新世紀エヴァンゲリオン Toy box

第四話 ドキッ! 変人だらけの学生時代

presented by 麒麟様


 

 

 

 

 

 

今日も今日とて、碇シンジは資金繰りに奔走していた。

株・不動産で儲けつつ、民間軍事企業で犯罪組織の資金を搾り取り、リゾート地を開発したりと、日々忙しい毎日だ。

だからだろう、彼が"ある事"を忘れてしまっていたのは。

暦は3月だが、燦々と照りつける日差しが、日本が四季を失った事を思い知らせる晴れた日の午後に、シンジは呟いた。

「………学校、行くの忘れてた。」

2009年、四季を忘れられぬ者にとっては、春の季節の事だった。

シンジの指す学校とは、シンジ自身がいつのまにか理事長を務めるはめになった、岸本メグミが立案した小学校から大学院までのエスカレーター式学園の事である。

莫大な資金がつぎ込まれたこの学園は、実に豪華絢爛であり、メグミが作り出したシンジの資金による、シンジのための学園なのである。

本来なら、小学校の一学年が終了しようと言う時期である。

仕事にかまけて義務教育すっぽかしているのである、この少年は。

メグミがシンジのために心血注いで構想した学園だと言うのに、恩を仇で返すような仕打ちだ。

尤も、メグミ自身もこの一年シンジには一言も通学に関しては告げなかった。

シンジの意思を最優先するメグミらしい計らいだが、シンジとしては知らせて欲しかったところである。

せっかく巨額の資金を投入して造り上げた、自分のための学園なのだ。

幾ら他の者も通っているとは言え、自分のための学園に自分が行かなければ、大切な資金をドブに捨てたのと同じ事だ。

最近、金の亡者と化し始めているシンジにとっては、そのような愚行を許すわけにはいかないのだ。

だが、小学部で言うところの三学期、一年度の終わりの今から通い始めても、大して意味は無い。

"転校生"と言う名目で入学しても、この時期では目立つだけである。

よって、シンジは決断した。

「学校は、来年度からにしよう。」

サッサと思考をを切り替えて、資金を増やす事に専念するのであった。

ただでさえシンジには最近頭を悩ませる事項が多いのだ、この程度の事でいつまでも悩んで入られない。

いや、この思考の切り替えの早さもバイオナノマシンが脳に影響を与えた結果なのかもしれない。

生まれてから八年弱、いや"創り出されてから"と言い換えた方が適切だろうか。

兎も角、その短くも長い年月の間で、シンジは日々進化を続けている。

そのシンジの頭痛の種の一端が、つい数ヶ月前のリツコの発表である。

今現在人類進化研究所ゲヒルンから、国連非公開組織、特務機関NERVへと名を変えた組織へと"出向中"のリツコが残した爆弾発言。

その発言は実にシンジを悩ませるものであり、具体的に言うと、胃が痛くなるものだ。

大学まではMAGIを完成させた母の後を継ぐかの様に、情報関連技術に傾倒していたリツコであるが、シンジの存在を切欠に、遺伝子工学へとその食指を伸ばした。

メディカルチェックと言う誰にでもわかるような名目で、シンジの血液を採取したリツコは、食事や睡眠の時間すら惜しんで研究に取り組んだ。

視察に訪れたシンジが、そのリツコの目の下の隈に驚いた事さえあったほどだ。

シンジがユイの遺言を読んだ後に手に入れた、バイオナノマシンなどの情報も含め、リツコは日々研究を進めていった。

その結果、彼女はある意味で、人類の革新というべき一端に触れる事になったのだ。

シンジ、そしてユイが実現し、そして第三の実現者となったリツコ。

その革新の名を、"不老不死"と言う。

初めシンジがその事をリツコから告げられた時、驚きと呆れで口が塞がらなかった。

リツコはシンジから採取した血液からバイオナノマシンを取り出し、ラットによる実験などを始め、様々なデータを取ってきた。

そして遂に、禁断の領域へと進んでいったのだ。

詰まる所、人体実験。

人体実験とは言っても、不特定多数に実験するわけにはいかない。

財団の一研究機関として真っ当で在らなければいけないのは当然であったし、外聞と言うものも在れば、自身の良心と言う物もあった。(あったのか?)

