黄昏の果て

第七話

presented by KEI様


『夢』を見ていた。
幼い頃から、物心ついた頃から、繰り返し見てきた『夢』を。
それは、何時か、何処かで一人の少女が生きた軌跡。
一見すると器用に、だけれども実際にはひどく不器用に生きて、そして死んでしまった、そんな夢だった。

母に見てもらいたかった、母に愛してもらいたかった。
だが母は見てくれなかった、母は愛してくれなかった。
母が見ていたのは人形、母が愛していたのは人形。
その人形を、自分に見立てているのは分かっていた。
だけど、自分は此処に居るではないか、自分は此処でこんなにも貴女を求めているではないか。
何故、あなたは動かぬ人形を自分として見ているの、愛しているの。
嗚呼、そうか、自分がもっと良い子になれば見てくれるよね、自分がもっと特別になれば見てくれるよね。
特別になった、本当に特別になった、どこにでも居る不特定多数ではなく、選ばれた存在になった。
だから見て、私を見てママ。
……でも、死んでしまった。
私を見てくれないまま死んでしまった。
特別になったのに、その事を知ってもらう前に、人形から母を取り戻す前に。
そして、縛られる。
特別でなければならない、より優れていなければならない。
そうでなければ、自分の存在に意味が無くなる。
足掻いて、もがいて、けれど『天才』であるからそれを誰にも悟られないように。
特別でなければならない、より優れていなければならない、ただ一人でなければならない。
そうでなければ、自分を見てもらえない、自分を求められない。
足掻いて、もがいて、ノタウチマワッテ、けれど『天才』にそんな無様はありえない。
特別でなければならない、より優れていなければならない、ただ一人でなければならない、至上でなければならない。
それを示す時が来た。
選ばれし英雄となるべき日が、ようやく来た。
倒すべき者、それは自分と同じ立場の二人。
其の二人が、所詮、自分を引き立てるだけの存在であることを、証明しなければならない。
なぜなら、二人はたまたま選ばれただけの存在だから、対して自分は選ばれるべくして選ばれた存在だから。
なのに上手くいかない、英雄になれない、唯一無二になれない。
ありえない、ありえない、ありエナイ、アリえない、アリエナイ。
資格が欠ける、力を失う、誇りが消え、心が穢される。
ありえない、ありえない、ありエナイ、アリえない、アリエナイ。
認めない、みとめない、ミトメナイ。
世界を拒み、死を恐れ、そして初めて救いを求めた時、何かを掴んだ。
ようやく何かを得て、先が見えたと思った時、飛び立てると感じた時、地に貼り付けられた。
侵され、冒され、犯され、オカサレ、理解した。
自分は世界に認められていない、自分は祝福されていない、自分は生きるべき世界の異物、いや世界こそが自分にとって異物か?
この身は生きることに意味がない、この身は在る事を望まない、この身は所詮虚ろ。
ただ、ただ、世界にあることが
「きもちわるい」
そして、全てがようやく終わる。
最後に、何かが目に映った気もするが、この身がなすことは全て、自分が行なうことは全て、何の意味もない、故に自分の目に何かが映ったとしても、自分の身に苦痛を感じたとしても、須らく無意味。

そうして『夢』が終る、生きることができなかった少女の『夢』が。


「……スカ、アスカ。もうすぐ日本につくぞ」

男の声が聞こえ、彼女、惣流・アスカ・ラングレーは『夢』から覚める。
正直、もう見飽きてしまった夢である。
悪夢、と感じていた時もあるが、慣れてしまえば、なんと言うほどのものでもない。
ここはどこだったか?
起きぬけで頭がはっきりしない。
横からコーヒーの入ったカップが出される。
ありがたくいただき、一口飲んで、少し頭がはっきりしてくる。
現在自分がいる場所は、チャーターされた旅客機の中。
ネルフが誇る、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンのパイロットたる自分は、上の要請に従いネルフ本部に所属することとなり、事実上の自分の専用機であるエヴァ弐号機とともに本部に向かうことになった。
当初は海上輸送という話だったが、時間がかかるため、エヴァはウィングキャリアーで、そしてパイロットはエヴァとは別の空路で向うこととなった。
横にいるのは加持リョウジ、自分の護衛としているのだが、『夢』が一つの事実を示しているのならば、彼は自分を利用するために自分に接していることと思われる。
それ故に、夢の中の彼女のようには、彼に無邪気になつくことはできなかった。
もとより、そのような余裕もなかったのではあるが。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

