新世紀エヴァンゲリオン Toy box

第五話 碇家暴走愚連隊結成

presented by 麒麟様












四年生の二学期に転校してきた少女、山岸マユミは、以外にも普通に受け入れられていた。

クラスにではなく、図書館の通称シンジ専用室に。

元々の性格もそうだが、以前の学校において、父が殺人者であることを端とし虐められたこともあり、マユミはひどく臆病になっていた。

特に、虐めを行っていた同い年の少年少女たち、ありてい言えばクラスメイト達は、恐怖の対象だ。

無論、虐めをとめなかった教師もまた然り。

そんな理由で、マユミは転校してから一人も友達を作れずにいた。

だが、図書館のシンジ専用室でだけは違った。

実際のところ、部屋はシンジの専用なわけが無く、誰にでも使用できる、共用の場だ。

朗らかな司書の渡瀬ユウカは、元々人を差別するようなことは消してない人物である。

初めて部屋に足を踏み入れ、集まる視線に怯え竦むマユミを手招きし、ケーキを紅茶を勧めたのはほかでもないユウカだ。

毎日のように(授業中も)読書し続けるシンジは、特にマユミに干渉するわけでなく、さりとて無視するわけでもない。

まるで空気のようなその存在感は、かつて無いほどマユミを穏やかな気分にさせていた。

自分に干渉する他人は嫌い。

心に触れようとする他人は嫌い。

本は何も言わない、何も見ない、何も聞かない。

だから本は好き。

幼心にそんな考え方を持っていたマユミにとって、シンジは本と同じような存在だ。

干渉しようとしないし、ずっと本を読んでいるので無理に話しかけようともしないし、特に何も聞こうとはしない。

授業に出ず、自分と同じようにクラスに溶け込めていないシンジに、マユミはシンパシーを感じずにはいられなかった。

一度だけ、本当に珍しいことに、マユミからシンジに話しかけたことがある。

「授業、出なくて良いんですか?」

それは純粋な疑問だった。

クラスになじめずとも、マユミは養父の世間体を気にし、問題を起こさぬように授業には出席していたのだ。

そのため、マユミが図書館を訪れるのは決まって昼食時と放課後だった。

だが、シンジはその両方においてマユミより先に部屋にいるし、授業前に部屋を出ることも無い。

そんな事もあって、マユミの中で芽生えた珍しい他人への疑問だったわけである。

「別に。出る必要性が感じられないし、出なくても問題は無いからね。」

シンジは一瞬だけ目線を本からはずし、マユミを見てからそう言った。

再び本に視線を戻すと、さらに口を開く。

「僕は此処に学びに来ているわけじゃないし、小学部の学業は母さんがいなくなる前に修めているよ。」

マユミは、シンジがいつにもまして弁が多いことに気づいた。

普段なら、会話は2.3言で済ませてしまうのだ、シンジは。

だが、シンジにしてみれば、学業からつながる話題として母親・ユイの事があるだけに、ついつい口数が増えて愚痴らしきものを言ってしまっているのである。

「お母さん、ですか?」

「ああ、うん。ちょっと引きこも………行方不明になってるけどね。まぁ、社会的には死亡した事になっているけど。」

ついつい本当のことに加え皮肉を言ってしまいそうだったが、無難なことでまとめておいた。

だが、マユミにとってしてみれば理解不能だ。

社会的には亡くなっており、実際は行方不明。

なにやらサスペンス、もしくは推理小説のにおいがする話である。

そんな不思議そうなマユミの様子に、シンジは苦笑する。

「気にすることは無いよ。ただ、いないってだけだから。むしろ………。」

「むしろ?」

「いや、なんでもないよ。ちょっと変わった人だったから、僕はそれなりの英才教育を受けたんだ。そのせいで、今苦労しているんだけどね。」

シンジは言葉を濁したが、本音としては「いなくて清々する」とか、「いてもいなくてもストレスの原因になるし」などと言いたかったわけだが、身内の恥をさらすわけにもいかなかったのである。