それ以上に重要なのは、"万が一にでも不用意に実験が成功してはいけない"からである。

実験の成功とは、すなわち第二の碇シンジを創り出す事を意味している。

不老不死であり、何処までも貪欲に進化を繰り返す者。

そのような存在は、シンジにとっては邪魔でしかないし、そのような存在を創り出してしまってはシンジもリツコを許しはしないと判っていたからである。

ただでさえ母親の存在に悩み苦しめられたりしているシンジだ。

その行動の邪魔となる存在が現れては、母の言いつけを守れないどころか、情けないともっと改造されてしまうかもしれないのだ。

以上の理由のため、リツコは人体実験にはなかなか踏み切れずに居た。

だが、彼女が言うには"素晴らしいひらめき"、シンジが言う"悪魔の囁き"のため、彼女はその最後の一歩を踏み出す事になる。

リツコの行った手段、それはバイオナノマシンを自身の身体に投与する事だ。

それがどのような結果を及ぼすかは、未知数な部分もあり、不安材料など満載であった。

だが、実際に動物実験も終了しており、実験的には人体に投与しても問題ないと言う結果も出ている。

無かったのは、人体投与の前例の情報である。

シンジ自身は既にバイオナノマシンを持って生きる存在であり、あまつさえ投与された当時の記録は残っていない。

人間にとって、特に科学者にとっては、前例がないと言うのはとてつもなく恐ろしい事なのだ。

それでもリツコが一歩を踏み出したのは、彼女が彼女であるがゆえであった。

何かしら母親であるナオコと比べられていたリツコは、母親と言う科学者に対して大きな劣等感を抱いていた。

それはコンプレックスと言う形で彼女の心の奥底で降り積もり、次第に肥大していっていたのだ。

それが爆発した形となり、母を超えたいと言う一心が、リツコの背中を押してしまったのだ。

結果として、実験はリツコが望む結果を導き出した。

詰まるところの、バイオナノマシンによる不老不死化であり、日々進化する肉体である。

自分で自分の肉体を調べ、日々悦に入るリツコに、周りの研究者は普通に引いていた。

リツコの研究室殻聞こえる笑い声、どうとっても怖い、怖いとしか言いようが無い。

"オホホホホ"、などという声を聞いたリツコの研究室前の通路を通った女性研究員は、一目散で逃げ去り、その恐怖のあまりの涙で、化粧が崩れてしまったと言う。

なかには研究室から甲高い猫の鳴き声を聞いたと言う男性職員もいる。

シンジが研究結果を聞きに行くのが遅れたのも、そんな不気味な噂に腰が引けたからに違いない。

「は?」

シンジがリツコから実験結果、そしてどのように実験をしたかを聞いたときの第一声である。

マッドに囲まれたシンジも、まさか此処まで予想の斜め上を行くお馬鹿な奇天烈な科学者がいるとは思わなかったのだ。

いや、ユイという前例もいるにはいるのだが、ユイは何かと奇抜すぎて前例になりえないし、シンジもできるだけ考えないようにしている人物なので、そういう前例はないものとして考えていたのだ。

自分の肉体を人体実験に用いたことを、むしろ自慢げに語るリツコの姿に、シンジは頭を抱えずにはいられなかった。

「それで、どのような事がわかったんですか?」

「まず、バイオナノマシンを投与された者が様々な方法による死に免疫を持つ事は、立証されたわ。」

リツコは次々とデータを出し、シンジに説明していく。

なかには、バイオナノマシンを投与されたラットに、致死量の毒ガスを吸わせるものもあった。

吸引当初は毒ガス本来の効果を受け、仰向けになって痙攣していたラットであったが、一時間もしないうちに元通り走り回るようになり、二度目からは"毒ガスの中を走り回るようになった"。

シンジはその観察映像を見て、自分もああなるのか、と至極鬱になった。

「破壊率が肉体の9割を超え、ほぼ10割となれば、バイオナノマシンでも治すのは困難みたいね。ラットは死に至ったわ。」

その言葉にシンジは、通常可笑しいが、死と言う希望を見出した。

元々押し付けられた不老不死と言う名の無限地獄だ。

それから逃れられる死とは、シンジにとって希望以外の何者でもない。

「尤も、そのラットは全身を切り刻み、回復前にプラズマ焼却処分してようやく、と言ったところね。時間を置いてから、ちなみに時間にして約120秒よ。そうして焼却処分したラットは、炉の中で回復していたわ。」

