Capriccio

第十一曲 〜黒狼と紫苑、そして「拡がる戦火」〜

presented by 麒麟様


  

 

 

 

葛城ミサトは、酷く苛立っていた。
それも当然だろう、自らの所属するNERVの庭とも云える、第三東京市が戦場と化しているのだ。
あまつさえ、自らの手足となるべきチルドレン、そのトップとも言うべきファースト、セカンドチルドレンと全く連絡が取れない状況なのだ。
遅々として進まないチルドレンの召集、所詮はまともな訓練も受けていない子供か、などと言うことまで考える始末である。
そう考えるのであれば、事前に召集訓練ぐらいしておくべきである。
地上では、謎の集団が次々と保安部の詰め所を襲撃している。
地下であるNERV本部内では、自分の指揮下に入るはずだった、元サードチルドレン、現何でも屋の男が暴れまわっている。


「レイとアスカにはまだ連絡がつかないのっ!?」


オペレーターを叱咤するミサトだったが、返って来る応えは変わらず否であった。
サードインパクト後のNERV建て直し以来、ミサトは二人のチルドレンとは疎遠になりがちだった。
ファーストチルドレンである綾波レイとは、元々彼女の性格が苦手な事もありそう関係が代わることはなかったのだが、セカンドチルドレンである惣流・アスカ・ラングレーはかつて同居していた事もあり、擬似家族とも言える関係だった。
だが、サードインパクトやその前後に関する事で、アスカはNERVの本質というものを知ってしまった。
今では、アスカは地上のマンションで一人暮らしをしているし、私生活では決してNERVに関わろうとはしない。
さらには、NERVからの命令を無視する事もざらではなくなってしまっている。
ミサトは時折アスカが怨敵を睨み付ける様な視線を、自分達NERV上層部に向けているのを見た記憶がある。
実際に、アスカから見れば、NERVは自分の母を奪い、幸せな家族を奪い、自らの14年という短くも長い人生を滅茶苦茶にした組織である事は、明らかである。
それで得られるものも、確かにあっただろうが、それ以上に、アスカの抱く母への、そして家族への想いは大きかったのだ。
最高位の力を有するチルドレンでありながら、最もNERVの理念に程遠い位置にいるチルドレン、それがアスカだった。
現在地上の学校に通学していたチルドレンを収集している状況で、連絡の付かないアスカを同時に連れてこればいいのだが、残念な事に本日、アスカは第一中学校に通学していなかった。
元々が大学を既に卒業しているアスカは、中学校にはNERVの命令で、正確にはミサトの命令で通っていたのだ。
何故そんな命令を聞き続けなければいけないのか、彼女がそう思ったとしても無理はない。
友人に会うと言う理由があったとはいえ、気が向いた時だけでも通学しているのは、彼女の性格を考えれば珍しい事だろう。
発信機付きの携帯電話など持つわけもなく、アスカの現在地は不明であった。


もう一人の最高位、ファーストチルドレンである綾波レイであるが、彼女は既に任務についていた。
ゲンドウからの直接連絡を受け、既に任務に入っている彼女は、任務上の常識である無線封鎖を行っていた。
簡単に言えば、携帯電話の電源を切っていた。
チルドレンの携帯電話には、前述したとおり発信機が取り付けられている。
これは、今現在のような緊急事態にその位置を把握するため以外にも、もう一つの意味がある。
現在のチルドレンには、かつてのサードチルドレン碇シンジのように、無理矢理所属させられているものも多く、そう言った者達の逃亡を阻止するためである。
当然、彼らには発信機の存在など知らせておらず、通話料金をNERVが持つ緊急連絡用の携帯電話として渡されている。
人間、特に収入のない学生、子供達からすると、タダと言う言葉は非常に魅力的であった。
NERVを嫌っていても、いや嫌っているからこそ携帯電話を使用し、通話料金を負担させてやろうと言うささやかな復讐心を満たす事にもつながっている。
彼らはそれとは知らずに、四六時中監視されていた。
発信機の存在を知っているのは、レイやアスカと言った古参のチルドレンだけである。
そして、この発信機は携帯電話の電池を使用して作動している。
電源を切れば作動しなくなり、緊急連絡の事からも、チルドレンたちは常に携帯電話の電源をONにしておく事を義務付けられていた。
発信機を独立起動させていなかったNERVの落ち度と言えるが、無線封鎖を行ったために、レイの現在地もまた不明となっていた。








