「英才教育、ですか……。」

「そう。子供は親の物だって思っているような人がやる、馬鹿なことだよ。子供の自主性とか、可能性を無理やり押しつぶす手段だね。」

教育とは矯正であり、決して受ける側の思い通りにはならない。

シンジはバイオナノマシンやユイ自身からの教育で、ユイ好みに育てられたのだから、そう言ってしまっても仕方が無いことだ。

事実、シンジの将来はバイオナノマシンの効能により"親"であるユイの望みに沿わざるを得ない。

つまり、支配者であり、英雄であり、良人なのである。

マユミはシンジが垣間見せた位心の奥底に、思わず息を呑んだ。

それもそうだ、物静かな人が行き成り自分の母親に対して暴言を吐いているのだから。

「お母さんのこと………、嫌いなんですか?」

「嫌い、じゃないよ。」

シンジは本を閉じ机に置くと、陰鬱なため息をついた。

「僕は母さんを嫌いになることも許されてはいない。そういう風に育てられているからね。」

そう言って自嘲気味に笑うシンジの姿に、マユミは言い知れないものを感じた。

他の同い年の子供達、いやもっと年上のものでも、こんな風に笑えるものだろうか。

自分が不幸であると実感し、絶望を垣間見ているものでしかできぬ笑みに、マユミは心底恐怖した。

「確かに、母さんがいなければ僕という存在は成り立たない。色々と有益なことも教えてくれた。でも、結局それは僕のためではなく、母さんのために母さんがやったことだ。母さんのそれは自己愛であって、って、あぁ!?

なにやら語りだしたシンジであったが、マユミの持つティーカップに驚き、思わず声を荒げてしまっていた。

マユミにしてみれば、肝が冷えるような自嘲の笑みを見た事で渇いた喉を潤そうと、紅茶を飲んだだけなのだが、シンジの声音に思わず肩を竦めてしまっている。

「あ、あの………な、なにか?」

「それ、僕の飲みかけ………。」

ハッとしてマユミは自分が手にしていたカップを見ると、ユウカがいつも入れてくれる自分用のティーカップではなく、シンジ用の物ではないか。

「ご、ごめんなさいっ。」

慌ててカップを机に置き、頬を赤らめながら謝るマユミ。

小学生のマユミからしてみれば、異性との間接キスに当たるわけであり、酷く青春的なものである。

頬は赤らむし、心臓はその鼓動を早め今にも破裂してしまいそうだ。

シンジの顔をちらりと見るが、ついつい意識してしまい再び顔を俯けてしまった。

だが待て、今チラリと見えたシンジの表情は何だ?

そう思ったマユミは、再び顔を、恐る恐る上げた。

シンジはその少女のような顔を真っ青にしている。

自分がシンジが真っ青になるようなとんでもない事をしてしまったのかと思い、もう一度謝ろうとしたが、その前にシンジは動いていた。

机の上においていた携帯電話を飛びつくように拾い上げ、電話をかける。

「すぐに車を回してくれ。山岸さんが"感染"した。」

感染、その耳慣れない言葉にマユミの脳裏は真っ白になってしまった。

感染、その言葉からマユミが連想したのは、もちろん病気だ。

「僕だ。検査の準備をしてくれ。……十分ほどでそちらに向かう。」

「あ、あの………な、なにが……?」

マユミはその一言を振り絞るために、今まで生きてきた中で一番の勇気を振り絞った。

そんなマユミへの応答は、酷く残酷なものだった。

「………僕は体に、遺伝子に病気を抱えているようなものだ。それは体液交換によって感染し、鼠算式に増えていく。山岸さんには……謝っても償いきれないことをしてしまった。僕の不注意だった………ごめん。」

電話を切り、そう言って頭を下げたシンジに、マユミはようやく事態の深刻さが理解できた。

うまく、呼吸ができない。

酷く苦しいし、なぜ自分の口がヒューヒューと空気が隙間を通るような音を奏でているのか理解できない。

手は自らの汗で濡れているし、歯もカタカタと合奏を続けている。

遺伝子の病気。

どんな、どんな病気なのだろうか。

セカンドインパクト以後、科学はもちろん、医学はとても発展している。

だが、今自分が感染したという遺伝子の病はどうなのだ、治療できるのか、できないのか。

そもそも、シンジから感染したという時点で、完治していないと言う証拠なのではないか。

「わ、わた、私……し、死ぬん、ですかっ!?」

「あ〜、………逆、かな?」

涙もほろろにシンジに掴み掛るように問い詰めるマユミだったが、シンジはマユミの混乱振りを目にして逆に落ち着いたようだ。

「ぎゃ、く?」

「え〜っと、正確には病気じゃなくて、僕の体の中のバイオナノマシンがど〜のこ〜ので、効能は不老不死に、頭脳明晰、体力増強。メリットと取るかデメリットと取るかは人それぞれ、かな。」