彼自身に悪意があるわけでもない、関係が険悪になるようなことはしていない。
それよりも、

「もう、日本に着くんですね」

これが重要である。
彼女は、かの地での戦いの果てに、敗北し、壊れ、そして死んだ。
『夢』と現実の状況は、ひどく似通っている。
いくつか『夢』と異なることがあったが、自分が欠陥兵器のパイロットとして戦いに駆り出される状況に変わりはない。
母も碌でもないものを残してくれた、一体なにを思ってこんなモノを造り、娘に押し付けたのだろうか。
使徒とやらが来る前に、使徒の出現そのものを防ぐ研究などをしようとは思わなかったのだろうか。
死者は何も語らない。
あの日、欠陥兵器のテストをして、心が帰らなくなり、そして死んだ母はある意味幸せである。
馬鹿馬鹿しいほど、勝率の低い戦いを、否勝てることが奇跡でしかない戦いを、見ずにすんだのだから。

「大丈夫だよ、アスカ。君は優秀だし、弐号機も強力だ。第三使徒戦を見る限り、エヴァは使徒よりも強いさ」

自分の不安な気持ちを感じたのか、加持リョウジが楽観的な元気付けをしてくる。
確かに初号機と第三使徒の戦いは、前者の勝利に終った。
しかし、今後も同等の敵が来るわけでもない。
いや、あのようなある意味戦いやすい敵は少なかった。
エヴァがせめて大隊規模、望みうる限りでは師団規模ではあるが、それだけあれば安心できるというのに。
大袈裟な話ではない、彼女の感覚からすれば、其のぐらいであのバケモノども、そして最後のどんでん返しに対処できるというものなのだ。
個人の、そして単機の力など数の暴力の前には須らく無力である。
死にたくない、生き抜きたい、為したいことはまだ有る、まだ見ぬ何かもあるだろう、そのために、ネルフの力を上手く利用し軍人として戦士として自分を鍛え、軍部にコネを作ったりもした。
軍で学んだことの結果、やはり自分の戦いが絶望的であることを認識したが、親しくなった軍人たちに日本の軍や国連軍に働きかけてくれるように頼んである。
ネルフの連中は、そういった行為をあまり快く思ってはいないようだが、知ったことかと行動する。
侵され、冒され、犯され、オカサレて死ぬことなど御免蒙る。




特戦研室長執務室


安西が何時も通りに仕事をしていると、アヤカが入室を求めてきた。
別段断る理由も無い、入室を許可する。

「本日、1500時に惣流・アスカ・ラングレーが到着するようです」

開口一番言うアヤカに対し、

「そうか」

とだけ安西は返す。
それに満足せず、アヤカはさらに続ける。

「それだけ、ですか」
「ほかに何がある」
「彼女が特殊な状態にあることは、理解していると思ったのですが」
「……此方から、接触しておこうという事か?」
「はい」

アスカがどういった存在であるかは、判っている。
判っているから、安西としては特に現状で接触しておこうとは思わないのだが、アヤカは違うようだ。

(未練……か)

そんなものだろうと、安西は判断する。
どうせ、ネルフもメルカバーも無用の長物となるのは決定事項だ。
その結果、アスカも解放されるが、それまでにどのような目に遭うか、判らない面もある。
アヤカは、アスカの身に起こり得る何らかの事件を、未然に防いでおきたいのだろう。
だが、安西としては次の状態に移るまで、下手な小細工は打ちたくないのだが。
さて、どうするべきか。