希望を抱いたシンジは、一気に絶望を突きつけられた。

ラットでそれなのだ、自分が如何に死に難いかを突きつけられたようなものだ。

「おまけに、このバイオナノマシンは投与されたものの防衛本能を高める性質もあるようね。切り刻む時に何度も噛み付かれたわ。」

とどめだった。

シンジが望む望まぬにしろ、シンジの肉体は本能的に死から遠ざかろうとするのだ。

「次に、これを見てもらえるかしら。」

リツコが見せたのは、一枚のレントゲン写真であった。

「……僕の記憶が正しければ、人間の心臓は"一つ"だったよね?」

「ええ、そうよ。」

映し出されたレントゲンには、心臓らしき影が二つくっきりと映っているのだ。

「これは私のレントゲンだけど、従来の位置にあるのは、元々の心臓ね。もう片方は、バイオナノマシン投与後に新たに生成された臓器よ。」

そこまで言って、リツコはシンジに別のものを見せた。

バイオナノマシンを培養槽に入れた観察映像である。

初めは、単細胞生物のように分裂して自己増殖していたバイオナノマシンだが、一定数揃ったところで、バイオナノマシン同士が結合し始めた。

その形は実に心臓のものに酷似しており、レントゲンの影がこれである事を告げていた。

そして、本来血液を輩出する部分からは、新たにバイオナノマシンが出現し始めている。

「言ってみれば、バイオナノマシンの生成工場ね。これのおかげで、肉体は状況に合わせてバイオナノマシンを補給し、老化を防いだり、傷を癒したりする事ができるのよ。バイオナノマシンの生成速度を向上させ、さらには生成速度を安定、調整する働きもあるわ。」

つまり、この"第二の心臓"のおかげで、死に難くなっている、あるいは死ななくなっているという事だ。

この発見は、シンジに体内の異物を自覚させると同時に、自らの弱点とも言える組織の存在を自覚させた。

"第二の心臓"を破壊すれば、自然、回復スピードは遅くなるという事だ。

これまでの報告で、シンジは自分自身が"完全な不老不死"でないという事を確信した。

ユイは不老不死と言ってはいたが、それはあくまでも自然死に対してのみだ。

老衰や病死などは、確かに無いだろう。

だが、"殺される事はある"という事が、リツコの研究で確立された。

尤も、この死に難い生命を、本当に殺す手段があるのか、と言う事に、シンジは自身を持つ事はできなかった。

何しろ、バイオナノマシンが与える強烈な死の免疫は、二度と同じ死は許さない。

確実に一度で殺せる手段、それも即死させるものでなければ、たちまち回復してしまう可能性は十分にあるのだ。

さらに、この後のリツコの発表で、さらに強固な"防衛手段"が明らかとなったのである。

「バイオナノマシンを人体、というより生物に投与した場合、投与されたものはホストに対し隷属する事が明らかになったわ。」

「……つまり?」

「バイオナノマシンの大元である貴方を、親か何かだと、私の中のバイオナノマシンが判断しているんでしょうね。本能的にストッパーがかかり、貴方に対する害意を喪わせるわ。貴方にとって良かれと思う行動を優先するように意識改革が起こり、咄嗟の時には肉の盾になるでしょうね。」

リツコはひどく冷静に、自身の変化を語って見せた。

その態度は、変化に対し怯えるどころか、むしろ誇らしさを漂わせるほどだ。

「詰まるところの隷属。貴方に対して奉仕し、貴方が望むならそれを自身の利害を放り出しても最優先。奴隷、という事よ。」

シンジは本当に母を呪いたくなった。

同時に、それができない事も、それが出来ぬ理由も理解できた。

何故母であるユイの意思にそむく事ができないか、シンジは今の今までそれが恐怖ゆえだと思っていた。

だが、それは違った。

シンジ自身、"母体であるユイに隷属している"のだ。

だが、それを自覚しても不快感は然程生まれない。

恨めしい、とは表面的に考えても、心の底から憎いとは思えないのだ。

むしろ、隷属する昂揚感すら心から沸きあがってくる始末である。

然程ショックを受けない自分自身の在り様にショックを受けつつ、シンジはリツコの言葉の先を無意識のうちに聞いていた。

「バイオナノマシンの伝染、いえ、むしろ感染と言った方が良いかしら。感染の方法は、体液交換や性交渉、血液の輸血なんかもありうるわね。ある程度の条件さえ揃えば、握手程度でも感染の可能性はあるわ。」