「は?」









































メグミの運転する車で碇財団の保有する研究施設に向かった3人。

無論目的は研究ではなく、マユミの体の検査である。

「あ〜、見事にうつってんな、バイオナノマシン。」

血液検査の結果、至極あっさりとそう言われた。

シンジ専属の若い医者は笑ってそう言った。

笑い事では内のだが、この男はいつもこんな調子だ。

三谷サトシ(25)は、リツコや時田と同じように、シンジ自身がヘッドハンティングしてきた医師である。

一種の芸術とまで噂される、天才的なメス捌き、手術の腕を誇る医学会の注目株だった彼だが、高い給与に釣られてこんな所にいたりする。

天才と持て囃されてはいるが、サトシ自身はとても欲深い人間であり、刹那的な快楽を求める傾向がある。

ちなみに、サトシのメス捌きを彼自身は「若いときの経験は何かに役立つもんだ。」といっている。

彼が中学生時代からバイクを乗り回し、喧嘩で刃物を用いていた事を知るのはごく親しい昔からの友人や、シンジなどに限られる。

「まぁ、良いんじゃね? 長生きできるようになるんだし。」

あくまでもお気楽に、軽く言い放つサトシに、シンジは慣れたようにため息をついた。

ちなみに、サトシ自身もリツコがシンジの血液から抽出したバイオナノマシンをその身体に注入している。

その理由が、完全に俗なものであり、所謂不老不死目当てだと、本人が言って憚らない。

サトシは実に人間らしい人間であり、長生きしたいし、死にたくないと常々思っている。

それは母親から遺伝した大病に由縁していることだが、サトシは決して口にはしない。

サトシが医師になったのは、衰弱していく母を前に、何もできなかった事を悔いたからだ。

だからこそ、サトシにとって長生きすることは何よりも幸福なことであるのだ。

長生きできるのなら、大抵のモノは捨てても良いと、本人は本気で思っている。

それ故に、バイオナノマシンの存在を誰よりも感謝しているし、それを開発したユイ、体内に保有していたシンジ、抽出したリツコには感謝の念を抱いている。

「んで、この子どうすんの?」

サトシは目線だけをマユミに向けて、シンジに問う。

「放り出すわけにはいかない。いつバイオナノマシン目当てで狙われるかもわからない。保護すべきだね。」

そう言って、シンジもマユミに視線を向けた。

視線を向けられたマユミは、肩を竦めて怯えを体中で表現している。

マユミは何よりも死ぬことが怖かった。

それは目の前で父が母を殺したことが関係しているが、本人はそれを決して語ろうとしない。

警察にもろくに話すことは無かった。

話さなかった、というより話すことができなかったのだ。

絶対的な死の恐怖に侵され、失語症一歩手前まで陥ったのだ。

トラウマとなっている"死"と言う概念は、バイオナノマシンの影響で払拭されつつある。

何しろ、老いもないし、死もないのだ。

限界があるとはいえ、普通の人間より実に死に難くなったのは確かだ。

だが、今の彼女を縛るのは、"普通"ではない、と言うことだ。

アダム、使徒、天使、セカンドインパクト、そしてバイオナノマシン。

知らぬ間に、自分が人間ではない何かに変質してしまったことが、堪らなく怖かった。

人外。

言葉にしてみれば簡単だが、実際そうなってみると、ひどく足元が心もとない。

だが、その恐怖もまた徐々に薄れつつあるのが現状だ。

自分以外にも、同じ存在がいると言うのが一番の安定剤となってはいる。

だが、それ以上にバイオナノマシンがすでに脳を介して精神にまで影響を及ぼし始めていることが原因である。

マユミにはホスト、親と言う何にも勝る精神安定剤が存在する。

すでに影響は出始めている。

絶対的な存在であるシンジに加護を求める、それは今のマユミにとって、ごく自然な行為だった。

「山岸さんは、寮生だったね?」

「あ、はい……。」

「手続き、頼むよ。」

マユミの答えを聞いたシンジは、背後に控えていたメグミに言う。

畏まりました、と一言応えてメグミは部屋を退室した。

直感的に、マユミは想像がついた。

つまり、今までの自分の生活は、もう無いのだと。

「今日から、僕の家に住んでもらうから。君の安全と言うより、僕の利益を考えて結果って言うのが、少し申し訳ないけどね。」

シンジは例え身内の誰かが拉致されても、決して脅しには屈しない。

その者がバイオナノマシンの感染者だとしたら、なおさらだ。

確かに感染者には子への愛情にも似たものを感じる。

それ以上に、冷徹な支配者としての意識が存在しているのだ。

感染者からバイオナノマシンの秘密が漏れる前に、救出する。

それができぬなら、肉片一つ残らぬように殺しつくす。

敵を、感染者ごとだ。

いくらバイオナノマシンといえども、媒介である肉体が完全消滅すれば再生は不可能である。

シンジと違って、大してバイオナノマシンを進化させていない感染者は、ミサイルの一発でも死に至る。

