事を請けた。

幸い、本業に支障をきたす物ではなかったし、報告書を送っていれば問題の無い仕事だった。
簡単な仕事、だが気に食わない仕事、それでも得られる報酬が魅力的で止められなかった、何よりも最初に得た『真実』の断片の内容が危険すぎた、それだけでは意味がないが迂闊にゼーレやネルフに知られれば口封じに消されかねない代物である、故に其方関係にこの一件を持っていくことも出来なかった。
手にした報酬は多岐に亘っていた、元々は加持が求めていたような物ではない事も多数含まれていたが上手く纏めれば複数の分野に色々と物議を醸す代物であり、専門的なことも含まれているため内容の理解に時間をとられる事もよくあった。
その中に興味を引くことがあった、『集合無意識への干渉による現実世界の変容』、正しくは小難しい言葉がつらつらと並んでいるのだが、これの内容はある不可思議な現象を解明するための鍵になると直感が訴えた。
今まではただ受け取るだけだった、だが此れに引っかかってからは加持は報酬の内容に注文をつけ始めた。
加持の要求は基本的に受け入れられた、場合によっては無視されたがそれはそれで求めた情報に今の加持に知らせるわけにはいかない様な何かがあるのだと予想がつく。
そこから今まで培った知識を元に予測すること或いは予想を立てることは容易であった。
それでも決定的な何かは、未だ手に入らない。

今、加持が第三新東京市にいるのは何故か、それは求め続けていた『真実』の残り全てと途中から気付かされたこの世界の異変の原因、それが漸く手に入るからに他ならない。
加持は自分が踊らされているのは判っている、だが自分たちの意志を陵辱する何かに漸く手が届くこの機会、逃すつもりは無い。
此れを逃せば、安易に楽な方へ安全な方へ逃げ出せば、一生涯己を許すことが出来なくなる。
ただ一言、口を開く。

「……仇は、討つ」

それが、命を賭すに足る決意。



第四使徒襲撃まで後二日、レイの入院先にて


その日、安西は初めてレイの許を訪れた。
単純に、纏まった時間を取れるほどの余裕が無かったからである、また彼自身が出張らなければならないほど切羽詰った事態も無かった。
シンジの精神の有り様によっては、この段階でケリを着ける必要があると考えてもいたが、そこまで無茶苦茶な事するタイプではなかったようだ。
彼はヒーローに成りたがっている、だからヒロインを救うために動きたいのだ。
状況が想定していた物と乖離していくこの流れ、シンジはヒロインに泣き付きたいとも感じている。
しかし、ヒロインが虐げられていない現状、彼が強引に動くには状況がまだまだ熟していない、熟さぬまま立ち枯れて貰おうと安西は思っている。
そして、物語を破綻させるために、ヒロインをヒロインで無くする。
そもそも、安西が介入しなかった歴史に於いてもレイはシンジにとっての理想のヒロインにはならなかった。
シンジはレイに理想を求めた、彼はレイを通して理想のレイを見ていた……実の父同様、『綾波レイ』を求めてなどいなかった。
それが、<二度目>が崩壊した理由の一つ。

安西はレイの病室へ向かう途中、虚空に向かって口を開く。

「鼠は?」

必要最小限の問い掛け。
それに対する応えは、

「今日までに24人。全員記憶操作を施し、自分が見たと思っている現状を報告しています」

一切の気配を感じさせず、その言葉は安西にだけ聞こえるように届く。
仕事の結果は、問題ないものと判断し返す。

「そうか、後しばらく頼む」
「了解」

それきり、やはり気配一つ感じられない。
そのままレイの病室の前にたどり着き、ノックをする。

「どうぞ」

返事を聞いてから入室すると、寝巻き姿のレイが上体を起こして出迎えた。
彼女の体にはもう包帯もギプスも付いていない、本来ならネルフの医療技術を以ってしても完治にはまだ時間が掛かったはずの傷が既に表面上は治っていた。
見舞い用に持ってきた花を花瓶に活けフルーツの盛り合わせを置くと、安西はレイのベッドの横の椅子に座り、レイと目を合わせて話を始めた。

「初めまして、と言っておこう。私は戦略自衛隊に所属する安西シン一佐、今回君をネルフの下から拉致した黒幕と云った所だ」

いきなり、名前を名乗るどころか問題発言をした、『拉致』、此れでは戦自がネルフに敵対する意志があることを表明しているような物である。
適当な奇麗事なり法的根拠なりを用いていれば、あしらう事が出来るが此れがゲンドウ等の耳に届けばあちらもそれなりの手段に出れる。
だが、レイは此れに対し、