現在地不明のレイであるが、2名の保安部員を伴って、第三新東京市の外れにある通信施設に赴いていた。
既に占拠された通信施設を奪還する事で外部との連絡手段を確保し、今回の襲撃者達の後ろにいる、詰まる所の国連に圧力をかけるためだ。
黒塗りの車を降り、通信施設の門に差し掛かったあたりで、銃撃を受けた。
とっさに身を翻し右に跳んだレイであったが、左右を固めていた黒服の片方にぶつかり、ある程度の勢いを殺されてしまった。
レイの体当たりを受け、よろめく黒服と、もう一人は反応が遅れて腹部に銃弾を食らってしまった黒服。
内心、役立たず、などと酷い事を自分の護衛に対し思いながら、レイは自らの体の下に展開したATフィールドを足場にして、再度跳躍した。
無論、接触している黒服に再度体当たりする事になり、少しばかり黒服はダメージを受けたようだったが、銃弾を受けて死ぬよりはましだろう。
女子中学生、それも小柄とはいえ、勢いの付いたレイの身体をゼロ距離から身体に受けた黒服は、地面に倒れてしまったが、何とか受身を取ったようだ。
それに対し、レイはいかにも慣れた様に、もう一度展開したATフィールドを足場に、倒れた黒服を飛び越え、音もなく地面に着地した。
チルドレンの中でも、レイはATフィールドの扱い方は群を抜いていた。
それは偏に経験から来る巧さであり、サードインパクト以前からEVAに乗り、そして生身でもATフィールドを用いていた故である。
レイは自らが倒した黒服には一瞥もくれずに、銃弾を受けた黒服に目を向けた。
腹部に銃弾を受け、身体を抱え込むように倒れ付した黒服であったが、痙攣している事と荒い息遣いから生きている事が判った。
コンクリートの地面に血が流れていない事から、どうも激しい出血はしていないようだ。


「?」


レイは声を出さずに、首をかしげた。
本来なら黒服の服と皮膚を突き破り、鍛え上げた肉体を破壊するはずの銃弾が、地面に転がっているのだ。
見る限り、どうもゴム弾のようだ。
どうも襲撃してきた相手は自分達を殺す気はないと言う事はわかったが、その意図がつかめない。
大体からして、敷地内には警備員の死体も転がっている。
多少気にかかる疑問ではあったが、レイにとってはさしたる問題ではなかった。
警備員が死のうが、黒服が生きていようが、レイにはさしたる関わり合いがない事だからだ。
彼女の目的はたった一つ。
それは、通信施設の奪還と言う任務の成功ではなく、かつて己の手をすり抜けていったたった一人の少年との再会であった。
名は、碇シンジ。
かつての同僚であり、もっと適切な言葉を捜すならば、戦友と言ってみても良いかも知れない。
碇シンジの捜索のためには、全世界への情報網を持っているNERVは都合の良い組織だった。
NERVはシンジを捜索する、レイはその代償としてNERVの指揮下に入る。
利害一致の関係により、レイは未だにNERVに所属していた。
無論、NERV以上の捜査能力を持つ組織が存在するのならば、レイは全てをかなぐり捨ててでもNERVを離れ、その組織に所属するだろう。
かつて、滅びた世界で、自らの想いをリリスに託しシンジに伝えたことを、レイは何よりも後悔していた。
人の心を理解しきれぬリリスの拙い言葉が、シンジを傷つけてしまった事を、レイは嘆いた。
リリスを呪い、リリスの因子を持つ自らを呪い、リリスに託した自分を呪い、レイはシンジを探し続けていた。
そのためならば、人の生き死になど関係ない。
人を殺そうが生かそうが関係ない。
ただただシンジと再開を願うその余りにも純粋な願いは、既に狂気の領域だった。
此処にも、狂人が一人。








































門の塀の影から黒服と共に飛び出したレイは、すぐさまATフィールドを盾として展開した。
銃と言うカテゴリーならば、ゴム弾も鉛弾もATフィールドの前には屈する。
心の壁は、銃弾に対し無敵の壁となる。
無論、武器ではなく兵器の領域になってくれば、さしものATフィールドも敵わないが、兵が運用する銃器ならば十分である。
ATフィールドで敵からの銃撃を防御したレイは、空中に手を古い、何もない空間を握り締めるような動作を行った。
空気をつかむように動いたその手の中には、短機関銃である【IMI ウージー】が握られていた。
端から見れば、手品のような動作である。
だが彼女は、今の今まで短機関銃など持ってはいなかった、と言うより銃器や刃物などの武器を一切身に付けてはいなかった。
ウージーを黒服に渡したレイは、同じ動作をもう一度。
再び手に握られたウージーの弾数を確認し、さらに今度は左手を2,3度振るう。
数本のマガジンを手にとって、半分を黒服に渡すと、レイの視線は通信施設のロビー入り口へと向けられた。
マガジンを第一中学校指定制服の胸ポケットとスカートのポケットにしまい、レイはATフィールドの端から腕だけを出して玄関に向けて銃撃した。
これこそレイの保有するLevelUの能力、【偽神の報奨Lilith’s reward】である。