今現在、ミサイルで死なない感染者と言えばメグミぐらいなものである。

「シンジ様、手続きが終わりました。」

寮からの退去や荷物の運び出しなど、電話一本で片がつく。

理事であるメグミからの電話ならなおさらだ。

なにやらトラウマを抱えたらしい校長は、怯えながらもメグミからの電話を受けていたらしい。

ちなみに、校長の見張りとしてメグミが統括しているシンジ親衛隊の一人である、青葉シゲルという好青年がついていたりする。

アルバイト募集誌を見て電話してきた青葉を、メグミが雇い入れたのだ。

就職してすぐ南の島のジャングルでシンジの経営する民間軍事企業の訓練を受けたが。

そのせいでなにやら頭のネジが外れたのか、盲目的にメグミを狂信するようになったが、たいした問題ではない。

「そう、じゃあ、今日からよろしく、山岸さん。」

「は、はいっ。……よろしくお願いします。」

ペコリと頭を下げるマユミに、サトシが「若いっていいねぇ。」等と呟いていたが、何が気に障ったのかメグミに殴打されていた。









































「それにしても、学校の警備をどうしたものかなぁ。」

今のところ、学校のシンジへの警備状況はメグミ指揮下のシンジ親衛隊総勢15名だけだ。

メグミは自分の警護を持っていないし、親衛隊だけではシンジを守るだけで精一杯だ。

マユミがシンジと常に行動を共にできるのならば、まだ守ることもできるだろう。

だが、マユミは女で、シンジは男である。

常に一緒にいるなど不可能であることは明らかだ。

守りきれないなら、守るものを増員するしかない。

「訓練中の者は?」

「すでに訓練終了後の役割が分担されています。変更する場合は各方面に不具合が出ます。」

淡々とメグミが受け応える。

「なら新しく傭兵を雇える?」

「めぼしい人材はすでに雇用済みです。それに加え、希望水準まで能力を高めるには時間がかかりすぎます。」

「ふぅ、ままならないものだねぇ。」

執務付けに身体を預け、シンジは身体から力を抜いた。

現在マユミは休学中ということになっており、碇家邸宅でメグミの選んだ家庭教師に勉強を教わっている。

もちろん、バイオナノマシンの影響でそのスピードは凄まじいものであり、すでに中等教育にまで進んでいる。

だが、何時までもマユミを家の中に閉じ込めておきたいとはシンジは思わないし、自分だけ学校に行こうとも思わない。

実際、マユミと共にシンジも学校を休学している。

「………戦自に、トライデント部隊とか言うの無かったっけ?」

「戦略自衛隊の特殊部隊ですね。確かに存在しますが、少年兵の部隊だったと記憶しています。」

「学校に送り込むにはうってつけだと思わない?」

「錬度に問題があります。孤児を集め、物心付く前から訓練を施したとは言え、所詮は子供です。」

「でも、数はいる。少数精鋭にこだわる必要は無い。」

「了解しました。ですが、2ヶ月の訓練期間をください。能力の底上げをします。」

「わかった。政府と戦自には僕が話をつける。」

「アポイントメントを取っておきます。」





















「と、言うわけで、君達は戦自から解雇となり、碇財団保有の民間軍事企業に所属を移すことになる。」

シンジは100名を超える少年少女たちの前で、声高らかにそう言い放った。

訓練中に整列させられ、何事かと思えば、スーツを着込んだシンジが言い放つのだ、少年兵達は騒然となる前に唖然としてしまう。

先に衝撃発言から理性を取り戻したのは、彼ら少年兵の教官たちだった。

手塩にかけて育てている少年兵を横から奪い取られるのだ、黙ってなどいられない。

「おっと、これは戦略自衛隊どころか、政府も認めていることですよ。」

掴みかかろうとする教官を、メグミが遮りシンジが口で押しとどめる。

「ふざけるなっ! こいつらを育てるのに幾ら掛かっていると思っているんだ!」

「充分な代価は支払っています。彼らはすでにあなたの部下ではない。」

歯を噛み鳴らし、鬼気迫る表情でシンジを睨み付ける教官を、シンジは、そしてメグミは冷めた目で見つめていた。

「だまれっ! そんなことは知ったことかっ!」

「程度が低い。ボキャブラリーが少ないですね。」

怒り狂う教官を、シンジは嘲笑さえ浮かべて見つめていた。

「貴様っ!」

言い放つや否や、メグミを押しのけシンジに殴りかかろうとした教官だったが、その前に宙を待っていた。

肩をつかまれたメグミが、その手を取り、手首の返しと体重移動だけで投げたのだ。

コンクリートの地面に背中を強かに打ちつけた教官は、激痛に一時的に呼吸することができず、咳き込んだ。

そんな教官を見下ろしていたメグミが、懐から取り出した自動拳銃で追撃の銃弾を叩き込む。

それはあってはならない事だった。

戦略自衛隊の基地の中で、外部の者による発砲。

腹部に銃撃を受けた教官は身体を痙攣させて呻き声を上げている。