「……感染を防ぐ方法は?」

「バイオナノマシンは貴方が望む進化をするのでしょう? 感染を望まないと貴方が望めば良いのではなくて?」

確かに、その通りだった。

進化の方向性を決めるのは、肉体の主であるシンジ自身なのだ。

「後は、誰かとの交際時はプラトニックになるとか、献血は生涯しない、とかかしら。」

大変ね、とリツコは他人事のようにシンジに告げた。

バイオナノマシンを自らに投与したリツコにも、今の事は言えるはずである。

だが、シンジがそう言うのに対し、リツコは首を振って応える。

「私は既に貴方に隷属しているわ。私が誰かを感染させても、その隷属は私を通り越し貴方の物へとなるでしょうね。」

つまりは、鼠算式に隷属する者が増えていくという事だ。

だからマルチ商法は嫌いなんだ、と何処か的外れな発言をするシンジに、リツコは苦笑して応えて見せた。

「私は誰も隷属させる気は無いわ。献血なんてした事はないし、これからもしないだろうしね。恋愛にも大して興味は無かった。………はずなんだけどね。」

「………はず?」

思わず鸚鵡返しで聞き返すシンジ、どうも、嫌な予感がするのだ。

「隷属した場合、それが異性であるのなら、恋愛対象が固定されるみたいね。バイオナノマシンが脳内物質を操作して多幸感を与えているんでしょうね。同性であった場合はまだわからないけど、異性である場合は、そうなるみたいよ。」