この【Lilith’s reward】を表現するには、“転送”と言う言葉が非常に似通っているし、レイ自身もその様に認識している。
何もない空間から、自らの持ち物を出現させるのがこの能力である。
あらかじめ定めて置いた【自分の空間】から、その場に有るものを転送する能力、と言えば概要はわかるだろう。
そのために、NERVはレイ専用の武器庫さえ貸し与えているし、武器類も用意している。
だが、正確に言い表すならば、先程の説明では不十分だ。
【Lilith’s reward】の本質とは、“新たに物を得る事”で“持ち物を代価として失う”能力なのである。
手にした物と等価を失う能力であり、それは等価交換によって行われる。
等価交換といっても、その代価には幾つ物種類がある。
同じ数量の材質、鉄なら鉄を代価としてもいいし、あるいは代金として、自らの空間から財産を代価とすることも可能なのだ。
物々交換が可能、代金による支払いも可能な何でも揃ったデパートが存在し、レイはいつでも其処で買い物が出来る、そう言い表しても良い。
だが、大して物に対して価値を見出せないレイからすれば、何が代価になるかなどわからないので、似たような物、この場合は銃器を武器庫に満載しておいて、必要なものがなければ他の銃器を代価にしているのが現状だ。
さらに言えば、この能力の扱い方をレイに説明したのがNERVではなく、例えばユイの様な一流の能力者ならば、もっとこの能力の幅は広がっていただろう。
代価を支払うための【自分の空間】とは、能力者であるレイが任意で決めるものだ。
NERVはそれを“自分の部屋”や“自分の所有する場所”であると判断し、それをレイに伝えたわけだが、もしユイならば地球そのものをあるいは世界を【自分の空間】と認識するように言っただろう。
【自分の空間】が任意で定められると言う事は、それは能力者本人の認識に任せられるのである。
そして、認識するのは個人の自由である。
地球が自分の空間だと認識しているのならば、地球に有る全ての物質をレイは代価として用いる事が出来ただろう。
レイの【Lilith’s reward】はNERVによって“有限”を与えられた“無限”の能力だと言えるだろう。
そして、彼女と相対するのは、“有限”の貯蔵庫たる【BOX】を持つ十六夜メティス。
同じ男を求め、片や再会を望む少女と、片や唯一の公言する女性。
二人が出会うまで、後僅か。






























ロビーに幾らかの銃撃を加えた後、ATフィールドを展開したまま前進したレイと保安部員の黒服は、ロビーに誰もいない事を確認した。
銃撃の数からして、人数は4人と言ったところだっただろうが、既にその影も形もない。
レイは黒服に通信施設の奪還を任せ、施設内にいる敵を掃討する事に決めた。
二手に別れ、通路を歩いていると、散発的に敵が発砲してくる。
決して無理はせず、必ず自分が優位な状況でのみ攻撃を仕掛けてくる敵に、レイは端整な眉を顰めた。
こういった敵は、非常に厄介だからだ。
何度か反撃をした際に、命中弾もあったが相手は負傷する事も死亡する事もなく、撤退していった。
なにやらライダースーツのような体のラインが露な物を着た者達だったが、レイはその防弾性の高さに目を見張った。


「いってぇ〜っ!」


そんな言葉を残して撤退していく敵に、レイは首を傾げるしかなかった。


「(子供?)」


その声は変声期に差し掛かったような少年のものだったのだ。
何故子供がNERVに? 何故子供が武装を?
疑問は幾つもあったが、レイはそれら全てを無視した。
敵が誰だろうが、任務には関係ない。
シンジを探すために、障害となるものは全て排除する。
その狂気とも言うべき信念が、レイを突き動かす。
だが、そんなレイもこの敵には苦戦していた。
敵は奇襲に次ぐ奇襲、そして撤退の繰り返し。
一時も気は抜けないし、無視する事も出来ない。
じわじわと体力と精神力、そして武器庫の残量を減らされていく。
だが、レイはそんな敵に意図があることに気づいた。
敵は、レイを誘い込んでいる。
十中八九、と言うより確実に罠があるだろうし、大勢の敵が待ち受けている状況も考えられる。
むしろ、その方が好都合だ。
敵が一同に揃うのならば、一掃するチャンスである。
そうして奇襲と撤退を繰り返す敵を追っていくと、食堂らしき開けた空間に出た。
待ち受けていたのは、一人の女。
腰ほどまで伸びた黒髪に、神秘的というよりは人類的にありえぬはずの紫電の瞳。
メリハリのあるボディーラインは同性にさえ魅力的にうつるだろう。
大人びた雰囲気を纏う、凶器の美女、パンドラの箱を開く女、十六夜メティス。


「あなた、誰?」


「十六夜メティス、何でも屋です。そちらはNERVのファーストチルドレンだとお見受けします。」


丁寧な言葉遣いであるが、メティスの手にはしっかりと拳銃が握られている。
初めて合間見えた二人では有るが、双方が双方とも同じ印象を相手から受け取っていた。
つまるところ、『この女は気に食わない』である。
理由はわからない、それでも相手のことが無性に気に食わなかった。
レイは、感情を感じさせない表情とは裏腹に、これが生理的に受け付けないと言う事か、などと感慨深げに考えていた。
そんな気に食わない女だったが、レイはその女から感じ取れるものがあった。


「っ、碇君のにおいがする。」


においとは比喩的なものであり、レイ自身が実際に嗅覚で感じ取ったわけではない。
どちらかと言うならば、気配と言った方が近いだろう。
捜し求めた人の気配が、目の前の女からする。
それはようやくつかんだ手がかりと言う喜びと共に、言いようのない不快感をレイに与えた。
何故こんな気に食わない女から碇君のにおいが、レイの心境を言い表すのならば、こういった言葉になるだろう。
胸のうちから湧き出る不快感、憎しみ、怒り、それはまさしく嫉妬心だった。
自分は傍に居られないのに、何故この女が碇君の傍に。
妬み、嫉み、そんな羨ましい状況に、この気に食わない女が甘んじている、何たる腹立たしい事か。