反射的に銃を抜いた他の教官だったが、銃口を向ける前にメグミの構えた銃に牽制され、動きを制されてしまった。

「非致死性のゴム弾です。まぁ、死ぬ事は無いでしょう。」

ゴム弾とはいえ、当たり所が悪ければ致命傷にもなりうるのだが。

「あなた方好みの言葉に直すなら、彼らを僕に引き渡すことは、上からの命令なのです。命令には従うべきでしょう?」

命令と言う言葉を出されては、軍人である教官たちは何も言い返すことはできない。

「銃を撃ったのは行き過ぎかも知れませんが、むしろ素手でなかった事に喜ぶべきですよ。僕でも、彼女でも、素手で本気で殴れば十分にあなた方を殴殺できますから。」

ゴム弾の装填された銃を撃つのは、手加減である。

バイオナノマシンで強化された肉体を持つ二人ならば、その拳の一撃は一発の銃弾を上回る。

蹴りならばさらに威力は増すだろう。

二人は人間ではなく、むしろ存在するだけで危険な怪物であると言える。

いや、バイオナノマシンという作られた存在からすれば、兵器と呼ぶべきか。

実際、シンジはバイオナノマシンを再設計し、兵器転用すら考えているのだ。





















数台のバスに分けられて移動させられた少年兵、いや、元少年兵達は碇財団所有の施設にいた。

大型貨物用のエレベーターで地下へたどり着いてみれば、無駄に広い空間へとたどり着いた。

それこそ広さは彼ら元少年兵達が訓練していた基地のグラウンド並みにある。

そこにズラッと並べられたパイプ椅子。

アナウンスの指示に従い各々パイプ椅子へと座っていく。

『これより、昇進面接試験を行う。』

全員が座った頃合で告げられた、アナウンスの言葉がこれだ。

『入社したての君達は、階級は最下層。つまりは新兵だ。君達を一つの纏まりとして指揮するため、君達の中から代表を選出する。』

と、言うわけで、面接らしい。

ちなみに、指揮官ではなく代表と言っているのは、子供に部隊指揮を任せるほどシンジ達が愚かではないからだ。

彼らの指揮官には、筋骨隆々の歴戦の兵がつく事になっていたりする事を、彼らは知らない。

気が付いたら最前列のパイプ椅子に座っていた霧島マナは、隣に座る友人の様子を伺った。

性別こそ違うものの、気の会う友人である浅利ケイタとムサシ・リー・ストラスバーグ。

なよっとした少年と、正直暑苦しい少年だ。

二人に釣られて最前列に座ってしまったが、こんなことなら女友達と一緒にもっと後ろに座ればよかった、そう思うマナ。

最前列ともなれば、面接官の目の前になってしまうではないか。

まるで自分は関係ありませんとばかりに、暢気に欠伸をしているムサシの横っ面を殴りつけてやろうかと、本気で悩むマナ。

そんな時、マナ達が入ってきたものとは別の入り口から、一人の少年が部屋の前、一段高くなっている位置に現れた。

なにやらゴテゴテとした服を着こんでいる姿を見て、マナは背筋に電流が走ったような錯覚を覚えた。

まさか、あの服は。

少年は何を語るでもなく、壇の中央のやたら豪華な椅子へと腰をおろす。

マナの脳内でいくつものキーワードが組み合わされていく。

地下、兵士、壇、椅子、上司、そして階級とは役割。

「ハーイル、イル○ラッ○ォー!!」

パイプ椅子が倒れるのも気にせず勢い良く立ち上がり、マナは大声で叫んだ。

言わねばならぬという、なにやら義務感のようなものに後押しされて、叫んだのだ。

マナにしてみれば、今やらねば後悔する、とでも言うべき行為だが、他の者にしてみれば奇行以外の何ものでもない。

当然、マナの行動の意味を知っている者もいたが、普通こういう時にやるか? などと考えている。

唖然とする一同に、静まり返る空間。

「(は、はずした?)」

マナは集まる視線への羞恥心でちょっぴり頬を赤く染めつつ、手は挙げたままで固まってしまった。

これ以上の動きを見せれば、何かが終わってしまう。

おもに、親しい人達との友情とか。

変人扱いされて石を投げつけられるのは、さすがのマナも嫌だった。

「bsPC−026、霧島マナ。戦略自衛隊所属時の階級は三等陸士。」

ちなみに、戦略自衛隊の階級についてだが、所属する部によって呼び名が違う。

これは戦自の前身である、陸・海・空のそれぞれから引き継がれているもので、トライデントが陸上軽巡洋艦である事からもわかるように、彼らは系統的には陸上自衛隊の後進であると言えよう。

それ故に、元少年兵達の階級は陸士である。

ちなみに、三等陸士および海士や空士は、少年自衛官に与えられう階級である。

年齢にこそ問題はあるものの、彼らも少年自衛官に当たり、この階級を与えられているのである。

「は、はいっ!」

背筋を伸ばし、挙げていた手をそのまま引き寄せ、敬礼するマナ。

既に敬礼の格好は一人前の粋にある。

当然だが、敬礼が不恰好だと教官達の不評を買い、とてもつらい目にあったりした経験からだ。

おもに、グランド10周とか。

「合格。四階級特進により、本日付をもって貴官を軍曹に任命する。」

はぁ?