そういって、少し恥ずかしげに頬を赤らめて見せるリツコ。

大人の艶やかさがあり、何処か初心な少女のような面も見せるその姿。

シンジはバイオナノマシンの厄介さに、息が詰まる思いだった。

ただ単純に隷属させるならばまだしも、人の精神すら操り、隷属させる。

当然恋愛感情とは、元々他人との関係に特別なものを含ませるものである。

隷属させるには持って来いといった感情なのである。

「自分で言うのもなんだけど、元々恋愛感情に乏しかった私でも、この状況よ? 思春期の子を隷属させたりなんかしたら大変ね。」

シンジはリツコがどの程度の状況になっているのかはわからないが、確かに大変そうだとは理解した。

同時に、これ以上隷属させないよう務めようとも覚悟した。

だが、その覚悟を台無しにするような人物が、シンジの後ろには控えているのである。

「博士。私もバイオナノマシンの投与を希望します。」

シンジの後ろで至極冷静に話を聞いていたメグミの発言である。

「あの、メグミさん? 話、ちゃんと聞いてた?」

あまりの発言に、シンジは思わずそういってしまった。ちなみに、なぜか敬語チックだ。

「勿論です、シンジ様。私は常々シンジ様に仕えるため、様々な事をしてきましたが、これは正にその理想です。」

夢が目の前にあるんです、と語るメグミに、シンジは"目の前にあるのは悪夢だよ"とはどうしても言えなかった。

今のメグミは熱に魘されたように、純粋で、そこはかとなく怖いのだ。

「そうね、比較対象も欲しかったところだし。貴方が望むのなら、良いわ。」

良くありません、博士。

そんな事を言いたかったが、それ以上にうちから湧き出る感情に後押しされ、シンジは部屋を逃げ去っていた。

二人には何を言っても無駄なのはわかりきっている。

だから、だから少しでも、今この時の恐怖を減らしたいのだ。

逃げた? ええ、逃げましたとも。

シンジにそう言ったのなら、こう言ってくれるだろう。

「逃げて何が悪いんだ!! 怖いんだよ、実際に!」









































ちなみに、その数日後、リツコはシンジの命令でネルフへと出向して行った。

元々母の後を継がないかと、リツコに打診があったようだ。

だが、リツコ自身が「研究費用も碌にくれないところになんで行く必要があるのよ」と実にシビアな発言をして断っていた。

だが、隷属してしまってはシンジの命令には余計に逆らえない。

母の研究を踏み台にしてやる、と自分を納得させ、リツコは泣く泣く出向して行った。

無論シンジとて、ただ思いつきでリツコを出向させたわけではない。

リツコがメグミのような存在を増やさないか心配だったのは確かだが、それなりに理由はあるのだ。

それは、とある財団子飼いの諜報員の加持と言う男から寄せられた情報だ。

なんでも、NERVのファーストチルドレンと言う少女は、経歴が怪しすぎるとの事だ。

MAGI完成の少し前にゲヒルン所長、六分儀ゲンドウ(シンジが碇家に引き取られた際に戸籍から外された)が知人から引き取った少女らしい。

だが、その引き取られる前の情報が全くと言って良いほど無い。

さらには、加持が取得したファーストチルドレンの写真を見て、シンジは確信した。

綾波レイという少女は、自分に、そして母であるユイに似すぎている。

偶然、とも思ったがすぐに考えを改めた。

こんな条件が揃いすぎた偶然など、ありえるわけが無い。

そして考えた、この綾波レイという少女もまた、自分と同じなのではないか、と。

ゲンドウがユイのクローンを作った、とも考えたが、その考えは否定された。

確かにゲンドウ自身もある程度の実力を持つ科学者であるが、ユイの行っていたクローニングの研究についての資料は、全て自宅のユイの端末にしかなかったし、それはシンジ自身が破棄していた。

端末のパスワードも、遺言状に書かれていて初めて知ったものだ。

ゲンドウが知っていたとは考え難い。

一から研究したとしても、クローンはそう簡単に作れるものではない。

そしてシンジの辿り着いた結論は、綾波レイこそ、碇シンジの予備ではないか、というものである。

幾ら碇ユイとは言え、クローンを作るのなら何体かの予備を作っていたとしても可笑しくは無い。

つまり、彼女はシンジになり得たかも知れない存在であり、なりえなかった存在なのではないか、と言う考えだ。

それを偶然発見したゲンドウが引き取ったとか何とか言って、良い様にしているのでは無いかと考えた。

そこまで考えて、シンジは綾波レイという少女に、並々ならぬ関心を抱いている事に気付いた。

それもそうだ、彼女こそ自分と全く同じ存在、同じ感情を共有できうる存在かもしれないのだ。

地獄の中で同胞を得た気分だった。

あるいは姉か妹とも呼べる存在かもしれない、そんな甘い感情がシンジを満たしていく。

家族と言う存在は、シンジにとって何よりも変えがたい甘美なものだ。

あまつさえ、自分に最も近しい存在かもしれないという事が、シンジの興味関心を加速させた。

そう言う訳で、綾波レイの詳細を探るためにリツコは派遣されたのである。

リツコ自身も、シンジと同じ存在かもしれない綾波レイに関心を抱いていたのは事実である。

尤も、大学時代の友人であった加持が情報源である事から、胡散臭いなぁ、とリツコが思ったのも事実である。

ちなみに余談だが、加持は大学時代のリツコをリクルートした後に、リツコの伝を利用してシンジの財団に本人が接触してきたのである。

それなりに使えるかな、とも思ったシンジが雇い入れ、ストレス発散とばかりに民間軍事企業の訓練所に放り込んでやったのだが、かなり優秀になってしまったのはシンジの予想外の出来事だった。









