「碇君はどこ?」


レイはそんな感情を表には出さず、そしてメティスに碇をぶつける事もなく、ただ尋ねた。
今はそれ以上に、シンジの居場所を知る事が優先だ。
レイは、すでにNERVから、ゲンドウから与えられた任務など記憶の彼方に消し去っていた。
シンジとさえ再会できるのならば、NERVなど既に必要ではないのだから。


「碇? NERVのサードチルドレンと記憶していますが、何故それを私に尋ねるのですか?」


「……碇君は、どこ?」


二度目の問いには、大きな苛立ちが込められていた。
メティスが応えぬ事が、堪らなく腹立たしかった。
それこそ、今すぐにメティスの全身に銃弾を打ち込みたいくらいだった。
だが、レイは全身全霊の精神力を持ってして、その衝動を押さえつけた。
やっと見つけた、シンジの手がかり、シンジの居場所へ続く足がかりなのだ。
この機を逃すつもりなど、レイにはなかった。


「お生憎ですが、碇シンジのことなど知りません。」


「なぜ?」


何故応えない、何故教えない、何故シンジへと続く道を阻むのか。
レイの中で、抑え切れない怒りの衝動が渦を巻く。
応えないのならば、力ずくでも聞き出してみせる。
それがレイの生きる理由ゆえに。


「どうも、日本語が通じないようですね。ですが、それでも構わないでしょう。あなたは、倒すべき敵なのですから。」


残像すら伴うメティスの腕の迅さ、そして正確無比な射撃。
レイは右に飛ぶと同時に引き金を引いた。
リリスの因子を含む二人の女が、同じ男を求める二人の女が銃火を交える。








































保安部の詰め所を襲撃していたゼルの前に、一人の少女が慄然と佇んでいた。
風に靡く亜麻色の髪に、淡い湖水色の瞳。
セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレー。
平日の昼間にもかかわらず、第一中学校の制服を着ていない少女は、ハンドバック片手に燃え上がる詰め所を一瞥した。
チルドレンは保護対象だが、さりとて目的のための障害となりうるならば殺傷も已む無し。
それは、此度のNERV潰しの仕事に参加している者達にとっては、暗黙の了解だった。
無論、ゼルもそれを了解しているし、むしろ、アスカが現れた事を喜ぶそぶりすら見せていた。
すなわち、唇の端を持ち上げて、獰猛な笑みを浮かべて見せたのだ。
セカンドチルドレンと言えば、世界規模で有名な、NERVの保有する最大戦力である。
その戦闘力は、チルドレン随一と言われ、単独で大隊規模の戦力に相当するとまで言われている。
一騎当千に値するその戦力、見極めてみるのもまた一興。
日の光を反射して、眩く光る両手の手甲を勝ち合わせ、金属音を奏でてみせる。


「最強の代名詞、セカンドチルドレンその実力、試させて貰おう。」


ゼルのその言葉に、アスカもまた少女には似つかわしくない、肉食獣を思わせる笑みを浮かべた。
彼女の胸のうちは、日々のストレスに苛まされていた。
それはNERV由来であり、大安売りとなっているチルドレンの称号故でもあった。
NERV自身を嫌ってはいても、アスカは自らの努力と今までの短い人生をかけて手に入れたチルドレンの称号を、誇りに思っている。
だから、なおさら今の状況が気に入らない。
ただATフィールドが偶然使えるだけで、何がチルドレンか。
ただ一度の生死を賭した殺し合いも経験していない奴等が、何がチルドレンだ。
チルドレンを名乗ったのは、使徒と相対し、勝ち抜いた自分を含めた三人ぐらいだ。
その矜持と誇りを掻い潜れるのは、まがいなりにもフォースチルドレンの称号を得る事となった親友の恋人ぐらいである。
それ以外はただのストレスを感じさせる役立たずどもだ。
命令を聞くことでしか自らの安全を保障できない、ただの臆病者だ。
その思いは、常にアスカの心中で渦巻き、彼女を内側から蝕んでいた。


「いいわ、暇つぶしにはなりそうね。相手してやるわ。」


久しぶりに見つけた“玩具”の存在に、アスカは言葉で答え、腕を宙に翻して応えて見せた。
するとどうだろう、アスカからわずかながらも距離を置いた位置に存在していた詰め所の炎が、まるで導かれるように彼女のその腕に絡みつくではないか。
その手の上で、炎を躍らせるように扱って見せたアスカは、さらにもう一振り腕を振るう。
腕を伝い、身体を包むように踊っていた炎が、その手の中に凝縮する。
2メートル程の長さの棒状の炎の両端、片方は刃、片方は棍棒。
刃は三枚の刃を重ね合わせた、まるで火を模ったような形。
棍棒、棍棒と言うよりは棒の先に錘を付けたような、涙の形の錘を付けたような形状。
まるで重さを感じさせぬように――実際に重さなど感じていないのだろう――握った獲物をクルクルと手の中で回転させ、扱って見せるその技量。
棒術、あるいは槍術を収めているであろうその年若い少女は、炎とあいまって実に美しかった。
さながら、戦乙女のように。


