第一話 困った親を持つ子の苦労
presented by 麒麟様
『僕の不幸の始まりはいつだろうか?』
そんなことを、駅前で透き通るような青空を見上げながら思う。
ただし、空では戦闘機が飛び交い、辺りは騒音に埋め尽くされている。
視線の先には漫画かアニメ、もしくは悪い冗談のような大きな巨人、怪物、化け物、UMA、どれでも良いが異形の巨大生命体。
一つ溜息をついて、片手に持っていたバックを地面に落とす。
反対の手に持っていたミネラルウォーターを口に含みつつ、思い至る。
『この世に生れ落ちた時、いや、あの母親から生まれた時こそ、不幸の始まりだと。』
『何故僕は、碇ユイの息子なのだろうか。』
『おそらく理不尽な神様の嫌がらせだろう、うん、そうにちがいない。』
十年前にいなくなった母を、心底恨む。
『恨まなければ、やってられないよ、こんな人生。』
再度溜息をつき、碇ユイの息子、碇シンジは過去に思いを馳せた。
碇シンジが四歳になる少し前、正確には2004年の初頭、箱根地下第2実験場にて、碇ユイは事故死した。
事故死、とあるがその詳細は不明であり、ただ実験の失敗によって死亡した、とだけが公然とわかっていることだった。
碇シンジはその実験の様子を確りと見ていた。
母が実験に挑む様も、母が泡となって消える瞬間も。
ユイが死亡してすぐ、シンジの父親である碇ゲンドウが失踪した。
シンジにとっては踏んだり蹴ったりの出来事である。
泣きっ面に蜂、と言っても良い。
だが父が失踪したおかげで、母親の遺書めいた物を手に入れることが出来たのは、彼の人生の中で数少ない幸運の一つである。
実験失敗の翌日、両親の同僚である赤木ナオコに連れられて、約一日ぶりに家に帰ってきていた。
前日は母の消失と言うあまりにもショッキングな事のせいもあり、両親の職場の仮眠室で一夜を明かしたのだ。
家に入り、深呼吸一つしてシンジは早速自宅の"調査"を開始した。
彼は幼いながらも、母が優秀な科学者であることを知っていた。
そして、母が実験に失敗する事などありえないとも思っていた。
失敗の危険がある実験なら、まず自分が被験者になどならない、そんな性格の持ち主であることも知っていた。
ならば何故、実験は失敗したのか。
シンジは幼いながらも父母の職場の仮眠室で考えた。
ドッキリ?ありえない。
ミス?それこそありえない。
故意?……一番ありうる可能性だ。
だからこそ、シンジは自宅を調査している。
普段から仕事が忙しいにも拘らず、必ず定時で帰宅し、痛い程の愛をシンジに注いできたユイだ。
故意ならば、必ず説明がある、無いはずがない。
父が失踪したことなど、シンジにとって見れば都合のいい出来事でしかない。
父は時々シンジには理解不能な行動に出るからだ。
説明となる物品を処分されでもしたらたまらない。
普通はやらない行動だが、あの父ならやりかねない、シンジはそう思っていた。
普段からその父の行動をよく見ているからこその考えだ。
特にあの目玉焼きにケチャップをかける行為だけは理解できない。
「目玉焼きにはソースだよ。」
あの白と黄色と赤のコントラストを思い出しつつ、シンジは捜査の手を自室へと伸ばした。
座卓の上などと言う判り易い所には、勿論ない。
あの母の性格からして、もっと小難しいところに隠しているはずだ。
シンジはそう考え、部屋を捜索した。
そして30分の格闘の末、枕のカバーの中から白い封筒に入った母からの手紙を発見したのである。
隠し場所が懲りすぎていて判りにくかった事は、母への怒りへと転化された。
白い封筒の表には、『愛するシンちゃんへ(はぁと)』などと書かれている。
記号でもなくカタカナでも英語でもなく、平仮名で書かれていることから、これが間違いなく母からの物であることを確信するシンジ。
同時に軽い頭痛に頭を抱えてしまったのは余談だ。
母からの痛々しい愛が、まるで怨念を伴う瘴気の様にも感じられる。
恐る恐る封を切り、中から手紙を取り出す。
三つ折りにされた手紙を丁寧に開き、読み始める。
『愛するシンちゃんへ。この手紙をシンちゃんが読んでいるという事は、実験が終わり、私がシンちゃんの傍にはいないという事でしょう。』
最初の一文を読んで、シンジは「おぉっ!」と半ば感動を受けてしまった。
母からの手紙にしては、とても"真面目"、あるいは"シリアス"な出だしだからだ。
『何も言わずにいなくなってしまった私を、どうか許してください。これも全ては私とシンちゃんのラヴラヴな生活のためなので。』
一気に読む気がなくなってしまい、手紙を床に放り出して膝を着くシンジ。
無性に泣きたくなった。
『今のままでは私とシンちゃんの愛の前に立ちはだかる"年齢差"と言う強大な悪には立ち向かえないのです。』
うちの母は妄想癖と言うスキルにまで目覚めていたのだろうか?