それが、いっせいに少年少女達が漏らした言葉だった。

軍曹と言えば、殆どの人は大して高い階級ではないと考えるかもしれないが、彼らにとっては四階級も上、空の上の階級だ。

ちなみに、尉官以上は宇宙のかなただ。

それがあの奇行により、なぜか軍曹任官。

顎が外れんばかりに驚愕しても、おかしくはないのだ。

「第二問、此処に縄があります、引くとどうなるでしょう。」

既に面接ではない。

呆然としているマナを放って置いて、面接? は続行される。

反射的に手を挙げたのは、マナの隣に座っていたムサシだった。

彼は幸か不幸か、その結果を知っていた。

ぶっちゃけ、マナから借りた漫画で知っていた。

「落とし穴っ!」

「正解。ついでに合格。bsPC−068、ムサシ・リー・ストラスバーグ。三階級特進により、本日付をもって貴官を伍長に任命する。」

伍長はマナの就任した軍曹の一つ下の階級である。

数時間前までは、夢にも思わなかった三階級特進に、ムサシは喜んでいいのかどうか微妙に混乱している。

「第三問に行く前にっと。」

くいっ、とシンジは天井から下がっていた荒縄を引く。

どういうからくりか、ムサシの座るパイプ椅子の下の床がポッカリと開き、落とし穴となってムサシを更なる地下へと招き入れる。

「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………。」

「何で私までぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………。」

ついでにマナの下の床も抜けていた。

何が"ついで"なのかは永遠の謎だ。

『我々は平凡な兵士など必要とはしていない。』

アナウンスの声は、どこか楽しそうなメグミのものだ。

『諸君らが非凡である事に期待し、各人個性を見せろ、以上。』

ぶっつりと切れるアナウンス。

ちなみに、この方針にシンジは反対した。

個性が強いと言う事は、我が強いと言う事であり、変人と断ぜられる確率が高いと言う事だ。

変人は嫌だ、変人はもう要らない、変人と関わり合いたくない。

シンジはそう言ったが、その言葉は蟷螂の斧、祖母であるユリのゴリ押しで決定されてしまったのだ。

『個性のない人はいくらいてもつまらないでしょう?』

『面白いとかそうでないとか言う前に、胃に穴が開きます。』

ユリが年齢をまるで感じさせないしぐさ――首をちょこんと傾げて見せた――でシンジに問いかけたときの、応答である。

ちなみに、シンジの血の涙を流すような言葉は、

『開いてもすぐ治るじゃない。』

とにこやかな笑みと共に返された言葉で一蹴された。

実に尤もな言葉だが、孫にかける言葉でないことは確かだ。

「第三問以降は、椅子の下にあるスイッチを押して応えてもらう。」

そう言われ、あわただしくパイプ椅子の下を見ると、確かにスイッチが置かれている。

クイズ番組で使いそうなやつが。

「あの……よろしいでしょうか?」

一人の少年が勇気を振り絞ってお伺いを立てる。

「なにか?」

「これって………面接じゃないんですか?」

「常識は捨てろ。胃に穴が開くぞ。」

壇上に座るシンジの言葉に、顔を引きつらせる質問者。

ついでとばかりに、シンジは咳を一つして言葉を続ける。

「問題の正解者は昇格が認められる。さらに、特に際立った個性を見せたものを、厳正な審査のもと判定し、MVPを送る。」

なんだ、MVPって………。

混乱のきわみにある少年少女達を無視し、シンジは次の問題に取り掛かる。

ちなみに、マナとムサシの親友たる少年、浅利ケイタは先ほどポッカリ開いた穴の底に向かって二人の名前を呼び続けている。

既に昇格とか、面接とか、問題とかは頭にないようだ。

「え? あぁ、はい。bsPCー02、浅利ケイタ。三階級特進により、本日付をもって貴官を伍長に任命する。」

「へ?」

なにやら耳につけたイヤホンからの声に従っている様子のシンジが告げた言葉に、ケイタは名前を呼ぶのも忘れて顔を上げた。

どうやら、彼の行動は個性と認められたようだ。

「資料によると、君は霧島軍曹、ストラスバ−グ伍長の親友だそうだね?」

「は、はい……。」

ケイタは、急に問われ、慌てながらも答えたが、内心は心底恐怖していた。

まさか、やめてよ、いやいや、そんなはずは………でもこのノリからすると……。

ケイタの心情など露ほども知らずに、シンジはパチンと指を鳴らした。

するとどうだろう、二名の野戦服姿の屈強な男が現れ、ケイタの両脇を抱え挙げたではないか。