「火炎操作能力か?」


「冗談、そんな安っぽい能力の分けないでしょ。」


アスカの言葉がおそらく真実である事を、ゼルは感じ取っていた。
いや、実際にそれが真実である事を“見て”いた。
アスカの掌は、炎の武器とは直には接していない。
わずかな隙間があり、アスカはまるで空気を握っているかのように、武具を握っているのだ。
これが火炎操作能力者ならば、直に触れているはずである。
火炎操作能力を持つと言う事は、火炎と言う属性、性質に多大なる耐性を持つからである。
炎を握っても、熱さを感じないし、火傷もしない、それが火炎操作能力者の特権である。
だが、アスカは直に触れていない。
つまりは、熱さは感じるし、触れれば火傷もするという事なのだろう。


「面白い、お相手願おうか。」


無敵の【連なる力の鎖Vector Order】と焔の戦乙女が舞い踊る。
さながら、神話の如く。








































NERV本部司令室から“出撃”した十六夜シンは、血と死と殺意に酔っていた。
通路の両側にある部屋や、曲がり角から次々と現れる保安部、諜報部の黒服達を、掠り傷一つ追わずに銃殺する。
時には獣化させたその爪で引き裂き、喉笛を噛み千切り血を浴びもした。
それでも足りない、全く足りない、満足できない。
もっと血を、もっと死を、もっと殺意を、もっと、もっと暴力を。


「ひっ。」


シンの狂気を孕んだ笑みに当てられ、恐怖に身を竦ませた黒服を、シンはその左手の爪で引き裂いた。
一撃を持って絶命したその黒服の死体を踏みしめて、シンは次の獲物に狙いを付ける。
重火器を装備した分隊規模の保安部員が、一斉射撃。
狭い通路においての、面での攻撃さえ、シンはその獣の身体能力をもってして、かわして見せた。
床、壁、天井、時にはATフィールドさえ足場として、面での銃撃をかわし、殺す。
至近距離からの大口径大型拳銃の銃弾を受け、吹き飛ぶ頭蓋。
弾切れとなったデザートイーグルを、大切そうにホルダーに仕舞い込むと、残った獲物に悠々と爪を振るう。
顔の皮を剥ぐ様な強烈な一撃で、頭部から壁に叩き付けられる者。
強靭な腕の一撃を持って腹を割かれ、内臓を引き裂かれて絶命する者。
驚嘆すべき握力をもってして、その頭蓋を握りつぶされる者。
機械的で無機質なNERV本部の通路は、いまや血と臓物とに溢れた地獄と化していた。



同じく司令室から出撃した水狩サキと霧島マナは、散らばっている肉片をよけながら、シンの後を十分に距離をとって進んでいた。
余り近寄りすぎると、巻き込まれかねないのだ、あの暴風は。
通路の曲がり角から、哄笑し殺戮を続けるシンを見ながら、サキは感嘆の溜め息をついた。


「好き勝手絶頂だねぃ。」


シンは今現在、己の狂気に任せ暴れまわっている。
既に、仕事の事など頭の隅に押しやられている事だろうと推測して、サキは先ほどとは違う意味合いを含んだ溜め息をついた。
元々シンの役割と言えば、大暴れをして注目をあびる事だ。
囮と言っても良い。
そしてサキとマナの役割こそ、チルドレンたちの保護なのである。
シンが大暴れをして、保安部諜報部が手薄になった今こそ、チルドレンを抑える絶好の機会だ。
元々強制力を持って居して、NERVに所属しているチルドレンたちだ。
自分達を脅かす保安部諜報部といった“見張り”が居なくなれば、チルドレンにはNERVのために働く意味など毛頭無いのである。


「動くなっ!」


サキがゆっくりと振り向けば、シンの進攻方向とは別の通路から来たのであろう保安部員が、銃を構えていた。
その数三人。
どうやら、NERVもそう簡単に盲目になるほど馬鹿ではないようだ、と内心思いつつ、サキは嘲笑を浮かべた。
たった三人で己を仕留められると思っている、この哀れな愚者達を、嘲笑した。
水狩サキは破壊屋である。
物、人を問わず破壊するのが仕事である。
それしか出来ぬから、破壊屋を名乗っている。
もとより、サキには人質を救出する能力は無く、政府を動かす話術も無い。
ただひたすらに純粋に、破壊に特化したその神技。
たった三人の三流無勢でとめられる筈も無い。
炭酸飲料のペットボトルを開けた際の音、空気の抜けるような音と共に、三人の保安部員は“賽の目”状に切り裂かれ、バラバラと床に肉片を撒き散らす。
この身は破壊屋、合金すら断ち切る水練の刃、人の身で耐えられるわけもなし。
サキは右手に握っていたミネラルウォーターのペットボトルを、一瞬だけ強く握り、散らばった肉片にもう一度嘲笑して見せた。
破壊、する。
それが記憶も無くこの世に生れ落ちた自分のすべき事だと、サキは神への信仰のように信じていた。
悪意を破壊し、呪縛を破戒する。
破壊する手段しか知らない自分が、誰かを“救う”と言うのは、非常に違和感があるが、嫌いではない。
変われる、自分は変われるのだ。
世界が変わるように、万物が流転するように、水が流れるように、自分も変われるのだ。