暦の上では春のある日、シンジは初めて小学校、もとい、学園の小学部に通うことになった。

移動時間の短縮のために寮生活も考えたが、祖父母との毎日の語り合いにかなりの魅力を感じていたシンジは、結局通学する事に決めた。

そして、転校生として初登校する事になった日、詰まるところの新学期の始業式。

小学部の講堂で、生徒達が集められる中、正面の教壇でメグミが熱弁をふるっていた。

一応理事と言う位置付けで、今日からは学校に毎日いる事になるのだが、彼女が教壇に上がった際には思わず頭を抱えたくなったシンジであった。

「第一に、シンジ様にはご迷惑をかけるな。これは校則ではない、至上命令だ。」

第一声からそんな事を言い出す始末である。

「き、岸本理事! い、いったい何を言い出すんですか!? だいたい、シンジって誰ですか!?」

「この学園の理事長であらせられる方だ。校長ともあろう者が、なんという事だ……。つまみ出せ。」

シンジの名を知らなかった校長に腹を立てたのか、メグミは指を軽快に鳴らした。

すると講堂の出入り口から黒いローブを纏い、フードで顔を覆った10名近くの人(?)が校長へと群がり、講堂の外へと強引に連れ出して行ってしまった。

「や、やめろっ! なにをする! や、やめ……。ショ、シ○ッ○ーめ。ぶ、ぶっとばすぞぅ!」

なにやら少年の頃の思い出でもフラッシュバックしたのか、校長は喚いていたが、恙無く運び出されていった。

「シンジ様にご迷惑をかけたものは、あの様になる。」

どの様になるのか実に興味深いものだが、怖くて聞けるものはいなかった。

一週間後に校庭の噴水前で発見された校長は、一ヶ月ほどノイローゼで入院した。

転入先のクラスで自己紹介した際、シンジの名を聞いた生徒どころか、教師にまで腫れ物を扱うようにされたシンジであったが、理事長ではないと言い張って、何とか普通に接してもらえるようになった………らしい。