「へ? へ? あれ? もしかして……、やっぱりそういう事?」

「今まで通り、三人仲良くするように。」

強引に二人の男に椅子に座らせられたケイタ君。

彼の予想通り、シンジは至極あっさりと天井から下がる荒縄を引いてくれましたとさ。

「こんな事だと思ったよぉぉぉぉぉぅぅぅぅ…………。」

恐怖の面接? は続く。









































恐怖の元少年兵受け入れ騒動から二ヶ月。

既に年は明け、2012年になっていた。

「は〜いる、シ〜ンジ〜♪」

シンジの通う学校校門前で、元気良くちょっと人が引くようなことを言ってのけたのは、元少年兵達の代表役に納まった霧島マナだった。

何が気に入ったのか、それとも落とし穴に落とされた事の影響なのか、マナはシンジへの挨拶をこういったものにしていた。

もっとも、

「おはようっ、シンジ君。」

わざわざ、二回目の挨拶を満面の笑顔で言うのだから、彼女自身も詳しく考えてやっていないのかもしれない。

ちなみに、代表役として軍曹になった彼女だが、二ヶ月の訓練期間を経て、何故か曹長になっていたりする。

マナをはじめとする元少年兵達の階級は、基本的にシンジが気分で決めているので、上がる事も有れば突然下がる事もあったりする。

ムサシなど、ロ○ット三等兵などと言う謎な階級に降格した事もある。

原因は目つきが厭らしいと言う少女達の嘆願ゆえだったが、その事は本人には告げられていない。

青少年のガラスのような心を守るための処置であるが、それ故に時折嘆願書が届き、降格する事があったりするのも余談だ。

「おはよう。」

「今日も図書館に行くの? 私も行って良い?」

「別に良いよ。」

こんな事をわざわざ言う必要性はないのだが、名目作りは必要、だとマナは拳を握り締めながら語る。

マナはシンジの護衛であり、常にシンジについている必要がある。

無論、男子もシンジについているが、トイレ以外はマナがシンジについている。

代表役の権限を自在に使いこなし、人気ある役割をマナは強引に掴み取ったのだ。

何しろ、元少年兵の少女達からすれば、シンジは超が付くほどの有料物件だ。

容姿良し、財力良し、将来性良し、性格良しとくれば、少女達は色めき立った。

思いっきり玉の輿目当てだが。

親に見捨てられたり死に別れたりした幼児時代。

気が付けば戦略自衛隊にいて、訓練訓練また訓練の毎日。

ああ、なんて不幸なんだろう。

彼女達は、いや男子も含め元少年兵の誰もがそう思っていた。

確かに食事は出る、将来性もあるといえばある。

だが、戦う事を強要されて、幸せだと胸を張っていえるだろうか。

言えるほど、彼らは愚かではなかったし、正しい物の考え方を身に付けもしていた。

だからこそ、目の前の幸せへの切符を逃してなるものかと、躍起になっているのである。

ちなみに彼女達は知らない。

シンジには最狂のマッドサイエンティストたる母や最兇の祖母がいる事を。

自分達と同じく、シンジが将来戦う事を強要されている上に、改造までされている事を。

無知は罪かもしれないが、むしろ知らない方が幸せであるという場合もあるということを示す、格好の例である。

ちなみに、100名を超える少年少女が一斉にこの学校に転入してきたわけだが、さほど問題はおきなかった。

クラスが増えたりしたぐらいであり、皆学校に溶け込み、むしろ優秀な成績を残しているぐらいである。

毎日の訓練により、スポーツ万能。

高度な教育システムにより、彼らの知能は高い。

むしろ、学校のレベルを引き上げるいい生徒である。

授業に出ないシンジに付いているマナにしてみても、図書館で勉強したりもしているので、成績は上位だ。

護衛を担当していないときは、普通に生徒として生活しているので、彼らにしても満足しているといってもいい。

「お茶が入りましたよ〜。」

渡瀬ユウカがお盆に紅茶セット+お菓子を乗せてシンジ達の座る机へと運んできた。

ちなみに、学校の時間割で言うと二時間目あたりだが、気にするものは一人もいない。

「ありがとうございます。」

丁寧に頭を下げて、マユミがユウカに礼を言った。

バイオナノマシンをその身体に取り込んだマユミは、苦痛に感じるクラスにいるより、安寧を得られるシンジのそばにいる事を優先している。

尤も、マナへの牽制と言う意味合いも強いのだが。

実は、マナもバイオナノマシンに感染していたりするのだから。

それは、マナ達が転入してきて間もないころだった。

偶然が重なり、大量に発生した仕事をシンジが徹夜で片付けた日だった。