「破壊屋の名前、改めなきゃにゃぁ。」


「サキさん? 何か言いました?」


「うんにゃ、何も言ってないよ。」


自分の横に居る少女も、以前の彼女から変わっているんだろうな。
自分を変えて、強くなったんだろうな。
そんな事を思うと、たまらなく嬉しくなって、サキはもう一度ペットボトルを握り締めた。
一度だけ振り返って、暴力の主を見据え思う。
シンは変われるのだろうか。
それとも変わってしまったからああなったのか。
あのままで、幸せになれるのだろうか。
それは、たまらなく不安だった。
商売敵では有るが、今は同志、仲間である。
仮初の仲間とはいえ、仲間は仲間、心配もしたくなる。
力任せでは、自分の力だけではいつか必ず行き詰る。


「なまじ強いからだめなんだよねぇ。誰かに寄りかかってればいいのに。」


口の中だけで呟いたその言葉は、誰にも届く事も無く、口内だけで潰える。
ただ願わくば、此度の仕事が巧くいきますように、と。








































赤木リツコは、その人生の中でも最大に値する興奮を覚えていた。
SEELE配下のEVAシリーズとの戦いの折、完全に破壊され尽くしはしたが、コアを回収できた事から完全に修復されたEvangelion二号機。
人類史上最大の攻守を兼ね備えた兵器を、一人の女が鮮やかと言うほどの手際で解体していくのだ。
それは、EVAと言うものを知り尽くしている者の手際だった。
培養した筋組織の接合部、装甲兼拘束具の隙間、EVAにとっての弱い部位のみを狙い、適切に処理していく。
それは、理科の解剖の時間にも似ていた。
腕が宙に振るわれるだけで、まるで不可視のメス、おまけに巨大なそれが切り裂いて行くかのような錯覚さえ覚える。
それもそうだ、彼女こそが世界で最もEVAを知り尽くしている女なのだから。
EVAの製作者であり、稀代の天才、東洋の三賢者が一人、碇ユイ。
SEELEとの戦いの後、NERVを抜け、野に去った。
そして、【東洋の魔女】、【魔法使い】、【奇術師】なる二つ名さえ得る、強力な能力者。
合わせた手を、隙間に通すように前に差し出すと、装甲を取り除かれた二号機の素体、その胸部に亀裂が現れた。
手首をひねり、腕を左右に押し開くと、やはり不可視の手が、二号機の強靭な筋組織を引き裂きつつ、コアを露出させた。
僅か十分ほどで、本来なら数時間どころか数日掛けて行うような工程を済ませてしまったのだ。


「ふぅ、こんなものでいいかな。」


まるで掃除でも済ませたかのような手軽さを伴うユイの言葉に、リツコは驚きを通り越して呆れる事しか出来ない。
ユイにとっては、この作業はその程度のものなのだろうと、容易に想像が付いた。
リツコの隣りでは、彼女と同じように呆然としているマヤと、作業には目もくれずあたりを警戒している青葉の姿が見て取れる。
青葉は当初、ユイの後を付いていこうとするリツコとそれに続こうとするマヤを止めようと必死だった。
無論のこと、現在のNERV本部内は非常に危険であり、護衛を負かされた身としては、守りにくい事この上ないのだ。
さらに言えば、ユイはそのNERVを襲撃している張本人であるのだ。
ユイとゲンドウの関係を知っている身からすれば、ユイを捕獲するために保安部員が集まってきてもおかしくないと言う事は、想像に易い。
捕らえられてしまえば、そこでデッドエンドだ。
職務放棄と言う現在の状況から、容易に背景を察しられてしまうだろう。
そうなれば、死しか道は無い。
自ら死ぬか、情報を聞き出すための拷問で死ぬか、銃殺刑になるかのいずれかしか道は無いのだ。
そんな結末など、真っ平御免である。
自分の命も関わってくる事から、青葉は必死に説得した、部屋から出ぬようにと説得した。
したのだが、好奇心に駆られたリツコを止めるには、役者が足りなかったようだ。
邪魔をするならば解剖するぞ、とでも言いたげなリツコの視線に気圧されて、結局此処まできてしまったのだ。



コアを露出させたユイはというと、EVAの冷却水でもあるLCLの水面に立っていた。
その身は沈む事は無く、硬い地面に立っているのと変わりなく、おまけに水面には波一つ立っていない。
その様子を、リツコは子供の様な輝いた眼で見つめていた。
純粋に、興味を持っている眼だ。
LCLの上を歩き、コアの前まで歩み寄る。
そうして押し出した掌は、溶け込むように、吸い込まれるようにコアの中へと入っていった。
掌から手首、肘、右腕が入り始めたら左腕も、そうして、右足左足に次いで暖簾をくぐるように頭も、最後には体がスッポリと入り込む。
まるで最初から存在していなかったように消えうせたユイの体。
ただただ、解体された二号機だけがその存在を証明していた。








