「現段階での接触は認められない」

これが妥当な判断。
余計な行動を起こして、考えても居なかった事を起こすわけにはいかない。
予測外のことは、出来うる限り排除したい。
所詮、万能には程遠いのだから。

「ですが!!」
「あの男、そして廉貞【レンジョウ】に働いてもらう。彼女の護衛としてな」

だが、気持ちは判らなくも無い、蹂躙される者の苦悩は痛いほど判る。
運命に、世界に、暴力に蹂躙された身であるが故に。
だから、最低限の一手を打つ。

一人は、探求者。
今ある世界、其れが何故出来上がってしまったのか。
何故幼き日、自分の仲間たちが死ななくてはならなかったのか。
其れを知るために、幾つもの組織を渡り、ネルフの裏、ゼーレの端へと辿り着いた愚者たる賢人。

一人は、戦う者。
特戦研が保有する戦力、その中でも特殊な位置付けをされる『七星剣衆』。
その中の一人、ネルフに在って非常時に備えている者。

その二人を使うことにした。

「あの男……大丈夫なんですか?」
「餌は与える。それに、ネルフ本部は廉貞の領域だ、誰であろうと勝手な真似は出来ん」
「判りました」

そして、思い出したかのように最後に付け加える。

「……JAの量産は既に始まっている。必要な数が揃えば、此方の思う通りに状況は動く。ネルフにしても、メルカバーにしても、国家の支配が及ばぬ軍事組織……誰もそんな物求めてないよ」


力が、揃う。
所詮は出来レース、多少の差異はあるが、幾度も繰り返した状況。
介入し、流れを変える事には慣れている、神の視点と呼ばれるもので。
だからこそ、腹立たしい。
その身も所詮、神の視点に観測され続けるだけの、道化に過ぎないことが。
道化が道化と戯れあい、茶番劇を演じる。
舞台を破壊できるのは、一体何時のことになるのか。
今はただ、演ずるのみ。




空港前にて


セカンドチルドレンの、本部配属。
シンジの、メルカバーの能力ならば、難なく手に入れられる情報である。
尤も、さほど秘匿性の高い情報でもないから、ある程度の力があれば手に入る程度だが。
むしろ、綾波レイに関する事のほうが、現状では情報が入手しにくい。
ともあれ、シンジはとりあえずアスカと接触するためにこの場に来た。
起こりうる事など判っている、栄光あるネルフのチルドレンたる立場を棒に振り、挙句何処の何とも知れぬ組織に身を置くシンジを罵るのだろう。
結果は判っているが、一応楔を打ち込んでおこうと思ってここに来た。
気に入らないが、態々殺そうと思えるほどに憎んでもいない。
今後、邪魔することが無いように、身の程を知らせようと考えての事である。
判っているのだろうか、己が今どれだけ歪んでいるのかを。
さらにそれを感じさせない、美麗字句に彩られた言い訳を行なっている。
惨劇を乗り越えて手にした「無限の知識」は、彼を誤った方向に成長させている。

待っていると、アスカ達が出てきた。
そこでシンジは、自分の目を疑う。
確かにアスカだと思われる、だが、彼女の自慢でもあったあの長い髪が無い。
男の様、とまでは言わないが、邪魔にならないように短く切られている。
そして服装、初めて会った時の様なお洒落を意識したものではなく、軍の礼服。
だが、それが不自然に見えない雰囲気を醸し出している。
全てを知っているはずのシンジが、またしても知りえないことに遭遇してしまった。
声をかけようとした、しかし、知りえないことに動揺し、行動が遅れた。
向こうが此方に気付いたようで、アスカが近づいてくる。

「はじめまして、エヴァンゲリオン所号機パイロットの碇シンジ特務准尉ですね。私はエヴァンゲリオン二号機パイロット、惣流・アスカ・ラングレー特務三尉です」

そう言って、右手を差し出してきた。
友好的、ではない、だが敵対的でもない、事務的に彼女はシンジに声をかけた。
それはシンジにとって在り得ない光景。
何よりも感情に流される彼女が、何よりもエヴァのパイロットであることに執着する彼女が、何よりもただ一人の特別であることに拘る彼女が、シンジを前にして何の感情も持っていない。
思考が追いつかず、相手の行動に反射的に動く。