無理を言ってでも医者に連れて行って置けばよかったなぁ、と心の底からシンジは思った。
『そこで私はこの強大な悪と立ち向かうべく、かつ来るサードインパクトを防ぐために、最高傑作とも言うべきものを発明したのです。それが、エヴァンゲリオン、通称エヴァです。』
強大な悪である年齢差の克服が前提であり、サードインパクトを防ぐと言うのは物のついでなんだろうなぁと、シンジは思う。
母が趣味と義務なら迷うことなく趣味を選ぶと知っているからだ。
『エヴァはコアに人を取り込むことにより、取り込まれたものを時間軸の干渉から取り除き、若さを保つための発明なのです。ついでに、取り込まれた人の肉親との愛の力により、エヴァを人型決戦兵器としても使えます。』
愛の力というのなら、父でも動かせると言うのだろうか?
『ちなみに、私の愛は全部シンちゃんのものなので、ゲンドウさんでは動きません。』
ああ、やっぱり。げんなりとした雰囲気をまとって、シンジは座っているのもだるいのでベットに横になった。
『私はエヴァの中でシンちゃんとの年齢差が縮まるのを待ちます。シンちゃん、寂しいでしょうが暫らくの辛抱です。二人の愛のために耐え忍んでください。耐える事もまた愛なのです。』
それ以前に、母と子で家族愛以外の愛は成立するのだろうか?
シンジは母の言う愛が、ほぼ確実に家族愛ではないことを見抜いていた。
そんな事は普段の母の行動を見ていれば自ずとわかるのである。
というか、年齢差とか言っている時点で、既に家族愛ではない。
『私がいなくなった理由は判ってもらえたと思います。』
すいません、わかりたくありませんでした。
シンジは何で手紙を探してしまったのだろうと後悔した。
もしタイムマシンがあるのなら、数分前の自分に手紙の捜索をやめさせただろう。
後悔って後でするから後悔なんだなぁ、と思いつつ、先を読み進める。
『此処からは、シンちゃんの身体のことについて書き綴ります。』
体のこと?何か持病でもあるのだろうか。
いやいや、それはない。あるとしたら改造したとかそんなところだろう。
母は自他共に認めるマッドサイエンティストだ。
それも遺伝子工学の。
僕の遺伝子、弄られたりしたのかなぁ。
切なげな雰囲気で、先を読み進める。
『シンちゃんは、実はゲンドウさんの息子ではありません。』
なんですと!?
思わず寝転ばせた身体を起き上がらせてしまった。
似てない似てないとは思ってはいたが、まさか父親ではないとは。
では浮気か?と言うより人工授精?精子を買って自分でやりそうだよ、あの人なら。
思わず納得してしまい、シンジは溜まらず先を読む。
『シンちゃんは、私の遺伝子、染色体をちょっと弄って生み出した、所謂私のクローンなのです。』
「えぇぇっ!?」
あまりの驚きに声が漏れる。
と言うより、そういう重要な事実は口頭で言うべきであり、こういう(嫌な)遺書で書くべきではないのではないかと思う。
『ですが、クローンであると私とシンちゃんとの愛の結晶が出来ない可能性もありえるので、先天的に多少手を加え、後天的にかなり手を加えました。』
愛の結晶?多少?かなり?
突っ込みどころが多すぎて、真面目な話題なのにまるで笑い話だ。
シンジは無性に泣きたくなった。
と言うより、弄られまくってるのね、僕の遺伝子。
グッバイ幸せな人生。ようこそ不幸な我が生涯。
『後天的に手を加えた際には、シンちゃんの身体にバイオナノマシンを注入することによって行いました。』
あんた、実の息子の身体に何入れてんの?
この世で一番信用できない人物の最上段に、ぶっちぎりで母の名が登録された。
余談だが、数分前まではその位置には父親がいた。
『バイオナノマシンのおかげで、シンちゃんはどんな怪我でもたちどころに自己修復するし、ある年齢からは若さも保たれます。ついで言うと、バイオナノマシンは細胞が生み出され、遺伝子が複製されるたびに減っていくテロメアに成り代わる作用があります。詰まる所、事実上の不老です。』
神でも悪魔でもいいので、母に天罰を与えてください。
碇シンジ、知らぬ間に人類の夢を具現する。
『バイオナノマシンによる自己修復は、あらゆる細胞に及び、心臓や脳も例外ではありません。このことから、不老不死が実現したのです。』
え、僕に永遠を生きろと?