発令所はMAGIを回復させるために誰一人集中を乱せぬ状況だった。
三人居るはずのメインオペレーターは、今は日向マコトただ一人。
残り二人は二号機前で神秘と言うものを目撃している真っ最中であり、その皺寄せが彼の労力として支払われていた。
既に、Casperが沈黙し、残るMelchiorとBulthasarはハッキングの対処に追われている。
リツコやその直属の部下であるマヤほどではないが、日向の情報能力もまた高いものである。
だが、集中が途切れることを許さぬこの状況で、日向の集中は乱され始めている。
その原因は他でもない、彼の後ろに立つ直属の上司、葛城ミサトである。
先ほどから喚く様に指示を飛ばしてはいるが、その実態はかなりの割合が暴言や毒舌に類するものだ。
チルドレン筆頭の二人に連絡が付かぬ事、次々と連絡が付かなくなる保安部員、姿を見せぬ技術部部長赤木リツコと二人のメインオペレーター。
それがミサトを苛立たせているのだろうと、どこか冷淡に考えつつ、マコトはハッキングの対応を続けた。
自分一人では、ハッキングを食い止めるのがやっとだが、必ずもう二人のメインオペレーターが来ると彼は信じていた。
一人がスパイとしてNERVに在籍していた事も、もう一人が敬愛する先輩に続くためにNERVを裏切った事など知らず、日向は愚かにも信じる事を止めはしなかった。
ただただ愚直に友人を、同僚を信じる事が、今この状況で彼に許された唯一の自由だった。
惜しむべきは、友情や愛情よりも、仕事を優先し、優先すべきだと信じている者が存在することを、日向が知らなかった事だろう。
何かを得るために、自分の持つ全てを投げ打ってでも行動する人間が、世界には存在するということを知らなかった事だろう。
それが、今この場に居ない、赤木リツコであり伊吹マヤであり、青葉シゲルなのである。
彼らを同僚に持ったことが、彼の信じる心を揺るがす事になるのは、不幸と呼べるものなのかも知れない。
そんな日向を嘲笑うかのように、Melchiorが陥落した。
力及ばぬ自分自身に苛立ち、奥歯を噛み締める日向を嘲るのか、正面モニターにデフォルメされた、フリルたっぷりのドレスを着た少女の画像が映し出された。
少女アニメのような成り立ちで、やたら豪華そうな杖を振って、やたら極悪な攻撃をかますのだ。
適役はなにやら化粧の濃いおばさんだったが、日向は「どこかで見た事有るような」等と呟いて、端と気がつき慌てて自らの職務を再開した。
化粧の濃いおばさんは、マタニティドレス姿だった事を明記しておこう。
魔法少女? 対MAGIの戦いは、どうやら佳境に達したようだった。








































振り下ろされた、薙刀にも似た炎の刃の一撃を、ゼルは己の拳を覆った鋼の手甲に任せて殴りつけた。
無論、能力は最大限に発現させ、それこそ刃を砕くつもりで一撃を放った。
だが、重さの無い炎の刃は砕ける事は無く、ただ手甲に傷を残すのみ。
反動で、下から打ち上げるように迫り来る錘の一撃を、能力を働かせた足の裏で受け止めて、ゼルはアスカを睨みすえる。
端整な顔立ちに、成長し切れていない身体つき。
それが、どういうことだ、それにも関わらず、アスカはゼルと対等に渡り合って見せるのだ。
まるで羽でも生えたかのように、軽やかに宙を舞い、位置エネルギーを乗せた振り下ろしの一撃は、かつて戦ったシンの豪腕の一撃にも匹敵する威力を秘めている。
さらには、ゼルですら砕けぬ炎の硬度の高さは、簡単にすら値した。
能力を支えるのは、その能力者の精神力のみである。
それは、眼には見えぬ心の強さ。
誇りや慈愛、怒りや憎しみは、能力を支える力となる。
アスカの扱う炎、その能力からは、彼女の気高い誇りが感じ取れる。
ゼルは全力で戦うに足る、誇り高き敵と相対できたことを、感謝した。
上下の連激を受け止められたアスカは、いったん距離をとってゼルの嬉しそうな表情を訝しげに見やった。


「何ニヤニヤしてんのよ。」


「いやなに、これほどの剛の者と相対できる喜びを、抑えることが出来なくてな。」


両の拳を打ち合わせ、強烈な震脚を持ってして、大地を揺るがす。
誇りを載せた一撃には、応えねばならない。
強者と言う矜持が、彼を突き動かした。


「殲滅屋、ゼル・ハワード。能力は【連なる力の鎖Vector Order】。全力を持って叩き伏せさせてもらう。」


ゼルの言葉に、アスカはいったん体の力を抜き、呆れた様に溜め息をついて肩を竦めて見せた。
なんて馬鹿なやつなんだろうと、漏れ出る溜め息を堪えられなかった。
アスカは確信した、目の前の馬鹿がバカシンジ級に馬鹿なのだと。
本当に、不器用な男ばかりと縁があるのだからと、自分の男運を恨めしく思う。