本を置き、静かな寝息を立てていたシンジ。

ちょっとマユミが席をはずした隙に、マナはシンジの唇を掠め取ったのだ。

ちなみに、それは監視カメラを見ていたメグミ直属のシンジ親衛隊に所属しているS.A氏からメグミに伝わり、二ヶ月ぶりの嵐が図書館に吹き荒れた。

すぐさま車を手配し、マナとマユミをつれて碇家の研究施設へと向かうシンジとメグミ。

やっぱりというか、当たり前というか、バイオナノマシンは感染していた。

マナは悲しむどころか、シンジに近しい存在になった事を喜んでいた節があった。

正確に言えば、シンジのファーストキスを掠め取った事を喜んでいたのであって、マユミは酷くその様子に嫉妬心をかきたてられていた。

ちなみに、メグミも不機嫌だったとか何とか。

シンジも、こうなってしまったものは仕方がないと、特にマナを責めたりはしなかった。

ファーストキス云々も、好かれる事は良い事だと思っているので、何も言いはしない。

だが、マナは知らなかった。

というより、シンジすら知らなかった。

とっくに、シンジのファーストキスがユイの唇によって奪われている事を。

シンジの唇の初物という、至極重要なものを、シンジLOVEの旗を掲げたユイが放って置くはずがないのだ。

シンジは幼すぎて覚えていないが、生後一年に満たぬころに、事は行われている。

余談だが、それはとてもディープなものであり、シンジは酸欠で失神させられたという。

ユイは誰よりも先に、それこそ生まれるより早くシンジを愛しており、誰よりも早く行動を起こす女なのだ。

ちなみに、初めての同衾や、初めての一緒にお風呂、なども当然ユイが独占している。

親なのだから、そう言ったことをするのは当たり前という人もいるかもしれない。

甘い、甘すぎる。

ユイに親という意識など殆ど無い。

シンジを生むと決めたその日から、ユイはシンジを生涯の伴侶と定めていたし、少女のように盲目な恋心を抱きもした。

ユイが感じた親としての意識といえば、シンジがまだお腹の中にいた頃や、生まれた時の陣痛などである。

ユイにとってのシンジは、生まれたその日から、いつか自分の隣に立つ男なのである。

当然、同衾も、一緒にお風呂も、果てはベビーカーを押しての散歩も、恋愛の一環のようなものなのである。

ちなみに、彼女の暴走っぷりを知っていたのは、毎日のように送られてくる息子自慢のメールに辟易していた惣流・キョウコ・ツェペリンぐらいだったりする。

何故かユイと親友になってしまったばかりに、メールを送られたキョウコ。

仕事の連絡かと思えば息子自慢。

今日は研究の事だと思えば息子自慢。

今日こそは仕事の事だと思ったのに、やっぱり息子自慢。

キョウコは毎日のメールにノイローゼになったとか。

果たしてユイに勝てる者はいるのだろうか!?

おっとりしてシンジを立てるマユミか。

虎視眈々とシンジの操を狙うマナか。

ずっとシンジを支え続けるメグミか。

それとも、まだ見ぬ誰かなのか。

シンジ争奪戦はまだまだ始まったばかりである。





これが、後の永世世界大統領碇シンジの左右を守る少女達の、誕生秘話である。











To be continued...


(あとがき)

はい、麒麟です。
さて最初に一言、電波が足りない。
文量は増えてきましたが、シリアスが多すぎる気がします。
マユミさん、ボケてませんよ? もうちょっとボケてもらわないと、Toy boxでも目立てないという悲劇が。
はっちゃけたユイさんを希望する方が多いので、オチはユイさんで。
歪んだユイの恋愛感。そして愛情。
迷惑をこうむったのは、キョウコさんでした。
ユイさんと違って、キョウコさんはまともな人です。ユイさんがボケで、キョウコさんがツッコミ。
ナオコ女史は二人のマネージャー?
えぇっと、マナ登場。(言うの遅いなぁ。)
一応、ヒロイン二人目確定、という事で。
マナは最初は思い切り玉の輿目当てでシンジに接していました。
ちょうど、鋼鉄のガールフレンドのスパイ活動に当たる行動ですね。
それで、まぁ、やっぱりマナはマナだったという事で、ミイラ取りがミイラになりましたとさ。
天井から垂れる綱を引いて落とし穴起動、今回はこれがやりたかっただけの話かもしれない。
ちなみに、副題の『碇家暴走愚連隊』とは、少年兵達です。
決して、シンジに関わる女性陣ではありません……………そのはず、です………たぶん。
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