母さん、あんた何しやがりますか。
どおりで擦り傷とかがすぐ治ると思ったよ。
転んだ時とかを思い出し、シンジは憤慨した。
『ただ、このバイオナノマシンは南極大陸で発見されたアダムと言う使徒の細胞を下にして作られています。使徒の固有波形パターンの信号の配置と座標は99.89%人間のものと一致します。ですが、0.11%違うことから、バイオナノマシンによって遺伝子をを改変されたシンちゃんは既に人間とは言いがたい存在です。』
あれ、いつのまにぼくはにんげんをやめてしまったんだろぅ?
『安心してください。私もバイオナノマシンを注入しています。たった二人の種族ともいえます。子孫繁栄のために、子育てを頑張りましょう。』
がっでむ!何を安心しろと言うのだ。
『ですが、私の場合はバイオナノマシンによって若さを保てるかどうか危うい年齢でもあったため、エヴァの中に篭ることにしました。』
……エヴァを壊したら、母さんも死ぬのかな?
危険な発想に精神を汚染しつつ、シンジはそれでも先が気になるので読み進める。
気になったのは言わなくても判るだろうが、自分がいったい何をされているのだろうという事だ。
『バイオナノマシンによる改変の影響で、肉体にも変化が起こります。理想的なボディーラインを維持しつつ、驚異的な怪力、反射神経や俊敏さを持ちます。つまり、身体能力の向上という事です。私の細腕でも人をぶつと死んじゃいます。』
お母様?よく父の頭を平手で叩いていませんでしたか?
あれは手加減していたのでしょうか?それとも父が異常なのでしょうか?
……父が異常なんでしょうね。ええ、きっとそうですね。
シンジは朝食時に新聞を読むのを注意されている父の姿を思いうけべていた。
『脳にも影響が出て、記憶領域の増大により、人より多くを学べますし、物忘れもしません。高度な思考体系を持つ事も出来るのです。』
ああ、だから僕は漢字が読めるんですね?
だから、母さんは難しい本ばかり読ませるんですね?
ああ、やっぱり貴方のせいでしたか、納得です。
もぅ怒りを通り越して呆れることしかできない。
と言うか、無気力?
『此処までの事で、シンちゃんが物凄く"素敵"なポテンシャルを秘めていることが判ってもらえたと思います。』
素敵と言うか異常だね。
それとも笑い話?
乾いた笑いと漏らしつつ、シンジは先を読む。
『普通に育っても、シンちゃんは凄くなると思うのですが、だらけた生活を送ってもらいたくはありません。』
だらけると言うより、無気力です。
もう、なにもやりたくありません。
夢も希望も打ち砕かれた気分です。
『やっぱり未来の奥さんとしては、シンちゃんには素敵で賢い紳士に育って欲しいのです。』
奥さんって、……母親でしょ?
今更だが、一応突っ込む。
何かに苛立ちをぶつけておかないと、母の遺書(もどき)のテンションには着いていけないのだ。
『だから、シンちゃんには課題を出しておきます。』
「課題?」
突拍子もない話題に、疲れた声が口から漏れた。
シンジの本音としては、もうご飯を食べて眠りたい気分だ。
『サードインパクトを防ぐための使徒との戦いが、2015年に始まります。』
「15年って言うと………大体10年後かぁ。」
エヴァが使われるんだから、たぶんパイロットは僕なんだろうなぁ。
だって、母さんの愛情は全部僕に向いてるらしいし。
やだなぁ、と肩を落とす。
シンジはたった今から平和主義者になったのだ。
使徒と話し合いで解決できないのかなぁ、などと考える始末だ。
『2015年までの10年の間にやってもらうシンちゃんの課題は、』
次の文を見て、シンジは思わず眼を擦った。
パチパチと開閉し、見間違いでない事を確かめる。
そこには、あまりにも荒唐無稽なことが書かれていた。
『シンちゃんの課題は、日本の支配です。』
え?何で進路希望が支配者?
『頑張って、私とシンちゃんの愛の国を作って置いてください。』
なんて嫌な国なんだ……。
シンジはもう、生きるのが嫌になった。
僅か三歳にして死を願う。
凄い三歳児だ。
『私の実家が世界の経済に影響を与えているSeeleに関わりを持っていた時期もあるので、その線から当たって行くと良いと思います。ちなみに、実家は私が財産を研究費に使い込んだので、随分没落しています。』
あんた、なにしてんの!?
息子だけじゃなく両親まで不幸にしてるの!?