「ったく、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレー。行くわよ。」


刃の切っ先をゼルに向け、アスカは獲物に飛び掛る猫課の肉食獣のように身体を撓めて構えた。
とたん、刃と反対側にあった錘から炎が吹き出し、アスカの体ごと炎の刃をゼルへと突き進ませた。
例え形を持とうとも、炎としての本質は失わず、炎としての在り方を忘れはしない。
本質を保ったまま、形無き物に形を与える。
それがアスカの能力であり、言葉にして現すのならば“無形物固定化能力”とでも言うべきものだろう。
名を、【万物をこの手に(Alle Sachen in dieser Hand)】である。
【Alle Sachen in dieser Hand】が固定化できるのは、炎だけではない。
水や風、光や影等の、決まった形の無いものは全て彼女にとっての武器となりうるのだ。
アスカが先ほどから炎を触れずに操っているのは、その手を固定化した空気で包み、言わば空気の篭手を付けた状態で掴んでいるからだ。
空気で編まれたそれは、当然不可視であり、結果アスカが炎を触れずに扱っているように見えるのだ。
わざわざ篭手を付けるのは、直に握れば耐性のない彼女の手が火傷を負ってしまうからに相違無い。
そして、この能力は攻撃のみに使えるだけではない。



並みの自動車よりも速く突進したアスカの一撃を、とっさにバリィしたゼルは、カウンターの左フックをアスカの顔面に向けて放った。
女子供と言えども、強力な能力を持ち、鍛えぬいた強靭な肉体でそれを使用し、誇りを持って戦場に臨むのならば、それは戦士である。
戦士に向ける情けなど無い。
あるのは、生きるか死ぬかと言う瀬戸際にのみ存在する、必殺の一撃のみ。
だが、その必殺の一撃がアスカの顔面を捉えることは無かった。
鈍い音を立てて、命中する前にその拳は空中を“殴りすえ”止まっていたのだ。
アスカが、咄嗟に拳の軌道上の空気を固定化し、臨時の盾を作り上げたのだ。
ATフィールドでも防御できただろうが、それでは相手に気取られ次の一手を打たれる。
不可視のそれは、アスカを守る無敵の鎧足りうるのである。
そして、同時に無敵の武器にもなる。
勘に任せて逸らせた身体、殺気を伴い繰り出された不可視の一撃は、ゼルの左頬を裂いていた。
空中に作り出した空気の針、大きさにしては大量の空気を押し固めて作ったそれは、後方から風船のように空気を吐き出して前進し、ゼルの身体に傷を付けた。
ゼルの能力、【Vector Order】は確かに敵の攻撃すらベクトル操作して受け止めて見せる能力だ。
だが、能力と言うものは意識して働かせてこそ発現する。
不可視であり、意識の外にあったその一撃は、確かにゼルに傷を付けて見せたのだ。
体制を崩したゼルには、当然追撃が待っていた。
横なぎに繰り出された炎の刃の一撃を、ゼルは今度こそ意識下に置いていた。
腹部を薙ぐはずだった刃は、凍り付いたかのように停止していた。
触れた瞬間に、その運動エネルギーの全てを操作し、攻撃を無効化してのけたのだ。


「行くぞ。」


言うや否や、ゼルはそのエネルギーの全てを足へと導き、コンクリート製の地面を踏み抜いた。
ゼルの足を中心に、地面へ向けて放たれたエネルギーは暴れ狂い、円形に日々を広げ最後にはクレーターを造ってのけた。
幾つかのコンクリートの塊が、アスカへと飛礫となって襲い来るが、既に空気の鎧は全身を包み、命中する前の空間ではじかれた。
まだまだ、戦いは始まったばかりである。








































保安部、諜報部の黒服達を殺して周り、NERV本部を荒らして回るシンの前に、小さな障害が現れた。
NERVの誇る最大戦力、チルドレン。
それも、ただのチルドレンではなく、フォースと言うナンバーまで持つ、有数の戦力であった。


「フォースチルドレン、鈴原トウジ、か。」


「ホンマに、なんもかんも忘れてしもうたんやな、シンジ。」


かつての親友、そして今は、敵。
トウジは、その理不尽さに、腹立ちを隠せずに居た。
何も、好きでNERVになど居るわけでもなく、さりとて逃げ出すこともできない。
かつて親友が放り込まれた状況を、自分が体験してようやく彼の苦しみを悟った。


「邪魔をするならば、殺す。」


果たして、二人の邂逅はいかなる結末を迎えるのか。






To be continued...


(あとがき)

はい、麒麟です。
遅くなってしまい、申し訳ありません。
何とか、Capriccio 第十一曲をお届けする事が出来ました。
暴れまわるシン、メティス対レイ、ゼル対アスカ、暗躍するユイ、そしてチルドレン救出に向かうサキとマナ。
話が同時進行していると、書いていても混乱します。
楓と椿の鬼女姉妹の二人は、目ぼしい敵も居ないので出番なし。
プロットでは加持との対決になるはずだったのですが、よく考えたら本部内に居ますね、加持。
慌ててプロットを直す麒麟でした。
やたらと死にまくっているNERVの黒服たち、哀れ。
まぁ、雑魚キャラなんてそんなものです。
メティス対レイ、ゼル対アスカの二つの対決は、どちらも因縁ある相手とです。
レイもメティスも元を辿ればリリスへと行き着きますし、アスカは以前ゼルエルに敗北しています。
そして、因縁と言えば因縁らしい、シンとトウジの邂逅。
シンとトウジがどうなるかは次の話で。
そして、Casperに続いてMelchiorまで陥落したMAGI。
発令所中央モニターで職員を萌え殺そうとするロゥル(違)
登場しなかったA・Dもちゃんと働いてますし、ラルも働いてますよ。

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