「そう」

とだけ返す。
彼女にとって、政治的なやり取り等何の興味も無い、安西が話した事についてもすぐに忘却の彼方にいってしまうのだろう。
尤も安西としては忘れようと忘れまいと関係ない、どのみちそれがゲンドウの下にレイから届くことはないのだから。
レイの淡白な反応は判りきってもいたので、本題に入る。


「さて綾波レイ、君には大まかに分けて二つ選択肢がある。一つは有象無象の一人として生きること、この場合ほとぼりが冷めるまで戦自、ひいては国が君の事をある程度は護る。生活に制限が付くが、自身の人生に対してある程度の選択肢を得られる。そしてもう一つは「必要ない、私はエヴァに乗るだけ。それだけが私が在る意味」」

安西の話を遮り、レイは自身の与えられた役目を言う。
だが、態々また元の上体に戻すつもりも無い。

「それこそ必要のない事だ。使徒は我々が処理する、君がエヴァに乗り対処する必要は無い」
「違う、私はエヴァの為だけに在る。それに、私は……「人では無いと言うか?」!!」

面倒なことを一気に飛ばし、核心を突く。
一瞬、レイの表情に変化が現れるが、すぐにそれはまた消える。

「そう……」
「……続きを言おう。もう一つ、君があくまで道具であることに、否人では無い事に拘るならば、さらに無に帰るなどと云う寝言を言うのならば、相応の対処をする」
「……私がいなくなっても、代わりが「君の代わりと云われているセントラルドグマのクローン達なら、先日全て燃えて亡くなった。正真正銘、綾波レイという存在は君一人だが?」……」

逃げ道は、封じてある。
自分というモノを軽く扱う理由の悉くを潰す、そして最後の仕上げに入る。

「さて、君は何だ?人か?それとも人でなし、化け物か?」
「私は……人じゃない」

レイは思い返す、自分を見ているようで見ていない優しいのにそれがどこかに通り過ぎる碇ゲンドウの眼差しと言葉、自分を恐れ疎み拒む赤木リツコの視線、物を見るかのような冬月の目、人との触れ合いが限定されてはいるがそれにある種の幻想を抱いていたレイにはその幻想にある人への対し方から外れた彼らの態度から、それは自分が人では無いからだとの結論を出していた、経験の足りなさが奇怪な答えを導き出す。
だからレイにとって、自分は『人では無い』。
だが、レイがそう口にした途端、全身に悪寒がはしった。

「そうか、化け物か、ならば」

そういってレイに向けた安西の目が、今までのものと質が変わっていた。
それは、レイの知らない視線、それはゲンドウのともリツコのとも冬月のでもミサトのでもない、初めて感じるもの。
怖い、恐い、こわい、コワイ、それは何かが違っていた。
それは恐怖を超えた何か、存在そのものへの陵辱。

「人として、化け物は、消さねばな」

その目は、写しているのに写していない、見ているのに見ていない。
レイはいまさら気付く、自分を見ていたあの人たちの目は正しく『人』を見る目だと、だから其処には如何なる形であっても情が在った。
だが、今安西がレイに向ける目には何もない、此れこそが駆逐する化け物を見る人の目、化け物に対する感情を克服した化け物を狩る人の目。

「い……嫌」

自分が狩られる物と認定されたことを悟る。
無に帰る?死んでも代わり居るから大丈夫?エヴァに乗るそれだけの存在?何を甘えた戯言を言っていたのか。
今この瞬間、真実その存在を抹消されそうな現状、自身がどれだけ甘えた事を言っていたかが判る。
レイは感じる、今自分は殺されるのではない、生かされないのだ、その生命の意味を無視される、存在そのものを全否定されるのだ。
それが嫌で、いやで、イヤデ、

「死にたくない!!」

恐怖に対し目を閉じ、根源にある願いが吐き出される。

一分か二分か、時間が経過する。
だが、何も起こらない。
レイは恐る恐る目を開けて安西を見ると、安西は先程の化け物を見る目ではなく人を見る目でレイを見ていた。

「死にたくないか……それでいい、その意志を認識しろ。それが命の根源だ、それを認識し最後の瞬間まで生き抜け。それが有象無象の在り方であり、ネルフに居る限り今のお前には得られない物だ」

そう言い残すと、安西は出て行った。
残されたレイは、呆然としていた。



To be continued...


(あとがき)

どうもKEIです。
第三使徒戦後の後始末、やっと終わりです。
次回漸く第四使徒戦に入ります。
ついでにレイは此れで本編に於ける登場は殆どなくなります、多少強引ではありますが此れでレイは生き抜くことを意識するようになります。
他にもやりようがあると言えばあるんですが、今回安西はかなり過激なショック療法を行ないました。

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