とんだ親不孝者だよ!おじいさんとおばあさん、泣いちゃうよ。
会った事もない祖父と祖母に強烈なシンパシーを覚えるシンジ。
不幸な人は不幸な人どうしで共感を持つのだ。
『実家を復興させれば、日本政府にも手を出せるようにもなるし、もしかしたらSELLEと再び繋がって、世界経済にも着手できるかもしれません。頑張ってね、シンちゃん。』
なんつー、無責任な人だ。
シンジはこれほどまで人を憎いと思った事は無かった。
あるとすれば、目玉焼きにケチャップをかける父くらいだ。
『元手が無いと辛いと思うので、
横領内職で溜め込んでおいたお金があるので、それを使ってね。ちなみに、それは私の部屋に隠してあるので、シンちゃんが探してください。(要注意:ゲンドウさんより先に探す事。見つかったら取られちゃうからね。)』何よりまず、横線で消された文字が気になる。
……脱税でもしたんだろうか?いや、母のことだから、手紙の内容と照らし合わせて、実家の財産の一部だろう。
嫌な推理をしてしまい、気分が落ち込む。
実家つぶしの共犯にさせられた気分だからだ。
だいたい、内職で溜め込んだ、と言うのがまず信じられない。
母的な内職とは端末を弄っての電子マネーの操作なのだろうか?
それともチョチョイと取った特許によるお金?
そう言えば楽しそうにキーボード打ってたな、母さん。
休日にリビングで楽しそうにしていたのをシンジは思い出した。
せめて株であってください。お願いします。
この場にいない母に頼み込んだ。
犯罪者の母親は嫌なのだ。
犯罪者以前に、息子の身体を弄り回しているが……。
『最後に、使徒を全て倒した後のシンちゃんの17歳の誕生日に、私は自動的にエヴァから出て来ます。(年齢差が10なら大丈夫よね?)頑張って使徒と戦ってヒーローになってください。」
進路希望は第一希望が支配者で、第二希望は英雄ですか?
何処の馬鹿ですか、僕は。
勝手に決められている自分の進路が心底嫌なシンジ。
三番目くらいは選ばせてもらえるのだろうか?
……きっと無理だね。
たぶん三番目の欄には【お婿さん】なんて書かれているに違いない。
『また会える日を心待ちにしています。愛するシンちゃんへ。貴方のユイより。』
会いたくないよ、二度と。
誕生日前に使徒を倒したら、まずエヴァを破壊しよう。
心に決めたシンジであった。
『PS:浮気は三人までなら認めます。勿論私が正妻』
そこまで読んで、シンジは手紙を思いっきり引き裂いた。
さらに細かくちぎり捨て、紙吹雪の様な細かさになったそれを、窓を開けてベランダから流し捨てた。
乾いた笑いと、頬を伝う涙が痛々しい。
ボスンとベットに倒れこみ、枕を涙で濡らす。
泣いて寝て、全てを忘れられたらどんなに幸せだろう。
あぁ、でも無理か、物忘れしないらしいし。
「こんな事なら、ナオコさんがお母さんだったら良かったのに………。」
こうしてシンジの無気力な一日は終わる
何もする気が起きず、食事を取る気も起きない。
夕飯を作りに来てくれたナオコは、「ユイさんがいなくなって泣いているのね。」などとちょっとホロリときていたが、そんな生易しいものではなかったのであった。
これが、後の永世世界大統領碇シンジの自覚の日であった。
To be continued...
(あとがき)
麒麟です。
えぇーっと、なんだこりゃ?
Capriccioの執筆が行き詰まり、気分転換してたらこんなの書いてました。
数少ないCapriccioをお待ちの方、すいません。
はっちゃけたユイさんに振り回されるシンジ。
書いてて凄く楽しいです。
ユイさんは形而上生物学の論文を書いたりしており、その上遺伝子工学の科学者であると資料にあるので、まぁこんなマッドのユイさんも在りかなぁと。
ちなみに、不老のくだりで出てきた【テロメア】と言うのは、遺伝子のキャップのようなものであり、細胞が生み出され、遺伝子が複製されるたびに短くなっていくのだそうです。
つまり、生物が老いると共に【テロメア】が減っていき、遺伝子は再生の能力がなくなってしまうわけです。
このテロメアの問題は、クローン技術の問題の一つであるそうです。クローニングすると、テロメアが減った状態で生まれてきてしまうから、という事ですね。
アダム細胞から作り出されたバイオナノマシンを入れられたシンジ君は、使徒の格好の的ですね。彼を狙って使徒がやってくることでしょう(笑)
続くかどうかは、わかりません。電波物ですから。
うん、短編かな?短編だよ。感想が来たら連載化?え、マジで?
では、この辺で失礼いたします。
(別に頼まれてないけど、ながちゃん@管理人のコメント)
連載化に一票です♪(*^-^*)
それに、行き詰ったときは無理して書くモンじゃありません(…ですよね?)。
気分転換結構、電波万々歳です♪
さあ皆さん!催促感想メールをどしどし出して、連載化をその手で勝ち取りましょう!
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