「メルカバーの碇シンジです」

そう言って、アスカの手を取り握手をする。
だが、頭の中はいまだ混乱したままだ。
その状態のまま、アスカは話を続ける。

「所属する組織の違いがありますが、同じ目的を果たすために、力を併せましょう」

それは、信じがたい言葉。
自分以外の全てを、引き立て役としか考えていないはずの彼女が、協力態勢を望んでいる。
ありえない、あり得ない、在り得ない、有り得ない、アリエナイ……コレハイッタイナンダ?
一体、何故、こうまでも全知全能たる自身を世界は裏切る。
一体、何が起きているのだ?
シンジの理解を超える事態が、続く。
自信という名の鎧が剥がれ、地金がのぞく。

「あ、いや、いいのかな。うちと其方は敵対してるし……」
「上の都合など知りません。現場で、命を賭けるのは私達です。下らない縄張り争いで、態々死にたいとは思いません」

それは、シンジにとって理解できることではある。
その縄張り争いや、指揮を執る人物の要らぬ拘りで、何度無茶をさせられたか。
だが、目の前の彼女こそが、要らぬプライドを振りかざしていたのではないか。
その彼女が、何故?どうして?死にたくない?自分が死ぬなんて微塵とも思っていなかった愚者が?
判らない、解らない、ワカラナイ……この世界は何かがおかしい。

その判断は正しい、だが同時に間違ってもいる。
この世界は、元からおかしい。
一番初めから狂っている。
初めから手を加えられている。
全ては茶番劇、だが、その茶番劇の果てにこの世界が造られたのも事実。
世界があったから茶番劇が出来た?茶番劇があったから世界が出来た?始まりは終わり、終わりは始まり、其は身喰らう蛇。

頭が動かない、理解が覚束ない、自身の口が言葉を紡ぎ出しているのは判るが、何を言っているのかが認識できない。
そうこうしている内に、迎えが来たことをアスカは伝えられ、シンジに遑を告げてその場を去る。

役者は揃ったはずだった。
此れよりシンジによる、世界の改変、より良き未来への戦いが本格的に始まるはずだった。
だが、イレギュラーが存在し、レギュラーもまたその役柄が変質していた。
描いた道筋が、何の役にも立たなくなっていく。



ネルフ総司令執務室


「碇、セカンドチルドレンが到着した」
「そうか」

ゲンドウは、冬月から報告を受ける。
冬月の声に、微細な響きが在るのを聞きとがめる。

「どうした」
「正直な話、彼女を受け入れるのは問題じゃないか」

報告書を読んで、冬月が出した結論である。
チルドレンとしての教育を受けている、だが、それ以上に軍人としてそして士官としての教育を進んで受け、結果を示しているのだ。
エヴァとのシンクロ率は既に40を割っているうえ、その情報に改竄の跡がある。
実際には、30を割っているのではないだろか。
既に利用できる者ではなくなっている。

「……セカンドの育成、確かに失敗はしているようだな。だが、問題ない。所詮は子供、どうにでもなる」
「軍関係から、日本に対して働きかけがある事を確認している。彼女は向こうではアイドルのようだ」
「老人たちが抑える。何の問題もない」
「現場の暴走、そういった事態が起こってもか?」

上がいくら締め付けても、使徒戦と云う異常事態、なぜか流出している『正確な情報』に独自の判断をする部隊がいないとも限らない。
まして現在の戦自、そしてUNはゼーレの傀儡と云う訳でもない。
むしろ、その情報を元にネルフの思惑を外れた行動をとる者が居ないとも限らないのだ。
だが、それでも、

「問題ない」



To be continued...


(あとがき)

御免なさい、すみません、お久しぶりです。
とりあえずは原作レギュラーが揃った、といった感じでしょうか。

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