それでも普通に接してもらえるまで一週間近く掛かっている所が、メグミの怖さの片鱗を思い浮かばせる一端である。

メグミの危険な発言や、疑心暗鬼と課したクラスメイトのせいもあって、シンジに心を許せる友人ができる事は無かった。

こうして、二年の月日が経ち、シンジも小学部の四年生に進級していた。

理事であるメグミが、シンジに何かと馬鹿丁寧に接するため、理事長である事が周りににばれたのは、二年生の一学期の事だった。

というか、転入してすぐにばれていた。

教師ですらシンジに対し余所余所しいか、あるいは媚を売ってくるのに嫌気が差し、シンジは開き直って授業をボイコットする事にした。

大体、授業内容など学ばなくても理解できるのだ。

元々学校に通うのは、同年代の優秀な人材を発掘するために過ぎないし、ビビッて近寄らないような奴等や媚を売るような奴等に用は無いのである。

こうしてシンジは、毎日学校に通っては、主に大学生が利用している学園最大の施設、図書館へと足繁く通っていた。

蔵書数は30万冊以上とも言われ、図書館にありがちな堅苦しい本から、そこらへんの本屋でも売っている様なライトノベルまで取り揃えている。

理事長であるシンジの存在は、小学部だけでなく、主に図書館を利用する者の口から伝わり、中学部、高等部、大学部でも囁かれるようになっていた。

その結果、結局は誰も彼もシンジを敬遠するようになってしまい、図書館の一室を毎日シンジが使うため、半ば専用の個室となってしまったのである。

シンジが学校で仲が良いのは、憎めない問題発言理事であるメグミと、司書の二人だけだった。

その司書は能天気なのか、何も考えていないのか、シンジを本が好きな少年としか捉えていなかった。

授業のある時間にも図書館に通うシンジを、いじめにでもあっているんだろうと思っていた。

というか、理事長であることさえ知らなかった。

理事であるメグミが毎日のように声をかけるのも、親戚か何かなのだろうとさえ思っていた。

実に能天気な人物であるこの司書を、名を『渡瀬ユウカ』と言う。

広い敷地の中で高層ビルと化している40階建ての図書館に務める司書の一人である。

花嫁修業と称して、毎日図書館の料理関係の書籍を読み漁っては、美味しそうな者を司書用の休憩室に備え付けられたキッチンで作っては舌鼓を打っている。

ずばり言うと、美味しい物が食べたいだけである。

時折、と言うか毎日のように、昼食を作ってはシンジとメグミと三人で食べている。

司書仲間からは昼食に付き合わない事から、付き合いの悪い奴と見られがちだが、メグミからは偉いと評されて抜群の給与を受け取っている。

ちなみに本人は苛められっ子(だと勝手に思っている)である線の細い少年と昼食を共に摂っているだけだと思っている。

メグミの発言も、苛められっ子に優しく接している事の褒め言葉だと思っているが、無論真実は別のところにある。

いつも笑顔を絶やさぬ彼女は、意外にもシンジにとっての癒しとなっていた。

何も考えてなさそうな雰囲気が、穏やかで心地よいらしい。

少なくとも、年上に対するコメントではない。

まるで、ふれあい動物園で小動物に癒される主婦的な発言であることでもあるし。

そんな三人の空間に、四人目が加わるのは、シンジが四年生の、暦の上では夏の終わりのことだった。

夏休みが終わり、二学期が始まったその日から、早速シンジは授業をボイコットしていた。

ユウカも手馴れたもので、シンジに自作のケーキと紅茶を差し入れする始末である。

そんな特定の三人以外が立ち入らぬシンジの半専用部屋に三人以外の者が立ち入ったのは、小学部でいう昼休みの事であった。

小学部から大学院まで、この学園は一括して食事は食堂で行うものである。

無論学年ごとに別々の食堂が用意されており、利用しやすくはなっている。

小食のメグミが食べ終わり、仕事に戻るために部屋を出た僅か後、その人物は部屋を訪れた。

黒い艶やかな髪に、大人しそうな穏やかな表情、そして目元を僅かに覆う眼鏡。

日本人形的な外見ではあるが、何処か弱弱しさが漂うその少女は、部屋に入った途端集中した視線を敏感に感じていた。

戸が空いた事で、メグミが何か用があったのかと思っていたシンジとユウカだが、まさか名も知らぬ少女が入ってくるとは思わなかったのだ。

少女は少女で視線に身をすくめ、立ち入り禁止の部屋にでも入ってしまったのかとオドオドとしていた。

実に小動物チックである。

少女は、まさかこの時部屋に入った事が、その後の人生を大きく変えることになるとは思いもしなかった。

唖然とした様子で自身を見つめる少年が、自分の人生を大きく変えるとは思いもしなかった。

ポケーっとして何を考えているのかわらからない司書が、本当に何も考えていないという事など知りもしなかった。

ついでに言うと、先ほど擦れ違った女性がいろんな意味で周りから恐れられている理事である事も知りはしなかった。

転校初日に、この学園一番の(色んな意味での)危険地帯に踏み入った事など、気付きもしなかった。

養父に言われ、寮生活を始めた少女が、まさか居候生活をすることになるなどとは思いもしなかった。

ただただ、少女・山岸マユミは如何して良いのかわからず怯えるだけであった。

ついでに言うと、中世的なシンジの顔立ちから、部屋にいるのは司書と"少女"だと、マユミが思っていたりする事をシンジは知らなかった。






これが、後の永世世界大統領碇シンジの小学生の日々である。











To be continued...


(あとがき)

麒麟です。
Toy box第4話。
ヒロイン登場の巻、でもあまり出ていないという話。
リツコの方が出張っている……マッド効果は電波物において絶大であると言う証明が。
バイオナノマシンの効用がまた明らかに。
そしてリツコが暴走。メグミはもっと暴走。
個人的に校長がどうなったのかがとても知りたいです。(ぉぃ
渡瀬ユウカ(わたせ ゆうか)は能天気なボケキャラか?
登場してまだ生かしきれてもいませんが、その内活躍してくれるでしょう。
後マユミ、ヒロイン確定しても、ホント影薄いね、麒麟の書くものだと。
次回こそはマユミを活躍させたいと思います。
電波だからどうなるか判りませんが。
後は、……やんわり登場した加持でしょうか?
なんとなくリツコのおまけ的な雰囲気で財団に取り入る事ができました。
シンジのストレス発散で、民間軍事会社の訓練施設でEXハード的な訓練をやっているでしょう。
シンジに色々と扱き使われていく彼の笑える姿が容易に想像できます。勿論ストレス発散なので、大変ハードに扱き使われるでしょう。
じゃあ、恒例となった最後の爆弾発言。(いつの間に恒例となったのかは突っ込まないこと、電波ですから)
メグミに呼ばれてでてきた黒ローブ集団、あの中には青葉、うわ、なにを、やめ………。
彼がいたりするかもしれません。
次回は小学校から中学にかけて、かな。
では、この辺で失礼いたします。
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